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講師 ウスビ・サコ 氏
(東京都公立大学法人 理事 東京都立大学 特任教授
京都精華大学 元学長・名誉教授)
演題 多文化共生の時代に求められる視座
─多様性を力に変える組織と社会のあり方─
令和8年5月27日(水)開催

ウスビ・サコ

はじめに

皆さん、こんにちは。ウスビ・サコと申します。

講演を進めていくにあたり、問いを二つ立てています。最初の問いは「多様性は社会を難しくするものか。それとも、社会を豊かにする力か。」というもの、二つ目の問いは「違いは困るものか、力になるものか。」というものです。

今、日本の社会は多様化に対応せざるを得ない状況にありますが、その多様化に対して、まだ不慣れなところがあったり、ちょっと抵抗感があったりする状況かと思います。

本日は、私の経験も踏まえて、「違い」を受け止め、異文化をどう理解していくのか、多様性をどうやって組織や地域の力にしていくのか、といったことを考えていきたいと思います。

今の時代と世界の現状を把握する

最近、多様性などについて考えないといけなくなっているのは、時代的背景もあるかなと思っています。この5年間を振り返ってみれば、画期的に世界が動いているような感じがするのです。

私が京都精華大学の学長になって2年くらいの時にコロナ禍になってしまって、いろいろな対策をする必要がありました。とはいえ、これまで前例はないので、コロナに関してはみんな初心者なんですよね。でも、初心者にもかかわらず、誰かの責任にしたいという空気もあって、「これは学長が決めることだ」といった形で判断を求められることも多くて、本当に大変でした。ただ、そのときに、どのぐらい大胆にいくのかということについては、お互いにしっかり話をすることもできたなと思います。

コロナ禍を経て世界はずいぶん広がりました。例えば、オンライン会議の普及、観客がいないオリンピックなど、これまで前例のなかったことも次々と起きました。これまでの世界の標準・基準というものをもう一度立ち止まって考え直さなければならない時代になってきたのです。

今は社会が変化してきており、グローバル化がどんどん進んでいます。そうなると、外国人住民が増えたり、留学生が増えたり、外国人の労働者が増えていきます。これまでは外国人は、だいたい単身で来ていたので、しばらくすると国に帰るということもあったのですが、今は子どもを連れて所帯で来ます。また外国人の高齢化も進んでくるので、高齢者施設に外国人が殺到したりする事態も、現実的には想定されるわけです。

また、人口が減っていくことに伴い、地域社会の担い手が外国人になりつつあって、祭りなどを外国人が仕切っていたりもします。

こうしてみると、多様化をどう受け入れていくかという問題はかなり重要かなと思います。多文化共生は専門部署だけがやっていればいい仕事ではないのです。

私の個人的なストーリーと多様性

1.私が生まれ育った社会

私自身が日本に来て、どういう多様化を経験したのかについて、お話ししたいと思います。

私はアフリカのマリで生まれ育った後、中国の大学に通いました。大学院の途中で日本に来て、建築を専門に京都大学で勉強しました。一番長く生活したのが日本で35年間住んでおり、2002年には日本国籍を取得しています。

マリでは、お客さんが来たら、「いつ帰るのか?」とはあまり聞きません。「1日だけ用事がある。」と言ってやってきて、そのまま食費も宿泊費も払わず、1年ぐらいずっと私の家に滞在し続けるんです。そのうち私の教育係になって、説教される。しかもみんなバラバラなことを言うんですよね。でもそれがチャンスでもあったわけです。いろんな大人がいて、一貫性がないんだということは小さい頃から感じていました。そういう、他人に育てられたというのはある意味いいことだったんだと思います。

また、マリはフランスの植民地だったので、学校ではフランス語だけで勉強して、民族の言葉は話しません。しかも教えられているフランス語も面白くて、小説に出てくる雪もマリでは降りませんし、シャンゼリゼ通りとかブイヤベースなんて、全然分からず、イリュージョンなんですよね。ところが、家に帰ると民族の言葉を話して、道徳とか社会を教えられ、フランス語は話すなと言われる、そんな幼少期を過ごします。

私が初めて行った海外はパリでしたが、そこでは人種によって住まいの地域が違ったり、仕事が違ったり、ということが結構ありました。社会はそういう形で分断されていると感じました。

