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PRI Open Campus~財務総研の研究・交流活動紹介~41

・移民と日本社会-データで読み解く実態と将来像


財務総合政策研究所 総務研究部連絡調整係員 後藤 可那子
総務研究部主任研究官  森 友理

 財務総合政策研究所では、財務省内外から様々な知見を有する実務家や研究者等を講師に招き、業務を遂行する上で参考になる幅広い知識や情報を得る場として「ランチミーティング」を開催しています。今月のPRI Open Campus では、2024年10月3日(木)に東京大学社会科学研究所の永吉希久子准教授にご講演いただいた内容を、「ファイナンス」の読者の方々にご紹介します。

「移民と日本社会-データで読み解く実態と将来像」
永吉 希久子 東京大学社会科学研究所 准教授
専門分野は比較現代社会、意識研究、民族関係研究。
2010年大阪大学人間科学研究科博士後期課程修了。2011年東北大学文学研究科准教授を経て、2020年4月より現職。
著書『移民と日本社会-データで読み解く実態と将来像(中公新書)』

 移民と日本社会の関係について、特に経済的な影響に焦点を当てて説明いたします。


1.日本の移民受け入れの状況
 初めに、移民という語を定義する必要があります。日本政府は「移民」の定義を示していませんが、その定義は移民政策に関する議論からうかがえます。岸田前総理や安部元総理は、移民政策に言及する際には、「政府として国民の人口に比して、一定程度の規模の外国人やその家族を、期限を設けることなく受入れることで国力を維持する」政策と説明しています(岸田前総理による2024年5月24日参議院本会議での発言)。つまり移民とは、永住を前提に移住する人を指す語として用いられています。
 しかし現在では、永住意図をもっている人のみを移民とする定義は、学術的あるいは国際的にあまり用いられていません。現実には、短期の滞在のつもりで移住した人がそのまま定住することもめずらしくなく、当初の意図で区別することは困難であるからです。そこで当初の意図や目的を含まない定義が用いられます。たとえば国連の国際移住機関(IOM)では12ヶ月以上自分の国籍国または通常の居住地から移動し、移動先が新たな通常の居住地となっているような人を(長期)移民と定義しています。つまり旅行者などを除き、外国生まれのすべての人が「移民」となります。ただし、日本では出生地に関する統計がありません。そこで統計データを用いる際には、短期滞在者を除き、外国籍者すべてを「移民」として話を進めます。
 現在、日本における外国籍人口は増加傾向にあります。1950年から2022年にかけての外国籍者と日本国籍者の人口の推移をみると、日本国籍者の人口は2009年をピークに減少傾向にある一方で、外国籍者の人口はリーマンショックや東日本大震災による一時的な減少を経ながらも、増加を続けています。社会保障・人口問題研究所(以下、社人研)の人口推計によると、移民を今の規模で受け入れ続けた場合、2070年には日本の外国籍者の人口割合は10%強になるのではないかと考えられています。つまり、日本社会を構成する外国籍者の人口割合は、現在のフランスやオランダ並みになると考えられます。
 現在の日本における移民受け入れの状況について見ていきましょう。日本の在留資格は大きく2つに分類できます。1つは身分または地位に基づく在留資格と呼ばれるもので、永住者、定住者、日本人の配偶者等、永住者の配偶者等、特別永住者が含まれます。これらの在留資格は、配偶者という地位や日系人であるという日本人との繋がり、永住資格により滞在が認められているため、就労に制約がなく、失業しても滞在が可能です。また、生活保護制度の準用も認められています。もう1つは、活動に基づく在留資格と呼ばれるもので、ある活動することを前提に日本に滞在することを認められています。これには、高度専門職を含む専門・技術の分野の就労に関する在留資格、特定技能、技能実習、留学、家族滞在などが含まれています。これらの在留資格は職種等に制約があります。また、職に紐づいた資格では失業によって在留資格の更新ができなくなります。また、生活保護制度からも排除されています。このように、在留資格によってセーフティーネットの有無が異なっています。このことは、経済的影響に違いをもたらします。
 図表1「在留資格別の人口推移」を見ると、特別永住者の人口が減少する一方、就労系の在留資格を持つ人や永住者の人口は増加しています。
 特に技能実習生は2010年から2023年にかけて4倍になっています。また、専門技術系の在留資格の中で最も割合の多い技術・人文知識・国際業務(以下、技人国とする)は2010年から2023年で3倍になっています。つまり、「高技能移民」として位置付けられる技人国と、「低技能移民」として位置付けられることの多い技能実習の両方で人口が増加しています。在留資格の構成割合(2023年6月)は、身分または地位に基づく在留資格と活動に基づく在留資格の人がそれぞれ半数程度であり、後者の中で技能実習など滞在期間に制約がある在留資格の方は16.5%程度いますが、近年ではこれらの在留資格からでも、永住へと至るルートがつくられています。現在の日本はすでに移民を数多く受け入れており、今後も増加傾向となることが見込まれます。

