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世界銀行における世界経済見通しの作成・ポイント

世界銀行開発見通し局エコノミスト 稲見 修*1


1. はじめに
私は、2020年8月に財務省国際局から世界銀行開発見通し局(Prospects Group, Equitable Growth, Finance & Institutions(EFI))に出向して参りました。当時は、COVID-19第一波の真っ盛りで、着任後も完全リモートワークが続いていましたが、昨年の夏になり漸く本格的にオフィスが再開となり、現在は週に2、3日オフィスに出勤、残りは自宅勤務のハイブリッド式で勤務しています。
世界銀行での業務というと、新興国・途上国の政府機関などを相手に、貧困削減・繁栄の共有に向けたプロジェクトを組成、実施するなどのイメージが強いのではないかと思いますが、私が所属する世界銀行開発見通し局では、マクロ経済情勢や一次産品価格などの見通しや分析などを対外的に発信することを主たる業務内容としており、私は主に、世界銀行が発表する「世界経済見通し(Global Economic Prospects report、以下 GEP)」(図表1. 世界銀行「世界経済見通し(GEP)」*2)の作成に携わっています。
GEPは、国際通貨基金(International Monetary Fund:IMF)のフラッグシップレポートであるWorld Economic Outlook(WEO)に相当するレポートで、年に2回、1月と6月に公表されています。GEPについては、世界銀行東京事務所のセミナーや各種メディアなどで紹介いただくことも多く、ご存じの方も多いかとは思いますが、今般の出向を通じその作成に携わるという貴重な機会をいただきましたので、本稿では、世界銀行開発見通し局の業務内容、世界銀行での経済見通しの作成過程などを可能な範囲で紹介させていただき、本年1月に発表された直近のGEPのポイントをご紹介出来ればと思います。


2.世界銀行開発見通し局の業務内容
世界銀行の業務は、(1)低利・無利子融資や贈与(グラント)を通じた教育、保健、行政、インフラ、金融・民間セクター開発など開発プロジェクトの実施支援、及び(2)政策面での助言、研究、分析ならびに技術支援など、いわば国際公共財としての革新的知識の共有、という二大基幹業務に大別されますが*3、私が所属する開発見通し局は主に後者の機能を担っています。
開発見通し局では、二大定期刊行物であるGEP及び「一次産品市場の見通し」(Commodity Markets Outlook(CMO)。毎年4月、10月に発表。)の他にも、債務や投資、生産性、インフォーマルセクターなど様々なトピックについて分析を行い、報告書や文献を発表しています。例えば、世界経済が本年リセッション(景気後退)に直面する可能性を指摘した報告書(2022年9月)*4など、マクロ経済情勢に係る様々なホットトピックに関する報告書や文献、また「ピンクシート」と呼ばれる主要一次産品46品目の価格動向や、財政余力、インフレーションなどについてのデータベースなどを発表しており、世界銀行の主要な役割であるナレッジ分野での国際公共財の提供の重要な一翼を担っています。
こうしたリサーチ・分析分野での日本政府とのコラボレーションも盛んに行われており、昨年5月に発表された、主要な一次産品全てを網羅した初の包括的な分析である報告書「一次産品市場:変化、課題、政策(仮題)」(Commodity Markets:Evolution, Challenges, and Policies)*5や、2020年に発表され、とりわけ新興国・途上国の所得向上と貧困削減の重要な基盤となってきた生産性の伸びの減速とパンデミックによる更なる打撃を世に問うた報告書「世界の生産性:推移、促進要因、政策」(Global Productivity:Trends, Drivers, and Policies)*6などは、日本政府とのコラボレーションによるプロジェクトの好例です。
また、レポートや出版物の作成・発表の他にも、シニアマネジメントや他部門からのプレゼン資料や発言要領などの作業依頼も頻繁にあり、それらに往々にしてタイトなスケジュールで対応することになる点は、霞が関での業務と相通じるところがあります。この他、G20等の国際会議への貢献や民間主催セミナーなどでの対外的な発信にも力を入れており、日本の皆様には、世界銀行東京事務所が開催する様々なセミナーやイベントを通じ当部門の業務に触れていただく機会が多いのではないかと思います。