2.中国・日本への留学と社会との関わり

留学した時、一番ショックだったのが、「自分の当たり前が通じない」ことでした。いろいろなカルチャーショック、ヒューマンショックを受けました。自分の国にいる時は、別に人種って意識しなくてもいいわけですよね、でも海外で初めていわゆる「人種」ということを認識させられました。

1980年代に私は中国に留学しました。当時、中国では私みたいな人間が珍しかったのでしょう、私がバス停でバスを待っていると、中国人がいきなり来て、私の手に触れるのです。「あれ、色が落ちないね。」と。私が中国語で反応すると、「あ、中国語できるじゃないか。ちょっと友達になろう。」と言うのです。中国人はすごく好奇心旺盛で、「なんで肌の色が黒いの?」と平気で聞いてきたりします。そういう意味で、ストレートなコミュニケーションをとります。まあ、ストレスはたまらないですよね。

ところが日本に来ますと、まず「チラ見」に遭遇しました。電車に乗ると、こちらのことを見たいのか見たくないのか、私が目を合わせると、すぐに目を逸らしたりするのです。子供がなんか言ったら、母親は「シッ」と言って、私の存在をタブーにされたりして、その方がちょっとストレスなんですよね。

日本では納得いかないことはいろいろありました。私のことを知りたいのに、ストレートに聞かないで、一旦フレーム化して人を判断するのです。日本人同士でもよく聞きます。例えば「あの高校の人は賢い。」とか。私についても「あいつはA型かな。」「いや、あの机の汚さだとB型ちゃうかな。」とか。マリでは血液型を気にしないから調べないので、私は実は自分の血液型を知らないんですよね。直接会話して相手を知るのではなく、一旦前提を作るところがあるのです。私は、いろいろなところに誘われて出かけて行ったりしていたのですが、同時にコミュニケーションに戸惑ったこともいっぱいあります。

3.日本社会の中での居場所づくり

我々外国人が日本に来る時、どうやって日本社会と付き合っていけばいいか分からない。逆に、日本では、日本に入ってくる外国人とどのように付き合っていったらいいか分からないのです。

そこで、私は仲間を集めて、留学生が仲間を支援する「飛魚」という組織を作りました。ここで私は日本語教室を作ったり、毎年フェスティバルをやったり、あるいは中学生と街歩きをしたりして、自分たちも日本社会に寄っていこうとしました。

ここで一番大きいポイントは「他者と出会うことによって、我々も自分たちを再発見できる」ことです。自分たちにとって、これが当たり前だと思っていても、実はそれが通じなかったりするところも結構あるのです。

日本では「郷に入れば郷に従え」と言われます。私も日本語を勉強して、日本文化を勉強して、一生懸命日本人になろうと最初は思ったのですけども、途中で「無理や」と諦めました。やっぱり、私が持っているポテンシャルをどうやって伝えるか、そしてそれを許してくれるかどうか、ということが大切なんだと思います。私は自分のアイデンティティを保持しつつ、日本社会に入りたいと考えました。

多様性とは何か

1.グローバル化とは何か

ここで改めて、グローバル化とは何かについて考えてみます。グローバル化の大きな特徴は「ヒト、モノ、カネ、そして情報が国境を越えて自由に行き来し、それらの価値は一国の判断で決められないこと」であると思っています。

20世紀はずっと、国対国、あるいは一つの国対複数の国の関係であって、国でコントロールができていた、国際化の時代でした。しかし、21世紀に入ってから、個や特定の集団が国を超えて存在することが多くなったのです。

今、日本では、情報やさまざまなものが、いろいろなグループのネットワークで決められています。このこと自体は「世界中で市場や労働力がつながっていく」といったよい側面もあります。その一方で、グローバル化が進んで、コミュニケーションがよりスムーズになるかと思っていたら、逆にコミュニケーションの課題が結構あったり、残念ながら地域紛争や民族対立の問題も残っていたりしています。

グローバル化はもう誰も止められないので、どう対応したらいいのかは、個々が考える必要があるなと思います。

2.多様性(ダイバーシティ)