2.移民受け入れの経済的影響
 移民受け入れによる経済的影響について、ヨーロッパやアメリカを対象とした研究をもとに、雇用、GDPや国家予算、社会保障の3つの観点から考察します。
 雇用への影響については、移民労働者がより悪い労働条件での就労を受け入れることにより、自国労働者の労働条件が悪化し、失業率が上昇するという懸念がしばしば表明されます。しかし、こうした影響があるかどうかは、三つの条件によって調整されます。1つ目は、社会保障の利用可能性です。移民の社会保障の利用可能性が下がると、生活のために働かざるを得ないため、留保賃金が減少し、労働条件の悪い職でも働こうとします。結果的に、自国労働者にとっての労働条件の悪化に繋がります。
 2つ目は、賃金の弾力性です。最低賃金が比較的高く設定されている場合、移民を受け入れたことによる短期的な賃金低下は起こりにくくなります(Edo and Rapoport 2019)。しかし、雇用者が自国民を解雇して移民を採用する、つまり雇用が切り替えられた場合には、自国民の失業率は上昇します。
 3つ目の条件がもっとも重要で、移民と自国労働者の技能水準が代替関係にあるのか補完関係にあるのかというものです。諸外国の結果を見ると、移民の受け入れによって、移民と代替関係にある労働者(低技能者、先行の移民)の労働条件は悪化しますが、移民と補完関係にいる労働者は影響がない、または正の影響で賃金が上がっていることがわかります(たとえばOkkerse 2008)。
 第2の影響は全般的な国の経済状況、すなわちGDPや国家予算への影響です。これは理論値に基づくシミュレーションが多く、理論値が正しいのかという点で留保が必要ですが、移民の受け入れは全体的には経済に正の影響になるのではないかと考えられています。OECD諸国のデータを使って、理論値等も組み込み、シミュレーションしたd'Albisら(2019)の研究を見ると、労働者が高齢化していく中で、若い移民たちが労働力を補い、社会全体の労働力率・雇用率を上げることにより、GDPや国庫収支に正の影響を与えるということがわかります。
 この影響は技能レベルにより異なる経路で生じていると考えられます。高技能移民の受け入れによる影響は、イノベーションの進展に起因しています。たとえば高技能移民の受け入れ増加に伴い、特許の出願率も増加するという結果が指摘されています(Wigger 2022; Wright 2024)。他方で、低技能移民の受け入れの経済力に対する正の影響は、 労働コストの低下による利潤の向上によって生じたという知見があります(Brunello et al. 2020; Costa-Fernández & Lodoto 2024)。賃金を下げることで、企業の利益が増え、それに伴い国が豊かになるというものです。ただし、この場合、技術投資は行われにくいことも指摘されています(Lewis 2005)。
 安く労働力が手に入るため、雇用者は技術投資よりも低技能移民の労働力にシフトし、技術投資への注力を行わなくなるのです。しかしながら、いずれの場合でも影響はごくわずかで、移民を受入れることで急激に経済成長することは考えにくいです。
 日本大学の中村教授らの研究チームが行っている日本のデータの分析では、賃金への負の効果は確認されておらず、影響する際には賃金を高めるという知見が示されています(中村ほか 2009)。同時に、低技能移民の受け入れが増加すると技術投資が行われず、その代わりに日本人が高技能へのスキルアップを目指すという傾向も指摘されています。図表2「日本の外国人労働者への依存率」を見ると、食品製造、繊維、飲食、宿泊など、特定技能移民の受け入れが認められている産業が多く、これらはもともと日本人労働者が不足している分野です。このため、現状では移民が日本人労働者と直接競合する可能性は低いと考えられます。
 中村教授らはまた、外国人を雇うことで、特に非熟練・熟練労働者を多く使っている、労働資本率が高い企業が事業を継続するとともに、労働集約的産業で外国人の増加にあわせて新規企業数も増加していることも示しています(中村ほか 2009)。つまり、日本でも移民を雇用してコストを削減することにより、企業が利潤をあげ、事業を継続・発展させることが可能になっていると考えられます。
 第3の影響は社会保障に対しての影響です。移民の受け入れが経済に正の影響を与える状況は、いずれも受け入れた移民が働くことにより生じるメリットですので、働けない状態になると、そうしたメリットは生じず、社会保障を利用することで経済的には負の影響が生じる可能性があります。また、社会保障に関しては、移民が福祉制度に依存する「福祉のマグネット」現象への懸念もあります。後者についての実証研究は、移民が福祉を目的として移動する事例は少なく、多くの場合は労働意欲を持って移住していることを示唆しています。たとえばアメリカにおける州ごとの政策方針の違い―移民に対して健康保険の利用を認めるという方向に切り替えた州と切り替えない州―が移民の移動に与える影響を検証したところ、社会保障の利用による移動は生じませんでした(Rigzin 2024)。仮に福祉利用が多い場合でも、それは移住後に職を得られなかった結果であり、最初から依存目的で移住するケースは少ないと考えられます。日本では就労と紐づいた在留資格を持つ移民に対する福祉利用の規制が厳しいこともあり、福祉目的の移住はあまり起こらないと考えられます。他方で、後で見るように、移民が柔軟な労働力として活用されることで、結果としての福祉依存は生じる可能性があります。次に、この点を考えるため、日本における移民の経済統合について見ていきます。