コラム〈世界銀行での研修プログラム〉
世界銀行では、様々な語学のレッスンからCV(履歴書)の書き方やジョブインタビューの練習まで様々な研修プログラムが用意されています。こうした全職員向けの研修プログラムに加え、私が所属する開発見通し局では、部門の特性に応じ、一般の読者向けに簡潔で分かりやすい英文を書くことに特化したライティング研修や、パワーポイントの作成から模擬プレゼンテーションまで包括的にカバーするプレゼンテーション研修などといった発信スキル向上に向けたプログラムや、Bloomberg terminalやマクロ経済データベースであるHaver Analyticsなどデータ・システム系のプログラムなど、様々な実践的な研修が用意されています。


3.世界銀行「世界経済見通し(GEP)」の特徴
GEPは、世界経済の直近の動向、見通し、リスク、政策課題・提言をまとめた第1章、東アジアやサブサハラ・アフリカなど地域毎のより詳細なマクロ経済動向・見通しについての第2章に加え、その折々のホットトピックを扱う章から構成されています。
国際開発金融機関のマクロ経済レポートらしく、新興国・途上国*7、とりわけ低所得国(low-income countries)により焦点を当てた内容となっており、貧困削減・繁栄の共有という世界銀行の組織目標に照らして重要な指標となる国民一人あたりの所得(GDP per capita)など、開発関連の指標を数多く用意している点も特徴です。
また、一概に新興国・途上国といっても多種多様で、例えば昨年のように資源価格が急騰した際など、その影響は資源輸出国と資源輸入国で大きく異なり、政策課題や政策提言に関しても各々の事情にに応じたものを示すことが求められます。こうした点を踏まえ、GEPを始め開発見通し局の出版物では、一次産品輸出国(commodity-exporting countries)や一次産品輸入国(commodity-importing countries)*8、安定的・持続的な経済成長の基盤が確立されておらず、2030年までに世界の最貧困層の3分の2を占めると予測されている「脆弱・紛争影響国」(fragile and conflict-affected states:FCS)*9という区分や、直近のGEPの第4章で重点的に取り上げられている小国家(特に太平洋地域やカリブ海地域に多く存在する小島嶼国)(small states)*10など、新興国・途上国を特徴に応じグループ分けした小分類がよく用いられています。
また、政策課題やリスクについても、世界的な課題と新興国・途上国に固有の課題とに分けて詳述されており、世界的な課題に関しては、例えば今般の米国の金融引き締めが新興国・途上国に及ぼす影響のように、主要国からの波及的効果(spillover effects)に重きを置いた記載となっています。


4.経済見通しの作成過程
ここで少し、GEPに掲載されている各国・地域の経済見通しがどのように作成されているのか、可能な範囲でご紹介できればと思います。
GEPの作成過程に関し私がチームに加入して驚いたことの一つは、その準備が予想よりも長い時間をかけて行われることでした。前述の通りGEPは年に2度、1月上旬と6月上旬に公表され、公表後しばらくの間はメディア対応やスタッフが各国を行脚してプレゼンなどを行うロードショーの期間となりますが、それらが一段落すると、早くも次のGEPに向けた準備が始まる、というサイクルとなっています。従って、3、4か月先の読者を念頭に置いてナラティブや見通しの作成に着手することとなり、こうした作業は常にチャレンジングではありますが、チームで議論を積み重ね、レポートに磨きをかけていく作業は得難い経験かと思っています。
世界銀行の経済見通しの特徴の一つとして、130以上の国に設置されている世界銀行の現地事務所のネットワークをフル活用し、いわば現地主導で新興国・途上国各国の経済見通しが作成されている点が挙げられます。こうした中、私が所属する開発見通し局は、各国の経済見通しを作成する上で鍵となる先進国・一次産品価格の見通しの作成や、グローバルなナラティブの作成、各国の経済見通しの全体的な調整などを行っています。
GEPに向けた経済見通しの作成は、開発見通し局が、先進国(advanced economies)及び一次産品価格の見通しについての当初想定(initial assumption)を作成するところから始まります。これら当初想定は、新興国・途上国各国の経済見通しを作成する上での重要な土台となり、世界銀行の各国デスクは、マクロ経済モデルや国民経済計算(GDP統計)を踏まえ、各国デスクが平素官民のカウンターパートに対し行っているヒアリング、小売や鉱工業生産などといった高頻度のハード・データや購買担当者景気指数(Purchasing Manager’s Index:PMI)などのソフト・データ、そして特に新興国・途上国の場合は、貿易や金融など様々なチャネルを通じ伝播する波及的効果など、様々な情報を勘案し、各国の経済見通しを作成します。
経済見通しは随時発表・更新される経済データや財政・金融政策の変更、そして自然災害や気象条件など外生的なイベントによって日々変化する「生き物」です。そのため、各国デスクと取りまとめを行う開発見通し局のエコノミストとの間で緊密に連携し、他の国際機関や各国の中銀・政府機関、そして民間の経済見通しなど、外部の組織が作成・発表している経済見通しの動向も確認しつつ、GEPの公表に向けて、経済見通しを随時ブラッシュアップしています*11。


