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5次のトリセツ
─FATF第5次対日相互審査で示す官民のチカラ─
─第6回:IO6(特定金融情報等の活用)─

国際局 資金移転対策室 資金移転対策管理官 松尾 綱紀

資金移転対策係長 茅根 光洋

目次

掲載号・内容

(掲載号・内容は変更される場合があります)

1.はじめに*1

前回はIO4(DNFBPの監督・予防措置)について、FATFが各国に求めるDNFBPの監督・予防措置の概要、第5次相互審査における各国への指摘事項、及び第4次対日相互審査での指摘事項と日本政府の取組みをご説明した。本稿では、IO6(特定金融情報等の活用)について取り上げたい。

近年、SNS上で著名人になりすまし、あるいは「必ず儲かる」と投資を勧誘して金銭をだまし取る「SNS型投資詐欺」や、恋愛感情を利用して金銭を要求する「ロマンス詐欺」、そして「トクリュウ」と呼ばれる匿名・流動型犯罪グループが敢行する特殊詐欺が急増している。こうした犯罪によって集められた収益が、どのようにマネー・ローンダリング(マネロン)されていくのかを想像してみたい。

被害者が振り込んだ資金は、まず全国各地の個人名義の口座に少額ずつ入金される。これらの口座は、SNSや違法求人サイトを通じて集められた「出し子」名義や、他人からの譲渡・売買により不法に入手された口座であることが多い。入金された資金は、即座に他の複数の金融機関の口座へと転々と送金され、やがて一部は暗号資産交換業者(VASP:Virtual Asset Service Providers)の口座に流れ込み、暗号資産に交換されたうえで海外の取引所や海外の口座へと送金されていく。捜査機関が一つの口座を把握したときには、資金は既に何段階も先へ移動しており、犯行グループの中核にたどり着くことは容易ではない。

ところが、この資金の流れは、ばらばらに存在しているわけではない。個々の金融機関やVASPは、それぞれの取引モニタリングにおいて「短期間に多数の個人から入金があり、直後にほぼ全額が送金される」「暗号資産交換業者への高額送金が繰り返される」といった不自然な資金の動きを検知し、「疑わしい取引」として当局に届け出る(「疑わしい取引の届出」、STR:Suspicious Transaction Report)。これら複数の金融機関等から届けられた無数のSTRは、日本の資金情報機関(FIU:Financial Intelligence Unit)であるJAFIC(Japan Financial Intelligence Center:犯罪収益対策室)に一元的に集約される。JAFICは、これらのSTRを、過去の届出、警察が保有する犯罪情報、外国FIUから得た情報等と突き合わせて総合的に分析する。その結果、一見無関係に見えた複数の口座と資金の流れが一本の線でつながり、個々の金融機関からは見えなかった、そして捜査機関でさえ端緒段階では把握できなかったマネロンに至る資金の流れの全体像が可視化される。JAFICが作成したこの分析結果(特定金融情報)が捜査機関に提供されることで、末端の出し子にとどまらず、資金を吸い上げる中核の犯行グループの摘発、さらには犯罪収益の追跡・凍結・押収へとつながっていく。

この場面こそ、IO6が評価しようとしている内容である。ここで注目すべきは、金融機関等が提出した「点」の情報が、FIUによる分析を経て「線」や「面」の情報、すなわち捜査に活用可能な特定金融情報へと変換され、それが実際の捜査・訴追・財産回復・国際協力という「成果」に結び付いている、という一連の流れである。IO6は、単にFIUが存在するか、STRを受理しているかという制度の有無を問うものではない。特定金融情報が実際に生成され、共有され、捜査等に活用され、犯罪者への打撃という成果を生んでいるか、その有効性(Effectiveness)を評価する審査項目なのである。

2.FATF基準の要請(IO6)

(1)IO6の位置づけ

IO6は、FATFの11の有効性評価項目(IO:Immediate Outcomes)のうち、特定金融情報及びその他の関連情報が、当局によってマネロン及びテロ資金供与の捜査等のために適切に活用されているかを評価する項目である*2。前述のとおり、IO6では、FIUや制度が存在するかにとどまらず、特定金融情報が実際に生成され、活用され、成果に結び付いているかという有効性が問われる。

マネロン等対策の概要図(IO・TCの相関図、下表)のとおり、IO6は主に勧告29から32に対応し、勧告1、2、4、8、9、15、34、40の要素にも関係している。

