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【PRI Open Campus】学術知を政策にどう生かすか
~大学・シンクタンク・政策現場の経験から~

財務総合政策研究所 総務研究部 前総括主任研究官 宮本 弘暁

総括主任研究官 小林 庸平

係員 篠原 裕晶

1.新旧総括主任研究官 各氏の経歴と財務総合政策研究所(以下「財務総研」)との関わり

篠原)この3月に宮本前総括主任研究官がご離任され、4月から小林新総括主任研究官が着任されました。本日は新旧総括主任研究官のお二方による大変貴重な対談の機会を設けさせていただきました。もはや有名人のお二方には不要かも知れませんが、まずは自己紹介からどうぞよろしくお願いいたします。

宮本弘暁

財務総合政策研究所 総務研究部 前総括主任研究官
宮本 弘暁

[プロフィール]

一橋大学経済研究所教授。2009年ウィスコンシン大学マディソン校にて博士号(経済学)を取得。東京大学公共政策大学院特任准教授、IMF財政局エコノミスト、東京都立大学経済経営学部教授等を歴任。主な著書に『AI大格差』、『私たちの日本経済』、『日本の財政政策効果』等。専門はマクロ経済学・労働経済学・日本経済論。

宮本)私は2024年の4月に財務総研に着任し、2026年の3月末まで二年間、総括主任研究官を務めました。その間、財務総研では「フィナンシャル・レビュー」の責任編集をさせていただき、また財政経済理論研修*1で日本経済に関する講義を行うとともに若手職員の方々へ論文指導をさせていただきました。2025年秋からは「人材マネジメントと組織開発に関するワークショップ」を座長として取り仕切らせていただきました。

また、財務総研を超えて他部局とも交流をさせていただきました。主計局文科係と連携し、教育行政のEBPMを専門家の立場から推進しました。税制のEBPMに関する専門家会合にもオブザーバーとして参加し、研究開発税制の成果をめぐる議論に加わりました。さらに、2024年に国際局からの要請を受けてG7のAIハイレベル専門家会合に日本代表として参加し、AIと経済・雇用の関係について国際的な議論に参画、報告書を執筆しました。いずれも非常に貴重な経験でした。財務総研のみならず省内各局の方々に大変お世話になり、大変充実した二年間を過ごすことが出来ました。

この対談企画を通じて、小林新総括主任研究官が財務総研に着任されたことを省内外の方々に知っていただき、財務総研との新しいインタラクションの芽を育めればと僭越ながら願っているところです。

小林庸平

財務総合政策研究所 総務研究部 総括主任研究官
小林 庸平

[プロフィール]

2018年一橋大学にて博士号(経済学)を取得。三菱UFJリサーチ&コンサルティング、経済産業省、経済産業研究所、戦略国際問題研究所等を経て現職。主な著書に『EBPM エビデンスに基づく政策形成の導入と実践』、『政策評価のための因果関係の見つけ方─ランダム化比較試験入門』等。

小林)ありがとうございます。是非、財務総研のみならず多くの方々とコラボレート出来ればと考えております。

私は、大学院修士課程を修了後、2006年4月に三菱UFJリサーチ&コンサルティングというシンクタンクに入社しました。2026年4月で20年経ちますが、何度か外に出ています。国内の行政機関としては、東日本大震災の前後に経済産業省および経済産業研究所で合計約3年間勤務しました。また最近では、2023~2025年にかけてワシントンDCのシンクタンクであるCSIS(戦略国際問題研究所)に身を置いて、米国の政策動向を調査するなどの経験をしました。主として働いてきた三菱UFJリサーチ&コンサルティングでは、財政・税制・社会保障等の制度調査や公的統計の整備など幅広い仕事に携わってきましたが、ここ10年くらい特に注力してきたのがミクロデータを用いた経済分析です。以前と比べて、政府統計や行政データの活用が容易になってきており、そうしたデータを用いた政策効果の分析などに携わってきました。仕事を通じて意識してきたのは、アカデミックな知見と政策立案をブリッジすることです。社会科学におけるデータ分析の比重が高まるなかで、その知見は実務に一層役立つようになっています。一方で、政策現場ではまだ研究者が気づいていないような研究課題がたくさん眠っています。両者の触媒となることで、政策・研究をより良いものにできないか考えてきました。

