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PRI Open Campus~財務総研の研究・交流活動紹介~42

フィナンシャル・レビュー「公的統計の最新事情」の見所
責任編集者 宇南山卓教授に聞く


財務総合政策研究所 総務研究部 研究官 正司 貫統
財務総合政策研究所 総務研究部 研究員 上酔尾 昂平

 財務総合政策研究所(以下、「財務総研」)では、年4回程度、「フィナンシャル・レビュー」(以下、「FR」)という学術論文誌を編集・発行しています。今月のPRI Open Campusでは3月に刊行された、「公的統計の最新事情」をテーマとしたFR第159号について、責任編集者を務めていただいた宇南山卓京都大学経済研究所教授にインタビューを行い、どのような問題意識に基づく特集なのか、それぞれの論文の読みどころなどについて、「ファイナンス」の読者の皆様に、わかりやすく紹介していきます。

コラム フィナンシャル・レビューとは
 財政・経済の諸問題について、第一線の研究者や専門家の参加の下に、分析・研究した論文を取りまとめたものです。1986年から刊行を続けており、2022年12月には通巻第150号を迎えました。

[プロフィール]
宇南山 卓
京都大学経済研究所教授
東京大学経済学部卒業後、東京大学にて博士(経済学)を取得。慶應義塾大学、京都大学、神戸大学、一橋大学で教鞭をとり、2020年より現職。専門は日本経済論・家計行動・経済統計。

1.本特集号を企画・編集するにあたっての動機や問題意識
 最初に、本特集号を企画・編集するにあたっての動機や問題意識について教えてください。加えて、宇南山先生に責任編集いただいた2015年3月刊行のFR122号『統計の整合性と家計行動の把握』との関連性についてもお聞かせ願います。
 近年、EBPM(Evidence-Based Policy Making)に代表されるように「証拠に基づく政策決定」の重要性が増してきています。そのエビデンスのベースとなるのは統計であり、統計そのものを正しく理解し、使用できることが非常に重要になります。しかし、統計は現実の経済の複雑さを反映して、複雑な構造を持っています。そのため、一般の政策担当者にとっては、専門的で技術的な論点が少なくありません。このギャップを少しでも埋めるために、政策分析をするために知っておくべき統計制度上の課題を周知し、理解してもらうことが本特集号の問題意識になります。
 2015年に刊行したFR122号も本特集号と同じような問題意識に基づいて企画・編集していて、FR122号は『統計の整合性と家計行動の把握』というタイトルの下、家計部門の統計に焦点を当てたものになっています。具体的には、家計部門の統計間で似たような変数であるにも関わらず動きが異なる変数があり、利用者にとって非常に混乱を招きやすい状況がありました。FR122号は、その不整合がどの統計間で、なぜ発生するのかを明らかにすることを目的に、私の専門分野でもある家計部門のマイクロデータの利用をイメージしながら企画・編集しました。本特集号ではさらに視野を広げ、「統計制度上の課題を解説する」という目的は変えないままに、家計部門にとらわれず企業部門も含めた統計全般の制度を紹介する、ということをテーマにしています。

2.論文全体の構成について
 本特集号においては、企業や事業所、労働、家計消費、所得、外国人の就労、障害者に関する統計等幅広い分野の統計について言及されている点が印象的でした。執筆者を選定された際のこだわりや、構成全体を考える上で工夫したことがあれば教えてください。
 本特集号のテーマは大きく分けて「企業部門」と「家計部門」という2つの柱で構成されています。企業部門の統計は過去15年、20年のスパンで大きな変革期を迎えていて、最近にも大幅な制度変更がありました。その変更を受け、昨年頃に新しい制度下における統計体系が確立しましたので、これを機に新しい統計体系の下で企業行動がどのように把握されているか、その全体像を示したいというのが本特集号で企業部門を取り上げた1つの狙いです。企業部門の統計制度改正の背景や意義については、これまで制度改正を最前線で指揮されていた菅先生に詳しく解説いただいています。
 また、企業部門の統計制度では、「統計によって企業の事業所母集団が異なっている」というのが長年の課題とされてきました。例えば、「日本で何社の企業が活動しているか」という非常に基本的なところにさえ、様々な見方がある状況が続いてきました。その状況を解消するために整備されたのが「ビジネスレジスター(事業所企業母集団データベース)」で、企業部門の統計における全体的な再構成の核になる部分です。このビジネスレジスターの詳細や意義については、総務省の担当者としてその整備に最前線で携わられていた榑松・山下両先生にお願いした次第です。
 次に、家計部門においては最新のトピックを取り上げよう、というのが全体的な狙いです。1つ目のトピックは2019年に発覚した毎月勤労統計の統計不正問題で、実は統計が国の制度に深く組み込まれていて、政策の基礎的な情報となっていることが明らかになる契機となりました。この統計不正問題について、何が起こり、どのような影響が生じ、どのように改善が図られたのかという一連の経緯と、未だ残されている課題について、総務省統計委員会担当室で問題の対応に携わった肥後先生に解説いただいています。
 2つ目は私自身の論文で、2018年から公表が開始されたCTI(消費動向指数)について紹介しています。CTIという比較的新しい統計がなぜ作られるようになったのか、そこからどういう使い方ができるのかについて議論しよう、というのが私の論文の狙いです。
 3つ目は国民生活基礎調査と全国家計構造調査(2019年に全国消費実態調査から改称)間での所得分布の不一致についてです。所得分布から見える「不平等度」については最近少し関心が薄れてきているように感じているので、今一度、最新の統計ではどうなっているのかについて佐野先生に解説していただいています。
 4つ目と5つ目は、外国人と障害者に関する統計の最新の動向についてです。今回クローズアップした外国人と障害者は、従来の統計調査によるデータ収集が難しいとされてきたものの、これからの日本経済において重要な役割を担っていく存在です。それらの統計に関する最近の動向について、それぞれ橋本先生、松本・勇上両先生に解説していただいています。

