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財務省の礎(いしずえ)国庫課へようこそ

理財局国庫課長 坂口 和家男

文中の意見に関する部分はすべて筆者個人の見解です。


はじめに
理財局国庫課への異動前に、妻と話した。
「今度、国庫課で働くことになったよ。」
「ふ~ん、かわいらしいところね。」
「???」
その後、よく考えてみると、財務省のことを何も知らない妻は「コッコ課」と理解したのではないだろうか。実は、国庫課にはニワトリもタマゴもない、農水省じゃあるまいし、ということはまだ伝えていない。(そのほか、調べたところによると、「こっこ」という静岡銘菓があるようだが、食べたことはない。もちろん国庫課にもない。)
そういう誤解を受けることもあるが、実は国庫課は、財務省の礎(いしずえ)とも言うべき存在である。礎というか、基点というか、アンカーというか、いずれにせよ、その深奥に存在する結節点、というイメージである。
先日、議員会館で、とあるOBの先生とすれ違ったとき、
「今は国庫課で働いています。」
「おお、そうか。財務省という組織を玉ねぎのように外側から剥いていくと、最後に残るのは国庫課だからな。頑張れ。」という励ましの言葉をいただいた。
その礎たる所以は、英語名称を見れば一目瞭然である。
Ministry of Finance(財務省)
Financial Bureau (理財局)
Treasury Division (国庫課)
(「財務省の機構」より)
Division1やDivision2では、何をしている課か、皆目分からないではないか。(主税局に他意はない。)
国庫課はその外観からしても他課とは違っている。というか、財務省で唯一であると思うが、課の外側の壁に、歴代記念貨幣のパネルがペタペタと貼ってある。通りかかる外部の方が、熱心にご覧になっていることもあるが、ほとんどの方は素通りだ。

写真: 国庫課外壁


国庫課の歴史
国庫課は財務省で最も古い組織の1つである。
歴史を繙いてみると、理財局よりも古く、1891年、主計局の中にその名が見られる。それ以前は、大蔵省誕生前の1868年に、国庫の出納事務を所掌する出納司、貨幣鋳造の事務を所掌する貨幣司が、それぞれ会計官(後の大蔵省)の下に設置されており、所掌に照らせば、これらが国庫課の祖と言える。その後1897年に、理財局の創設により主計局から理財局に移った。
当時の大蔵省の機構は非常に簡素であり、日露戦争直前の1903年12月には1房3局で構成され、理財局には国庫課、国債課、銀行課の3課があるのみであった。
こうした体制の下、国庫課は、国庫金に関する事務、貨幣に関する事務のほか、資金運用や金融に関する幅広い事務を所掌していたが、大正末期から昭和期(戦前)にかけて政府の役割が増大し、金融行政の重要性が高まっていく中で、国庫課を源流とする様々な部署が誕生する。
まず1925年には、郵便貯金等を原資とする資金の運用管理を担う部局として預金部が創設されたが、これは資金が巨額となり、かつ、その運用も複雑化する中で、従来、国庫課の1つの係が担当していた業務が独立したものである。
1932年には、金輸出再禁止に伴う円安の進行を受けて、為替政策を強力に推進するために外国為替管理部が創設されたが、これも国庫課の事務が独立したものである。
また、満州事変以降、国債消化・生産集中等の観点から金融統制を強化する必要が生じ、従来は国庫課が担当していた金融行政について、1937年に金融政策全般を企画する金融課が理財局に設置された。
さらに同年、満州を中心に増大した対外投資を管理する必要性から、理財局に新たに外事課が創設されたが、対外投資に関する事務もそれまでは国庫課の所掌であった。
このように国庫課から短期間に様々な部署が派生していく様は、さながら古事記の国生み神話のようである。
終戦後は、理財局国庫課として今日に至る。国庫課は、創設から130年余りの間、変わることなく大蔵省・財務省に在り続けており、大蔵省・財務省の歴史を見ても稀有な存在である。こうした事実は、国庫課の業務が財務省にとって極めて重要であることの証左と言えよう。


