
世界の有人宇宙開発は大きな転換点に差し掛かろうとしています。
人類が最後に月面を踏んでから半世紀以上が経過し、その間、有人宇宙活動は地球低軌道が中心となってきました。
なかでも、地上約400km上空を周回する国際宇宙ステーション(ISS)では、25年という長期間にわたり宇宙飛行士が滞在し、微小重力環境というユニークな特徴を生かした様々な宇宙実験が実施されてきました。
私は昨年3月から8月までISSに滞在し、日本人3人目となるISS船長を務めさせていただきました。私がこのような重責を任せていただけたのも、これまで日本が有人宇宙開発のなかで果たしてきた貢献が、国際社会のなかで認められた証だと思っています。さらに昨年10月には新型宇宙ステーション補給機(HTV-X)1号機が油井亀美也宇宙飛行士によって、ISSのロボットアームで把持され、重要な補給ミッションを完遂しました。日本も「きぼう」日本実験棟やHTV-Xの運用を通して、この世界的な巨大プロジェクトで貢献を続けています。
宇宙機関が運営主体のISSですが、その役割は民間の商業宇宙ステーションへの移行が進められています。地球低軌道での活動が停滞することのないよう、その引継ぎはシームレスに行う必要がありますし、何よりISSで培った知見を将来の宇宙ステーションにも活用していけるよう、官民の協調が重要と思います。
地球低軌道での活動がその転換点を迎えようとしている一方、米国では日本も参加するアルテミス計画によって、人類は半世紀ぶりの月面着陸を目指そうとしています。アポロの時代は、冷戦という特殊な状況のなかで月面着陸自体が目的となり、膨大な国家予算を投入して信じがたいほどの短期間で米国はそれを実現しました。現代においては、月面着陸は人類の活動領域を拡大していくための第一歩となります。今後開発・運用が本格化する日本の月極域探査機や有人与圧ローバ─による月面の探査活動、さらには長期滞在を通して新たな知見を獲得し、その先には人類史上初の有人火星探査を見据えています。こういった動きもまた、大きな転換点と言えるでしょう。
さて、人類は今から50年以上前に月面に第一歩を記したわけですが、その後の科学技術の進歩を持ってすれば月面には容易に戻れるはずだと、以前の私は考えていました。その認識を大きく改めるきっかけとなった出来事があります。数年前、NASAで新しい月着陸船の開発に携わっている方のお話を聞く機会があったのですが、その方がおっしゃっていたのは、アポロ計画の設計図面は大量に残っているが当時開発に携わった設計者やエンジニアは既に引退していて、それらの図面の背後に込められているマインド、意図、設計思想といったものはほぼ失われている、だからそれらを一から紐解くところから始めなければいけない、それは決して簡単なことではないということでした。加えて、当時と今とでは予算規模も比較になりません。この何十年かの間に、安全に対する姿勢も大きく変化しました。継続的に技術開発を行い、変化する社会情勢に都度対応していく50年と、間に大きな空白の期間を挟んだ技術開発の50年は、全く別物ということなのでしょう。技術の要は人であり、技術は人から人へと継承されていくべきものなのだと、考えさせられたエピソードでした。
これから有人宇宙開発の大きな転換点に差し掛かるにあたり、弛まぬ技術開発の重要性をいま一度心に刻んで、人類社会の長期的な発展のために私もひとりの宇宙飛行士として微力を尽くしたいと思います。

