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我が国における金融機関の秩序ある処理(特定第一号措置及び特定第二号措置)ー預金保険法第126条の二についてー

東京大学 公共政策大学院 服部  孝洋*1


1.はじめに
「金融機関の破綻処理及び預金保険入門」(服部, 2023b)や「我が国における公的資金注入および一時国有化スキーム」(服部, 2023c)で説明しましたが、我が国における破綻処理制度は3つの枠組みに分かれています。具体的には、図表1. 我が国における金融機関等の破綻処理制度の概要で記載しているとおり、(1)「預金等定額保護」、(2)「金融危機対応措置」(預金保険法102条スキーム)、(3)「秩序ある処理」です。歴史的には、1960年代に預金保険制度が生まれ、1980年中頃、資金援助方式が導入されることで、(1)「預金等定額保護」が確立しました。その後、1990年代に不良債権問題が深刻化し、経済・金融システムに大きな影響を与えうる(システミック・リスクが生じている)状況に対処するため、暫定的制度を恒久化する形で、2000年に(2)「金融危機対応措置」(預金保険法102条スキーム)が導入されました。
以上が金融危機までの我が国の破綻処理制度の流れになりますが、2008年の世界金融危機を経て、「大きすぎて潰せない(Too big to fail, TBTF)」問題を防ぐための対応や、銀行以外の業態発の金融危機への準備が求められました。その結果、我が国では預金保険法の改正により、巨大な金融機関に対する(3)「秩序ある処理」(預金保険法126の二)が確立しました。
本稿では「秩序ある処理」について取り上げますが、本稿の特徴は、同制度が預金保険法102条スキームと重なる部分もあることから、預金保険法102条スキームとの比較の観点で整理を行っている点です。また、これまでの文献と比べて、預金保険法126の二の特定第二号措置に関し、G-SIBs(3メガバンク)/野村ホールディングス(4金融機関グループを総称して「4SIBs」)を軸にした説明を行っている点も特徴といえます。
服部(2023c)では、金融機関の破綻処理を説明するうえで、りそな銀行の事例を取り上げましたが、それは実際の事例を学ぶことで、金融機関の破綻処理のイメージを掴みやすくすることを目的としていました。もっとも、預金保険法126条の二における特定第一号措置と特定第二号措置については現時点で事例がありません。したがって、本稿では預金保険法102条スキームに比べて一般的な説明にならざるを得ない点にご留意ください。
なお、本稿は筆者がこれまで記載した一連の金融規制の文献を前提とするので、基礎的な知識の確認が必要な読者は筆者が記載した「バーゼル規制入門」(服部, 2022a)や服部(2023b, c)などをご一読ください。筆者が記載してきた金融規制や債券の入門シリーズは筆者のウェブサイトにまとめて掲載してあります*2。


2.巨大金融機関の秩序ある処理
2.1 Key Attributes(主要な特性)とは
服部(2023b)で説明しましたが、2008年に発生した世界金融危機以降の規制改革の中で、TBTF問題を防ぐための改革が進められました。その中の主要論点として、システム上重要な金融機関の破綻処理制度の改革があり、2011年のG20カンヌ・サミットにおいて、「金融機関の実効的な破綻処理の枠組みの主要な特性(Key Attributes of Effective Resolution Regimes for Financial Institutions, 以下「主要な特性」)」が承認されました。「主要な特性」とは、システム上重要な金融機関の破綻処理における憲法のような位置づけです。その具体的な理念は、「(1)株主や無担保債権者に損失を吸収させることを可能とするメカニズムを通じて、(2)重要な経済的機能を確保し、(3)納税者負担を回避しながら、(4)深刻な金融システムの混乱を回避しつつ、(5)金融機関を破綻処理することを可能にする」(森田, 2015)と整理できます。「主要な特性」では、こうした理念を定めているほか、グローバルに活動する巨大金融機関を複数国が協調して処理可能とするために必要な破綻処理制度が満たすべき要素について規定し、各国に対して自国における制度整備を求めています。
図表2. 「主要な特性」の概要は主要な特性を整理した図表です。日銀・金融庁・預金保険機構(2022)では、主要な特性に関し、(1)破綻処理の権限を持つ破綻当局を設定するとともに、法的枠組みを整えること、(2)公的資金を使わず破綻処理を行う仕組みを作ること、そして、(3)関係海外当局で連携をとるとともに、レビューを行うこと、と整理しています。アーマー等(2020)では、主要な特性は、「FDICが銀行管財人管理について開発してきた権限と手続きを反映している」(p.519)としており、これまでの破綻処理の経験をベースに各国で破綻処理について合意すべき理念と解釈できます。
