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特集 持続可能な選択をするために 将来世代の視点で考える財務省の新しい取組 ―フューチャーデザイン―


持続可能な社会を実現するための政策決定の手法としてフューチャーデザイン(FD)が注目されている。財政制度等審議会でも議論のテーマとなり、財務省ではFD活用のための取組を開始している。取材・文 向山 勇

FDとは何か
持続可能な選択を可能にする手法として自治体で活用が進む 最初の実践例は岩手県矢巾町

フューチャーデザイン(FD)は、未来を想像し、そこに生きる人たちの立場になってみることで、持続可能な選択を意識しやすくなる手法として注目を集めつつある。こどもや孫のためにした行動が、自分自身を幸せな気持ちにさせると感じたことはないだろうか。そうした気持ちは親と子の間だけではなく、現在世代と将来世代との間にも成り立つと考えられる。つまり、現在世代が自分の利益を差し置いても将来世代のためになることをしてあげたいという気持ちを持つことができれば、私たちの社会は持続可能なものになっていくことが期待できる。
FDは西條辰義氏(京都先端科学大学特任教授)によって提唱され、地方自治体などで地域社会が抱える問題を解決する手法として、活用され始めている。
自治体による最初の実践例は岩手県矢巾町のケースと言われる。同町では「2060年矢巾町ビジョン」を策定するに当たり、FDの手法が用いられた。ここでは参加者が「現在世代グループ」と「仮想将来世代グループ」に分かれて、それぞれの立場からビジョンを策定した。そして、最終的には現代世代グループと仮想将来世代グループをペアにして、今後5年以内に実施すべき優先順位の高い政策を選定した。仮想将来世代グループが参加することで、「矢巾町の利益だけではなく、地域・社会全体の最適性の視点から議論を展開すること」や「より時間のかかる複雑な課題の解決にこそ優先度を高める判断をすること」などが可能になったという。
ほかにも長野県松本市や大阪府吹田市、京都府宇治市などに実践例がある。財務省では財政制度等審議会において議題として取り上げられ、その可能性を探っている。

財務省での取組のきっかけは財政制度等審議会での委員からの発言を受け取組を開始
財務省主計局でFDへの取組を開始したのは、財政制度等審議会での委員の発言がきっかけだった。令和4年9月開催の審議会で小林慶一郎委員からFDについて発言があったことを受けて、10月の審議会で事務局からFDの意義などについて説明された。それを聞いた各委員からも「具体的に取組を進めるべき」という声が多かったことから、建議にも記載された。それを受けて令和5年2月の審議会では事務局から財政に限らず様々な社会課題について、幅広く議論してもらうことを目的として、FDを実践するワーク形式のリーフレット案の提案があり、委員からの意見を取り入れながら、取組を進めている。

令和4年9月の財政制度等審議会の委員の声
今生きている私たちの政策は、将来世代に何らかの形で評価されることを実感することに意義がある。
自分が将来世代の役割を演じて、現在の自分たちに対して「ありがとう」あるいは「なぜそんなことをしたのか」といった、過去にメッセージを送る経験から、自分たちはそれを実感できる。
FDは自分自身の生活に関わる課題を共有した上で、理想の未来を考えて、ロールプレイングで体験・体感できるということが特徴で有効、大いに参考になる。
最近は目の前の現実課題に終始されがちであるため、意図的に将来世代の立場に立つという取組を広く議論していただけるように発信していく必要がある。
多様な参画が大事であると思う。多様な参画とは、参加者だけではなく、FDの会議を主催する人が、自治体、大学、その他NPO団体などにオーガナイズし、特定の議論に特化しない面で非常に大事ではないか。
持続可能な財政・社会保障の在り方を考えていく上でも、次の時代を担う若年世代を含めて、FDの考え方を活用した議論に社会各層を広く巻き込み、当事者としての関心を高めていくことが望ましく、取組を具体化していく必要がある。

令和5年2月の財政制度等審議会での委員の声
一緒に世代間を超え議論する枠組みとしてもそもそも非常に有効である。
学校のカリキュラム、小中高などの段階において、社会や公民の授業に取り入れるなどカリキュラムになると意義深い。
我々は歴史によって評価されているのであるということ、これを意識させるのがFDのポイント。
具体的に今困っている課題に打ち込んでいくことが良い。たとえば、地域の鉄道やインフラを考えていくときに、「30年後の人の立場になったらどうだろう」といった視点がとても大事である。

