このページの本文へ移動

職員トップセミナー

講師 河田 惠昭 氏
(関西大学社会安全センター長・特別任命教授 阪神・淡路大震災記念 人と防災未来センター長)

演題
首都直下地震など国難災害から我が国を守る
令和4年11月28日(月)開催


はじめに
皆さんおはようございます。河田でございます。私が47年間研究してきた成果を、一部ですが皆さんにご紹介できる機会をいただき、とてもうれしく思っております。私からお話しする時間は1時間と大変短いのですが、今何に研究を集中させているかということを中心にお話しさせていただきます。
今日の講演内容は次の6つに分かれております。
それは「巨大災害が国難災害に変貌」「なぜ被害が未曽有になるのか」「コロナパンデミックも相転移災害」「首都直下地震で発生する「相転移」の例」「では減災の方法はあるのか」「国難災害の減災戦術と戦略」です。
今日お話いたします首都直下地震とか南海トラフの巨大地震は、被害が大きくなるということにとどまらずに、我が国が先進国から脱落するような大きな被害を被るということなのです。
私たちはこうした経験をしたことないので、「そのようなことは起らない」と考えがちですが、それは「必ず起こるけれど、いつ起こるかわからない」という特徴をもっているためです。そしてなぜそんなに被害が大きくなるのか、しかも今コロナ・パンデミック第8波が大変心配されておりますが、これは今日私がお話しいたします「相転移災害」なのです。「相転移災害」ですから、大変取り組みが難しいということもわかるのです。
今日の本題であります「東京で地震が起こったらどうなるのか?」については、相転移が起こることが既に分かっております。しかしそのことを理解できるのは研究の第一線で努力している人にしか分からないのです。「そんなことは起らない」と思いたい、ということが先行していて、いくら警告してもそういう状態から抜けきれないのです。
ご承知のように今年の冬に東京電力は4%の剰余率といいますか、電力の供給力に余裕がない状況に陥るわけですが、こんな時に首都直下地震が起きたら、首都圏全体が1か月以上停電するということをもっと真剣に考えないといけないのです。さしあたりこの冬をどうするか、ということで対策を微に入り細に入り講じていても、地震が起きたらそんなものはたちまち通用しなくなるのです。ではどうやってそれを避けるのか、減災の方法はあるのか、あるのであれば、それを実行していただく、こういうことで本日の講演を進めたいと思います。


1.巨大災害が国難災害に変貌
(1)わが国の巨大災害
我が国は過去1,500年くらいの間、大災害が起きた事実が古文書に記録されております。このような国は世界でわが国だけです。
犠牲者が千人以上出た可能性がある災害のことを「巨大災害」と定義して、古文書に目を通して調べてみると、これまでに99回巨大災害が発生していることが判明しました。1,500年間に99回ということは、平均して15年に1回巨大災害が発生していることになります。そう考えてみると、平成時代は約30年間続きましたが、阪神・淡路大震災と東日本大震災という大震災が2回発生しました。15年に1回の割合です。「15年に一度巨大災害が発生するということは今も続いている」という考え方が必要です。
どういう災害が起きているかというと、ご覧いただいている資料にある通り、津波、地震、高潮、洪水が1,500年間に20回から30回発生しています。火山噴火は3回と少ないのですが、日本は温帯の国なので、山の中腹辺りから上には冬寒くて人が住めず、集落がないためです。火山爆発自体は非常に激しいのですが、そこに集落がないということで、巨大災害は3回にとどまっています。インドネシアやフィリピンでは、標高4千メートル級の火山があって、山頂近くで大きな農業集落があるため、火山爆発が起きると、一度に千人以上が亡くなるということが現在も繰り返されている状況です。

(2)東京は世界一危険なスーパー都市
私どもが一番心配しているのが東京です。東京は世界で1、2を争う魅力ある都市であることは間違いありません。ですが裏の顔は実は世界一危険な都市でもあるのです。この事実はずっと隠されてきています。ご覧いただいているのはドイツのミュンヘンの再保険会社が提供してくれている世界主要都市の災害リスク指数です。東京がダントツに危険であること(東京710.0、サンフランシスコ167.0、ニューヨーク42.0、ロンドン30.0、パリ25.0など)は保険業界では理解されているのです。