主要な特性の策定や実施については金融安定理事会(FSB, Financial Stability Board)がその役割を担っています。服部(2023b)で説明したとおり、FSBは金融危機以降に設立された機関であり、グローバルな金融システムの安定のため各法域の金融当局や基準設定主体(バーゼル銀行監督委員会等)の協調を通じて国際的な金融規制や提言の策定、実施状況のモニタリング、脆弱性の分析等を行っています。FSBは銀行、保険、証券といった分野横断で取り組んでおり、定期的にG20サミット、G20財務大臣・中央銀行総裁会議への報告も担っています。

2.2 預金保険法126条の二:秩序ある処理
服部(2023c)では預金保険法102条スキームにより我が国の破綻処理制度が確立されたと説明しましたが、預金保険法102条における危機対応スキームは、1990年代に経験した不良債権問題に端を発した銀行危機の経験に立脚しています。しかし、図表3. 預金保険法102条と預金保険法126条の二で想定する金融危機の違いで示されているとおり、我が国でかつて経験した不良債権型の金融危機に比べて、2008年の金融危機は、(1)市場型の金融危機であったことに加え、(2)リーマン・ブラザーズの破綻やAIGの救済などからも分かるとおり、預金取扱金融機関だけでなく、証券会社や保険会社など広い金融機関が問題になりました。したがって、我が国では預金保険法126条の二を新たに作ることで、こうした危機に対応するための仕組みが導入されました。その結果、図表1に記載してあるとおり、預金取扱金融機関の基本的な破綻処理枠組みである(1)「預金等定額保護」に加え、(1)の対応では金融システムや実体経済への著しい悪影響を避けられないようなケースへの対応措置である(2)「金融危機対応措置」(預金保険法102条スキーム)、さらに、今回説明する(3)「秩序ある処理」が整備されることで幅広い対応が可能となりました。
預金保険法126条の二が定める秩序ある処理では、我が国の金融市場その他の金融システムの著しい混乱が生ずるおそれがあると認定がなされた場合の措置として、次の二つが用意されています。*3
特定第一号措置:金融機関への資本・流動性供給
特定第二号措置:金融機関の破綻処理
特定第一号措置は債務超過ではない金融機関のみを対象としており、預金保険機構からの流動性供給や資本増強を通じて信用不安を解消することを企図しています。その一方、特定第二号措置は経営破綻状態にある金融機関のシステム上重要な資産・負債を他の金融機関や預金保険機構傘下のブリッジ金融機関へ承継し、秩序ある形での破綻処理を行う措置となっています。図表4. 預金保険法における破綻処理スキームは預金保険法102条スキーム(金融危機対応措置)との比較の観点で特定第一号措置及び特定第二号措置を整理していますが、詳細は後ほど議論します。
なお、こうした秩序ある処理を行う必要があるとの認定は、極めて高度な判断を要します。そのため、預金保険法102条スキームと同様、内閣総理大臣が議長を務める金融危機対応会議の議を経て、内閣総理大臣が判断します。
銀行だけでなく証券会社や保険会社、金融持株会社まで対象を拡大
預金保険法126条の二(秩序ある処理)の特徴として強調したい点は、第一に、対象を銀行だけでなく証券会社や保険会社、金融持株会社まで拡大している点です。筆者が記載した「システム上重要な銀行入門」(服部, 2023a)で指摘したとおり、2008年の金融危機時においては、銀行ではない保険会社や証券会社(投資銀行)の破綻が金融システムに影響を与えることが問題になりました。したがって、預金保険法102条スキームでは預金取扱金融機関のみがターゲットとなっていたところ、保険会社や証券会社を含む金融機関全体にその対象が広げられました*4*5。また、メガバンクのように金融持株会社の傘下に銀行と証券会社が存在しているようなケースでも、金融持株会社に対して秩序ある処理の適用が可能になりました。
迅速な破綻処理を可能に
秩序ある処理の第二の特徴は、預金保険法102条において債務超過にならなければ第二号措置あるいは第三号措置が発動できないところ、迅速に破綻処理を進めることができるようになった点です。山本(2014)は、「国際的な規制協調の観点からは、グローバルにシステミックな影響をもつ金融機関(G-SIFIs)については、早期かつ迅速な破綻処理を実施する必要性は高い」(p.113)としたうえで、秩序ある処理により、「その破綻によって経済全体に著しい混乱が生ずるおそれがあるとの認定に基づき破綻処理手続が開始されている場合には、当該金融機関が債務超過に陥っていなかったとしても、事前の株主総会決議なしに、裁判所の代替許可を得ることによって、その事業を譲渡することが可能となったといえる」(p.114)としています。
「秩序ある処理」は例外的な措置
