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コラム 経済トレンド106

M&Aを通じた日本企業の成長について

大臣官房総合政策課 調査員 岡 昂一郎/山口 晶子
財務事務官 知田 直樹


本稿では、国内事業会社の成長に向けたM&A促進の重要性について考察を行う。

M&Aの必要性
日本と米国の株価を比較すると、日本企業の株価の上昇は緩やかに留まる。産業構造の違いによるところも大きいと考えられるが、例えば、情報通信や医薬品といった個別の業種で比較しても日米の株価上昇率には大きな開きが確認できる(図表1. 日米の株価推移)。
成長に向けた取組みとして、設備投資および研究開発の規模は、対GDP比でみると日本が米国に劣後する訳ではないが(図表2. 設備投資の国際比較(対GDP比)、図表3. 研究開発の国際比較(対GDP比))、M&Aの金額においては大きな差がある(図表4. M&A金額の国際比較(対GDP比))。技術やネットワーク等を既に有している既存企業を取り込むことによって「時間を買う」ことが可能なM&Aにより、一部の米国企業は急速な成長を実現していると考えられる。今後、成長を志向する日本企業においては、同様にM&Aの積極的な活用が必要不可欠となるであろう。
(出典)Bloomberg、World Bank、経済産業省「民間企業のイノベーションを巡る現状」、JPEA「日本におけるプライベート・エクイティ市場の概観」、文部科学省 科学技術・学術政策研究所「科学技術指標2022」

スタートアップM&Aの意義
スタートアップはイノベーションの担い手として期待されているが、既存企業の成長の加速を考える際にも、スタートアップへの投資およびM&Aが重要になるだろう。諸外国と比較して、日本のスタートアップに対する投資の金額は小さく、拡大の余地は大きいと考えられる(図表5. 事業会社によるスタートアップ投資額の国際比較)。
一方で、日本のスタートアップ企業においては、前回の資金調達時よりも低い株価で株式を発行する「ダウンラウンド」の例が目立ち(図表6. 国内スタートアップのダウンラウンドの事例)、継続的な資金調達が困難になっているとの指摘もある。また、上場後においても、IPO(新規株式公開)から1年が経つと公開価格や初値からマイナスになっている銘柄の方が多く、その状況は増加傾向にある(図表7. 上場後の株価の変動)。この状況の下では、スタートアップ企業が経済の成長を牽引することは期待しにくいであろう。
M&Aには、スタートアップ企業が保有する経営資源を、経済全体でさらに有効に活用する可能性を拡大させるという意味がある。実際に、M&Aを実施した国内企業においては、その後の生産性成長率が上昇し、経済全体の生産性上昇率も高まったという分析結果も存在する(図表8. M&Aによる効果)。以降は、M&Aの促進にあたっての取組みを検討したい。
(出典)三菱総合研究所「大企業とベンチャー企業の経営統合の在り方に係る調査研究」(平成30年度経済産業省委託調査)、豊福康友「直近のスタートアップの事業環境を踏まえた日本における「事業創造」の取り組みについて」、日本経済新聞「壊れてしまったマザーズ「過小値付け」に投資家が反乱」、Yojiro Ito and Daisuke Miyakawa, 2022, Performance of Exiting Firms in Japan - An Empirical Analysis Using Exit Mode Data

M&Aの促進にあたっての課題
M&A実施にあたっての課題について、事業会社へのアンケートによれば、マッチングが進まない最大の理由は「判断材料が不足していた」ことが挙げられている(図表9. M&Aマッチング時の課題)。買収先の多くは、未上場企業であり、契約前に開示される情報だけでは判断がつかないケースが多いと考えられ、M&Aの知見を有する機関が適宜助言することも重要であろう。なお、実際にM&Aを行った企業の相談相手としては、公認会計士や金融機関が挙げられている(図表10. M&A交渉時の相談相手)。
また、将来のリターンを大きく得るためには、一定のリスクテイクが必要だが、日本企業は諸外国と比較するとリスクを避ける傾向にあり、ROA(総資産利益率)も低水準であることが分かる(図表11. リスクテイクの国際比較)。国内でのM&Aの実施件数もまだ少なく、知見も限られた中で、経営者がM&Aの実施を決断することには相当に高いハードルがあると考えられる。
これらを踏まえ、M&Aを促進する方法の1つとして、共同投資が挙げられる。実際に、近年では政府系金融機関が買収元企業と共同で投資を実施することで、M&Aに関する知見の不足を補うとともに、M&Aに伴うリスクとリターンを分散することで、M&Aの成立を後押ししている。以降はその実例と今後の展望について検討したい。
(出典)Yasuhiro Arikawa, Kotaro Inoue, Takuji Saito(2016)「Corporate governance, employment laws, and corporate performance in Japan:An international perspective」、木村 遥介(2018)「企業のガバナンスとリスクテイク」、中小企業庁「M&A実施に当たっての課題」、三菱UFJリサーチ&コンサルティング「成長に向けた企業間連携等に関する調査」(2017年11月)

M&Aの促進にあたっての取組み:共同投資
政府系金融機関の共同投資の実例として、中堅・大企業によるM&Aとしては、買収先のネットワーク等を取り込み買収元事業の拡大に繋げた例や、スタートアップのイノベーションを加速させる成長支援等を実現している例がみられる(図表12 中堅・大企業によるM&Aの例)。
また、スタートアップが買収元となる例も存在する。AI技術開発のスタートアップがAI活用の見込まれる中堅・中小企業等へ投資をする例や、取引相手であったスタートアップ同士が互いの技術やサービスを活用し、それぞれの事業を拡大している例も存在する(図表13. スタートアップによる中堅・中小企業投資の例)。この場合においても、財務基盤が脆弱なスタートアップにとって、共同投資はM&Aを実現するにあたって有効な手段であろう。
共同投資の実施によって、M&Aに伴うリスクの分散およびノウハウの補完、財務負担の軽減など多様な効果が発揮されることが考えられる(図表14. 共同投資の概念図)。政府系金融機関だけでなく、民間の金融機関においても、こうした取り組みを実施し、幅広くM&Aの成立を促進することが必要であろう。企業のリスクテイクを支える体制面を整えることを通じて、国内の産業革新・創造の推進、そして日本企業の成長に資することを期待したい。
(出典)各社HPを参照の上、作成

(注)文中、意見に関る部分は全て筆者の私見である。