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特集 Future TALK 〇〇さんと日本の未来とイマを考える

古市 憲寿さん(社会学者)編


はじめに
原田広報室長 皆さんどうぞよろしくお願いします。新しく立ち上げた本企画では、財政や税の役割とその現状等について、読者のみなさまにわかりやすく伝えられるよう、様々な分野の方をお招きして、財務省の所管する行政に触れながら、未来やイマについてトークをしてもらおうと思います。
本日は第一回として、社会学者として活躍されている古市憲寿さんをお招きして、財務省の主計局・有利主計官、神野室長、主税局・大沢補佐と対談をしてもらいます。
それでは、古市さん、よろしくお願いいたします。

写真1:対談参加者(中央が古市憲寿さん)

古市憲寿さん よろしくお願いいたします。少しですが海外に住んでいた経験もあるので、税や社会保障についての海外との比較や、ミクロに考えたときの受益と負担がどうなっているかなど、イメージしやすいお話ができればと思っています。


税金の使い道について

古市憲寿さん 早速ですが、税については国民からすると「取られる」というイメージ、いわゆる「痛税感」から、非常に印象がよくないですよね。
一方で、国の予算を見てみると税収では6割しかカバーできていなくて、4割は国債で賄っていますよね。その4割分、今の世代の人は得している状況とも言えます。このことを認識している人はあまり多くはないと思います。さらに言えば、税金の具体的な使い道についてイメージできている人も少ない気がします。例えば、警察サービスがいくらの個人負担で提供されているのかとか、サブスクリプションみたいなイメージでミクロで例えるとどう整理することができますか。

写真2:社会学者・古市 憲寿さん

有利主計官 シンプルに国の予算を家計の税負担額に割り振った形で考えてみると、夫婦共働きの家計*1で考えたとき、国と地方税を約8万7千円払っており、警察費に2千円、教育費に6千円、社会保障費に3万1千円支払っていることになっています。

写真3:主計局 主計官(司法・警察、経済産業、環境係担当) 有利 浩一郎

古市憲寿さん 例が適切かはわかりませんが、民間警備会社に月額一万円近く払ってホームセキュリティをお願いすることがありますよね。「呼んだらいつでもすぐに来てくれる」警察というのは、2千円以下の負担で提供されているんですね。公共サービスの効率のよさを実感します。社会保障も、公的医療保険などがない世界を想像してみると、かなり軽い負担で充実したサービスを受けているなと感じます。

神野室長 一点補足をさせてもらうと、税だけでなく、保険料や国債発行についても考慮すると、もう少し大きな金額になっています。社会保障でいうと、約19万円増えて、22万円を超えますが、この差額を保険料のほか、国債発行で埋めていることになり、将来世代の負担のもと、給付を受けている状態であることがわかります。

古市憲寿さん こうした数字で見てみると、普段当たり前と思っている公共サービスで、自分がどれだけ受益しているのかがわかりますよね。また、国債発行まで含めてみると、構造的なおかしさを感じてしまいます。
昨今のコロナ対策で大規模な財政出動をしていますが、当初予算においても4割が国債発行に頼っている状況で本当に大丈夫なのでしょうか。

有利主計官 財政面での懸念は後ほど述べたいと思いますが、負担が増えなくても、あるいは今まで受益を受けてきた政策をやめなくても、借金によって新たな政策を行ってしまう今の状況だと、当面は負担を伴わない、あるいは受益の減少を伴わないので、国民の皆様からの、国のお金の使い方がこれで良いのか、効率的な予算になっているのかといった関心が薄れてしまうのではないかということを懸念しています。

大沢補佐 「こういった給付が欲しい」という話はあるものの、「こうしたことに使わないで」という声が聞かれないように思います。本来、自分で支払った税金であれば、使ってほしいものだけでなく、使ってほしくないものに対する意見もあっても良いと思うのですが。税金という形で政府を通じて、ある人から別の人にお金が移動しているのに、それについて「自分は関係ない」と思っている人が多い気がします。こんな使い道はおかしい、とか、これをやるくらいならこっちのほうに使ってほしいという議論は10年くらい前と比べて激減している印象です。

古市憲寿さん そこには「自分がいくら税金を支払っているか」ということを意識している人が少ないことに起因する側面もあるのではないでしょうか。
財政支出に関する議論には、MMT*2もありますが、財務省の方は財政状況の改善について、どのように考えているんでしょうか。また、国債は全額返せるのでしょうか。