2.EBPMとの出会いと研究・実践のこれまで

宮本)小林新総括はEBPM(Evidence-Based Policy Making)の本を出されていますが、行政の世界でもよく参照されているものと思います。小林新総括は様々なフィールドでご活躍されておられますが、なかでもEBPMのイメージが強いです。

小林)ミクロデータの利用可能性が拡大し分析ツールが発展したこともあり、ここ10年くらいは、EBPMに腰を据えて取り組んできました。EBPMとは、エビデンスを活用したり創出したりしながら、政策を作ろうという考え方です。これはとてもシンプルな考え方で、例えばピクニックに行くかどうかを決める際に天気予報を見ようといったことや、健康診断の結果を見ながら生活習慣を改善しようということと同じくらい、当たり前のことを言っているだけだと思います。

そのため、EBPMに取り組み始めた当初は、もっとナイーブに考えていました。というのも、EBPMは当たり前の考え方ですから、数年すればEBPMは社会に定着するのではないかと思っていました。しかし経済学者が考えているほどシンプルに政策が決まることはなく、実際の政策形成では多様な要素が影響し合います。米国・英国の研究者や実務家や国内の行政機関の方々の話を伺いながら、当たり前のことを定着させるために試行錯誤しているところです。

政策評価のための因果関係の見つけ方─ランダム化比較試験入門、EBPM エビデンスに基づく政策形成の導入と実践

篠原)ご著書の「政策評価のための因果関係の見つけ方─ランダム化比較試験入門」や「EBPM エビデンスに基づく政策形成の導入と実践」は、どのような経緯・モチベーションで執筆されたのでしょうか。

小林)「政策評価のための因果関係の見つけ方─ランダム化比較試験入門」は、2019年にノーベル経済学賞を受賞したエステル・デュフロとマイケル・クレーマー、そして現在シカゴ大学で教鞭をとっており、Center for Global Development(CGD)の代表をしているレイチェル・グレナスターの3氏が書いたフィールド実験のハウツー論文を翻訳したものです。私は、シカゴ大学の伊藤公一朗さんと大学院生の頃から付き合いがあるのですが、経済産業省・経済産業研究所での勤務を終えてシンクタンクに復職した2014年頃に、彼からフィールド実験の面白さを聞き、これ読んでみると良いよと紹介されたのがデュフロたちの論文でした。私も面白いと感じ、社内で若手を集めて勉強会を開催し、一章ずつ丹念に読んでいきました。そこで和訳したものを2019年に出版しました。

EBPMを実践・実装するためには、分析ツールだけでなく、政策立案や、分析者の役割、データの整備など多様な要素が必要になります。そこで、シカゴ大学の山口一男先生や大阪大学の大竹文雄先生たちと一緒に経済産業研究所でのEBPMに関するプロジェクトに参画することになりました。プロジェクトの成果を取りまとめたものが、「EBPM エビデンスに基づく政策形成の導入と実践」です。このプロジェクトは発足当初から財務省を含めた多くの行政官の方々にも参加いただき、実務の視点も取り入れられています。

3.EBPMの源流と、日本における課題

宮本)小林新総括のご貢献もあり、日本でもEBPMという言葉が浸透してきたと思います。日本のEBPMの現状について、どのようにご覧になられていますか。何が課題なのでしょうか。

小林)EBPMは、様々な源流の考え方が合わさって形作られてきました。その源流の一つが、EBM, Evidence Based Medicineです。よく知られている例が、18世紀イギリス海軍における壊血病対策です。当時、長期間船に乗ると壊血病になる例が後を絶ちませんでした。大航海時代には200万人以上の船乗りが壊血病で命を落としたとされ、7年戦争ではイギリスの水兵18万人のうち、戦闘で亡くなったのは1%未満なのに対して、壊血病で亡くなったのは70%以上とされています。こうした問題に対して、軍医のジェームズ・リンドが同一条件下で異なる食事を与える比較実験を実施しました。具体的には被験者を6群に分け、それぞれの群に対してレモンや香辛料など異なる食事を与えました。結果として、レモンを与えた群だけが劇的に回復しました。壊血病の原因はビタミンCの欠乏だったのです。当時、壊血病が治るメカニズムまでは解明されなかったものの、レモンが効くということは分かりました。リンドの発見はすぐには受け入れられませんでしたが、イギリス海軍がレモンを正式に配給するようになると、壊血病による死亡率はほぼゼロになりました。これは医療においてエビデンスが活用された初期の事例だといえます。

