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金融機関の破綻処理制度及び預金保険入門

東京大学 公共政策大学院 服部 孝洋*1


1.はじめに
前回筆者が記載した「システム上重要な銀行入門」(服部, 2023b)で強調したとおり、「大きすぎて潰せない問題(Too Big to Fail, TBTF)」を回避するためには、(1)そもそもシステム上重要な銀行の破綻確率を低下させるため、「生き伸びるための資本」である「普通株式等Tier1資本」(Common Equity Tier 1, CET1)*2をより一層求める必要があります。もっとも、それと同時に、(2)仮に破綻したとしても、秩序ある破綻処理を可能にするための枠組みも必要といえます。(1)については「システム上重要な銀行入門」(服部, 2023b)で詳細に議論を行ったため、本稿では、金融機関の破綻処理と密接な関係を有する預金保険機構を軸に、破綻処理を考えていきます。
そもそも預金保険は歴史的に、銀行の破綻を防ぐため米国で生まれました。我が国では1970年代に預金保険が導入されますが、1990年以前は、銀行が破綻しないことを前提とした金融行政(いわゆる護送船団方式)が敷かれており、その役割は限定的でした。しかし、1990年以降、不良債権問題が深刻化し、公的資金注入や一時国有化など、現在の破綻処理制度が確立する中で、預金保険の重要性が高まります。前述のとおり、金融危機を経てTBTF問題への対応が必要になりましたが、我が国では預金保険法が改正されることで、証券会社や保険会社など預金取扱機関以外に対しても秩序ある破綻処理が可能になりました。
本稿では、まずは、預金保険の全体像を議論した後、金融機関の破綻処理の中でも、預金等定額保護(保険支払い方式や資金援助方式)を取り上げます。本稿の特徴は、金融機関の破綻処理のイメージをつかむため、(預金者に損失の負担が発生したという意味で)初めてペイオフ*3が発動された日本振興銀行の事例について、破綻処理の観点から比較的詳細に議論を展開している点です*4。次回の論文では、資本増強や一時国有化などを可能とする預金保険法102条スキーム及びその事例を取り上げます。なお、本稿は筆者がこれまで記載した一連の金融規制の文献を前提とするので、基礎的な知識の確認が必要な読者は筆者が記載した「バーゼル規制入門」(服部, 2022c)などをご一読ください。筆者が記載してきた金融規制や債券の入門シリーズは筆者のウェブサイトにまとめて掲載してあります*5。


2.預金保険とは
2.1 銀行業が有する本質的な脆弱性
「バーゼル規制入門」で議論しましたが、銀行は預金で資金調達をし、貸出することで利益をあげています。もっとも、預金が短期調達であり、貸出が長期運用であることから、仮に多くの預金者が一斉に引き出した場合、それに対応することができず、銀行が倒産してしまうということが起こります。
銀行業が本質的に脆弱である背景には、仮にその銀行が健全であったとしても、取り付けにより倒産が起きてしまう可能性がある点です。例えば、読者がある銀行の預金者であるとして、他の預金者が引き出しをしていなければ、今慌てて引き出す必要はありません。しかし、仮に多くの預金者が一斉に引き出しをしようとしたらどうでしょう。この場合、銀行が倒産することで自分の預金が引き出せなくなる状況を回避するために、読者にとっても今すぐ引き出しをすることが最適な行動になります。非常に厄介な点は、このような取り付けはたとえ銀行が健全であっても、風評などによって多くの人が引き出しをすることで取り付けが起こりうるということです*6。例えば、昭和恐慌時に、当時の大蔵大臣の失言により東京渡辺銀行で取り付け騒ぎが起こったことは我が国でも有名なエピソードです。

2.2 預金保険の役割
通常、ファイナンスのテキストでは、この取り付けの問題を防ぐ方法として預金保険が紹介されます。預金保険とは、一定額の預金を保証する保険です。先ほどの例を思い出すと、多くの人が引き出した場合でも、預金保険があれば自分の預金は保証されるのですから、今すぐ預金を引き出す必要はありません。したがって、今すぐ預金を引き出すことが最適な行動とはならず、取り付けを防ぐことができます(経済学のテキストでは取り付けを防ぐ方法として、中央銀行が貸し出しを行う「最後の貸し手機能」も説明されますが、本稿は紙面の関係で預金保険に焦点を当てます。詳細は中曽(2022)、木下(2018)、服部(2022b)などを参照してください)。
そもそも預金保険は、フランクリン・ルーズベルト大統領による不況対策として米国で確立しました。米国は以前、中央銀行を持たない国であり、その背景には米国におけるいわゆるメイン・ストリートとウォール・ストリートの対立がありました(詳細はバーナンキ(2012, 2015)などを参照してください)。中央銀行を有することは、往々にしてウォール・ストリートにいる富裕層の利益になりえることから、中央銀行設立に関し、メイン・ストリートの合意が得られなかったことなどがその背景にあります。
米国で預金保険ができた発端は、1900年初頭の不況です。当時、不況を契機に、取り付けなどによる銀行破綻が多発しました。中央銀行があれば「最後の貸し手機能」が発動するのですが、中央銀行を有していない米国ではそれがうまく機能しませんでした。そこで導入されたのが預金保険制度です。バーナンキ(2012)は、ルーズベルト大統領の重要な政策として、米国における預金保険機構である連邦預金保険公社(Federal Deposit Insurance Corporation, FDIC)の設立を挙げています。同書によれば、「ひとたび預金保険が確立されると、基本的には銀行倒産は文字通り何千行からゼロになりました」(p.43)と評価しています(同書では、フランクリン・ルーズベルト大統領の重要な政策として、金本位制の放棄による金融政策の開放も指摘しています)。
図表1.預金保険のイメージが実際の預金保険のイメージです。図表1にあるように、預金者(図左下)が預金を金融機関(図右下)に預けます。金融機関は預金保険機構(図上)に保険料を支払うかわりに、金融機関が仮に破綻した場合には、預金保険機構が預金者に保険金を支払うことで預金の保証を行います。なお、この図表にあるとおり、我が国の預金保険機構は日本政府と日銀、民間金融機関から出資を受けています。

