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「日本企業の成長と内外の資金フローに関する研究会」報告書

令和7年6月発行

目次
(役職は令和7年5月末時点)


はじめに(PDF:111KB)                 木村 福成(慶應義塾大学名誉教授/ジェトロ・アジア経済研究所所長)

第1章 日本企業の成長と内外の資金フロー

全文(PDF:1674KB)

要旨

川本 敦

(財務省財務総合政策研究所総務研究部総務課長)

片野 幹

(財務省財務総合政策研究所総務研究部主任研究官)

第2章 対外投資と信用創造の関係及び国際的円経済圏の形成可能性の検討

全文(PDF:1295KB)

要旨

戸村 肇

(早稲田大学政治経済学術院教授)

第3章 人口減少下における価値循環の成長戦略

全文(PDF:944KB)

要旨

松江 英夫

(デロイトトーマツグループ執行役/社会構想大学院大学教授)

第4章 日本における国際金融市場の再生に向けて:国際金融面からの提言

全文(PDF:1417KB)

要旨

清水 順子

(学習院大学経済学部教授/財務総合政策研究所特別研究官)

第5章 TSMC進出に伴う九州・沖縄経済への波及効果とさらなる成長を促すための金融機関の取組

全文(PDF:1004KB)

要旨

田中 信博

(ふくおかフィナンシャルグループ/福岡銀行営業統括部半導体戦略室室長)

桐原 健

(ふくおかフィナンシャルグループ/熊本銀行法人営業部新地域開発推進グループリーダー主任調査役)

第6章 熊本県経済における半導体関連産業集積の影響

全文(PDF:1514KB)

要旨

宮中 修

(公益財団法人地方経済総合研究所事業統括部門部門長)

佐藤 岳雄

(九州フィナンシャルグループ/肥後銀行産業イノベーション推進部半導体クラスター推進室室長)

第7章 金融機関の貸出・預金を介した地域間資金循環の現状

全文(PDF:1483KB)

要旨

植杉 威一郎

(一橋大学経済研究所教授)

第8章 第一次所得収支は還流しているのか?

―インドネシア視察報告からの考察―

全文(PDF:1008KB)

要旨

清水 順子

(学習院大学経済学部教授/財務総合政策研究所特別研究官)

佐藤 清隆

(横浜国立大学大学院国際社会科学研究院教授/財務総合政策研究所客員研究官)

第9章 社債市場から見たマネーフローを考える

全文(PDF:1134KB)

要旨

中空 麻奈

(BNPパリバ証券株式会社グローバルマーケット統括本部副会長)

第10章 成長著しいアジア(ASEAN・インド等)と日本

全文(PDF:1033KB)

要旨

渡辺 哲也

(東アジア・ASEAN経済研究センター(ERIA)事務総長)

第11章 在インドネシア日系企業が果たす“伴走者”としての役割

全文(PDF:1290KB)

要旨

加藤 光宏

(PT SBCS Indonesia 取締役社長)

第12章 円安が日本経済に及ぼす影響

―日本企業の輸出入行動と為替変動への戦略的対応―

全文(PDF:1673KB)

要旨

佐藤 清隆

(横浜国立大学大学院国際社会科学研究院教授/財務総合政策研究所客員研究官)

 

(※)本報告書の内容や意見はすべて執筆者個人の見解であり、財務省あるいは財務総合政策研究所の公式見解を示すものではありません。

 


第1章
日本企業の成長と内外の資金フロー

報告者
川本 敦 (財務省財務総合政策研究所総務研究部総務課長)
片野 幹 (財務省財務総合政策研究所総務研究部主任研究官)

