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公的債務再編*1を取り巻く環境とIMFの役割・課題


国際通貨基金エコノミスト 小池 孝英


はじめに
2020年10月からIMFに勤務し、SPRのDebt Policy Division(SPRDP)において、国際的な債務に関するルール作りや個別の債務案件に従事してきた。勤務開始時はパンデミックの真っ只中であり、100%自宅から仕事をするという特殊な環境であったが、コロナ下におけるIMFの仕事、その中でも債務関係の仕事は忙しさを増すばかりであった。私自身も勤務した当初からG20のDebt Service Suspension Initiative(DSSI)*2の2回目の延長に携わらせてもらったが、その後もDebt Limit Policy、LIO/LIOAのレビューやMAC DSFの改訂など、IMFに関連する国際的な債務制度が大きく変わっていった数年間だったように思う*3。また、コロナ下において、メンバー各国が財政や国際収支の悪化に苦しむ中、緊急的な融資を含むIMFプログラムの数も急上昇していった。その中でも、個別国に関する案件として、「公的債務の再編」は、債務政策に大きなインパクトがあると同時に、何よりも債務国やその国民に大きな爪痕を残す。SPRのエコノミストは、通常は地域局等から上がってくるレポートやその内容を審査(レビュー)する立場にあるが、同時に一つのカントリーチームの中のエコノミストとして働くことも求められている。私自身も、カントリーエコノミストの一員として、債務に大きな問題を抱える2つの個別国を担当する中で、公的債務再編の現場に携わってきた。もちろん個別国に関わる内容はここでは控えるが、こうした経験を踏まえながら、パンデミック後の世界で喫緊の課題となっている公的債務の再編について、現在の状況やその難しさ、また公的債務再編に関するIMFの役割や課題等について簡単にまとめていきたい。

国際的な債務環境
パンデミック後の世界において、大きく爪痕を残しているものの一つとして公的債務の上昇が挙げられる。これは日本に限った話ではない。2020年において、世界の平均的な公的債務対GDP比率は100%に近付き、その半数はコロナ前の水準を上回って推移すると考えられる(IMF April 2023 WEO)。パンデミック後におけるインフレ率の上昇は、一時的に公的債務比率を引き下げることに寄与したが、世界的な金融引き締めやドルの上昇、弱含みする経済状況は、流動性リスクを増加させ、多くの政府の頭を悩ます種となっている。もちろん、こうした債務リスクに対する第一の処方箋は財政改革や経済改革にある。また、IMFを始めとするMDBsや二国間の融資等は、改革を実行する間の時間的猶予を与えてくれる。しかしながら、経済的あるいは政治的に実現可能な政策では将来にわたる債務危機を回避できない*4、あるいは実際にデフォルトの状況に陥ってしまった場合は、公的債務の再編が必要となってくる。実際に、パンデミック後の世界においては、アルゼンチンのような債務再編の常連国に加えて、例えばスリナム、チャド、エチオピア、ザンビア、最近ではスリランカなど、明らかに公的債務再編のペースが速まっている。その他の国においても、債務再編のプレッシャーは高まる一方だ。例えば、下グラフ LIC DSAのリスク評価(DSSI対象国中のシェア)にも示されているように、DSSI対象国のうち、2019年において49%が高リスク(high risk of debt distress)ないし債務ストレス下(in-debt distress)であったのが、2022年においては55%が高リスクないし債務ストレス下となっている。このように、公的債務再編の「ニーズ」が急速に高まっている中で、それを受け止める債務再編の枠組みを整えることは、大変重要な課題である。迅速な債務の再編は、もちろん債務国やその国民にとって死活問題であるが、債権国(者)にとっても、債務の回収可能性を最大化するという目的につながりうる*5。次節においては、その債務再編の枠組みの変遷とそれを取り巻く環境について議論する。