2.3 預金保険料の負担とモラルハザードの問題
預金保険料は銀行負担
我が国の預金保険機構は半官半民の組織ですが、モラルハザードを防ぐため、預金保険は原則、公的負担でなく、銀行負担になっています。預金保険がない場合、預金者は保証がされないという意味でリスクがあり、その分高い金利を求めることになります。つまり、銀行はそのリスクに応じた資金調達コストを負担しなければなりません。しかし、預金保険があれば、その保証内であればリスクはありませんから、その分、銀行の資金調達コストが低くなります。よって、預金保険があれば、当該銀行にとって資金調達が容易になることから、銀行がより一層リスクを採るということが起こりえます。アーマー等(2020)ではこれを防ぐ手段として、預金保険のコストを銀行負担にしていると整理しています。
同書では、そのコストを事前に徴収することの重要性も強調しています。理屈上、預金保険が必要になったタイミングで預金保険に加盟している銀行からその資金を求めるという方法もありえます。しかし、預金保険が必要な状況において、他の銀行の流動性が逼迫している可能性もあり、それが金融システム内で伝播していくリスクがあります。したがって、アーマー等(2020)は、預金保険について「事前に資金調達しておくほうが望ましいように思われる。米国の制度は創設以来このように設計されており、EUもこれを義務付けている」(p.498)としています。
保証額上限の設定
預金保険については通常、保証額に上限が付されていますが、これもモラルハザードの観点で整理できます。服部(2022c)で指摘したとおり、通常の預金者にとって、銀行をモニタリングすることは割に合いません。もっとも、仮に保証される額に上限がなく、全て保証されるのであれば、どの銀行の調達コストも同じになってしまいます。このことは、リスクの高い運用をしている銀行が、その実態に比べ安く資金調達できてしまうことを意味しますから、過度なリスクをとっている銀行の規模を大きくする可能性を有しています。
そこで、通常、預金保険では保証額に上限が付されています。このことで、普通の預金者のモニタリングのコストを軽減する一方、富裕層や機関投資家などが一定のモニタリングを行うインセンティブを生むことができます。また、この工夫により、機関投資家などが預金を一つの銀行に集中させるのでなく、多くの銀行に分散させるインセンティブを与えますし、過度にリスクの高い投資をしている銀行から資金を引きあげるインセンティブも生みます。これらは、健全性の低い銀行には大口の預金が集まりにくく、その規模が過度に大きくなることを防ぐという意味で、銀行に対する一定の規律付けとしての役割を果たしています。
図表2.我が国における預金保険制度の変遷が我が国における預金保険の保証金額の推移を示しています。これをみると1971年に預金保険が導入されて以降、保証額が100万円から1000万円まで増加しています。1996年から金融危機により全額保護になるものの、金融危機が終わった2005年以降、一般預金等の保証額は定額であり、我が国における預金保険制度は原則、保証に上限が付されている(定額保証である)ことが確認できます。米国などでも預金保険には上限が付されています。

2.4 預金保険機構による資金援助方式
前述のとおり、預金保険の重要な役割は、もし仮に銀行が破綻した場合、預金の一定額を保証することで、金融システムの安定性をもたらすことです。もっとも、池尾(2003)が指摘しているとおり、実際の金融システムの安定という観点では、破綻した銀行を清算し、預金者に定額の範囲で預金を保証する方法が必ずしも適切とはいえません。むしろ、銀行の資産が大きく棄損される前に早めに破綻させるとともに、健全な資産に絞り、その他の銀行に引き継がせるほうが望ましいとも言えます。
預金保険機構が有するこのような機能は、「資金援助方式」あるいは「資産負債承継方式」と呼ばれています。具体的には、預金保険機構が損失分の援助を行い、破綻した銀行の健全資産と預金を他の銀行に引き継いでもらう方法です(場合によっては、預金保険機構が一時的なブリッジ・バンク(承継銀行)を設立しますが、詳細は後述します)。図表3.資金援助方式が資金援助方式のイメージですが、預金保険機構は、「破綻した金融機関の事業の一部またはすべてを、ほかの健全な金融機関(救済金融機関)が承継し、預金保険機構がそのために必要なコストを救済金融機関に資金援助するかたちで預金等の保護を行う方法」*7と説明しています。この具体例は次節で説明します。
服部(2023a)でも説明しましたが、銀行の資産が大きく棄損される前に早めに破綻させる背景には、金融機関が債務超過に陥り、失うものがなくなった場合、一か八かの投資を行うなど、リスクテイクを増やすことへの懸念があります。その意味で、経営破綻状態に陥った銀行を直ちに閉鎖ないし適切な再組織化の措置をとることは金融システムの健全性に寄与すると考えられます。我が国では、自己資本が薄くなる早い段階で介入を行うため、早期是正措置が導入されています*8。前述のとおり、1990年代になり不良債権問題が深刻化する中で、破綻処理制度が確立しますが*9、早期是正措置は1998年4月に導入されています。なお、早期是正措置そのものは1980年代の貯蓄貸付組合(Savings and Loan association, S&L)危機の経験を経て米国で生まれた制度を、我が国が取り入れたものですが、S&L危機についてはBOXを参照してください。