【要旨】

バブル崩壊以降約30年にわたり、日本経済は政府による国債発行とそれに伴う財政支出が生み出す「政府発のキャッシュフロー」によって資金循環が主導されてきた。企業部門では投資が停滞し、資金が余剰となる一方、政府の財政赤字が継続する構造が定着してきた。日本経済が今後、持続的な成長を実現するためには、企業の自律的な投資行動によって生まれる「民間発のキャッシュフロー」が主導する資金循環への移行が不可欠である。
 このような資金循環の転換には、国内外の企業による国内への積極的な投資が鍵を握っている。現在、設備投資は回復基調にあるが、これを一過性のものとせず持続可能な動きとするためには、対内直接投資の拡大や、企業による国内生産拠点の再構築の動向に注目する必要がある。企業が海外で得た収益を日本に還流させるかどうかは、企業価値の最大化の観点から判断されるため、国内投資が企業にとって利益につながる事業環境が求められる。
 この点、日本国内における生産コストは相対的優位性が高まっており、こうした経済環境を最大限に活かして企業の国内投資をさらに促進するためには、金融市場の機能強化が重要な課題となる。進行中の大規模な対内直接投資では、内外の企業からの資金需要が高まっている。特に、欧米諸国と比較してウエイトが小さい社債市場については、海外企業による円建て資金調達の活性化の観点からも、その拡充の意義がある。
 貿易や対外投資といった対外的な企業活動においては、取引や資金調達に使われる通貨の選択が注目される。日本企業が輸出競争力を高め、国際的な交渉力を強化することにより、円建て取引の拡大が期待されるが、これは円建ての資金需要を喚起する土台となる。経済安全保障の観点からも、自国通貨である円の利用価値を高めることが戦略的に重要である。
 ただし、現状では企業にとって円建ての取引が常に最適な選択肢とは限らず、グローバルな取引環境においては依然として米ドルの存在感が大きい。現地当局から、現地通貨での取引が求められることもある。したがって、少なくとも当面は、米ドル基軸体制を補完する形で、日本の金融機関が海外に向けた米ドル等の外貨建て貸出能力を維持することが現実的かつ重要である。そのためにも、経常収支の黒字維持、日本国債の高い格付け、円の通貨としての信認の確保が不可欠である。
 昨今の地政学リスクの高まりにより、アジアやグローバル・サウス諸国でドル離れや現地通貨取引の流れが加速する可能性もある。望ましい内外の資金フローがどのように変化し、その実現を促すためにどのような政策が必要とされるかについては、内外の環境変化を踏まえて、引き続きアップデートしていきたい。

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第2章
対外投資と信用創造の関係及び国際的円経済圏の形成可能性の検討

報告者
戸村 肇 (早稲田大学政治経済学術院教授)

【要旨】

本稿では、信用創造の仕組みと資金循環構造の観点から、日本企業の国際資金フローに関する諸論点を検討する。
 まず、現代の銀行システムにおける信用創造の仕組みを説明する。銀行貸出は、銀行の預金債務と借り手の金銭債務の交換である。その後、借り手が借り入れた銀行預金を第三者に支払うと、第三者が銀行への預金者になる。その結果、第三者から銀行、銀行から借り手への与信の連鎖が事後的に成立する。
 このような信用創造の仕組みを踏まえて、日本からの対外投資が活発であるにもかかわらず、円の民間借入が増えていないことの理由を説明する。まず、投資先国の現地銀行と取引できる国際的信用力がある日本企業が増えたことで、直接現地通貨を調達するようになったことが考えられる。また、世界貿易に占める日本からの輸出の重要性が低下したことも理由として挙げられる。したがって、日本経済が成熟するにつれ、対外投資需要と円の民間借入需要の連関が減少することは自然である。
 続いて、1990年代以降の日本の資金循環構造の変化とマクロ経済的課題について検討する。1980年代以前は、民間企業の銀行借入により銀行預金が生成され、それが支払いに用いられる「民間発のキャッシュフロー」が日本の資金循環構造の中心であった。しかし1990年代以降は、政府の借入で預金が生まれ、それが支払いに用いられる「政府発のキャッシュフロー」が中心になった。日本経済が長期停滞を脱するためには、現在の「政府発のキャッシュフロー」中心の経済から、1980年代以前のような「民間発のキャッシュフロー」中心の経済に回帰することが必要である。この点を国際資金フローの文脈で捉えると、民間対内投資の促進が必要という結論になる。
 最後に、国際的円経済圏の形成可能性を検討する。米ドルが基軸通貨として機能している現在の国際通貨体制の下で、円が国際取引の主要通貨として利用される円経済圏を形成するためのハードルは高い。今後、日本は米国との通貨スワップ協定の対象国としての強みなどを活かしながら、米ドル基軸体制を補完する形での邦銀の海外向け米ドル建て貸付能力の拡大支援を行うと良い。そのためには、経常黒字、日本国債の高格付、円の通貨価値の維持が日本にとっての必須の課題になる。ただし、以上は米国の安定性を前提にした議論であり、今後の世界情勢の変化に応じて、国際的円経済圏形成の是非や実現可能性を継続的に確認していくことが望ましい。

