このページの本文へ移動

ファイナンスライブラリー


評者 独立行政法人住宅金融支援機構監事 鈴木 恭人

廣光 俊昭 著
哲学と経済学から解く世代間問題 経済実験に基づく考察
日本評論社 2022年9月 定価 本体5,400円+税


本書は、財務総合政策研究所の研究員の廣光俊昭氏が、我々の社会や人類の持つよきものを次代に引き渡すための手掛かりとなることを願って、いまだ生まれざる者を含む異なる世代の間に成り立つべき道徳上の関係について考察した意欲的な著作である。
業務多忙な中、著者を本書の執筆へと突き動かしたものは、将来世代において問題の一層の深刻化が予想される気候変動や財政問題などの課題への対応が先送りされていることへの危機感である。本書は、その解決策として、複数の世代間(現役世代とまだ存在しない将来世代との間)で認識を共有して政策対応を検討するための枠組みを現実化(社会に実装)するための具体的方法論を提案する野心的な内容となっている。
本書の特徴は、世代間問題に取り組むために哲学と経済学という二つの学問分野の枠組み、方法等を用いるだけでなく、本書全体を通じて新しいアイデアを提供することに力を注いでいる点にある。
本書第2章及び第3章では、広範な哲学的考察により、世代間で、責務でなく互恵性を強調する考え方に注目し、先行(現在)世代が自らのふるまいを通じて後続世代の考え方を感化しうることを述べたうえで、実証の必要性とより精緻な考察を課題としている。
第4章では、将来世代の観点から持続可能な社会を考え、『ヒトの考え方』そのものを変える『社会の仕組み』のデザインを目指すフューチャー・デザインの考え方に基づき、長期の財政政策についての経済実験を通じ、熟議の機能に関する実証分析を行っている。
本書のもう一つの特徴は、理論的考察にとどまらず、実証結果に冷静に向き合う姿勢である。フューチャー・デザインの考え方を取り入れた経済実験においては、財政に関する実験の参加者に対して個人的な受益と負担の情報を与えることが、かえって個人的利害への執着を強める結果となり、世代間問題への対応に関して、必ずしも著者が希望した結果でなかったことも示されている。
著者は、この実験結果についても、長期の財政問題の解決に向けて考慮すべき事項として受け止め、課題と位置づけて整理し、「ひとつの実験は新たな実験を呼び込む。」「本書での取り組みは、その解明に向けたはじめの一歩である。」と決意を新たにしており、研究意欲はとどまるところを知らない。
著者は本研究が継続的なものであることを強く認識しており、各章の章末に課題を掲載するとともに、最終章で、さらなる研究の展望として以下の3点を掲げている。
・人間の持つ多様な動機について、より基礎的な水準へと掘り下げる研究をおこなうこと
・経済実験をはじめとした実証研究の実践を積み重ねること
・世代間問題をよりよく取り扱うために必要な新たな倫理と制度の社会実装に向けて取り組むこと
本書で提案されている個々の分析結果や提案はもとより、研究活動を通じて世代間問題に継続的に向き合い、社会変革の現実化に向けて取り組む著者の決意、情熱と、長期的視野に刺激を受けた。知的に貪欲に挑み続けようとする姿勢にこそ本書の価値を感じる。
以下は、本書「おわりに」の抜粋である。
・将来世代は現世代による不正の結果を一方的に受け取ることしかできず、市民的不服従に訴えることさえできない。世代間倫理の現実化を担保するには、同一世代内の場合以上に、(中略)システムの支えを必要とするのである。
・譲歩は道徳的不正でさえある。
・大気の組成や債務を通じて、我々は将来世代に接している。我々はその将来世代に人であるものとして向き合うのであり、道具として手に取ってはならない。
希望ある社会を次世代に引き継ぐ使命を共有し、将来世代の視点に立って、広く社会の持続可能性を追求し、適正・公平な行政を目指す多くの人々に、本書を手に取っていただきたい。