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AMRO事務局長兼CEOの視点(2)
─中東紛争下での経済見通し

AMRO事務局長兼CEO 渡部 康人

渡部康人

著者プロフィール

東京大学卒。イエール大学修士。1992年に大蔵省に入省し、アジア開発銀行理事代理、AMRO次長、アジア開発銀行予算人事局長、財務省国際局次長等を経て、2025年5月から現職。

はじめに

前回は、ASEAN+3(日中韓)の金融協力の枠組みと、その中でAMRO(ASEAN+3マクロ経済調査事務局)が果たす役割について紹介しました。今回は、AMROの分析活動の中核であるフラッグシップレポートについて説明します。

AMROは、ASEAN+3地域の経済の動きやリスクを分析するため、毎年いくつかの主要なレポートを公表しています。主なものとして、地域経済見通し(AREO)、金融安定報告書(AFSR)、財政政策報告書(AFPR)があり、それぞれ異なる角度から地域経済を捉えています。

この中でもAREOは、AMROの中核となるレポートで、毎年4月に公表し、その後も四半期ごとに更新しています。ASEAN+3地域全体と各国の経済見通しをまとめたもので、各国の政策当局にとっても重要な参考資料となっています。

AREOの特色

こうした経済見通しは、IMFやADBなどの国際機関でも広く公表されていますが、AREOには他には見られない特色があります。

第一に、シンガポールに拠点を置くAMROが、ASEAN+3地域に特化して分析を行っている点です。地域の財務省や中央銀行、さらには民間部門との対話を日常的に重ね、各国ごとに異なる現場の状況を踏まえた分析を行っています。

第二に、データの入手が難しいとされる一部のASEAN諸国についても、加盟国からの出向者を受け入れていることにより、各国当局とのネットワークを活用した緊密な情報収集と意見交換を行っています。こうした体制は、限られた統計データでは捉えられない経済の実態を理解する上で重要な役割を果たしています。

第三に、AREOは加盟国の財務省や中央銀行によるレビューと承認を経て取りまとめ、公表しています。こうしたプロセスを通じて、AREOは経済見通しだけではなく、各国当局の見方も踏まえた政策対応を提言しており、地域の政策議論の基盤となっています。

このように、AREOはASEAN+3地域に密着した情報と対話に基づき、実務的な政策議論に直接つながる分析なのです。

中東情勢がもたらす経済への波及

本年4月6日に公表した最新のAREOでは、世界経済の先行きが不透明さを増す中でも、ASEAN+3地域は強固な経済基盤のもとで2026年を迎えており、比較的良好な経済成長を維持するとの見通しを示しました。一方で、外部環境の変化による下振れリスクが強まっている点も指摘しています。特に今回の分析で焦点となっているのが、中東情勢の緊迫化と、それに伴う原油価格の動きです。

今回のAREOでは、2026年のASEAN+3の経済成長率は4.0%、物価上昇率は1.4%となる見通しとしています。一方で、紛争が長引くなどして原油の供給が回復しない場合には、ベースラインから経済成長率は0.3ポイント程度下振れし、物価上昇率は0.8ポイント程度上振れると見込まれます。

もっとも、これらの見通しは主として本年3月時点の情報と分析に基づくものであり、その後も中東情勢は流動的な状況が続いています。影響はエネルギー価格にとどまらず、石油を原料とする製品や肥料、物流コスト、さらには食料価格にも広く波及しつつあります。不確実性は極めて高く、供給網や市場心理への影響を通じて、実際の経済・物価への影響が当時の想定を上回る可能性も否定できません。

こうした情勢の変化を踏まえ、AMROでは、AREO公表後も中東情勢やエネルギー・金融市場の動向、それらが域内経済へ及ぼす影響について継続的なモニタリングを行っています。ASEAN+3会合などを通じて、分析のアップデートや当局との意見交換を重ねており、今後も適時に情報発信を行ってまいります。

政策対応のポイント

では、このようなエネルギー価格等の上昇に対して、各国はどのように対応すべきでしょうか。

各国の財政・金融当局の最大の課題は、景気の減速と物価の上昇が同時に起きる、いわゆる「スタグフレーション」を避けることにあり、政策対応のポイントは「バランス」にあります。