公的債務再編の枠組みの変遷とその背景
公的債務再編における最大の課題は、世界共通の枠組みがないことにある。世界共通の枠組みがないことによって、債務再編のニーズが高まる中、迅速な課題解決ができず、その間に債務問題が益々悪化してしまう可能性がある。もちろん、国際的な債務再編の枠組みが何もないかというとそうではない。ファイナンス令和5年4月号(小荷田:アルゼンチンの債務再編と今後の債務問題の展望)でも詳しく述べられているとおり、伝統的には、フランス財務省が事務局を担う「パリクラブ」が公的債務再編の中心を担っており、パリクラブが「コンパラビリティ・トリートメント」をその他の債権者にも求めることによって、公的債務再編を完遂してきた*6。しかしながら、このパリクラブの中心的な役割は低下してきていると言わざるを得ない。例えば、低所得国(LICs)の対外債務の債権者割合を見ると、HIPCイニシアティブが提唱された1996年当時においては、パリクラブ国が39%、非パリクラブ国が8%、私的債権者が8%を占めていたのに対して、2021年においては、パリクラブ国が11%、非パリクラブ国が20%、私的債権者が19%となっている(次頁グラフ参照)。想像に難くないように、この非パリクラブの中では、中国が大きくシェアを拡大しているとともに、インドやサウジアラビアなどもシェアを伸ばしている。更に、ここ10年の低所得国の中では、対外債務に比して、対内債務(国内や通貨同盟国内の債権者)の割合も上がっていることに注目しなくてはならない。つまり、パリクラブが公的債務再編に合意したとしても、パリクラブ以外の債権者が合意できなければ、実効性のある債務再編ができない状況となってきている。また、パリクラブ以外の債権者としては、少数派となったパリクラブから求められた「コンパラビリティ・トリートメント」に合意することは納得しずらい状況となってきている。ここで重要となるのが、非パリクラブ国も当初から債務再編の議論に巻き込むということであり、その大きな一歩として2020年11月にG20及びパリクラブで合意されたのが「コモン・フレームワーク」である。この「コモン・フレームワーク」は、DSSI対象国が公的債務の再編を求める際に、(中国を含めた)G20やパリクラブ、その他の公的債務者が共同して(jointly)債務再編に必要なパラメターを決定する枠組みであり、新たな国際的な債務環境に対応するための大きな一歩である。他方、枠組みを広げることによる課題も山積している。ここではコモン・フレームワークに対する詳しい議論は割愛するが、1956年から債務再編に関する考え方を擦り合わせてきたパリクラブとは異なり、それぞれの国によって債務再編に対する考え方や理解度、アプローチの仕方、政府の内部構造も異なるため、議論を開始するだけでも多くの時間がかかってしまうという現状がある。また、現在のコモン・フレームワークの対象は、DSSI対象国のみとなっており、日本が中心となってスリランカのクレジター・コミッティを組織したように、コモンフレームワークの対象自体をどのようにすべきかという議論もある。いずれにしても、新たな債務環境に対応するための枠組みは変革を迎えているときであり、2023年2月からは、公的な債権者(国)だけでなく、私的な債権者や債務国側も巻き込んだラウンドテーブル(Global Sovereign Debt Roundtable)が開催されており、数多くのステークホルダーの中で債務再編に関する共通認識を醸成する試みが行われている。このように、公的債務再編の共通の枠組みを持つことは一朝一夕とはいかないが、着実に歩みを進めていると言えるだろう。