5.今回のGEPのポイント
ではここからは、本年1月10日に発表された最新のGEPのポイントを、私が担当している世界経済情勢部分を中心にご紹介したいと思います。

〈世界経済の直近の動向、見通し〉
今回のGEPのポイントは大きく3点、(1)世界経済は、COVID-19パンデミックによる世界的景気後退(global recession)*12から僅か3年で再び景気後退の危機に瀕している点、(2)物的・人的資本の蓄積を促し、新興国・途上国の経済成長をけん引してきた投資(investment)の減速が顕著となっており、開発や気候変動に係る目標の達成が危ぶまれている点、(3)パンデミックにより甚大な影響を受けた小国家(small states)は、回復の遅れが新興国・途上国の中でも顕著である点、が挙げられます。
中でも、今回のGEPで予測されている世界経済の減速度合いは極めて甚大です。今回のGEPでは、本年2023年の世界経済の成長率が前年2022年の2.9パーセントから1.7パーセントへと急激に減速すると予想されています。これは過去30年間で3番目の低さであり、これを下回る成長率が記録されたのは、世界的景気後退に陥った2009年と2020年のみです。また、前回2022年6月発表のGEPでは、2023年の世界全体の成長率見通しが3.0パーセントと予測されていたことを踏まえると、1.3ポイントもの下方修正となり、これはCOVID-19が世界経済情勢を一変させた2020年6月発表のGEPに次いで2010年以降で2番目に大きい見直しです。
こうした世界規模での経済環境の急激な悪化の主な要因としては、(1)想定を上回るインフレの高進に対処するための世界同時的な金融引き締め、これに伴う(2)資金調達条件(financial conditions)の悪化、(3)ロシアによるウクライナ侵攻によるエネルギー、食糧などの供給の混乱の継続、が挙げられます。
米国経済はとりわけ前述の(1)及び(2)、欧州経済はとりわけ(3)、中国経済はCOVID-19を巡る混乱と不動産セクターの不振と主因は三者三様でありますが、世界のGDPの半分強(約55%)を占める米国、ユーロ圏、中国という世界経済の三大エンジンのいずれもが弱含んでいます。このあおりを受け、その他の国々、特に新興国・途上国は対外需要の減衰、自国通貨の減価、資金逃避、送金の減少、資金調達条件の悪化などといった負の波及的影響を被っている、という構図となっています。
前回2022年6月発表のGEPで、COVID-19パンデミックによる経済的打撃を、ロシアによるウクライナ侵攻によるエネルギー・食糧など供給サイドの混乱が増幅していることで、世界経済の減速傾向が強まっている旨、そして経済活動の停滞と物価の持続的な上昇が併存する状態であるスタグフレーションのリスクが高まっている旨の警鐘を鳴らしていましたが、それから僅か半年の間で、世界経済を取り巻く諸条件は予想を遥かに超えて悪化していることが伺えるかと思います。