(3)首都直下地震発生の切迫性
ご覧いただいているのは歴史的に首都圏でどういう地震がこれまでに発生してきたかを示す図です。地震の起こり方には2つあります。1つはプレート境界型地震です。日本列島の下にはフィリピン海プレートや太平洋プレートが潜り込んでいます。日本全体はユーラシアプレートとか北米プレートの上に乗っているのですが、これは陸のプレートです。フィリピン海プレートや太平洋プレートは海のプレートなので、少し重いです。ですから海のプレートと陸のプレートがぶつかると、重い方が下に潜ります。東北地方を載せている北米プレートは下面で太平洋プレートとくっ付いていますが、太平洋プレートは毎年日本海溝で10センチぐらい北米プレートの下に潜り込んでいます。これがだいたい4メートル潜り込むと、密着している陸のプレートと海のプレートが剝れてしまい、地震発生につながるのです。
東日本大震災が起きた海域では過去400年間で地震津波が平均して37年間に一回発生しています。明治三陸津波は1896年、昭和三陸津波は1933年にそれぞれ発生しています。この間まさに37年です。
そしてその途中で今度は陸のプレートの中で直下型地震が発生するのです。何故かというと、プレートの境界で海のプレートが潜り込んでいるため、そのエネルギーが内陸の方にしわ寄せされることで地震が発生するのです。これが直下型地震であり、東京では1855年の安政江戸地震が発生しています。それを挟んで1703年に元禄地震、1923年に関東大震災が発生しています。関東地方では図1. 関東地方の3枚のプレートと可能な震源の位置のようにフィリピン海プレートをはさむ3層構造になっています。そのため、プレート境界型と直下型2つの種類の地震が交代で発生しています。ですから次は令和の東京における直下型地震が心配です。1855年の安政江戸地震では、当時はほとんど木造密集市街地で人口百万人を超える世界一の都市でした。そのため地震発生により火災が多く発生しました。
今から99年前の1923年に関東大震災が発生した際には10万5千人が亡くなりましたが、その90%は焼死でした。住宅が広域延焼火災で焼け落ちてたくさんの方が亡くなったのです。
こうした経験が「地震で火災が起きなければ大きな被害にはならない」という教訓につながったのです。ご承知のように9月1日は関東大震災が発生した日ですので、政府は「防災の日」という形で啓発活動を行っておりますが、この時作成される防災のポスターは「地震だ、火を消せ」という標語が毎年使われておりました。地震が起きても、火災さえ起らなければたくさんの人は死なない、と思っていたわけです。でもこれが実はとんでもない間違いだったのです。これについては後ほどご説明します。

(4)首都直下地震の震源の候補位置
東京で起こる地震については、北米プレートとフィリピン海プレート、太平洋プレートがバームクーヘンのように上下に組み合わさっており、ご覧いただいている図1の1から5の箇所で地震が起こるのです。地震が起こるところを震源といいますが、首都圏では5カ所も地震を起こす場所があるのです。そして直下型地震はこの1と3のところで、つまり地表に近いところで起こることが心配されています。活断層調査は阪神・淡路大震災以降、文科省が中心となって全国で進められていますが、東京は富士山の火山灰に広く深く覆われているので、どこに活断層があるのかよく分からないのです。ですから「ここに活断層があるのではないか」という前提のもとで、被害想定を見積もらざるをえないということで現在に至っているのです。

