
著者プロフィール
東京大学卒。イエール大学修士。1992年に大蔵省に入省し、アジア開発銀行理事代理、AMRO次長、アジア開発銀行予算人事局長、財務省国際局次長等を経て、2025年5月から現職。
はじめに
前回は、クロスボーダー決済の基本的な仕組みについてご紹介しました。国内決済とは異なり、クロスボーダー決済では、複数の金融機関や決済インフラ、異なる法域や規制が関わるため、その仕組みは複雑になります。こうした複雑さが、送金コストや処理時間、透明性などの課題につながっています。
こうした課題を改善するため、現在、G20を中心として国際的な取組が進められています。今回は、クロスボーダー決済がどのような経緯でG20の重要な政策課題となり、どのような改善が進められているのかについて見ていきます。
G20における議論の始まり
G20におけるクロスボーダー決済の議論を振り返る際に鍵となるのは、2020年に策定された「クロスボーダー決済の改善に向けたG20ロードマップ」です。しかし、クロスボーダー決済をめぐる議論は2020年に突然始まったものではありません。
G20は、1997年のアジア通貨危機などを背景に、1999年に財務大臣・中央銀行総裁の会議体として発足しました。その後、2008年の世界金融危機を受けて首脳レベルに格上げされ、危機対応や金融規制改革に中心的な役割を果たしました。
世界金融危機への対応を進める中で、G20の議論は金融システムの安定だけでなく、危機の影響を強く受けた低所得国や貧困層への支援にも広がりました。2009年のピッツバーグ・サミットでは、貧困層による金融サービスへのアクセス改善が首脳レベルの課題として取り上げられ、翌2010年のソウル・サミットでは、誰もが必要な金融サービスを利用できるようにする「金融包摂」の取組がさらに具体化されました。また、G20の開発分野では、国際送金の効率性向上や送金コストの削減も課題として取り上げられるなど、国境を越えた資金移動の改善に関する議論が徐々に広がっていきました。
コルレス銀行関係の減少
一方、国際的な資金移動を支える金融システムそのものについても、新たな課題が顕在化していました。前回ご紹介したように、クロスボーダー決済では、銀行が海外の銀行に口座を保有する「コルレス銀行関係」が、国境を越えて資金を決済するための重要な役割を担っています。しかし、2010年代に入ると、こうした銀行間のコルレス関係が世界的に減少していることが問題となりました。
この問題への対応で重要な役割を担ったのが、金融安定理事会(FSB)です。FSBは、2008年の世界金融危機を受けて2009年に設立され、各国の財務省、中央銀行、金融監督当局や国際機関などが参加する国際的な組織です。国際金融システムの安定に向けて、金融システムに生じるリスクを分析し、金融規制・監督政策の国際的な調整を行うとともに、G20からの要請を受けて様々な金融分野の政策課題について検討するなど、G20の金融分野の議論を支える重要な役割を担っています。
2015年のトルコ議長国の下では、FSBが世界銀行などと連携して、コルレス銀行関係の減少の実態や原因について調査を行いました。その結果、調査対象となった新興国・途上国の約半数でコルレス銀行サービスが減少しており、特にカリブ海地域、東アジア・太平洋地域などで影響がみられることが明らかになりました。
では、なぜ銀行はコルレス銀行関係を減らすようになったのでしょうか。FSBなどの調査では、マネー・ローンダリングやテロ資金供与に関するリスクへの懸念、銀行自身のリスク許容度、採算性など、複数の要因が指摘されています。コルレス銀行は、取引相手となる海外の銀行が適切な顧客確認などを行っているかを確認し、取引に伴うリスクを管理する必要があります。こうした確認に必要なコストがかかる一方、取引量が少なく十分な収益が得られない場合には、銀行にとってコルレス関係を維持するメリットが小さくなります。
コルレス銀行関係が減少すると、クロスボーダー決済そのものがなくなるわけではありません。しかし、ある銀行がこれまで利用していた海外のコルレス銀行との関係を失えば、その銀行を通じた決済ができなくなり、別の決済経路を確保する必要があります。その結果、利用できるコルレス銀行が少数の銀行に集中したり、一つの支払いに関与する仲介銀行が増えて決済経路が長くなったりする可能性があります。実際、FSBはその後の調査で、コルレス銀行関係の減少がこうした集中や決済経路の長期化につながり得ることを指摘しています。
