
著者プロフィール
東京大学卒。イエール大学修士。1992年に大蔵省に入省し、アジア開発銀行理事代理、AMRO次長、アジア開発銀行予算人事局長、財務省国際局次長等を経て、2025年5月から現職。
はじめに
2026年5月3日、ASEAN+3(日中韓)財務大臣・中央銀行総裁会議が、ウズベキスタン・サマルカンドにおいて開催されました。世界経済を巡る不確実性が一段と高まる中、今回の会合では、地域経済の見通しや金融安定上のリスクに加え、ASEAN+3地域における金融協力の更なる強化について、幅広い議論が行われました。また、その導入として、AMRO(ASEAN+3マクロ経済リサーチ・オフィス)の国際機関化10周年を記念したイベントも開催されました。
本会合の成果については、今月号で財務省国際局から紹介されていますので、本稿では、AMROの国際機関としての10年の歩みを振り返るとともに、その役割と今後の方向性について紹介します。
AMRO国際機関化10周年イベント
今年の財務大臣・中央銀行総裁会議の導入として、AMROの国際機関化10周年を記念したイベントが開催され、私からの挨拶とともに、10年間の軌跡を紹介する記念ビデオを公開しました。
私自身にとって特に感慨深かったのは、大蔵省入省間もない頃に上司であった片山さつき財務大臣、そして、ちょうど10年前、私がAMROへ次長として初めて着任した際にAMRO事務局長を務めていたチャン・ジュンホン女史が列席されていたことです。現在、チャン女史は中国財政部の部長助理を務めています。
挨拶の中では、お二人への感謝を申し上げるとともに、当時、40名弱だった小規模な国際機関が、現在では約120名を擁する国際機関へと発展したことに触れ、今後もASEAN+3地域の安定と発展に貢献していく決意を述べました。
写真1:AMRO国際機関化10周年を祝すASEAN+3財務大臣・中央銀行総裁等

写真2:会議前に懇談する片山財務大臣、著者、三村敦財務官(左から)

AMROの国際機関化と発展
AMROは、1997、98年のアジア通貨危機の教訓を踏まえ、ASEAN+3地域における経済・金融サーベイランスを強化し、地域金融協力を支えるため、2011年にシンガポールに設立されました。
設立当初のAMROは、シンガポール会社法に基づくカンパニーとして運営されていましたが、より安定的かつ中立的な国際機関としてAMROを発展させるため、加盟国は2014年にAMRO協定に署名しました。その後、今から10年前となる2016年に協定が発効し、AMROは正式な国際機関となりました。
国際機関化は、単なる法的地位の変更ではありません。AMROは独立した国際機関として、加盟国からの信頼の下で、専門的かつ中立的な立場から分析や政策提言を行う体制を構築しました。
2022年末には、AMROの中長期戦略を示す「AMRO戦略的方向性2030(SD2030)」を策定しました。SD2030では、AMROの使命がASEAN+3地域の「マクロ経済・金融の安定」から「マクロ経済・金融の強靱性と安定」の確保へと拡充されました。また、AMROが加盟国にとっての信頼される政策アドバイザーであることに加え、地域の視点を国際社会に発信する役割を担うことが明確に位置付けられました。
AMROの役割
AMROの役割は、次の5つに整理できます。
(1)加盟国へのサーベイランス
(2)地域金融セーフティネット支援
(3)技術支援
(4)地域のナレッジハブ
(5)ASEAN+3財務プロセスの事務局支援
加盟国へのサーベイランス
ASEAN+3地域が共通のセーフティネットを構築し、運営するに当たり、各国政府が健全な経済金融運営を継続的に実施していくことが不可欠です。これを担保するのがAMROによる加盟国への経済・金融サーベイランスです。
AMROはカンパニー設立当初からASEAN+3各国・地域の経済動向や金融システムの健全性、政策運営の状況などを継続的に分析し、加盟国当局との対話を通じて政策課題を共有しています。
国際機関化後の2017年に、この対話に基づく年次協議報告書を初めて公表するとともに、先月号で紹介した地域全体の経済見通し(AREO)の発行も開始しました。また、2023年には2つ目のフラッグシップレポートとしてASEAN+3金融安定報告書(AFSR)の発行を開始するなど、政策当局や市場参加者に対する情報発信を強化しています。
さらに、SD2030を踏まえ、2024年以降は人口動態の変化、気候変動、デジタル化、地政学的分断などの構造的・中長期的課題についてもサーベイランスの対象を拡大し、加盟国当局との対話を深めています。
