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海外ウォッチャー
未来を共に織りなすということ
-日比友好70周年とこれから-

在フィリピン日本国大使館二等書記官 成田 旭宏

1 はじめに*1

2026年5月26日から29日まで、フィリピンのマルコス大統領(フェルディナンド・ロムアルデス・マルコス・ジュニア)ご夫妻が国賓の待遇で訪日しました。国賓とは、国が最も手厚い待遇で招待する賓客であり、令和以降では2019年のアメリカ・トランプ大統領、2025年のブラジル・ルラ大統領に続き、今回で3度目の接遇の機会となりました。皇居での歓迎行事、天皇皇后両陛下との御会見、宮中晩餐会など、華やかな様子をご覧になった読者の皆さまの中には、「なぜ今、フィリピンなのか」と関心を持たれた方も多いのではないでしょうか。

在フィリピン日本国大使館で働く私自身も、赴任前はフィリピンに対し、美しい海やリゾートといった明るいイメージの一方で、インフラ面の課題や治安面の懸念といったネガティブな印象も含めた、漠然としたステレオタイプに囚われていました。しかし、現地で業務に携わる中で、その認識は変わりつつあります。治安やインフラの問題に加え、災害や貧困・格差といった厳しい現実は確かに存在するものの、フィリピンの人々は困難な状況下でも互いを思いやる温かさを失わず、前を向いています。日々、社会が少しずつ良い方向へと変化していくダイナミズムを私は現地で実感しています。

2026年は日本とフィリピンが国交正常化70周年を迎える節目の年です。「未来を共に織りなす:平和、繁栄、可能性」というテーマの下、両国が基本的価値観を共有する隣国として、長きにわたり文化・経済・政治など幅広い分野で積み重ねてきた交流や協力を、幾筋もの「糸」が織り合わさる「織物」に見立て、その上に新たな「糸」を重ねて関係を一層発展させていく。本年には、そうした決意を再確認し、両国の友情の歩みを未来へとつなぐ意味が込められています。

本稿では、まずマルコス大統領の国賓訪日のスケジュールを概観した上で、フィリピンという国の特性と戦後からの日比関係の歩みを振り返りながら、両国がいかにして歴史の傷跡を乗り越え、経済と安全保障の両輪で今日の深い協力関係を築いてきたのか、当地の視点からその糸の一部を紐解いてみたいと思います。

日・フィリピン友好年記念ロゴマーク*2

日・フィリピン友好年記念ロゴマーク*2

2 国賓訪日とフィリピンの特徴

まず、マルコス大統領の国賓訪問の4日間の流れについて、改めて振り返ります。

5月26日(火)

日本到着

在日フィリピン人コミュニティとの交流

5月27日(水)

宮中歓迎行事

天皇皇后両陛下との御会見

ビジネスラウンドテーブル

宮中晩餐会

5月28日(水)

企業面談

国会演説

首脳行事

5月29日(金)

フィリピン帰国

このように全体を見ていくと、国賓の日程が数多くある中でも、大統領が今回の訪日で特に何を重要視していたのか、フィリピンの特徴が見えてきます。

(1)世界で働くフィリピン人

大統領が日本に到着してまず訪ねたのは、日本に住むフィリピン人コミュニティとの会合でした。フィリピンは、豊富な生産年齢人口・英語話者人口を有し、看護師・介護福祉士及び船員等の安価で優秀な人材を世界に供給しています。彼らはフィリピン政府によって正式にOFW(Overseas Filipino Worker、海外フィリピン人労働者)という名称で敬意を持って呼ばれており、フィリピン経済において重要な役割を果たしています(OFWからの海外送金はGDPの約1割に相当)。海で繋がる隣国であり、飛行機で約4時間の距離にある日本ももちろん例外ではなく、現在、30万人を超えるフィリピン人が日本に住み働いており、日本で4番目に大きな外国人コミュニティとなっています。前回2023年に訪日した際も大統領は同様の会合に顔を出しており、会合での以下の大統領の発言からも政府として重視していることが伺えます。

