令和8年6月発行
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上田 淳二 (財務省財務総合政策研究所副所長) |
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北尾 早霧 (アジア開発銀行研究所シニアエコノミスト) 山田 知明 (明治大学商学部専任教授) |
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川田 恵介 (東京大学社会科学研究所准教授) |
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山田 久 (法政大学経営大学院イノベーション・マネジメント研究科教授/法政大学人間環境学部教授) |
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近藤 絢子 (東京大学社会科学研究所教授) |
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〜富裕層増加のトレンドと注目セグメント〜 |
野口 幸司 (株式会社野村総合研究所金融コンサルティング部シニアプリンシパル) |
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荒田 禎之 (独立行政法人経済産業研究所研究員) |
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宮島 英昭 (早稲田大学常任理事/名誉教授) |
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―社会契約と整合的な「埋め込まれた自由主義」の復活― |
河野 龍太郎 (BNPパリバ証券株式会社経済調査本部長/チーフエコノミスト/東京大学先端科学技術研究センター客員教授) |
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成長投資を促進する付加価値の適正分配・投資経営 |
スズキ トモ (早稲田大学商学学術院商学部教授) |
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宇南山 卓 (京都大学経済研究所教授/財務総合政策研究所特別研究官) |
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佐藤 主光 (一橋大学大学院経済学研究科教授) |
(※)本報告書の内容や意見はすべて執筆者個人の見解であり、財務省あるいは財務総合政策研究所の公式見解を示すものではありません。
【要旨】
本稿では、「日本の所得分配・再分配に関する研究会」での議論を踏まえ、@日本の分配・再分配の現状について研究者と実務家の間で共有されるべき事実、A政策面での対応が必要と考えられる重要な変化、B分配と再分配を考える上で現時点において共通の認識が得られていないものの、今後、データの整備や研究の進展を通じて明らかにされるべき課題について整理する。
第一に、日本では、賃金や可処分所得に関する格差が急激に拡大するという傾向はみられない一方で、平均所得や中央値の長期的停滞が続いていること、また資産や資本所得については富裕層の増加や保有の偏在が進み、賃金や可処分所得とは異なる動きが見られることが、共有されるべき事実として確認された。また、ひとり親世帯の貧困や男女間賃金格差の持続などの問題もあり、少子高齢化や単身化の進展により世帯構造が変化する中で、一時点観測のみではなく、消費や資産を含めた多面的かつ生涯を通じた経済活動を俯瞰する視点が重要であることが確認された。
第二に、それらの事実を踏まえて、政策対応が求められる重要な点として、世帯就労の多様化に対応する税・社会保障制度の整備や、資本所有構造の変化と資本所得分配、男女間賃金格差やひとり親世帯の貧困の課題への対応が指摘された。
第三に、今後の課題として、金融資産・金融所得の把握や高齢者の経済力の評価、世帯構造やライフサイクルを踏まえた分析の精緻化、データ基盤の整備などの重要性が共有された。これらを踏まえ、所得・消費・資産を組み合わせた多面的かつ生涯を通じた視点に基づく分配分析と政策検討が今後の課題とされる。
【要旨】
