著者は、現在読売新聞東京本社編集委員で、2016年から読売オンラインで「今につながる日本史」というコラムを連載している。その連載は、電子書籍「読売新聞Books」として「今につながる日本史 完全版」(1~7巻)が刊行中である。このうち第3巻については、本よみうり堂のウエッブ上で紹介の機会を得た(「史実は細部に宿る」にはたと膝を打つ…(2024年10月21日付))。
本書は、この連載コラムのうち、経済に関するテーマを取り上げた回をもとに、加筆・修正した記事をテーマ毎にまとめたものだ。本書冒頭の「日本の歴史を語るとき、最も欠けている視点は『経済』ではないか──。」との問題提起が目を引く。そして、「経済には正と負の側面、すなわち『二面性』がある」という。「倹約には景気を冷やす負の側面があり、吉原での豪遊は個人消費を増やして多くの人の懐を潤す。表面的な評価だけでレッテルを貼っても、経済的な視点から分析したことにはならない」のだ。経済に「全員一致の正解はなく」、「歴史を新たな視点で自由に見直すきっかけをそこに見いだせる」とする。
本書は、山﨑怜奈(タレント)との特別対談「歴史を学び続ける理由」に始まって、織田信長、明智光秀、豊臣秀長、大岡越前、田沼意次、長谷川平蔵、荻原重秀、「引っ越し大名」松平直矩、蔦屋重三郎、大久保今助、小栗上野介、河井継之助、大隈重信、伊藤博文、福沢諭吉、渋沢栄一など時代を問わず、多彩な歴史上の人物が登場する。
冒頭の対談相手の山崎氏は、歴史好きで知られ、『歴史のじかん』という著書もある。父親の蔵書の司馬遼太郎から歴史に入ったという。司馬遼太郎は動乱期を生きた人々に深い関心を寄せたとされるが、山崎氏も「世の中が大きく動いている時代には、いろいろな人、いろいろな思想が絡んでくるからこそ、さまざまな視点で見ることができます」とする。
第一章以降、特に評者が興味深く思った内容についていくつか紹介したい。
窮余の明智光秀が京都ではじめた「地子銭(住宅税)の永久免除」は、明治維新の地租改正まで250年以上も続いたことを活写し、「人気取り」はやめられないという分析はきわめて重いものだ。
東西で分かれていた経済圏を統合するために取り組んだ、田沼意次の「通貨一元化」を高く評価する。荻原重秀についても賛否はおくとして、もっとよく知られるべき幕臣であることは疑いなく、著者の選択眼が光る。江戸時代の藩主の藩政改革ももっと知られるべき逸話に満ちている。
大河ドラマで取り上げられた蔦屋重三郎について時代のトレンドをつかんだ活躍を活写する。また、来年の大河ドラマの主人公となる小栗上野介が手がけた改革や近代化は外交、通商、行財政改革から金融政策、産業振興など非常に多岐にわたったが、その多くを明治政府に引き継いだことを示す。また、小栗ら幕臣は、万永元年(1860年)に行われた米国との交渉で、一分銀と洋銀一ドルとの不合理な交換比率が原因となって起こった猛烈なインフレーションを是正しようと力を尽くした。
河井継之助については、評者は昔終焉の地(福島県只見町)を訪れた思い出があるが、性急な自信家に対する著者の手厳しい評価も理解できる。大隈が鉄道における「狭軌」の導入を「一生の不覚」としたことや福沢や大隈が統計を重視したことなどを紹介する。
著者は、戦後の日本の経済復興・成長について、高度成長を成し遂げた国民の頑張りはもちろんのこと、日本の為政者が明治維新以前から優れた経済感覚を持ち、庶民も経済の重要性を認識していた素地を重視する。そして、これまであまり光が当てられてこなかった数多い「教科書に出てこないエピソード」を長年の新聞記者として活躍してきた経験を踏まえ、こなれた筆致で紹介している。一読を広くお勧めしたい。