(5)国難災害が起こると日本は潰れる
では発生したら国が潰れるかもしれないという災害にはどのようなものが考えられるか、というと、それは今申し上げた首都直下地震、それから南海トラフ巨大地震です。南海トラフ巨大地震は世界的に見て、地震が起きて津波が発生したというデータが最も多く残っている地震です。日本書紀に684年に大きな地震が起きたことが書かれて以来、9回起こっています。平均発生間隔が150年であることも分かっています。前回が昭和南海地震で1946年ですから、76年経過しています。平均周期の半分まで来ているのです。でも150年というのは平均であり、100年未満で発生したこともあるので、今要注意であると言われております。この南海トラフ巨大地震は、発生したら西日本が壊滅状態になるのですが、幸い東京、首都圏はそれほど大きな被害は受けないことが分かっております。
そして地震だけではなくて、東京の水没が非常に心配されております。ご承知のように、東京は1930年くらいから1980年代まで地盤沈下を続けており、日本で最大の地盤沈下をしたのが江東区です。江東区はこの50年間で5メートル近く沈下しています。江東区にはゼロメートル地帯が広がっていて、「地盤の沈下は日常的には分からなくなっているではないか」と言う方が多いのですが、実は24時間連続でポンプを稼働して水を掻き出しているのです。
江東区は都心に近いので、マンションがどんどん建設されています。江東区は荒川下流沿いに位置しておりますが、荒川の堤防はスーパー堤防になっていて、簡単には決壊しないということで住宅地として人気が高いです。
でももし停電してポンプが停止すると、翌日には水の中にマンションが建っているという状況になる地域なのです。
これと同じ状況にあるのがオランダです。オランダは国土の3分の1がゼロメートル地帯です。オランダは昔風車で水を掻き出していたのですが、今はディーゼルポンプで水を掻き出しています。オランダの国土全体が粘土でできているので、何もしないでおくと水が染み出てくるのです。オランダにはスキポール国際空港がありますが、これは海面下3メートルのところにできており、ポンプで水を掻き出さなかったら、スキポール国際空港は水没してしまいます。オランダ政府は年間約1兆円をかけてディーゼルポンプで国土の浸水を防ぎ続けているのです。
東京もゼロメートル地帯が広がっていますので、そこに大きな高潮がやってきたり、或いは荒川が氾濫したりすると、大変な被害が出ます。ですから私どもは警告するのですが、「そんなことは起りません」と話を聞き入れない住民の方が多いです。ですが、荒川も利根川も氾濫を繰り返していることを忘れてはいけません。

(6)熊本地震の教訓
2016年4月14日に起きた熊本地震では政府はプッシュ型の支援を実施しました。東日本大震災での大きな反省があったからです。被災地からの要請がなくても政府がプッシュ型で支援することとなり、佐賀県鳥栖市に265万食の救援物資が届けられました。ところが、鳥栖市から熊本の852カ所の避難所にタイミングよく救援物資を届けることができなかったのです。何故かというと、高速道路が使えなかったので、一般道路を使って宅急便のトラックで水や食料を運ぼうとしたのですが、渋滞に閉じ込められてしまい、決められたものを決められた時間に運ぶことが出来なかったのです。被災者数は首都直下地震に比べると10分の1以下ですから、それほど大きな問題にはならなかったのですが、部分最適全体不適の典型例になったのです。
それから警察も消防も自衛隊もことごとく初動に失敗しています。警察は5月に伊勢志摩サミットを控えていたので、4月に入ってから2万8千人の警察官を動員して全国で警備態勢に入っていたのです。熊本地震が発生した時、熊本県警が緊急援助隊を要請したのですが、「それはできない」ということで、地元の警察だけで対処しなければならなかったのです。でも地元の警察だけではできるわけはないのです。
消防はどうかというと、消防は1948年に自治体消防になりましたので、今の消防庁は司令塔の機能を持っていないのです。ですから、出動要請で全国から消防隊が熊本に駆けつけたのですが、組織的にどう対応したらよいかが全く分からなくて、それぞれの消防隊が現場を見つけて活動することになったのです。
自衛隊についても大型のヘリコプターが使えなかったということがありました。そのため、熊本市内の健軍にある陸上自衛隊の基地に救援物資を空輸することができなかったのです。
私は熊本地震の検証委員会の委員長になりまして、6回ほど会合を重ねた結果、熊本地震よりも被害が大きくなると、国は災害救助法とか災害対策基本法を適用することができないことが分かりました。
実は熊本地震が起こるまでは、「東海地震の発生が予知され総理大臣が『警戒宣言』を発令して対処する」というストーリーがあったのですが、その前提となる科学的根拠は危ういものでした。それがようやく地震学会において「東海地震は予知できない」と認めていただいたので、1978年にできた議員立法の地震対策特別措置法に代わって、気象庁長官が臨時情報を出すこととなったのです。