国庫課の業務紹介
1.国庫グループ
国庫課は、大きく分けて3つのグループから成る。すなわち、国庫グループ、通貨室、CBDCチームである。
まず国庫グループであるが、ここはその名の通り、国のお金の出し入れを掌る、言わば国の金庫番である。「大蔵」というイメージに一番近いかもしれない。公共事業の実施や年金の支払いなど、国が行うすべての財政活動は、当然、お金の出し入れを伴い、様々な会計でそれが行われるが、それらすべては、日本銀行に設けられている政府預金という国の財布で一元的に管理されている。その預金通帳を管理しているところ、と言えばイメージしていただけるだろうか。
国のお金の出し入れは、各年度の決算では歳出と歳入が一致するものの、月々とか、日々では帳尻が合わない。例えば、税収は月末から月初にかけて受入れが集中するのに対し、支払いは年度を通じて様々なタイミングで行われることから「ずれ」が生じる。このような受入れと支払いのタイミングの「ずれ」を調整し、国庫の資金繰りを行うのが主要なミッションである。
ただ、ご家庭の「大蔵省」と比べて、その扱うお金の「ケタ」は、文字通り桁違いである。一般会計、特別会計を合わせて、年間を通して、約700~800兆円規模のお金の出入りがあるため、ひと月では約60~70兆円規模のお金の出入りを管理していることになる。
金庫番としては、受入れと支払いのタイミングの「ずれ」がどれくらいになるのかを予め見通さなければならない。
歳入の方は、税収、国債発行収入、各種保険料収入などであり、これらは過去の傾向等から概ね見通しがつくが、問題は歳出である。当初予算の執行はある程度見通せるものの、補正予算が組まれるかどうか、組まれたとして、実際に執行されるのはいつか、を予測しなければならない。各省の会計課にヒアリングをするものの、その確度は十分ではない。
また、予備費の支出がある。そもそもの定義として、予備費は「予見し難い予算の不足に充てるため(憲法第87条)」のものなので、いつ使用決定されるのか、予見できてしまえば、それは語義矛盾である。また、新型コロナウイルス感染症対策や物価高対策などにより、予備費の規模が最近膨らんでいることも、国庫の資金繰りを担当する立場からは悩みの種である。一度に多額の予備費が執行されると、国庫のお金が払底するおそれがあるためである。
さらには為替介入もある。これは事前には決して分からないが、実施されると、外国為替資金特別会計に大きなお金の出し入れが生じる。国庫の資金繰りは、一般会計、特別会計を問わず、トータルで管理しているため、為替介入による影響も含めて、国庫をまわさなければならない。
こうした不確定要素が多数ある中で、国庫グループは、
・ 支払日の調整が可能な支払いについては、できるだけ大きな受入れのある日(税収の受入日や国債発行日)に合わせてもらうよう、予め各省に依頼し、
・ 随時、各省会計課にヒアリングを行い、当面の支払い予定や国債発行計画などを踏まえ、お金の過不足の見通しを立て、
・ お金の不足が見込まれる会計に対して、お金の余剰が見込まれる会計から融通するなどの調整を行い、
・ それでも全体としてお金が不足することが見込まれる場合には、財務省証券(Treasury Financing Bills。当面のお金が不足する場合など短期の資金繰りを目的として発行される国の債券。)を発行する、
という業務を行っている。
国庫の資金繰りの観点からの今後の課題は、ここ数年続いているマイナス金利下での資金繰りから、いずれ来るであろうプラス金利下での資金繰りに向けた準備である。マイナス金利下においては有利な運用先がないため資金繰り手段も限られるが、いずれプラス金利となれば、日本銀行との国債買い現先取引(※1)により、一時的に発生する余剰資金で日本銀行が保有する国債等を一定期間購入し、その間の利子に相当する利益を得ることができるなど、各特別会計において、いろいろな短期運用を行うことが可能となり、それを踏まえて国庫の資金繰りも大きく変える必要がある。無論、10年前、20年前はそのような資金繰りを行っていたのだが、その実務に携わっていた人間がどんどん卒業していっているため、知見の継承が課題である。
国庫の資金繰りは日々行う必要があり、止めることができない。今後に備えて、様々な資金繰りのやり方をシミュレートし、どのような状況が到来しても万全の対応ができるよう、国庫グループを挙げて取り組んでいる。
(※1)現先取引とは、債券などを一定期間後に一定の価格で買い戻す(売り戻す)ことを、予め約束して売買する取引のこと。売り手から見た場合を「売り現先」、買い手から見た場合を「買い現先」と呼び、売り手は一定期間の資金調達手段、買い手は一定期間の資金運用手段として利用している。
国庫グループの目標は「国庫金の効率的かつ正確な管理」である。これは財務省の「政策目標3」としてホームページにも掲げられている。国庫の資金繰りを通じて、国庫金が払底して支払いに支障が生じないようにするとともに、資金調達には金利などのコストを伴うことから国庫に過剰にお金を持たないようにする、ということである。一般会計でも、特別会計でも、それぞれ数多くの事業を行っているが、それを横断的に見つつ、国庫全体としてお金に余剰が生じている場合で、個別の会計でお金が不足するところがあれば、そちらにお金を回すなど、それぞれの時点での全体最適に向けて取り組んでいる。財務省の礎と言うに相応しい業務ではないだろうか。