3.日本における移民の経済的統合の状況
 移民の統合に関する古典的な経済的同化モデルでは、移民は移住すると一時的に社会経済的地位が下がると考えてきました(Chiswick 1978)。本来持っているスキルを生かせず、以前とは異なる仕事に就いたり、失業を経験したりすることがあるからです。しかし、受け入れ社会でスキルや言語能力、ネットワークなどを獲得していくことで、最終的には経済的統合を達成していくと考えられています。
 ただし、移民が徐々にその社会に適応し、自国民と同じような仕事に就けるようになるという状況は、必ずしもすべての国で成り立つわけではありません。経済的同化モデルでは、スキルが向上したり、その国に馴染んでいくことで、それに応じて仕事を見つけたり、就職したりすることが想定されていますが、これは一概には言えない部分もあります。例えば、日本のように労働市場が分割されている場合には、必ずしも移民が経済的地位を向上させられるとは限りません。「労働市場が分割されている」とは、次のような状況です。安定し、スキルを身につける機会があり、賃金も上がっていくような職から構成される第一次労働市場が存在する一方で、不安定で低賃金、かつ訓練の機会もない職から構成される第二次労働市場が存在しており、これら2つの市場間を行き来することが難しいという状況で、これが「二重労働市場」と呼ばれます。日本を例にすると、正規雇用は第一次労働市場に該当し、非正規雇用は第二次労働市場に位置づけられます。非正規雇用から仕事を始めた人が、たとえば10年間頑張って、正規雇用に移行できるかというと、必ずしもそうではありません。そのため、労働市場が分断されていると考えられています。移民は、受け入れ国の法律や労働市場の仕組みについての知識不足や仕事を探す余裕がないことから、すぐに働ける仕事を選ぶ傾向があり、結果的に第二次労働市場に入りやすいとされています。そのため、滞在が長期化しても、安定した市場へ移行するのが難しくなるという状況が指摘されています。
 日本における移民の地位は、スキルレベルや在留資格などに応じて階層化されており、分割された労働市場に組み込まれていると考えられています。具体的には、いわゆる「高度人材」と呼ばれる移民は第一次労働市場に入ることができますが、それ以外の移民、例えば日系南米人や技能実習生は、第二次労働市場に振り分けられる傾向があるとされています。このことは国勢調査からも確認できます。ただし、国勢調査では在留資格は尋ねられていないため、代わりに国籍を用いたいと思います。図表3「国籍別マニュアル職の割合」を見ると、東南アジアや南米国籍の人たちは、日本人に比べてマニュアル職につきやすい一方で、欧米やインド国籍の人たちは、マニュアル職の仕事にはつきにくく、専門職に集中する傾向があります。非正規雇用割合で見ると、国籍を問わず、日本人よりも高い割合になっています。失業率では、南米国籍の方たちが突出して高く、日本人と比較して3倍以上になっています。東南アジア国籍者は、非正規になりやすい傾向がある一方で、失業状態になることは少なくなっています。
 これは、在留資格の違いが深く関係しています。例えば、ブラジルやペルー国籍者は日系の人が多く、身分または地位による在留資格を持っているため、たとえ仕事がなくても日本に滞在し続けることが可能です。また、配偶者も定住者の在留資格を持っていれば、就労に制限はないので、配偶者が働いて生活を支えつつ、仕事を探すということもできます。一方でインドネシアやベトナム国籍者は、技能実習や特定技能の在留資格割合が高くなっています。このような在留資格を持つ人たちは、仕事を失うと日本に滞在し続けることが難しくなるため、現在の地位で働き続けざるを得ない状況に置かれています。このような背景が、現在の状況につながっているのではないかと考えられます。
 賃金の面での統合について、移民と日本人の賃金を比較した図表4「日本人の賃金を1とした場合の外国籍の賃金」を見てみます。これは、日本人の賃金を「1」としたときに、外国人労働者の賃金が何倍になるかを示したものです。モデル1は都道府県間の差だけを統制した結果、モデル2は年齢、性別に加えて、学歴、勤続年数といった人的資本に関する要素を統制した結果、モデル3は企業規模、産業、雇用形態を統制した結果を示しています。専門技術分野の在留資格を持つ移民の場合、日本人との賃金差はほとんどなく、勤続年数を考慮すれば、さらに差が小さくなることがわかります。一方で、身分や地位に基づく在留資格を持つ移民の場合、人的資本の要素を統制しても賃金は日本人より14%ほど低いことが確認されています。ただし、企業規模や産業、雇用形態を考慮すると、その差はなくなるため、低賃金職や非正規雇用に集中していることが賃金差の要因と考えられます。技能実習生については、さまざまな要素を統制してもなお、日本人より10%ほど賃金が低く、非常に不利な状況に置かれていることが示されています。
 以上から、日本にいる移民は次の3つのグループに分けられると考えられます。1つ目のグループは、高技能移民です。このグループは東アジアや欧米出身の方々を中心とし、日本人との賃金格差が小さく、非正規雇用の割合も比較的低い傾向にあります。2つ目のグループは高技能移民を除く身分系移民です。このグループは就労に制約がありませんが、高い非正規雇用率と失業リスクに直面しており、日本人との間に中程度の賃金格差があります。主に南米出身者や日本人の配偶者が中心となっています。
 3つ目のグループは技能実習生です。このグループは3~5年と滞在期間が定められているため、有期雇用となり、非正規雇用に位置づけられます。また、日本人との間に大きな賃金格差があります。このグループは東南アジア国籍の方々が中心です。これら3つのグループは日本の労働市場における地位が異なり、それぞれの受け入れ拡大が異なる経済的影響をもたらすと考えられます。
 たとえば失業率や非正規雇用率が高い傾向にある第二グループの移民が雇用状況の改善のないままに高齢化した場合、十分な年金を受けとれず、生活保護を利用せざるを得ない可能性が考えられます。現状では移民は若・壮年層に偏っており、社会保障の「担い手」としての側面が強いと考えられます。ただし、彼らが高齢化したときに十分な年金を受け取れるかどうかについては不透明です。この点については、今後、より詳細な分析が必要になります。

