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2.財政投融資の抜本的改革について

2.財政投融資がこれまで果たしてきた役割と問題点


(1)  財政投融資がこれまで果たしてきた役割
      財政投融資は、郵便貯金や公的年金の積立金など国の制度・信用に基づいて集められ
    た各種の公的資金を原資として、政策目的実現のために行われる政府の投融資活動であ
    り、我が国の高い個人貯蓄率の下で、中短期の貯蓄を長期・固定資金に変換することに
    より、国内の貯蓄を社会資本整備等に効率的に活用する財政政策手段として、我が国の
    経済発展に貢献してきた。

(2)  財政投融資の機能
      経済全体の成熟化、市場機構の整備に伴い、民間部門の対応力が向上していることか
    ら、政府の役割も、高度成長期と同一のものではありえず、見直しが必要となっている。
      このような状況の下において、財政投融資はその役割を終えたという見方もあり、財
    政投融資制度は廃止すべきであるとの指摘もみられるに至っている。また、そもそも政
    府が融資活動を行うことについて、将来資金が返ってくるかどうかを見通す必要がある
    がそれは非常に難しく、また、失敗したときの責任を政府に問うことは難しいので、あ
    るべき姿を議論すれば財政投融資はない方がよく、例外的に行うとしても極力小さな規
    模のものとすべきであるという意見も存在する。
      財政投融資の役割、必要性について根本から問い直してみると、従来型のままの財政
    投融資については、その役割は相当程度失われてきているという指摘もある。
      しかしながら、財政投融資については、財政政策の中で有償資金の活用が適切な分野
    に対応するという基本的な役割、必要性は将来においても残ると考えられる。ただし、
    その具体的役割は、社会経済情勢の変化等に応じ、変わっていくことが必要である。
      財政投融資について改めて整理すると、次のような機能になると考えられるところで
    あり、その仕組みについては、後で述べる問題点を踏まえた抜本的な見直しが必要であ
    る。
      なお、国民による公的活動に対するコントロールは、現在、十分適切に行われている
    とはいい難いが、財政投融資は貸付の残高を有し一定期日ごとの利払いを必要とする仕
    組みであることから、今よりも優れた工夫を行うことで金利負担なども明示されるので、
    うまく利用すれば財政活動にコスト意識を持たせることもでき、かえって国民による公
    的活動に対するコントロールを強めるための手段となりうるとの意見もあった。

      また、21世紀を展望すると、金融システム改革が現実のものとなることにより財政
    投融資の役割は変化するが、経済・社会システムにおける構造変化を踏まえ、高齢化社
    会の一層の進展、通信技術の発展、地域の活性化の必要性に対応した財政投融資の新た
    な役割が生じてくるとの意見もあった。

    1  社会資本などの提供
        財政は、その資源配分機能の一環として、市場メカニズムになじまない分野等にお
      いて、社会資本などの供給を行っている。
      (注)ここで、社会資本とは公共財としての社会資本を意味する。公共財とは、a)消
          費の排除費用(無断で消費されないようにするために必要となる費用)が大きい
          か、b)集合的消費の混雑費用(多数の受益者が同時に消費できるようにするため
          に必要となる費用)が小さいという、二つの条件の少なくともどちらか一方が成
          立しているものをいう。なお、消費の排除費用が小さければ受益者負担として受
          益者から対価を徴収できるし、混雑費用が大きければ受益者は少数になる。
        この供給に当たり、民間による供給のみには頼れない分野に限定すべきことは当然
      であるが、その負担を誰に求めるかについては、大別すると三つの方法がある。
        第一の方法は、現世代の負担である租税収入で賄うことである。ただし、その時点
      での社会資本ストックの整備の状況によっては、この方法のみによって社会資本を整
      備することとすると、現世代の租税負担が受益に見合わないほど大きくなり、または、
      将来にわたって必要な社会資本の整備が進まないといった弊害が生ずるおそれがある。
        第二の方法として、社会資本の整備に当たっては、将来世代の一般的な受益と考え
      られる範囲内で、将来世代一般に負担を求める公債金収入を用いるということが行わ
      れる。以上の二つはそれぞれ現在又は将来の納税者に負担を求めるものであり、典型
      的な政府活動にみられる。
        一方、民間活動では、受益者の特定が可能であり、その受益者が財・サービスの対
      価を支払うことにより、資源の最適配分が可能となっているが、仮に、このような市
      場メカニズムを活かした政府活動を行うことができるとすれば、政府活動が資源配分
      上に与える影響を少なくすることができる。
        そこで、第三の方法は、受益者に負担を求めることが比較的容易な社会資本(例え
      ば、有料道路)などについて、将来の元利払いが必要となる有償資金でその整備・供
      給を行い、その供給後、受益者にその受益に見合った負担を求め、これによって生ず
      る収益から元利の償還を行うものである。
        この第三の方法を第一、第二の方法と組み合わせて行うことによって、租税負担に
      全面的には依存しない形での社会資本などの提供が可能となる。
        この第三の方法は、受益者負担を求めるべき政策分野のほか、住宅、中小企業、農
      業など自助努力が期待される政策分野にもふさわしいものであると考えられる。すな
      わち、政策の対象に単に補助金を与えるよりも、融資を行うことによって政策目的の
      実現に誘導する方が、相手方の自助努力を引き出すことができ、政策効果も高い場合
      が存在する。このような場合についても、有償資金の活用が適切と考えられる。