〈先進国・途上国比較〉
足元の世界経済情勢では、米国での過去40年で最も急激な金融引き締め、欧州でのエネルギー危機など、先進国経済の減速に注目が集まりがちであり、実際、2023年の成長率見通しについて先進国と新興国・途上国とを比較してみると、先進国では2022年の2.5パーセントから0.5パーセントへと、2ポイントもの減速が見込まれているのに対し、新興国・途上国は、昨年から横ばいの3.4パーセントとなっています。
また、半年前の予測(2022年6月発表のGEPにおける2023年の成長率見通し)との比較では、先進国に関しては1.7ポイントもの下方修正(2.2パーセントから0.5パーセント)となっているのに対し、新興国・途上国は0.8ポイントの下方修正(4.2パーセントから3.4パーセント)に留まります(図表2. 成長率見通し比較)。

確かに、ここ半年で顕在化した大きな景気下押し要因のいくつかは先進国において顕著なものです。例えば、金融政策について見ると、予想を上回るインフレの高進、金融政策の引き締め強化の度合いは先進国においてより顕著であり、加えて、ロシアのウクライナ侵攻に起因するエネルギー供給の混乱は、特に欧州諸国により大きな影響を与えています。
その一方で、経済規模の大きな新興国・途上国には資源価格高の恩恵を受ける一次産品輸出国が多く存在することから(例:ブラジル、インドネシア、ナイジェリア、サウジアラビア)、新興国・途上国全体としては、先進国に比してより緩やかな下方修正に留まっている一因となっています(図表3. 2023年成長率見通しの下方修正)。

フォーカス
金融政策・財政政策
先ほど、今回世界経済の見通しが大幅に悪化している主な要因の一つとして、世界規模での予想を上回るインフレの高進と、これを受けての世界同時的な急激な金融引き締めを挙げましたが、ここで少し先進国・途上国それぞれにおいて金融政策・財政政策がどの程度変化したのか深堀りしてみたいと思います。
まず、先進国、新興国・途上国のインフレ率予測を昨年5月時点と比較すると、先進国については2022年は1.2ポイント、2023年は1.7ポイントの上振れとなっていますが、これに対し新興国・途上国では、2022年はほぼ横ばい、2023年は0.7ポイントに上振れに留まり、予想を上回るインフレの高進は、先進国においてより顕著であることが伺えます(図表4. 予想インフレ率)。
こうした予想を上回るインフレの高進を受け、主要国の中央銀行は過去40年間で最も急激な金融引き締めを行っており、例えば米国やユーロ圏では、今次金融引き締めサイクルにおける政策金利の予想最終到達点(ターミナル・レート)が、半年前よりもそれぞれ2ポイントほども上振れています(図表5. 米欧の政策金利(市場予想))。
一方、財政政策は、2020年の歴史的な大規模景気刺激策の後、対パンデミックでの時限的財政措置の終了などにより、全体としては単年ベースでの成長率への影響はネガティブな状況が続いています。その一方で、ロシアによるウクライナ侵攻に端を発するエネルギー・食糧危機対応のため各国が財政支援策を実施していることを受け、向こう2年(2023-2024年)の逆風は、特に先進国においては、半年前の想定よりも若干マイルドなものとなる見込みです(図表6. 財政スタンス比較)。

