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特集 令和5年度 農林水産関係予算について

主計局主計官 河口 健児


1.5年度農林水産関係予算の基本的考え方
(1)「令和5年度予算の編成等に関する建議」の「農林水産」のポイント
ロシアによるウクライナ侵略等を背景とした国際的な食品原材料価格や生産資材価格の上昇、供給の不安定化が続き、食料の安定供給に対する関心が高まり、食料・農業・農村基本法の改正に向けた農林水産省の食料・農業・農村政策審議会での議論をはじめ、「食料安全保障」について様々な場で議論が行われている中、財政制度等審議会による「令和5年度予算の編成等に関する建議」(令和4年11月29日)の「農林水産」において、以下の点が指摘された。
ア 食料安全保障について
食料の安定供給を確保することは極めて重要である一方で、今後の安全保障の議論が、輸入に依存している品目等の国産化による自給率の向上や、備蓄強化に主眼が置かれることには疑問。
輸入農産物を全て国内で自給するためには現在の農地面積の2倍の面積が追加で必要となるとの試算もあるように、現在の食生活の水準を国内生産で全て賄うことは現実的とは言えない*1。
輸入国別の構成を見ると、現在は友好国や民主主義国、市場主義国からの調達がほとんどであり、安定的な調達が行われている。
今後も不測時の調達途絶リスクを回避できるよう、友好国等との国際的なネットワークを不断に構築・強化し、輸入と備蓄と国内生産の適切なバランスを図り、国内生産を増大させる場合には、国際分業・国際貿易のメリットや経済合理性を無視してまで行う必要があるのかを十分考慮すべき。
米政策を中心に、非効率な従来の施策を見直しつつ、スクラップ・アンド・ビルドで、財源とセットで検討する必要。
イ 米政策の現状と課題について
飼料用米については、交付金単価が大きく、収量によっては主食用米を生産した際の所得を上回ることから、作付のインセンティブが強く、転作作物の作付が飼料用米に偏重する傾向。足もとの転作面積の増加もあり、作付面積・生産量は「食料・農業・農村基本計画」の2030年目標を既に超過するほどに増加。
主食用米と飼料用米の所得が乖離している状況を踏まえ、需要に見合った農産物の生産に資するよう、交付金単価の見直しが必要。
単収の多い専用品種に交付金の配分を限定し、主食用米と区分した生産を徹底していくべき*2。
人口減少が続く中、今後も主食用米の需要の減少傾向が続くことは避けられず、転作面積も必然的に増大していく状況の下、既存の水田を維持し、多額の財政資金を投じて飼料用米をはじめとした転作作物を作り続けていくことは、「真に我が国の食料安全保障の強化に資する施策」とは言えず、財政上も持続可能ではない。
水田経営の中での転作による、低収益で補助金に依存する構造から脱却し、耕地利用率を高め、野菜等のより収益性の高い作物に転換*3し、労働時間等との関係で野菜等への転換が困難な場合には、国内で自給できていない小麦・大豆等の生産にシフトしていくことが重要*4。
水田作に比べ、畑作の単収が多く、単収あたりの生産コストが低いことも踏まえ、水田における「転作」ではなく、水田を畑地化し、水田活用交付金から卒業した上で、畑地における「本作」を進めていく必要。
水田の畑地化*5に当たって、畑作物の生産に適した農地となるよう、排水改良等の基盤整備が必要となるが、畑地化した場合に水田活用交付金の交付対象外となることもあり、基盤整備事業の実績は僅少。
水田全体の約46%が汎用化されているものの、水田に作付されている転作作物としての畑作物等の割合は3割程度にとどまって、汎用化された水田の約3分の1は、本来の機能が発揮されていない可能性。
畑地の方が汎用田よりも水利施設が小規模となる分、一般的に維持・管理等のコストが低い。
畑地化及び汎用化のコスト比較なども踏まえ、必要に応じ、畑地に転換するための更なるインセンティブ措置も検討すべきで、今後も増加が見込まれる水田の転作面積を極力畑地化し、農業の生産基盤を強化していく必要。
ウ 農林水産物・食品の輸出について
農林水産物・食品の輸出額を2025年までに2兆円、2030年に5兆円とする目標を掲げ、目標達成に向け、「農林水産物・食品の輸出拡大実行戦略」を策定し、様々な取組を推進しているが、単なる売上げ目標の達成にとどまらず、農林水産業の付加価値や従事者の所得の増加につながっているか、予算の内容・規模を定量的に分析しながら、販売促進等の支援を効果的・効率的に進めていくべき。

