財務総合政策研究所

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報道発表

平成25年6月7日

財務省

「貿易・国際収支の構造的変化と日本経済に関する研究会」(財務総合政策研究所)が報告書を取りまとめました。

我が国の貿易収支は、2011年に31年ぶりに赤字に転じ、2012年には赤字幅が更に拡大し、過去最大の赤字を記録しました。経常収支は、所得収支の黒字により、引き続き黒字を継続していますが、黒字幅は大きく縮小しています。こうした状況下で、今後の経常収支の見通しや、それが我が国経済に与える影響について議論が行われています。

「貿易・国際収支の構造的変化と日本経済に関する研究会」では、貿易・国際収支構造の変化、変化の背景、構造変化が我が国経済や国際的地位に及ぼす影響について、伊藤元重・東京大学大学院経済学研究科教授を座長とする研究会において検討を行ってきました。

今般、これまでの検討を踏まえ、研究会の成果として研究会メンバーの執筆により報告書を取りまとめました。1. 報告書の各章の標題と執筆者名、2. 報告書の各章の要旨、3. 研究会メンバーは、別紙のとおりです。

なお、本報告書の内容や意見はすべて執筆者個人の見解であり、財務省あるいは財務総合政策研究所の公式見解を示すものではありません。

【連絡先】

財務省財務総合政策研究所研究部

総括主任研究官  伊 藤

研究員          柴 田

研究員          塚 本

電話: 03-3581-4111(財務省代表)

(内線) 2254, 5974


(別紙)

1.報告書の各章の標題と執筆者名

(役職名は2013年5月現在)

(本「報道発表」における要旨ページ)

 

序章

貿易・国際収支の構造的変化と日本経済(概観)・・・・・・・・・・・・・・・・2ページ

 

大西 靖  財務省財務総合政策研究所研究部長

伊藤 美月  財務省財務総合政策研究所研究部総括主任研究官

柴田 啓子  財務省財務総合政策研究所研究員

塚本 朋久  財務省財務総合政策研究所研究員

1.我が国の貿易・国際収支の構造的変化

第1章

進展する貿易・経常収支構造の変化と日本型・投資立国モデル・・・・・・・・・・2ページ

 

山田 久   株式会社日本総合研究所 調査部長/チーフエコノミスト

第2章

我が国の所得収支構造の変化 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3ページ

 

野口 雄裕   みずほ総合研究所株式会社 市場調査部 シニアエコノミスト

第3章

生産性、グローバル・バリュー・チェーンと経常収支・為替レート ・・・・・・・・4ページ

 

深尾 京司   一橋大学経済研究所長

2.我が国の企業の現状と今後:成功に向けた課題、国際分業の進展の影響

第4章

国際的な生産・流通ネットワークの発展:その頑強性と国内オペレーション

                    ・・・・・・・・・・・・・・・5ページ

 

安藤 光代   慶應義塾大学商学部准教授

第5章

韓国のFTAとその影響 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・6ページ

 

奥田 聡   亜細亜大学アジア研究所教授

 

第6章

Hondaの海外展開の考え方と自動車産業の海外戦略の国際収支に与える影響

                    ・・・・・・・・・・・・・・・7ページ

 

村岡 直人   本田技研工業株式会社 渉外部担当部長

第7章

日本企業のグローバル市場における成功に向けたポイント

                    ・・・・・・・・・・・・・・・ 8ページ

 

吉川 良三   東京大学大学院経済学研究科ものづくり経営研究センター特任研究員

講演録

我が国企業のものづくりと価値づくりにおける問題点

                    ・・・・・・・・・・・・・・・ 9ページ

 

延岡 健太郎   一橋大学イノベーション研究センター教授・センター長

講演録

神奈川県の中小企業に見られる海外事業展開の動向と
横浜銀行での海外進出支援の取組について

                    ・・・・・・・・・・・・・・・ 9ページ

 

高野 健吾   株式会社横浜銀行代表取締役常務執行役員

3.貿易・国際収支の構造的変化の影響

第8章

経常収支赤字化が意味するもの・・・・・・・・・・・・・・・・・・・10ページ

 

小峰 隆夫   法政大学大学院政策創造研究科教授

第9章

貿易・経常収支と国力−英米の例を参考にして−・・・・・・・・・・・・・11ページ

 