財政面では、支援の対象を絞ることが重要です。例えば、生活への影響が大きい低所得層や、エネルギー価格の影響を受けやすい重要な産業に対して、期間を限定した支援を行うことが効果的です。一方で、広く価格を抑え込むような政策は、エネルギーの節約を促すシグナルを弱めてしまうだけでなく、更なる事態の深刻化に備えるための財政余力を減らしてしまうおそれがあります。

金融政策についても、バランスが重要です。エネルギー価格の上昇による一時的な物価上昇に過度に反応する必要はありません。ただし、それが賃金の上昇や物価上昇への期待に広がる場合には、適切に対応することが求められます。また、金融市場が不安定にならないよう注意を払うことも重要です。

仮にこうしたショックが長引く場合には、政策の組合せを見直すことも必要になります。財政支援をより効率的なものに絞りつつ、必要に応じて金融政策を引き締めることで、物価と景気のバランスを保ち、スタグフレーションを避けることが求められます。

中長期的な課題-エネルギー構造の転換

さらに、中長期的な視点も欠かせません。エネルギーや地政学的リスクに対する耐性を高めるためには、再生可能エネルギーの導入拡大などによるエネルギー源の多様化、石油の備蓄の強化、電力インフラの整備、さらには域内の貿易ネットワークの維持・強化などを進めていくことが重要です。

こうした取組みを着実に進められるかどうかが、今後のASEAN+3経済の安定性と持続的な成長を大きく左右することになるでしょう。

変化するASEAN+3経済

今回のAREOでは、こうした短期的なリスクに加え、ASEAN+3経済の構造的な変化にも焦点を当てています。

この20年で、域内の経済的な結びつきは大きく変化しました。かつては「世界の工場」として外需に依存する構造が強いと見られてきましたが、現在ではその姿は大きく変わりつつあります。

供給面では、生産ネットワークは日本中心の構造から、中国を軸とする、より複雑で密接なネットワークへと進化しています。中間財や資本財の貿易を通じて、域内の生産活動は高度に統合されています。

一方、需要面でも変化は顕著です。ASEAN+3地域は、いまや世界の主要な最終需要地となっています。2024年時点での世界全体の最終需要に占めるASEAN+3地域のシェアは28%であり、米国の23%を上回る水準にあります。こうした中、域内需要の重要性は一段と高まり、中国と域内各国、さらにASEAN諸国同士の相互依存関係も一層深まっています。

こうした構造変化は、外部ショックに対する一定の耐性をもたらします。需要の基盤が域内に広がっていることや、生産ネットワークが多層化していることが、経済の下支えとなるためです。他方で、域内の結びつきが強まったことで、ショックが広がる場合には影響も広範になる可能性があり、各国の政策運営と金融協力はこれまで以上に重要性を増しています。

写真:AREO公表会見で挨拶をする著者

写真:AREO公表会見で挨拶をする著者

AMROの対応

今回のAREOの公表にあわせて、中東情勢の影響がASEAN+3地域に及んでいることを踏まえ、私からは、AMRO事務局長兼CEOとしてステートメントを発出しました。その中で、中東での紛争はすでに2か月目に入り、世界のエネルギー市場にとって数十年ぶりとも言える大きな混乱をもたらしていること、また通商政策を巡る不確実性も引き続き高い中で、こうしたショックがASEAN+3地域にも同時かつ急速に波及していることを指摘しました。

こうした環境下において、AMROの役割はこれまで以上に重要性を増しています。不確実性が一段と高まっている中、AMROは独立した分析、実践的な政策提言、そして地域金融協力の支援を通じて、加盟国を力強く支えていきます。また、2,400億ドル規模の地域金融安全網であるチェンマイイニシアティブ(CMIM)は、必要な場合には速やかに流動性を供給できる体制を整えており、地域の安定を支える重要な基盤となっています。

さらに、AMROではすでにオフィス横断的なタスクフォースを立ち上げ、中東情勢の展開とその域内経済への影響について、日々、綿密かつ機動的なモニタリングを行っています。こうした分析結果は速やかに加盟国と共有し、各国の政策判断に直結する実践的な政策提言も行っています。

今後も情勢の展開を注視しつつ、リスクの早期把握、具体的かつ実効性のある政策対応の提示、そして地域協力の一層の強化を通じて、AMROとしての責任を果たしていく考えです。