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AMRO事務局長兼CEOの視点(1)
─なぜいま、ASEAN+3(日中韓)なのか

AMRO事務局長兼CEO 渡部 康人

渡部康人

著者プロフィール

東京大学卒。イエール大学修士。1992年に大蔵省に入省し、アジア開発銀行理事代理、AMRO次長、アジア開発銀行予算人事局長、財務省国際局次長等を経て、2025年5月から現職。

はじめに

世界経済はいま、大きな転換期を迎えています。地政学的緊張の高まりやサプライチェーンの再編、そして国際経済秩序の変化など、世界経済を取り巻く環境は大きく揺れ動いています。こうした中で、東アジアにおける地域金融協力の重要性はこれまで以上に高まっています。

私は2025年5月末に、シンガポールにある国際機関AMRO(ASEAN+3マクロ経済リサーチオフィス)の事務局長兼CEOに着任し、まもなく1年が経とうとしています。

着任以来、AMROの国際的なプレゼンスを高めることを重要な目標の一つに掲げ、国際メディアであるブルームバーグやCNBCの生インタビュー、国際的な論考サイトであるプロジェクトシンジケートへの寄稿などに取り組んできました。こうした活動により、東南アジアを中心に、AMROの知名度が徐々に高まっていることを実感しています。

一方で、日本国内では、まだ十分に知られているとは言えません。この「ファイナンス」での連載を通じて、AMROの活動や地域経済の動向について、少しでも多くの方にお伝えできればと考えています。

まず初回となる今回は、AMROの活動の基盤となっているASEAN+3(日中韓)の意義について、私自身の視点から簡単に紹介したいと思います。

「分断の時代」における地域金融協力の意味

世界経済はいま、「分断の時代」に入ったと言われています。米中対立、サプライチェーンの再編、地政学的緊張。「どちらの側に立つのか」という問いが、経済の領域にまで入り込んできています。

しかし東アジアには、もう一つの選択肢があります。

それが、ASEAN+3、即ち、東南アジアの国々で構成されるASEANと、日本、中国、韓国が加わった地域協力の枠組みです。

日本は、域内でどう見られているか

日本国内では、財政、金融政策、成長戦略を巡る議論が続いています。しかし一度、視点を国外に移してみましょう。ASEAN諸国にとって、日本は依然として重要な経済パートナーです。

貿易では約1割を占める主要相手国であり、累積ベースでは最大級の直接投資国です。日本企業は長期的視点で投資を行い、現地経済に根差した活動を続けてきました。その姿勢は現在も高く評価されています。

同時に、ASEAN側からは次のような問いも聞かれます。

「日本は、再び成長できるのか。」

世界金融危機やコロナ禍などのショック期を除けば、ASEAN諸国の多くは実質成長率5%前後を維持しています。一方、日本の成長率は長年にわたり2%未満にとどまってきました。経済規模を見ると、2000年には、日本の名目GDPが約5兆ドル、ASEAN10か国の合計が約0.6兆ドルだったのに対し、2025年には両者ともに約4兆ドルとなり、ほぼ同規模となっています。

日本が成長力を高めることができなければ、地域における存在感が相対的に低下することにもつながります。国際的な議論において、単純な経済規模の問題も避けては通れないことを認識する必要があります。

図:ASEAN+3地域

図:ASEAN+3地域

中国とのバランスという現実

ASEAN諸国は、中国との経済関係も急速に拡大させています。貿易、投資、供給網。どれをとっても、中国は規模の上で大きな存在であるという現実があります。しかし同時に、「過度な依存」への懸念も広く共有されています。

投資が現地経済へ十分に波及していないのではないか。

供給網が一方向に偏っていないか。

地政学的リスクに巻き込まれる可能性はないのか。

複雑かつ多層的に結びついた国際経済環境のなか、二者択一を迫られることは、ASEAN諸国にとって経済的に現実的な選択肢ではありません。「あれかこれか」という二者択一を迫られる立場におかれることを極力回避しつつ、主要なパートナーと同時に関係を築きながら安定した経済関係を維持することが現実的ととらえられています。

そのための枠組みとして機能してきたのがASEAN+3であり、私は、この点こそがASEAN+3の本質的な存在意義だと考えています。

ASEAN+3の根幹

ASEAN+3は、金融協力とマクロ経済対話を軸に発展してきました。その出発点は1997年のアジア通貨危機です。急激な資本流出と通貨下落の中で、多くの国が深刻な金融危機に直面しました。当時、地域には十分な危機対応の仕組みがなく、各国はIMFを始めとする国際機関の支援に依存せざるを得ませんでした。この経験が、域内で金融安全網を整備する必要性を強く認識させることになります。

その後、2000年にASEAN+3はチェンマイ・イニシアティブ(CMI)を立ち上げ、二国間通貨スワップのネットワークを構築しました。さらに2010年にはこれを多国間化したチェンマイ・イニシアティブ多国間化契約(CMIM)が発効し、現在では2,400億ドル規模の地域金融安全網へと発展しています。また、この枠組みを支えるサーベイランス機関としてAMROが設立されました。

これまで、ASEAN+3地域はリーマンショックや新型コロナウイルス感染症の拡大など大きな危機を経験しましたが、CMIMが実際に発動されたことはありません。

しかし、金融安全網の役割は必ずしも実際に使われることだけにあるわけではありません。大規模な流動性支援の枠組みが地域に存在すること自体が市場に安心感を与え、危機の拡大を抑制する効果を持つからです。言い換えれば、CMIMは「使われないこと」によって、その役割を果たしている側面もあります。

広がる金融協力

もっとも、ASEAN+3の金融協力はCMIMにとどまりません。過去20年余りの間に、地域金融協力はさまざまな分野へと広がってきました。

その一つが、アジア債券市場育成イニシアティブ(ABMI)です。これは、域内通貨建ての債券市場を育成することで、外貨建て資金への依存を減らし、通貨ミスマッチのリスクを軽減することを目的としています。

また近年では、気候変動に伴う自然災害への対応として、災害リスクファイナンスの強化も重要なテーマとなっています。

そして現在、新たなテーマとして、デジタル技術を活用した国際決済における地域連携についても議論が始まっています。このように、ASEAN+3の金融協力は、危機対応のための安全網にとどまらず、金融市場の発展や新たなリスクへの備えへと広がっています。

AMROの役割

こうしたASEAN+3の金融協力を支えているのが、AMROです。AMROは、CMIMを支えるサーベイランス機関として設立され、域内経済の動向や潜在的なリスクを分析し、加盟国間の政策対話を支える役割を担っています。

AMROの活動の中心は、域内経済の動向とリスクを分析するマクロ経済サーベイランスです。域内各国の経済状況を継続的に分析し、金融安定に関するリスクを早期に把握することで、危機の予防と経済の強靭性の確保に貢献しています。

同時に、AMROはASEAN+3の財務当局および中央銀行が参加する「ASEAN+3ファイナンスプロセス」の実質的な事務局としても機能しています。閣僚級会議、財務官級会議、実務者級会合の議論を支援し、政策対話を円滑に進める役割を担っています。

さらに、加盟国に対する技術支援や能力構築の分野でもAMROの役割は拡大しています。財政運営、金融政策、金融規制などの分野で政策当局との協力を深めることで、域内経済の安定と持続的な成長を後押ししています。

最後に

本稿を皮切りに、今後この連載を通じて、ASEAN+3の金融協力や地域経済の課題について、私自身の視点から継続的に取り上げていきます。