このように、半年前からの比較といういわば瞬間風速的な視点では先進国の景気減速の深刻さが際立ちますが、新興国・途上国の多くがパンデミックからの遥か回復の途上で今般のショックを被っていることを忘れてはなりません。パンデミック前のトレンド*13との比較では、先進国が本年末までに2.2パーセント下回る水準にまで回復する見込みであるのに対し、新興国・途上国はパンデミック前のトレンドを依然5.6パーセント下回る見込みとなっており、より長期的な視点に立って俯瞰すると、今般のロシアのウクライナ侵攻に起因する経済的ショックは、新興国・途上国のパンデミックからの経済的回復、更には先進国へのキャッチアップを更に遅らせる点において特に憂慮すべきものであることが伺えるかと思います(図表7. パンデミック前のトレンドからの乖離)。
〈貧困削減・繁栄の共有への影響〉
こうした世界同時的な景気減速が貧困削減・繁栄の共有に及ぼす影響は甚大です。2023-24年の2年間の平均で、新興国・途上国における一人当たり所得の成長率は2.8パーセントに留まる見通しとなっており、これは2010年代の平均成長率よりも1ポイントも低い水準です。
また、2020-24年の、中国を除く新興国・途上国の一人当たり所得の成長率は、先進国とほぼ同水準に留まる見込みであり、更に、脆弱・紛争後国(FCS)における一人当たり所得は、おしなべて2024年まで減少することが見込まれています。
COVID-19パンデミックは、2000年代に入り進展が見られた世界的な所得格差是正の流れを逆転させてましたが、今般のロシアによるウクライナ侵攻や世界同時的な金融引き締めによるショックにより、新興国・途上国の所得面での先進国への収斂(convergence)が一層足踏みしてしまうことが懸念されています*14。
パンデミックによる所得格差是正の逆回転を食い止め、これを逆転させることは、貧困率が高い地域ほど困難であり、例えば、世界の貧困層の6割が居住するサブサハラ・アフリカでは、一人当たり所得の成長率は向こう2年で僅か1.2パーセントに留まる見込みとなっていますが、これは貧困率を減少させるどころか、増加させ得る水準です。
また、第4章で重点的に取り上げているように、小国経済は、総じて観光業への依存が極めて高いなど経済構造の多様化が進んでおらず、生活必需品や資金の対外依存度の高さ、債務水準の高止まり、そして自然災害や気候変動の影響を大きく受ける点など、外生的なショックに脆弱な経済構造である点が特徴的と言えます。こうした要因により、小国はパンデミックによりとりわけ深刻な打撃を受けていますが、ロシアによるウクライナ侵攻や世界的な金融引き締めの波及的影響により、更に回復が遅れることが懸念されています。

〈リスク〉
今回のGEPの基本シナリオでは、世界経済は辛うじてリセッション入りを回避可能と予測されていますが、様々な景気の下振れリスクが強まっています。具体的には、(1)インフレの一層の高進・長期化、(2)金融引き締めによる金融セクターのストレスの高まり、(3)主要国経済の不振の深刻化、(4)地政学的な緊張の更なる高まり、などが挙げられ、こうした更なる景気下押し要因が発現した場合、世界的なリセッションに陥ってしまう可能性を高いことを意味します。
このように世界経済の不確実性が高まる中、今回のGEPでは経済モデルを活用した代替下方シナリオ、「景気急減速シナリオ(sharp downturn scenario)」、及び「世界的景気後退シナリオ(global recession scenario)」を用意することで、こうした景気の下振れリスクについて警鐘を鳴らしています。

〈政策課題・政策提言〉
世界経済がリセッションに陥る可能性や、新興国・途上国が債務危機に陥る可能性を少しでも低減し、気候変動や食糧危機といったグローバルな課題に対処していくためには、世界レベルでの政策協調が喫緊の課題です。パンデミックや、高インフレへの対処のため財政・金融両面で政策余力が狭まる中、財政政策に関しては真に支援を必要とする脆弱層に的を絞った支援を実施すること、金融政策に関してはインフレ期待の過度の高まりを未然に防止し、金融セクターの強靭性を維持することなどが短期的な政策優先事項と言えます。
特に新興国・途上国においては、債務水準が高止まりし、エネルギーや食糧へのアクセスが脅かされている国も増加しているところ、国際的な枠組みを通じた債務の透明性や持続性の強化や、食糧や肥料に関する輸出制限などといった保護主義的な貿易措置を撤廃し、資金支援や制度整備など貿易円滑化に向けた取り組みを強化していくことが重要です。
また、これまで長期的な経済成長をリードしてきた投資を再強化することも重要な政策優先事項です。第3章で取り上げているように、過去20年、投資は、特に新興国・途上国において、実質所得や資金供給(credit growth)の成長、交易条件の改善、対外資金の流入、そして投資環境の改革などを促してきましたが、2008-09年の世界金融危機以降、こうした投資の成長を軸とする好循環は衰えつつあります。パンデミックや、急激な世界同時的な金融引き締めにより、投資の成長鈍化に拍車がかかり、新興国・途上国における投資の伸びは、今後中期的に過去20年の平均を下回って推移することが見込まれており、潜在成長率を下押しし、貿易の活性化を通じた成長の果実の共有を妨げ、開発や気候変動における政策目標の達成を一層困難にすることが懸念されます。
このように、投資の再強化は喫緊の課題であり、各国固有の事情を考慮に入れつつ、エネルギー・食糧分野などでの非効率な補助金の見直しを含む財政・構造改革、エネルギー・アクセスの強化、低炭素エネルギーへの移行の加速、そして投資環境整備などでの国際的な協力の拡大などを通じ、官民の資金供給の強化を図ることが重要です。