こうした医療の現場からエビデンスの重要性が着目されはじめ、1990年代頃からEBMが普及しました。その後、EBMの考え方は教育や福祉の分野にも波及していき、公共政策にまで広がってきたのがEBPMだといえます。

しかしながらEBMとEBPMには違いも大きいと言えます。医療の世界であれば、ある治療が効くというエビデンスがあって、それを医師や患者に伝えて、その治療法を採用してもらうという流れになります。つまり医療における意思決定は単線的で比較的シンプルなものなのです。しかしこの意思決定の流れを政策現場に適用することは簡単ではありません。公共政策のプロセスは非常に複雑です。政治・政策の領域では利害調整が重要になります。エビデンスがあったとしても、それによって政策が決まるわけではありません。ある政策の平均処置効果がプラスであっても、不利益を被る人がいる場合は反対されるかもしれません。ステイクホルダー同士の対立はどうしても発生します。また、何が解決すべき社会課題なのか自体を合意することが難しいケースすらあると思います。例えば格差が広がってきたとしても、機会の平等が確保されていて、それが経済・社会を発展させる駆動力になっているのであれば問題ではないかもしれません。一方で階層が固定化されていて、経済・社会の潜在力が発揮されていないとしたら大きな問題です。そうした複雑性がEBMにはないEBPMの特徴です。政治家や行政機関の方々がどう動いているか、究極的には国民がどのように認識しているかという全体の絡み合いを俯瞰することが必要です。今回、財務総研という行政機関に近いところに身を置く中で、学び模索していきたいところでもあります。

4.政策実装の壁──インセンティブとケイパビリティ

篠原)これまでのご経験の中で直面した、政策実装上の課題について教えて下さい。

小林)インセンティブとケイパビリティの二つに大きく整理できると考えています。実行された政策の効果を否定するようなエビデンスを、政策当局側が受容するのは一定のハードルがあると思います。分析の結果、その政策に効果がないことがわかり、担当部局にとっては予算を削減されてしまうのであれば、事後的な効果検証のインセンティブが下がります。また、エビデンスを整理したり分析したりできる専門性を持った人材を確保することが難しいというケイパビリティの問題もあります。

財務総研に来ようと考えた理由とも関連しますが、アメリカやイギリスで各省庁を回ってインタビューをしたところ、政策評価部局の規模は日本とそこまで差がなかったとしても、その中身は大きく異なっていました。政策評価部局の職員は、基本的に社会科学の修士号以上を保有しており、その半数くらいは博士号を取得しています。人事ローテーションもないため、担当者によっては10年くらいEBPMに取り組んでいる人もいます。行政官として活躍しながらトップジャーナルに論文を掲載している方がゴロゴロいるような状況でした。日本の行政官は、一人ひとりは大変優秀な方が多いと感じますが、高度な分析スキルを2~3か月でマスターするのは困難です。日本の行政の中で専門性をどのように担保していくかは個人的に大きな関心事項です。財務総研にいる間に、専門家としての立場から行政官の方々と連携し、ある種の本音も伺いながら、行政機関の中で専門的な分析を進める一助になれればと考えています。

宮本)素晴らしい問題意識ですね。霞が関には大変優秀な方々が集まっておられて、政治や経済など時々刻々と変化する情勢を踏まえながら、熱意を持って一生懸命職務にあたっておられるように思います。一方で、分析には知見・スキル・経験が必要で、一朝一夕でキャッチアップすることは容易ではありません。

もちろん、アメリカやイギリスのように、インハウスに分析のための高度な専門部局があることは望ましいです。そして、まさにここに財務総研の役割があると考えています。我々のような経済の専門家がコンサルテーションをしながら、また、財務省の他部局の職員の方々と歩調を合わせながら、財務総研が中心となって分析を進めていくことが実現可能かつ望ましい姿のように思います。

本省では業務のスピードが非常に速く、すぐに一定の結果が求められる印象があります。一方で、財務総研はもう少し中長期的な視野から調査研究を進めています。こうした時間軸の違いをどう調整していくかも課題だと感じています。