グローバル化で最も重要なのが多様性です。多様性の定義は「人種、性別、宗教、性的指向、社会的経済的背景および民族性の個人間の違いが存在し、認識されること」です。

「当たり前が違うこと」をどう受け入れていくか、ということが結構大きいのです。そして、我々が学校などのいろいろな場で、多様性そのものにどう対応していくのか、ということが問われているわけです。

マイノリティを優遇することだけではなくて、やっぱりマジョリティの意識改革が大事だと思うんですよね。私が学長になったとき、この点をスローガンとして運用しました。というのも、マジョリティがその空気を作ってしまっている面があるんです。よく学生が苦しんでいるのは、仲間のグループとは本当は合わないのだけど、自分の特徴や自分のことを言ってしまうと排除されるかもしれない。だからちょっと我慢する。で、研究室に泣きに来るんです。「どっちやねん、言ったらいいのに」と私は言うんですが、彼らは言わない。それが大きなポイントでした。

あとはもう一つ、多文化主義というものがあります。これは複数の文化的伝統が社会で受け入れられるということです。つまり、多様性は、個人間の違いを認めることであり、一方で、多文化主義は、それを受け入れるプラットフォームを作っていく、そういう組織やグループ、コミュニティだということです。

3.多様性は特別なことではない

私はよく「多様性」について講演する機会があるんですけれども、ある小学校に行ったとき、「多様性の反対って何ですか」と聞かれました。また、その流れで「多様性と平等性って矛盾しているんじゃないか」という質問も出てきました。

確かに、多様性ばかりを強調し過ぎると、場合によっては平等性が損なわれることもあるかもしれませんし、逆に平等性を重視し過ぎると、多様性が見えにくくなることもあると思います。多様性というのは、異なる背景や特性を尊重し、それぞれの違いを受け入れるという概念です。一方で平等性というのは、すべての人に同じ権利を与えるということです。この二つは対立するというよりも、組み合わせて考えることができるものだと私は思っています。

多様性は特別なことではない、ということをまず考える必要があると思います。最初から我々はみんな違うのです。生まれた場所や家庭や言葉、こういったものが最初からみんな違うのです。多様性は特別な誰かの話ではなく、私たち一人ひとりがもともと持っている違いである、ということがとても重要だと思います。

国際(外国人)労働者と社会の変化

1.支援の対象から、共創の主体へ

これからの日本にとって一番特徴的なのは、外国人労働者が増えてくることです。私も以前は政府のいろいろな検討機関に入って、議論に参加しました。その時に「日本語と日本文化を教えれば大丈夫です」という意見があったのですが、これは非常に微妙なところです。

去年、ジェネーヴにある国連の人権関連の会合で、「日本では差別がない、法律はみな平等である」と日本の代表が発表されていました。「外国人に対するルールが毎年のように変わる国があるが、日本ではそういうことはない」ということだと思います。ただ一方で、日本ではルールそのものが分かりにくいのです。日本人自身でも分からない人が多いと思います。そうした中で、外国人に「税金を払いなさい、こう計算しなさい」と説明しても通じない時があるのです。

だから多分、日本語の問題だけではなくて、「どうやっていろいろなシステムを透明化していくか」が大きな課題だと思うのです。

実は日本より早く外国人をたくさん受け入れて、いろいろと苦労してきたのがスイスとドイツです。スイスの作家マックス・フリッシュ(Max Frisch)が「労働力だけが欲しかったのに、人間がついてきた」という言葉を残しています。これは非常に重要で、やってくる外国人は宗教をはじめとする文化を持っているわけですね。それを全部同化させるのは、無理なところがあります。では、どうやって日本社会に入っていくのか、ここが大きなポイントになると思います。その意味で、日本の外国人政策をどのように考えていくのかは、大きな課題です。新聞などでも、人口の推移や将来予測については毎年のように取り上げられています。

先ほど申し上げたように、日本社会が外国人とどう付き合えばよいのか分からないのです。現場に任せているような感じです。日本に来る外国人はだんだん増えており、現場の地域の人たちが、かなり苦労している状況があります。ゴミ出しのような日常的な問題だけではなく、どうやってシステム自体を改善していくかが結構大きいポイントかなと思います。「支援ではなく、どうやって共創の主体を作っていくか」という課題です。情報を届けるとか、相談を受けるとか、生活を支えるとか、地域参加の機会をつくるとか、結構いろいろあると思います。これまでの「してあげる」から、「一緒につくっていく」という考え方が重要になってくるのかなと思います。