「日本の指導者と会う前から、私たちはあなた方と会うことを優先しました。なぜなら、あなた方こそがフィリピンと日本の関係の生命線だからです。」

(写真提供)大統領広報室

(写真提供)大統領広報室

(2)戦後からの対日感情の変化

到着翌日から、マルコス大統領は国賓として皇居に迎えられ、宮中では各種行事が催されました。特に晩餐会では天皇陛下から、戦後からの日本とフィリピンの関係性の変化を伺えるお言葉が述べられました。

「本年、日本とフィリピンは、両国の国交正常化から70周年の節目の年を迎えました。両国の間には、過去に苦難の時期もありましたが、戦後、我が国が平和国家として歩み始めて以来、多くの先人たちが、両国間の相互理解と信頼を育むために努力を積み重ねてきました。先の大戦後の両国の歩みは決して平坦な道のりだけではありませんでしたが、1956年の国交正常化以来、共に手を取り合い、一歩ずつ関係を深め、友好関係を確固たるものとしてきました。その歩みの中で、マルコス大統領の御両親であるフェルディナンド・エドラリン・マルコス大統領御夫妻にも、1966年、そして1977年の二度、国賓として日本を御訪問いただきました。2016年の国交正常化60周年に当たり、私の両親である上皇上皇后両陛下は、当時の天皇皇后として貴国を訪問されました。訪れた各地で貴国国民から温かく迎えられたことや、日本で看護師・介護福祉士になることを目指して日本語研修に取り組むフィリピンの方々と触れ合われ、50年以上の歳月を経て、両国関係が大きく進展してきたことを実感されたと伺っております。今日の両国関係が、多くの人々のたゆまぬ献身的な努力の上に築かれていることを胸に刻みつつ、これからも両国の信頼関係がますます深まることを切に願っております。」

天皇陛下の御言葉のとおり、大戦後の両国関係は険しいものでした。1942年の日本軍によるマニラ占領後、フィリピンは太平洋戦争における激戦地となり、バターン死の行進、レイテ沖海戦、コレヒドールの戦いなど、多くの痛ましい戦闘・事件が展開されました。多数のフィリピン人が巻き添えとなって命を落とすなど、甚大な戦争被害を受けたフィリピンでは、戦後長らく反日感情が根強く残ることとなりました。

転機となったのは、1953年にエルピディオ・キリノ大統領が、死刑囚56名を含む日本人戦犯105名全員の恩赦を行ったことです。キリノ大統領自身が妻と幼かった子供3人をマニラ市街戦で亡くした過去を背負う中で赦しを行ったことが、フィリピン人の憎悪一辺倒だった対日感情を融和へと導くきっかけとなりました。その後、難航していた賠償交渉は1956年に終結し、国交正常化へと至りました。

現在ではフィリピンの世論調査では国民の約8割が日本を「信頼している」という調査結果が出ており*3、日本という国が、フィリピン社会の中で高い安定感を持って受け入れられていることがわかります。さらに、フィリピンからの訪日客も年々過去最高を更新し続けており、昨年は90万人近くまで急増するなど、人的往来も活発化しています。このように、今日の日フィリピン関係は黄金時代を迎えていますが、そこに至るまでの先人たちの努力は決して忘れてはならないと思います。このことは、天皇陛下の御言葉の後に述べたマルコス大統領のスピーチの以下の部分にもよく込められています。

「日フィリピン両国の絆は、政府だけでなく、違いよりも相互理解を、分断よりも友情を、孤立よりも連携を選んできた、フィリピン人と日本人の何世代にもわたる人々の歩みによって築かれてきたものです。70年以上にわたる人的交流と多分野での協力が相まって、両国関係は、インド太平洋地域において最も活力に満ち、将来を見据えたパートナーシップの一つへと変貌を遂げました。」

(写真提供)大統領広報室

(写真提供)大統領広報室

(3)経済パートナーとしての日フィリピン

戦後処理から始まった日フィリピン関係は、次第に開発援助、そして戦略的な経済協力へと進化していきました。現在に至るまで、日本の政府開発援助(ODA)のもと、フィリピン初の地下鉄となるマニラ首都圏地下鉄事業、マニラ首都圏と郊外とを結ぶ南北通勤鉄道事業の建設、中央ミンダナオでの高規格道路の整備事業など、多くのプロジェクトが進められています。