有利主計官 財務省としても国債を全部返し切って残高をゼロにすべきと考えているわけではありません。懸念しているのは、現在のような財政状況が続いた結果、借金が持続できない状況、すなわち金利が大きく上昇したり、最悪の場合国債を買ってもらえなくなったりすることです。
来年度予算の国債発行額は36兆円ですが、過去に発行した国債を期限どおり返済する資金を得るための借換国債の発行などを合わせると、年間の国債発行額は200兆円を超えています。仮に、国債発行に支障が生じるような状況に陥れば、過去発行した国債を期限通り返済するには、歳出の切り詰めだけでは全く追いつかない巨額の資金捻出が必要になることも想定されます。
今はまだ幸いなことに国債発行の多くを国内で賄えていますが、経常収支の黒字幅は小さくなっていますし、国庫短期証券については半分以上を海外に保有されています。最近でも海外投資家による多額の日本国債売りやそれに伴う国債金利上昇がニュースになっています。「国内で保有されているから大丈夫」と安心できる状況ではないと思っています。

大沢補佐 日本銀行が保有している分を除いて、国債・国庫短期証券の海外保有割合を見てみると、10年前は10%程度だったのが、いまは25%を超えてきている状況であり、マーケットにおける存在感は大きくなってきていると思います。

古市憲寿さん やはり、国債発行が無限にできるということではないし、返していくのもそう簡単ではないということですね。個人的にも、もし魔法の解決策があるなら他の国も実施しているはずだし、そんな都合のいいことはないと思っています。財政や財務省についてネットなどでは色々と批判も多いですよね。予算が有限という制約がある中でバランスを取ってどう国家を運営していくかというのが大事な視点だと思うのですが、それがないがしろにされてしまっている気がします。
こうした状況の中、社会保障は持続可能なのでしょうか。


日本の社会保障について

神野室長 古市さんが暮らしていたノルウェーと比べると分かりませんが、まず伝えたいのは、日本の医療制度がとても充実していることです。例えば、1,000万円を超えるような高額の医療を受けた場合でも、個人負担には上限が設けられており、所得の低い方は数万円の負担で済むような仕組みになっています。

写真4:主計局 社会保障企画室長 神野 貴史

有利主計官 高額医療もそうですが、それ以外の通常の医療においても、69歳までの場合なら本人の負担は3割となっていますので、残り7割は税金・国債と保険料で賄われていることになります。
自分の例を挙げると、最近鼻炎になったので病院に行ったのですが、そのときの領収証を見ると診察代387点と薬代362点、合計では749点となっています。この1点は10円を意味するので全部で7,490円かかっているのですが、話を端折って簡単に言うと、この点数(749点)を7倍すれば国などから払ってもらっている額が分かります*3。私の場合、国などから払ってもらったのは5,240円で、そのおかげで自分の財布からの支払いは2,250円で済んでいることがわかります。こうした身近な計算をしていただくことで、公的な仕組みにおける受益と負担について考えていただくきっかけにしてもらえればと思います。

大沢補佐 アメリカでしばらく生活しましたが、保険制度が民間保険によって分断されていて、あらためて日本の医療保険のすばらしさを実感しました。安い自己負担で、必要な時にアクセスできる今の日本の制度は、空気のように当然の存在ではなく、破綻しないように皆が努力して手直ししていかなければいけないと思います。

写真5:主税局 税制第三課 課長補佐 大沢 暁子

神野室長 社会保障の受益と負担については、負担の水準に応じた社会保障を受けられるという正比例の関係にあることで持続可能性が確保されますが、国際的に見た時に、日本は将来このトレンドから外れ、負担水準に比べて給付水準が大きく上回ることが見込まれます。これを正常な範囲に戻し、将来世代にも社会保障制度を引き継いでいくためにはどのように対応をしていくのかが課題になっています。

古市憲寿さん 新型コロナウィルスの流行や、その政策の影響も大きいでしょうが、2022年の出生数が80万人を切ったというニュースが話題です。個人的にもかなり危機感を持っています。

神野室長 少子化は、社会保障の持続可能性にとっても大きな問題です。出生数が80万人を下回るのは2028年頃と目されていましたが実際にはそれよりも7年前倒しで進んでしまっています。年明けから子ども予算の充実に向けて議論がなされていますが、少子化の大きな原因の一つは正規・非正規の格差といった雇用環境ではないかと考えています。