4.低技能移民の経済的統合
 第二グループの移民について、将来、特に老後に厳しい状況に置かれる可能性があるという説明をしました。その理由は、このグループの移民が第二次労働市場に属していると考えられるためです。さまざまな統計データを用いた南米出身移民の就労に関する研究(Takenoshita 2006; Cornelius et al. 2003; 稲葉・樋口 2010)によると、たとえ日本語スキルを習得しても、一度非正規雇用で働き始めた南米移民が正規雇用に切り替えることは非常に稀であることが分かっています。非正規雇用で働き続けているために、リーマンショック時には大量解雇に遭うなど、非常に高い失業リスクにもさらされてきました(樋口 2010)。南米移民に限らず、広く移民について分析したデータを見ても、非正規雇用から働き始めた人が、それを抜け出すことはほとんどありません(永吉 2021)。このため、非正規雇用の移民を今後どのように支援していくのかが、非常に重要な課題になると考えています。
 「低技能」移民という呼び方をされたとしても、こうした移民は必ずしもスキルが不足しているわけではありません。移民の移住前後の職業状況を比較すると、南米移民は、出身国ではブルーカラー職に就いている割合がほとんどないにもかかわらず、日本では概ね全員がブルーカラー職に従事しているという結果が出ています(竹ノ下 2005)。つまり、南米移民はスキルがないわけではなく、スキルを持ちながらもそれを活用できず、不安定なブルーカラー職で長期間働き続けている状況にあると考えられます。
 南米移民はリーマンショック時の失業と日本政府による帰国奨励政策の結果、大きく減少しており、現在、日本の低技能職で働く移民の中心を占めているわけではありません。現在の中心は、技能実習生や特定技能の人たちです。技能実習生の労働条件の悪さは制度上、原則として就労先を変更できないことに起因していると考えられます。しかし、特定技能に移行することで、同一職種であれば、勤め先を自由に変えることが可能になります。この制度変更がうまく機能すれば、ある程度安定した地位を得られる可能性があります。特定技能に移行した場合、賃金が改善するのかについては、社人研の是川先生がすでに分析を行っています。その結果によれば、技能実習生は日本人と大きな賃金格差がありますが、同じ職場で特定技能に切り替えた場合、日本人との賃金格差が解消されるという結果が示されています(是川 2023)。一方で、特定技能に切り替えた際に、職場を移動した場合には、こうしたメリットは見られませんでした。少なくとも、同じ職場で特定技能に切り替えた場合には、雇用主に対して「いつでも辞めることができる」というプレッシャーをかけられるようになるため、賃金や労働条件の見直しが行われ、ある程度条件が改善する可能性があります。今後、技能実習制度は廃止され、育成就労制度に変更されることが予定されています。これらの制度変更により、労働条件が改善された場合、低賃金労働者の確保がもたらす技術投資の抑制も緩和されるかもしれません。