また、IO6は独立した評価項目であると同時に、他のIOを結び付ける結節点でもある。IO1(リスクの理解)で特定されたマネロン・テロ資金供与リスクは、FIUがどのような情報に着目して分析を行うかの前提となる。IO3・IO4(金融機関等/DNFBPの監督・予防措置)の評価対象となる特定事業者により提出されるSTRは、FIUの主要な分析対象となる。そして、FIUや他の権限ある当局が生成する特定金融情報は、マネロンの捜査・訴追(IO7)や財産回復(IO8)、テロ資金供与対策(IO9・IO10)における捜査の端緒・証拠、資金追跡の基礎となり、さらにIO2(国際協力)を通じて国境を越えた資金の流れの解明を支える。

【マネロン等対策の概要:IOとTCの相関図】

【マネロン等対策の概要:IOとTCの相関図】

(2)FIUとは

FIUとは、特定事業者から提出されるSTR等の情報を集約し、分析し、その結果を捜査機関や法執行機関等に提供する国の中央機関である。勧告29は、各国に対し、(1)STRの受理と、(2)マネロン・前提犯罪・テロ資金供与に関連するその他情報の受領・分析、(3)その結果の提供を担う中央機関としてFIUを設立し、必要な情報に適時にアクセスできるようにすることを求めている*3。

日本のFIUであるJAFICは、犯罪収益移転防止法(犯収法)第3条に基づき国家公安委員会が担う事務を処理する機構として、警察庁に設置されている*4。捜査機関との近接性ゆえに、特定金融情報を迅速に捜査へ接続できる点が構造上の強みである。

(3)特定金融情報とは

特定金融情報(Financial Intelligence)とは、単なるSTRの集積ではない。FATFの文脈における特定金融情報とは、STRやその他の情報に対して犯罪関連情報等を付加し、複数の情報源を突き合わせ、リスクに基づいて分析を加え、捜査に活用できる形に加工された情報を指す。ここが第5次相互審査を理解する上での要諦であり、多数のSTRを受理していること自体は「入力数の多さ」を示すにすぎず、それがどれだけ「有効なインテリジェンス」に変換され、活用されているかが問われる。

FIUがアクセス・活用する情報には、STRのほか、現金等の輸出入に係る税関への申告情報、犯罪経歴等の法執行情報、税務情報、公開情報、そして外国FIUから得られる情報等、広範なものが含まれる。特定金融情報は、その加工・分析の目的に応じて、個別事案の捜査・資産追跡に直接資する「オペレーショナル分析(operational analysis)」と、犯罪の手口・傾向やリスクの変化を把握して政策立案に資する「戦略分析(strategic analysis)」に大別される。第5次相互審査では、この双方が評価対象となる。

(4)IO6:特定金融情報等の活用

IO6の有効性は、以下の4つの主要な課題(Core Issue)に基づき評価される*5。

 Core Issue 6.1:情報へのアクセスと質

 FIUは、STR、現金取引報告、国境を越える現金等の申告・開示、その他の広範な報告・データ・情報にどの程度アクセスしているか。

 その他の当局は、STR情報を含む、幅広い報告・データ・その他の情報にどの程度アクセスしているか。

これらの情報は、関連性・正確性・最新性のある情報が含まれており、FIU及び他の権限ある当局は、適時にアクセスしているか。

 Core Issue 6.2:特定金融情報の生成・提供

FIUは、他の権限ある当局のニーズに応じた特定金融情報をどの程度生成し、提供しているか。また、他の権限ある当局も、FIUデータやその他の関連情報を用いて、自らの業務ニーズに応じた特定金融情報をどの程度生成しているか。

 Core Issue 6.3:当局間協力と情報の機密性保護

FIUと他の権限ある当局は、特定金融情報及びその他の関連情報をどの程度協力し、交換しているか。また、交換・利用される情報の機密性を、どの程度安全に保護しているか。

 Core Issue 6.4:捜査における特定金融情報の活用

当局は、マネロン、前提犯罪及びテロ資金供与に関連する捜査において、証拠形成、犯罪収益の特定・追跡のために、特定金融情報及びその他の関連情報をどの程度活用しているか。