3.政策担当者や一般読者に伝えたいこと
 まず政策担当者に伝えたいことについてお聞きします。冒頭の問題意識に関する質問で先生も仰っていたように、政策立案の現場では、客観的なデータや証拠を活用し、より効果的で効率的な政策を設計・評価する、いわゆるEBPM(Evidence-Based Policy Making)の重要性が注目されています。
その中で、本特集号のテーマである「公的統計」について政策担当者はどのような点に着目すべきでしょうか。
 政策担当者は、EBPMの観点から実務にあたる際、統計を「客観的、かつ絶対的に先に存在しているもの」として扱い分析する姿勢を取りがちですが、統計は様々な制約のもとで特定の現実社会の一側面を切り取ったものにすぎず、決して絶対的なものではない、ということは理解していただきたいです。そのため、統計がどのように作られていて、どのような限界を抱えていて、どのような情報を本来的に含んでいるものなのかをよく理解しておくことはEBPMの実施には必要不可欠です。とはいえ、それを勉強するのは非常に難しいので、本特集号を、自分が見ている統計にはどんな現実社会が裏側にあって、どの側面を切り取っているのかについて考える機会としていただければ非常に嬉しく思います。

 次に一般読者に伝えたいことについてお聞きします。本特集号を通じ一般読者に向けて伝えたいメッセージはありますでしょうか。
 一般読者の皆さんは、政策担当者よりも統計を絶対視してしまう傾向にあるかもしれません。まずお伝えしたいのは、たとえ不正が何もなかったとしても統計は決して絶対ではなく不確定なものである、ということです。
 また、統計の直面している限界の多くの部分は調査客体である人々の協力にあることも事実で、最終的には人々の情報が集約されてできるものが統計ですから、一般読者の皆さんも自分たちが当事者であると考えていただけると嬉しいです。統計を作る人たちがどんな苦労をしていて、それは我々のどんな行動に原因があるのか。自分たちの生活を良くするためにはどんな情報を提供しないといけないのか。統計はどのように作られ、自分が提供した情報が有効活用されることで、最終的に社会がどのように良くなっているのか。そういったことを知る、実感する機会に本特集号がなればいいなと思います。

 一般読者にとって経済統計は少々マニアックで親しみにくい部分もあるかと思います。宇南山先生がお考えになる、経済統計の面白さとは何でしょうか。
 私が経済統計に興味を持つようになったのは、大学院の時に美添泰人先生(現青山学院大学名誉教授)の研究会に参加し、その薫陶を受けたことがきっかけでした。美添先生の下、家計簿に基づくミクロデータを使用した研究をさせていただいたのですが、家計簿から浮き出てくる人間行動に強く惹かれましたね。その人間行動が経済理論とある程度一致するところがあって、「こんなに人々は合理的なんだ」と感じる一方で、理論では説明のつかないディティールがあったりする。また、ある質問項目に対して答える・答えない、というのにも人間の考え方や行動が表れているのが面白くて、例えばプライバシーに関わるような質問など、「この質問には答えたくない」と自分が思うような質問にはやっぱりみんな答えていませんでした。こうした現象は、直感的には理解できるものですが、それが具体的な数値として示されると非常に説得力がありました。このように、経済統計の面白さは、データを通じて人間の行動が見えてくる点にあると思います。そして、時にそれが合理的だったり合理的でなかったりする、それもまた経済統計の面白さだと考えています。

