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「最近の疲労の問題について」
過労死の原因は働き過ぎから脳の病気へと変化している

東京慈恵会医科大学・疲労医学講座・特任教授 近藤 一博

巻頭言

私は1985年に大阪大学医学部を卒業後、一貫して、疲労・ストレスとウイルスとの関係を40年以上研究してきた。専門としているウイルスは突発性発疹の原因となるヒトヘルペスウイルス6である。このウイルスは、赤ちゃんの時に感染し、突発性発疹を引き起こした後、脳の中に潜伏し続け、疲労やストレスに反応して再度活性化することで、うつ病などの疾患の原因となる。

この40年の私の疲労研究の歴史のなかで最も重要であると考えられることの一つに、日本人の疲労の質が大きく変化したことが挙げられる。題名にもあるように、疲労問題の本質が、働き過ぎの問題から脳の病気へと変化したことである。日本人は「疲労」を抱えやすい国民であると言われている。その一つの証拠として、「Karoshi」という単語が「過労死」を表す英語としてそのまま通用することが挙げられてきた。

この過労死の原因一つをとっても20年以上前と最近20年では、大きな変化がある。20年以上前の過労死は、ベンチャー企業の創業者や仕事熱心なビジネスマンが、猛烈に働いた結果として心筋梗塞や脳溢血を発症して死に至る場合が多かった。このような仕事による疲労は「生理的疲労」と呼ばれ、適切な休息を取ることで回復させることができる。このため、このタイプの過労死は、休息によって予防することが可能である。

しかし、最近20年の過労死はこれとは全く様子が異なる。過労死の最大の原因が心筋梗塞や脳溢血から、過労で生じるうつ病による自殺に代わったのである。過労で生じるうつ病は脳の炎症が原因となって生じる「病的疲労」が関与する。病的疲労は上記の生理的疲労とは異なり、休息による回復は難しい。このため、このタイプの過労死を防ぐためには、うつ病の早期発見や早期治療、根本的には脳の炎症を治療・予防することが必要である。

この病的疲労の重要な原因の一つにストレスがあり、ストレス社会である現代の社会環境がこのような疲労の質の変化を引き起こしていると考えられる。また、病的疲労は脳の炎症という病的な状態がもととなっているため、病的疲労が関与するうつ病や過労死を防止するためには、そのもととなる脳の炎症を治療することが必要となる。

しかし、このような病的疲労や脳の炎症は、治療法どころか発症のメカニズムが全く不明であった。解決のヒントとなったのは、皮肉なことに新型コロナウイルスの流行である。新型コロナウイルスの感染は、脳の炎症や病的疲労を生じるが、我々はこれが上述の過労による病的疲労と同じ状態であることを発見し、そのメカニズムを解明した。簡単に説明すると、新型コロナウイルスはアセチルコリンという脳の神経伝達物質を減少させることで、脳の炎症や病的疲労を引き起こす。過労の場合は、脳に潜伏していたヒトヘルペスウイルス6が再活性化し、新型コロナウイルスと同じメカニズムで脳の炎症を誘導してうつ病の原因となる。病的疲労の自覚症状である「休息によっても取れない疲れ」は、脳の炎症の危険信号となる。

脳の炎症は、うつ病だけでなく、アルツハイマー病やがんの発症の原因ともなるので、是非とも解消したいが、脳の炎症には通常の抗炎症薬は効かないことが判っている。我々は現在、これまでの疲労とウイルスの研究を利用して、脳の炎症を治療する方法を開発中である。