飯田 敬輔   東京大学大学院法学政治学研究科教授

参考資料

財政収支と経常収支:「双子の赤字」仮説再訪・・・・・・・・・・・・・・12ページ

 

伊藤 美月   財務省財務総合政策研究所研究部総括主任研究官

(注)報告書の内容は、断りのある場合を除き、執筆時点の2013年3月時点のものである。

2.報告書の各章の要旨

 

序章 貿易・国際収支の構造的変化と日本経済(概観)

     大西  靖  財務省財務総合政策研究所研究部長

     伊藤 美月  財務省財務総合政策研究所研究部総括主任研究官

     柴田 啓子  財務省財務総合政策研究所研究員

     塚本 朋久  財務省財務総合政策研究所研究員

序章では、各章での個々の議論の導入部分として、近年の我が国の貿易・経常収支動向、貿易・経常収支構造の変化の内容、さらに、構造変化が我が国に及ぼす影響に関して、研究会での議論及びこの報告書の各章で議論される主要な論点の基礎となる資料と、各章での分析の概要等を提示する。

我が国の貿易収支は、2011年に31年振りに赤字に転じ、2012年には赤字幅が大幅に拡大している。その変化について、価格・数量分析を行うとともに、構造的な変化の有無について初歩的な分析を行っている。経常収支は、所得収支の黒字により、引き続き黒字が継続しているが、貿易収支の大幅赤字により、2012年は1985年以降で最も小さい黒字幅となっている。経常収支の変化について、サービス貿易、所得収支の動向を初歩的に分析するとともに、日本の所得収支構造を米英と比較している。

構造的な変化の第1として、企業の海外進出の動向と影響に関して、我が国企業が海外進出を活発化させている各種資料を提示するとともに、その国際収支や国内経済に与える影響について考察する。構造的な変化の第2として、我が国企業の競争力が低下しているのではないかとの視点から、企業の付加価値形成力の低下や交易条件の悪化、交易損失の発生等の資料が示される。

民間シンクタンクにおいて中長期的に経常収支が赤字化するのではないかとの予測が出されるとともに、経常収支が赤字化した場合の日本経済への影響についても現在議論が盛んになっている。本章では、経済雑誌等における主要論者の主張を整理し、また、本報告書各章における主要な見解を紹介する。そのうえで「経常収支赤字化」を冷静に分析・理解し、国民福祉向上の視点から、現在起こっている貿易・国際収支の変化の影響や意味するところを政策に生かしていくことの重要性が強調される。

 

1.我が国の貿易・国際収支の構造的変化

 

第1章 進展する貿易・経常収支構造の変化と日本型・投資立国モデル

      山田  久  株式会社日本総合研究所 調査部長/チーフエコノミスト

我が国の2008年以降の貿易黒字の減少は、輸出が大きく水準を落とす一方、輸入が高水準を維持しているためである。輸出水準の低下は、マル1電気機械分野の資本財、および、マル2乗用車(輸送機械分野の消費財)が主因である。これら2分野は、近年韓国企業の追い上げが著しいと同時に、海外生産シフトが進んでいる分野でもある。一方、輸入の増加は鉱物性燃料の増加が主因である。

2008年以降に輸出水準が低下した背景には、海外生産が輸出に対してマイナスに作用し始めたことがある。しかし、海外生産には所得収支やサービス収支を増やすことで、経常収支ベースの黒字を維持させる効果もあり、実際、特許権使用料や直接投資収益の受取が2000年代後半以降、大幅に水準を上げている。とりわけ、輸送機械で海外利益の受取が大きく増加しており、「国内生産・輸出拡大モデル」から、米国のような「海外生産・収益還流モデル」へと事業モデルを転換する兆しがうかがわれる。

経常収支のシミュレーションを実施したところ、産業構造が現状のトレンドで変化(海外生産の輸出代替効果が上昇)し、原油価格が横ばいで推移する場合、貿易収支の赤字基調が定着し、2020年代に入ると加速的に赤字幅を拡大する。経常収支も2021年に赤字化する。原油価格が年率5%で上昇すれば、貿易赤字が更に拡大することから経常収支の黒字幅が縮小し、経常収支赤字が定着する時期が、現状先伸ばしケースよりも1年前倒しされる。しかし、産業構造転換により、海外生産の輸出代替効果に歯止めをかけ、省エネ化により油価上昇影響が減殺されれば、2020年代に入って貿易収支は赤字化しても経常収支の黒字は維持可能である。