(7)被害規模が想像を絶する大きさ
首都直下地震が発生しますと、震度6弱以上が予想される地域に病院が1673あるのですが、そこに約26万人が入院しており、停電により大変なことになるのです。
ご覧いただいている資料に「長期広域停電」と書いてありますが、「停電について事前にそんなに深刻に考えなくてよい」との発想になった場合には、「首都直下地震で帰宅困難者が大量に発生するが、それをどうするのか?」という課題の方に注力してしまいます。ですが、長期広域停電は地震がいつ発生しても起きるのです。ラッシュアワー時に帰宅困難者が出るというのは一日のうちのたった2時間です。地震が起きて停電する確率に比べると、24時間分の2時間、つまり12分の1の確率です。ですから、停電は必ず起きるけれども、ラッシュアワー時に地震が発生して帰宅困難者が出る確率は10分の1以下だということをきちんと理解しなければいけないのです。
南海トラフの巨大地震は非常に被災者が多いということで、これには対応することができない、もう警察も自衛隊も全く人数が足りないということです。しかも我が国は高齢化社会を迎えております。令和4年4月1日に総務省は災害時の要援護者が全国で777万人いることを明らかにしました。つまり地震が発生した時に自分の力で外に出られないという人がとても増えているのです。
南海トラフ巨大地震が起きると、大きな津波の来る地域は、例外なく震度6弱以上の揺れが1分以上続きます。そうすると1メートル以上の家具は全部倒れてしまいます。家具転倒防止装置というのは直下型地震のようにたった10秒くらいしか強く揺れないときには効果があるのですが、1分間も揺れると、1メートル以上の家具は全部倒れると考えなければいけないのです。私が一番心配するのはタワーマンションに住んでいる方々です。確かに建物は免震構造、制震構造になっていますから大丈夫なのですが、室内の家具は滅茶苦茶な状態になってしまうのです。こういうことはタワーマンションに住んでいる方々は知らないのです。
長期広域停電になると、タワーマンションに電気が来ない、水道が使えない、エレベーターが使えない、ということで生活できなくなります。こういうネガティブな面の課題に対してわが国は何時も無視することを繰り返しているのです。

(8)災害は社会現象だ
今日の講演の一番のポイントは「災害というのは社会現象だ」ということを理解していただきたいという点です。災害は自然現象だと思っていると、どうしようもないと諦めてしまいますが、英語では被害が起こらない災害のことをHazard、被害が伴うものをDisasterと区別しております。日本は言葉の定義があいまいで、いずれの場合も「災害」と呼んでいるのです。
災害は社会現象ですから、被害を少なくするということは極めて社会・政治的な問題であると認識することが大事なのです。


2.なぜ被害が未曾有になるのか
(1)想定外災害ではなく相転移災害
ではなぜ被害が未曾有になるのか? これが本日の講演のとても重要なポイントです。東日本大震災では、震災直後に行方不明も含めて1万6千人の方が亡くなりました。これについては「とんでもない大きな津波が来て、それによって亡くなった」と皆さん理解されているかと思いますが、実は最初に津波がやって来た岩手県沿岸でも地震が起きてから第1波の津波が来るまで約30分の時間があったのです。ですから一生懸命に避難していたら、ほとんどの方が助かっていたのです。もちろん陸前高田の場合のように18メートルの津波が来て市役所の屋上に逃げても助からなかったという例もありますが、このようにどうしようもない状況で亡くなった方というのは全体の中ではごく僅かなのです。
一番大きな原因は、浸水した地域の住民は約60万人いますが、その住民の27%が避難しなかったことです。何故避難しなかったのかというと、一番多い理由が「仕事があるから避難しなかった」というものです。それから「海岸に沿って高さ5~6メートルのコンクリートの防潮堤があるので、それがあるから大丈夫だ」という理由、もっとひどいのが「気象庁の大津波警報など当たらない」という理由です。このように自分本位の判断で避難しなかったことが人的被害を増やしてしまったのです。日本は先進国ですから大きな防災力があるのです。でも「不都合なことは起らない」と考えてしまうと、それが役に立たないのです。