5.アカデミアと行政をつなぐ「橋」としての財務総研

小林)着任される前と着任された後で、財務総研に対する印象に変化はございましたか。気づかれたこと、課題、そして課題を乗り越えるための方途など、教えていただけますと幸いです。

宮本)私は、国際通貨基金(IMF)に3年間勤めた経験があり、アカデミアから行政機関に足を踏み入れるのは財務総研が2度目でした。IMFにいる際に、日本を外から眺めると、日本のアカデミアで重要視されていることが必ずしも行政の世界で重要視されているわけではなかったり、行政が必要としていることをアカデミアが提供できていなかったりと、ギャップがあることを実感しました。日本において、アカデミアと行政のギャップを埋め、橋を架ける役割は重要です。そうした問題意識から、2年前に財務総研に着任しました。

財務総研で働く中で感じた課題や気づきとしては、小林新総括がおっしゃったように、ケイパビリティの論点。そして、付言すると、すべてがEBPMでは片づけられないということです。新しい政策にはエビデンスがないので、過去の似た事例や海外の事例を持ってきたとしても、必ずしも厳密なデータ分析にはなりません。EBPMが大切なことは言うまでもありませんが、エビデンスを用意するのが難しい事例もあります。限られたエビデンスにもとづいた分析と厳密な政策分析の間のバランスをどのようにとっていくかが、大きな課題だと感じています。

そうした課題を乗り越えるためには、やはり行政官の方々とコミュニケーションをとり、我々専門家に何が求められているのかを知ることが重要です。その中で得られた問い立てに対して、本来であれば、データ分析にもとづいてベストな回答ができればよいのですが、データの利用可能性やタイムスパンとの兼ね合いもあります。エビデンスの信ぴょう性の判断も含めて、条件付きでエビデンスを提供する、様々な制約の中でセカンドベストを出していくなど、我々専門家にできることは大いにあると思います。

小林)イギリスには、教育や医療など様々な政策分野ごとのEBPMを担っているWhat Works Centresという機関があります。そこに訪問した際、職員の方からいただいた言葉で印象に残っているのは「私たちと政府との関係はアームズ・レングスだ」という言葉です。手の届く範囲にはいるけれど、独立している。その距離感が大事だと思います。公共政策に関わる研究機関は、政府の主張をバックアップするだけの機関になってはいけないし、かといって政策と完全に遊離した分析をする機関になってもいけません。

6.EBPMの実例と、財務総研で目指すこれから

宮本弘暁

篠原)冒頭の方で、壊血病対策でレモンが効果を発揮したというEBMのお話があったかと思います。船に長く乗ると壊血病になるというエビデンスがあって、まさにレモンという特効薬を投入することが政策だとすると、専門家の方々と我々行政官との連携の中でレモンを見つけていく作業が重要になりますね。

宮本)経済学の知見があれば、レモンが効いたかどうかを検証することができます。これまで取り組んだことのない問題に、EBPMがすぐさま答えを出してくれるかどうかは分からないですが、打ち込んだ政策の効果検証を半年後や1年後にできるように、すなわち事後的にデータがとれるように政策をデザインすることは出来ます。そのようなデザインをすることで、時間を通じて政策をブラッシュアップし、レモンへと接近していくことが出来ると思います。

小林)新しい政策を進めるにあたって、最初は手探りでやらざるを得ないことがあります。その時に大事なことは、失敗を許容することだと思います。手探りで始めた政策ですから、当然失敗する可能性があります。しかし分析の結果、その政策に効果がないと事後的に分かったとしても、担当行政官個人を批判するようなことがあってはいけないと考えています。あくまでトライアンドエラーであり、外れることもある。エビデンスから、何かの栄養素が足りないことが分かっていたから、例えばレモンではなく肉を投入したけれど外してしまった。そうした挑戦を批判してばかりでは、委縮してしまいます。

トライアンドエラーであることを前提に、データから壊血病などの問題を読み取り、事前の段階である程度処方箋の当たりをつけつつ、事後的な政策評価で軌道修正していくのがEBPMの望ましい姿です。

