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コラム 海外経済の潮流 162
対外依存の低減に向けたEUの戦略的自律性
~デジタルユーロを事例に~

大臣官房総合政策課 海外経済調査係 調査統計官 小野 瑠光

1.はじめに

近年の欧州連合(EU)では、防衛産業の強化、半導体政策、重要原材料の確保、エネルギー安全保障の強化、さらにはデジタルユーロ構想など、一見すると異なる分野において共通の問題意識がみられる。その背景にあるのが、「戦略的自律性(Strategic Autonomy)」という考え方である。

欧州議会調査局によると、戦略的自律性とは、重要な政策分野において第三国への過度な依存を避け、自らの判断で行動できる力を確保しようとする考え方である。もともとは、防衛・安全保障分野を中心に議論されており、2013年欧州理事会が初めて言及して以降、当初は主としてEU自身の防衛・安全保障上の行動能力を確保するという意味で用いられていた。しかしその後、EUを取り巻く地政学的環境の変化を背景に、その対象は徐々に広がった。さらに、2020年の新型コロナウイルス感染症の拡大により域外サプライチェーンへの依存が意識されるようになると、経済・産業分野にも対象が及び、近年ではEUの幅広い政策分野における重要な理念となっている【図表1】。

【図表1】防衛から経済・金融へ広がるEUの戦略的自律性

【図表1】防衛から経済・金融へ広がるEUの戦略的自律性

このように、戦略的自律性は、防衛力の確保にとどまらず、EUの経済活動を支える基盤についても過度な対外依存を避け、自らの政策選択の余地を確保するという考え方となっている。本稿では、EUが戦略的自律性を重視するようになった背景を整理した上で、その具体例として近年議論が進むデジタルユーロを取り上げ、決済分野における戦略的自律性の確保について考察する。

2.EUが対外依存を問題視する背景

(1)ロシアへのエネルギー依存

ウクライナ侵攻以前、EUは天然ガス供給の相当部分をロシアに依存していた。しかし侵攻後、供給不安や価格高騰に直面したことで、特定国への依存が経済活動や政策の自由度を制約し得ることが明らかとなった。この経験を踏まえ、EUは、REPowerEU*1を打ち出し、ロシア産燃料依存からの脱却を目指している。

【図表2】のとおり、EUは段階的にロシア産天然ガスの依存度を低下させている。さらに、ロシア産のパイプラインガスおよびLNGの輸入を段階的に禁止する規則を採択*2し、制度面から低減依存を進めている。

【図表2】天然ガス輸入のロシアへの依存度

【図表2】天然ガス輸入のロシアへの依存度

(2)中国への重要原材料依存

グリーン化やデジタル化の進展に伴い、EUではレアアースやリチウムなどの重要原材料の需要が高まっている。特に、レアアースはEVや風力発電設備に不可欠であるが、生産・精製の大部分を中国が握っており【図表3】、中国の輸出規制などが欧州の脱炭素化や防衛産業に直接影響を及ぼす可能性がある。なお、多くの重要原材料では中国への依存度が高く、供給途絶リスクが懸念されている。

ここでEUが問題視しているのは、単に輸入先が偏っていることではなく、危機時に供給・価格・利用条件を第三国に握られることである。

こうした状況を受け、EUは2024年、重要原材料法*3を発効し、輸入先の多様化や域内生産能力の強化を進めている。

【図表3】レアアース輸入の中国への依存度

【図表3】レアアース輸入の中国への依存度

(3)米国企業への決済インフラ依存

現在、欧州ではキャッシュレス化が進展しており、決済インフラの重要性は高まっている【図表4】。

欧州中央銀行(ECB)*4によれば、2022年のユーロ圏カード決済の約61%はVisaやMastercardなどの米国企業における国際カードスキームを通じて行われており、米国企業が大きな存在感を有している。

決済は、消費者や企業の日々の経済活動を支える基盤であり、域外企業が主導する決済ネットワークへの依存が高まれば、手数料体系や利用ルール、障害時の対応などで、EU自身の裁量が限られる可能性がある。

ECB*5は、こうした域外事業者への依存について、欧州のレジリエンスや通貨主権を損なう可能性があるとの認識を示している。

【図表4】POSで使用された決済手段の割合

【図表4】POSで使用された決済手段の割合

3.デジタルユーロにみる決済主権の確保

以上のように、EUが問題視している対外依存は、エネルギーや原材料にとどまらず、決済分野にも及んでいる。その具体例が、ECBが検討を進めるデジタルユーロである。

(1)デジタルユーロとは何か

デジタルユーロはECBが発行する中央銀行デジタル通貨であり、現金を補完するデジタル形式のユーロとして構想されている。また、オンラインだけではなくオフラインでの決済も想定されており、ユーロ圏全体で利用可能な共通のデジタル決済手段となることが目指されている。

