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資本主義経済から多元価値駆動経済へ

慶應義塾大学医学部 医療政策・管理学教室教授 宮田 裕章

コロナ禍以降、世界は大きな転換点の中にある。その軸のひとつは、これまで世界を中心的に動かしてきた経済合理性至上主義の見直しだ。
コロナ禍以前より指摘されていた環境問題はもちろん、黒人に対する暴力や差別を反対する運動「Black Lives Matter」や、新疆ウイグル自治区における人権侵害などは、一国に留まる問題ではなくなっている。
世界は今、人権やいのち、多様な価値を守りながら「持続可能な未来をどうやって作っていくべきなのか」を問うている。日本では「新しい資本主義」と呼ばれ、ダボス会議では「The Great Reset」が掲げられた。ここ数年で、国際会議の優先順位も変わってきているのだ。
経済活動においても、価値の軸が変化している。過去、ファッションの分野においては、目の前の商品を謳歌することに重きが置かれ、チャンスロスをするくらいなら、売れ残りがあっても多くの商品を作る、というビジネスモデルが席巻していた。
ところが現在は、商品が作られるプロセスや、商品の扱われ方が評価の対象となりつつある。人権を踏みにじり、弱者から搾取するような製造過程を経た商品に対して不買運動が起こり、商品の大量廃棄に批判が集まる。アパレル業界をリードするフランスでは、2022年に新品の衣類の廃棄を禁止する法律が施行された。
さらに、商品やサービスが製造・提供されるプロセスにおいて温室効果ガスの排出量をCO2に換算して表示する「カーボンフットプリント」も広まりつつあり、人々が商品を購入する評価軸のひとつになっている。
人々の生活や経済活動と未来の繋がりは、いまやデジタルによって可視化され、現実的な課題として経済に影響力を持ち始めてきたのだ。
これらの流れに近しい概念が、江戸時代の日本にあった「三方よし」だ。「売り手よし、買い手よし、世間よし」という考え方は、鎖国した中で3000万人余りの人口がひしめき合うなかで、商売を成り立たせるために必要不可欠だったのだ。
世界がデジタルで繋がり可視化されたことで、三方よしのような「Environment」「Social」「Governance」を重視したESG経営、意義や目的を掲げる「パーパス経営」などが注目され始めた。私たちはまた、世界規模での「三方よし」に立ち返ろうとしている。
その結果、果たして資本主義は終わりを迎えるのだろうか。私自身は、お金そのものは価値を交換するうえで非常に強力な手段であることに変わりなく、資本主義が果たしてきた役割は今後も社会の中に残っていくと考える。これまでは、お金以外で価値を共有する手段が乏しく、お金の持つ影響力が強大だったが、デジタル時代には環境やいのち、人権、多様な豊かさといった、お金以外のさまざまな価値も含めた価値基準で、世の中を動かす時代になっていくだろう。
私はこれを「多元価値駆動社会(あるいは、多元価値駆動経済)」と呼んでいる。この多言価値駆動社会では、日本に対しても新たな振る舞いが問われる。
そのひとつとして、日本の食生活が挙げられる。WWFの予測分析によると、世界中の人が日本人と同じ食生活をしたら、地球が1.64個必要になる。理想的ではないが、アメリカよりもずっと少ない。これは、世界的にも重要なサステナビリティの軸となり、観光だけでない新たな発展の可能性になり得る。
日本の食に関しては、一例に過ぎない。それ以外でも、持続可能性につながるビジネスや文化、新しいビジョンなど、日本が世界をリードする分野を考えていく必要があるのだ。