公的債務再編におけるIMFの役割
公的債務再編において、交渉の主体はあくまでも債務者と債権者にある。他方、公的債務再編の議論において、IMFも重要な役割を担っている。1つは、上記のように、G20等の付託をうけながら、債務再編の国際的枠組みの土台を提唱することである。より実践的には、公的債務再編の中でIMFのプログラムを提供すること、また、その中で公的債務の持続可能性に必要な大枠(envelop)を提示することが挙げられる。IMFプログラムは、原則、公的な対外債務交渉の中で必要条件となっているが、これは、IMFやその他MDBsからの支援が債務再編下のファイナンスをサポートするとともに*7、プログラムの中で債務国による経済・財政改革を促進し、債務再編後の債務返済の可能性を高める効果を持つと考えられる(もちろん、IMFプログラムの期間は限定されているとともに、プログラム下で期待されたような経済・財政改革が進まず、事後的には、債務不履行が繰り返されるケースもあるわけだが。)また、IMFプログラムの中で、債務再編の大枠(envelop)を提示することも非常に大きな役割であり、私の所属するSPRDPやカントリー・エコノミストの腕の見せ所でもある。これは、IMFの融資等が「債務の持続可能性」を前提としており、債務が持続可能でない国には、融資が実行されないというポリシーに依拠している。言い換えれば、どの程度の債務的譲許で債務が持続可能となるかによって、必要な債務再編の大枠が決まってくる。この債務の持続可能性の判断には、低所得国(LICs)と中高所得国(MAC)のそれぞれに対して実証的データに基づいたDebt Sustainability Framework(DSF)が用意されているわけだが、議論はそれほど単純ではない。このDSF自体が各国の経済や財政の予測に基づいており、経済財政予測が楽観的であれば、必要な債務的譲許の度合いは小さくなるし、逆もまた然りである。更に、債務レベルの許容度も債務の構成やマーケットアクセスによってそれぞれであるし、債務問題の根源(例えば、短期の流動性にあるのか、債務レベルの高さにあるのか等)も異なってくるので、何をもって債務を持続可能とするのかという明確な基準が存在するわけではない。最終的には国毎の状況に応じた判断がつきものである。このように、ある意味、IMFプログラムや債務の持続可能性の分析に対する「信頼」を基に、具体的な再編内容や条件等は当事者間で交渉されることとなる。
このようなIMFとの「信頼」関係も、国際的な債務関係が変化するにつれて、重要となってくるポイントである。伝統的なパリクラブとの関係の中では、IMFの持続可能性分析を基に債務再編の大枠が決められ、債権国がその枠組みにコミットすることによって、迅速なIMF融資とその後の債務再編の合意が図られてきた*8。しかしながら、もしIMFの持続可能性分析自体に不信感が残れば、そこにコミットすることにも躊躇が生まれてしまう。近年存在感を増している非パリクラブ国や私的債権者は、こうしたIMFの債務持続可能性分析に(パリクラブに比して)精通してきたとは言えないため、「コモン・フレームワーク」のように様々なステークホルダーが包括的に債務再編を議論する際には、債務持続可能性分析にも共通の理解を醸成することが重要である。実際、前述したラウンドテーブルにおいても、いつ、どのように債務持続可能分析を債権者と共有していくのかということも課題の一つとなっている。また、伝統的には、IMFの中長期的な経済・財政予測を基に、プログラム後の債務も含めて包括的な債務再編が行われる「ストック・アプローチ」がとられてきたが、近年では、プログラム期間中(あるいは一定期間内)のトリートメントと期間後のトリートメントを分離する、ないし期間後のトリートメントを条件付きにする(例えば、コモデティ価格等)などの「フロー・トリートメント」が盛んに議論されている。これは、不確実性が高まる外的環境に対応するなど、必ずしもIMFの予測に対する不信感から来ているものとは言えないが、債務者の将来の予見可能性を低下させてしまう点は慎重に考えなくてはならない。また、債権者の債務のリカバリーを高める一方で、債務者の自助努力にディスインセンティブを与えてしまう可能性(条件が完全に外生的に決まるものでない場合)やコンパティビリティ・トリートメントの担保が難しくなる可能性など、様々な議論を呼んでいる。このように、IMFと債務再編(あるいは債権者)との関係性についても、国際的な債務環境が変化するにつれて、変化が生じてきている。