三点目の特徴は、預金保険法102条スキームと同様、「秩序ある処理」は例外的な措置であるという点です。具体的には、「我が国の金融市場その他の金融システムの著しい混乱が生ずるおそれがある」と金融危機対応会議が認定した場合に限って用いられることとされています。特定第一号措置や特定第二号措置の適用対象金融機関は法令上限定されていませんが、過去の預金取扱機関の破綻処理においても小規模金融機関については預金の定額保護が選択されています。このことを踏まえれば、「秩序ある処理」についても国内において一定程度の規模がある金融機関やグローバルな金融市場との結びつきが強い金融機関等の破綻処理において特に用いられる可能性が高いと考えられるでしょう。


3.秩序ある処理の概要
3.1 特定第一号措置
ここから特定第一号措置と特定第二号措置の中身を見ていきますが、冒頭で記載したとおり、特定第一号措置と特定第二号措置については現時点で事例がありません。したがって、以下では、服部(2023c)に比べて一般的な説明を行います(筆者の理解では、実際の事例がないことから、現時点で、このスキームのイメージがつかみにくいと考えている実務家も少なくありません)。
図表5. 特定第1号措置(債務超過でないことを前提)が特定第一号措置のイメージを示した図ですが、特定第一号措置では、対象となる金融機関を預金保険機構の特別監視下におき、流動性の供給等を行います*6(この図はこのスキームを説明する際に必ず用いられる図です)。前述のとおり、特定第一号措置は債務超過ではない金融機関のみを対象としていますが、この図にあるとおり、同措置が実施される場合、まず、対象金融機関を預金保険機構の特別監視の下に置きます。特別監視とは、対象となる金融機関の業務の遂行並びに財産の管理及び処分について、預金保険機構が必要な助言等(助言、指導又は勧告)をすることを指しています*7(後述しますが、特定第二号措置では「特定管理」と呼ばれるより強い権限を有しています)。
特定第一号措置では、破綻処理ではなく、金融機関が預金保険機構から流動性供給等を受けながら業務を維持しつつ再建を目指すこととされています。信用不安に直面する金融機関に対して預金保険機構が流動性等のバックアップを行うことで市場の信認を回復し、金融システム全体への危機の伝播を防ぎながら秩序ある形で取引の縮小や事業再建を可能とする枠組みです。
平成金融危機の際には日銀が「特融」と呼ばれる流動性供給措置を用いて危機に陥った金融機関の支援を行っていましたが、秩序ある処理の整備により、日銀が危機に陥った金融機関へのエクスポージャーを直接的に拡大することなく、預金保険機構が流動性供給を行うスキームが整備されることとなりました。預金保険機構は、政府保証の下、債券の発行による市場調達や日銀からの借り入れ等を通じて資金調達し、金融機関に対して流動性供給を行うこととなります。なお、預金保険機構は資金調達時に政府保証を用いるものの、仮に預金保険機構からの貸付において損失が発生した場合には危機対応勘定で処理し、原則*8として事後的に金融機関等から特定負担金を徴収して補填するとされています。
特定第一号措置では金融機関の資本増強を行うスキームが存在している点も重要です。具体的には、預金保険機構が、対象となる金融機関が発行する優先株や劣後債等を購入する(引き受ける)ことが可能になっています。資本増強という仕組みが存在しているという観点では、預金保険法102条スキームにおける第一号措置と類似しているとも言えます。しかし、預金保険法102条スキームにおける第一号措置では、服部(2023c)で強調したとおり、取り得るツールは「資本増強のみ」になります。その一方、特定第一号措置では、流動性供給、さらに資産の買取り等の追加的なツールが使えるという点で、政府は資本が薄くなった金融機関に対して幅広い措置をとることが可能であると解釈できます。あるいは、秩序ある処理では、市場型の危機を想定していることから、流動性供給等が必要となるような事態を想定したスキームという解釈も可能です。
秩序ある処理では、日本振興銀行の破綻処理で行ったような「良い資産vs悪い資産」という概念がない点にも注意が必要です。秩序ある処理では、巨大な金融機関がもたらすシステミック・リスクが問題にされているため、「良い資産vs悪い資産」ではなく、「システム上重要な取引があるかないか」が問題とされています。図表5でも、特定第一号措置の対象となる金融機関が「システム上重要な取引」を有していることが前提になっている点が確認できます。
システミック・リスクについてはOTCデリバティブ規制等でも対応
もっとも、金融危機以降、市場型のシステミック・リスクについては、OTCデリバティブ規制や証拠金規制などを通じて規制強化されている点も重要です。現在、金利スワップなどの標準的なデリバティブについては中央清算機関を通じて清算する義務が課されていること、また、中央清算されないデリバティブについては証拠金規制により厚めの証拠金が求められています。そのため、図表5における「システム上重要な取引」が有するリスクを軽減する規制が別途敷かれている点にも注意してください(詳細は筆者が記載した「OTCデリバティブ規制入門」や「証拠金規制入門」をご参照ください)。