これは、クロスボーダー決済の迅速化、低コスト化、透明性の向上という観点からは大きな問題です。また、海外送金への依存度が高い新興国・途上国では、国際的な金融ネットワークへのアクセスそのものが難しくなり、金融包摂や貿易、経済成長にも影響を及ぼすことが懸念されました。このためFSBは2015年にG20に提出した報告書において、コルレス銀行関係の減少の実態把握、規制上の期待の明確化、影響を受ける国への能力構築支援、銀行による顧客確認を効率化するための取組、という4つの柱からなる行動計画を提示しました。
その後、この行動計画に沿って国際的な取組が進められた一方、FSBの調査では、2011年から2017年にかけて世界のコルレス銀行関係が減少を続けていたことも確認されました。
2019年 ─ 日本がG20議長国に
こうした課題を抱えたまま、2019年にG20議長国は日本に引き継がれました。日本議長国は、世界経済の持続可能で包摂的な成長の実現に向けて、世界経済のリスクへの対応や成長力の強化に加え、「技術革新・グローバル化がもたらす経済社会の構造変化への対応」を主要テーマの一つに掲げました。金融分野でも、金融危機後に進められてきた金融規制改革を着実に実施する一方、金融市場の分断や金融包摂、急速な技術革新が金融システムにもたらす機会とリスクなど、幅広い課題について議論が行われました。
同年6月に開催されたG20福岡財務大臣・中央銀行総裁会議では、これまでG20で取り組んできたコルレス銀行関係の減少について、その原因と影響を引き続き把握し、必要に応じて対応していくことが確認されました。また、コルレス銀行関係の減少とも関係する問題として、海外送金事業者が銀行サービスを利用しにくくなっている問題についても議論され、FSBから対応状況をまとめた報告書が提出されました。さらに、金融包摂を世界経済の成長にとって重要な課題として改めて確認するとともに、金融技術革新についても、分散型金融技術や暗号資産などに関する議論が行われました。
その福岡会合の直後、国際的な決済をめぐる議論に新たな動きが生じます。2019年6月、Facebook(現Meta)が主導する「Libra(リブラ)」構想が発表されました。Libraは、通貨などの資産を裏付けとすることで価格の安定を図る「ステーブルコイン」と呼ばれる新たな仕組みで、国境を越えて広く利用されることを想定した構想でした。世界規模の利用者基盤を持つ民間企業がこうした仕組みを提供する可能性は、決済の効率性を高める可能性がある一方、金融安定、マネー・ローンダリング対策、利用者保護など、これまでにない政策上の課題を提起しました。
こうした動きを受け、同年10月にワシントンで開催された日本議長国下最後のG20財務大臣・中央銀行総裁会議では、Libraのように国境を越えて大規模に利用される可能性のある「グローバル・ステーブルコイン」が、G20として初めて本格的に議論されました。G20は、こうした新しい決済手段がもたらし得る便益を認識する一方、様々な政策・規制上のリスクに適切に対応する必要があることを確認しました。
このように、日本議長国の下では、コルレス銀行関係の減少など既存の国際決済の仕組みが抱える課題への対応が続けられる一方、デジタル技術を利用した新しい決済手段の可能性とリスクについても議論が進みました。
2020年 ─ クロスボーダー決済を包括的なG20アジェンダへ
こうした流れの中、2020年にG20議長国を引き継いだサウジアラビアは、クロスボーダー決済の改善をG20の優先課題の一つとして取り上げました。サウジアラビアは、議長国全体のテーマとして「21世紀の機会をすべての人に」を掲げ、すべての人々が機会にアクセスできる社会の実現を優先課題の一つとしていました。より速く、安く、透明性が高く、誰もが利用しやすいクロスボーダー決済を実現することは、国際貿易や経済成長だけでなく、金融包摂につながるものであり、サウジアラビア議長国が掲げた「機会へのアクセス」というテーマにも重なるものでした。
2020年2月にリヤドで開催されたG20財務大臣・中央銀行総裁会議では、クロスボーダー決済の改善に向けた具体的な作業が開始されました。G20は、FSBに対し、国際決済銀行(BIS)の決済・市場インフラ委員会(CPMI)などと連携して、クロスボーダー決済を改善するためのロードマップを策定するよう求めました。ロードマップの策定は、現状の課題を整理し、改善に必要な方策を検討した上で、具体的なロードマップを策定するという三段階で進められることになりました。