2.異文化と接する日本社会の独自の課題

ただ、やはり異文化と接することが苦手な人が多いと感じています。

京都精華大学には漫画学部があります。そこに所属する学生たちに、私の写真を示して、私の似顔絵を描いてください、と頼んで描いてもらいました。ところが、何度見直してみても、自分では私ではないように見えるのです。歯も似てないし、目も似てない。でも彼らには、私らしく見えるのです。

これは異文化認識と文化スキーマの問題が影響しています。私たちは結局、異文化の人と接するときに、その人自身を見ていないのです。記憶で見てしまっています。例えば中国の人が目の前にいると、自分の持っている中国の知識でその人を確認しようとするのです。そして話してみて、「あいつは中国人らしくないね。」と言うのです。私たちはかなり先入観でものを見てしまっています。目の前にいる人と対話せずに、他文化圏の集団や個人を特定の文化フレームで判断するのです。

京都でよくある場面を例にお話しします。おばあさんに、「○○へはどう行けばいいですか?」と日本語で道を聞くと、おばあさんの第一声は「英語わからへん。」です。「おばあさん、日本語です。」とはっきり言っても、おばあさんは「誰か助けて。英語わからへん。」となるのです。私が何を言おうとしてもね、おばあさんの耳にたどり着くまで、どうも英語になるらしいんですよ、多分。「こいつは日本語しゃべれない。」と決めつけてしまうのです。これは極端な例ですが、こういうことはよくあります。だからこそ、異文化理解のためには、相手に直接確認していくことが重要なのです。

では異文化理解とは何かということ、単に相手を知ることだけではなく、「自分の当たり前を問い直す」という機会を与えてくれるものなのです。

「なぜこの制度が分からないのか?」と考えてみた時、例えばその人が25歳で日本に来たのなら、それまでの25年間は日本とは違う制度で生活してきたのです。ですから、「伝えた」と思っていることが、実は「伝わっていない」ことがよくあります。実際は、その違いを前提にして、どのように説明するのかを考える必要があるのです。

3.文化とは何か

ここで、文化の定義を見てみましょう。「文化とは、学習によって社会から習得した生活の仕方の総称」です。いろいろなものがあると思いますが、固定されるものではなく、実はお互いに学び合うことができるものです。文化は、人間が人間らしく生きるために極めて重要であり、人間相互の連帯感を生み出し、共に生きる社会の基盤にもなります。

オランダの人類学者ホフステード(Geert Hofstede)は、人間を「個人(性格)」「集団(文化)」「人類共通(人間性)」という3層の構造によって理解し、文化というのは学習(learned)の結果だと言っています。文化はお互いに学習しあうことができるのです。

だから、やってくる外国人が文化的に孤立するのではなく、お互いに学び合うことによって、新たな社会が生み出される、と私は思っています。

異文化は外国人だけの問題ではありません。多文化共生とは、社会に存在する複数の世界観、あるいは価値観をつなぐことなのです。

行政の文化を住民の社会生活のなかでどう解釈し、どう翻訳していくかということは、多文化共生の重要な視点であると思います。

4.多様性をどう捉えるか:課題から資源へ

多様性をどう捉えるかについて考えるとき、私はこれを「課題として捉えるのか、それとも資源として捉えるのか」という観点で考えています。

「言葉が通じない」「文化が違う」「手続きが複雑だ」などいろいろな課題があります。でも、それを資源として見ると、「新しい視点が入る」「地域の担い手が増える」「新しいサービスが生まれる」など、これまで考えなかったいろいろなものが出てくるのかな、と思います。

これから必要なのは、「困っている人を助ける」だけではなく、「共に地域をつくる仲間として迎える」視点です。多様性を「対応すべき課題」として見るか、あるいは「社会を豊かにする資源」として見るのか、行政の視点からも重要だと思います。