2.5 ベイルアウトと預金保険の役割
預金保険機構は、TBTF問題とも密接な関係を有しています。巨大な金融機関が破綻した場合、その銀行の破綻が他の金融機関へ伝播していくため、政府はその前に巨大金融機関を救済するインセンティブを有しています。危機に陥った金融機関に対して国や中央銀行・国際機関のような公的主体が資金を注入することを通常、ベイルアウトと呼びますが、服部(2023b)で指摘したとおり、仮に「大きすぎて潰せない」ことを金融機関が予期した場合、その救済を前提に過度なリスクテイキングを行うなどモラルハザードの問題が深刻になりえます。そこで、金融危機を受けて、公的資金による救済を行う前に、株主や債権者へ損失の負担を求める必要性が認識されました。これをベイルアウトに対して、「ベイルイン」と呼びます。
金融の文脈でベイルアウトという表現は幅広い意味で用いられています。例えば、政府がリスクをとって資本を注入するような場合から、一時的な資金貸付のようなケースもあります。アーマー等(2020)ではベイルアウトの方法を3つに分類しています*10。第一は、金融危機に瀕した銀行の優先株などを政府等が購入する方法であり、いわゆる公的資金注入と呼ばれる方法です。我が国では、(政府によるバックアップにより)預金保険機構を通じて実施されています(この仕組みについては次回の論文で詳細に説明します)。第二は、預金保険機構が、前述の定額保証を超えて、保証を実施する方法です。例えば、定額保証が1,000万円である中、倒産した銀行の預金を全額保証するなどです。前述のとおり、我が国では1996年から一定期間、預金の全額保護がなされましたが、この定義ではこの間、ベイルアウトを実施したと解釈することができます。第三は、政府が銀行の(不良債権などを含む)資産を保証するという方法になりますが、第一と第二の観点では、ベイルアウトと預金保険機構の存在は切っても切り離せないことが分かります。

BOX 米国におけるS&L危機と早期是正措置
米国の預金保険を考えるうえで看過できない重要なイベントとして、1980年代に起こったいわゆるS&L危機があります*11。S&Lとは、小規模の金融機関(業務範囲に制限のある小規模の銀行*12)であり*13、当時、政府による住宅支援政策から主に住宅ローンを提供するよう規制されていました。S&Lの破綻は、Mashkin and Eakins(2012)など、金融論のスタンダードなテキストで紙面を割いて説明される重要なイベントであり、このことが米国における金融機関の破綻制度の発展や早期是正措置の導入につながりました。
S&L危機に関する典型的な説明は次のようなものです。1970年まで米国の銀行業は規制によって守られていました。服部(2022a)で指摘したとおり、当時の銀行業は「3-6-3」と呼ばれており、3%の金利で預金を集め、6%の金利で融資をし、午後3時にはゴルフ場にいくというビジネス・モデルでした。しかし、1970年代にインフレが急騰し、金利規制などが存在していたことから、銀行はMMF(Money Market Fund)との競争に晒されました(MMFとは主に国債など安全資産で運用するファンドですが、その詳細は服部(2022a)を参照してください)。これを受けて、S&Lは利益を維持するため、商業用不動産への貸出などリスクの高い投資へシフトしました。特に、1980年代は銀行業への規制が緩和されたことに加え、ジャンク債やデリバティブ商品など新しい金融商品が生まれた時期でした。
このようにS&Lがリスク・テイキングを増やした結果、銀行危機につながります。具体的には、1980年からの15年間で、1,617の銀行と1,295のS&Lが破綻するか、公的資金*14を受けました。特に有名な例がコンチネンタル・イリノイ銀行の破綻です。当時、コンチネンタル・イリノイ銀行は総資産額で全米7位であり、FDICは当初保証された額以上の預金保護を行いました。アーマー等(2020)では、「大き過ぎて、あるいは相互関係が複雑すぎて潰せない、と公式に認められた最初の銀行としての称号をもつのはコンチネンタル・イリノイ銀行」(p.513)としています。同書は、銀行破綻が雪だるま式に増えることを防ぐため、米国政府はこの銀行の救済を行ったと整理しています。
S&L危機の経験を経て、FDICのあり方は大幅に見直されることになりました。具体的には1991年に連邦預金保険公社改善法が成立します。池尾(1993)によれば改善点は3点に集約されます*15。1点目は、保険料が金融機関のリスクに応じて可変になる可変的預金保険制度が導入されたこと、2点目はTBTF政策が原則として禁止されたこと、3点目に自己資本比率規制と連動する形で、早期是正措置が導入されたことです。Mashkin and Eakins(2012)はこの改革において早期是正措置の導入がもっとも重要と指摘しています*16。


3.金融機関の破綻処理制度の概要と預金等
定額保護
3.1 我が国における破綻処理制度の概要
ここから我が国における金融機関の破綻処理制度を説明します。まず、読者に理解していただきたい点は、破綻処理制度は、我が国では、3つの枠組みに分かれている点です。具体的には、(1)「預金等定額保護」、(2)「金融危機対応措置」、(3)「秩序ある処理」です(この関係は下記の図表4. 預金保険法に基づく金融機関等の破綻処理制度の概要に示されています)。歴史的には、我が国では、1960年代に預金保険制度が生まれ、1980年中頃、前述の資金援助方式が導入されることで、「預金等定額保護」が確立します。(1)「預金等定額保護」には、預金保険の対象の範囲内で預金者に直接保険金が支払われるという制度*17があり、「保険金支払い方式」や「ペイオフ方式」と呼ばれています(ペイオフには二つの定義があるのですが、ここで用いているペイオフは「狭義のペイオフ」といえます。図表4.でも「狭義ペイオフ」としています。広義のペイオフについては後述します)。
1990年代に我が国では不良債権問題が深刻化しましたが、その間暫定的に生まれた法案が恒久化される形で、2000年前半に「金融危機対応措置」が確立します。そして、2008年の金融危機を経て、TBTFを防ぐための措置が求められる中、預金保険法の改正により、(3)「秩序ある処理」が生まれました。本稿では紙面の関係上、(1)預金等定額保護に焦点をあて、次回以降の論文で、(2)「金融危機対応措置」、(3)「秩序ある処理」を取り上げます。