また、FSBの「主要な特性」では、金融機関の破綻処理時に、デリバティブ取引等の一斉な巻き戻しによる金融システムの混乱を防ぐため、破綻処理当局がデリバティブ契約等の早期解約条項の発動を一時的に停止できる規定を設けるよう定められています。このような動きを踏まえ、我が国でも2013年の預金保険法改正において、預金保険法137条の三に、危機対応措置や秩序ある処理の発動時に、一定期間デリバティブ契約等の早期解除条項の発動を制限することができる規定が盛り込まれました。こうした規定は「ステイ」と呼ばれており、各国で同様の法整備が進んでいます。

3.2 特定第二号措置
金融機関の信用不安から、我が国の金融市場その他の金融システムの著しい混乱が生ずるおそれがあると判断され、かつ当該金融機関が業務継続を行うことが困難な場合(金融機関等が債務超過又は債務超過のおそれ、支払停止又は支払停止のおそれがあるとき)には、特定第二号措置が取られます。特定第二号措置とは、対象となる金融機関を預金保険機構の特別監視下におき、預金保険機構が管理処分権を掌握しつつ、金融システムの安定を図るため不可欠な債務等を他の金融機関や、預金保険機構傘下に設立するブリッジ金融機関(特定承継金融機関等)に引き継ぎつつ、流動性供給等を行うことで、市場の混乱を防ぐものです*9。特定第一号措置と同様、対象金融機関を預金保険機構の特別監視の下に置きますが、特定第二号措置では、破綻した金融機関の業務や財産処分権を掌握する「特定管理」と呼ばれるより強い権限を有しています。
秩序ある処理における破綻処理スキームである特定第二号措置と、預金保険法102条スキームである第二号、第三号措置の大きな違いとして、前述の流動性供給に加え、破綻処理開始の認定条件が挙げられます。この点は前節において秩序ある処理の特徴として説明しましたが、預金保険法102条スキームにおける破綻処理は不良債権型の危機を想定しており、原則としてバランスシート上、債務超過になっていることが認定条件*10となっています。しかし、秩序ある処理においては、市場型危機に伴って金融機関の急激な信用不安が生じることを想定しているため、必ずしも債務超過に陥っていなくとも早期の処理開始が可能な枠組みとなっています*11。具体的には、「金融機関等が債務超過又は債務超過のおそれ、支払停止又は支払停止のおそれがあるとき」に特定第二号措置の認定が可能とされています。FSBの「主要な特性」においても、システム上重要な金融機関の破綻処理枠組みにおいては、バランスシート上の債務超過になるよりも早い段階で破綻処理を開始できるべきとされており、グローバルな破綻処理枠組み整備の方向性とも整合的です。他方で、具体的にどのような基準をもって特定第二号措置の認定を行うかは法令上明確に示されておらず*12、実務上の判断基準は不明確です。
前述のとおり、秩序ある処理では、「良い資産vs悪い資産」という概念がなく、「システム上重要な取引があるかないか」が問題になっています。その意味では、仮に悪い資産であっても、破綻処理により無秩序に清算されることで市場に混乱を生じる恐れがあれば、ブリッジ金融機関に移管する可能性がある点に注意が必要です。また、秩序ある処理が用いられるか、あるいは、預金保険法102条スキームが用いられるか、という意味では、銀行の場合、預金保険法102条スキームあるいは秩序ある処理のどちらかが選択可能である一方、証券会社や保険会社、金融持株会社であれば、秩序ある処理のみである点に注意してください。
なお、特定第二号措置の認定は、預金保険法102条スキームの第二号措置、第三号措置と同様に、AT1(Additional Tier 1)債やバーゼル対応Tier2債の契約上のベイルインを行うトリガーとされています。したがって、特定第二号措置の認定をもってこれらの債務の元本削減または株式転換が行われることで、自己資本比率を回復することが可能になっています。この詳細は後程議論します(ベイルインの詳細については服部(2022b)を参照ください)。

3.3 本邦4SIBsに対する特定第二号措置の適用
現在我が国でG-SIBsに指定されている3メガバンク、及びD-SIBのうち野村ホールディングス(「4SIBs」)について金融庁が公表している破綻処理戦略においては、秩序ある処理の特定第二号措置の適用が想定されており、処理スキームの概念図も公表されています(図表6. 本邦4SIBsに対する望ましい破綻処理戦略)*13。特定第二号措置は潜在的な対象金融機関が幅広い上に実際の適用事例が未だないため、イメージがつきづらいですが、金融危機以降、TBTF問題を防ぐという問題意識から秩序ある処理が導入された経緯を考えると、我が国で特にシステム上重要な金融機関である4SIBsが特定第二号措置の主な対象という見方もできます(そのように見る実務家も少なくありません)。