わが国の強みは製造プロセスにあり、依然として製造基盤も強固であることを勘案すれば、米国型の「金融主導の投資立国」と一線を画し、マル1耐久消費財部門では海外生産のシフトを促して海外生産・収益還流モデルによりサービス・所得収支を増やす、マル2資本財・高度部品・素材分野では国内生産・輸出モデルを維持して貿易収支の大幅赤字化を防ぐ、マル3エネルギー消費抑制・エネルギー効率引上げ・エネルギー単価引下げにより化石燃料輸入を減らして貿易収支の大幅赤字化を抑える、の3つを柱とする日本型の「製造業主導の投資立国」モデルへの転換の結果として、経常収支黒字を残すべきである。政策課題としては、1)TPPを梃子としたアジア・太平洋自由貿易圏の創出、2)グローバル本社機能誘致策、3)化石燃料輸入抑制策、に注力する必要がある。

 

第2章 我が国の所得収支構造の変化

    野口 雄裕   みずほ総合研究所株式会社 シニアエコノミスト

我が国の所得収支黒字は2005年には貿易収支黒字を上回り、リーマンショック後に減少がみられたものの、2011年以降は14兆円規模に増加している。経常収支黒字は、貿易収支黒字の減少により縮小したが、所得収支黒字の拡大を受け、2012年でも4.7兆円の黒字が維持されている。今後も、原油やLNGなど火力発電用燃料の輸入が高水準で推移することが見込まれ、貿易赤字が当面は続くと見られる中、経常黒字を維持する上で、所得収支の重要性が一段と高まっている。

所得収支の推移をみると、その過半を占める債券利子が2007年をピークに減少したが、直接投資収益や株式配当金が増加したため、増加基調で推移している。直接投資収益の増加の要因には対外直接投資の増加があり、その背景としては、高成長が続く新興国などの海外需要を現地での生産・販売拡大によって取り込む動きが活発化したことや、円高により海外生産のコストメリットが増大したこと、海外現地法人の利益率が国内企業を大きく上回っていることなどがある。

米国・英国の所得収支動向をみると、両国ともに対外資産負債残高では負債が資産を上回っているが、米国は資産で直接投資・株式の比率が高く収益率が高い一方で、負債は債券比率が高く、支払率が低いことから所得収支黒字を確保しており、英国は、2000年以降、銀行部門での対外資産の増加が顕著であることが所得収支黒字を支えている。日本へのインプリケーションとしては、両国の例から、対外直接投資を拡大するとともに債券投資の収益性を高めていくことが重要である。また、英国の例からは、金融業界による海外展開を拡大することは所得収支の安定化につながるものである。

所得収支の安定化に向けては、世界的な財政緊縮の動き、米国の金融緩和の継続、欧米金融機関による新興国向け与信の減少などの環境変化を踏まえつつ、収益性の高い対外直接投資の拡大、証券投資収益の引き上げを目指すことが望ましい。日本が、世界最大の対外純資産を保有する国であるという強みを活用して所得収支の安定的確保に取り組むことは、同時に日本経済の成長にもつながるだろう。

 

第3章 生産性、グローバル・バリュー・チェーンと経常収支・為替レート

     深尾 京司   一橋大学経済研究所長

日本の輸出入関数の構造的シフトが起きているかどうか、起きているとすればそれはなぜかを、全要素生産性およびグローバル・バリュー・チェーン(GVC)の構造変化の視点から分析した。主な分析結果は次のとおりである。

(1) 実質実効為替レートでみると、それほどの円高でないにもかかわらず、日本の貿易・サービス収支の低迷が続いているが、製造業(主に中小企業)においてTFP上昇が低迷したことが、日本企業の円高への耐性を弱めた可能性が高い。TFP上昇の低迷によって平均費用で見た米国と比較した日本の製造業の国際競争力は、総コストベースで見て2007年には1991年と比べて6%程度下落した。一方、ドル換算した日米製造業労働コストは、日本が28%割安になった。これは総コストを6%程度下落させた。日本は、賃金を抑えることで競争力を回復している状況だと言えよう。

(2) 1995年以降における日本の輸出拡大の中心は、電機、金属、化学、輸送機械等の中間財輸出であった。最終財・サービスの輸出が増えたのは、ほぼ輸送機械のみであった。