これらはマルコス政権の推進するビルド・ベター・モアというインフラ政策の旗艦事業となっており、日本はフィリピン最大の開発パートナーとなっています。また、ODAだけでなく、日本はフィリピンと二国間EPA(経済連携協定)を結んだ最初の国であり、貿易の自由化やビジネス環境整備などの経済協力が重ねられてきました。

このように、日本が経済パートナーとしてフィリピンにとっての実利を生んできたことで、抽象的な和解は具体的な信頼へと繋がり、両国の関係が徐々に編み直されていったといえるのではないでしょうか。

マルコス大統領は訪日中の27日と28日、公式日程の合間を縫ってそれぞれ日本企業とのビジネスラウンドテーブル、個別面談を行い、造船、農業、半導体、人工知能(AI)といった分野でのフィリピンへの合計34億ドルの投資約束を得たと報告しました。このことからも、現在の日フィリピン両国の経済関係は、国による開発支援の段階から、民間投資も含めたより対等で双方向な形へと変化し、新しいステージへと進んでいることが分かります。

コラム1 ハロハロ外交

皆さまは、フィリピンの代表的なかき氷デザート「ハロハロ(Halo-halo)」についてご存じでしょうか。某コンビニチェーン店の夏期メニューを思い浮かべる方もいるかと思いますが、こちらは実はフィリピンが発祥です。フィリピン語で“混ぜこぜ”を意味する通り、全ての具を豪快に混ぜて食べるのがフィリピン流の食べ方。中に入れる食材に特別な決まりはありませんが、トロピカルフルーツやカラフルなナタデココ、紫色のウベ(フィリピン原産の山芋)アイスクリーム、プリンといったトッピングが定番です。

マルコス大統領は、天皇陛下へのお土産として、このハロハロのグラスとスプーン、レシピを贈りました(以前陛下がハロハロを召し上がられ、大変気に入られたというエピソードを聞いたことが背景とのこと)。陛下は専属料理人以外の食事を摂ることはできないため、大統領は代わりにレシピを伝え、その後陛下は美味しく召し上がられたとのことです。

大統領は帰国前の会見で、「ハロハロが今やフィリピンと日本の親密なつながりの一部になった」と冗談めかして語りました。

皆さまも今年の夏を乗り切る際のお供に、ぜひお試しあれ。

(写真提供)フィリピン観光省

(写真提供)フィリピン観光省

3 共同声明の成果

28日は首脳会談や文書署名式が行われるなど、政治・外交の中心的な日となりました。両首脳は、両国の関係を「包括的・戦略的パートナーシップ」に格上げすることを共同記者発表の中で述べました。

本節では、この「包括的・戦略的パートナーシップに関する日・フィリピン共同声明」に焦点を当て、内容について概説します。

(写真提供)大統領広報室

(写真提供)大統領広報室

(1)安全保障

日本とフィリピンの防衛・安全保障協力は、2024年に署名された日・フィリピン部隊間協力円滑化協定(RAA)や2026年に署名された日・フィリピン物品役務相互提供協定(ACSA)など新たな協定の締結を通じて、近年一層深化しています。また、日本は2023年から3年連続で、政府安全保障能力強化支援(OSA)プログラムの下で、監視レーダーの供与等、フィリピン軍の近代化プログラムを支援する無償資金協力を実施してきました。

今回、こうした進展を踏まえ、秘密軍事情報保護協定(GSOMIA)の交渉を正式に開始することで一致しました。また、OSAを通じた協力の継続や次回外務・防衛閣僚会合(「2+2」)の早期開催についても一致し、あぶくま型護衛艦・TC90練習機等の防衛装備移転に向け、防衛当局間のやり取りを加速させることを確認しました。

(2)経済

経済分野では、日・フィリピンEPAや日・ASEAN包括的経済連携協定のアップグレードに向け、両国で検討を進めていくことを確認しました。また、日本からフィリピンのCPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)への加入手続の早期開始に対する支持を表明しました。さらに、両首脳は、「日・フィリピン新租税条約」を含む、人材交流、農業、AI、宇宙、エネルギー等の分野での多くの経済協力文書に合意・署名しました。

(3)資源・エネルギー協力

現下の情勢を踏まえ、エネルギー安全保障とレジリエンスの分野での連携についても声明に盛り込まれました。「パワー・アジア」の下、日本は医薬品などの重要物資のサプライチェーン強化を支援し、フィリピンにおける国家備蓄およびASEAN域内での共同備蓄の確立に向けたさらなる検討を支援することを約束しました。経済安全保障についても議論を行い、あらゆる経済的威圧措置に対する懸念を表明するとともに、重要鉱物を始めとするサプライチェーンの強靱化に向けた連携強化を確認しました。