このケースでは、最上位である持株会社に対して特定第二号措置を適用して、持株会社が発行するAT1債、バーゼル対応Tier2債のベイルインをトリガーさせるとともに(これらの元本削減をするとともに)、銀行などの主要な子会社の株式を含む重要な資産・負債を預金保険機構傘下に設立されているブリッジ金融機関(「特定承継金融機関」)に譲渡します。これにより、これらの主要子会社の業務は継続しつつも、その他の資産・負債については持株会社に残し、この持株会社の倒産手続きを通じて株主等に損失を負わせるスキームとなっています(図表6にこのプロセスが記載されていますが、このプロセスは次回の論文で丁寧に説明します)。このブリッジ金融機関への譲渡手続きは市場の混乱を避けるため、休業日である週末に行われることが想定されています*14。
なお、国際的なTBTF問題への対応や破綻処理制度の枠組み整備は、2011年のFSBによる「主要な特性」策定にとどまることなく継続して議論されており、2015年にはG20において、システム上重要な金融機関に対するTLAC(総損失吸収能力, Total Loss-Absorbing Capacity)規制の国際合意がなされました。TLAC規制については、紙面の関係上、次回の論文で説明することを予定しています。

3.4 AT1債とバーゼル対応Tier2債:PON条項との関係
服部(2022b)で説明したとおり、バーゼルⅢの規制の中で、「生きのびるための資本(ゴーイング・コンサーン・キャピタル)」と「安全に破綻するための資本(ゴーン・コンサーン・キャピタル)」という観点でTier1資本とTier2資本の見直しがなされました。ゴーン・コンサーン・キャピタルとは、平時において「破綻時に元本削減や株式転換を通じて損失吸収の対象となる」という条件をつけて発行しておく劣後債等を指しており、破綻時にはこの債券等を保有する投資家がまず損失を負うことで納税者負担が発生することを避ける工夫がなされています。こうした要件は、我が国において、契約上、PON条項(Point of Non-viability, 実質破綻時損失吸収条項)と呼ばれるトリガーとして設けてあり、AT1債*15やバーゼル対応Tier2債については元本を削減するなど、契約上のベイルインを実施することが制度化されています。
図表7. 預金保険法における破綻処理スキームとPON条項の発動にまとめていますが、我が国のAT1債やバーゼル対応Tier2債におけるPON条項の具体的な発動要件は、預金保険法において実質的な破綻とされる預金保険法102条の第二号措置/第三号措置及び預金保険法126条の二の特定第二号措置に紐づいています*16。すなわち、これらの措置が発動した場合、対象となる金融機関が発行したAT1債やバーゼル対応Tier2債の元本削減がなされると解釈されます。その一方、預金保険法102条の第一号措置及び預金保険法126条の二の特定第一号措置の場合(例えば、りそな銀行のような公的資金注入の場合)、PON条項にヒットしない点に注意が必要です。
なお、国内基準行の場合は筆者が記載した「バーゼル規制入門」(服部, 2022a)で説明したとおり、求められているのはコア資本要件のみであり、AT1がない点に注意してください。クレディ・スイスが発行したAT1債の無価値化についてはBOXを参照してください。

BOX クレディ・スイスのAT1債ベイルイン
システム上重要な巨大金融機関の信用不安は、資本が充実していても生じる可能性があり、介入が遅れれば非常に短期間で状況が悪化して金融システム全体の不安につながる可能性がある点が難しいポイントです。2023年3月には自己資本比率、流動性比率ともにG-SIB向けの厳しい規制を満たしていたクレディ・スイスが当局介入の下UBSに救済買収され、AT1債のベイルイン(AT1債の元本削減)が実行されたことが議論を呼びました。
このAT1債の契約条項には、特別な政府支援があった(“extraordinary government support is granted”)場合にViability event(PON条項)と認定され、元本削減が可能となるトリガーが設定されていました。2023年3月19日(日)に施行されたクレディ・スイスへの流動性供給等を可能にする臨時立法措置に基づき、スイス国立銀行による政府保証付き流動性支援供給対象となったことがこの条項にヒットしました。また同法においてスイスの銀行監督当局であるスイス連邦金融市場監督機構(FINMA)に対し、AT1債の元本削減をクレディ・スイスとAT1債の債権者に対して命じる権限が付与されており、FINMAは契約上の条項と臨時立法において付与された権限に基づきAT1債の元本削減を命じています(こうした一連の根拠については、FINMA自身が3月23日に公表*17しています)。


4.秩序ある処理にかかるその他の話題
4.1 日銀特融
