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各地の話題
福知山市
歴史と自然が紡ぐ福知山・綾部

福知山税務署 総務課長 竹内 久美子

はじめに

福知山税務署は、1896年に設置され、福知山分地の中央に位置する福知山市に所在し、福知山市と福知山盆地の東側から福井県境までを市域とする綾部市の2市を管轄しています。

福知山市の礎は、戦国武将の明智光秀が築き、古くから城下町として、また、日本海側と京都や大阪などの大都市を結ぶ交通拠点として栄えてきました。

現在においても、日本有数の内陸型工業団地が整備され、広域交通網が充実するなど、近畿北部における経済と行政の中心地として、重要な役割を果たしています。

名所

[福知山城]

福知山市のシンボルである福知山城は、織田信長の命を受けた明智光秀が1579年に丹波を平定した後、西国攻略に向けた最前線の拠点として城を築いたことから始まります。

(写真提供:海の京都DMO)

(写真提供:海の京都DMO)

「本能寺の変」のイメージが強い光秀ですが、地元では、税の免除や氾濫を繰り返していた由良川の治水対策に尽力するなど、善政を敷いたことで知られ、今でも市民から慕われており、福知山城近くにある御霊神社には光秀が祀られています。

1873年の廃城令により天守周辺の石垣や銅門を残し、福知山城はその大半が失われましたが、昭和に入り、市民の寄付などを基に天守閣が再建整備され、2017年には続日本100名城に選出されるなど、福知山を代表する観光スポットになっています。

[元伊勢神社]

「元伊勢」とは、現在の伊勢神宮に天照大神が祀られる前に、一時的に祀られていたと伝わる場所を指しますが、福知山周辺には、その伝承を持つ神社が数多く残っています。

「元伊勢内宮皇大神社」は、大和地方から天照大神の御神体を遷し、4年間祀った場所だと伝わっています。農業の神様が祀られている「元伊勢外宮豊受大神社」、大自然の中に鎮座し神秘的な雰囲気を感じさせる「天岩戸神社」と併せ、「元伊勢三社」と言われ、パワースポットとしても有名です。

(写真提供:福知山市役所)

(写真提供:福知山市役所)

[鬼と大江山]

鬼の棲家としての伝説がある大江山は標高832メートルの福知山市、与謝野町、宮津市にまたがる連山で、2007年に「丹後天橋立大江山国定公園」に指定されました。大江山の8合目にある鬼嶽稲荷神社からは、秋の早朝には美しい雲海を見ることができます。

また、大江山は3つの鬼伝説が残る町です。中でも最強の鬼として伝わる「酒呑童子」の伝説は、明治期から昭和初期には国語の教科書にも掲載されるなど、全国各地に残る鬼伝説の中でも古くから多くの人に親しまれています。

大江町にある「日本の鬼の交流博物館」では、大江山の鬼伝説を始め、国内外の鬼にまつわる資料が展示されています。

(写真提供:福知山観光協会)

(写真提供:福知山観光協会)

産業

[繊維]

綾部市の名前の由来は、一説には、古代に大陸から渡来した機織や養蚕などの高度な技術を持つ職能集団「漢部(あやべ)」に由来すると考えられており、当地では、古くから養蚕、製糸、織物が盛んに行われてきました。

1887年頃からは製糸業が急速に発展し、現在の綾部市周辺である京都府何鹿(いかるが)郡の発展のためには、農家に養蚕を奨励することが郡の急務であるとし、「郡の是」つまり「郡の方針」、という意味の名を冠した「グンゼ」(群是)の創業地としても有名です。

[黒谷和紙]

黒谷和紙は、綾部市を代表する伝統産業の一つです。約800年の歴史を持つ手漉き和紙で、1993年には京都府指定無形文化財に指定されました。戦後、多くの和紙産地が機械漉きへ移行するなか、黒谷では、現在も昔ながらの手漉き製法が守られ、日本を代表する手漉き和紙として受け継がれています。

(写真提供:海の京都DMO)

(写真提供:海の京都DMO)

グルメ

まずは、京都府中部や丹波地方を中心に栽培されている「丹波栗」です。栗の王様と呼ばれ、大粒で上品な甘みが特徴で、モンブランや栗きんとんなど、丹波栗を使用した和洋菓子は絶品です。

(写真提供:海の京都DMO)

(写真提供:海の京都DMO)