(写真提供)大統領広報室

(写真提供)大統領広報室

コラム2 日・フィリピン新租税条約

日・フィリピン新租税条約は、1980年に発効(2008年に一部改正が発効)した現行の租税条約を全面的に改正するものとなりました。署名は高市総理大臣及びマルコス大統領の立ち会いの下、遠藤駐フィリピン日本国大使と、アルバノ駐日フィリピン共和国大使との間で行われました。

日・フィリピン新租税条約署名

具体的には、事業利得に対する課税の改正(源泉地国に所在する支店等(恒久的施設)の活動により得た利得のみに課税)、源泉地国における投資所得(配当・利子・使用料)に対する限度税率の見直し等の改正のほか、条約の濫用防止措置、相互協議手続における仲裁手続及び租税債権の徴収共助の導入並びに租税に関する情報交換の拡充を行う内容となっています。

改正の背景としては、近年の租税条約に比して投資所得に対する限度税率が高い水準となっていたことや、国際標準であるOECDモデル租税条約が改訂されたことが挙げられます。

私も交渉団の一員としてマニラで本条約の交渉に臨みましたが、フィリピン政府が日本からの投資をより積極的に呼び込みたいという想いを強く持っていることを交渉の中で感じました。今回の改正によって、二重課税を除去し、国際的な脱税及び租税回避行為を防止しつつ、両国間の健全な投資・経済交流が一層促進されることを期待します。

今後のプロセスとしては、両国での国会承認の手続きを経た後、外交公文の交換によって公布・発効となります。新条約の早期発効に向けて、引き続きフィリピン政府と緊密に連携してまいります。

(写真提供)大統領広報室、在フィリピン日本国大使館

(写真提供)大統領広報室、在フィリピン日本国大使館

4 今後の課題

マルコス大統領は、29日のフィリピン帰国前の記者会見にて、「非常に生産的かつ建設的な訪問だった。タイミングが特に意義深く、両国間の70年にわたる友好関係を振り返るだけでなく、二国間関係の未来を描く機会を提供した」と述べました。この言葉のとおり、マルコス大統領にとっては内政、外交、経済情勢で厳しい局面が続いている中での訪日となり、日本との具体的な協力を打ち出し、国内に訪問の成果をアピールすることは重要な意味を持っていました。

本節では、フィリピンを待ち受ける今後の課題について概観します。

(1)内政

マルコス大統領にとって内政上の最大の関心は、2028年に行われる次期大統領選挙で現政権の実績を否定し、自身の身の安全を脅かす人物が大統領になることを阻止することと見られています。2年後と聞くとまだ先のように思われるかもしれませんが、最大の政敵であるサラ・ドゥテルテ副大統領は次期選挙への出馬を既に表明しており、両者の争いは既に始まっています。本年5月には公金不正使用や大統領への脅迫の疑いで同副大統領に対する弾劾訴追案が下院で可決され、現在上院の弾劾裁判所において審理が行われています。ここで上院議員の3分の2の同意を得て彼女が罷免され、将来の被選挙権を剥奪されるかどうかが目下の焦点となっており、政権派と副大統領派での多数派工作が熾烈化しています。*4

このように立法府が不安定な状況となっていることに加え、9月にはフィリピン南部にあるミンダナオ島、バンサモロ地域での議会選挙も控えています。キリスト教徒が多数を占めるフィリピンからの分離・独立を目指すイスラム解放戦線と政府との間では長らく紛争が続いていましたが、和平が締結された後、近年は武装解除が進められてきました。今後民主的な選挙を経て、正式にイスラム自治政府が樹立できればマルコス政権のレガシーとなりますが、解放戦線内では政権協調派と非協調派との対立が高まっており、平和裡に選挙を実施できるかは予断を許さない状況となっています。