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第3章
人口減少下における価値循環の成長戦略

報告者
松江 英夫 (デロイトトーマツグループ執行役/社会構想大学院大学教授)

【要旨】

本稿では、人口減少を前提としたときの、今後の日本の成長戦略について考察する。
 日本経済が長期停滞している要因として、期待成長率の低さや需給の構造的ギャップが挙げられる。期待成長率の低さゆえに、国内への投資が進まず、新しい需要が生まれない一方、1980年代以降、大量生産・大量消費型の供給構造は変わっていない。この構造的ギャップを解消し、新しい需要が生まれるような構造に改革する必要がある。そこでキーワードとなるのが、「価値循環」である。「価値循環」とは、ヒト・モノ・カネ・データの「4つのリソース」を、人口減少下でも増えていく「4つの機会」に適用して循環させることで新たな市場を創出し、付加価値を高めて成長していくという考え方である。「価値循環」の考え方の下、日本経済全体を捉えた「大循環」、人々の幸福に焦点を当てた「小循環」、海外経済を視野に入れた「グローバル循環」の3つの循環からなる「循環型成長モデル」を実現することで、持続的な成長を遂げることができる。「循環型成長モデル」を実現する上では、業界、業種の垣根を越えて、産業横断的に連携することや、新しい市場を雇用に結びつけ、労働移動を促し、所得向上に繋げることが重要であり、経済財政のあり方も含め、全体を捉えて検討する必要がある。

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第4章
日本における国際金融市場の再生に向けて:国際金融面からの提言

報告者
清水 順子 (学習院大学経済学部教授/財務総合政策研究所特別研究官)

【要旨】

東京市場は、1980年代以降、国際金融センターとして急成長を遂げたが、2000年代以降、その地位が低下している。本稿は、まず、金融センターの定義と歴史的経緯を紹介し、金融市場ランキングデータから東京市場の特性と課題を明らかにした。そこでは日本の対外的評価の低下がみられる一方で、国際資金統計、および国際与信統計では、日本の存在感は高いことが明らかとなった。国際比較では、2000年代以降、国際金融市場として大きく差が開いたシンガポール・香港と日本を徹底比較した。その結果、現在の日本は取引が邦銀や日本企業関連の需要による円建て取引が中心であるため、今後ドル円以外の為替取引を増やす重要性が示された。次に、対外・対内直接投資の観点から日本の状況を整理し、日本は対外直接投資が多い一方で、対内直接投資は極端に少なく、その結果として海外企業による円需要が少ないという課題を挙げた。そして、昨今の円安の状況は、外資のみならず生産拠点の国内回帰の好機であると考えられる。また、かつて盤石だったドル基軸に変化がみられる昨今の情勢を整理し、東京市場が国際金融市場において再生を果たすために、日本の円建て輸入をさらに拡大させるとともに、円建て輸出を増やすことの重要性を示した。
 その上で、対内直接投資の誘致と東京市場が目指すべき将来の姿について提案を行う。対内直接投資のさらなる促進のためには、港湾などのインフラ整備、直接投資に関連する規制や制度の見直しや改善が必要になる。また、東京市場の進むべき方向性としては、第一に、日本への対内直接投資を促進すること、第二に、アジアのセーフティネットのハブとなること、第三に、政府・東京の取り組みを一本化すること、そして第四に、ロンドン型市場のシンガポールや香港と共存することである。