また、肉厚で甘みが強く辛みが少ない夏の味覚「万願寺甘とう」、えぐみが少なくやわらかな触感と上品な甘みが特徴の春の味覚「法恩寺たけのこ」は、やみつきになる味わいです。

そのほか、福知山周辺はジビエ文化が盛んな地域です。地元で捕獲・加工された新鮮なジビエも大変人気があります。

(写真提供:JA丹の国)

(写真提供:JA丹の国)

(写真提供:海の京都DMO)

(写真提供:海の京都DMO)

おわりに

福知山署管内の一部を紹介させていただきましたが、豊かな自然、地区ごとに開催される伝統あるお祭りなど、福知山・綾部地域にはまだまだ魅力的なスポットがたくさんあります。京阪神からの交通の便も良く、是非一度足を延ばしてみてはいかがでしょうか。

(写真提供:海の京都DMO)

(写真提供:海の京都DMO)

(写真提供:海の京都DMO)

(写真提供:海の京都DMO)

各地の話題
高島市
琵琶湖の西に広がる水と歴史の町 高島市

今津税務署 総務課長 竹上 淳也

はじめに

今津税務署は、滋賀県高島市全域を管轄する税務署で、JR湖西線・近江今津駅から徒歩5分の、琵琶湖の西岸に面した清々しい環境に庁舎を構えています。

高島市は、2005年に旧マキノ町・今津町・朽木村・安曇川町・高島町・新旭町の5町1村が合併して誕生し、面積は約693km2の滋賀県北西部に広がる県内最大の市です。

東は琵琶湖、西は比良山地や福井県境の山々に抱かれた自然豊かな地域で、市域の約72%が森林に覆われ、琵琶湖に注ぐ水のおよそ3分の1を生み出す「水の源」としても知られています。

古来より京都・奈良の都と北陸を結ぶ交通の要衝として栄え、港町・宿場町として多くの人々が行き交ってきた歴史を持ちます。近江聖人と称えられた日本陽明学の始祖・中江藤樹の生誕地としても知られ、歴史と文化が深く根づいた土地柄です。

琵琶湖を背景に疾走するJR湖西線(写真提供:高島市役所)

琵琶湖を背景に疾走するJR湖西線(写真提供:高島市役所)

管内の見どころ

[白鬚神社]

高島市の琵琶湖畔に鎮座する白鬚神社は、全国にある白鬚神社の総本社です。湖面に朱塗りの大鳥居が浮かぶ光景は、「近江の厳島」とも称される幻想的な美しさで、日の出の時間帯には特に神秘的な雰囲気に包まれます。

延命長寿・縁結びの神として古くから信仰を集め、日本遺産にも認定されています。多くの参拝者・観光客が訪れる、高島を代表する名所です。

朝日を望む白鬚神社の大鳥居(写真提供:高島市役所)

朝日を望む白鬚神社の大鳥居(写真提供:高島市役所)

[メタセコイア並木]

マキノ農業公園へと続く県道沿いに、約500本のメタセコイアが2.4kmにわたって立ち並ぶ壮観な並木道です。

メタセコイア並木

初夏の瑞々しい新緑、秋の鮮やかな紅葉、そして冬には雪をまとった幻想的な白銀の景色と、四季それぞれに異なる顔を見せてくれます。関西の名所人気ランキングでは常に上位に名を連ね、写真愛好家にも人気のスポットです。

白銀の世界に浮かぶメタセコイア並木(写真提供:高島市役所)

白銀の世界に浮かぶメタセコイア並木(写真提供:高島市役所)

[海津大崎の桜]

琵琶湖の北岸に位置する海津大崎は、「日本のさくら名所100選」にも名を連ねる春の絶景スポットです。約800本のソメイヨシノが湖岸沿い約4kmにわたって咲き誇り、青い湖面と淡いピンクのコントラストは息をのむ美しさです。

見頃の時期には遊覧船やサイクリングで桜並木を楽しむ人々で賑わい、高島の春の風物詩となっています。

琵琶湖から望む海津大崎(写真提供:高島市役所)

琵琶湖から望む海津大崎(写真提供:高島市役所)

[近江聖人・中江藤樹]

