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「生産性・所得・付加価値に関する研究会」報告書

令和5年6月発行

目次
(役職は令和5年5月末時点)


はじめに(PDF:163KB)            宇南山 卓 (京都大学経済研究所教授/財務省財務総合政策研究所特別研究官)

第1章 生産性と所得を高めるためには何が必要とされるか

―付加価値の形成・拡大能力の重要性 ―

全文(PDF:1305KB)

要旨

上田 淳二

(財務省財務総合政策研究所総務研究部長)

鶴岡 将司

(財務省財務総合政策研究所総務研究部総括主任研究官)

第2章 生産性を巡る論点

全文(PDF:1234KB)

要旨

森川 正之

(一橋大学経済研究所教授/独立行政法人経済産業研究所所長)

第3章 交易条件の変化と付加価値の分配

全文(PDF:888KB)

要旨

齊藤 誠

(名古屋大学経済学研究科教授)

第4章 生産性の推定法と交易条件・為替レート

全文(PDF:429KB)

要旨

清田 耕造

(慶應義塾大学産業研究所教授)

第5章 労働生産性に関するマクロ経済分析

全文(PDF:525KB)

要旨

高橋 悠太

(一橋大学経済研究所講師)

高山 直樹

(一橋大学経済研究所講師)

第6章 産業ごとに見た労働生産性上昇率

―労働移動と生産性上昇の成果配分―

全文(PDF:834KB)

要旨

新川 真帆

(財務省財務総合政策研究所研究官)

玄馬 宏祐

(財務省財務総合政策研究所研究員)

佐川 明那

(財務省財務総合政策研究所研究員)

野村 華

(財務省財務総合政策研究所研究員)

林 奈津美

(財務省財務総合政策研究所研究員)

桃田 翔平

(財務省財務総合政策研究所研究官)

第7章 企業ダイナミクスとマクロレベルの生産性

全文(PDF:633KB)

要旨

宮川 大介

(早稲田大学商学学術院教授)

第8章 生産性と生産資源配分

全文(PDF:554KB)

要旨

古賀 麻衣子

(専修大学経済学部教授)

第9章 日本企業による設備投資と無形資産投資、中国企業のTFP及びIT投資、R&D投資の効果

全文(PDF:1898KB)

要旨

乾 友彦

(学習院大学国際社会科学部教授)

第10章 非市場型サービスの生産性に関する議論

―日本の医療・介護サービスを中心に―

全文(PDF:949KB)

要旨

伊藤 由希子

(津田塾大学総合政策学部教授)

 

(※)本報告書の内容や意見はすべて執筆者個人の見解であり、財務省あるいは財務総合政策研究所の公式見解を示すものではありません。

 


第1章
生産性と所得を高めるためには何が必要とされるか
―付加価値の形成・拡大能力の重要性―

報告者
上田 淳二 (財務省財務総合政策研究所総務研究部長)
鶴岡 将司 (財務省財務総合政策研究所総務研究部総括主任研究官)

【要旨】

日本においては、国際比較した所得水準が大幅に低下するとともに、一人当たりの実質賃金の上昇率が他国よりも低い状態が続いてきた。一方で、近年の日本の実質労働生産性の上昇率は、他の先進国と比較して遜色ない。実質労働生産性(実質GDP)の上昇と同時に、一人当たり労働時間の減少、さらに一国全体の交易条件の悪化(輸出物価の伸び率が輸入物価の伸び率よりも低い状態)が続いてきたことが、その背景にあると考えられる。また、日本においては、PPPレートよりも市場為替レートが増価傾向にあった期間が長く続いてきたことが、名目賃金の抑制効果を生んできた可能性がある。
 日本の労働生産性やTFPの変化の要因については、これまで、産業間や企業間における労働・資本といった生産要素の移動による再配分効果よりも、同一産業・企業内における生産性変動による内部効果が重要な役割を担ってきたが、近年においては、企業間の生産要素の再配分効果の役割が徐々に大きくなる兆しも見られる。
 今後、一国全体で労働生産性と所得をともに高めていくためには、実質労働生産性を安定的・持続的に向上させるととともに、貿易財や海外からの需要に直面するサービスの非価格競争力を高めることによって交易条件の悪化を避け、名目値での付加価値形成力を高める企業の経営能力が必要とされる。そのためには、無形資産や人への投資を含む資本の深化や経営能力の高い企業への経営資源の円滑な移動を促し、経済全体での所得形成による投資と再生産能力を拡大することが重要である。
 また、そうした動きを促すためには、適切な政策を実施する前提として、生産性の変動を可能な限りミクロなレベルで正確に計測するとともに、経営資源の移動や様々な政策の効果による影響を分析するために、企業において雇用されている労働者に関する属性のデータ(employer-employee data)や、財・サービスの品質を適切に調整したデータをはじめ、より解像度の高いデータを整備し、利用していくことによって、生産性と所得・付加価値をめぐる様々なテーマに関する研究が進められることが期待される。