4.本特集号に関する今後の課題
 最近ではビッグデータ分析における機械学習の活用等、以前よりも「統計」に対する注目度は上がってきていると感じています。本特集号の成果を踏まえつつ、今後「公的統計」がどのような役割を担い、どのように活用されることを期待されていますか。
 ビッグデータはその豊富な情報量から活用が非常に期待されており、一部では公的統計を代替できるのではないか、という声もあります。しかし、本特集を通じてご理解いただきたいのは、ビッグデータと公的統計の間には本質的な違いがあるという点、およびビッグデータを効果的に活用するには、公的統計が提供する母集団情報や正確なサンプリングデータが重要な基盤となるという点です。ビッグデータは特定の企業やプラットフォームが業務上の必要性から収集したデータであり、その性質やカバレッジは公的統計とは大きく異なります。一方、公的統計は統計学的に正確な基盤に基づき、社会全体の動向を把握することを目的として収集されたデータです。ビジネスレジスターがその典型ですが、公的統計が示す全体像があって初めて、特定のビッグデータが捉えている側面、およびそのビッグデータの位置づけの理解が可能となります。確かに公的統計には更新頻度や即時性においてビッグデータに劣る面があります。しかし、社会の構造や動向の全体像を把握するという点で、公的統計の役割は依然として重要です。むしろ、ビッグデータを活用する際には、公的統計の持つ母集団情報等の統計的に正しいサンプリングに基づく情報が不可欠であると言えるでしょう。ビッグデータの活用が議論されると共に、その基盤である公的統計への理解と活用が進むといいなと思います。

 宇南山先生のご専門である、家計行動および消費者行動に関する経済統計の分野に関して、本特集号の成果を踏まえつつ、今後深めるべき、また深めたいテーマについても伺わせてください。
 統計の活用を進める観点から、まず一つは行政機関が持つビッグデータである行政機関の保有情報の活用について議論したいと思います。行政データを統計制度の中でどのように位置づけ、どのような役割を果たせるのかについて議論し整理する作業は少々マニアックではありますが、比較的私に優位のある分野だと思います。この取組を通じ、行政データが利用者にとってより使いやすくなる環境が整備されれば幸いです。
 もう1つは、「家族がどうやって作られるか」についての分析、およびそのために必要な情報の整理に取り組みたいと考えています。家族形成に関する情報は、依然として十分に整備されていない部分があります。特に、結婚や出産の意思決定に関するデータは、少子化問題と密接に関連する非常に重要な領域です。しかし、これまでの家計調査は既に形成された世帯を対象とすることが多く、「家族がどのように形成されたのか」というプロセスに関する情報はまだ十分に把握されていない状況にあります。現状、不足している情報が何で、その把握のために必要なことは何か。その情報を使用して何が分かるのか、これらについて整理・分析することで、少子高齢化・人口減少とも密接に関わってくる「家族形成」というテーマについて深めていきたいと思っています。

 行政データの活用が統計制度の中で果たす役割、というお話がございましたが、現在行政機関が保有しているデータで今後活用していくべきデータとしては具体的にどのようなものがあり、その活用にはどのような課題があるのでしょうか。
 注目すべき行政データの具体例としては、既に活用が進んでいる税務データや税関データ、社会保険料や給付に関するデータ、さらには医療分野のレセプトデータなどがあります。これらのデータをより効果的に活用するには、必要とされる情報をうまく結びつける仕組みが必要です。しかし、日本ではマイナンバー制度に対する抵抗感が根強く、法律的な制約も相まって有効活用が思ったように進んでいないため、行政が持つ情報を有効に結びつけるのが難しいのが現状です。
 行政のデジタルトランスフォーメーション(DX)を進め、医療、介護、年金といった社会保障データを横断的に結合可能とする仕組みが整えば、より包括的な分析が可能になります。ただし、これを実現するためには法改正や国民的合意が不可欠であり、短期的には難しいものの、長期的には取り組むべき課題であると考えています。
フィナンシャル・レビュー掲載の全論文は、財務総研ホームページから閲覧・ダウンロードしていただけます。
https://www.mof.go.jp/pri/publication/financial_review/index.htm

[聞き手]
財務総合政策研究所 総務研究部 研究官
正司 貫統(写真左)
2021年入省。理財局財政投融資総括課、理財局総務課で勤務した後、北陸財務局に出向。帰任後、2024年から現職。(大臣官房総合政策課安全保障政策室安全保障政策係長兼務)
財務総合政策研究所 総務研究部 研究員
上酔尾 昂平(写真右)
2019年西日本旅客鉄道株式会社へ入社。駅業務や支社業務を経て、2023年より現職。

財務総合政策研究所
POLICY RESEARCH INSTITUTE, Ministry Of Finance, JAPAN
過去の「PRI Open Campus」については、
財務総合政策研究所ホームページに掲載しています。
https://www.mof.go.jp/pri/research/special_report/index.html