(3) GVC分析の手法とデータを用いて、日本の中間財・サービス輸出の変化をマル1世界の最終需要の変化で生じた部分と、マル2世界の中間投入構造の変化で生じた部分に分けてみると、電機、金属、輸送機械、化学を中心に前者が大きなプラスであったのに対し、後者はこれらの産業で大きなマイナス値であり、前者の効果を一部相殺した。この点で日本の輸出は、GVCの拡大と呼ばれている、世界的な生産工程分業の深化と中間財・サービス貿易拡大という構造変化のプラスの効果を享受できなかったと言うことができる。

(4) もともと日本は1995年において、その後世界需要が大きく拡大するような、国・財生産に大量に投入される財・サービスを輸出していた。しかし、中間投入構造の変化は、日本からの中間財・サービス輸出を大きく減らすように働いた。これは、中間財生産の海外移転や、途上国における日系企業を含めた現地調達の拡大、中国やアセアン諸国の部材供給国としての台頭、日本の製造業生産性低迷による競争力の喪失、等に起因すると考えられる。生産の海外移転や海外における日本からの調達低迷は、日本がFTA、EPAの分野で大きく出遅れたことにも起因していよう。

 

2.我が国の企業の現状と今後:成功に向けた課題、国際分業の進展の影響

 

第4章 国際的な生産・流通ネットワークの発展:その頑強性と国内オペレーション

     安藤 光代   慶應義塾大学商学部准教授

東アジアは、事実上の経済統合という形で経済連携が進んできた地域であり、その中で重要な役割を果たしてきたのが、機械産業を中心に広域にわたって張り巡らされた国際的な生産・流通ネットワークである。

2008年10月に世界金融危機が勃発すると、東アジアにおいてもその影響は大きく、生産ネットワークの脆弱性に関する懸念が示されるようになったが、日本の機械輸出は、世界金融危機や東日本大震災という2つの危機により一時的に大きく落ち込んだ後、東アジア向け輸出に牽引され急速に回復している。その背景には、機械産業を中心に東アジア地域に拡大した国際的な生産ネットワークにおいて、取引関係が強固で安定的であること、生産ネットワークや集積の存在が、取引関係を維持しようとするインセンティブにつながり、貿易の回復を牽引することがある。

また、生産ネットワークのさらなる発展に伴い、本国における空洞化に対する懸念も生じる。一般的に、多国籍企業による海外進出、とりわけ低所得国への直接投資は、国内での企業活動の縮小をもたらすと考えられがちであるであるが、海外進出の効果は、実際には、直接投資を通じた競争力の強化や直接投資のタイプに依存する。生産ネットワークは、産業単位ではなく、生産工程・タスク単位の国際分業を可能とするという意味で、空洞化を回避するための1つの強力なツールとなる。それはまた、日本が東アジアの経済活力を取り込むための重要なチャンネルともなる。

分析結果によると、東アジアでのオペレーションを拡張している製造業企業(以下、拡張企業)は、そうでない企業と比べて、国内雇用を増加する確率が高く、雇用の増加率も高い傾向にある。また、拡張企業は、そうでない企業と比べて東アジアとの貿易関係(輸出・輸入)を強化する傾向があり、日本企業による生産のフラグメンテーションの拡張や、貿易と直接投資の補完的な関係を示唆している。国内オペレーションに関しては、拡張企業は本社機能サービスを強化する傾向にあり、その傾向はより強まっている。

しかし、何もせずに自動的に日本に雇用・経済活動が残るわけではない。通商政策の展開の遅れに加えて、立地の優位性が劣化しているとの指摘もある中で、企業の海外進出が加速し、日本が生産ネットワークから恒常的に外されてしまうような事態は回避すべきである。そのためには日本国内の投資環境を改善し、立地の優位性を高めることで、海外展開を積極的に促進しながらも補完的な生産活動を日本に残して、東アジアの活力を生産・消費両面で取り込んでいくことが重要である。

 

第5章 韓国のFTAとその影響

     奥田  聡   亜細亜大学アジア研究所教授

韓国は、大統領の強力なリーダーシップの下で果敢にFTA政策を展開している。韓国のFTA戦略には「経済領土の拡大」(輸出先の確保や進出企業の操業環境改善)への強い動機があり、FTAを推進する理由には、GDPの50%を占める輸出の拡大、輸出産業の価格競争力のメリットの極大化、海外進出企業対策が挙げられる。農業など、FTAにより国内で影響を受ける産業に関しては、政府の国内対策の窓口を一元化し、対策の大枠を早急に打ち出すとともに、細部の詰めは事後に適宜調整しながら行っている。