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第2章
生産性を巡る論点

報告者
森川 正之 (一橋大学経済研究所教授、独立行政法人経済産業研究所所長)

【要旨】

本稿では生産性を巡るいくつかの論点について、データを提示して解釈を加えるとともに問題提起を行う。
 日本の生産性の現状を見ると、世界経済危機後の労働生産性上昇率はG7の中で最も高いが、その水準はアメリカの6割程度となっている。GDPシェアの大きいサービス産業については、日本のサービスの質が過小評価されている可能性はあるが、それを補正しても水準比較の結果が大きく変わることはない。
 主要国いずれもサービス産業の生産性上昇率は製造業に比べて低いが、サービス産業の多くは質の向上が価格指数の低下という形で反映されていないため、生産性上昇率が過小評価されている可能性が高い。
 労働生産性と実質賃金の間には強い正の関係があり、労働生産性上昇率と実質雇用者報酬の伸びの間に大きな違いはなく、労働分配率の変化の影響は限定的である。
 生産性と交易条件について、長期的な交易条件の改善は、実質為替レートの増価を通じて、国際比較で見た日本の生産性を上げるという計測上の論点がある。同時に、貿易財・サービスの生産性上昇は交易条件を変化させる。プロセス・イノベーションは交易条件を悪化させ、プロダクト・イノベーションは交易条件を改善する可能性が高い。
 生産性と政府債務の間には負の相関関係があり、因果関係は双方向だが、政府債務が増えることで生産性上昇率が低くなるというメカニズムもありうることに注意する必要がある。

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第3章
交易条件の変化と付加価値の分配

報告者
齊藤 誠 (名古屋大学経済学研究科教授)

【要旨】

日本で生み出された付加価値はどう分配されているのだろうか?
 本稿ではさまざまなデフレーターの動きを分析することで、付加価値の分配について議論する。とりわけ注目するのは、輸入デフレーターと輸出デフレーターの比率で表現される交易条件の変化である。交易条件はGDIの視点から算出した純輸出とGDPの視点から算出した純輸出の差、すなわち交易利得と比例している。ここから、交易条件が日本において長期的に悪化してきたことは、交易利得の顕著な低下であったことがわかる。言い換えると、日本で生み出された付加価値が国外に漏出してきたと解釈できる。また、この交易条件の悪化は家計消費デフレーターをGDPデフレーターに比して上昇させる効果を持つ。実際、日本の家計消費デフレーターは相対的に上昇してきており、これは消費者や労働者へ分配される付加価値を実質的に減少させる効果をもつ。
 さらに、GDPデフレーター等の指標を観察することを通じて、デフレという現象に関して考察する。

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第4章
生産性の推定法と交易条件・為替レート

報告者
清田 耕造 (慶應義塾大学産業研究所教授)

【要旨】

本報告では、生産性に関連する論点の中でも、生産性の推定に関する問題点と、生産性と交易条件・為替レートの関係について議論する。
 生産性の推定手法はマクロレベル、ミクロレベル共に様々な手法が考案されているが、財や生産要素市場の不完全性やアウトプットの品質をどう考慮するかなど問題も多く残されており、生産性を正確に推定するのは容易ではない。また、名目の1人当たり国内総生産額(Gross Domestic Product: GDP)で見たマクロレベルの労働生産性を日米比較してみると、日本は米国よりも成長率が低いことが確認された。ただし、購買力や人口動態について調整した上で比較すると、その差が大きく縮小することもわかった。
 次に、生産性と交易条件・為替レートの関係については、バラッサ=サミュエルソン効果で労働生産性成長の停滞とデフレが続く日本の現状を説明できるように見受けられる。しかし、デフレの状態で労働生産性の成長がプラスだったことや円安が進んでいたことはバラッサ=サミュエルソン効果で想定されるものではないことにも留意する必要がある。
 国際経済的な視点では、企業活動の国際化とイノベーションが今後の鍵であり、海外進出に伴う企業の生産性向上という好循環が生まれることが重要だろう。また、生産性を議論していく上では為替の変動に一喜一憂するのではなく、交易条件やイノベーションへの影響といったより深い思慮が必要である。

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第5章
労働生産性に関するマクロ経済分析

報告者
高橋 悠太 (一橋大学経済研究所講師)
高山 直樹 (一橋大学経済研究所講師)