有利主計官 なぜ少子化になるのかという点について、お金だけの問題ではないという意見も増えていると思います。
数年前にフランスに住んでいたのですが、フランスでは家族の在り方も日本とは全く違い、結婚しないで子どもを持つことが当たり前になっていて、今や、フランスの出生児の6割強は婚姻関係にない男女から生まれています。だからといって家族がバラバラというわけではなくて、パートナー間・親子間の愛情・スキンシップはむしろ非常に濃く、両親それぞれが責任をもって積極的に子どもに関わっています。そして、そのように濃い愛情の下で育った子どもが大人になったときに、当たり前のように子どもがほしい、と思う好循環が出来上がっています。
また、フランス人・フランス社会が子どもに優しいというのも感じました。フランスではバリアフリーが日本ほど普及していませんが、ベビーカーを押していると階段で周りの人が我先にと手伝ってくれますし、仮に公共の場で子どもを邪魔者扱いする人がいても、その人に文句を言って味方になってくれる人たちが必ず現れます。
さらに、フランスの中学・高校・大学には偏差値がないですし、塾に通う習慣もないので日本で家庭の教育費支出のかなりの部分を占める塾代の出費がありません。教育費がかかりすぎるというのであれば、受験とか学校外教育をどうするかの問題は避けて通れないと思います。
ちなみに、充実しているとよくいわれるフランスの子育て予算ですが、税・保険料で財源をしっかり確保しており、借金に頼らない黒字運営となっています。


日本の未来について

古市憲寿さん 未来予測は非常に難しいですが、その中で唯一信頼できる予測は、人口推計に基づいたものだと思います。堺屋太一氏が1976年に出版した近未来小説『団塊の世代』は、かなり正確に高齢化する日本を予測していました。
未来を見据えた政策作りをする上で工夫できるようなことはありますでしょうか。

神野室長 未来を考えて今の政策に活かしていくことが重要です。「フューチャーデザイン」という未来の人の立場に立って、現在の政策を考える手法に関心を持っています。岩手県矢巾町で水道施設の更新の際に、仮想将来世代と現代世代とグループを二つにわけて議論し、その結果、水道料金の値上げを決めたという実例があります。財務省としても、審議会の資料として紹介するなど注目しているところです。

大沢補佐 未来を担う若者も、18歳までは投票ができません。だから、彼らの将来のことも考えながら、今のシステムが老朽化している部分、ほかの国に比べて遅れている部分を改革していくのが今を生きる私たちの世代の役目だと思っています。

古市憲寿さん 「10年後どうしているか?」という自分の未来について考えることはありますが、社会についても想像しながら未来を考えるという視点を持っている人は少ないという感じがします。日本の未来を想像するのは難しいですが、財政も含めて明るいものになって欲しいです。


財務省について

原田広報室長 最後に、財務省がわかりやすい発信をしていくために必要なことについて、アドバイスをいただければと思います。

古市憲寿さん 他の省庁だと「このような政策・サービスを始めます」としてアピールをしやすいと思いますが、財務省の広報はなかなか難しいところがありますよね。人間が直接伝えると生々しすぎるので、漫画やVTuberといった形で擬人化すると上手くメッセージが伝わることもあるかもしれません。また、人が顔を出すことにリスクがあることも考えるとキャラクターが代弁してくれるのは一つの手だと思います。その上で、財務省の中にいる方々の「本音」が聞ける機会が増えて欲しいですね。


おわりに
原田広報室長 本日はお集まりいただきありがとうございました。イマの財政状況、社会保障の状況などの話から、未来に関する話まで、いろいろなお話が聞けました。また次回、同じようなテーマでお話を聞ければと思います。

写真6:対談風景(右が古市憲寿さん)

図表 図 1.税金の使われ方(モデル家庭を用いたイメージ)
図表 図 2.社会保障における受益(給付)と負担の構造


*1) 世帯年収970万円(夫650万円、妻320万円)夫50歳、妻50歳共働き、子二人(一般扶養1名、特定扶養1名)
*2) Modern Monetary Theory(現代貨幣理論)の略
*3) 高齢の方で、2割負担の場合には点数の8倍、1割負担の場合は点数の9倍が、国などからの支払分になります。