最後に、秩序ある処理にかかるその他の話題について取り上げます。まず、本稿では、主に政府の役割について議論してきましたが、中央銀行には最後の貸し手機能があります。図表8. 日本銀行による最後の貸し手機能の概要が日銀による最後の貸し手機能の概要を示していますが、有担保貸付け(日銀法33条)、一時貸付け(日銀法37条)、特融(日銀法38条)で構成されます。本節で取り上げる日銀特融とは、日銀が一時的な資金不足に陥った金融機関に対し、他に資金の供給を行う主体がいない場合、最後の貸し手として一時的な資金の貸付(流動性の供給)を行うことです*18。この特融は、我が国における金融危機対応制度が十分に整備されていなかった平成金融危機において広く活用されました。
もっとも、木下(2018)が指摘しているとおり、日銀特融は、伝統的な中央銀行の最後の貸し手機能と異なる特徴を有しています。中央銀行の伝統的な最後の貸し手機能を考える上でよく知られているバジョット原則という考え方では、金融システム不安につながる流動性危機の際には、市場よりも高い金利で無制限に、有担保で貸し付けを行うべきとされています。それに対して、1990年代の危機における日銀特融では、債務超過の可能性がある金融機関に対しても無担保で貸し出しを行うという破綻時流動性供給に近い役割を担っていました。木下(2018)は、図表9. 日本銀行の特融と伝統的な中央銀行の最後の貸し手機能のとおり、伝統的な中央銀行の最後の貸し手機能と日銀特融との違いについて5点指摘しています。
しかしながら、現在は政府・預金保険機構において金融危機対応ツールが整備されてきたことから、日銀は特融の使用局面を限定的にしています。具体的には、日銀特融の発動は政府からの要請がある場合に限り、以下の「特融等に関する4原則」に基づき判断を行うとしています*19。
(1)システミック・リスクが顕現化する惧(おそ)れがあること
(2)日本銀行の資金供与が必要不可欠であること
(3)モラルハザード防止の観点から、関係者の責任の明確化が図られるなど適切な対応が講じられること
(4)日本銀行自身の財務の健全性維持に配慮すること
なお、ここでは紙面の関係上、日銀による最後の貸し手機能について最低限の説明にとどめていますが、日銀特融や最後の貸し手機能について知りたい読者は、木下(2018)や中曽(2022)を参照してください。

4.2 特定第二号措置のスキーム図(預金保険法改正時説明資料)
本稿では特定第二号措置を説明する場合、G-SIBs(3メガバンク)/野村ホールディングス(4SIBs)を主眼とした説明を行いました。もっとも、特定第二号措置の説明に関する既存の文献では図表10. 特定第二号措置のスキーム図(預金保険法改正時説明資料)を用いる傾向があります。この図は2013年の預金保険法改正時に用いられた公式の説明資料であり、特定第二号措置を用いたスキームの一例を示したものです。しかし、我が国のG-SIBsはすべてホールディングスの形態をとっていることに加え、この図表10にあるように、G-SIBsの有するシステム上重要な取引のみを切り離してブリッジ金融機関に移行させることが困難であること等に鑑み、図表10のスキームを用いることは現実的ではないとも言えます。したがって、本稿では特定第二号措置を説明する際、図表10を用いず、図表6のスキームを用いた説明をしました(現在、図表10のような処理は現実的ではないとみる実務家も多く、この図を用いて特定第二号措置を説明することは減ってきている印象です)。

4.3 保険会社に対する秩序ある処理
本稿では秩序ある処理において、預金取扱機関以外の金融機関に対してもその対象を拡大したことを指摘しました。我が国では家計金融資産において預金の次に保険の保有割合が高いなど、保険会社のプレゼンスが高いといえますが、保険会社に秩序ある処理を適用するかには議論があります。歴史的には、松澤(2014)が指摘しているとおり、保険業法上の破綻手続処理と更生特例法に基づく更生手続による処理の二つがとられています(最近では更生手続きによる処理が一般的とされています)。2013年の預金保険法改正により、秩序ある処理が保険会社に対して適用可能になりましたが、秩序ある処理が必要となる保険会社がそもそも本邦に存在するのか、という議論があります。例えば、松澤(2014)では「保険会社が引き受けるリスクは相互に連動しないため保険事業はシステム上重要とは考えにくく,この枠組みが適用される可能性は高くない」としています。また、2008年の金融危機時にはAIGに関するTBTF問題が議論されましたが、その際に特に問題になったのはCDSなどのデリバティブとも言えます。前述のとおり、現在ではCDSなど標準的なデリバティブは中央清算がなされていますし、本邦保険会社のデリバティブのポジションは相対的に小さいという見方もあります*20(服部(2023a)では、システム上重要な保険については資本賦課がなされていない点を指摘しました)。