岩手県立不来方高等学校の生徒262名が参加 盛岡財務事務所で「FD×財P」を開催
未来人になりきった生徒が現在の日本にメッセージを送る
東北財務局盛岡財務事務所では、主計局の取組より早く、令和3年度より、「財政教育プログラム」にFDの考え方を取り入れたプログラム「FD×財P」を、矢巾町と協働して実施している。その一環として、令和5年2月20日に岩手県立不来方高等学校の生徒を対象に出前授業を行った。
当日は2年生の7クラスの生徒262名が参加、盛岡財務事務所の職員が講師となり、日本の財政について、歳入歳出予算や国債発行残高の推移、日本の税金の種類などについて説明した。
その後、矢巾町の職員がFDの考え方の特徴などを説明した後、生徒が未来人になりきり、現在の日本にメッセージを送るワークなどを行った。グループワークでは、グループごとに未来人から受け取ったメッセージを踏まえて現在とるべき政策を検討し、来年度の歳入歳出をどのように増減させるか、既存の予算にとらわれず自由な発想で話し合いをしてもらった。
未来人になりきった高校生からは「2050年には教育や医療分野でのデジタル化とAI技術の発展により医者や教師が少なくなり、教育費と社保費が減少した。今(2020年代)は、その技術開発のために科技振興費を増額する必要がある」などの意見が出た。
また、「AIで人口減少による労働力不足をカバーしているポジティブな未来像」を描く班が多かった中で、「AIとその開発者に仕事が集中し、職を得られない人が出てくるので、テクノロジーが得た収益を上手に再分配する制度が必要」といった意見も出た。
その上でグループワークとして2023年度の予算編成を行った。「未来像ではAIのおかげで社会保障・教育費が減少しているが、2023年度時点ではその効果はまだ出ていない。しかし、AI開発のために科学技術費は今増額する必要があるため、来年度予算では財政赤字は拡大し、財政健全化から一時的に遠のく」という結論を出したグループも見られた。高校生達は財政健全化の重要性を理解しつつも、科学技術費を増やす必要性があると考え、何を優先すべきかに悩む場面もあった。

生徒からの声
自分が納めた税金がどのように使われているのかもっと関心を持ちたいと思ったし、更に社会問題に意識を向けたいと思った。
未来人になってみて、未来の日本の事を考えてみたり、未来人の目線から、今の日本へアドバイスを考えたりなど、みんなで話し合ってグループワークできて楽しかった。
若者が選挙に行こうと思えるような今回のような講義などの活動がこれから重要になってくるのではないかと思った。

講師からの声
選挙権の付与を目前に控えた学年が対象であったこともあり、グループワークなどで考えた意見は、選挙を通じて反映することができるという話をさせてもらった。この授業が、日本の財政への興味や、参政意識の向上につながれば幸いだ。
写真: 講義の様子
写真: グループワークの様子

4月13日、企業から6名が参加 少子化対策をテーマに「FDワークショップ」を開催
財務省主計局調査課では、FDの可能性を探るため、ワークショップなどを開催している。令和5年4月13日には、民間企業から6名の参加を得て「少子化」をテーマに開催した。ワークショップの開催に当たって、課長補佐の岡本めぐみ氏から、FDの目的や意義についての説明が行われた。
私達は様々な問題について、どのように対応するか話し合って決めている。社会保障の在り方、財政、環境問題など、その選択の積み重ねが社会を形作り、その影響は、私達だけでなく、将来を生きる人々にも及ぶ。しかし、将来の人々は現在の意思決定に参加することができない。「将来世代の声を、現在の選択に反映する意思決定・合意形成のしくみ」はどうすれば作れるだろうか? それを研究するのがFDだ。
もし未来人がタイムマシンに乗って目の前に現れ、私たちがどう行動すればいいか教えてくれたら、将来の失敗が避けられるかもしれない。とはいえ、実際に未来人を連れてくることはできない。そこで私たち自身がタイムスリップしたつもりで「未来人」になり切って、未来の社会はどうなったか、今私たちはどうすれば良いか、現在生きる世代に提言を送ってみる良いのではないだろうか。
FDを通して皆さんと考えてみたいテーマは、経済や環境など沢山あるが、今回は少子化をテーマに、より良い社会をつくるためにどうすればいいか、考えてみたい。2065年には人口は約8,800万人に減少し、高齢者が4割を占めると予測されている。一方でこどもの数は減少し、合計特殊出生率は既におよそ1.3程度まで低下している。少子化の進行は、労働供給、経済や市場規模の縮小、地域・社会の担い手の減少、現役世代の負担増加など、結婚やこどもの有無に関わらず社会全体に大きな影響を及ぼす問題。
では、2070年にタイムスリップして、未来の社会がどうなっているかを想像してみよう。
写真: 主計局調査課課長補佐 岡本 めぐみ 氏