5.高技能移民の経済的統合
 高技能の移民に関しては、イノベーションをもたらし、経済的にプラスの効果を生み出すことが期待されています。しかし、こうした効果が期待できるのは、高技能移民がその能力を発揮できるような職を得ることが前提です。これは必ず達成できるわけではありません。
 高技能移民が高い学歴やスキルを持って移住しても、移住先ではそれが正当に評価されず、差別を受けることがあります。例えば、ナイジェリアの名門大学を卒業したとしても、雇用主が正当に価値を認めず、「アフリカ出身だから」という偏見で低く評価することもあります。このように、他国で得たスキルが移住先で十分に生かせないことを、「スキルの移転可能性が低い」といいます。また、移民政策が事前の雇用契約を滞在許可の要件としていない場合、移民は入国後に職探しをしなければなりません。そうした中では、当面の生活を維持するために、どのような仕事でもとりあえず就いてしまうということが起こりやすくなります。
 また、イノベーションをもたらすような高技能移民を自国に呼び、定住を促すことができるかという課題もあります。現在、多くの国が高技能移民を積極的に受け入れ、自国に大きなメリットをもたらすことを期待しています。この中で、高技能移民を引き付けることができるかは、移民政策だけではなく、国内の所得格差にも影響をうけます(Clarke et al. 2010)。高い能力とそれに見合った水準の賃金が欲しいという強いモチベーションを持つ移民ほど、賃金格差が大きい国を選ぶ傾向があります。つまり、成功したときに得られるリターンが大きい国が選ばれやすいのです。その結果として、アメリカのように賃金格差が大きく、能力が高ければ高報酬が得られる国が選ばれる一方で、たとえ良い移民政策を導入しても、移民から見てリターンが少ないと感じられる国には、優秀な人材が集まりにくくなります。
 日本における高技能移民の状況を見ると、その技能が十分に活用されているとは言えない状況があります。賃金構造基本統計調査をもとに、専門・技術分野の在留資格を持っている人たちの職種を調査したところ、専門職に就いている人の割合は半数にとどまっています(Nagayoshi 2024)。つまり、専門・技術分野の在留資格を持ちながらも、残りの半分の人たちは専門職ではない仕事に従事しているのです。また、留学生は高技能人材の予備軍と位置付けられることが多いですが、卒業後に就労系のビザに切り替えて日本で働く場合、どのような職に就いているのかを見てみると、調査研究や技術開発、情報処理・通信技術といったイノベーションに関連する分野で働いている人は全体の15%程度です(出入国管理庁 2023)。この背景には、留学生の半数から6割が人文科学や社会科学を専攻しているという現状があります。そのため、欧米における研究で想定されているような、システム分野で活躍し、イノベーションを生み出す移民と、日本の「高技能外国人」の姿は重ならない状況にあるといえます。
 そもそも日本では、専門職において専門スキルが本当に評価されているのか、はっきりしない部分もあります。専門職で働く移民を採用する際も、専門スキルの高さよりも、日本語能力が高いことや、日本の仕事のやり方を理解していることが重視される傾向があるようです(Tseng 2021; 松下 2022)。また、IT技術資格の国際的な相互承認制度はスキルの移転可能性を高めますが、その制度自体が知られておらず、他国で取得したIT技術資格の有無が重視されないという現状も指摘されています(村田 2020)。高技能移民は「日本で働くことはスキルの喪失だ」と考えており、長期的に日本に滞在したいとは思っていないとの知見もあります(Tseng 2022; Liu-Farrer 2023)。一方で、日本での雇用の安定性を重視する人々が、日本に長く暮らしたいと考えるケースが多いことも示されています(Liu-Farrer 2023)。つまり、高いスキルを持つ移民を獲得できたとしても、その定住は抑制されています。こうした状況が改善しない限り、高技能移民の受け入れも大きなメリットをもたらさないでしょう。