もっとも、金融庁は、本邦における4つの保険会社*21について「国際的に活動する保険グループ(Internationally Active Insurance Groups, IAIGs)」として指定しています*22。IAIGsとは、「国際的に有意なレベルで保険事業活動を展開している保険グループ」を指し、保険監督者国際機構(IAIS)により「国際的活動」及び「規模」という二つの観点で指定され、特別な監督や規制が課されています*23(筆者の解釈では、IAIGsとはバーゼル規制における国際統一基準行に似た概念*24です)。このような観点から、本邦保険会社の中にも、システム上重要な保険会社が存在しうるとみる実務家もいます。


5.おわりに
本稿では、預金保険法126条の二が定める秩序ある処理について説明しました。次回はTLAC規制を取り上げることを予定しています。
参考文献
[1].木下智博(2018)「金融危機と対峙する『最後の貸し手』中央銀行:破綻処理を促す新たな発動原則の提言:バジョットを超えて」勁草書房
[2].中曽宏(2022)「最後の防衛線 危機と日本銀行」日経BP 日本経済新聞出版
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[5].服部孝洋(2022a)「バーゼル規制入門―自己資本比率規制を中心に―」『ファイナンス』、28-39.
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[7].服部孝洋(2023a)「システム上重要な銀行入門-「大きすぎて潰せない(TBTF)」問題について-」『ファイナンス』、40-51.
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[9].服部孝洋(2023c)「我が国における公的資金注入および一時国有化スキーム-金融危機対応措置(預金保険法102条スキーム)について-」『ファイナンス』、49-59.
[10].松澤登(2014)「金融機関の新たな破綻処理制度と保険会社の課題」保険学雑誌
[11].森田宗男(2015)「国際金融規制改革の最近の動向」『証券レビュー』日本証券経済研究所[編]55(1), 1-67.
[12].柳澤伯夫(2021)「平成金融危機 初代金融再生委員長の回顧」日本経済新聞出版
[13].山本慶子(2014)「金融機関の早期破綻処理のための法的一考察:破綻した金融機関の株主の権利を巡る欧米での議論を踏まえて」『金融研究』第33巻第3号(2014年7月発行)
[14].ジョン・アーマー、ダン・オーレイ、ポール・デイヴィス、ルカ・エンリケス、ジェフリー・ゴードン、コリン・メイヤー、ジェニファー・ペイン(2020)「金融規制の原則」きんざい


*1) 本稿の作成にあたって、川名志郎氏、堀岡弘二氏、匿名の有識者など、様々な方に有益な助言や示唆をいただきました。本稿の意見に係る部分は筆者の個人的見解であり、筆者の所属する組織の見解を表すものではありません。本稿の記述における誤りは全て筆者によるものです。また本稿は、本稿で紹介する論文の正確性について何ら保証するものではありません。
*2) 下記をご参照ください。
https://sites.google.com/site/hattori0819/
*3) https://www.fsa.go.jp/common/diet/183/setsumei.pdf
*4) ただし、中央清算機関などの一部金融機関は適用外となっています。
*5) 預金保険法126条の2では、下記のように規定されており、危機対応勘定に係る条文で関連はありますが、秩序ある処理に限った規定ではない点に注意してください。
(借入金及び機構債等)
第百二十六条 機構は、危機対応業務を行うため必要があると認めるときは、政令で定める金額の範囲内において、内閣総理大臣及び財務大臣の認可を受けて、日本銀行、金融機関その他の者から資金の借入れ(借換えを含む。)をし、又は機構債の発行(機構債の借換えのための発行を含む。)をすることができる。
預金保険法127条が「第八章 雑則」であるため、章建てとして、「第七章の二 金融システムの安定を図るための金融機関等の資産及び負債の秩序ある処理に関する措置」という形で、「秩序ある処理」に係る条文を規定しています。第126条の二については「金融システムの安定を図るための金融機関等の資産及び負債の秩序ある処理に関する措置の必要性の認定」を規定しています。
*6) ここでの表現は下記を参照しています。
https://www.dic.go.jp/katsudo/page_001653.html
*7) ここでの表現は下記を参照しています。
https://www.dic.go.jp/katsudo/page_001653.html
*8) ただし、金融業界の負担による特定負担金のみで危機対応勘定の処理を行う場合、金融システムの著しい混乱が生じる可能性があるため、そのような場合に限って政府が一部費用を補助することが出来るとの例外規定が設けられています。
*9) ここでの説明は下記を参照してみます。
https://www.dic.go.jp/katsudo/page_001653.html