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第5章
TSMC進出に伴う九州・沖縄経済への波及効果とさらなる成長を促すための金融機関の取組

報告者
田中 信博 (ふくおかフィナンシャルグループ/福岡銀行営業統括部半導体戦略室室長)
桐原 健 (ふくおかフィナンシャルグループ/熊本銀行法人営業部新地域開発推進グループリーダー主任調査役)

【要旨】

2021年にTSMCが熊本に新たに工場を建設することを発表し、日本国内だけでなく国際的にも大きな関心を集めた。本稿ではTSMCの熊本進出が九州・沖縄にもたらす波及効果や九州・沖縄経済のさらなる成長を促すための金融機関の取組について考察する。まず、産業構造の変化、人口動態や地価の推移、インフラ整備の進展といった経済的・社会的側面からその影響を整理する。次に、九州・沖縄地域のさらなる成長を促すための金融機関の取組として、九州・沖縄地銀連携協定(Q-BASS:Kyusyu-Okinawa-Banking Alliance Semiconductor Solutions)の活動内容などを紹介する。
 TSMCの熊本進出発表以降、九州では半導体関連企業の設備投資が活発になり、総額6兆円以上の投資が行われた。これにより、九州全体で23兆円規模の経済波及効果が生まれると推計されている。また、TSMC進出に伴い、工場が立地する熊本県菊池郡菊陽町を中心に交通インフラ整備が加速し、道路拡張や鉄道新設が進められている。さらに、県内外からの企業進出に伴い、周辺地域の地価の急上昇や、人口の増加が顕著になっている。
 九州・沖縄の地方金融機関は、地域に根ざしたネットワークを活かしながら、メガバンクや地方銀行同士の連携を強化し、九州における半導体サプライチェーンの強靭化に向けた取組を進めている。また、台湾企業の資金調達ニーズという観点からは、TSMCの進出にあわせて台湾企業の熊本進出も増加しており、日本の金利の方が台湾国内の金利よりも低いという背景から、そうした台湾企業に対する国内での融資の機会が増加している。

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第6章
熊本県経済における半導体関連産業集積の影響

報告者
宮中 修 (公益財団法人地方経済総合研究所事業統括部門部門長)
佐藤 岳雄 (九州フィナンシャルグループ/肥後銀行産業イノベーション推進部半導体クラスター推進室室長)

【要旨】

本稿では、TSMCをはじめとする半導体関連産業の集積が顕著な熊本県の経済について、半導体関連産業が与える影響を考察する。
 熊本県経済は第一次産業に強みを持つが、TSMC進出前から、全国と比較しても電子部品産業の産業構造に占める割合が高く、シリコンアイランド九州を代表する地となっている。県内総生産についても、2016年の熊本地震やコロナ禍による経済の落ち込みから回復を見せており、順調な成長過程にある。
 このような状況の熊本県経済に対して、半導体関連産業がもたらす変化を測るにあたり、半導体関連産業への投資額と生産額から産業連関分析を行ったところ、経済波及効果は約11.2兆円、県内総生産への影響額は約5.6兆円となった。2021年の熊本県内総生産が約6.4兆円だったことからも、半導体関連産業が熊本県経済にもたらす影響の大きさがわかる。また、TSMCのサプライチェーン企業も含め台湾企業の進出が進むことで、台湾から熊本県への資金流入も増えており、その資金調達の大半は出資金及び銀行借入によるものであり、調達資金としては円貨が用いられるケースが多い。
 これらのプラスの影響を一時的ではなく、恒常的なものにしていくための施策の一つとして、熊本県は「新大空港構想」を策定した。「空港機能の強化」、「交通ネットワークの構築」、「快適な生活ができる街づくり」、「産業集積・産業強化」の四つを掲げ、阿蘇くまもと空港を中心に、産業集積を前提としたインフラ整備や人材確保、インバウンドの取り込みを目指した取組を進めており、熊本県経済の更なる発展が期待される。
 半導体関連産業集積によって大きな経済効果が見込まれている一方、熊本県は製造業の県内自給率が比較的低いことに加え、域外への資金流出の超過により、域際収支はマイナスとなっている等の課題もある。地域経済の活性化という点においては、半導体関連産業の巨大な生産増加に伴う分配を域内に留め、「生産」「分配」「支出」の地域経済循環を回していくことが重要である。