3.2 資金援助方式とは
我が国において資金援助方式は、1980年代につくられました。資金援助方式とは、前述のとおり、銀行を完全に清算するのではなく、預金保険機構の援助を求めつつ、最終受皿金融機関に事業譲渡を行ったり*18、良い資産のみをブリッジバンクに移管させる方式です。保険金支払い方式(ペイオフ方式)を採用すれば、破綻した金融機関が保有していた金融仲介機能や決済機能は消滅してしまいますが、他の金融機関への事業譲渡を目指した資金援助方式であれば、こうした金融機関の機能は維持されますので、金融機関の破綻に伴う混乱を最小限に留めることに資すると考えられます。したがって、破綻処理のコストを最小化することを考えれば、保険金支払い方式より資金援助方式が優先されます。
もっとも、金融機関が破綻した場合、経営責任を求めるという意味で、従来の経営者にその運営を担わせるわけにはいきません。そこで、短期的に経営などを担う主体が必要となり、これを金融整理管財人といいます。具体的には、金融庁が金融整理管財人として預金保険機構を選任します*19。図表5.定額保護下における預金取扱金融機関の破綻処理スキーム(資金援助方式の概要)は、救済金融機関として、当機構の子会社である承継銀行を利用する場合のスキームを例示しています。

3.3 資金援助方式の流れ
資金援助方式では良い資産と悪い資産の切り分けを行います。読者が金融機関の経営者であり、破綻金融機関を引き継ぐとしたら、悪い資産を有している金融機関を引き継ぎたくないと考えるはずです。その一方、良い資産と悪い資産をしっかりと切り分けたうえで、仮に良い資産だけを承継できるのであれば、引き継いでもよいと考える人もいるでしょう。
具体的には、前述の金融整理管財人に選ばれた預金保険機構が承継される資産と承継されない資産に分類します。承継される資産については、承継銀行と呼ばれるブリッジバンクに移管されて、最終的に他の銀行など第三者に事業譲渡等*20を行います。承継銀行の期限(金融整理管財人による管理の期限)は(管理を命ずる処分の日から)2年(1年の延長可)とされており、期限以内に事業譲渡をする必要があります*21。事業譲渡にかかる価格は入札*22で決まり、この価格によって預金保険機構の損益が左右することになります。もっとも、預金保険機構にとって、どの資産が優良な資産であるかを見極めることは困難な作業であること、また、移管以降に資産が悪化する可能性がある点に注意してください(実際に、後述する日本振興銀行では移管以降に資産の悪化が進み、ブリッジバンク(第二日本承継銀行)は大幅に貸倒引当金を計上しています)。
承継されない資産*23については、株式会社整理回収機構が回収・処分します。整理回収機構とは、預金保険機構が全額出資する債権回収・処分の専門会社であり、同機構は回収・処分の専門家で構成されています。承継されない資産の分類そのものは、あくまで預金保険機構が金融庁の告示の基準に則って行います(これを「適資産確認」といい、金融庁が確認(チェック)します*24)。整理回収機構が承継されない資産を買い取るわけですが、まず、預金保険機構は、既に積んである不動産等の担保価値を精査し、それを引当金として債権額面から控除し、当該債権の区分に応じた評価を行います(この方法を「引当金控除方式」*25といいます)*26。次に、預金保険機構から委託を受けた整理回収機構はその資産を買い取った後は回収・処分に特化して業務を行います。
預金保険機構は、民間金融機関から得られた預金保険料を原資に、必要に応じて、承継銀行や破綻金融機関に資金援助をします。預金者については、定額保護の範囲であれば保護されますが、それを超えた場合、破綻銀行の財産の限りにおいて弁済されます。預金保険機構は図表5.において左側に位置していますが、資金援助方式においては、保険支払いコストの範囲内で、破綻銀行や承継銀行に資金援助等を行います。また、このスキームにおいて政府からの資金支援がない点にも注意してください。


4.日本振興銀行に対する破綻処理の事例(資金援助方式)
4.1 日本振興銀行はペイオフが初めて発動された事例
これだけだとイメージがしにくいとおもいますので、ここから具体的に、資金援助方式が用いられた日本振興銀行の事例を取り上げます。日本振興銀行は初めて元本1000万円の一般預金等(含む利子)及び決済用預金までを保証する、いわゆるペイオフが発動された事例として当時大きな話題になりました。公的資金による対応を含む「金融危機対応措置」が用いられなかった背景として、当時、政府は同行が破綻したとしても、信用秩序の維持に大きな影響を与えないと判断したことが主因とされており*27、ベイルアウトがなされない基本線が守られたと解釈できます。
そもそも日本振興銀行は、2003年に設立された、中小企業への融資に特化した銀行でした。特徴的であった点は、その資金調達を定期預金に絞っており、通常の預金取扱機関が取り扱う当座預金や普通預金などの決済性預金を取り扱っていなかったことです(日銀ネットなどにも未加入でした)。その意味で、日本振興銀行はノンバンクと呼ばれることもあり、他の銀行への波及もなく、金融システムへの影響はないと判断されました*28。また、「保険金支払い方式」ではなく「資金援助方式」が用いられた理由は、「資金援助に要すると見込まれる費用は、保険金の支払を行うときに要すると見込まれる費用よりも少なくなることが見込まれた」(遠藤他, p.107)からだとされています。ここでは日本振興銀行への資金援助方式のスキームに焦点を当てるため、なぜ日本振興銀行が破綻したかを知りたい読者は各種文献や報道等をご参照いただければ幸いです。
なお、日銀*29が指摘するとおり、そもそもペイオフには、「金融機関が破綻した場合の破綻処理方式の1つとして、保険金を預金保険機構が直接預金者に支払う方式」と、「金融機関が破綻した際に、預金等の一定額しか預金保険による保護の対象にならないこと(換言すれば、預金者に損失の負担が生じ得ること)」という二つの定義があります。前者は前節で説明したペイオフであり、いわば狭義のペイオフといえます。その一方、後者は広義のペイオフであり、日本振興銀行は広義のペイオフが実施されたケースといえます(読者がペイオフという表現をメディアや論文等で見たとき、その定義に注意をしてください)。