STEP 1 2023年から1970年への提言を考える
FDでは未来へタイムスリップしたつもりで、現在の私たちの行動について提言を送るが、未来人になりきるのは簡単ではない。どんな風に提言をすればよいか、その感覚を掴むため、まずは現在から過去に向けて提言をしてみる。過去50年間で日本や世界はどれくらい変化しているか。それを元に「●●してくれたら、良かったのに!」「●●してくれて、ありがとう!」といった提言を考えてみた。
1970年から見ると、今の私たちも未来人だ。将来への配慮をして欲しかったという実感を経て、私たちも未来に対する責任があることを改めて気づかされる。

1970年への提言
2023年のいまは環境問題が注目されていますが、1970年にはすでに公害が社会問題化していたはず。また、一般の人も大量消費と廃棄を繰り返す生活をしていたでしょう。二酸化炭素も出し過ぎていたから、今は夏が暑すぎる。
日本列島改造政策で日本全国均衡ある発展と地域格差の解消が進められたけど、もっとコンパクトな日本を目指したほうがよかったんじゃないかな。防災を意識した街づくりも必要だった。
一生懸命働いて、経済を成長させてくれて、ありがとう。世界における日本の地位が高まったし、豊かで便利な国にしてくれて助かっている。


STEP 2 未来にタイムスリップし未来像を描く
個人ワークで2070年を想像しグループで共有、未来像を描く
ステップ2では未来にタイムスリップして、現在の制約にとらわれず、未来像を自由に描いてみる。まずは個人ワークとして、今の年齢のまま2070年にタイムスリップした自分をイメージして、そこでの生活や社会を自由に想像することから始める。理想の未来も良くない未来も、どちらも考えてみる。
その後、想像した2070年の世界をグループで共有する。各人のアイデアを元にグループで一つの未来像を描いた。
未来人になり切るために、2070年のことは現在形・断定形で、それ以前のことは過去形で話すのがルールだ。未来人になり切ることで、今は存在しない将来世代がはっきりと可視化される。

チームの代表が2070年の未来像を発表
チームA
健康寿命は延びたが稼げる層は限られている
2070年には医療技術の進化もあり健康寿命が延びています。2023年には80歳程度だった健康寿命が110歳程度まで伸び、80歳くらいまで働けるようになったが、多くの仕事は自動化されて人間の仕事量は減り、特殊技能を持った特定の層しか稼ぐことはできない。それでも、天気も病気もコントロールできるようになった世界を享受し、ある程度は皆幸せに暮らしている。

チームB
AIに生かされる世界に。超格差社会が到来
2070年は人々がAIに生かされている。2025年にシンギュラリティが起こった。AIが人類の知能を超える転換点を迎え、人々の生活を大きく変化させた。
その結果、2070年には子育てもロボットが肩代わりしてくれているので、自分の活動をしやすくなっている。また、国会議員も官僚もAIが担うようになっているため、社会インフラが整っている。人口は減っているが、インフラが整ったため、少子化は大きな問題にはなっていない。人々は働く必要さえなくなり、お金という概念さえなくなっている。
結果、整った社会をみんなが平等に享受できているかというと、逆に超格差社会になっている。環境問題が深刻化して、安全に暮らせるエリアが限られている。超富裕層は地上に住み、地下はスラム街になっている。
2070年に暮らす人々が2023年を振り返ると、「少子化がなぜ問題になっていたのだろう」という感覚になっている。


STEP 3
未来から現在へメッセージを考える
現在の選択が未来にどう影響したかを伝える
2023年から1970年にメッセージを送ったように、2070年に生きる未来人から現在世代に向けて、メッセージを送る。現在世代の選択や行動が、未来にどんなにどんな影響を及ぼしたのか? これからどんな行動をすれば、どんな未来が作られるのか? タイムスリップした未来から、現在へメッセージを送る。また、2070年からの提言を受けて、将来のために今、どんな政策をとればいいかも考えてみる。現在の課題を起点に考えるのと、未来を起点に考えるのとでは、今何をすべきなのかのアイデアが異なることも。
チームの代表が未来からのメッセージを発表