2.通貨室
通貨制度を掌るのが通貨室である。我々の社会経済活動の基盤である通貨制度の重要性は、あまりにも自明であるため普段は意識することがないが、これまでも様々な人によって言及されている。曰く、
「夫レ幣制ハ一国財政ノ最モ重要ナル者。」松方正義
「資本主義を破壊する最良の方法は、通貨を堕落させることである。」レーニン
「貨幣は、あらゆるものを、したがって超過や不足をも計量する。…でなければ交易も共同関係もありえないであろう。」アリストテレス
「金のないのは首のないのと同じや。」(これはちょっと違う)
通貨室は、通貨の信認の確保という目標の下、日本の通貨を定める「通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律」や、「貨幣損傷等取締法」、「すき入紙製造取締法」等を所管するとともに、日本銀行券や貨幣の種別の決定・変更(改刷、改鋳)、天皇陛下御即位記念貨幣などの記念貨幣の発行、独立行政法人造幣局、独立行政法人国立印刷局などを掌っている。
近年話題なのが、新一万円券への変更などの改刷である。新一万円券の肖像が渋沢栄一、新五千円券が津田梅子、新千円券が北里柴三郎、ということはすでにご存じの方も多いだろう。
改刷って、何のためにやるの? と思われる方もいらっしゃるかもしれない。海外では紙幣の偽造が依然として多く見られ、日本においても2004年の前回改刷から20年近くが経過し、印刷技術が大きく進化する中で、偽造の潜在的リスクが高まっている。また、世界的に見ると、目の不自由な方等に配慮した「ユニバーサルデザイン」の思想に基づく紙幣デザインが主流となってきている。
これらを踏まえ、新しい日本銀行券は、偽造抵抗力が高く、誰もが使いやすいお札を目指してデザインを一新している。例えば、偽造抵抗力強化のために、傾けると肖像の向きが連続的に変わる「3Dホログラム」(銀行券への搭載は世界初)や、肖像の背景にも緻密な格子模様のすき入れを施した「高精細すき入れ」といった最先端の技術を新たに採用している。
ユニバーサルデザインとしては、額面数字を大きくするとともに、識別マーク(指で触って券種を識別できるマーク)の配置を券種ごとに変えるなど、違いをさらに分かりやすくしている。さらに、外国の方にも識別しやすいよう「BANK OF JAPAN」という文字を入れたり、漢数字に替えてアラビア数字の額面数字を中央付近に大きく表示したりするなどの工夫を施している。
改刷の実施は2024年度上期の予定であり、製造を担当する国立印刷局では、2021年9月に麻生前財務大臣及び黒田前日本銀行総裁臨席の下、「新日本銀行券印刷開始式」を開催し、新紙幣の製造を開始している。
現在、日本銀行において新しい日本銀行券の在庫を積み上げるとともに、市中のATMや各種自動販売機などの金銭機器について、新しい紙幣への対応作業が進められている。国庫課としては、来年には皆様のお手元に確実にお届けできるよう、引き続き日本銀行や国立印刷局等と連携し、発行開始に向けた準備を着実に進めていきたい。
なお、新五百円貨幣への改鋳は、すでに2021年11月に実施済みであり、おそらくお手元にはバイカラー・クラッド(※2)の新貨幣があるのではないかと思う。特にクラッドの方は外見からは何も分からないので、なぜ偽造防止になるのか、と思われるかもしれないが、自動販売機等の金銭機器のセンサーは材料特性の違いで偽貨を判別しており、クラッド仕様にすることで偽造抵抗力が向上することになる。そのほか、偽造防止の観点から、貨幣の周囲のギザギザが特定の場所だけスキマが大きい(世界初)、斜めから見ると「500」と書いてあるところに文字が浮き上がる(潜像)、微細文字や微細線の採用など、最先端の偽造防止技術が盛り込まれている。
(※2)バイカラーとは2色という意味であり、外側の外周と内側の円の2種類の金属から造られていることを言う。クラッドとは異なる金属を貼り合わせた材料のことで、内側の円は3層構造になっている。