4.2 日本振興銀行に対する破綻処理の流れ
図表6.日本振興銀行に対する破綻処理の流れが日本振興銀行の破綻処理の流れになります。2010年9月10日において、日本振興銀行は金融庁に経営破綻*30を申し出ました。それに伴い、業務停止命令が出るとともに、金融整理管財人である預金保険機構が日本振興銀行を管理下に置きました。ペイオフが発動されたため、日本振興銀行の預金は「保護される預金」と「保護されない預金」に分けられました。一時的に銀行の業務を停止したうえで、預金を払い戻すための名寄せ作業(同一人物の預金を合算し預金保険で保護される預金額を確定させる作業*31)などが週末にかけて行われました。保護される預金については週明けの9月13日に払い戻しが開始された一方、保護されない預金については凍結されました(最終的に返済された金額は後述します)。日本振興銀行の営業自体は週明けの9月13日に開始されましたが、その後、預金保険機構の管理下、資産が切り分けられ、良い資産はブリッジバックへ移管される一方、悪い資産は整理回収機構に買い取られることになりました。

4.3 日本振興銀行に対する資金援助のスキーム
図表7.第二日本承継銀行による日本振興銀行の事業の一部譲受けにかかる資金援助のスキーム図*39が日本振興銀行に対するスキーム図になります*33。まず、前述のとおり、金融庁が金融整理管財人として、預金保険機構を任命し、同組織が経営陣に代わり業務運営を担います*34。この図に記載してあるとおり、破綻金融機関である日本振興銀行に対して預金保険機構から資金援助がなされました。先ほど承継される資産と承継しない資産を分けると説明しましたが、具体的には、第二日本承継銀行*35と呼ばれるブリッジバンクが作られ、預金保険機構はそこへ1,041億円*36の資金援助(金銭の贈与)を行いました。その原資は民間金融機関による預金保険料ですから、民間金融機関の負担(ひいては預金者の負担)になっていると解釈されます(このスキームに政府が入っていない点に注意してください)。このスキームにおいて、預金保険機構による資金援助は金銭の贈与とされています*37。また、この図をみると、預金保険機構はこれ以外に、事業譲渡をした日本振興銀行に対しても656億円*38の資金援助(金銭の贈与)をしていることもわかります。
預金保険機構による資金援助(金銭の贈与)と承継資産の関係は図表8.事業譲渡等に伴う救済金融機関及び破綻金融機関に対する金銭の贈与*44のとおりです。まず、図表8の左のように日本振興銀行の資産は、ブリッジバンクに承継される「適資産」と承継されない「不適資産」で構成されます。承継される資産は図表の右上のように、ブリッジバンクに移管されるとともに、保険が付された預金(付保預金)も承継されます。先ほど、預金保険機構からブリッジバンクに対して金銭の贈与を行う点を指摘しましたが、この図にあるとおり、適資産と付保預金の差額を埋めるよう、預金保険機構による金銭贈与(1,041億円)がなされます*40。一方、図表8の右下のように、預金保険機構は、破綻金融機関である日本振興銀行に対しても、仮に事業譲渡を行わなかった際に実現される弁済率を保証するため*41、一定の金銭贈与(656億円)をしています(さらに、預金保険機構は、保険が付された預金の支払いのために、日本振興銀行に3,719億円の貸出を行っています)。
日本振興銀行が有する不良債権は、整理回収機構が529億円で買い取っています(この資金は預金保険機構が貸し付けています)*42。整理回収機構による買い取りは、契約数が多数に及んだこと等から、全4回にわたり実施されています。整理回収機構が買い取る際の評価方法は前述のとおり、引当金控除方式です。また、整理回収機構が回収できないと判断したような債権は、入札を行って外部に売却しています(遠藤等(2013)によれば、額面約62億円の債権が本件入札による売却手続により換価・処分されたとしています)。前述のとおり、整理回収機構は預金保険機構が全額出資していますから、購入価格が高すぎたり、回収できないなどで損失を計上した場合は、預金保険機構の負担*43になりえる点に注意してください。