その他の債務再編に関わる議論と結び
これまで議論してきたように、国際的な債務環境が変化するにつれて、公的な債務再編の枠組やIMFと債権者との関係にも変化が生まれてきた。ここでは主に対外的な公的債務の再編を議論してきたが、課題は対外的な債務にとどまらない。先にも簡単に触れたように、特に低所得国の中で国内的な債務のシェアは増加しているが、公的債務再編を進めるにあたって、国内債務をどのように扱うかは重要な論点である。伝統的には、国内の債務再編は、国内の金融システムや経済に悪影響をもたらすため、出来る限り避けられてきた(国内の経済状況が悪化した場合、対外的な債権者の回収可能性もより危ぶまれる可能性もある)。しかしながら、国内的な債務シェアが大きくなるについて、対外債務の再編のみで債務の持続可能性が担保できるのか、あるいはそれで国外の債権者が納得するのか、ということもより大きなイシューとなってきている。より議論の幅を広げれば、債務国の債務構成のうち、どの程度債務再編の可能性があるのかは、債務持続可能性分析(あるいはIMF自身の債権回収可能性)の重要な課題となっている。ある国では、継続的な外的ショックや改革の遅れが続き、あるいは地政学的な問題によってバイでの譲許的ファイナンスへのアクセスが困難になるにつれ、IMFを含むMDBsのシェアが支配的になるとともに、非譲許的な国内債務のシェアが拡大してきた。そうした場合、無理に国内的な債務再編を進めるか、あるいはIMF等のMDBsが更なる債権回収のリスクを承知した上で追い貸ししてくしか道はなくなってくる(あるいは、ハイパーインフレや為替の急落等によって経済が勝手にアジャストしていくこととなるが、対外債務負担はこれによって軽減されない)。もちろん、こうした状況を防ぐためにも、事前に経済・財政改革を進めることが重要であるが、パンデミックのショック等で債務状況が悪化する中、このような八方塞がりとなってしまうリスクも増加している。翻って日本の債務構成を考えると、安定的な国内消化は日本の高い公的債務比率を支えてきたが、対外債務の再編によって経済を立て直す道は閉ざされていると言える(言い換えれば、債務再編は直接日本の債権者の負担となる)。日本においても、リスクが顕在化する前に経済・財政改革を進めることの重要性は言うまでもない。
更に、より将来に視点を広げると、誰が今後の国際的なファイナンスを供給していくのかということも考えなければならない。ここで議論したように、国際的な債権者のシェアは大きく変化してきたが、それは国家的な戦略を基に中国等が融資を増やしてきたという事実もあるが、パリクラブ等の先進国が開発資金の提供を相対的に減らしてきたという事実もある。ある意味、先般の公的債務再編の中で、中国等はこうした急拡大した融資のツケを払っているわけであるが、このようなリスクを認識したうえで、誰が将来の開発資金等を提供していくのかは不透明である。もちろん、債務の持続可能性を考慮しながら、貸出条件等において、各国が責任ある貸出(借入)行動をとっていくべきことは大前提であるが、将来にわたってバイの資金供給が滞ってしまった場合、より国際的な債務リスク(あるいは成長のリスク)が高まっていく可能性があることも否定できない。今般の急増する公的債務再編とその枠組みの変化は、将来にわたる国際的な開発資金のあり方にも疑問を投げかけているのかもしれない。

*1) ここでは、公的債務再編は、債務者が政府等の公的機関であることを指し、債権者は公的機関、私的機関のどちらも含まれるものと考える。
*2) DSSIは、パンデミック下において、パンデミックの抑制や人々の救済に資源を集中できるよう、一定期間の公的債務の支払いを免除する枠組みである(一定期間の債務支払いが免除されるだけであり、その債務自体が消滅するわけではない)。G20及びパリクラブ等において2020年5月に合意され、その後2回の延長を経て、2021年12月末までの免除が認められることとなった。対象国は、低所得国を中心とする73か国に及ぶ。
*3) それぞれのポリシーについての詳細は省くが、関心のある方は以下のリンクを参考にされたい(Guidance Note on Implementing the Debt Limits Policy in Fund Supported Programs; Reviews of the Fund’s Sovereign ARREARS Policies and Perimeter; Staff Guidance Note on the Sovereign Risk and Debt Sustainability Framework for Market Access Countries)
*4) IMFのポリシーでは、以下の状況において債務は持続可能ではない(unsustainable)と見做される:there are no politically and economically feasible policies that stabilize the debt-to-GDP ratio and deliver acceptably low rollover risk without restructuring and/or exceptional bilateral support, even in the presence of Fund financing。
*5) ここでは債務再編に関するメリット、デメリットの議論は省くが、債務再編は債務国の負担を軽減する一方、一定期間、(国際的な)マーケットアクセスを失う等のデメリットも忘れてはいけない。
*6) パリクラブのメンバーは、西欧諸国を中心とし、アジアでは日本、韓国を含めた22か国から構成される。コンパラビリティ・トリートメント(comparability treatment)とは、パリクラブが合意する内容と同等(comparable)の条件で他の債権者とも債務再編を行うよう要求するものであり、債務国がそれを履行できない場合、パリクラブの合意が停止、破棄される可能性もある。
*7) IMFやその他のMDBsはpreferred creditor statusを保持しており、原則、公的債務再編の対象から外れることなる。その一方で、債務再編過程において、譲許的な(concessional)ファイナンスを提供し、実質的に債務国の債務負担の軽減に寄与していると言える。
*8) 債権者側から債務再編についてのspecific and credible assurancesを提示されることによって、債務が持続可能であると見なされ、IMFの融資プログラムの実行が可能となる。具体的な債務再編内容の合意は、IMFの初回融資の実行後に合意されることが一般的である。逆を言えば、具体的な債務再編内容の合意には相当程度の時間がかかるため、それを待ってからIMF融資を実行すると迅速性が失われてしまう。