(2)人口過密大都市で『災害の相転移』が発生

図2.都市の人口密度が国の10倍以上になると相転移が発生する可能性が大きくなり、犠牲者が爆発的に増加することを示す図は1991年に私が作ったものに最新のデータを付け加えたものです。我が国の平均の人口密度は1平方キロに約330人ですが、例えばこの図の横軸の10は「1平方キロに約3,300人」が住んでいることを示しております。図の上方に書いた曲線上にある点Kは1995年の阪神・淡路大震災時の神戸市です。点TとYは1923年の関東大震災時の東京市と横浜市です。点Mは1985年のメキシコ地震時のメキシコシティです。首都メキシコシティではこの時1万人が亡くなりました。各点をプロットするとこの曲線に乗りますよね。この図をつくった時はまだ阪神・淡路大震災は発生していなかったのですが、阪神・淡路大震災後にデータをプロットすると曲線に乗ります。
この図から分かることは、沢山の人が住んでいる都市では人的な被害はとても大きくなるということなのです。
ふつうはこの下方に書いた曲線に沿って人的被害が生じるのですが、都市にたくさんの人が集まっていると突然人的被害が大きくなる、下方の曲線から上方の曲線にジャンプする「災害の相転移」が起こるのです。これは私が研究して見つけたことです。私はこの図で第1回日本自然災害学会学術賞を受賞したのですが、この図の重要性が分かっていたのは私と学会賞を決める審査委員だけでした。この図の重要性がなかなか理解されないまま、阪神・淡路大震災を迎えることになったのです。
こちらの図3. 明治、昭和、平成の大津波による犠牲者の多くは、すぐに避難しなかったという「相転移」で発生したことを示す図は岩手県宮古市田老地区の津波の高さと死亡率の関係を示したものです。

死亡率が83%の点が明治三陸津波、33%の点が昭和三陸津波、そして4%の点が東日本大震災です。死亡率のデータが3つの点ともに同じ曲線の上に乗っております。同じ曲線の上に乗っているということは同じ理由で被害が発生している、すなわち『災害の相転移』が起こり、住民が逃げなかったのです。明治三陸津波のときも、昭和三陸津波のときも、東日本大震災のときも住民が積極的に避難しなかったために人的な被害が生じております。
阪神・淡路大震災では火災ではなくて、古い木造住宅の全壊や倒壊によって5千人が亡くなっております。これは起ってみて初めて分かったのです。ですから政府は老朽木造家屋に耐震診断を受けさせて耐震補強を促す政策をずっと継続していますので、最近地震が起こっても、古い住宅が潰れて犠牲になる人がどんどん少なくなっております。

(3)「相転移」とはどういうこと?
相転移というのは実は熱力学の用語です。水の温度が0℃より下がりますと、液体からいきなり氷になりますよね。液体が固体になるのです。100℃を超えると今度は水蒸気という気体になります。このように温度がちょっと変わるだけでガラッと変化する、これを相転移というのですが、社会現象においてもこれが起こることを私が見つけたのです。
『災害の相転移』というのはたくさん起きているのです。例えば、線状降水帯で雨が降りますと、河川が溢れます。昔は増水すると堤防の弱いところが壊れて、水が市街地に流れ込んでいたのですが、今は増水のスピードが速いため、堤防が壊れる前に河川の水が溢れる越流氾濫が起こっているのです。堤防全長にわたって水が溢れるため、市街地に短期間に大量の水が入り、床上浸水になるのです。床上浸水になると、床下浸水の約7倍くらいの被害が出ます。こういう相転移が起きているのです。