FTAの推進状況は、比較的開放度の高い小さな国・経済共同体との間で締結・発効した後、2006年には米国とのFTA交渉を開始し、果敢な譲歩を行うなどして交渉を優位に進め、わずか10ヶ月の交渉を経て2007年4月に妥結した(発効は2012年3月)。EUとの間のFTAも2011年7月に発効している。韓米FTA交渉では、韓国はコメの適用除外を勝ち取ったほか、不動産政策、税制、健康・環境などにおいて適用排除、例外、留保などの方法でフリーハンドを確保しており、日本のTPP参加を考える上で示唆に富んでいる。ただし、展開の素早さの一方で、国内調整が不十分なまま対外交渉を進めてしまい、妥結後に国内調整に難渋するという傾向もみられる。

韓国のFTA締結が日本経済に与える影響についてみると、韓米FTAは、発効後9ヶ月間のデータからは、統計上目にみえる形での影響は出てきていない。韓EU FTAについては、発効から1年間の、FTA対象品目の輸出・輸入の増加率をみると、EUの対日輸入が減少する一方で韓国・EU間の輸出入が拡大し、同様に韓国市場では対日輸入が減少する一方で対EU輸入が伸びており、FTAの効果が発現しているとみられる。現在交渉中の韓中FTAが発効した場合の日本への影響については、発効から1年間で80億ドルの輸出減少(対韓国市場が11億ドル、対中国市場が69億ドル)が見込まれる。

韓国が展開してきたFTA戦略の日本への示唆としては、FTA推進においては政権のリーダーシップが重要であること、韓国のFTA推進による日本の輸出減少を避けるためにも、日本自身によるFTA/EPAを推進することが望ましいことが挙げられる。

 

第6章 Hondaの海外展開の考え方と自動車産業の海外戦略の国際収支に与える影響

     村岡 直人   本田技研工業株式会社 渉外部担当部長

日本の内需が、少子高齢化の進展などにより低迷する一方、人口の増える米国や新興国では市場拡大が見込まれることから、今後、自動車生産の海外展開が一段と進むことは間違いない。海外市場への供給方法としては、輸出に加え、コスト対策や現地市場のニーズへの対応の必要性から、現地生産が必然となる。輸出か現地生産かという選択には、コスト比較が重要な要素であり、その際には為替が大きく影響する。更に、FTA/EPAも、関税の引き下げを通じて、日本から輸出する自動車の供給コストを下げるため、両者の選択に影響する。

企業が収益を上げて日本の経常収支に貢献できるかは、為替等の外部要因も重要ではあるが、企業がいかに顧客にとって魅力的な差別化された製品を開発するか、そして、そのような製品をいかに効率的に供給できるか否か、ということにある。日本企業は生産現場と商品設計を行う研究所の垣根が近く、生産現場のノウハウの水準も高いことから、高品質で欠陥の少ない商品を生み出してきたが、この強みを活かしつつ、かつ、より独自性のある商品や技術を開発し、新興国向けに、より低コストで生産することが問われている。新興国のニーズに合致した商品の供給には、開発や生産を一段と現地化していく必要がある。企業の海外展開には、日本からの製品輸出を代替する面もあるが、部品・設備の輸出拡大や、ロイヤリティ・配当の回収を通じて経常収支黒字を拡大する効果も存在する。

生産の海外シフトが一段と進む一方で、研究開発拠点としての日本の優位性は続くものと考えられる。この特徴を活かし、技術立国として現実に生き残っていくためには、日本で行った研究開発の対価をロイヤリティとして確実に回収できるかが鍵となる。ただし、ロイヤリティの回収には、主に新興国の場合、海外子会社との交渉、進出先政府の規制など、様々な障害がある。

豊富な対外資産をベースとした配当や利子所得に加え、フローとしてロイヤリティで稼ぎ、所得収支、更には経常収支の黒字を確保していくことは、将来の成熟した日本のあるべき一つの姿であろう。

 