グローバル社会の中で人間はどう生きるべきか

1.アイデンティティクライシス

生まれてから死ぬまで一つの文化・社会の中で過ごすというモデルがなくなっています。グローバル化によって、暮らしや学び、仕事の中には、様々な国の人や仕組みがあふれており、もはや自国の常識だけにすがることはできなくなってきています。日本人だけではなく、外国人も含めて、軸となるアイデンティティが崩れている人が多くなっているのです。

社会学者のリチャード・セネット(Richard Sennett)は「自信のなさの裏がえしとして排他性が現れることがある。今、自信を失っている人が増えているのではないか。」と言っております。これは日本社会だけではなくて、世界全体の話です。そこで、彼は「自文化をしっかりと見定めた上で、身の回りにある異文化から理解していくこと」を提案しています。

実はグローバル化というのは、自分との向き合いなのです。「自分と向き合える人間はグローバル展開ができるが、自分と向き合えない人間はグローバル展開できない」とセネットは言っております。

2.コミュニケーションの課題

世界的にも指摘されているもう一つの課題は、コミュニケーションの問題です。

エドワード・ホール(Edward T.Hall)という文化人類学者は、「直接的な言葉ではなく、文脈や暗黙知を重視しながらコミュニケーションを取る文化」を“ハイコンテクスト文化”、それに対して、「言葉通りの明確な意味に沿って、論理性を重視しながらコミュニケーションを取る文化」を“ローコンテクスト文化”と位置づけております。

日本の「空気を読む」というのは、ハイコンテクスト文化の最たる例です。ドイツあるいはスイスなどはローコンテクスト文化と位置づけられております。

私も学生とコミュニケーションを取る時、「意見を言わないのが美徳」「物事を批判的に捉えない」「人に合わせることがトラブルが少ない」といったことをよく言われます。しかし、それでは、信頼関係を作りにくいという面があり、コミュニケーションからスタートする大きな問題がよく起こります。「これは分かるやろう」ということが、「分からない」になっていく。つまり、従来は「常識だ」と思われてきたものが、これからは常識ではなくなってくるのです。

グローバル人材とは何か:違いを力に変える

1.京都精華大学でのダイバーシティの取り組み

これからのグローバル人材をどう育成していくのか、ということに関して、私も京都精華大学でいろいろチャレンジしてみました。2017年にダイバーシティ推進センターを発足させ、2018年にはダイバーシティ推進宣言をしました。その時には、留学生を30%程度まで増やしていくという目標も掲げられていました。

そこで私が考えたのは、「違いとともに成長するためにはどうすればよいか」ということです。そのために、お互いの差異を通じて、一緒に成長していこう、一人ひとりの属性が違いを理解し合おうという宣言文を作りました。具体例としては、「学籍簿には性別を書かず、○○さんで統一」「みんなのトイレの設置」「食堂での食材表示」といったものがあります。

食材表示は日本では意外と難しい問題です。

少し余談になりますが、私自身の経験をお話しします。私は豚肉を食べないのですが、日本に来た当初、研究室のメンバーとのランチには、とんかつ屋に行くことが多かったんですね。メニューに「豚」と明示されていないので、そのまま食べてしまっていたんです。夜にはラーメンを食べに行くと、「豚骨」だったみたいなんですよ。さらに「豚」って書いていないけどチャーシューも食べていました。あるとき、研究室でお弁当の注文をするときに、「私は豚肉を食べません」と伝えたら、「ずっととんかつ食べてたやん」と言われて、初めて気づいたということがありました。

日本は食材が非常に豊富で、表現も多様です。「豚」と書かれていれば分かりやすいのですが、実際にはそうでない場合も多い。鶏肉も関西では「かしわ」と言ったり、食材によっては部位で呼び方が違うこともあったりして、非常に分かりにくい部分だと思います。

どこまで対応すべきなのかという点については、議論の余地がある部分でもありますし、難しいところですが、大学は一種の実験場なので、こうしたいろいろな対策をやってみました。

このほか、大学の中でコミュニケーションスペースをたくさん作りました。休憩して対話するスペースです。日本は職場でも忙しすぎて対話する時間がないので、相手に伝わったと思い込んでいることは結構あると思います。だからこそ、インフォーマルな時間と場所をつくることに取り組みました。