デジタルユーロが現金を補完することにより、現金利用が減少する中でも中央銀行が発行する公的通貨の利用環境を維持することができるのである。

現在、デジタルユーロをめぐっては、構想段階から法制化・実装準備への段階へと進展している。2026年6月に欧州議会がデジタルユーロの規則案を承認し、7月には、欧州議会、欧州理事会、欧州委員会の三者協議が始まった。現在はECBが欧州の決済標準化団体と協力を開始し、技術面での共通規格の整備も進んでいる。

(2)デジタルユーロの意義と課題

ECB*6は、デジタルユーロについて、現金利用が減少する社会においても、現金の役割を維持しつつ、域外企業に依存しない欧州独自の決済手段を確保する取り組みであるとしている。

つまり、これは、単なる決済手段のデジタル化ではなく、決済分野における欧州の戦略的自律性を強化する取組といえよう。

もっとも、デジタルユーロの実現に向けては課題も残る。特に、オフライン機能については実装コストに加え、二重払い防止など、技術面・運用面での課題が指摘されている。ECB*7は2027年後半から12ヶ月のパイロット運用を予定しており、これらの課題への対応も含め検証した上で、2029年中の発行を目指している。

4.おわりに

EUはエネルギー、原材料、防衛、半導体など、様々な分野で対外依存の低減に取り組んでいる【図表5】。

【図表5】対外依存の低減に向けたEUの主な施策

【図表5】対外依存の低減に向けたEUの主な施策

*8*9

EUにおける戦略的自律性を理解すると、多方面の政策の意図が見えてくる。

EUの戦略的自律性は、当初の防衛・安全保障分野から、産業、エネルギー、金融、決済などと対象を広げてきた。その背景には、第三国への過度な依存は、危機時にEUの政策選択や経済活動を制約し得るという認識がある。

もっとも、地政学リスクや経済安全保障への関心が高まる中、重要なインフラを誰が支配しているのかという論点は、日本にとっても無関係ではない。EUの取組みは、危機時の政策余地や経済安全保障を考える上で、一つの参考例となるだろう。

(注)文中、意見に係る部分は全て筆者の私見であり、誤りは全て筆者に帰する。

(参考文献、出所)

・欧州議会調査局(EPRS)(2022), EU Strategic Autonomy Monitor:EU Strategic Autonomy 2013-2023, July 2022.

・EU理事会(2026), Russian gas imports:Council gives final green light to a stepwise ban, Press Release, 26 January 2026.

・欧州中央銀行(2025),Report on Card Schemes and Processors, 28 February 2025.

・欧州中央銀行(2025),The role of the digital euro in digital payments and finance,28 February 2025.

・欧州中央銀行(2025),Empowering Europe:boosting strategic autonomy through the digital euro , 8 April 2025.

・日本総研『欧州中央銀行(ECB)における CBDC(デジタルユーロ)発行に向けた動きと主な論点』(2026年1月13日)

・野村総研『金融ITフォーカス2026年5月号(デジタルユーロ法制化の動向)』(2026年5月7日)

・Draghi, Mario (2024), The Future of European Competitiveness, Report for the European Commission, September 2024.

・欧州委員会、Eurostat、各種報道等(JETRO、Reuters、日本経済新聞等)

*1)EUが2022年に策定した、ロシア産化石燃料への依存を急速に低減するとともに、エネルギー供給の安全保障強化とクリーンエネルギー移行の加速を目指す計画。

*2)EU理事会, Russian gas imports:Council gives final green light to a stepwise ban, Press Release, 26 January 2026.

*3)EUは、重要原材料法において、2030年に向けてEUにおける年間需要の少なくとも10%を域内採掘、40%を域内加工、25%をリサイクルで賄い、一つの第三国への依存を65%以下とする基準を設定している。

*4)欧州中央銀行,Report on Card Schemes and Processors, 28 February 2025.

*5)欧州中央銀行,Piero Cipollone ECB理事インタビュー,The role of the digital euro in digital payments and finance,28 February 2025.

*6)欧州中央銀行,Empowering Europe:boosting strategic autonomy through the digital euro , 8 April 2025.

*7)欧州中央銀行,「Digital euro pilot」,ECBウェブサイト,2026年8月閲覧。

*8)EUにより欧州域内で兵器の調達や研究開発に係る資金を賄うため2021年に発足した基金、2021~2027年の財政枠組みの下で運営される。

*9)EUにより2023年に施行された規則、世界に占めるEU半導体シェアを2030年までに20%に引き上げることを目標としている。