本稿では、日本における経済格差の長期的推移とその構造的特徴を、1980年代初頭から直近年までの複数の家計・行政データを用いて包括的に分析する。具体的には、総務省が提供する1981年から2021年の家計調査及び1984年から2019年の全国家計構造調査(全国消費実態調査)並びに2011年から2023年までの地方自治体の行政業務データを組み合わせ、所得・可処分所得・消費・資産という複数の経済指標に基づいて、@マクロ的な時系列推移、A世代・年齢階層別のライフサイクル構造、B個人レベルの所得リスクの動態を分析した。
分析の結果、第一に、日本の経済格差は 1980年代以降、長期的には拡大傾向にあるものの、時代によって格差が拡大した理由は異なっている。日本では、「豊かな人達がより豊かになる」のではなく「貧しい人達がより貧しくなっている」ように見ることができる。第二に、近年においては、可処分所得の格差が縮小または横ばいで推移する一方、消費格差が拡大するという乖離が観察される。これは、消費者が将来の所得にあまり期待していないことを反映している可能性が示唆される。第三に、資産格差については、若年層における金融資産の格差が顕著に拡大していることがわかる。また、資産ゼロ世帯も増加しており、家計のリスク耐性を著しく低下させている。さらに、地方自治体の行政業務データを用いたパネル分析により、所得ショックの持続性は所得水準・年齢・ショックの大きさによって大きく異なる非線形的な性質を持つことが明らかとなった。これらの結果は、日本の経済格差を静学的な分布の問題としてのみ捉えるのではなく、ライフサイクル及びリスクの観点から再評価する必要性を示しており、所得保障や社会保険制度設計に対して重要な政策的含意を持つといえる。
【要旨】
本稿では、平均実質賃金の推移とその変化要因に関し、「民間給与実態統計調査」を用いて分析した結果を示し、昨今の労働経済学における実証研究の知見を提示したのち、政策的含意や今後の研究課題について述べる。
2010年代の日本では少子高齢化下で就業率が上昇する一方、平均賃金は停滞し、人口構成の変化が賃金の伸びを抑制した可能性が確認された。また、賃金変化要因の分解分析の結果、性別構成・年齢構成はいずれも無視できない規模の影響を平均賃金動向に及ぼしていた。
女性労働者の低賃金構造の解消や高齢者雇用政策の重要性が示唆される中、個票データによる異質性分析と入職経路の統合的理解が今後の課題として挙げられる。
【要旨】
1990年代後半以降の日本における賃金停滞の下で、内部労働市場にどのような構造変化が生じたのかを賃金分配の観点から検討し、所得再分配等への政策的含意を考察する。
本稿では集計データを用い、世帯・個人レベルの賃金格差の推移を概観した上で、就業形態、性別、企業規模、年齢階層等、複数の側面から動向を分析した。1990年代後半から2000年代半ばにかけて、成果主義の導入をはじめとする人事管理の個別化の進展を背景として賃金格差が拡大したが、リーマン・ショックを契機としてプロレーバー的政策の展開や人事制度の見直しが行われ、格差の拡大が一定程度抑制された結果、マクロ的には横ばいで推移していることが確認された。ただし、その内実は一様ではなく、構造的な変化が複層的に進行している。
第一に、正規・非正規間の就業形態別賃金格差は、労働需給のタイト化を背景に縮小しているが、諸外国と比較した場合、正社員転換の困難さもあり、賃金格差は依然として残存している。第二に、男女間賃金格差も同様に縮小しているものの、勤続年数の差や性別役割分担の影響により水準で見たときの格差はなお大きい。第三に、企業規模間格差についても平均では縮小しているが、若年層ではむしろ拡大しており、年齢構成の変化が平均値を歪めている可能性がある。第四に、年齢階層別の賃金格差については、大企業の大卒男性に限定すると人事管理の個別化を背景に特に30歳代で格差拡大が見られる一方、男女間・学歴間格差の縮小が相殺し、労働市場全体では必ずしも拡大していない。第五に、役職による賃金格差についても、成果主義的な人事制度は主に大企業で進展しているものであるため、大企業においては部長級の相対賃金が上昇し格差拡大が見られるが、労働市場全体には必ずしも広がっていない。さらに、第六に、世帯所得分布の分析からは、若年層における中低所得層の増加と高齢層の所得上昇という対照的な動きが確認された。加えて、若手・中堅男性の就業率低下や、外部労働市場の拡大に伴う雇用の流動化といった変化も観察される。