3.コロナ・パンデミックも相転移災害
(1)ネットワークという相転移の特性
コロナ・パンデミックについても2つの相転移が重なっていると考えると納得がいくのです。
まず感染症はクラスターをつくりながら、感染者が別の場所に行って集団で何か行動してまたクラスターができる、というネットワーク状に広がっていきます。
次に私たちの社会経済構造というのは、1990年代にコンピューターソフトのWeb2.0が開発されて、今コンピュータでメールでやり取りしている、つまりデータが瞬時に水平方向に広がる、ネットワーク的に広がっているのです。
コロナ・パンデミックの問題が何故むずかしいのか、というと、社会経済がネットワーク化している、そして感染症もネットワーク的に広がる、こういう問題に直面しているからなのです。
中国は今「ゼロコロナ」政策を推進しておりますが、これは失敗することは間違いありません。なぜかというと、かつての感染症はロックダウンや3密対策で対処できたのですが、その当時の世界の人口はたった数億人でした。今中国には14億人の人間がいるのです。2千万人以上の都市が複数ある地域でゼロコロナ政策はできないのです。
我々の社会経済構造がネットワーク社会になっている、そして感染症もクラスターを形成しながらネットワーク状に広がっていくのです。
GoogleとかAmazonとかFacebookとかMicrosoftといった世界の巨大情報産業というのはネットワーク構造になっております。ですから利益が集中して独占をもたらしているのです。コロナ・パンデミックに通ずるような社会現象として理解する必要があるのです。

(2)文化的・文明的防災力の向上
こちらは2021年7月時点でのコロナの感染率、死亡率のデータです。日本は一人当たりのGDPが2018年当時、世界第27位でした。日本より一人当たりGDPが少ない国は全部感染率が高い。これは理解できますよね。病院数が十分にない、医療水準が十分でないといったことが背景にあるのです。科学が進歩するには、経済的に良くならなければいけないのです(文明的防災力)。

ところが、日本よりも一人当たりGDPが大きい国でも感染率は高いのです。日本は感染率が一番低い。つまり経済的に豊かになっても、感染率は下がらないのです。結局日本は清潔文化が豊かであるために感染率が低いのです(文化的防災力)。一人当たりGDPが大きい国で感染率が高いところはみな移民が多いのです。ドイツはかつて6百万人もトルコからイスラム教系の移民が来ておりました。ドイツはキリスト教ですから、イスラム教系の移民が住んでいるところとキリスト教のドイツ人が住んでいるところとが混ざらないのです。こういう文化的な非融合が起こると、感染症のようなものをコントロールするのはとても難しいのです。
図4.わが国はコロナパンデミックを経験して、一人当たりのGDPを増やす努力(文明的開発)と日常の習慣の洗練(文化的発展)の両者を目指すべきことを示す図は、COVID-19の感染率、死亡率と一人当たりGDPとの関係を示した図です。日本は今座標の原点の位置にありますが、本来の日本の位置はもっと右斜め下にいないといけないのです。つまり日本はもっと一人当たりGDPを増やす、そしてもっと文化的に豊かにならなければいけないのです。
日本はG7諸国の中で累積感染者数も死亡者数も最も少ないのです。これは科学的開発(Science Development)と文化的発展(Culture Development)について日本がG7諸国の中で一番うまくいっているということなのです。

(3)貧困をなくそう=災害をなくそう
持続的開発目標であるSDGsは、持続的開発目標(経済的に貧しい国)と持続的発展目標(経済的に豊かな国)の2つの分野に大別されますが、我が国のような先進国は開発ではなくて、発展なのです。
SDGsの目標の第一は「貧困をなくそう」ですが、もともとは「災害をなくそう」にしようとしたのです。ところが、国連加盟国で災害がよく発生するのは全体の3分の1の60か国くらいしかないのです。そのため「災害をなくそう」では全会一致で採択されないので、災害が発生すると必ず貧乏になることから、「貧困をなくそう」となったのです。日本は先進国ですが災害が多く、災害が起きれば貧困になります。SDGsの第一の目標ということは一番大事な目標のはずです。ですので、「貧困をなくそう」は「災害をなくそう」と同じことだということを理解していただきたいのです。