(5)第5次相互審査からの評価ポイントの変更点

第5次相互審査におけるIO6の評価は、第4次相互審査と比べて、次の諸点で重心が移っている。

第一に、量から質への転換である。STRの受理件数や他国のFIUとの情報交換件数といった「量」の説明にとどまらず、それらがどのように分析され、どのような捜査・訴追・財産回復の成果に結び付いたかという「質」と「成果(アウトカム)」が重視される。特に、大量のSTRを、システムやAI等を活用して迅速かつ効率的に処理・分析できているか(分析の効率性・スピード)が問われる点は、大量のSTRを受理する日本にとって重要な着眼点である。

第二に、特定金融情報の生成主体の広がりである。第5次審査で新設されたCore Issue 6.2に象徴されるように、FIU単独の分析だけでなく、捜査機関や税務当局等が保有する情報を用いて生成する特定金融情報を含め、国全体としての生成・活用が評価される。

第三に、戦略分析の重視である。個別事案の分析(オペレーショナル分析)に加え、犯罪の手口・傾向を分析し、その結果がリスク評価(IO1)や政策・制度の見直しに活用されているかが問われる。

第四に、新たなリスク領域への対応である。暗号資産関連の分析、クロスボーダー送金の追跡といった、資金の流れが複雑かつ迅速に国境を越える領域について、FIUが的確に分析しているかが着眼点となっている。

第五に、有効性を示す事例の重要性である。制度や統計だけでは有効性は立証されず、特定金融情報が捜査の端緒・重要な証拠として機能し、複雑な資金の流れを解明し、最終的に検挙や財産回復に至った具体的事例を示すことが求められる。

3.FATF第5次相互審査での各国への指摘事項

2025年10月のFATF全体会合から第5次相互審査の結果が順次公表されている。ここでは、本稿執筆時点で公表済みの初期事例として、マレーシア、ベルギー、イタリア、オーストリア及びシンガポールの審査結果を取り上げる。これらの事例は、第5次審査における評価の傾向や着眼点を把握する上で重要な示唆を与えるものである。

(1)マレーシア(2025年12月公表)

マレーシアは、IO6について4段階中の上から2番目の評価であるSE評価*6を得た。

マレーシアのFIUは、約139万件のSTRを受理しており、その大半(約93%)が銀行セクターからである。提出されたSTRの数は国のリスク評価(NRA:National Risk Assessment)の結果と概ね整合している。FIU及び他の当局は、最新で幅広い情報にオンラインで適時にアクセスできると評価された。また、関連する複数のSTRを一連に分析し、対象者とその関連性の包括的な把握が可能となり、法執行機関及び他国のFIUへの情報提供率の向上に寄与している。また、裁判所命令によらずに金融機関に対象者の口座・資産の特定・情報提供を求める調査命令を発出できる仕組みが、正式な捜査開始前に犯罪収益の特定に活用されている点も評価された。

一方、DNFBP(カジノを除く)からのSTRが一貫して低調である点、法人顧客の実質的支配者情報の利用可能性や国境を越える現金・銀行取引(クロスボーダー取引)情報の活用になお改善の余地がある点が指摘された。

(2)ベルギー(2025年12月公表)

ベルギーは、IO6について4段階中の上から2番目の評価であるSE評価を得た。

ベルギーのFIUは、質の高い分析を行い、捜査機関等に有用な特定金融情報を提供しており、FIU情報は、複雑なML捜査、BO・犯罪収益の特定に貢献していると評価された。

一方、非銀行セクターからのSTRが限定的であること、VASPに対する監督当局が指定されていないことに起因して特定金融情報の入力の幅に空白が生じ得ること、情報の適時性になお改善の余地があることが指摘された。

(3)イタリア(2026年4月公表)

イタリアは、IO6について4段階中の上から2番目の評価であるSE評価を得た。

イタリアのFIUは、捜査機関及び司法当局の活動を効果的に支援するオペレーショナル分析の質の高さと、戦略分析の質の高さが評価された。また、国内・国際の両面における協力、管理・モニタリング、国際的な金融制裁の実施に関する活動についても肯定的に評価された。イタリアは、政府横断の金融安全委員会を通じた関係当局間の連携が機能し、複雑なマネロン事案において共同捜査が行われている点でも高い評価を得ている。

一方、VASPに関連する分析や、成果を体系的に把握・可視化する仕組みには、なお発展の余地があると指摘された。

(4)オーストリア(2026年4月公表)