篠原)宮本前総括へのご質問です。財務総研でのご経験のなかで、EBPMが上手くワークした例などございましたら教えて下さい。

宮本)研究開発税制が一例として挙げられます。財務総研と税務大学校の方々が税務データを整備されて、研究開発税制の利用実態や政策効果を分析するなど、EBPMへと昇華した好例だと思います。私自身の専門性を生かせたという点では、G7の専門家パネルも印象深かったです。

小林庸平

篠原)小林新総括へのご質問です。財務総研あるいは財務省でどのようなことをされたいか、展望をお聞かせください。

小林)研究者は基本的に政府の外側にいますので、政府の中でどのように政策が検討されているかわからないことが多いと思います。そして政策が表に出てきた時には、おおまかな方向性が決まった後であることも多いと思います。その段階で専門家として別の方向性を示しても時すでに遅く、政府としてもそのタイミングで指摘されても困ることが多いでしょう。一方で、政策が表に出る前の段階、例えば財務総研など行政に近い場にいれば、どのような政策が本当に世の中にとって良いのか、フラットな政策論議が出来るのではないかと考えています。そうした純粋な政策論議がされているタイミングで分析のニーズを聞くことが出来れば、色々と貢献できることがあるのではないかと非常に楽しみにしています。そのためにも、政策当局の方々とコミュニケーションできる回路を開くことが重要だと感じています。

宮本)財務総研に、小林新総括のようなEBPMのご知見をお持ちである専門家がいることを、財務総研を超えて周知することが重要かと存じます。小林新総括も積極的にコミュニケーションをとっていかれたいということで、アプローチが可能な存在であるということもあわせて認識していただくことが大切ですね。

篠原)本対談のファイナンス記事への掲載が一つの契機となることを願います。

小林)政策担当者から私にアプローチしていただくことも大歓迎ですが、私から皆様方にアプローチしていくことも大事だと考えています。ワシントンD.C.にUrban Instituteというシンクタンクがあり、そこで長年労働経済の研究に携わってきたディメトラ・ナイチンゲールという研究者がいます。彼女は、オバマ政権の後半において労働省の首席評価官を務めました。

ワシントンD.C.滞在中に彼女と何度も話をする機会があったのですが、彼女との会話の中で記憶に残っているのは「評価やエビデンスという言葉を行政官が聞くと、自分の進めている政策に○×を付けられるような、採点されているような拒否感を覚えることは、日本だけでなくアメリカでもよくあることだ。しかし評価やエビデンスとは、本来、政策を改善するためのツールであるということを政策担当者に丁寧に伝えた」という言葉でした。評価が政策を改善し、それがまた評価を求める声につながっていく。そのために丁寧に職員の方々とコミュニケーションをとっていくことは本当に重要だと思います。

7.人材・AI・リボルビングドアを巡る議論

篠原)最後に、宮本前総括が新著「AI大格差 最先端の研究が明かす仕事と給料の未来」を出版されたということもあり、せっかくなのでAIに関連した議論も出来ればと思います。

小林新総括のお話にもございましたが、米国では政府内にPh.D.ホルダーが多数在籍している一方、霞が関では必ずしもそうではありません。他方で、今後AIなどによって業務の効率化が進む中で、仕事に多少のゆとりが出てきて、アカデミックな知見を含めた高度なリスキリングを進めていく余地も生まれるのではないかと考えております。

AI大格差 最先端の研究が明かす仕事と給料の未来

宮本)AIの活用可能性は確かに大きいと思います。ただし、注意すべき点もあります。例えば、国会答弁の作成などにもAIの活用可能性があると思いますが、AIの利用が進みすぎた場合、若手職員が本来そこで身につけるはずだった思考力や判断力、経験を積む機会が失われるおそれがあります。

職員はAIに「使われる側」ではなくAIを「コントロールする側」であるべきです。あえて負荷の高い業務を経験してもらって、AIを「コントロールする側」になるための教育訓練を積んでいただくことも重要ではないでしょうか。既にスキルを有している層にとっては、AIは生産性向上の武器になりますが、そうでない層にはAIを使いこなすための研修や支援が別途必要になる可能性もあります。

Ph.D.人材について言えば、米国ではFRBやIMFなど政策当局の多くがPh.D.ホルダーで占められていますが、日本で同様の体制をすぐに整えるのは現実的ではありません。むしろ重要なのは、アカデミア、ビジネス、行政の間で人材が行き来する、いわゆる「リボルビングドア」が機能することだと思います。