以上より、日本の賃金格差は表面的には安定的に見えるものの、世代間・雇用形態間・企業間で異なる動きが併存していることが明らかとなった。今後は、外部労働市場の整備と世代内所得再分配機能の強化、そして、就労促進・社会保険料負担軽減・少子化対策の観点から給付付き税額控除の仕組みの活用が、格差の帰趨を左右する重要な要因となると考えられる。
【要旨】
本稿では、市町村民税課税記録と住民票情報を接合した行政業務データを用い、日本における年収の壁と既婚女性の就業調整に関する実態とその要因を分析する。
既婚女性の給与収入分布を確認すると、税制上の閾値である103万円及び社会保険上の閾値である130万円の手前に年収の集中が見られ、いわゆる「年収の壁」に対応した就業調整が広く観察されることが明らかとなった。特に、結婚や出産といったライフイベントを契機として、配偶者の扶養範囲内に収入を抑える行動が生じやすく、結婚・出産前の年収水準が低い女性ほどその傾向が強い。また、一度扶養内就業に移行すると、子供の成長後も同様の働き方が長期にわたり維持される傾向が確認された。さらに、最低賃金の引き上げ等による時給上昇にもかかわらず、年収は103万円及び130万円付近で伸びが抑制されており、労働時間の調整が行われている可能性が示唆される。
また、社会保険料の発生する130万円よりも負担増加が相対的に小さい103万円において顕著な就業調整が観察される点も特徴的である。その要因を検討するため、年収が103万円を超えた場合にどの程度の追加負担があると人々が認識しているかについて推計を行った結果、103万円での行動を説明するには、実際の税負担を大きく上回る追加負担が認識されている必要があり、配偶者控除に関する誤解や課税開始に対する心理的抵抗といった認識要因の影響が示唆された。
以上の結果は、就業調整が制度上の金銭的インセンティブだけでなく、制度理解や情報の在り方にも左右されることを示しており、制度理解の改善が就業調整行動に影響し得る可能性を示唆している。
【要旨】
本稿では、野村総合研究所(以下、NRI)が2025年2月13日に公表した2023年の日本の富裕層・超富裕層の推計結果を基に、富裕層増加のトレンドと注目セグメントについて考察する。
まず、NRIの2023年の富裕層推計から富裕層市場の現状や富裕層増加の要因・背景を示すとともに、今後の富裕層の推移について分析する。現在、富裕層の世帯数や保有純金融資産額は拡大基調にあり、特に2021年から2023年にかけて超富裕層、富裕層、準富裕層の世帯数が増加している。これは、底堅い株高に象徴される好況を背景としたリスク性資産の価値増加、社会構造の変化が影響していると考えられる。
次に、日本の富裕層の特殊性について国際比較も含めながら紹介する。世界的に富裕層は増加傾向にあり、年平均成長率は4.5%ペースで増加している。日本の富裕層に焦点を当てると、世帯当たり保有純金融資産額は小さいが、その背後に金融資産の3倍近い不動産を有していることが特徴的である。また、保守的な傾向もみられ、デジタルアセット等への新たな展開は時間を要する可能性があると考える。
続いて、近年変わりつつある富裕層の注目セグメントについて整理する。新しい価値観を持った「いつの間にか富裕層」や「スーパーパワーファミリー」等の富裕層が身近に出現している。「いつの間にか富裕層」はマス層に近い消費・金融行動が特徴であり、金融機関がマネタイズしていくには非常に工夫が必要である。また、「スーパーパワーファミリー」は合理的な判断軸で行動をすることが特徴であり、消費をけん引するポテンシャルを十分に秘めていると考えられる。
富裕層・超富裕層の増加に伴い、資産構成や資産形成の方法も多様化している。資産運用ニーズの背景にある世帯構成やキャッシュフロー、ライフスタイルに対する理解を深めると同時に、さらなるデジタルチャネルの活用や顧客管理の高度化が求められる。
【要旨】
雇用創出や新市場の形成、産業構造の転換を担うのは、ごく一部の高成長企業であり、所得についてもごく一部の高所得者が全体の大きな比重を占めている。しかし、どの企業・個人が成長するかを事前に見極めることは極めて難しい。Arata et al. (2026) は、個別主体の予測ではなく、企業成長率や所得成長率に共通する統計的規則性に着目することで、巨大企業や超高所得者がどのように生まれるのかを明らかにする。