    2  外部経済等への対応
        財政が、外部経済などを理由とする市場の失敗に対して市場による資源配分を政策
      的に修正し、誘導する場合については、一般的には税制や補助金が用いられるが、そ
      のほか、政策金融を用いることによって、その修正・誘導を効率的に、かつ、低コス
      トで行うことが可能となる場合がある。これも、財政政策の中で有償資金の活用が適
      切と考えられる分野である。
        例えば、環境汚染防止設備に対する投資は、投資者がすべての効果を享受するわけ
      ではなく、環境の改善として周辺の住民等に良い影響を与えるが、その収益性は、通
      例、生産設備等に対する投資に比べて低い。したがって、このような設備は、外部経
      済性のために市場だけに任せていれば過少供給されるため、何らかの政策誘導が必要
      とされる場合がある。また、奨学金のように、国が国民に対し教育を受けることを人
      的資本への投資として政策的に奨励する場合もある。
        このような場合、環境汚染防止設備に対する投資を行おうとする者や、教育を受け
      ようとする者に対し、政府系金融機関等を通じて、長期の資金を民間金融機関の金利
      よりも低い金利で融資することにより、外部経済をもたらす財等への投資を奨励・誘
      導することが考えられる。
        この奨励・誘導に当たっては、民間金融と補助金の組合せで同様の政策効果を狙う
      ことも可能であるが、政策金融を用いた方が、国の信用による金利水準での資金調達
      が確保されるという意味で効率的であり、政策コスト(国民負担)が軽減される場合
      がある。
        また、補助金を交付する方法による場合には、どの程度の外部経済性(上記の例で
      いえば、環境汚染防止効果)を持った投資についてどこまで優遇するかといった点に
      ついて、多数の民間金融機関ごとに、また、個々の事例ごとに判断が区々にならない
      ようにモニターする必要があり、そのためのコストが政府系金融機関の維持コストよ
      りも高くなるおそれがある。
        なお、金融機関にとっては、審査基準を緩くすれば、より多くの事例について利潤
      の保証されたビジネスが得られることとなるというモラルハザードが生じうることに
      も留意する必要がある。このことは、民間金融機関の与信に対して政府が保証を付け
      る場合に、より顕著になる。
        このように、市場の失敗は確かに存在するものの、政府の失敗、政治の失敗にも配
      慮し、政府の失敗、政治の失敗にどのような歯止めを用意するか、という視点も重要
      である。
        また、いかなる政府活動といえども、多角的に機会費用などを含めたコストを考慮
      する必要もある。
        さらに、民間金融機関と政府の専門的技術(エクスパティーズ)の差も考慮されな
      ければならない。なお、新規分野に政策的関与を行う場合に政府系金融機関の活動が
      許されるのは、官民の金融機関における審査能力の蓄積などを検討した結果、政策コ
      ストが軽減されるものと認められる場合のみに限られるべきであるという意見があっ
      た。

    3  長期・固定資金の供給による民間金融市場の補完
        市場の失敗のもう一つの例として挙げられるのが、「完備されない市場」(十分な
      機能を果たしていない市場)のケースである。民間金融市場においては、情報の非対
      称性や将来のリスクプレミアムなどにより長期間(概ね10年超)の固定金利資金の
      供給は極めて限られており、少数の先進国政府あるいはこれらに準ずる最高位の信用
      格付を有する発行体だけが市場の好機をとらえて債券を発行できる程度である。この
      ことは我が国の市場に特有の現象ではなく、最も先進的な金融市場と一般的に認めら
      れている米国債市場やユーロ債市場においても同様である。
        他方、大規模で、かつ、投資採算がとれるまでの予定期間(懐妊期間)の長いプロ
      ジェクトや、住宅金融等のように小規模ではあっても借り手にとって相対的に大きな
      プロジェクトを実施する際には、借り手にとって将来における金利上昇リスクをとら
      ないで済む金融に対する需要は、根強いものがある。
        政策金融機関への融資を通じて、広く国民に、政策的に必要と考えられる分野にお
      いて、市場では供給の困難な長期・固定金利の資金を供給することも、財政投融資の
      大きな機能である。
        ただし、この機能を果たすに当たっては、民間金融市場が現状のまま推移するので
      はなく、金融システム改革を控えて、大きな発展が見込まれることに留意しなければ
      ならない。この意味で、民間金融市場や民間金融機関の役割・機能が拡大していくに
      つれて、政策金融のあり方は、不断に見直していく必要があり、政府は、規制緩和等
      を進めることにより、民間金融市場の機能が一層充実するように、最大限の努力を行
      うべきである。
        また、金融技術の進展の成果を活かすために、民間金融機関の諸活動のリスクを公
      開市場での証券取引・証券化によって軽減できるような環境整備を考えるべきである。
        さらに、比較的長期の資金について、民間金融機関では供給が困難である一方で、
      政府部門では長期性の負債を有することから供給が可能であるとしても、安易に行う
      ことはリスク管理の観点から適当ではなく、また、その供給は民間金融の補完が必要
      な分野に限定されなければならない。