また、記念貨幣の発行も所掌している。いつ、どのような記念貨幣を発行することが適当か、関係省庁とともに検討し、方針が決まれば、具体的なデザインに入る。デザインは造幣局の工芸の専門家が素案を作り、それを国庫課でアドバイザーを委嘱している美術の専門家の先生方に見ていただき、ご意見を基に修正する、というプロセスを辿る。美術の専門家としては、例えば、前文化庁長官の宮田亮平先生などにお願いしている。先生は、金属の板を叩いて造形する鍛金がご専門の金属工芸家である。
直近では、2025年に大阪で開催される「日本国際博覧会」に向けて、これから3年間、3回にわたって記念貨幣を発行していく計画だ。第一次と第二次は千円銀貨幣、第三次は一万円金貨幣、千円銀貨幣、五百円貨幣の予定。まず4月に第一次のデザインを発表したところである。表面には夢洲(ゆめしま)の万博会場をカラー印刷し、裏面には万博のロゴマークを虹色発色加工(微細な間隔に刻んだ溝を彫ることによって虹色に輝いて見える技術)でデザインしている。
第一次の千円銀貨幣の価格は13,800円。お申込みいただいた方の中から抽選で販売しているが、今回は8月8日からお申込みいただけるので、造幣局のホームページを是非チェックしていただきたい。
さらには、通貨室は独立行政法人造幣局と独立行政法人国立印刷局を所管している。
造幣局は、貨幣の製造に加え、各種勲章・褒章の製造、オリンピックメダルの製造、外国貨幣の製造などを行っている。
業務の中心となるのは、我々が使用している貨幣の製造である。新五百円貨幣について記載したように、貨幣には精巧な偽造防止技術が施されている。というのは、富本銭や和同開珎をはじめとして貨幣の歴史は古いが、その歴史は贋金との戦いの歴史とも言えるからである。造幣局も、日々技術を錬磨し、偽造防止技術の深化に全力を注いでいる。世界のどの国も同様の努力をしているが、例えば、かつてイギリスでは人類最高の知性であるアイザック・ニュートンを造幣局に登用した。ニュートンは、貨幣を巡る大きな混乱を鎮めるために改鋳を指揮するとともに、多くの贋金づくりたちを相手に、粘り強く取締りを行っていった。詳細は「ニュートンと贋金づくり」(白揚社)という本に詳しいが、巻措く能わざる名著であるので、ご一読をお勧めする。
こうした貨幣の製造が中心ではあるが、造幣局の技術の粋は、機械で大量生産する貨幣のみならず、美麗・荘厳・品格の諸要素を兼ね備えることが要求される一点ものの勲章やメダルなどの金属工芸品においても活かされている。
国で言えば、文化勲章や大勲位菊花大綬章、国民栄誉賞の盾などを造幣局は製造しているし、都道府県で言えば、例えば茨城県名誉県民章や山形県名誉県民章などを製造している。また、変わり種として、大相撲大阪場所造幣局理事長杯や、全国高等学校野球選手権大会優勝楯も製造している。金属加工であれば何でもござれ、という感じだ。
例えば、大勲位菊花章頸飾は、卓越した技能を持つ職員の手作業による糸鋸作業やヤスリ作業などにより、明治時代から変わらない日本の伝統技法を用いて製造されている。数多くの精緻かつ美麗な部品により構成されることから、製造に1年以上をかけている。こうした製造技術の弛まざる向上によって、国の品格ある叙勲制度の維持に貢献している。
先般の東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会では、すべての入賞メダルを造幣局が製造したが、そのメダルの側面には、それぞれに実は競技種目名の刻印と金メダルには1つ、銀メダルには2つ、銅メダルには3つの円形のくぼみが施されている。入賞メダルの現物は、造幣局の本局(大阪)及びさいたま支局の造幣博物館でご覧いただくことができる。
また、各都道府県において様々な表彰制度が存在するが、「せっかくなので、勲章や金メダルを製造している造幣局にお願いしたい。」という依頼がある。発注者の意向に沿って一からデザインしていくので、その都道府県の特徴を表すとともに、メダルの趣旨もきちんと反映したものが出来上がる。ご関心のある地方自治体の担当者の方は、是非造幣局までお問い合わせいただきたい。