本研究が分析対象とするのは、企業規模や個人所得の分布に見られるParetoテールである。従来の理論では、分布の上位層に到達するには、長期間にわたる小さな成長の累積が必要と考えられてきたが、この枠組みでは、若い企業や若年層の所得分布においても既にParetoテールが観察されるという実証事実を十分に説明できない。
これに対し、Arata et al. (2026) は、成長率分布がガウス分布よりも重いテールを持つことに注目し、巨大企業や超高所得者の形成は、安定的成長の積み重ねではなく、短期間に生じる非常に大きな成長、すなわち「ジャンプ」によって起こると主張する。成長率分布のテールが十分に重い場合、ジャンプによる成長が累積的成長を凌駕し、短期間で分布の上位層に到達することが可能となる。
近年提案されている複数タイプの経済主体モデルは、平均的に成長率の高い主体の存在を仮定することでParetoテールを説明しようとするが、高成長が一時的なエピソードとして生じるという実証結果や、若年層の分布におけるParetoテールの存在を十分に説明できない。これに対し、ジャンプによる説明は、成長率分布と規模分布の統計的性質を一貫して捉えることができ、よりデータと整合的な理解を与える。
【要旨】
本稿では、日本企業の株式所有構造の国際的な特徴と長期的な変化を確認した上で、特に2010年代の株式所有構造の「静かな変化」が企業行動に与えた影響について考察する。
はじめに、簡単な株式所有構造の国際比較を通じて、日本は米国・英国と同様に株式分散型であるが、事業法人の保有比率が高い点に株式所有構造面の特徴があることを指摘する。また、所有構造を時系列の変化で見ると、2000年代初頭の銀行保有株売却により、アウトサイダー所有者(機関投資家など)の保有比率が約6割とインサイダー所有者(銀行や事業法人など)を上回る構造に劇的に変化したことを確認する。
次に、2010年代を通じて、企業の株式所有構造に以下のような「静かな変化」が生じていたことを指摘する。一つ目が、海外機関投資家の投資対象が中小型株に拡大し、アクティブ運用が活発化していること。二つ目が、アクティビスト・ヘッジファンドの活動が再び活発化し、伝統的な機関投資家との事実上の協調などによって影響力が増大していること。三つ目が、インサイダー所有者の変化であり、事業法人によるブロック保有は安定しているものの、政策保有株の解体(持合いの解体)、上場子会社の減少、自社株買いという三つの主要な動向が確認できる。四つ目は、アクティブ・ファンドからインデックス・ファンドへの構造転換である。パッシブ運用の加速については、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が2015年に日本株の組入比率を高めたことに起因する。
また、海外機関投資家、アクティビスト・ヘッジファンド、相互持合い、事業法人のブロック保有、インデックス・ファンド、ESG投資のドライバーとしてのGPIFの所有構造の機能を概観する。
最後に、日本企業が直面するガバナンス上の二つの困難と今後の展望について述べる。現在、日本市場は、ガバナンスが弱すぎる企業群と、規模は大きいがガバナンスが強すぎることでマイナス効果が生じる可能性のある企業群が併存するという二極化した状況にある。このため、政策的手段を講じる際には、企業群の特性に応じて選択的に行動を起こす必要があり、従来の画一的なアプローチでは対応できない非常に難しい局面を迎えている。
第9章
レント・シェアリングの定着を
―社会契約と整合的な「埋め込まれた自由主義」の復活―
| 河野 龍太郎 | (BNPパリバ証券株式会社経済調査本部長/チーフエコノミスト/東京大学先端科学技術研究センター客員教授) |
【要旨】
本稿では、日本経済が長期にわたって停滞している要因について考察する。
日本経済の長期停滞については、生産性が改善していないから実質賃金を引き上げられないという指摘がされてきたが、実際には生産性は上昇しているにもかかわらず、実質賃金が上がっていない状況となっている。実質賃金の低迷は、生産性の問題ではなく、一次所得分配の問題であると考えられる。
株主が取るリスクを超えた収益をレントと呼ぶが、冷戦終結後の新自由主義的政策によりレント・シェアリングが忘れ去られた結果、生産性が上昇したにもかかわらず、実質賃金が上がらず、個人消費が低迷、国内売上が増えない、それゆえ、投資が国内ではなく海外ばかりとなっている。