オーストリアは、IO6について4段階中の下から2番目の評価であるME評価となった。今回取り上げる5か国の中でIO6がSE評価に届かなかったのはオーストリアのみである。

オーストリアでは、FIU・法執行機関が幅広い金融・行政情報にアクセスし、特定金融情報を捜査の開始・証拠収集、口座凍結及び犯罪収益の差押えに活用している。また、法執行機関からの要請に基づく分析では、複雑なMLを含む捜査や犯罪収益の特定・追跡を適切に支援している。

一方、FIUの自発的な分析・提供は、詐欺や単純なマネロン事案に偏っており、複雑なマネロン事案、前提犯罪者以外の第三者及び専門家を利用したマネロンへの対応が不十分であると指摘された。また、一部の金融機関及びDNFBPからのSTRがリスク度合いに比して少ないほか、法執行機関からFIUへの正式なフィードバック制度や、提供情報の捜査上の成果を把握するための統計にも課題がある。

オーストリアの事例は、情報へのアクセスや当局間の協力体制が一定程度整備され、特定金融情報が実際に捜査へ活用されていても、その生成・提供・活用が国のリスクに応じた幅広いマネロン事案に及ばなければ、SE評価には達しないことを示している。

(5)シンガポール(2026年5月公表)

シンガポールは、IO6について4段階中の上から2番目の評価であるSE評価を得た。

シンガポールのFIUは、十分なリソースと高度なITシステムを備え、STRのほか高額現金取引報告や現金移動報告を含む広範なデータを統合して分析していると評価された。電子プラットフォームにより、届出前に誤りの修正や迅速な提出を促す機能が備わっており、STRの質と適時性は良好とされた。官民連携も積極的に行われている。

他方、STRの約82%が金融機関(主に銀行セクター)からの届出であり、高リスクのDNFBP等からの届出が相対的に少ないこと、犯罪類型別に見ると詐欺・組織犯罪・脱税に関する届出は多い一方、汚職・貿易を悪用したマネロン(TBML:Trade-Based Money Laundering)・環境犯罪といった高リスク領域に関する届出が十分でないこと、そして特定金融情報がマネロン捜査の起点として用いられる割合が限定的であることが指摘された。

(6)これまでのまとめ

下表は、上記5か国の相互審査報告書におけるIO6の主な指摘を、Core Issueごとに整理したものである。肯定的な評価は太字・下線で、否定的な評価は細字で示している。

第5次相互審査の事例を見ると、FIUによる分析の質や、FIUと捜査機関との連携は、多くの国で肯定的に評価されている。他方で、(1)非銀行セクター・DNFBP・VASPからのSTRの底上げ、(2)特定金融情報がリスク評価と整合し、幅広い犯罪類型を網羅しているか、(3)特定金融情報が捜査の起点や犯罪収益の追跡という成果に十分結び付いているか、(4)成果を裏付ける統計・事例の整備、といった点に各国共通の課題が見られる。とりわけ、SE評価とME評価を分けた要因は、特定金融情報が国のリスクに応じた幅広いマネロン事案に結び付いているかという点にあった。

日本は、後述のとおり年間100万件を超えるSTRを受理し、FATF加盟国の中でもトップクラスの入力量を有する。これを「広範な特定金融情報基盤を有効に活用している」と説明できれば大きなアドバンテージとなるが、反対に「大量のSTRを十分に分析・活用できていない」とのマイナスの評価につながるおそれもある。IO6は、情報のアクセス・生成・共有・活用のすべての場面において、情報の質だけでなく、分析・提供の効率性(スピード)も審査される。この点、大量のSTRをシステム・AI等を活用して迅速かつ効率的に処理・分析し、具体的な成果に結び付けていることを、事例をもって示すことが不可欠である。

IO6の主な指摘

4.第4次相互審査での日本への指摘事項

(1)特定金融情報・FIUに関する主な指摘事項

2021年8月に公表された第4次対日相互審査報告書において、日本は、IO6について、4段階中の上から2番目のSE評価を受けた*7。IO6は、日本が第4次相互審査において比較的高い評価を得たIOの一つであり、FATFは、日本がマネロン・テロ資金供与の捜査・訴追のための特定金融情報の収集及び利用について良い結果を示している点を評価した。もっとも、更なる有効性向上の観点から、以下のとおり複数の点が指摘された。

第一に、捜査機関が、捜査の初期段階において、対象者の資産状況や、申告された収入・財産の全体像を把握するために有効である場合は、税務当局の情報にアクセスし活用できるようにするべきと指摘された。