【要旨】

本稿では、平均労働生産性(ALP)の世界的な停滞の原因を分析する。筆者らは技術進歩率が投資財の種類ごとに異なることを許容した経済成長モデルを構築し、様々な投資財の生産性を先進各国について推定した。この結果、近年の先進各国において、投資財のうち一部の設備(equipment)に関する技術革新が著しく停滞したことが示唆された。これに動機付けられ、筆者らはこの技術停滞が経済全体のALP成長率に与える影響を定量的に分析した。その結果、この技術停滞だけで米国のALP成長率の下落のうち60%程度を説明できる上に、他の先進国の停滞も多くの部分を説明できることが明らかになった。最後に、この世界的な技術停滞がなぜ生じたのかについてのいくつかの仮説について議論を加える。

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第6章
産業ごとに見た労働生産性上昇率
―労働移動と生産性上昇の成果配分―

報告者
新川 真帆 (財務省財務総合政策研究所研究官)
玄馬 宏祐 (財務省財務総合政策研究所研究員)
佐川 明那 (財務省財務総合政策研究所研究員)
野村 華 (財務省財務総合政策研究所研究員)
林 奈津美 (財務省財務総合政策研究所研究員)
桃田 翔平 (財務省財務総合政策研究所研究官)

【要旨】

本稿では、日本を先進各国と比較した際に、労働生産性上昇率は遜色ないにもかかわらず実質賃金は伸び悩んでいるのはどのような要因が考えられるのかという問題意識の下で、2種類の分析を行った結果を示す。
 まず、日本と他国の労働生産性上昇率に対して、産業内の成長と産業間の労働移動のそれぞれの寄与を産業ごとに分析した結果、各国とも産業内の成長による寄与が大半を占めていた。また、産業間の労働移動による効果をより細かく見てみると、労働生産性の水準が相対的に高い産業への労働移動だけでなく、水準が低い産業への労働移動も同時に起こってきたことが確認できた。
 次に、日本の労働生産性上昇率について、成果配分という観点から、実質賃金の増減や労働時間の増減、生産された財・サービスの一般物価に対する相対価格の増減などの要因に分解した結果を見ると、一国全体では労働時間の低下と相対価格の低下が観察された。製造業については労働生産性の上昇と同時に相対価格の低下が観察され、サービス業については一人当たり労働時間の大幅な減少が観察されており、それらが一国全体の結果に影響していると考えられる。
 こうした分析の結果を踏まえると、労働生産性の高い業種への労働移動を促すことは重要であるが、近年において産業間の労働移動によって一国全体の労働生産性が上昇してきたわけではないことが示唆される。また、日本では、労働生産性が上昇する中においても一人当たり実質賃金が上昇してこなかったことが指摘されているが、労働生産性の上昇とともに、短時間勤務労働者の増加など労働時間の減少や顧客の支払う価格の低下を伴っていたことも、その背景にあると考えられる。

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第7章
企業ダイナミクスとマクロレベルの生産性

報告者
宮川 大介 (早稲田大学商学学術院教授)

【要旨】

本稿では、近年の日本におけるマクロレベルの生産性変動メカニズムを理解する目的から、標準的な手法に基づいてマクロレベルの生産性変動を幾つかの構成要素(効果)へ分解すると共に、こうした構成要素をドライブする企業ダイナミクスに注目した幾つかの研究を紹介する。
 コロナ禍前後の日本におけるマクロレベルの生産性変動を分解した結果、第一に、個々の企業の生産性変動を捉えた「内部効果」の貢献が大きかった。第二に、企業間での資源再配分の貢献を捉えた「再配分効果」(シェア効果及び共分散効果)に関して、改善の動きが見られている。第三に、企業の参入・退出がマクロレベルの生産性変動に与える影響を捉えた「参入効果」及び「退出効果」は引き続き限定的な水準に留まっている。以上の結果は、マクロレベルの生産性改善を展望するに当たり、個々の企業レベルでの生産性改善が引き続き最も重要な経路とみなし得る一方で、存続企業間における資源再配分が別途の経路として機能しつつあること、また、企業の参入と退出を伴うよりダイナミックな資源再配分がマクロレベルの生産性改善に繋がる有望な経路として残されていることを示唆している。
 なお、これらの構成要素のうち特に資源再配分に係る効果については、企業ダイナミクスに係る既存研究を下敷きとした新しい論点も提示されている。例えば、退出の態様(例:倒産、休廃業・解散、合併)に関する詳細な情報を利用することで、退出企業と存続企業・参入企業との間における資源の受け渡しがどのような形でマクロレベルの生産性改善に貢献しているかを特定する試みが進んでいる。また、様々な政策(例:中小企業政策)が企業の意思決定に与える影響や、急速な成長を遂げた企業の成長パターンに関する理解も、望ましい政策を検討する上で重要な情報を与える。日本におけるマクロレベルの生産性改善を実現するためには、こうしたマクロとミクロの繋がりを意識した議論が有効である。