第1段階では、FSBが既存のクロスボーダー決済の仕組みと課題を分析しました。2020年4月に公表された報告書では、クロスボーダー決済が抱える主要な課題として、コスト、スピード、アクセス、透明性の4つが整理されました。また、その背景には、国によって異なる規制やデータ基準、マネー・ローンダリングやテロ資金供与対策などへの対応、各国の営業時間の違い、旧来の技術基盤など、様々な要因が複雑に関係していることが指摘されました。
第2段階では、各国中央銀行などが参加するCPMIが、こうした課題を改善するために必要な方策を検討しました。その結果、2020年7月に、規制・監督面での国際協調、既存の決済システムの改善、データやメッセージ形式の標準化、新しい決済インフラの可能性など、19の「構成要素(Building Blocks)」が提示されました。
そして第3段階として、FSBはこれらの検討をまとめ、2020年10月に「クロスボーダー決済の改善に向けたG20ロードマップ」を策定しました。ロードマップでは、19の構成要素を5つの重点分野に整理し、それぞれについて国際機関などが取り組む具体的な作業とスケジュールが示されました。
このように、G20におけるクロスボーダー決済の議論は、金融包摂や海外送金、コルレス銀行関係の減少といった個別の課題への対応を経て、2020年にクロスボーダー決済全体を改善するロードマップへと発展しました。
では、このロードマップによって、実際にクロスボーダー決済をどのように変えようとしているのでしょうか。次回は、19の構成要素やその後に設定された具体的な目標を取り上げながら、G20が目指すクロスボーダー決済の将来像についてご紹介します。
参考文献
・有泉秀(2019)「G20福岡と金融分野」『ファイナンス』2019年7月号
・緒方健太郎・米山泰揚(2019)「IMF・世銀年次総会およびG20財務大臣・中央銀行総裁会議等の概要(2019年10月17日~19日、於:アメリカ・ワシントンD.C.)」『ファイナンス』2019年12月号
・G20(2009), Leaders' Statement:The Pittsburgh Summit, 24–25 September 2009.
・G20(2010), Seoul Summit Leaders' Declaration and Multi-Year Action Plan on Development, 11–12 November 2010.
・Financial Stability Board(2015), Report to the G20 on Actions Taken to Assess and Address the Decline in Correspondent Banking.
・Financial Stability Board(2017), FSB Correspondent Banking Data Report.
・Financial Stability Board(2018), FSB Action Plan to Assess and Address the Decline in Correspondent Banking:Progress Report to G20 Finance Ministers and Central Bank Governors.
・G20(2019), G20 Finance Ministers and Central Bank Governors Meeting Communiqué, Fukuoka, 8–9 June 2019.
・Financial Stability Board(2019), Regulatory Issues of Stablecoins.
・Financial Stability Board(2020), Enhancing Cross-border Payments:Stage 1 Report to the G20.
・Committee on Payments and Market Infrastructures(2020), Enhancing Cross-border Payments:Building Blocks of a Global Roadmap. Bank for International Settlements.
・Financial Stability Board(2020), Enhancing Cross-border Payments:Stage 3 Roadmap.