(2)外交

本年のフィリピンにとっての主な外交課題は、ASEAN議長国としての運営と南シナ海での領土・海洋問題を抱える中国との意思疎通の確保です。

ASEAN議長国としては、5月の首脳会合において海洋協力に関する首脳宣言を発出し、現下のエネルギー危機について石油や電力の供給不足に対する対応強化に合意する等、国内外にアピールできる成果を上げましたが、情勢が不安定なミャンマー新政権への対応等、今後も懸案を抱えています。また、フィリピンは中国・ASEANの南シナ海行動規範(COC)交渉の妥結を中国との関係安定化を達成する上で重要な課題と位置付け、精力的に交渉を行っていますが、未だ妥結には至っておらず本年末まで交渉が継続する見込みです。

こうした課題がある中で、「Navigating our Future, Together(私たちの未来をともに航海する)」というテーマのもと、歴史も文化も政治体制も異なるASEAN諸国がそれぞれの立場を乗り越え、いかに合意形成を図れるか、それをフィリピンがどのように主導していくかに注目です。

ASEAN2026ロゴマーク*5

ASEAN2026ロゴマーク*5

(3)経済情勢

中東情勢悪化に伴う世界的エネルギー価格の高騰はフィリピンの経済・社会に大きな影響を与えています。そもそも昨年後半から汚職問題による公共インフラ支出の抑制等の影響で経済成長は減速傾向にありました*6が、原油のほとんどを中東に依存するエネルギー輸入依存構造や脆弱な備蓄体制を背景に、急速なインフレと通貨安、株安及び景気減速が同時進行する更に厳しい局面に直面し、経済成長は一層鈍化しています。特に影響を受けているのは、燃料費負担の大きい公共交通運転手、物流・配送業者、漁業関係者や、食料・電力価格上昇の影響を直接受ける低所得層で、実質所得低下への不満が強まっています。

マルコス大統領は「国家エネルギー非常事態」を宣言しましたが、エネルギー価格や物価上昇を受け、首都圏を中心に運輸団体、労働団体等による抗議活動やデモも散発的に発生しており、政府の生活支援策拡充を求める声が強まっています。エネルギー安全保障面では、政府は緊急燃料調達を進めていますが、国家石油備蓄制度や設備が十分整備されておらず、在庫水準は約1~2ヶ月程度の備蓄に留まっています。

今月、世界銀行は2025年の一人当たり国民総所得(GNI)に基づく各国の所得分類を公表し、フィリピンが上位中所得国(UMIC:upper-middle income country)へ移行したと発表しました。度重なる政治的混乱や産業競争力の伸び悩みにより、かつて「アジアの病人」とも称されてきた同国にとって、上位中所得国入りは歴代政権が追い求めてきた悲願の達成といえますが、足下の経済成長の鈍化を乗り越え、現在の地位を維持できるかが今後の課題です。

5 終わりに

フィリピン政治は2028年の大統領選挙に向けて急速に動いており、本年は選挙モードに入る前に二国間協力のイニシアティブを具体化する「仕上げの年」と位置付けられます。その中で、マルコス大統領との間で具体的な協力案件の道筋をつけるという観点から、日本にとって今回の国賓訪問は時宜にかなったものとなりました。同様に、国際情勢がますます複雑化・変動する中にあって、フィリピンにとっても日本の存在は、単なる同志国を超えた不可欠なパートナーになっているといえます。

内政については、日本はミンダナオ和平への協力を長年続けており、紛争影響地域でのインフラ整備や人材育成、コミュニティ支援などを通じて、持続可能な安定と発展に貢献しています。バンサモロ暫定自治政府への能力強化支援も行っており、正式発足に向けた選挙支援も実施しています。

外交面では、二国間協力のみならず、日米フィリピン3か国の協力も着実に進んでいます。フィリピンで毎年実施されている米比合同演習「バリカタン」に、日本から自衛隊が今年初めて本格的に参加するなど安全保障面での協力が深化しているほか、2024年の日米比首脳会談で立ち上げられた「ルソン経済回廊*7」構想の下、日米でフィリピンへの民間投資を促進するなど、経済面での連携も強化されています。米比関係はこれまで政権によって距離が変化してきたなど予測困難な要素を内包しており、必ずしも楽観視はできない状況にある中で、両国間の協力を補完・促進する橋渡し役としての日本の役割が一層重要性を増しています。