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第7章
金融機関の貸出・預金を介した地域間資金循環の現状

報告者
植杉 威一郎 (一橋大学経済研究所教授)

【要旨】

本稿では、金融機関の店舗レベルの貸出・預金残高情報を用いて作成した地域間資金循環指標によって、地域間での資金移動の現状とその決定要因、効率性について分析する。
 日本企業の資金調達構造において、バブル期には金融機関からの貸出によって実物投資を多く行っていた一方、1990年代半ば以降は実物投資が減り、貯蓄額がそれを上回るようになった。特に銀行貸出に対する依存度は低下傾向であり、企業の資金需要が低迷している中で、金融機関は、従来の営業基盤である本店所在県を越えての越境貸出を行っており、越境貸出の増加及び資金面での東京一極集中が指摘されている。
 地域間の資金移動の状況について、地域間資金循環指標を見ると、都道府県間でその割合には相当程度の差異があるものの、いずれの都道府県も、自県の預金は自県の貸出に回っている割合が高いことがわかった。また、各都道府県から東京都の貸出のために用いられる預金流出も近年低下傾向であり、資金面での東京一極集中が必ずしも進んでいるわけではないことが明らかになった。
 次に、地域間の資金移動がどのような要因で決定されるのかについて推計した結果、土地価格が高い地域に対して、低い地域から預金が貸出として流入する傾向があることがわかった。また、越境貸出の質を定性的に評価するために、中小企業向けの信用保証付き貸出のデフォルト率について推計すると、本店所在県貸出と越境貸出では、越境貸出のデフォルト率の方が高い傾向があることがわかった。これは、地元金融機関から融資を受けることができなかった質の低い企業に貸出を行った、もしくは、貸出後のモニタリングが十分にできず借り手企業のモラルハザードを引き起こした結果であると考えられる。

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第8章
第一次所得収支は還流しているのか?
―インドネシア視察報告からの考察―

報告者
清水 順子 (学習院大学経済学部教授/財務総合政策研究所特別研究官)
佐藤 清隆 (横浜国立大学大学院国際社会科学研究院教授/財務総合政策研究所客員研究官)