4.首都直下地震で発生する「災害の相転移」の例
(1)長期広域停電という相転移がもたらす被害
相転移が東京で起こる、そして例えば長期広域停電が起きると、病院災害、輸送災害、交通災害、食料災害、情報通信災害、水道災害、都市ガス災害といった複合災害が起きてきます。そしてこれら一つ一つの複合災害に、エレベーターが止まる、交通機関が止まる等の二次、三次災害がぶら下がってくるのです。首都直下地震が起きると、長期広域停電するだけで、ネットワーク的に被害が拡大して広がることが理解できます。首都直下地震が起きると、首都圏全域が停電する、1か月以上に及ぶ危険がある、でもこうしたことを多くの人が知らないのです。
東京電力は株式の53%を国が保有している国有会社です。福島第一原発事故後、倒産するかもしれないということで株式を政府が保有しています。現在、東京電力の発電は火力発電所の割合が91%以上となっており、その火力発電所は東京湾沿岸に集中しています。火力発電所は1カ所で一般に200万キロワット程度の発電能力がありますから、地震発生により1カ所でも運転を停止すると、計画停電を実施せざるを得なくなります。1カ所以上運転停止となると、もうお手上げ状態になることも理解していただく必要があります。

(2)1755年リスボン大地震(国難災害)
今から約260年以上前の1755年にポルトガルのリスボンは地震・津波・火災が発生して、大きな打撃を受けました。この当時スペインとポルトガルとで地球を半分ずつ支配するという能力を持っていたのですが、この災害で市民の約3分の1の8万5千人が死んで、結局これでポルトガルは覇権を失いました。


5.では減災の方法はあるのか?
では減災の方法はあるのでしょうか? これについては、縮災(災害レジリエンス)、すなわち事前対策といった「予防力」及び復旧・復興期間短縮といった「回復力」を確保することによって首都直下地震を迎えなければいけない、ということです。縮災の構成要素である「災害文明」(公助)と「災害文化」(自助、共助)で対処するのです。結局、文化と文明を組み合わせてdevelopmentすることであり、まさにSDGsにつながっているわけです。
日本では災害文明はどんどん進む一方、災害文化はどんどん衰退しているのですが、これではダメであり、災害文明(科学)を分母にして災害文化(日常の習慣)をその上に置くという姿に持っていく必要があるのです。


6.国難災害の防災戦術と戦略
最後になりますが、国難災害をどうやって防いでいけばよいのでしょうか?
先ず、相転移現象を発見して、それを応用するという「近代科学の発達」が必要です。
それだけではなく、日本国憲法に「緊急事態条項」を明記する、そして具体的な有事計画を策定する、さらに内閣防災省を創設するといった「国民文化の洗練」も必要です。
今年5月には岸田総理にお会いして、「平時」から「緊急時」対応への円滑な移行と緊急財政支援を請願いたしました。「基本的人権を守る、国民の財産権を守る」という現在の憲法の枠組みの中では災害対策基本法は機能しないのです。
すでに中国は最も必要な物資や技術については自給自足できるようにする「中国の要塞化」戦略を進めています。例えば14億人の人間が食べていくため大豆2年分を貯蔵しております。
でもアメリカはそこまで考えていません。国家安全保障の面からもこうした国難災害に向けた対応はとても重要なのです。
ご清聴ありがとうございました。
(以上)

講師略歴
河田 惠昭(かわた よしあき)
関西大学社会安全センター長・特別任命教授
阪神・淡路大震災記念 人と防災未来センター長
1974年京都大学大学院工学研究科博士課程修了。工学博士。1976年京都大学防災研究所助教授を経て、93年教授、96年巨大災害研究センター長。2002年阪神・淡路大震災記念 人と防災未来センター長(兼務)、2005年防災研究所長、2007年巨大災害研究センター長、2010年関西大学社会安全学部長、2012年より現職。京都大学名誉教授。多数の防災研究会等委員を歴任。国内外でその功績が認められ学術賞、功績賞を多数受賞している。