さらに、個人レベルで言えば、記念日貨幣セットも販売している。これは、ワインのヴィンテージのように貨幣に「年銘」が刻まれることを活かした造幣局の商品であり、ある年の「年銘」が刻印された一円、五円、十円、五十円、百円、五百円の貨幣セットが片面にあり、もう片面には写真を入れることができるようになっている。贈り物を探している方は、「造幣局オンラインショップ」と検索すればホームページから購入することが可能なので、ご確認いただきたい。
次に国立印刷局であるが、国立印刷局も技術の宝庫であり、紙幣の原版を彫る工芸官の方々を筆頭に、人間国宝級の職人が多く在籍している。日本の紙幣の偽造防止技術は世界最高水準のものであり、まず紙を漉くところから工場で行っている。(国立印刷局の工場の中で紙の製造を行っている岡山工場と小田原工場は、製紙に大量の水を使用することから、清らかな大河川のほとりに工場がある。)紙幣の真ん中にある透かしは、印刷の前に、紙の製造過程で先に入れ込むものであり、こうした微細な加工が可能なのは自前で紙づくりから行っている国立印刷局ならでは、である。なお、こうした紙幣のすき入れと同じような図柄の紙を製造することは「すき入紙製造取締法」で禁止されている。
印刷についてもインクの製造から行っており、偽造防止の観点から、紫外線を照射すると、券面上に日本銀行総裁印や模様の一部が発光するようなインクを調合し使用している。
このほか、国立印刷局では、官報、パスポート、印紙、切手などの製造も請け負っている。
とはいえ、時代は今やDX。印刷なんて時代遅れじゃないの? と思われたあなた。実は国立印刷局はDXでも時代の最先端を行っている。例えば、国立印刷局が作成している官報について見ると、データが各所から国立印刷局に送付され、それを基に国立印刷局が編集作業を行い、大量に印刷して配布する、という工程を採っている。あれっ? これはデータのまま周知すればいいんじゃね? ということで、国立印刷局に持ち込まれるデータを編集し、様式を整え、偽造防止策を施した上でオンラインで公開する、ということをすでに行っている。(同時に紙でも印刷している。)今年1月には、オンラインで公開された電子官報であっても、紙の官報と同じ効力を有する、とした解釈が閣議了解されたところである。
また、官僚には馴染みの深い法案作成作業についても、昔は国立印刷局の工場まで行って読み合わせをしたものだったが、現在では大幅にデジタル化されており、あれっ? わざわざ紙に印刷しなくても、成立した法律のデータをそのままアップロードすればいいんじゃね? という流れにある。ただ、全国民の皆様にきちんと情報をお届けする、という観点からは、現時点においては「デジタルだけ」というわけにはいかない。紙とデジタルを併用し、お互いを補完しあう関係が当面必要であると考えられる。これまでも印刷のためのデータ収集・編集を行ってきており、データの取扱いには一日の長のある国立印刷局。国立印刷局にはDXに強い人材が集まっており、これまでに培ったノウハウと合わせて、デジタル化の最前線を走り続けていくことになるだろう。
通貨制度を担う通貨室。企画立案から、その実行部隊までを一気通貫で所管している。
造幣・紙幣の「幣」は「ぬさ」と読み、古代より「神前に供えるもの」として尊いものと言われている(※3)。通貨制度の重要性については改めて言及するまでもないが、ここが不安定になると、日本国の存立にかかわるだけでなく、国際的にも甚大な影響を与えかねない。絶対確実かつ慎重な運営が必要な所以である。日本人の通貨に対する信頼は非常に厚く、これには通貨室・造幣局・国立印刷局のこれまでの努力も寄与していると思われる。財務省の礎と言うべき仕事である。
(※3)大阪の造幣局のゲートには「幣(ぬさ)」のモチーフが飾られている。