【要旨】

本研究会の趣旨である「日本企業の財・サービス取引や、対外ポジション、日本企業をとりまく内外の資金フローについての現状分析」を行うためには、現地で実際に何が起きているのか、その情報を収集することが必要である。筆者らは、人口・GDPでASEAN全体の約4割を占める大国であり、日本企業も数多く進出するインドネシアにおいて現地調査を行った。
 本稿の前半では、インタビュー調査結果を7項目に分けてまとめている。インドネシアは、Local Currency Transaction Framework (LCTF)のもと、現地通貨建て取引を近隣アジア諸国の間で促進し、ドル依存からの脱却に取組んでいるが、現地の日本企業の反応は現時点では限定的である。また、昨今の為替変動が日本からの輸出に与える影響は限定的であり、現地の日系企業は為替の短期的変動よりもむしろその国の中長期的な経済成長を重視している。日本への資金還流については、製造業の場合、配当を本社に還流させる傾向が強いのに対して、金融業では現地規制の影響によって日本への資金還流が制限されるなど、業態ごとに大きな違いがあることが分かった。アジアに進出している中小企業は現地で利益を上げられず、親子ローンの返済等に注力して、配当による本社への資金還流に至らないケースが多い。ただし、国際収支統計上は、アジアからの直接投資収益が着実に日本に還流しており、第一次所得収支の黒字を支えている。企業の通貨選択においては、円の低金利政策も円選好を妨げる一因となっていたが、日本の金利上昇が進めば、日系現地法人や海外企業による円建て取引の増加も期待できる。さらに、地政学リスクの高まりにより、アジアやグローバル・サウス諸国ではドル離れと現地通貨取引の流れが加速することも予想される。
 後半では、直接投資収益の内訳を見ながら、比較可能なデータが入手できた日本、ドイツ、およびアメリカについて国際比較を行った。その結果、日本において直接投資収益から再投資収益に回される割合が高い一方、ドイツでも近年、その割合が一定程度あること、米国でも直接投資収益の中から再投資収益に回されている割合が高いことが示された。また、日本の直接投資収益のうち、シェアでみれば2000年代以降、現在よりも再投資収益の割合が高い年もあることが確認された。
 最後に、日本への資金還流が増えるために必要な条件を考察した。日本の金融政策が正常化し、金利のある世界へと戻ることが、円の魅力を高めることにつながる。日系現地法人や海外企業が円を資産として保有し、円建て取引を行うインセンティブも高まることが期待される。また、企業が日本国内での投資(研究開発投資等)を活発に行うことが、海外現地法人から日本本社企業への資金還流を増やすための重要な条件となる。

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第9章
社債市場から見たマネーフローを考える

報告者
中空 麻奈 (BNPパリバ証券株式会社グローバルマーケット統括本部副会長)

【要旨】

本稿では、日本の社債市場の発展とその停滞の要因について、国内外の債券市場の比較を交えながら考察する。
 日本の社債市場の現状は、日本銀行の量的・質的金融緩和以降、金利が低くなったことによって社債発行が増加するはずであったにもかかわらず、年を追うごとに国債残高が増え、公社債における社債残高割合は7.6%(含む金融債)と停滞している。また、スプレッドも全体的に低水準で推移しており、クレジットリスクを取ってまで社債に投資する魅力がない状況になっている。一方、欧米では社債市場の活性化が進んでおり、公社債市場における社債発行残高割合は、金融発行も含めると米国については79.1%、欧州についても59.8%を占めている。欧米においては、ハイイールド債市場の存在や、銀行以外の多様な投資家による積極的な投資が、社債市場の拡大を支えている一因となっている。特に、日本企業は設備投資の減少や内部留保の蓄積、強すぎる間接金融により、資金調達手段として社債を発行する必要が少なく、これが社債市場の成長を制約している。家計も金融資産の半分以上を貯蓄に回しており、投資先のバリエーションの少なさも問題である。
 また、企業の資金調達について見ると、日本企業の海外資金調達ニーズは高い一方、外国企業の円資金調達ニーズは高くない。日本の金融市場の規模の小ささや、規制の厳格さ、海外企業が日本で社債発行するインセンティブの低さのためであろう。これらを改善しなければ、海外企業による日本社債市場の活用は望めない。
 停滞気味である日本社債市場に新たな活路を見いだせると期待されたサステナブルファイナンス市場およびGX経済移行債であったが、同GX経済移行債は大半が日本銀行または年金積立金管理運用独立行政法人が保有しており、本来想定していたような広がりは見せていない。金利が低い日本において、日本国債以外の新しいものに投資をしてもらうための魅力付けが必要である。
 日本の社債市場が拡大しない理由は、日本の金融市場構造がオーバーバンキングであること、株による資金調達を選好しがちな企業経営者の意識、金融監督当局による過去の厳格なガイドラインの設定、投資家のインセンティブのなさ、金融リテラシー不足等が挙げられ、これらの要因が絡み合って日本の社債市場の拡大を止めている。どれか一つが変わるだけでも、社債市場の状況は変わると考えられる。