6.まとめ
 これまで見てきたように、北米やヨーロッパで行われた研究結果では、移民の受け入れは概ね肯定的な経済効果を持つとされています。移民の受け入れにより労働力が確保でき、高技能移民であればイノベーションも期待できます。移民労働者と競合する労働者については労働環境が悪化する可能性がありますが、これについても最低賃金を引き上げることで緩和可能であると指摘されています。一方、日本では移民の受け入れが労働環境を悪化させるという結果は出ておらず、指摘されているネガティブな影響は低技能移民の受け入れによる技術発展の抑制にとどまります。労働力人口が減少していくことを考えれば、それを補うという面でプラスの効果が期待できます。しかし、現在の移民労働者の雇用の在り方を続けていれば、それを超えた追加的なメリットは小さく、長期的にはデメリットが生じる可能性も考えられます。
 特に、移民を雇用の調整弁として便利に使い続けることによって、移民が高齢期に経済的リスクを抱えることが懸念されます。また、親の不安定な経済状況は子ども世代の学業継続にも影響し、高校中退率が高くなるという研究結果もあります(石田 2020)。このように、現在の移民の雇用の在り方は、世代を超えて長期的にネガティブな影響を与える可能性もあります。
 移民の受け入れは、雇用、経済、社会保障など多方面に影響を及ぼします。高技能移民と低技能移民のどちらを受け入れるかによって影響は異なりますが、いずれの場合も適切な政策設計が求められます。とりあえず足りない労働力を確保する、優秀な人を呼んでくる、という場当たり的な受け入れを超えて、移民が日本で十分に力を発揮できるようにするための社会の仕組みを考える必要があります。

「ランチミーティング」講演資料は、財務総研のウェブサイトからご覧いただけます。
https://www.mof.go.jp/pri/research/seminar/lmeeting.htm


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財務総合政策研究所
POLICY RESEARCH INSTITUTE, Ministry Of Finance, JAPAN
過去の「PRI Open Campus」については、
財務総合政策研究所ホームページに掲載しています。
https://www.mof.go.jp/pri/research/special_report/index.html