江戸時代初期の儒学者で、「日本陽明学の祖」とされる中江藤樹(1608~1648)は、現在の高島市安曇川町に生まれ、「近江聖人」とたたえられた人物です。

27歳のとき母への孝養を理由に脱藩して故郷へ戻り、私塾を開いて「心の学問」を人々に説き続けました。その講堂跡である藤樹書院は国の史跡に指定されており、藤樹直筆の「致良知」の書をはじめ、数多くの遺品・遺物が今も展示されています。

わずか41歳でこの世を去りながらも、その教えは後世の思想家たちに深く受け継がれ、高島の誇る偉人として今日も市民に親しまれています。

近江聖人・中江藤樹

管内の産業

高島市の地場産業として特に名高いのが高島扇骨と高島ちぢみです。

扇骨は、約300年前から安曇川の竹を利用して作られており、現在では全国生産量の約90%を担う世界唯一の産地となっています。

高島ちぢみは、江戸時代から続く伝統織物で、独特の凹凸(シボ)がもたらすさらっとした肌触りと優れた吸湿・通気性が特長です。その軽やかさは、箱館山の山頂で風にたなびくカラフルな反物の姿からも感じ取っていただけます。

箱館山の山頂でたなびく高島ちぢみ(写真提供:高島市役所)

箱館山の山頂でたなびく高島ちぢみ(写真提供:高島市役所)

また、比良山系の伏流水と冷涼な気候を生かした地酒醸造も盛んです。この豊かな湧き水の文化を象徴するのが「針江の生水(しょうず)」です。新旭町針江地区では、比良山系に降った雨や雪が伏流水となって各家庭から湧き出し、「かばた」と呼ばれる独自の水利システムで暮らしに活かされています。「平成の名水百選」にも選ばれたこの水文化は、国内外から注目を集めています。

台所脇に設けた水槽(かばた)では、コイが食べ残しや野菜くずを食べることで水を浄化している(写真提供:高島市役所)

台所脇に設けた水槽(かばた)では、コイが食べ残しや野菜くずを食べることで水を浄化している(写真提供:高島市役所)

管内のグルメ

[鮒寿司]

高島を代表するご当地グルメといえば、まず「鮒寿司」が挙げられます。琵琶湖産のニゴロ鮒と近江米を木桶でじっくり熟成させた発酵食品で、近江の食文化を象徴する味わいで、日本酒ともよく合います。

鮒寿司

[高島とんちゃん]

「高島とんちゃん」は、鶏肉に甘辛い味噌だれを絡めて焼いたもので、ご飯にもビールにも抜群に合う、地元では昔から愛されてきたソウルフードです。

高島とんちゃん

[アドベリー]

安曇川地域で育てられる希少果実アドベリーは、酸味と爽やかな甘さが特徴で、収穫期間が短く市場にほとんど出回らない幻の果物です。ゼリーやスイーツに加工されたお土産品としても人気を集めています。

湖畔に育つアドベリー(写真提供:高島市役所)

湖畔に育つアドベリー
(写真提供:高島市役所)

大河ドラマ「豊臣兄弟!」と高島市

2026年のNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」は、豊臣秀吉の弟・秀長(小一郎)を主人公に、兄弟の絆と天下統一を描く物語ですが、高島市もその舞台のひとつとして注目されています。

1570年、朝倉氏攻略に向かった織田信長は、浅井長政の離反により突然の撤退を強いられます。

このとき信長が選んだ退路が、敦賀から琵琶湖西岸の山中を抜けて京都へと至る「朽木越え」でした。

通常の街道ではなく、深い山間を縫う険しい道であり、信長はわずかな供回りとともにこの難路を駆け抜け、命からがら京へと帰還したとされています。

急峻な斜面の朽木越え(写真提供:高島市役所)

急峻な斜面の朽木越え
(写真提供:高島市役所)

途中、追手の気配が迫る中、信長が身を潜めたと伝わる「信長の隠れ岩」の伝承も残されており、極度の緊迫の中で退却を余儀なくされた当時の状況を今に伝えています。朽木地域には当時の面影を残す岩や山道が残っており、訪れる人にその過酷さを伝えています。

巨岩の影で、生死を分かつ「時」を待つ(写真提供:高島市役所)

巨岩の影で、生死を分かつ「時」を待つ
(写真提供:高島市役所)

秀吉がしんがりを担ったとされるこの「金ヶ崎の退き口」の舞台が高島市であり、地元では戦国の歴史への関心がかつてなく高まっています。

おわりに

琵琶湖の青い水面と緑豊かな山々に囲まれた高島市は、四季を通じて豊かな表情を見せてくれる魅力あふれる地域です。伝統産業と豊かな食文化が今も息づくこの地に、ぜひ一度足をお運びください。