第二に、捜査の早い段階で、犯罪収益の追跡・凍結・押収を目的とした特定金融情報の生成と活用を優先するべきと指摘された。あわせて、既知の口座の資金追跡と並行して、どの特定事業者が捜査対象者の口座を保有しているかを容易に特定できるようにするための仕組み(例えば、口座保有情報を照会できる中央的な仕組み等)の整備が求められた。

第三に、現金等の輸出入申告に係る情報を税関とJAFICとの間で適時に共有する仕組みを発展させるべきと指摘された。

第四に、テロ資金供与の手口類型に関するガイダンスを強化するとともに、より深度のあるマネロンに関する疑わしい取引の参考事例を発行し、複雑な事案を含め届出の範囲を広げるべきと指摘された。

第五に、重要な事案の分析に集中できるよう、参照データに基づく自動的な優先順位付け等、テクノロジーの更なる活用によりJAFICのSTR初期処理能力を強化すべきと指摘された。

第六に、特定金融情報がリスクベースの監督や政策目標の達成に資するよう、JAFIC、金融庁、その他の当局間で、的を絞った戦略分析情報を積極的に共有すべきとされた。

(2)STR分析・活用に関する課題

以上の第4次相互審査での指摘事項をまとめると、日本においては、特定金融情報の収集・分析・活用の基本的な枠組みは高く評価された一方で、(1)捜査の初期段階における資金追跡を意識した特定金融情報の生成・優先順位付け、(2)税務情報・税関情報等、STR以外の広範な情報へのアクセスと統合的活用、(3)口座保有状況を迅速に特定する仕組みの整備、(4)テクノロジーの活用による大量STRの効率的処理、(5)監督当局間との戦略分析情報の共有、といった点において、有効性をより一層高める余地が指摘された。

5.第4次対日相互審査以降の日本政府の取組み

第4次相互審査以降、日本政府は、金融情報の有効性向上を目的として、制度整備及び運用の双方において取組みを進めている。まず、2022年5月に、マネロン・テロ資金供与・拡散金融対策政策会議(以下「政策会議」)が策定・公表した「基本方針」において、国としてのマネロン等対策の方向性が示された。さらに、2024年4月には、政策会議において2024年度から2026年度を対象とする「行動計画」が決定され、IO6(特定金融情報の活用)に関して、「ICT・AI技術の活用による疑わしい取引の届出の分析の実効性・効率性の向上」、「関係機関の連携強化」が掲げられた。以下では、これらを踏まえた取組みを、4つの観点から整理する。

(1)JAFICの機能強化

JAFICは、受理したSTRに犯罪関連情報等を付加した上で分析官が確認し、必要に応じて特定事業者に届出内容を照会して情報を補完し分析を行っている。第4次相互審査で指摘されたテクノロジーの活用については、大量のSTRを効率的に処理し、複雑・重大な事案の深度ある分析に注力できるよう、ICT・AI技術を活用した分析の高度化に向けた取組みが進められている。また、2025年10月に発出された通達において、警察庁は、「個別の疑わしい取引に関する情報について、情報相互の関連性及び組織犯罪等に関連する情報についても勘案した総合的な分析を実施する」としている*8。

日本におけるSTRの受理件数は5年連続で増加しており、2018年(平成30年)の約41.7万件に対し、2025年(令和7年)には約101.9万件と倍以上に達している*9。この背景には、届出義務の周知徹底、電子申請による届出負担の軽減(2025年中の電子申請率は約99.7%)といった取組みがある。もっとも、件数の増加それ自体は目的ではなく、これらが有効なインテリジェンスとして活用されていることを示すことが重要である。

疑わしい取引の年間通知件数

(2)特定金融情報分析の高度化

特定金融情報の分析は、オペレーショナル分析と、戦略分析の両面で高度化が図られている。

オペレーショナル分析の面では、JAFICは、都道府県警察をはじめとする捜査当局から重点的に分析すべき対象・団体等の情報提供を受け、当該対象に係るSTRを優先的に分析するとともに、現に捜査中の事案についてSTR以外の関連情報を得て並行的に分析を行っている。近年は、近時の犯罪傾向を踏まえ、匿名性の高い暗号資産の取引や、多様化する資金移動サービスに着目した分析を強化している。