地域金融セーフティネット支援
AMROは、ASEAN+3地域の地域金融セーフティネットを支援する役割を担っています。その中核となるのが、ASEAN+3各国が共同で構築したチェンマイ・イニシアティブ(CMIM)です。
AMROはCMIMの運営を支援するとともに、危機発生時にはその発動に必要な分析や手続きを支援する役割も担っています。そのため、平時から有事に備えた分析や制度整備を行うとともに、加盟国による定期的な訓練(テストラン)や制度見直しも調整し、地域金融セーフティネットの実効性向上に貢献しています。
近年は、CMIMの更なる強化に向けた制度改革の検討も支援しています。例えば、加盟国による払込資本(Paid-in Capital)の導入可能性について分析を行うとともに、そのメリットや課題に関する加盟国間の議論を支援しています。
技術支援
AMROは加盟国の要請に応じて、マクロ経済分析や金融監督の能力向上などを支援する技術支援プログラムを実施しています。
この技術支援には、加盟国の拠出金に加え、2016年に日本、中国、韓国がそれぞれAMROに設置した信託基金の支援も受けて実施されています。ワークショップや研修の開催などを通じて、知見共有や能力構築を促進するとともに、ASEAN+3地域における人的ネットワークの形成にも貢献しています。
地域のナレッジハブ
AMROは、サーベイランスや研究を通じて蓄積した知見を活用し、データベースの構築、報告書や研究成果の発信、セミナーの開催などを通じて、地域における政策対話の活性化に貢献しています。
その一環として、2023年にはASEAN+3ファイナンス・シンクタンク・ネットワーク(AFTN)を立ち上げました。AFTNは、ASEAN+3各国の財政・金融分野の主要なシンクタンクや研究機関が参加するネットワークであり、日本からは財務総合政策研究所のほか、東京を本拠とするアジア開発銀行研究所(ADBI)が参加しています。
本年5月には東京でAFTNセミナーを開催し、私もモデレーターとして参加しました。ベトナムやインドネシアをはじめASEAN+3地域の研究者や政策関係者が一堂に会し、地政学的分断が金融市場、貿易・サプライチェーン、デジタル金融に与える影響について活発な議論が行われました。
ASEAN+3財務プロセス事務局支援
AMROは、ASEAN+3財務プロセスの実質的な事務局として、共同議長と緊密に連携しながら、会合のアジェンダ設定、分析・政策提言ペーパーの作成、加盟国当局間での文書共有や保存を含む会議運営支援を行っています。
こうした事務局支援において、AMROは専門的かつ中立的な立場から政策対話を支えています。また、過去の議論や合意内容、実務的な知見を蓄積・継承することで、ASEAN+3財務プロセスにおける議論の一貫性と継続性を確保する役割も担っています。
こうした役割を果たすに当たり、AMROはテーマに応じてアジア開発銀行(ADB)、ASEAN事務局、国際通貨基金(IMF)等の関係機関とも緊密に連携しています。加えて、地域としての政策の考え方や問題意識を国際社会に発信し、ASEAN+3のプレゼンスや発信力を高めていくことにも取り組んでいます。
今後の方向性
今回のASEAN+3財務大臣・中央銀行総裁会議において、AMROは、地域金融セーフティネットであるCMIMの更なる強化に向けた報告書、クロスボーダー・デジタルペイメントの地域連携に関する報告書、そしてASEAN+3金融協力の戦略的方向性のアップデート文書の策定支援などを通じて、議論に貢献しました。
世界経済を取り巻く環境が大きく変化する中、ASEAN+3地域においても、金融安全網の強化に加え、デジタル化や人口動態の変化、地政学的な不確実性の高まりなど、新たな課題への対応が求められています。
こうした中で、ASEAN+3財務大臣・中央銀行総裁は、クロスボーダー・デジタルペイメントにおける地域協力を将来的なイニシアティブの一つに位置付けました。デジタル技術の進展は、送金や決済の効率化、金融包摂の促進、域内経済の連結性向上など、大きな可能性を有しています。
国際機関化から10年の節目を迎えたAMROは、これまでのサーベイランス、CMIM支援、技術支援、ナレッジハブ、事務局支援といった役割を着実に果たすとともに、クロスボーダー・デジタルペイメントをはじめとする新たな政策課題についても分析や政策対話を支援し、ASEAN+3地域の金融協力の更なる発展に貢献していきます。