4.4 出口に向けた流れ
このように良い資産と悪い資産の切り分けを行うのですが、いうまでもなくその作業は簡単ではありません。第二承継銀行に譲渡される(日本振興銀行が有する)貸出債権は原則として優良資産(正常先と要注意先)のみとされており、それ以外は整理回収機構に売却されることになりました*45。2010年9月の破綻以降、承継される資産の選定が進み、第二日本承継銀行は2011年4月25日に業務を開始しています。もっとも、第二承継銀行へ資産を移管後、大幅に資産が悪化したという判断から、127億円の貸倒引当金*46を計上しています*47。最終的に、預金保険機構は、第二承継銀行を、イオン銀行に19億8,000万円で譲渡します。
預金保険機構は、貸倒引当金が増加したために第二日本承継銀行が債務超過に陥る可能性があったことから、第二日本承継銀行に対して、総額88億円を出資しています*48。預金保険機構は第二承継銀行を譲渡する対価として19億8,000万円を受ける一方、多額な贈与や出資していることを考えると、承継する資産の選定や、それを譲渡するプロセスは非常に困難であり、金融機関の破綻処理は、預金保険機構にとってもリスクが少なくないことが分かります。
前述のとおり、最終的に第二日本承継銀行がイオン銀行に譲渡されたわけですが、譲渡においては入札の形式が取られています。まず、応募は7社あった中、書類審査で4社に絞り、事業計画書の提出を求めます*49。事業計画書の提出があった2社に対して、第二日本承継銀行の資産内容を同社に開示し、企業評価を行ったうえで、事業計画書の再提出を求めました。前述のとおり、最終的には2011年12月にイオン銀行に19億8000万円で譲渡されることになりました*50。第二承継銀行は2012年12月に経営管理を終了しており、管理を命ずる処分の日から「2年(1年の延長可)」という法律上の期限が遵守されています。
日本振興銀行のケースは、初めてペイオフが発動されたケースとして注目を受けましたが、最終的な弁済率について確認します。預金等定額保護では、前述の通り、預金保険機構の管理下に置かれた後、週末にかけて預金を支払い戻すための「名寄せ」が行われ、週明けには、ペイオフで保護される預金について払い戻しの受付が開始します*51。預金額が1,000万超の預金については一時的に凍結され、上述のプロセスで債権回収がされた後に弁済の原資が生まれます。日本振興銀行のケースでは、預金者への弁済率という点については、まず2010年12月に、1,000万円超の預金者に対して25%の仮払いをした後、2014年9月に第2回目の弁済をし、最終的に約61%の弁済をしています*52。


5おわりに
本稿では預金保険の仕組みに加え、我が国における金融機関の破綻処理制度における「預金等定額保護」について取り上げました。次回は預金保険法102条スキーム及びその事例について取り上げます。

参考文献
[1].池尾和人(1995)「金融産業への警告―金融システム再構築のために」東洋経済新報社
[2].池尾和人(2003)「銀行はなぜ変われないのか―日本経済の隘路」中央公論新社
[3].池尾和人(2009)「不良債権と金融危機」慶應義塾大学出版会
[4].池尾和人(2010)「現代の金融入門[新版]」筑摩書房
[5].遠藤伸子・志賀勝・村松教隆・菅野昌彦・吉岡あゆみ・近内京太・今野雅司・増田薫則・亀田純一・佐藤耐治(2013)「日本振興銀行の破綻処理-預金者保護を中心として-」『預金保険研究』第十五号
[6].木下智博(2018)「金融危機と対峙する『最後の貸し手』中央銀行:破綻処理を促す新たな発動原則の提言:バジョットを超えて」勁草書房
[7].服部孝洋(2022a)「米国MMF(マネー・マーケット・ファンド)入門-ホールセール・ファンディングと金融危機以降の規制改革について-」『ファイナンス』4月号、28-37.
[8].服部孝洋(2022b)「フェデラル・ファンド(FF)市場およびFFレート(FF金利)入門-金融危機以降のFF市場および「最後の貸し手」機能の変遷について-」『ファイナンス』、10-20.
[9].服部孝洋(2022c)「バーゼル規制入門―自己資本比率規制を中心に―」『ファイナンス』、28-39.
[10].服部孝洋(2023a)「資本保全バッファー(CCB)およびカウンターシクリカル・バッファー(CCyB)入門―バーゼル規制における資本バッファーを通じた「プロシクリカリティ」の緩和について―」『ファイナンス』、29-40.
[11].服部孝洋(2023b)「システム上重要な銀行入門」『ファイナンス』、40-51.
[12].氷見野良三(2005)「検証 BIS規制と日本」金融財政事情研究会
[13].中曽宏(2022)「最後の防衛線 危機と日本銀行」日経BP
[14].前田裕之(2015)「ドキュメント 銀行 金融再編の20年史─1995-2015」ディスカヴァー・トゥエンティワン
[15].柳澤伯夫(2021)「平成金融危機 初代金融再生委員長の回顧」日本経済新聞出版
[16].ジョン・アーマー, ダン・オーレイ, ポール・デイヴィス, ルカ・エンリケス, ジェフリー・ゴードン, コリン・メイヤー, ジェニファー・ペイン(2020)「金融規制の原則」きんざい
[17].ベン・バーナンキ(2012)「連邦準備制度と金融危機:バーナンキFRB 理事会議長による大学生向け講義録」一灯舎
[18].ベン・バーナンキ(2015)「危機と決断 前FRB議長ベン・バーナンキ回顧録」角川書店
[19].Frederic, Mishkin., Stanley, Eakins(2012)「Financial Markets and Institutions」Prentice Hall


