本書の帯には、「短期金融市場を知れば、金利と金融政策がわかる!」とある。
「“レポレート”はどのような要因で変動するのか」、「“無担保コール市場”では、どのような主体が取引しているのか」。こうした問いは、金融業界の専門家を除けば、多くの人にとって、なじみの薄いテーマであろう。
一方で、「日本の長期金利が1997年以来の水準まで上昇した」、「日銀が利上げを決定し、日銀当座預金への付利金利を0.25%引き上げた」といったニュースであれば、どうだろう。こうした話題は、多くの人が一度は耳にし、少なからず関心を抱くテーマではないだろうか。
金利や金融政策に関するこれらのニュースを深く理解する上で、「レポ」や「無担保コール」といった短期金融市場(マネー・マーケット)の仕組みを避けて通ることはできない。本書は、難解で技巧的になりがちな短期金融市場について、平易な言葉でわかりやすく解説した入門書である。だが、それにとどまらず、国債市場や最新の政策動向との関係を軸に議論を展開することで、金利や金融政策に対する読者の理解を立体的に深めてくれる。この点に、本書の真の価値がある。
では、なぜ短期金融市場が重要なのか。本書でも強調されている二点を挙げたい。
第一に、短期金融市場は、あらゆる金利形成の起点・基盤である。レポ市場は、証券会社が、在庫として保有する国債などを担保として短期資金を調達する場であり、同時に、マーケットメイクに必要な特定の銘柄を貸し借りする機能も担っている。このため、国債市場で金利が安定的に形成されるためには、レポ市場をはじめとする短期金融市場の円滑な機能が不可欠である。
そのことを示す典型例が、2020年3月の米国市場である。新型コロナの感染拡大を受け、世界で最も流動性が高いとされる米国の国債市場でさえ、市場機能が低下し、金利が乱高下した。当時は、投資家の換金行動によって証券会社の国債在庫が急増し、レポ市場の不安定化と証券会社のマーケットメイク機能低下を招いたことで、米国債市場の混乱がさらに深刻化する悪循環が生じていた。
本書では、このように国債市場と密接不可分なレポ市場について、「第5章 レポ取引の基礎」、「第6章 レポ取引の実務」に分けて、詳しく解説している。特に、読者を証券会社のトレーダーに見立てながら、市場参加者の取引動機を具体的に説明している点が特徴的である。レポ取引は、初学者はもちろん、金融市場の実務家にとっても理解が容易ではない。これまで金融市場に接してきた者にとっても、本書の説明は極めて示唆に富む。
第二に、短期金融市場は、金融政策の実践の場である。日銀は、利下げや利上げといった政策を決定するが、単に決定しただけで政策が実現するわけではない。短期金融市場において、様々な動機に基づく取引が行われ、日銀の誘導目標に沿った市場金利が実際に形成されてはじめて、政策が実践される。このため、金融政策を理解するには、市場参加者の取引行動や、それに働きかける日銀の政策手段(オペレーション)の理解が不可欠である。
著者は、本書前半で、短期金融市場の仕組みや各種取引の動機を丁寧に解説した上で、後半では、日銀のオペレーションや短期金融市場への波及経路をわかりやすく説明している。中でも特筆すべきは、「第10章 準備預金制度と補完当座預金制度:日銀による短期金利の操作」である。同章では、日銀当座預金(超過準備)への付利制度に焦点を当て、一章を割いて詳しく論じている。
授業やニュースで、「日銀は、買いオペや売りオペにより、“お金の量”を調節し、金利をコントロールしている」といった説明を耳にした読者も多いだろう。しかし、こうした説明だけでは、近年の金融政策を正確に捉えることはできない。日銀を含め、これまでの金融政策の結果として多額の資産を保有する主要中央銀行の多くは、現在、国債などの売買ではなく、当座預金への付利制度を主たる手段として、短期金利を誘導しているためである。
本書では、日本における付利の導入経緯や制度的変遷、さらには政策金利である無担保コールレートを付利制度で誘導する具体的なメカニズムについても、丁寧に解説している。付利制度という重要な論点をこれほど包括的に整理した文献は稀である。
複雑な市場構造を平易な言葉で語りつつ、その政策的含意まで示してみせる著者の持ち味が凝縮された一冊である。市場関係者や政策担当者のみならず、金利や金融政策に関心を持つ幅広い読者にお勧めしたい。