2.違いは問題ではない、資源である

私は「違いをどうやって資源にしていくか」を結構意識していました。違いに出会うことで、戸惑いが生まれるかもしれませんが、新しい視点が得られるようになるのです。

問題は語学だけではないのです。誤解なのです。どうやって誤解を解くかということが重要なのです。

京都精華大学の学長を終える頃に「明窓館」という建物を作りました。学生が自由に交流できる場所です。ここでは教室を作らず、全てディスカッションルームやディスカッションスペースになっており、学生が自主的に場所を選んでいくのです。一人で静かに過ごす人もいれば、自然に会話が生まれている場所もあります。

日本の教育現場では、教室で一方的に教え込まれているような感じがします。そこをどうやって崩すかを考えました。学生たちがここで自ら問いを立てて、自他を享受する「個」の力を育てていってほしいと願っております。

3.グローバル人材の再定義

ここで改めてグローバル人材の再定義をしてみたいと思います。大切なのは「問い」です。古代ギリシャの哲学者ソクラテスは、知らない人間にもどんどん話しかけ、問いを発していきました。

対話というのは、相手を説得することではありません。相手の世界を少し理解しようとすることです。そのことによって、自分を理解していくのです。

先日、小学生から「どうやって会話を始めればいいのか」と聞かれました。一番よいのは、自分のことを語ることだと思います。そして、それをもとに相手に尋ねる。そうしたやり取りの中で関係が生まれていきます。対話を通じて、「私は何者なのか」「あなたは何者なのか」が自己認識されるのです。自分と向き合える人間は他人を受け入れることができるのです。

もう一つ重要なことは、自分の言葉(VOICE)を持つことです。

京都に来たばかりの頃、ある方にとても丁寧に住所を教えていただいて、「いつでも遊びにおいで」と言われました。実際に訪ねていったところ、「本当に来たんですか」と言われてしまった。これはショックでした。

また、私が自宅でパーティーをすることがあって、近所の方に「賑やかでよろしいですね」と言われて安心していたら、後で警察を呼ばれてしまって。本当は全然よろしくなかったんですね。

さらに感心したのが、「昔から学生さんが近所に住んではって、私たちは慣れているから大丈夫。でも吉田さんはどう思わはるかなって、山本さんが心配してはるで。」というふうに、実際にはその場にいない第三者の名前が出てくるんですね。

私はやっぱり、第三者を立てるのではなく、自分の言葉で伝えることが非常に重要だと思うんですよね。共創社会はその中で生まれていくのです。そのうえで、「他者理解」から「自己理解」が深まる、あるいは逆のベクトルで言うと、「自己理解」から「他者理解」へと広がり、さらにグローバルに展開していくということだと思っています。

共創社会=Co-CREATIONの実現には

1.創造は違いから生まれる

創造は違いから生まれる可能性があると私は思います。異なる視点が問いを生み、異なる経験が発想を広げ、異なる背景が共創を生むのです。

私自身もある時期までは一生懸命日本人になろうと思っていましたが、「いや、多分、自分の違いを生かした方が、お互いによいものが作れるのかな。」と今は思っています。

共生というのは、同じになることではないのです。違いを消すことではなく、違いを前提に関係性をつくることです。正しさを押し付けるのではなく、対話を続ける力が大切なのです。

2.「ひとりで生きられていない」

私たちは「ひとりで生きられていない」のです。「ひとりで生きられていない」のなら、自分だけのことを考えるのはナンセンスです。他人・自分と違う考えの人を認める勇気が必要です。違う考え方に触れるのは怖いけれど、そこを受け止めることが大切なのです。ここで「受け入れる」とすると、言い過ぎだと私は思っています。「受け止める」、まず受け止めたらいいのです。そこから深く考えていく。

「考えが違う人たちを無視するのではなく、受け止め合って、生きていくこと」、これが多様性と包摂性だと私は思っています。そしてさらにそれを持続していくことが非常に重要だと思います。

3.組織における多様性

同質性は組織を安定させるという強みがありますが、一方で、同質性の限界として、「前例踏襲になりやすい」「異なる意見が出にくい」「変化への対応が遅れる」「見えない排除が起きる」「新しい発想が生まれにくい」といった問題点があります。