*10) 2号措置の場合「破綻金融機関又はその財産をもつて債務を完済することができない」(債務超過)、3号措置の場合、「破綻金融機関に該当する銀行等であつて、その財産をもつて債務を完済することができないもの」(債務超過)になります。また、破綻金融機関は、「財産の状況に照らし預金等の払戻しを停止するおそれのある金融機関又は預金等の払戻しを停止した金融機関(預金保険法第2条4項)」とされています。
*11) 我が国における早期破綻処理に関する法的論点については山本(2014)を参照してください。
*12) 預金保険法改正後に実施されたIMFのレビューにおいても、この点が指摘されています。
https://www.imf.org/en/Publications/CR/Issues/2017/07/31/Japan-Financial-System-Stability-Assessment-45151
*13) 金融庁「金融システムの安定に資する総損失吸収力(TLAC)に係る枠組み整備の方針について」(https://www.fsa.go.jp/news/30/ginkou/20180413/01.pdf)を参照。なお、望ましい処理戦略として特定第二号措置の適用を示しているものの、状況に応じて異なる処理を行う可能性も排除されていません。
*14) こうした事業譲渡の手続きについて、民事再生手続等を用いた場合は半年から1年程度の期間がかかることが想定される(https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/ginkou_wg/siryou/20121112/01.pdf)ところ、特定第二号措置においては、裁判所の許可(「代替許可」)を得ることで事業譲渡等に必要な株主総会の特別決議をスキップできる規定が設けられています(預金保険法第126条の十三)。
*15) AT1はゴーイング・コンサーン・キャピタルであり、金融機関が破綻に至るよりも前の段階でトリガーを発動させることで自己資本比率を回復させる設計になっています(CET1比率5.125%を切った場合に元本削減や株式転換が行われる設計が一般的です)。しかし、金融機関は徐々に自己資本比率が低下して破綻する形ではなく一気に破綻するケースもあり得るため、AT1においてもTier 2同様にPON条項も付されています。なお、AT1やTier 2の基本的な設計はバーゼル銀行監督委員会で国際的に定められていますが、各法域で実施の方法は少しずつ異なっています。
*16) 国際統一基準行向けの自己資本比率告示において、実質破綻認定時の定義は、「元本の削減等又は公的機関による資金の援助その他これに類する措置が講ぜられなければ発行者が存続できないと認められる場合において、これらの措置が講ぜられる必要があると認められるとき」とされており、FAQ(第6条-Q9)において、現行法令上は銀行について危機対応措置の第二号措置、第三号措置、秩序ある処理の特定第二号措置、金融持株会社について特定第二号措置の必要性が(金融危機対応会議にて)認定された段階を指すこととされています。
*17) FINMA“FINMA provides information about the basis for writing down AT1 capital instruments”(https://www.finma.ch/en/news/2023/03/20230323-mm-at1-kapitalinstrumente/)
*18) ここでの説明は日銀のウェブサイトの説明をベースにしております。詳細は下記をご覧ください。
https://www.boj.or.jp/about/education/oshiete/pfsys/e17.htm
*19) https://www.boj.or.jp/about/education/oshiete/pfsys/e17.htm
*20) 例えば、松澤(2014)は「非保険金融業務,典型的にはCDSのようなデリバティブ業務を行うようなことがなければ,あるいは銀行や証券会社などと大規模な相互取引(資本持合など)をしていない限り,システム上重要な保険会社とは言い難いものと考えられる。この点,システム上重要な業務として把握されると思われるデリバティブ取引についていえば,日本の大手社ではヘッジ目的での活用がほとんどである。そうすると一般には現状の日本の保険会社について秩序ある処理による措置がなされることは可能性としては高くないものと思われる」(p.65-66)と指摘しています。
*21) 現時点では、第一生命ホールディングス株式会社、東京海上ホールディングス株式会社、MS&AD インシュアランス グループ ホールディングス株式会社、SOMPO ホールディングス株式会社が指定されています。
*22) 下記を参照してください。
https://www.fsa.go.jp/news/r2/hoken/20201030-2/202010.pdf
*23) 中村(2021)を参照。
*24) 厳密に言えば、基準のレベル感や選定プロセス等に違いがある点にご留意ください。