日本の行政では、一度外に出た人が戻るケースは非常に少なく、またそうした経歴を積極的に評価する仕組みも十分とは言えません。

小林)米国には、APPAM(公共政策分析・マネジメント学会)という公共政策分野の学会がありますが、そこはまさに官民で政策に携わり、リボルビングドアを経験した人材の集積地です。行政に籍を置いた人が大学やシンクタンクに移り、再び行政に戻ることも珍しくありません。

一つの組織にとどまっているだけでは、どうしても視点は限定されます。シンクタンクは民間の立場から自由に政策提言ができますが、その政策が実際に実行される過程や、その後にどのような影響が生じるのかに至るまでを、具体的に想定するのは容易ではありません。行政経験を有する人材が関与すれば、政策提言の質はより高まるはずですし、大学においても、そうした実務経験を背景とした研究は大きな強みになります。

現在の日本では、学者、シンクタンク、行政がそれぞれ十分に交流しないまま議論している場面も少なくないように感じます。リボルビングドアが機能していないことによって、本来は高い潜在力をもつ日本の人材が十分に活かされていないのではないでしょうか。

私自身、経済産業省・経済産業研究所に約3年間在籍した後にシンクタンクへ戻り、現在は再び行政と関わっていますが、こうした経験を通じてリボルビングドアの重要性を強く実感しています。財務総研は、その「入り口」として非常に優れた場所であり、今後さらに多様な人材を受け入れていくことを期待しています。

宮本)シニア層だけでなく、研究員レベル、さらには若手層にとっても、財務総研は非常に魅力的な活躍の場だと思います。博士号を取得した若手研究者が、ファーストジョブとして財務総研を選択するというキャリアパスは、現状ではあまり想定されていません。しかし、政策立案の現場に近く、質の高いデータにもアクセスできる環境で研究に取り組める機会は、他ではなかなか得られません。

数年間ここで経験を積み、その後コンサルティングファームや大学に移る、あるいは再び行政に戻るといったキャリアも十分に考えられるでしょう。若手レベルでも財務総研の存在を積極的にアピールしていくことが重要だと思います。

小林)先ほど、IMFに絡めてアカデミアと行政の距離について言及されていましたが、米国ではアカデミアと政策立案の距離は近いのでしょうか。

宮本弘暁、小林庸平、篠原裕晶

宮本)例えば、ブランシャール教授やロゴフ教授のように、著名な経済学者がIMFのチーフエコノミストを務めたり、バーナンキ教授やイエレン教授がFRB議長を務めた例があります。大学教授が行政機関や国際機関に入り、そこで直面した現実の課題を次の研究につなげるという循環が存在しています。

教授クラスの研究者であっても、政策の現場に身を置くことで視野が大きく広がります。こうした意味でも、リボルビングドアの重要性は非常に高いと感じます。

小林)リボルビングドアを難しくしている要因として、霞ヶ関固有の用語やプロセスが、必要以上に暗黙知化している面はあるかもしれません。長年同じ組織で働く人同士であれば阿吽の呼吸で進められる業務も、形式知として整理すれば、民間のマネジメント手法が活かせる部分も多いはずです。

民間における人事評価や幹部育成の仕組みを取り入れていくことで、外部人材も受け入れやすくなりますし、「霞ヶ関出身だから外では通用しない」という若手の不安も和らぐのではないでしょうか。

篠原)本日は財務総研をこの3月に離任された宮本前総括、そして4月に着任された小林新総括のお話を対談形式で伺いました。

宮本前総括におかれましては、財務総研や財務省と引き続きご連携いただけますと幸いです。また本対談によって、小林新総括のご着任が省内外に周知され、新しい人材交流のネットワークの回路が開かれる契機となることを期待してやみません。小林新総括におかれましては、これから約二年間大変お世話になります。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

財務総合政策研究所

過去の「PRI Open Campus」については、財務総合政策研究所ホームページに掲載しています。
財務総合政策研究所ホームページに掲載しています。
https://www.mof.go.jp/pri/research/special_report/index.html

*1)財政経済理論研修の詳細については、『ファイナンス』(2023年1月号)の「PRI Open Campus」を参照。