経済面においても、日本はフィリピンの主要な貿易相手国の一つであり、外国直接投資の主な供給源となっています。それだけではなく、自然災害という共通の課題を抱える両国は防災分野でも協力を深めています。台風による洪水被害が毎年起こっているフィリピンでは、マニラ首都圏を流れるパッシグ・マリキナ川の水路改良プロジェクトが日本のODAのもとで進められており、洪水被害の軽減に貢献しています。また、昨年9月のセブ地震では、自衛隊による人道支援・災害救援が実施されました。物資輸送にはRAAが初めて適用され、日本が災害対応においても大きな役割を果たしました。

マルコス大統領は日本の国会での演説の中で、今年の70周年のテーマである「平和(海洋安全保障、ルールに基づく国際秩序)」、「繁栄(投資、サプライチェーン)」、「可能性(AI、宇宙、クリーンエネルギー)」について言及した上で、「未来を共に織りなす」という言葉は今後70年の両国関係の指針を示していると述べました。「丁寧に織り交ぜられた糸のように、私たちの共有する経験、価値観、ビジョンは、時代の変わりゆく潮流により力強く、より柔軟に応えられるものへと結集していかなければなりません」というメッセージには、この節目の年を単に記念して終わるのではなく、次の70年を見据えて今後の協力の糸をさらに紡いでいく契機とすることへの期待を込めたものであったと感じます。

戦争の記憶と戦後の和解、経済協力、人的交流、そして現在の安全保障協力へと長い時間をかけて信頼の糸が折り重なってきたことを土台に今回の国賓は実現しました。私も今後、新たな糸を紡いでいく一員となれるよう、引き続き尽力していきたいと思います。

マニラから、Maraming salamat po.(フィリピン語で「ありがとうございました」)

5月に行われたASEAN+3財務大臣・中央銀行総裁会議では、フィリピンとともに日本の片山財務大臣が共同議長として出席(写真提供)フィリピン財務省

5月に行われたASEAN+3財務大臣・中央銀行総裁会議では、フィリピンとともに日本の片山財務大臣が共同議長として出席
(写真提供)フィリピン財務省

*1)本寄稿の意見はすべて筆者の個人的見解であり、財務省、外務省・在フィリピン日本国大使館の見解を示すものではありません。

*2)本ロゴマークは公募の上、両国政府で協力して選出されました。日本のしめ縄やフィリピンのアバカ(マニラ麻)ロープに見立てた縄や、両国の国旗の色、日本国旗の太陽、フィリピン国旗の3つの星と太陽が含まれています。

*3)フィリピン大学などから成るシンクタンクOCTAリサーチ実施の世論調査(2026年3月)。日本という国を信頼するかという問いに対し、「強く信頼する」または「ある程度信頼する」と回答した人は全体の79%に達し、不信感を抱いている人はわずか4%にとどまりました。

*4)下院で弾劾訴追案が可決された同日、上院では議長交代が起こり、弾劾裁判の設置前に議長職が副大統領派に差替えられました。また、人道に対する罪の疑いで国際刑事裁判所(ICC)から逮捕状が出されたデラロサ上院議員(ドゥテルテ政権時の国家警察長官)はこの議長交代に賛成するために登院しましたが、拘束を当局が試みているとして、同議員は上院に立てこもり、発砲騒ぎが生じました。同議員はその後逃走し行方不明となっており、上院では政権に近い議員らによって議長交代が再度行われました。

*5)稲穂は食料安全保障への取組を表し、新たに加盟した東ティモールを含めた11の粒が描かれています。波は海洋安全保障とASEAN各国をつなぐ海を象徴し、その上のフィリピンの伝統的な船(バランガイ)は、ASEAN各国が多様性を保ちながら同じ船で共に前進する姿勢を示しています。中央には織り模様が描かれており、文化・価値・志の結束の糸が重なり合っていることを表現しています。

*6)フィリピンの経済成長率は2024年に年率5.7%を記録するなどASEAN諸国の中で最も経済成長率の高い国の一つでしたが、2025年は4.4%と失速し、2026年第1四半期の実質GDP成長率は前年同期比2.8%と低迷が続いています。

*7)日米比3か国の連携の下、フィリピン・ルソン島におけるスービック湾、クラーク、マニラ及びバタンガスといった主要拠点を結び、物流・インフラ整備や民間投資の促進を通じて、持続的な経済成長を目指す構想。