*1) 本稿の作成にあたって、川名志郎氏、吉良宣哉氏、堀岡弘二氏、匿名の有識者など、様々な方に有益な助言や示唆をいただきました。本稿の意見に係る部分は筆者の個人的見解であり、筆者の所属する組織の見解を表すものではありません。本稿の記述における誤りは全て筆者によるものです。また本稿は、本稿で紹介する論文の正確性について何ら保証するものではありません。
*2) CET1の定義については筆者が記載した「バーゼル規制入門」を参照してください。
*3) 日銀のウェブサイトでは、ペイオフについて「金融機関が破綻した場合の破綻処理方式の1つとして、保険金を預金保険機構が直接預金者に支払う方式」と、「金融機関が破綻した際に、預金等の一定額しか預金保険による保護の対象にならないこと(換言すれば、預金者に損失の負担が生じ得ること)」という二つの方法がある点を指摘しています。詳細は下記を参照してください。
https://www.boj.or.jp/about/education/oshiete/pfsys/e28.htm
*4) 本稿では歴史的な内容を多く含むことから、できる限り出所を付しながら記載していきます。
*5) 下記をご参照ください。
https://sites.google.com/site/hattori0819/
*6) 取り付けについて経済学では、Diamond–Dybvigモデルなどで説明されます。詳細は銀行論のテキストなどを参照してください。なお、このモデルを提唱したダグラス・ダイヤモンド教授とフィリップ・ディブビグ教授は2022年にノーベル経済学賞を受賞したことで話題になりました。
*7) ここでの表現は下記の預金保険機構の表現を用いています。
https://www.dic.go.jp/yokinsha/page_000018.html
*8) 池尾(2009)では「金融機関は、自らの資産の健全性について自己査定すること(その妥当性に関しては、外部監査による承認が必要とされる)が求められるようになり、その結果算出された自己資本比率が一定値を下回った場合には、監督当局への業務改善計画の提出その他必要な是正措置の命令を受けることになる。それでも改善が実現されなかった場合には、破綻処理に移行することになる」(p.97)としています(金融機関の破綻処理については今後取り上げることを予定しています)。
*9) ここの記述は池尾(2009)に則っています。
*10) 同書のp.513-514を参照しています。
*11) S&L危機については、池尾(1993)およびMashkin and Eakins(2012)を参照してください。
*12) この表現は氷見野(2005)のp.16を参照しています。
*13) 池尾(1993)は、S&Lと貯蓄相互銀行や信用組合をまとめて、貯蓄金融機関(thrift institutions)と呼ぶとしています(p.60を参照)。
*14) この数字は氷見野(2003)を参照としています。
*15) 池尾(1993)の第三章を参照してください。
*16) Mashkin and Eakins(2012)は「Probably the most important feature of FDICIA is its prompt corrective action provisions described earlier in the chapter that require the FDIC to intervene earlier and more vigorously when a bank gets into trouble」(p.445)としています。
*17) この他、預金保険機構が他の金融機関に預金を預け入れた上で、その債権を預金者等に譲渡する方法もあります。
*18) この場合、適資産/適資産以外の切り分けは行われず、資金援助内のツールとして金銭贈与、資産の買取りなどが同時に行われることがあり得ます。
*19) ここでの書きぶりは、預金保険機構のディスクロージャー誌における「定額保護下の破綻処理の流れ」を参照しています。詳細はディスクロージャー誌を参照してください。
*20) 出口のツールとして、事業譲渡のみに限定されていません(預金保険法第96条)。
*21) 柳澤(2021)は金融再生法成立の際、ブリッジバンクの議論がなされる中で、「承継銀行が受皿銀行を見出す期限を三度も延期することができ、最長五年間も言わば店晒しになる(この間に優良な貸出先は他行へ移ってしまう懸念があろう)ことの不適切さ」(p.135)を指摘しており、この解決として「ブリッジバンクの長期間にわたる管理および営業継続による不良取引先の吹き溜まり懸念も、存続期間の短縮化によって改善された」(p.136)と整理しています。
*22) 預金保険法などで法定されているわけではありませんが、当該事業譲渡を行う先の選定手続の透明性及び公平性の確保、並びに譲渡対価の妥当性の確保の観点から、入札手続が基本とされています。後述する日本振興銀行の事例では、最終的に入札手続を経て、イオン銀行が選定されました。
*23) 全ての「承継されない資産」が整理回収機構に買取りされるわけではない点に注意してください。
*24) 確認をする主体は金融庁であり(預金保険法第93条)、預金保険機構はその確認を求める立場である点に注意してください。
*25) 遠藤等(2013)は、引当控除方式について、「担保によって保全されている債権部分とそれ以外の部分とを区別し、前者部分については全額の回収見込みがあるとしてその金額を債権評価額とし、後者の部分についてはその回収見込み等を勘案した一定の割合を乗じて計算された貸倒引当金・債権等譲渡損失引当金の額を控除した額をもって債権評価額とするもの。正常先債権には、損失を見込まず額面価格とし、要注意先債権については、担保不保全分の半分をロスと見込み、破綻懸念先債権、実質破綻先債権および破綻先債権については、担保不保全分の全部をロスと見込む。」(p.130)と説明しています。
*26) 整理回収機構の業務については例えば、下記を参照してください。
https://www.kaisyukikou.co.jp/intro/intro_002.html
*27) 日本経済新聞(2010/09/10)「振興銀破綻、ペイオフ発動、預金1000万円、週明け以降払い戻し、3日間業務停止」では、「振興銀は銀行間市場からの資金調達がなく、他の金融機関が連鎖破綻する懸念はない。不良債権比率が極めて高いこともあり、金融庁は公的資金の投入には国民の理解が得られないと判断したもようだ」としています。
*28) 前田(2015)などを参照。
*29) https://www.boj.or.jp/about/education/oshiete/pfsys/e28.htm