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第10章
成長著しいアジア(ASEAN・インド等)と日本

報告者
渡辺 哲也 (東アジア・ASEAN経済研究センター(ERIA)事務総長)

【要旨】

本稿では、前半で発展するアジア(Developing Asia)として、ASEAN及びインドの成長性と、ASEANから見た各国の状況について紹介する。そうした背景を踏まえながら、後半で、筆者が所属するERIA(Economic Research Institute for ASEAN and East Asia)の設立趣旨、並びに主要分野における活動について解説する。
 ERIAにおける活動の主要分野とは、1つ目が貿易投資、サプライチェーン、2つ目が脱炭素、エネルギートランジション、3つ目がデジタル・イノベーション、スタートアップ、4つ目が公衆衛生、5つ目が海洋プラスチックごみ対策等環境対策、6つ目が食料安全保障であり、これら6分野における具体的な取組について述べ、ERIAが東南アジアにおいて果たすべき役割について説明する。

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第11章
在インドネシア日系企業が果たす“伴走者”としての役割

報告者
加藤 光宏 (PT SBCS Indonesia 取締役社長)

【要旨】

本稿では、前半で、SMBCグループの取組として、グローバル事業部門の概要、マルチフランチャイズ戦略、グループのインドネシアにおける活動を紹介する。また、後半で、インドネシアのビジネス環境の概要、日本・中国・韓国との関わりを説明したうえで、現状の日本の立ち位置を踏まえた、インドネシアにおける今後の日本の戦略について提言する。
 戦略提言の1点目が、政府枠組みを通じた脱炭素関連分野での協業、2点目が、特定技能人材の受け入れによる潜在労働力の活用、3点目が、「下流化」対象品目の加工の強化である。以上、日本が強みをもつ分野で、これらの施策を官民一体となって進めることの重要性について述べる。

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第12章
円安が日本経済に及ぼす影響
―日本企業の輸出入行動と為替変動への戦略的対応―

報告者
佐藤 清隆 (横浜国立大学大学院国際社会科学研究院教授/財務総合政策研究所客員研究官)

【要旨】

本稿では、円安が日本経済に及ぼす影響として、日本企業の輸出入行動と為替変動への戦略的対応について考察する。はじめに、円安が日本経済に及ぼす影響について検討する。具体的には、円の実質実効為替レートが1970年の水準まで減価していること、日本の交易条件の変化とその背後の要因、日本の経常収支は円安によってどのような影響を受けているのか、そして、日本の貿易収支の動向について触れる。
 次に、円安は日本企業にとって問題なのか、それとも為替差益の享受等、プラスの影響が大きいのかを検討する。その中で、円安によって日本の輸出数量は増加しておらず、近年では、むしろ低下傾向となっており、貿易赤字が改善していないことを指摘する。
 そして、円安(為替変動)に日本企業はどう対処しているのかという問題について検討する。例えば、為替変動に対して輸出企業はどのようなリスク管理を行っているか、あるいは、国際的な生産ネットワーク拡大に伴い、どのように建値通貨を選択しているかという問題について、「建値通貨別貿易収支(産業別)」のデータを構築して考察するとともに、実際の為替リスク管理に関する企業戦略についてケーススタディを紹介する。グローバルに生産・販売ネットワークを構築する日本企業はドルを中心とする外貨建て取引を行っている。このような通貨戦略のもとで円建て取引を促進することは容易ではないが、円建て取引を行うためには、研究開発投資や設備投資の強化を通じた、輸出製品の競争力向上が不可欠であることを論じる。
 その上で、本稿の課題として、実証分析の成果を含めていないこと、輸入面のさらなる分析が必要であることに触れる。特に、なぜ大企業と異なり、中小企業では円建て取引が中心に行われているのかといった点については、今後の重要な研究課題とする。

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