第7章 日本企業のグローバル市場における成功に向けたポイント

     吉川 良三   東京大学大学院経済学研究科ものづくり経営研究センター特任研究員

我が国製造業を代表する企業が苦境に追い込まれているのは、円高等の環境によるものではなく、日本企業が、「国際化からグローバル化」、「アナログものづくりからデジタルものづくり」という、製造業を取り巻く環境の大きな変化を認識してこなかったことが原因である。

日本企業は「国際化」の名の下で海外に生産拠点を設けてきたが、生産する製品は日本で企画立案されたもので、安い労働力を求めて海外生産を行っていたに過ぎない。これに対し、「グローバル化」とは、市場として期待されるところに工場や拠点を置き、現地の文化に合った製品設計等を行う、地域密着型のものづくりを指す。

また、日本は、複数の部品を擦り合わせ1つの機能を実現する「インテグラル型」ものづくりに強みがあったが、ものづくりが「アナログものづくりからデジタルものづくり」に変化したことで、日本企業が得意とするようなハイテク製品が、他国でも製造可能となった。商品がコモディティ化すると、競争力は単なるコスト競争力ではなく、デザイン、ブランド、機能等により顧客から選ばれるような製品を生み出す力となる。顧客が選択する際のファクターが、新興国の台頭により多様化したため、競争力も多様化している。

こうした中で、日本企業はどうあるべきか。日本は、「つくり」の部分では優位性を保ち続けており、競争力を失っているのは、「もの」すなわち製品化のためのアイディアで後手に回っているからである。いかにしてこの弱点である「もの」を強化できるかということが、これからの日本の製造業の大きな課題である。そのためには、研究開発機能は日本に残しつつ、環境や状況の変化に即座に対応可能な組織を構築すること、未知のことが起こった際にも自らの判断で対処できるような、個性の強い「人財」を育成することが重要である。グローバル時代に適応したものづくりの在り方を今一度見つめ直し、学び直せば、日本の製造業は再び輝きを取り戻すであろう。

 

講演録 我が国企業のものづくりと価値づくりにおける問題点

     延岡健太郎   一橋大学イノベーション研究センター教授・センター長

我が国経済の現状と今後を考えていくにあたり、企業経営における「価値づくり」が大変重要となる。価値づくりとは、要するに付加価値を作り出すことである。10年〜15年前までは、品質、価格、納期に代表されるような要因、まさに「ものづくり」のよさが価値づくりを決めていた。しかし、近年では、ものづくりに加えて「独自性」と「顧客価値」の2つが必要であり、この2つの割合が大きくなってきている。

顧客価値には、機能・スペックといった技術に裏付けされた客観的な評価軸で定まる「機能的価値」と、使いやすい、気持ちいい、顧客企業にとって利益になるといった、個別の顧客による主観的・状況依存的な評価軸で定まる「意味的価値」の2つがある。今、本当に価値づくりがきちんとできている企業は、この意味的価値を向上させている企業である。

意味的価値とは、消費財の場合、気持ちよい使いやすさ、ステイタス性や芸術性など、顧客にとって主観的な重要性を持つ価値を指すため、あいまいな部分もある。生産財の場合は、顧客も気付いていない、顧客企業の利益を増加させる提案を行うことを指す。

我が国企業の復活のためには、企業が価値づくりの重要性を認識し、価値づくりを行うための経営とは何かを熟慮していく必要がある。価値づくりの実現には、日本企業の強みである徹底的な技術蓄積を行うことに加えて、顧客価値創出に向けた独自の意味的価値の向上に尽力することが求められる。そうした価値づくりを実現していくことは、企業の生み出す付加価値の向上を通じて、日本経済全体にプラスの影響をもたらすものである。

 

講演録 神奈川県の中小企業に見られる海外事業展開の動向と横浜銀行での海外進出支援の取組について

     高野 健吾   株式会社横浜銀行代表取締役常務執行役員

中小企業による海外事業展開は、取引先の海外進出や縮小する国内市場への対応といった消極的な理由によるものもあるが、海外市場の取り込みや新たな事業展開を目指した積極的な理由での拡大の動きも確認でき、海外展開を行っている企業の業種も広がりをみせている。海外事業の展開先も、現在は中国が中心であり、今後の計画も中国が最も多いが、タイ、ベトナム、インドなどへの事業展開を計画している企業の比率が高くなっている。今後とも、海外事業の形態や業種、進出の対象国は多様化していくと見込まれる。