*30) 正確には、預金保険法74条5項の「その財産をもつて債務を完済することができないとき又はその業務若しくは財産の状況に照らし預金等の払戻しを停止するおそれがあるとき」に該当する旨を申し出ました。
*31) ここでの説明は預金保険機構のウェブサイトを参照していますが、詳細は下記をご参照ください。
https://www.dic.go.jp/katsudo/page_001662.html
*32) 詳細は下記を参照してください。
https://www.dic.go.jp/katsudo/page_001657.html
*33) 日本保険機構による説明は下記の通りです。
https://www.dic.go.jp/katsudo/page_001692.html
*34) 日本経済新聞(2010/09/10)「振興銀破綻、ペイオフ発動、預金1000万円、週明け以降払い戻し、3日間業務停止」
*35) ここで「第二」とされているのは、平成14年に設立された日本承継銀行の次の承継銀行であるからです。預金保険機構のディスクロージャー誌は「日本承継銀行(平成14年3月設立、破綻した石川銀行及び中部銀行から引き継いだ業務を最終受皿金融機関に事業譲渡により再承継し、平成16年3月に機構の経営管理終了)」としています。
*36) ここでは図表7をベースに説明していますが、当該金額は、資産査定を再度行った後、修正されました。例えば、遠藤等(2013)では「事業譲渡実行日である同月25日、預金保険機構から第二BBに対し約1041億円の資金援助(金銭の贈与)が、振興銀行に対し約656億円の衡平資金援助(金銭の贈与)が、それぞれ実行された。もっとも、同日時点の数値は事業譲渡実行日の数値を正確に表したものではないため、事業譲渡契約に定められた価格調整条項に基づき改めて資金援助額を確定し、同年9月27日、運営委員会においてこの調整後の金銭贈与額の議決がなされ、その後速やかに返還等が実行された。調整後の金額は第二BBに対する金銭贈与額が460億円(当初より581億円の減額)、振興銀行に対する金銭贈与額が751億円(当初より95億円の増額)となった」としています。
*37) 柳澤(2021)では、「三つ目の業務である預金の保護については、資金としては同じ預保機構が借り入れまたは債券発行により調達した10兆円によるのであるが、預保機構が破綻金融機関に対して行う行為としては一方的な贈与を行うこととなっている。これは、二つ目の業務である資産の買い取りや事業の譲り受けにおいては、預保機構が正当な評価をしたうえで適切な対価を支払うものであるのに対し、預金保護においては払い戻し不能分(預金保険でカバーされる分は除く)の不足を填補するためには贈与によるほかない」(p.127)と指摘しています。
*38) ここでは図表7をベースに説明していますが、当該金額は、資産査定を再度行った後、修正された点に注意してください。詳細は遠藤等(2013)を参照してください。
*39) https://www.dic.go.jp/katsudo/page_001693.html
*40) 会計検査院は、「破綻金融機関から救済金融機関への事業譲渡等を援助するため、当該事業譲渡等の対象となる資産の額が負債の額を下回る場合に、その差額に相当する額を救済金融機関に対して贈与するもの」としています。詳細は下記を参照してください。
https://report.jbaudit.go.jp/org/h24/2012-h24-1037-0.htm
*41) 会計検査院は「事業譲渡等に伴い破綻金融機関に残される債権の債権者と救済金融機関に引き継がれる債権の債権者との間の均衡を図るため、事業譲渡等を行わなかったと仮定した場合の弁済率(負債に対する資産の割合)を維持するのに必要な額を破綻金融機関に対して贈与するもの」としています。詳細は下記を参照してください。
https://report.jbaudit.go.jp/org/h24/2012-h24-1037-0.htm
*42) ここでの記述は主に遠藤等(2013)に基づいています。
*43) 預金保険機構の損失、すなわち、一般勘定における責任準備金が減少して、保険料を納める預取金融機関の負担が増える、結果として実質的には預金者の負担が増える点に注意してください。
*44) https://report.jbaudit.go.jp/org/h24/2012-h24-1037-0.htm
*45) 日本経済新聞(2011/1/13)「振興銀の受け皿、月内にも公募、借り手保護焦点に、資産査定難航で曲折も」を参照。
*46) この数字は下記を参照しています。
https://report.jbaudit.go.jp/org/h24/2012-h24-1037-0.htm
*47) 遠藤等(2013)では、「振興銀行がいわゆる商工ローン等ノンバンクから買い取った貸付債権には、譲渡元において利息制限法超過利息を収受していたため、元本を上回る回収分を不当利得として返還しなければならないリスク(以下「過払金リスク」という)や貸付債権の二重譲渡により優先する譲受人に回収分を不当利得として返還しなければならないリスクが付着している可能性があるなど、資産・負債の実情を正確に把握するには時間を要する特殊事情が存していた。これらの特徴・問題点が後述する資産査定、概算払の大きな障害となった」(p.111-112)としています。
*48) 会計検査院は、「仮基準日における債務者10,632先の半数を超える5,610先の債務者に係る債務者区分が正常先から要注意先以下又は要注意先から破綻懸念先以下の区分に修正されたことなどにより、127億余円の貸倒引当金を計上する必要が生じ、純資産額が減少して大幅な債務超過となる見込みとなった。このため、第二日本承継銀行は、銀行法(昭和56年法律第59号)等において業務を継続する前提とされている自己資本比率4%を維持するためには、88億円の資本追加が必要であるとし、預金保険機構に対して追加出資の要請を行った」と整理しています。
https://report.jbaudit.go.jp/org/h24/2012-h24-1037-0.htm
*49) ここでの記載は下記を出所としています。
https://report.jbaudit.go.jp/org/h24/2012-h24-1037-0.htm
*50) 第二日本承継銀行はイオンコミュニティ銀行に変更され、その後、イオン銀行に合併されました。詳細は、日本経済新聞(2012/3/30)「イオン銀とイオンコミュニティ銀の合併を認可」を参照してください。
*51) 日本経済新聞(2010/09/13)「振興銀、払い戻し開始、預金名寄せ終了、1000万円超は3423人」を参照。
*52) 日本経済新聞(2017/5/23)「初のペイオフが終結、振興銀、保護対象外4割カット」