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第8章
生産性と生産資源配分

報告者
古賀 麻衣子 (専修大学経済学部教授)

【要旨】

個々の企業の生産性向上がマクロ的な拡がりをもつためには、生産資源の再配分が不可欠である。再配分効果は、日本経済の生産性向上にあまりつながっていないと考えられてきたが、最近の研究をみると、日本経済において、資源の再配分が生産性を押し上げる効果は高まってきているようである。再配分効果が発揮されるためには、企業が部門固有の生産性ショックに直面していることと、生産性の低い部門から高い部門に向けて労働や資本が移動するメカニズムがはたらいていること、の2つの要素が必要である。日本経済においてこの2点を検証すべく、先行研究の知見を確認した。生産性の高い部門に労働や資金が移動するメカニズムがはたらいていることは確認されたが、効率的な生産資源配分の具体的な阻害要因についてさらに研究を進める余地はあり、そうした研究を踏まえて、マクロの生産性上昇の処方箋を定めていくことが大切である。

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第9章
日本企業による設備投資と無形資産投資、中国企業のTFP及びIT投資、R&D投資の効果

報告者
乾 友彦 (学習院大学国際社会科学部教授)

【要旨】

近年の日本のGDP成長率は停滞しているが、各投入要素およびTFP上昇率による寄与を成長会計の手法によって分解すると資本投入の寄与が特に弱く、中でも資本の質の向上がほとんど見られなかった。企業レベルのTFP上昇率を生産性のダイナミクスの手法で分解してみると、企業自身の内的なTFP上昇率の鈍化が経済全体の生産性低下の主要因であることが分かった。そこで、設備投資や無形資産投資、イノベーションなどの変化について様々なデータを用いて国際比較してみると、生産性の向上に重要な役割を果たしていると指摘される研究開発やソフトウェアの導入といった無形資産の投資が伸びておらず、そのため特に無形資産の資本年齢が他の先進国に比して高齢化していることが見て取れる。
 様々な統計を確認した結果、日本は産業全体として見ると、企業内部でTFPを改善させるような様々な取り組み、例えば資本財の高度化や労働者の高度化、無形資産の蓄積、あるいはイノベーションの実現に関して積極的に取り組んでこなかったことが観察できた。一方、中国では企業が積極的にICT投資、R&D投資を行ったことで成長している可能性が示唆された。このことを踏まえると、日本においても資本投資の重要性を再認識するとともに、より活発な有形および無形資産への投資が求められる。

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第10章
非市場型サービスの生産性に関する議論
―日本の医療・介護サービスを中心に―

報告者
伊藤 由希子 (津田塾大学総合政策学部教授)

【要旨】

本稿では、非市場型サービスの中でも医療・介護サービスの生産性に関する問題点として、主に、計測の基礎となる情報収集の問題と、計測の方法論の問題を整理する。まず、情報収集を行う産業の範囲の問題がある。医療・介護サービスのGDP統計におけるアウトプットは、公的保険給付の対象となる医療・介護サービスを基にしている。これは、OECDのHealth Expenditureとは集計範囲の乖離が大きい点が第一の問題である。OECDでは財源に関わらず消費者が保健医療サービスに支出したものが対象となる。保健医療の国際比較は重要性を増しており、日本でも、OECDのSystem of Health Accountsに準拠した公式統計として整備が必要であると考える。第二に、計測の方法論の問題がある。特に医療サービスは事業報告書の公開度が低く、資本投入等の重要情報の計測が難しいことが問題である。公開の義務化と事業報告書の数値を分析的に活用できるデータの整備が必要である。第三の問題は、質の計測の難しさである。この点に関しては、医療と介護の質を無理に分けず、患者の連結IDを使用した質の評価が行われるべきである。なお、内閣府ではデフレーターの細分化など、実質アウトプットの推計の精緻化が試みられている。公的保険制度により費用を拠出する医療・介護分野では、統計や推計の充実の重要性は他のサービス産業よりも高い。特に、質に基づく評価は、事業者のサービスの質の向上、診療報酬等の公的価格の合理的設計、事業者と消費者の情報の非対称性の是正等に寄与する効果がある。つまり、医療・介護分野においては、生産性の計測の精度を高めることが政策・制度の改善に直結しうる。生産性の計測のための統計やデータの整備が他の産業以上に求められるだろう。

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