  (注)財政投融資の機能について、次のような意見があった。
        財政投融資による政府の介入が正当化されるのは、市場の失敗が存在する場合に限
      られる。
        市場の失敗を是正する目的で投融資を行う場合、
      1  投融資の元利返済というコストを受益者負担で回収できる場合、
      2  投融資のコストが受益者負担で回収できないだけでなく、社会的利益全体も投融
        資のコストを下回る場合、
      3  投融資のコストは受益者負担で回収できないが、投融資に伴う社会的利益全体は
        投融資のコストを上回る場合、
      の三つの場合が考えられる。
        このうち、
        1の場合、民間でも実施可能であり、政府が事業を行うべきではない。
        2の場合、投融資に社会的価値がないことから、政府であってもその事業を行うべ
      きではない。
        3の場合、社会的に価値があるが、民間だけではできないため、政府が行うことに
      意味がある。
        もっとも、3の場合であっても、「民間でできることは民間に委ねる」観点から、
      政府の直接融資に限らず、民間金融に対し政府が保証を付ける等の手段により支援す
      ることが望ましいケースもある。

(3)  財政投融資に関する問題点の整理
      既にみたように、今後の我が国にとって、一定の範囲で有償資金を活用する政策手段
    の必要性はあるとしても、その現在の仕組みを引き続き維持することについては様々な
    問題があると考えられる。
      公的資金の統合運用を柱とする現行の財政投融資の仕組みは、市場経済が格段に発展
    してきた後も、基本的に変わっていないため、近年の環境変化の中で、現行の財政投融
    資については、多くの問題点が生じており、それらを整理すると以下のようになると思
    われる。
      このような問題点は、財政投融資の部分的見直しでは解決できないものが多く、制度
    ・運営の全般にわたる財政投融資の抜本的改革が是非とも必要である。

    1  資金調達面からみた問題点

    (資金の受動性からくる問題点)
        郵便貯金や公的年金の積立金など国の制度・信用に基づいて集められた資金は、こ
      れまで資金運用部への全額預託義務が課され、資金運用部において統合的に管理・運
      用されてきた。
        しかし、こうした資金の統合管理・運用という仕組みは、現在、次のような問題を
      引き起こしている。
        第一には、財政投融資の規模の肥大化である。各年度の財政投融資計画の出口の伸
      びと郵便貯金等の原資の伸びとの間には、必ずしも直接の関係はなかったことは跡付
      けられているものの、資金が豊富にあれば、財政投融資の対象となっている特殊法人
      等は財政投融資資金を安易に要求し、審査も甘くなるおそれがある。このように、財
      政規律が緩み、結果として出口の規模の肥大化を招いた面は否定できないと考えられ
      る。
        第二には、短期運用の増大である。財政投融資においては、入口の預託額が出口の
      必要な金額を超えれば、この差額は市場で国債などへ短期運用することになる。現在
      の仕組みを維持する場合、今後、財政投融資計画の規模がスリム化されていくと、短
      期運用額が増大することになる。その際、短期運用が増大すれば、運用リスクがそれ
      だけ高まるとともに、資金運用部の短期運用がマーケットトークの材料とされ、また、
      公的資金が民間金融市場を歪めているといった批判も強まるという意見があった。
        こうした問題は、資金運用部が能動的な資金調達手段を持たず、出口の資金需要に
      応じて資金受入額を自律的にコントロールできないというシステムに起因していると
      考えられる。