各地の話題
御坊市
伝統を明日へつなぐ
~紀州 日高地方~

御坊税務署 総務課長 泉 好晃

はじめに

御坊税務署は、和歌山県のほぼ中央の御坊市に位置しており、御坊市及び日高郡(美浜町、日高町、由良町、印南町、みなべ町及び日高川町)の1市6町を管轄しています。

管轄面積は、約700km2であり、東京23区(約627km2)よりやや広く、また、美しい海岸線と豊かな山々に囲まれた自然豊かな地域となります。

署の沿革は古く、明治22年5月に和歌山県収税部出張所として本願寺日高別院境内に開設され、全国に税務署が設置された明治29年に御坊税務署と改称され、その後、明治41年、大正10年、昭和31年の3回の庁舎移転を行い、現在の庁舎には昭和63年に移転しました。

本願寺日高別院(写真提供:御坊市役所)

本願寺日高別院(写真提供:御坊市役所)

宮子姫の伝説

御坊市は、東大寺を建立した第45代聖武天皇の御生母とされる宮子姫生誕の地と言われています。

7世紀後半、九海女(くあま)の郷に生まれた宮子姫は髪の毛がありませんでしたが観音様に祈願したところ、人もうらやむ美しく長い黒髪に恵まれ、それが縁で第42代文武天皇の后となったと言い伝えられています。

また、御坊市へ入る国道には、「宮子姫生誕乃地」と記載された標識が建てられています。

管内名所

[道成寺]

日高川町にある道成寺、「宮子姫伝記」によると、宮子姫の願いを受けた文武天皇の勅命によって建立されたとされています。

また、道成寺は、能や歌舞伎で有名な「安珍清姫伝説」の舞台となったお寺で、住職によるユーモア交じりに繰り広げられる安珍清姫の絵とき説法が人気です。

映画「国宝」で主演の二人が披露する舞踊が「二人道成寺」です。映画が大ヒットしたこともあり道成寺には多くの観光客が訪れています。

絵とき説法の様子(写真提供:日高川町役場)

絵とき説法の様子(写真提供:日高川町役場)

[熊野古道~紀伊路~]

古代の人々が聖地・熊野へ詣でるため、さまざまな願いや憧れを抱いて歩いた熊野古道。日高地方には、紀伊路で最も険しいと言われる鹿ヶ瀬峠があります。

鹿ヶ瀬峠は当時の面影が色濃く残っており、「大峠の石畳」は、紀伊路で唯一現存する大規模な石畳であり、秘かに香る森の息吹と苔むした道が幻想的な雰囲気を作り出しています。

大峠の石畳(写真提供:日高町役場)

大峠の石畳(写真提供:日高町役場)

[白崎海岸~日本のエーゲ海~]

由良町の湾岸部には、日本のエーゲ海と呼ばれる白崎海岸があり、海の鮮やかなコバルトブルーと白亜の石灰岩が織りなすコントラストが美しい景観を作り出しています。

白崎海岸には、白崎海洋公園が設置されており、公園内の展望台からは紺碧の海と白亜の石灰岩の絶景を存分に楽しめるほか、美しい夕陽や夜の星空も堪能できるスポットです。

白崎海岸(写真提供:由良町役場)

白崎海岸(写真提供:由良町役場)

[煙樹ヶ浜]

美浜町の海岸には、美しい大松林があり、「煙樹ヶ浜(えんじゅがはま)」と呼ばれています。

松林の幅が広いところでは約500m、長さ約4.5kmにおよび、近畿最大の規模を誇ります。

この大松林がいつ形成されたのか、その歴史は明らかではありませんが、初代紀州藩主徳川頼宜が植えたと伝えられています。

また、海の見えるキャンプ場も併設されており、松林の中で波の音を聞きながらのキャンプも楽しめます。

煙樹ヶ浜(写真提供:美浜町役場)

煙樹ヶ浜(写真提供:美浜町役場)

[アメリカ村]

美浜町のイセエビ漁を行う小さな漁村の三尾地区は「アメリカ村」と呼ばれています。

明治21年のこと、この地域に住む工野儀兵衛がカナダに出稼ぎに行き、それから次々と三尾の人々が海を渡りました。その後、その人達が帰国してカナダ風の暮らしや文化をこの地域に根付かせたとされています。