チームA
小さいころからAIを使いこなす教育を
2070年の未来人は「未来を想定した教育をしてくれればよかったのに」と言っている。その声に応えるために今、必要な政策は、小さいころからAIを使いこなすための教育を義務化すること。また、寿命が延びリタイア後の人生が長くなったことで、お金の管理はより重要になってくるので、金融リテラシーを向上させるための教育も必要だ。
また、2023年は会社の定年退職が65歳を前提に考えられているが、2070年には健康寿命が長くなり働ける年齢が高くなる。定年制度の見直しが必要になるし、少子高齢化によって社会の支え手が少なくなることを防ぐため、今から2人以上の子どもを産めるような経済的支援などの政策をとっておく必要がある。

チームB
AIに負けないための全世代型の教育が必要
2070年の未来人は「AIを使いこなせる日本にしてくれてありがとう」と言っている。技術はどんどん進んでいくが、それをどう使うか人間側の進歩が大事になっていく。そこで今、必要な政策はAIに負けないための全世代型の教育。それによってAIと共存しながら人らしく生きることができるだろう。1970年から2023年の変化より、これからの50年間の変化の方が早く大きいので、未来予測にもしっかり投資するべき。


まとめ
未来視点で必要と思われることを、未来のために実行しようとしたときに、今を生きる世代からは反対意見が出てくることがあるかもしれない。たとえば、未来のための投資が必要な場合。しかし、使える予算が一定であれば、代わりに何かを減らさなければならなくなるかもしれない。財政だけではない。環境や経済など様々な課題において、現在世代と将来世代の間で摩擦が起きることはある。未来のために現在の何かを犠牲にしなくてはならなくなるかもしれない。それに反対する人も出てくるだろう。FDはそういうときに有効だと考えられる。皆が未来のことを考える視点を持つようになれば、今必要なことは何かの優先順位が変わったり、前向きな合意形成がしやすくなるのではないだろうか。
本日のワークショップでは最初に過去を振り返った。ここでは、過去の人たちにもっとこうして欲しかったという気持ちを感じただろう。私たちも未来の人から同じように見られることになる。次に未来を想像した。現在の制約にとらわれず、未来の社会を描いていただいた。今の選択が未来に影響することを感じる場面もあったのではないだろうか。その上でいま何をすべきかを考えたが、現在を起点に考えるのではなく、未来を起点に考えることで違うアイデアが得られそうだということがわかった。

参加者の声
未来人になりきって議論することは非常に難しかったです。今起きていること、未来についてきちんと考える良い機会となった。
「未来にタイムスリップして現在を見つめ直す」という手法は分かりやすかった。今後の業務でも戦略策定に生かせると感じた。
少子化について考えたとき、両チームとも、こどもを増やすという直接的なアプローチではなく、別のアプローチで解決する未来を描いていた。未来から考えることで、問題を複合的に捉えることができたと思う。
未来人になりきって議論することで気づきがあった。さまざまな年代でグループが構成され、メンバーの意見を聞くことができて楽しかった。
現在と未来を行き来するのは難しかったです。未来から逆算したときには必ず「教育」の重要度が高くなる。未来作り=教育だと思った。
未来像を議論しているうちに「少子化」に留まらない大きな社会変容に話が膨らみ、テーマから外れてしまったので、少子化対策についてもっとフォーカスしてからタイムスリップすれば良かったかもしれない。

ワークショップを振り返って
良かった点
単なる現在の延長線ではない未来を想像することにより、今回のテーマである少子化という課題の直接的解決だけではない、別のアプローチの必要性や、これから私たちが対応すべき別の課題を、皆で認識することができた。

改善点
ワークショップのゴールは「今どんな政策をとれば良いか」だったが、それを意識しながら未来像や現在へのメッセージを深められるような、時間配分やワークの流れの提示方法に工夫が必要。

これからの取組
●FDの考え方を広く知って頂けるよう、手に取ってもらいやすいパンフレット「より良い未来のために、今できることを考えよう」を作成。
財務省ホームページでも公開中。
https://www.mof.go.jp/policy/budget/fiscal_condition/related_data/202304_fd.pdf
●ワークショップも実践と改良を重ねていき、財政以外にも様々な社会課題について、社会で広く自発的な議論が進むよう、官民連携のプラットフォームのようなものを作ることも検討。

図表.フューチャーデザインの目的
図表.開催概要