(2)令和5年度農林水産関係予算のポイント
以上の点を中心に、建議の指摘を基本方針として、令和4年度第2次補正予算と一体で令和5年度予算編成を行い、化学肥料や配合飼料等の価格高騰など喫緊の課題への対策を講じるとともに、食料安全保障の強化に向けた支援、米政策をはじめとした既存の施策の見直しなど、生産基盤の強化・構造転換に向けた様々な取組について、所要の予算を計上した結果、令和5年度の農林水産関係予算は総額2兆2,683億円と対前年度比▲94億円(▲0.4%)、令和4年度第2次補正予算は8,206億円となった。


2.主な施策の概要
以下、主な施策の概要を紹介する(以下の括弧内の金額は前年度当初予算比)。
(1)食料安全保障の強化
食料安全保障の強化に向け、安定的な輸入と適切な備蓄を組み合わせつつ、水田の畑地化支援により収益性の高い野菜や国内で自給できていない麦・大豆など畑作物の生産を推進するとともに、海外に依存した肥料・飼料などの国内生産を推進。
【主な施策内容】
✓ 畑地化による野菜や麦・大豆など畑作物の本作化
✓ 輸入に依存した加工・業務用野菜の生産拡大
✓ 化学肥料など生産資材の使用低減
✓ 肥料の国内資源利用拡大や肥料原料の備蓄
✓ 飼料の生産・利用拡大、安定供給確保
✓ 米粉の利用拡大
✓ 食品事業者における原材料の調達安定化
✓ 燃油・資材の森林由来資源への転換
✓ 養殖業における飼料原材料の転換
・ 食料安全保障の強化に向けた対策283億円(+36億円)、[令和4年度第2次補正予算]1,642億円

(2)米の需給安定と水田の畑地化による畑作物の生産の推進
主食用米の需要が減少する中、補助金によって飼料用米などへの転作を毎年繰り返している状況から脱却し、野菜や麦・大豆など、需要のある畑作物の生産へのシフトを進める観点から、水田を畑地化して野菜や麦・大豆など畑作物の生産に取り組む農業者に対し、畑作物の定着までの一定期間の支援や、畑作物の産地づくりに取り組む地域を対象に、土地改良区の地区除外決済金の費用負担に要する経費等を支援。
また、飼料用米について、主食用米との所得差が乖離し、作付面積・生産量が2030年目標を超過していることなどを踏まえ、多収品種の作付を促し生産性向上を図るため、令和6年産から一般品種の支援単価を段階的に引き下げるとともに、飼料用米の3年契約による作付が定着しているため、産地交付金による3年契約の支援単価の加算措置を廃止する見直しを実施。
このほか、産地と実需の連携の下、輸出用米や米粉用米(パン・めん用の専用品種)の低コスト生産等の取組を支援。
・ 水田活用の直接支払交付金等 2,940億円(▲110億円)
うち畑作化促進助成(※*6) 22億円
・ コメ新市場開拓等促進事業 110億円(新規)
・ 畑地化促進事業(※) [令和4年度第2次補正予算] 250億円

(3)農業農村整備事業等による水田の畑地化の推進
生産性・収益性等の向上に向けて、農業農村整備事業等による水田の畑地化を推進するため、これまでの野菜等の高収益作物のほか、麦・大豆・トウモロコシ等の作付を増加させた場合についても事業費の農家負担を軽減するなど、インセンティブ措置を強化。
・ 農業農村整備事業関係 4,457億円(+4億円)
うち畑地化・畑地の高機能化等の推進分(※) 150億円
、[令和4年度第2次補正予算]1,677億円
うち畑地化・畑地の高機能化等の推進分(※) 400億円