    (金利設定の問題点)
        現在、資金運用部への預託金利は、国債の金利その他市場金利を考慮するとともに、
      郵便貯金事業の健全な経営の確保や年金事業の財政の安定等預託者側の事情に配慮し
      て、政令により定めることとされている。
      具体的には、7年以上の預託について10年利付国債の表面利率を基準に金利が付さ
      れているため、預託金利の水準はほぼ恒常的に市場金利を上回るものとなっている。
      さらに、低金利下においては、預託金利は、10年利付国債の表面利率を基準としつ
      つも、預託者側の事情、特に年金財政に配慮して、表面利率に一定の上乗せをした設
      定となっている。
        このため、預託金利と同一水準に設定されている財政投融資の貸付金利は、その分
      だけ割高となり、各機関における調達コストが引き上げられ、場合によっては、各機
      関に対する一般会計からの補給金等が増加することにもなっているという指摘がある。
        いずれにしても、現在の仕組みにおいては、預託金利及び貸付金利の水準を十分に
      市場と連動した水準とすることができず、また、変更のタイミングについても政令改
      正という手続きが必要なため機動性を欠くこととなっている。
        また、最近、年金については、金利水準の低下に伴い、預託に当たって市場金利よ
      り有利な利回りを確保すべきであるとの主張がなされることがあるのに対し、郵便貯
      金については、民間金融機関とのイコールフッティングの観点から、より一層市場金
      利に連動すべきであるといった指摘がなされている。さらに、そもそも郵便貯金や年
      金といった性格の異なる資金を一緒に集め、同じ金利を付すことは矛盾であるという
      批判も見受けられる。
        実際、郵便貯金や年金といった資金を一律に扱っていることから、収支面では比較
      的余裕のある郵便貯金に対しても年金と同様の配慮をすることとなるため、郵便貯金
      特別会計の黒字が増大することにもなるという指摘がある。
        預託金に付される利子は、公的資金として適正な利回りを確保しうるものでなけれ
      ばならないが、預託者側の事情を個別に勘案して、それぞれ異なる金利を設けること
      は困難である。財政投融資の仕組みの中で、年金財政への配慮を金利面で行うことは
      市場原理に反すると考えられる。
        この問題は、結局のところ、年金積立金等に預託義務を課していることから金利面
      で配慮せざるを得ないこと、また、すべての預託金に対して一律に配慮する結果とな
      ることに起因しており、金利設定については、今後、市場原理を貫徹させることが求
      められる。

    2  資金運用面からみた問題点

    (財政規律面の問題点)         財政投融資は、財政政策上の目的を達成するために投融資という手法を用いるもの
      であるが、政策コストを十分に分析しないままに融資という手法が用いられたため、
      国鉄清算事業団及び国有林野事業特別会計に対する財政投融資など、当面の財政負担
      の軽減となり、結果として後年度の負担の増大を招いたと考えられる例が指摘されて
      いる。
        今後の財政投融資については、このような財政負担の先送りに用いられることとな
      ってはならず、後に述べるコスト分析手法の導入などにより、財政投融資に伴う将来
      の財政負担については、政策決定の際に国民に対してディスクローズされるように改
      めていく必要がある。
        また、これまで郵便貯金、年金などの新規の預託が順調に増加してきたこともあり、
      政府が景気対策などのために公的支出を増大させる必要が生じた際に、財政投融資は
      一般会計予算に比べて財源面での制約が小さかったことから、結果的に財政投融資の
      対象となっている特殊法人等に対する安易な貸付が増大し、財政投融資の肥大化を招
      いたのではないかとの意見がある。
        今後、財政投融資が景気対策などのために安易に利用されることがあってはならず、
        その対象については、有償資金の活用が適切な分野に厳しく限定される必要がある。
      このことは、将来の財政負担を抑制し、財政の健全性を確保するという観点からも重
      要なことである。

    (長期・固定金利に伴う問題点)
        資金運用部の貸付金利については、貸出期間にかかわらず一律の金利となっている
      ことから、借入側にとっては、プロジェクトの採算性が低い場合などにおいて、借入
      期間を長くすることにより単年度の元本返済額を小さくしようとするインセンティブ
      が働きやすいという問題がある。
        また、財政投融資は、長期・固定の資金を供給しうることがその特長の一つである
      が、最近の低金利情勢の下では、過去の高金利時に借り入れた資金運用部資金につい
      て繰上償還を認めるべきであるという主張がなされることがある。資金運用部は、で
      きるだけ低利の資金を供給するため、貸付金利と預託金利を同一とし、利ざやをとら
      ずに長期・固定の貸付を行いつつ収支相償うように運営されており、借り手の負担軽
      減のためのコストの転嫁を受け入れる余地はない仕組みとなっている。しかしながら、
      一律に長期・固定金利による貸付を行っていることからこうした問題が発生している
      ことは確かであり、貸付金利のあり方についても見直しが必要であると考えられる。




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