戦略分析の面では、JAFICは、犯罪の手口・傾向に関する情報や、犯罪に使用された口座取引の類型をもとに、犯罪収益の疑いのある資金移動パターンを分析し、その結果を当局、都道府県、特定事業者等にプロアクティブに共有している。共有内容には、国際的なマネロン事件、金地金関係犯罪、いわゆる地下銀行(銀行法違反)、暗号資産利用犯罪の手口・着眼点等に関する分析が含まれる。こうした戦略分析の成果は、毎年公表される犯罪収益移転危険度調査書や年次報告書にも反映されており、特定金融情報がリスク認識(IO1)や政策・制度の見直しの基盤として機能している。

(3)国際連携の強化

JAFICは、他国のFIUとの間でも積極的に情報交換を行っている。エグモント・グループ(Egmont Group:世界のFIUによる国際的な情報交換の枠組み)の一員として、高度に暗号化された専用の通信システムを通じて、迅速かつ機密性を確保した情報交換を行っている。JAFICは、2019年5月時点で108の国・地域のFIUとの間で情報交換の枠組みを設定していたが、その後対象国を拡大し、2026年2月末時点で120を超える国・地域のFIUとの間で情報交換が可能となっている。他国のFIUへの情報提供要請及び自発的な情報提供も継続的に行われており、これらは国境を越えた資金の流れの解明に活用されている。IO6における国際情報交換は、前回までに述べたIO2(国際協力)とも密接に関係する横断的な要素である。

(4)官民連携の推進

特定金融情報の有効性は、その入力を担う特定事業者の届出の質に支えられている。JAFICは、監督当局と連携し、STRの届出様式・入力要領を定めて公表するとともに、届出件数の多いメガバンク等に対して定期的にSTRの届出状況・活用事例をフィードバックし、最近の犯罪傾向・手口を踏まえた新たなリスクの特定を促すなど、届出の量のみならず質を高める取組みも行っている。また、捜査機関等のニーズを把握し、そのニーズに沿ったSTRの提出を特定事業者に促している。過去には、暗号資産交換業者への個別訪問や入力要領の整備を通じて、暗号資産に係るSTRの届出件数・内容の充実が図られた例もある。

他方で、DNFBPからの届出は依然として低位であり、全体のごく一部(例えば直近で全体の1%に満たない水準)にとどまっている。第4次相互審査でも指摘されたこの点は、特定金融情報の入力の幅を確保する観点から、IO6・IO4に共通する課題として引き続き取組みが求められる。

【コラム】「エグモント序曲」と「エグモント・グループ」

2022年11月23日、日本が誇る世界的指揮者の小澤征爾はベートーヴェン作曲の「エグモント序曲」を指揮した。マエストロは既に車椅子姿であったが、わずかに動く指先の動きを、コンサートマスター(同じく齋藤秀雄門下の豊嶋泰嗣氏)が尊崇の眼差しで余すことなく受け取り、オーケストラのメンバーに伝え、壮大な世界観を描き出した実に感動的な演奏であった。これは当時国際宇宙ステーションに滞在していた若田光一宇宙飛行士に直接届けられたものであり、また惜しくも、マエストロによる生前最後の公の場での指揮となった。

この「エグモント序曲」は、16世紀、フランドル地方を拠点としたラモラール・ファン・エグモント伯爵がスペインによるネーデルランド属領支配に抗するも処刑された英雄的悲劇をゲーテが戯曲化し、それにベートーヴェンが付けた序曲である。ほぼ同時期(1890年代)に作曲された交響曲第5番と同じく劇的・英雄的なフレーズが盛り込まれた名曲で、今でも各所で盛んに演奏される。

時は下り、FATF創設から6年後となる1995年4月、エグモント伯の居城であったエグモント宮殿(ベルギー・ブリュッセル)に欧州主要国及び米国のFIUが集まり、各国FIUの交流、情報交換等の促進を目的とした非公式なフォーラムを創設。そして、会場にあやかり「エグモント・グループ(Egmont Group)」と名付けた(同グループは2008年カナダのオタワに本部を設立したが、その名称は変更されていない)。

日本は、当初金融庁内にFIUを設置した2000年に同グループに加盟した。本年2月末現在、同グループには182の国・地域のFIUが加盟しており、マネロンやテロ資金供与の国際協力に欠かせない組織となっている。