中小企業が海外展開を進める上では、国内と異なる法規制への対応、資金調達、販路や提携先の開拓など、さまざまな面での課題が存在する。グローバル化が進展し、今後、より海外事業展開が拡大していく中で、中小企業の海外進出支援体制についても、今後より一層の強化が必要と考えられ、中小企業金融を担う横浜銀行としても、金融サービスの提供にとどまらず、情報提供、コンサルティング、ビジネスマッチングなど総合的な支援を提供している。

企業の海外進出は、国内産業の空洞化につながるといった懸念も聞かれる。しかし、いま中小企業に見られる海外展開は、物の流れやマーケットへのアクセス、商売の実態に合わせた必然的な動きとも言え、むしろ、国内市場での実績を活かしつつ、有望な市場や新たな事業を開拓していくといった事例も見られ、今後の日本経済の発展において、中小企業の海外事業展開はますます重要なファクターとなっていくだろう。

 

3.貿易・国際収支構造変化の影響

 

第8章 経常収支赤字化が意味するもの

     小峰 隆夫   法政大学大学院政策創造研究科教授

日本の経常収支は、貿易収支の赤字化を主因に、黒字が大幅に減少している。今後については多くの不確実性があるが、東日本大震災後は、震災の影響により落ち込んだ輸出が震災前のレベルには戻らないこと、企業の生産拠点の海外移転が加速する可能性があること、原子力発電に頼れなくなり、石油やLNGの輸入が増加することから、これまで考えられていた以上に、経常収支が赤字になる日が近づいていると考えるのが自然である。

ただ、経常収支の黒字縮小、赤字への転化という動きが、日本経済にとってのどのような意味を持っているのかについては慎重な吟味が必要である。

まず、国民福祉という観点からは、経常収支の姿がただちに福祉に影響するとは言えないことから、経常収支そのものは、それほど重要な政策目標ではないということに注意が必要である。この点は、多くの人々が、「経常収支の黒字は赤字よりも望ましい」「輸出は輸入よりも望ましい」と考えていることも影響している。日本にとっては、輸出と輸入が両建てで拡大していくことこそが、内需の拡大を支え、国民生活を豊かにするという点で望ましいという認識をより広めるべきである。

ただし、経常収支黒字の減少の背景には、日本の交易条件が悪化し、日本人全体が働く割には豊かになれないでいるという現象が生じていることに注意が必要である。交易条件の悪化は、輸出から得られる見返りが小さくなるため、確実に国民福祉を損なうため、日本全体が技術開発力、人材能力を高め、国際競争上強い優位性を発揮し、より高い付加価値形成能力を実現できるようにしていくべきである。

経常収支が赤字化すると、国内が資金不足となり、海外からの資金に依存せざるをえない状態となり、その場合、財政の維持可能性が厳しく問われる可能性がある。ただ、その場合も、財政をそのままにして経常収支の黒字を維持しようとするのではなく、経常収支が赤字化しても財政が破綻しないよう、財政再建を進め、財政の維持可能性を確保しておくことが重要である。

 

第9章 貿易・経常収支と国力−英米の例を参考にして−

     飯田 敬輔   東京大学大学院法学政治学研究科教授

日本が経常赤字国化するとすれば、どのような帰結がもたされるのかについて、特に日本の国力という点から考察する。

政治学における「力(パワー)」とは、「(AとBとの関係で)Bがさもなければ行わないであろう事を行わせることができる限りにおいてAはBに対して力を持つ」というダールの定義が一般的である。これを国際関係に応用すると、ギルピンは、国力(パワー)とは「他国の心理および行動に対すコントロール」としている。こうした「積極的力」に対し、パワーを行使しようとする主体から自分の欲しない結果を強制されることを拒否する、あるいは未然に防ぐような力を「消極的力」と定義する。

重商主義的な考えからは、経常収支の黒字によって貴金属(特に金)が蓄えられるため、経常収支が国力の源泉であることはほぼ自明の命題とされていた。この考え方が現在も妥当であるとは考えにくいが、経常赤字国は、通貨危機の際に救済が必要になり、債権国等のいいなりにならざるを得ない。黒字国のパワーとは、資金繰りに窮した際に、債権国あるいは黒字国のいいなりになるという事態が起きにくいという意味での「消極的力」を有するといえる。