(4)畜産・酪農の安定的な経営の推進
飼料価格の高騰等による畜産・酪農の生産費の上昇を踏まえ、配合飼料価格の高騰の影響緩和対策や、生乳の生産費上昇の適正な価格転嫁に向けた需給ギャップ解消への支援、さらには加工原料乳生産者補給金の単価引上げなどの実施により、畜産・酪農の安定的な経営を推進。
・ 加工原料乳生産者補給金 331億円(+18億円)、[令和4年度第2次補正予算]64億円
・ 配合飼料価格高騰緊急対策 [令和4年度第2次補正予算]103億円
・ 生乳需給改善対策 [令和4年度第2次補正予算]57億円

(5)農林水産物輸出の拡大
円安も活かし、農林水産物・食品の輸出額を2025年に2兆円とする目標を前倒して達成するとともに、2030年に5兆円とする目標を達成できるよう、生産者・事業者の所得向上効果を把握しつつ、「農林水産物・食品輸出促進団体」を中核とした品目ごとの売り込み強化や、海外における品種登録支援や知的財産の保護・活用を行う「育成者権管理機関」の設立などの施策を実施。
・ 農林水産物輸出の拡大に向けた支援 109億円(+1億円)、[令和4年度第2次補正予算]426億円

(6)中山間地域等の課題への対応
予算の執行状況や所要見込額等を反映しつつ、高齢化や人口減少による中山間地域等の機能低下、荒廃農地の増大等の課題に対応。
・ 農山漁村振興交付金 91億円(▲7億円)、[令和4年度第2次補正予算]14億円
・ 中山間地域等直接支払交付金 261億円(±0億円)
・ 多面的機能支払交付金 487億円(▲0億円)

(7)林業・木材産業の持続的成長の推進
林業の持続的発展や、外国産木材価格の高騰等に対応するため、森林資源の適正な管理や国産材供給体制の強化を推進。
・ 森林整備事業 1,252億円(+5億円)
・ 林業・木材産業循環成長対策 72億円(▲5億円)
・ 国内森林資源活用・木材産業国際競争力強化対策 [令和4年度第2次補正予算]499億円

(8)水産業の基盤強化の推進
不漁問題、燃油価格高騰等に対応する観点から、資源管理に取り組む漁業者に対する経営安定対策等を着実に実施するとともに、水産業の成長産業化等に向けて、収益性向上に必要な漁船・漁具等のリース方式による導入等を支援。
・ 漁業収入安定対策事業 202億円(±0億円)、[令和4年度第2次補正予算]380億円
・ 漁業経営セーフティーネット構築事業 18億円(±0億円)、[令和4年度第2次補正予算]330億円
・ 水産業成長産業化沿岸地域創出事業 30億円(+4億円)
・ 資源調査船建造費等 -(▲18億円)

図表 資料1 日本の供給カロリーの国別構成
図表 資料2 主食用米の需要量と生産量の推移
図表 資料3 飼料用米の作付面積と生産量の推移
図表 資料4 主食用米・転作作物の所得比較(令和4年度)
図表 資料5 畑作の優位性
図表 資料6 水田稲作からの野菜への転換の必要性
図表 資料7 米政策への対応(水田活用の直接支払交付金等)
図表 資料8 農林水産関係予算の推移
図表 参考 稲作の労働時間状況

*1) 食料自給率は、輸入飼料部分を自給としていない一方で、大宗を輸入に依存している肥料原料・エネルギー資源について輸入に支障がない前提となっており、また結果的に食品ロスとなる分も含めたもの。
*2) 令和3年産の飼料用米作付面積について、品種別では、一般品種が6割に達し、多収品種を大きく上回っている。
*3) 耕地利用率と小麦の生産のピークは、下記のとおり。
耕地利用率:昭和36年138%、令和3年91%
小麦:昭和15年179万トン、令和3年110万トン
*4) 小麦・大豆は、畑作の方が水田作よりも、単収が多く、単位収量当たりの生産コストが低い。トウモロコシ・野菜も同様の傾向と考えられる(資料5参照)。
*5) 水田の基盤整備については、畦畔(けいはん)の除去など、畑地として固定的に使用するための「畑地化」のほか、排水機能を強化した上で、水稲と畑作物等のローテーションによる営農が可能となる「汎用化」がある。
*6) ※については、「(1)食料安全保障の強化」の「畑地化による野菜や麦・大豆など畑作物の本作化」に含まれる。