カナダミュージアムや宿泊施設、レストランなど、散策しながらカナダの歴史を感じることができます。

カナダミュージアム(写真提供:美浜町役場)

カナダミュージアム(写真提供:美浜町役場)

[紀州鉄道]

御坊駅と西御坊駅を結ぶローカル私鉄で営業距離2.7kmは単独路線として日本最短です。

昭和3年の開業以来、御坊市民の足として親しまれています。

沿道の懐かしい風景の中を時速約20kmでトコトコ走る姿やレトロ感満載の木造駅舎は、鉄道ファンや観光客に人気です。

紀州鉄道とみーやちゃん(御坊市公認PRキャラクター)

紀州鉄道とみーやちゃん(御坊市公認PRキャラクター)

産業・農業

[南高梅~国産梅の最高ブランド~]

南高梅の誕生の経緯をさかのぼると、明治35年、みなべ町の「高田貞楠」という農家が自身の農園で他よりもひときわ大きく美しい実をつける梅の木(高田梅)を発見したことに始まります。

昭和20年代、みなべ地方には多くの梅の品種が混在しており、産地として競争力を高めるため梅の優良品種の統一が進められ、114種の中から7系統を選抜し、高田梅が最優良品種として選ばれました。南高梅の名前の由来は、選ばれた「高田梅」と調査研究に携わった南部高等学校の先生や生徒の努力に敬意を表し「南高梅」と命名されました。

また、みなべ町役場には、全国にもめずらしい「うめ課」が設けられています。

[南部梅林]

毎年、梅の花が咲く頃には、「南部梅林」が開園します。「一目百万、香り十里」といわれ日本最大級の広さを誇り、梅の花のかぐわしい香りに包まれながら春を感じることがきます。

また、南部梅林に行くなら名物の「いももち」は外せません。是非ご堪能ください。

南部梅林(写真提供:みなべ町役場)

南部梅林(写真提供:みなべ町役場)

[わさび発祥の地]

わさびの産地といえば静岡、長野県を連想する方が多いと思います。ところが、静岡で主に生産され、高級品として人気の高い「真妻(まづま)わさび」は、実は印南町が発祥の地となります。

静岡で真妻わさびの栽培が始まったきっかけは、昭和35年頃に静岡でわさび栽培を行っている人が真妻地区で栽培されている真妻わさびを見て、品質が大変優れているのに驚き、印南町で苗を買い求めていったことが始まりとされています。

真妻わさび(写真提供:印南町役場)

真妻わさび(写真提供:印南町役場)

グルメ

[クエ]

日高地方、特に日高町はクエの町として幻の魚といわれるクエで有名です。

クエはスズキ目ハタ科に属する大型の海水魚で、成長すると1メートル、体重30キロを超えることもあります。

近年は養殖技術の向上により1年を通じて質の高いクエが食べられるようになりましたが、紀伊水道の荒波で育った天然のクエは別格です。鍋や刺身、唐揚など、フルコースを是非ご堪能ください。

クエのモニュメント(写真提供:日高町役場)

クエのモニュメント
(写真提供:日高町役場)

〔せち焼き〕

焼きそばを卵でお好み焼き風に固め焼きした御坊のソウルフード「せち焼き」。

語源は、方言の「せちがう(めちゃめちゃにする)」に由来したB級グルメで、香ばしい麺と卵の相性が抜群です。

偉人

日高地方出身の著名人として「東京にオリンピックを呼んだ男」の和田勇が挙げられます。

昭和33年、東京オリンピック招致に向けた準備委員会の委員に就任。翌年の春の国際オリンピック委員会(IOC)総会での開催地投票に向けた集票のため、中南米諸国を歴訪し、政府の要人でもない一人の日系実業家が「祖国日本のために」と熱く訴える情熱に各国のIOC委員らの多くが感服。東京への招致に賛同し、結果、東京は過半数を超える票を獲得し、開催地に決定しました。

後に、御坊市名誉市民第1号として顕彰されました。

おわりに

日高地方には、今回ご紹介できなかった魅力的なスポット・行事がまだまだたくさんあります。

「人を見たけりゃ御坊祭」として有名な「御坊祭」、本州一を誇るアオウミガメの産卵地「千里の浜(みなべ町)」などなど、紹介しきれません。

歴史と自然に囲まれた日高地方に是非遊びにきてください!