6.おわりに
2020年夏の着任以来、僅か2年半の間でも、COVID-19パンデミックによる甚大なショックとそこからの回復、40年来のインフレ高進とこれに対応する急激かつ世界同時的な金融引き締めなど、世界経済の情勢は目まぐるしく変化しています。本稿が掲載されるころには6月上旬に発表予定の次のGEPに向けての準備作業が始まっているものと思われます。足元、欧州では暖冬による天然ガス価格の低下という明るい材料はありますが、中国での新型コロナの政策変更なども相まって、世界経済情勢は依然予断を許さない状況にあります。年後半あたりには光明が見えてくることを祈りつつ、引き続きモニタリングに努めたいと思います。


*1) 本文中の意見、感想等についてはすべて筆者の個人的意見であり、所属する組織(世界銀行、日本国財務省)を代表するものではありません。本稿で紹介している業務内容・情報については、2023年2月15日時点での、可能な限り正確な情報を掲載するよう努めていますが、執筆者個人の責任において不正確な点があったり、情報が古くなっていたりすることもあります。
*2) レポートは以下のURL(https://www.worldbank.org/en/publication/global-economic-prospects)からご取得下さい。
*3) 詳細はhttps://www.worldbank.org/ja/about/what-we-do参照。
*4) レポートはhttps://openknowledge.worldbank.org/bitstream/handle/10986/38019/Global-Recession.pdf参照。
*5) レポートはhttps://www.worldbank.org/en/research/publication/commodity-markets参照
*6) レポートはhttps://www.worldbank.org/en/research/publication/global-productivity参照
*7) 本稿では、特記なき場合、「先進国」はGEPのadvanced economiesを、「新興国・途上国」はemerging market and developing economies(EMDEs:新興市場国・発展途上国)を指す。
*8) 一次産品輸出国(commodity-exporting countries)は、2017-19年の平均で、全一次産品の輸出額が輸出総額の30パーセント超、もしくは、ある特定の一次産品の輸出額が輸出総額の20パーセント超、のいずれかを満たす国(但し、再輸出分を除く)。一次産品輸入国は一次産品輸出国以外の国(特に新興国・途上国)を指す。
*9) 脆弱・紛争影響国についての詳細は、https://www.worldbank.org/en/topic/fragilityconflictviolenceなど参照。
*10) 小国家(small states)は、人口150万人以下の国家を指す。
*11) GEPの他にも、世界銀行では、各地域総局が半年毎に地域内の経済概況と展望をまとめた半期経済報告(Regional Economic Updates)などを発表しておりGEPを担当する当部門との間で日夜緊密なやり取りが行われています。
*12) GEPでは世界の一人当たりGDPの減少を意味し、この定義では、世界経済は1970年以降5度(1975、1982、1991、2009、2020の各年)global recessionを経験していることになります。Global recessionについてより詳細な分析は、前述のGuénette, J. D., M. A. Kose, and N. Sugawara. 2022. “Is a Global Recession Imminent?” EFI Policy Note 4, World Bank, Washington, DC. available at https://openknowledge.worldbank.org/bitstream/handle/10986/38019/Global-Recession.pdf参照。
*13) COVID-19流行直前の2020年1月に発表されたGEPでの成長率見通し。
*14) 世界的な所得格差是正の流れの逆転・足踏みに関しては、2022年12月15日付世銀ブログ“The end of an era of global income convergence” https://blogs.worldbank.org/developmenttalk/end-era-global-income-convergenceなどに詳しいのでご参照下さい。