そこで多様性の力を使えば、こうした問題点を改善できるかなと思います。

行政に求められる視座一つ目は「公平性から包摂性へ」です。先ほど、ジェネーヴに行った時に日本の代表が「日本には差別がない。なぜなら、法律は公平に適用されるからだ。」と説明していたと申し上げました。しかし、同じ対応をすることが、いつも公平とは限らないのです。やはり文化的背景など、いろいろなものが違うのです。「同じ情報を出す」「同じ手続きを求める」「同じ窓口で対応する」のではなく、これからの発想は「背景に応じて使い方を変える」「必要な人に届く方法を考える」「制度を使えない理由を探る」「参加しやすい入り口を増やす」ことが求められるのです。一律の公平性から、状況に応じた包括性への転換が求められているのです。

行政に求められる視座の二つ目は「窓口から現場へ」です。私は今、京都の知事懇談会で、外国人をどうやって受け入れていくかについて、いろいろ議論していますが、特に防災面でよく問題が出てきます。窓口をいっぱい準備しているのですが、そこに行けない人をどうするかなどです。

今、コモンズという価値観で、地域や会社など、いろいろな先と連携していく必要があると思います。「相談に来ない」のではなくて、「相談に来られない理由があるかもしれない」という発想が大事なのです。

「想像力が行政を変える」ことを私は今日、皆さんと共有したいと思います。制度を動かす力に加えて、人の背景を想像する力が必要なのです。言葉がわからないことや手続きが理解できないことが不安で、子育て、医療、防災の面で外国人が孤立してしまうことが結構あるのです。行政部門で働いている皆さんは制度の管理者である同時に、社会にどうそれを翻訳していくかという役割があるのです。ですから、「なんでやねん」という素朴な問いを組織の武器にしてほしいと思います。

4.多文化共生を進めるための実践視点

多文化共生を進めるための実践的な視点としては、相手の困りごとを文化だけの問題にしないで、「寄り添っていく」「外国人住民を地域の担い手にしていく」という発想が非常に重要です。

行政の当たり前を住民の目線で見直すということが重要なのです。住民が多様化しているから、それを見ていかないといけない。少数意見や違和感を行政改善のヒントにしてもいいのではないかと思います。

5.コモンズ(共有資源)の精神

コモンズの精神は相互扶助、循環性、あるいは合意形成の文化、持続可能性ということです。

立命館大学でアフリカ地域研究の専門家である小川さやか教授はタンザニアのコンヴィヴィアリティ(自立共生・自律共働)を研究していらっしゃいます。小川教授によれば、タンザニアの人たちは、独自のプラットフォームにおける「効率性」よりも、「気前よく与える喜び」「仲間との共存」などを大切にするそうです。

アフリカ的コンヴィヴィアリティをまとめると、「(適度な)迷惑を掛け合う」「長期の貸し借り」「相互扶助」「みんな兄弟姉妹」となります。社会的に支え合えればいいのかな、と思います。

おわりに:違いを力に変える社会へ

本日のメッセージは、「違いを力に変える社会にしていきましょう」ということ、そして、「違いを調整する力、違いから価値観を生み出す力を持ちましょう。」ということです。

最後にアフリカのことわざをご紹介して本日の講演を終わりにいたします。

 If you want to go fast, go alone.

 If you want to go far, go together.

 早く行きたければ一人進め、

 遠くまで行きたければみんなで進め。

ご清聴ありがとうございました。

ウスビ・サコ

講師略歴

ウスビ・サコ
東京都公立大学法人 理事
東京都立大学 特任教授
京都精華大学 元学長・名誉教授

マリ共和国生まれ。国費留学生として北京語言大学、南京東南大学で学ぶ。91年来日、99年京都大学大学院工学研究科建築学専攻博士課程修了。博士(工学)。専門は空間人類学。「京都の町家再生」「コミュニティ再生」など社会と建築の関係性を様々な角度から調査研究している。京都精華大学人文学部教員、学部長を経て2018年4月同大学学長に就任(~2022年3月)を経て現職。
主な著書に『「これからの世界」を生きる君に伝えたいこと』(大和書房)、『アフリカ出身 サコ学長、日本を語る』(朝日新聞出版)など。
2025年日本国際博覧会協会 副会長・理事・シニアアドバイザー兼任他。