6.第5次対日相互審査における課題と民間事業者にご留意いただきたい事項

(1)第5次対日相互審査における課題

FATF基準の要請、第5次相互審査における各国への指摘事項、そして第4次対日相互審査における指摘事項を踏まえると、日本が第5次対日相互審査においてIO6で相応の高い評価を得るためには、特定金融情報に基づく「成果」を示すことが重要である。

この点に関し、以下の6点について更なる取組みの強化が求められるだろう。

第一に、STRが実際の捜査に結び付いたことの実証である。年間100万件を超えるSTRという「量」は、それ自体では有効性を示さない。特定事業者から提出されたいわば「宝の山」をシステム・AI等を活用して迅速・効率的に分析・優先順位付けを行い、それが捜査の端緒や重要な証拠として機能していることを、統計と具体的事例の双方で示す必要がある。

第二に、FIUの分析成果が捜査機関で活用されたことの実証である。JAFICが生成する特定金融情報が、都道府県警察をはじめとする捜査機関等のニーズに応え、実際に捜査で活用されていることを、犯罪類型毎の活用件数や捜査端緒件数、検挙件数といったデータと、具体的な事例等により示すことが求められる。

第三に、資産凍結・没収・財産回復への結び付きである。第4次相互審査で指摘された「捜査初期段階における犯罪収益の追跡を意識した特定金融情報の生成・優先順位付け」を具体化し、特定金融情報がIO7(捜査・訴追)にとどまらずIO8(財産回復)の成果に結び付いていることを示す必要がある。とりわけ、どの特定事業者が対象者の口座を保有するかを迅速に特定する仕組みや、税務当局・税関との情報連携の成果を説明できることが望ましい。

第四に、国際情報交換が成果を生んだことの実証である。エグモント・グループを通じた外国FIUとの情報交換について、件数のみならず、それが国境を越えた資金追跡や具体的な捜査・財産回復に結び付いた事例を示すことが重要である。

第五に、暗号資産関連分析が機能していることの実証である。VASPに係るSTRの分析、暗号資産を用いたクロスボーダーの資金追跡について、JAFICがどのような手法で分析し、いかなる成果を上げているかを示すことが求められる。

第六に、戦略分析が政策形成に活用されていることの実証である。JAFICの戦略分析が、犯罪収益移転危険度調査書(IO1)や監督当局の監督方針(IO3)、政策・制度の見直しに反映されているという「循環」を、一貫したストーリーとして説明できることが重要である。

加えて、日本のIO6を語る上で忘れてはならないのは、特定金融情報の生成・活用がJAFIC単独で完結するものではないという点である。捜査機関、税務当局、税関、海上保安庁、厚生労働省麻薬取締部、証券取引等監視委員会、検察庁等が、それぞれの権限に基づき広範な情報にアクセスし、資金の流れを解明する中で金融情報を生成・活用している構造を示すことが不可欠である。関係省庁が一体となって、国全体としての特定金融情報の有効性を示すことが求められる。

(2)民間事業者にご留意いただきたい事項

IO6は主として当局側(FIU・捜査機関等)の有効性を評価する審査項目であるが、その入力を担うのは民間事業者である特定事業者である。特定金融情報の有効性は、STRの質に大きく依存するものであり、特に以下の点についてご留意いただきたい。

第一に、STRの質の向上である。第5次相互審査では、届出の件数のみならず、その内容の的確性と適時性が重視される。届出義務を負う特定事業者においては、単に参考事例や敷居値に形式的に該当したから届け出るのではなく、「なぜ疑わしいと判断したのか」という根拠を具体的かつ正確に記載し、取引の背景や顧客の属性、自らが業務の過程で把握した事情を適切に盛り込んでいただきたい。当局が事案の優先順位を判断し、迅速に分析・捜査へ活用できるかは、こうした届出内容の質に大きく左右される。届出の「量」ではなく「質」こそが、特定金融情報の有効性を高める鍵である。

第二に、自社のリスクの理解とリスクに応じた対応である。質の高いSTRの前提となるのは、各事業者が自らの業態や取引に内在するマネロン・テロ資金供与リスクを的確に理解していることである。国のリスク評価書である犯罪収益移転危険度調査書等、監督当局が公表する各種ガイドライン、及び業界団体が策定する手引き等を踏まえ、自らの業態に固有のリスク特性を把握したうえで、リスクに応じた対応を講じていただきたい。犯収法上の各義務は、マネロン等を防止するという公的な要請に応えて、各業態のリスクに応じて課された固有の義務であるという点に、改めてご留意いただきたい。

