このページの本文へ移動

ファイナンスライブラリー


評者 渡部 晶

来間 泰男 著
琉球近世の社会のかたち よくわかる沖縄の歴史
日本経済評論社 2022年8月 定価 本体2,200円+税


毎日新聞デジタルには、「14色のペン」という、国内外の異なる部署で取材する14人の中堅記者が交代で手がけ、原則毎日1本掲載されるコラムがある。昨年10月14日及び28日は、毎日新聞那覇支局長の比嘉洋氏(沖縄県北谷町出身)による「教科書は間違いなの?貿易国家・琉球王国の素顔に迫る/上」及び「琉球王国の暮らしぶりは/下」で、本書の著者である来間(くりま)泰男・沖縄国際大学名誉教授の見解を大きく紹介している。
著者の来間氏は、1941年那覇市生まれ。著者の最近までの「研究課題とその変遷」については、『沖縄の覚悟』掲載の「沖縄の『地域個性』と経済学」(2010年2月26日の沖縄国際大学での最終講義)に詳しい。高校時代は沖縄史の研究を希望していたが、受験制度の問題(壁)があって、農業経済学を選択、1961年に宇都宮大学農学部農業経済学科に進学。琉球政府(経済局協同組合課)、同大学院農学研究科(修士)を経て、現在の沖縄国際大学に1970年から2010年まで奉職した。氏の整理によれば、2000年代とそれ以降は「私の第5期」で、「担当していた沖縄経済史の講義から派生して、沖縄史の研究成果を学習して、その問題点を指摘することに中心をおいている」とし、『沖縄史を読み解くシリーズ』として日本経済評論社から全5巻9冊が刊行されている。そして、『よくわかる沖縄の歴史』は、三冊ないし四冊ほどのシリーズとして、それぞれ10話ずつとして世に問うことにしているのだ。第1巻『琉球王国の成立と展開』は16世紀までを扱い、本書は近世を扱っている。なお、最終講義にある「『理論』は『帰納』によって生み出されるが、そこから『演繹』して現実をみてはならない」との言葉は、実務家にとっても貴重な戒めである。
構成は、「第1話 島津侵攻と琉球統治」、「第2話 琉球の進貢貿易と薩摩藩」、「第3話 世界史の流れと日本・琉球、そして砂糖」、「第4話 武士でなくサムレー」、「第5話 地割という土地制度」、「第6話 個人別にはとらない租税制度」、「第7話 貨幣は流通していたか」、「第8話 モノはどのように生産されていたか」、「第9話 外国人は琉球の社会をどう見たか」、「第10話 身売りはあっただろうか」となっている。それぞれの冒頭で著者の見解が簡潔に示され、いわゆる「通説」を点検し疑義を唱える本書の論争的な内容の見通しをたてやすくしている。
本書の「おわりに」で著者は、「日本の近世社会は、米の生産を軸に組み立てられていた。『石高制』(米高制)の社会である。しかし、琉球は『石高制』の社会ではなかった。」という重大な違いを指摘し、「その意味するところを軽視した歴史家が多かった」という。米作でも日本の近世社会では灌漑に支えられ肥料も与える乾田農法であるところ、琉球での生産は湿田で肥料を与えず、同じ面積から穫れる米の収量は、日本の3分の1ほどでしかなかった。「人々の生活の基礎、生産のあり方を無視して、社会のかたちをつかめるわけがない」という。同じく琉球近世の社会には、基本的に「商品の生産と流通はない」「貨幣の流通はない」のであると断じる。
評者は、2016年6月から2021年6月までの5年間沖縄振興に関わったが、来間氏の『沖縄経済論批判』(1990年)、『沖縄経済の幻想と現実』(1998年)、『沖縄の覚悟』(2015年 いずれも日本経済評論社)や琉球新報掲載の論考等には、同い年の嘉数啓・琉球大学名誉教授の著作とともに、教えられることばかりであった。
冒頭に紹介した毎日新聞デジタル記事で、比嘉支局長は、「来間さんによると、生産性の低い社会ではあったが、時間にゆとりがあり、歌や踊りなど視野の広い独自の芸能が発達した」としている。低い生産力に基礎づけられた「遅れた社会」の側面と、芸能などの「誇らしい」側面の両面を正直に見つめたいとする、著者の真摯な学問的態度には心打たれた。続く「沖縄の近代」についての『よくわかる沖縄の歴史』を熱望するものである。