赤字国はどのような苦境に立たされるのかを、米国及び英国の歴史的なエピソードを通じて検証すると、それほどの譲歩は求められていない。交渉の場面では赤字国も黒字国も何らかの譲歩が迫られるが、常に黒字国に有利な結果になるとは限らない。したがって、国際交渉の際には黒字国だからといって自動的にパワーが賦与されるとは考えないほうがよい。

また、赤字国にとっての信頼の置ける友好国の存在は重要である。英国の場合には米国、米国が赤字国になった時には日独などの友好国が救済に回った。それもほとんど無償に近い形である。このようなことは非友好国との交渉では考えられない。したがって、もし仮に日本が将来赤字国になることがあった場合、黒字国でかつ友好的な国が存在するか否かが我が国の運命を大きく左右すると思われる。

 

参考資料 財政収支と経常収支:「双子の赤字」仮説再訪

     伊藤 美月  財務省財務総合政策研究所研究部総括主任研究官

一国の財政収支の変化と経常収支の変化との間にはどのような関係があるのかについては、多くの分析がなされているが、過去の実証研究の分析結果は分かれている。その原因としては、分析の対象国や対象期間が異なることもあるとみられるが、財政収支と経常収支の双方が、様々な変数の影響を受けて変動する内生変数であることに対する配慮が十分に行われていなかった可能性が指摘できる。

最近の分析においては、財政収支を政策判断として改善することとした場合に、経常収支にどのような影響が生じるのか、という因果関係をより明確に意識し、財政赤字の削減を目的とした財政政策の変更を特定した上での分析や、複数の分析手法を用いて多数のサンプル国を対象とした分析が行われている。これらの分析結果からは、財政赤字をGDP比で1%削減した場合に、経常収支が同0.3〜0.6%改善することが示されており、金融危機後に「双子の赤字」が拡大した国に、財政健全化が結果的には経常収支の改善につながるという示唆を与えている。

経常収支は、その国の経済主体の対外的な財貨・サービス等のやりとりの結果を示すものであるが、世界的な経常収支の不均衡が継続しているような場合には、経常収支赤字の継続は、対外バランスの持続可能性に疑念が生じた段階で、通貨価値の変動や資本の急激な移動などのショックによって経済活動に打撃を与えかねないという意味で、脆弱性を抱えることになる。最近の研究結果は、このような状態を回避する観点からも、財政収支の改善が意味を持つことを示すものと受け止めることが可能であり、各国が財政健全化に向けた努力を継続することの重要性を示すものということができるだろう。

3. 「貿易・国際収支の構造的変化と日本経済に関する研究会」メンバー等

(役職名は2013年5月現在)

研究会座長

伊藤 元重

東京大学大学院経済学研究科教授

   

メンバー(50音順)

安藤 光代

慶應義塾大学商学部准教授

飯田 敬輔

東京大学大学院法学政治学研究科教授

奥田  聡

亜細亜大学アジア研究所教授

小峰 隆夫

法政大学大学院政策創造研究科教授

野口 雄裕

みずほ総合研究所株式会社 シニアエコノミスト

深尾 京司

一橋大学経済研究所長

村岡 直人

本田技研工業株式会社 渉外部担当部長

吉川 良三

東京大学大学院経済学研究科ものづくり経営研究センター特任研究員

   

オブザーバー(50音順)

川崎 研一

内閣官房内閣参事官

山田  久

株式会社日本総合研究所 調査部長/チーフエコノミスト

   

報告者(50音順)

高野 健吾

株式会社横浜銀行代表取締役常務執行役員

延岡健太郎

一橋大学イノベーション研究センター教授・センター長

橋爪 規夫

株式会社ニコン取締役兼常務執行役員

   

財務省財務総合政策研究所

貝塚 啓明

財務省財務総合政策研究所顧問

林 信光

財務省財務総合政策研究所長

田中 修

財務省財務総合政策研究所次長

岩瀬 忠篤

財務省財務総合政策研究所次長

大西 靖

財務省財務総合政策研究所研究部長

上田 淳二

財務省財務総合政策研究所研究部財政経済計量分析室長

伊藤 美月

財務省財務総合政策研究所研究部総括主任研究官

柴田 啓子

財務省財務総合政策研究所研究員

塚本 朋久

財務省財務総合政策研究所研究員