第三に、当局からの情報発信・フィードバックの活用である。JAFICや監督当局からは、STRの活用事例や最近の犯罪の手口・傾向に関する情報及び届出の判断の参考となる「疑わしい取引の参考事例」が発信されている。これらを自らの取引の確認や顧客管理の見直しに反映し、より質の高いSTRにつなげるという「情報の循環」に積極的に参加いただきたい。取引の異変や新たな手口に係る事業者から当局への「小さな気づき」が、当局のリスク認識の更新につながり、それが再び参考事例やガイドラインといった「大きな枠組み」として事業者に還元される、この双方向の流れが、制度全体の実効性をより強固なものにする。

第四に、情報の管理及び届出に係る守秘義務である。STRを提出しようとすること、提出したことを、当該取引の顧客やその関係者に漏らす「内報(tipping-off)」は、犯収法上禁止されている(同法第8条第4項)。届出者の保護と制度の信頼性を確保する観点から、届出に係る情報の機密性を確保し、社内規程の整備や役職員に対する継続的な社内教育・研修を通じて、その適切な取扱いを徹底いただきたい。

7.終わりに

IO6(特定金融情報の活用)は、民間事業者である特定事業者が提出するSTR等の情報が、FIUをはじめとする当局によって分析・共有され、実際の捜査・訴追・財産回復・国際協力という成果に結び付いているかという有効性を評価する審査項目である。第5次相互審査では、FIUの存在やSTRの受理といった制度・量の説明にとどまらず、特定金融情報が実際に成果へと変換されているかがより精緻に審査される。

これまでの5か国の評価結果を踏まえると、SE評価とME評価を分けた要因は、制度や体制の有無ではなく、特定金融情報が実際の捜査・犯罪収益の追跡という成果に結び付いているか、そしてそれが国のリスク評価と整合しているかという点にあった。日本は、年間100万件を超えるSTRという豊富な情報基盤と、捜査機関に近接した法執行型FIUという構造的強みを有している。この強みを、量ではなく成果、すなわち具体的な事例をもって審査団に実証できるかが、第5次対日相互審査における評価を左右する。

疑わしい取引の届出制度は、民間事業者と当局とが協働して犯罪収益の移転を防止する、官民連携の仕組みそのものである。特定事業者による届出という「入口」がなければ、FIUによる分析も、捜査機関による活用もあり得ない。すなわち、民間事業者の皆様が日々の業務の中で気づいた一つ一つの届出こそが、特定金融情報の出発点なのである。個々の事業者による取組みに加え、業界団体等を通じた事例・知見の共有や、当局との意見交換の場への参画を通じて、業界全体としての対応力を高めていくことが、日本全体のマネロン等対策の底上げにつながる。特定金融情報の有効性は、届け出る側と活かす側、すなわち官と民双方の力が合わさってこそ、金融犯罪者への打撃という成果に結実するのである。

(第7回に続く)

*1)本稿の意見にわたる部分は執筆者の個人的見解であり、執筆者の属する組織の公式見解を示すものではない。

*2)FATF “Methodology – For Assessing Technical Compliance with the FATF Recommendations and the Effectiveness of AML/CFT/CPF Systems (Updated December 2025)”, p.135-137.

*3)FATF “The FATF Recommendations (Updated October 2025)”, Recommendation 29

*4)犯罪収益移転防止法第3条。JAFICは、疑わしい取引に関する情報の集約・整理・分析及び捜査機関等への提供、外国FIUへの情報提供、犯罪収益移転危険度調査書の作成・公表、特定事業者による措置を確保するための情報提供・監督補完等を担う。

*5)前掲Methodology, p.135-137. 邦訳・要約は執筆者による。

*6)上位評価から順に、High, Substantial, Moderate, Low (level of Effectiveness)

*7)FATF, Anti-money laundering and counter-terrorist financing measures – Japan, Fourth Round Mutual Evaluation Report, August 2021, p.14

*8)警察庁「犯罪収益対策推進要綱の改正について(通達)」(令和7年10月1日 警察庁丙組一発第22号ほか)。

*9)国家公安委員会・警察庁「犯罪収益移転防止に関する年次報告書(令和7年)」による(以下、統計は同報告書等に基づく)。