写真: 新紙幣(上から新一万円券、新五千円券、新千円券。左が表面、右が裏面。)
写真: 新五百円貨幣(左が表面、右が裏面。)
写真: 万博記念貨幣(財務省でのデザイン発表には、万博公式キャラクターのミャクミャクも駆けつけた。)


3.CBDCチーム
最近立ち上がったばかりのチームである。CBDCとは、Central Bank Digital Currencyの略であり、すなわち、中央銀行が発行するデジタル通貨のことである。
通貨は、時代により、貝殻であったり、石であったり、金銀銅などの金属であったり、紙であったりしてきたが、近年のデジタル化の流れの中で、通貨も物理的な媒体ではなく、デジタル化できないか、という観点から発想されたものである。
先進国で実装している国は未だないが、各国で調査研究が進んでいる。大きく、ホールセール型とリテール型に分けられる。ホールセール型とは、銀行間決済などの大口決済においてCBDCを使うことができないか、というものである。一方、リテール型とは、簡単に言うと、我々が日常使っている紙幣や貨幣をデジタル化できないか、というものである。ただ、改めて日常を振り返ると、我々が貨幣などを使う機会は大きく減りつつあるのではないだろうか。○○ペイであったり、交通系ICカードであったり、クレジットカードを使うことで、お財布を持たない、という方も増えているようだ。したがって、リテール型でCBDCを導入するとした場合に、どのようなユースケースを想定し、どのような仕組みを導入するか、換言すれば、具体的に国民にどのようなメリットがあるか、ということを白地から考える必要があり、時間をかけてしっかりと検討していかなければならない。
同時に、各国の動向に目配りすることも重要だ。中国ではデジタル人民元をいくつかの地域で消費者が実際に使う、というパイロット実験を行っている。すでに民間企業によるデジタル決済手段が普及している中で、デジタル人民元はそうした既存の決済手段との差異化が図れるのか、差異化しなければ普及しないのではないか、との意見も見られる。
欧州において、ECB(欧州中央銀行)はデジタルユーロ導入に向けて他の先進国と比べれば積極的に検討を進めている。ただ、ECBには特有の事情もある。例えば、統一通貨ユーロを導入しているとはいえ、ユーロは20の独立国家において使用されているものであるため、決済システムが国によって異なっており、これを効率化する、という意義があろう。
米国も、調査研究の動きは続いているものの、現時点でCBDCに関しては中立的な姿勢を採っているように窺える。
いずれにおいても、通貨や決済の分野では、各国それぞれに日本と異なる歴史や事情を有するため、それらを踏まえて分析する必要がある。
日本では、日本銀行が本年4月から技術的な課題・対応策の検討を行うパイロット実験を開始し、政府としても「CBDCに関する有識者会議」(柳川範之座長)を4月に立ち上げるなど、着実に調査研究や検討を進めている。
ただ、すでに述べたように、通貨は我々の経済社会活動の基盤であり、国民生活に混乱を招来するようなことは決してあってはならない。政府としては、CBDCに関して丁寧に検討を進めていきたい。
新たな通貨を想像し創造する仕事、極めてチャレンジングでクリエイティブである。財務省のみならず、国家の礎、根源にかかわる業務と言えよう。


おわりに
以上、色々な観点から国庫課の仕事を眺め、いずれの視点からも、国庫課が財務省の礎であることがご理解いただけたのではないだろうか。
現在、国庫課では、意欲溢れる約40名の職員が働いている。出身は、財務局、国税局、税関、造幣局、国立印刷局、民間企業など様々ではあるが、全員が、国家の存立のために決定的に重要な仕事をしているという自負を有している。
本文を読んで、国庫課の業務にご関心を持っていただけたなら幸いである。学生の方であれば、是非財務省の門を叩いていただきたい。
国庫課には、大学を卒業してすぐに配属された者もいるなど、非常に若い組織なので、経験のない方でも楽しく仕事ができると思うし、また、その経験は一生の財産になると確信している。
一緒にやらないか?(inspired by 神田財務官)

写真: 国庫課集合写真(財務省図書館閲覧室の歴代財務省・大蔵省の看板の前で。)