とりわけ、「株主利益の最大化が企業経営者の役割」式のコーポレートガバナンスもレント・シェアリングを損なう要因になっていると考える。本来あるべきコーポレートガバナンスは、株主利益だけではなく、取引先、従業員、債権者、地域社会等、すべてのステークホルダーの利益を増進するように、企業経営者を規律づけることである。
イノベーションは収奪的なものと包摂的なものの二つのタイプがあるが、デフォルトは収奪的なものである。株主至上主義の収奪的な社会からは包摂的イノベーションは生まれない。イノベーションを社会が飼いならし、包摂的なものにしなければ、むしろ多くの人を苦しめる。AIや外国人労働を活用する際、不利益を被る人を包摂する社会制度の構築が不可欠である。そうした取り組みこそが、結果として包摂的なイノベーションを生み出す土壌を形づくるのではないかと考える。
【要旨】
人口減少下の成熟経済においてはROEやPBR等の評価基準に順応する利益最大化経営や経済運営は「資本市場の逆機能」を引き起こして経済成長を抑制している可能性を指摘し、代わりに付加価値あるいは収益の拡大とその適正な分配・投資を重視する枠組みを提案する。
予測長期経済成長率が1%程度の成熟下の日本においては、ミクロ的に投資家や経営者は投資よりも回収を支配的にすることが合理的である。この環境で経営者の裁量で短期に改善を可能にするROEやPBR等の効率性指標を用いる政策は、中長期の成長を支えるエクイティファイナンスの拡大よりも、短期的な配当や自社株買いの拡大を通じて過剰なまでの株主還元を助長してきた可能性がある。
これを修正するために、本稿は会計やディスクロージャーという簡素で、「キャンセラブル」で、政治的に容易に導入可能なナッジを通して、経営者や投資家の行動に可逆的な変化を生起させ、経済の好循環を回復する政策を提言する。
今後は短期的には、効率性ではなく「成長投資額」を増加させるような財務指標を、中長期的には「付加価値額」の増加とその適正な分配・投資を推進するような指標を採用し、経営者と投資家との間の真に建設的な対話を後押しする。これを通じて中長期の人的資本投資や試験研究開発投資を拡大し持続可能な経済社会の構築に貢献する。
【要旨】
本稿は、「家計行動の把握と分配」をテーマとして、分配の評価指標の再検討を行うものである。従来の分配分析では、所得、消費及び資産といった指標が広く用いられてきたが、これらはいずれもライフステージの影響や観測上の制約といった限界を有している。そこで、ライフサイクル理論に基づき、個人の経済力をより包括的に捉える指標として「生涯可処分リソース」に着目する。
具体的には、全国家計構造調査を基礎としたミクロデータに各種統計とマイクロシミュレーションを組み合わせることで、生涯可処分リソース及びそれを平均余命で割った「恒常所得」を推計する。その上で、これらの指標に基づく分配の実態や時系列的変化を分析するとともに、実際の消費との整合性を検証する。
分析の結果、恒常所得は観察される消費行動を一定程度説明しており、ライフサイクル理論と整合的な関係を示した。これは、個人の経済力を反映する指標として妥当である可能性が高い。また、恒常所得に基づく格差の動向は従来指標とは異なる特徴を示しており、既存の再分配制度が必ずしも実際の経済力に基づいて設計されていない可能性を示唆している。
【要旨】
近年、日本においても低所得勤労者への支援策として給付付き税額控除の導入が政策議論の俎上に載るようになっている。給付付き税額控除は、一定の所得以下の勤労者に対して税額控除を行い、控除額が税額を上回る場合にはその差額を給付として支払う制度であり、就労を前提とした所得補完を通じて就労インセンティブと所得再分配を両立させる政策手段として各国で導入されている。
本稿は、給付付き税額控除を勤労者支援型の再分配政策として位置づけ、日本の税制及び社会保険制度の構造を踏まえた制度導入の課題を整理することを目的とする。
具体的には、所得格差是正の政策手段を三つの類型に整理した上で、米国及び英国の制度を概観し、就労インセンティブを維持する制度設計の特徴を整理することに加え、給付付き税額控除の導入に際して想定される運営上の主な課題について考察する。
さらに、日本の税制及び社会保険制度における実効税率の構造を検討するとともに、金融所得の把握と社会保険料負担の関係に着目し、所得把握の問題が制度の公平性に与える影響を分析する。
これらの検討を通じて、日本における給付付き税額控除導入の議論において、税制・社会保険制度・所得情報の把握を一体的に考慮した制度設計の必要性を示す。