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PRI Open Campus~財務総研の研究・交流活動紹介~15

財政経済理論研修
理論や分析に裏付けられた政策の企画立案のために
 
財務省財務総合政策研究所総務研究部研究官 内藤  勇耶
 
 
財務総合政策研究所(以下、「財務総研」)では、内外財政経済に関する基礎的又は総合的な調査及び研究だけでなく、史料や情報の収集・編纂、統計の作成等、更には財務省職員に対する様々な研修を行っています。今月のPRI Open Campusでは、財務総研が行う数ある研修の中でも、最も歴史のある「財政経済理論研修(以下、「論研」)」の目的や内容、業務への活用などについて、「ファイナンス」の読者の皆様に、分かりやすく紹介していきます。
 
内藤  勇耶 財務総合政策研究所総務研究部研究官
平成29(2017)年に財務省に入省し、「国の産業投資の在り方」の策定を担当した後、高松国税局管内で勤務。令和2(2020)年7月に財務総研に研究官として着任。研究官として「パネルデータと地図からアプローチする第二子出生にかかる要因分析と提言」を執筆するなど研究を行うと共に、財務省の職員を対象とする財政経済理論研修の企画・運営の総責任者を担う。
 
 
1.論研の成り立ち
この研修は今から61年前の昭和36(1961)年度に開始されたもので、大蔵省・財務省が実施する研修の中で最も歴史のある研修です。開始した当初から平成8(1996)年までは、大蔵省の職員のみならず、他省庁や民間企業の職員も参加していたそうです。その後、平成21(2009)年度に再開され、令和4年度には第50回目の節目を迎えています。
再開後は、主として財務省の職員や財務省に出向中の民間企業の職員が参加しているほか、一部の講義については、今年度より金融庁の職員も参加して、ともに学んでいます。なお、現在、論研の講義については、総合職採用に限らず、人事担当者の推薦に基づいて、一部講義を受講するなど、さまざまなかたちで研修を受けることができる仕組みとしています。
 
 
2.論研の目的と概要
財務省は経済官庁である以上、内外財政経済に関して、理論や証拠・データに裏打ちされた効果的な政策を立案する必要があります。
財務省で働く職員は、日々の業務の中で財政や経済に関する様々な課題に関わっています。しかし、内外財政経済に関して責任ある政策を立案するには、業務で得た知識を体系的に組み合わせるとともに、より専門的な知見を得て、財政経済について国際機関や学者の方等と議論できる水準に高めることが期待されます。
そのような背景の下に、国家公務員上級(現総合職)採用職員を主たる対象として、財政経済の理論を備えさせることが、論研の目的とされています。
すなわち、「財務省の政策分野に関連する経済理論に関して、政策の企画立案者として必要とされる基礎的な能力を確立すること」が、論研の最大の目的です。こうした目的を達成するためには、様々な政策提言・実証分析に関する論文等を、自ら評価し良否を判断することができる知識を習得することが必要です。また国際機関で活躍できる人材や、国際会議で博士号を持つような人材が多く集まるような場においても対等に議論できるような人材を輩出することも狙いとしています。
これらの目的を踏まえ、論研のフル参加者は、財政経済理論に関する講義を受けるとともに、財政経済にまつわる研究論文を執筆しています。単に理論に関する講義を行うだけにとどまらず、研究論文の作成までを求めるところが他の研修にはない論研の特色だと考えています。
なお、研修の期間は毎年4月から6月の3か月間ですが、この期間は通常の業務を離れて、研修と研究にのみ専念することとなっているため、受講生にとって学習効率の高い研修となっています。
 
 
3.論研の講義とその現代化
講義は主として「基幹科目」(ミクロ、マクロ、計量)及び「応用科目」(公共経済、金融、国際経済)から構成されており、試験等による習熟度の確認を実施しています。その他、図表1. 令和5(2023)年度論研開講科目(予定)のとおり、単発の特別講義も実施しています。なお、基幹科目については、大学院導入レベルの講義を受講する「Aコース」(経済学既修者向け)か、学部レベルの講義を受講する「Bコース」(経済学未修者向け)を各自が選択することができるようにしており、各受講生の研修開始時点の習熟度に応じて適切な講義を選択できるように配慮されています。
近年特に力をいれているのは、データ分析や機械学習等の知識の習得です。これまでの経済学の実証分析においては、古典的な統計学や回帰分析の手法を用いて、例えば説明変数の影響度を見るという研究が行われてきました。そのため、これまでの論研では、このような研究手法に対応するために必要とされる古典的な統計学や計量経済学の手法を中心に講座を開講してきました。
しかしながら、近年はコンピュータの性能の飛躍的向上に伴い、今まで手に入らなかった大量のデータ(ビッグデータ)を分析に使えるようになりました。その結果、経済学の分野においても、古典的な計量経済学の手法だけではなく、データを用いた丁寧な因果関係の推論が標準的となり、機械学習的なアプローチを用いた分析も見られるようになってきています。
そこで、論研でも令和2(2020)年度からは、統計学の基礎として、古典的統計学だけではなく、機械学習の背景にあるベイズ統計学に関する学習を追加するとともに、令和5(2023)年度からは、機械学習そのものを学習する講座を追加しています。
 
 
4.論研における論文執筆
省庁が行う研修に限らず、研修一般には、講義を受けるだけでは学習した内容が身につかず、研修を実施する意味がないという場合も散見されると思います。論研では、座学にとどまらずに、実際に研究論文の執筆という学習内容の活用機会を設けることで、知識の定着を確実なものとするよう図っています。
もっとも、研修において論文を執筆してもらう理由は上記にとどまりません。昨今は大学等の研究者が政策に関する論文を執筆されていたり、理論的な背景を基に政策提言をされていたりすることもあります。これらの是非について議論が必要な場面においては、研究者の方々からは必ずしも重視されていない点や、十分に認識されていない実務の観点を提起することも必要とされ、更なる検証を実施したり、政府が保有するデータに基づき、職員自らが妥当性を検証したりという対応が必要になると考えられます。このためには、論文を自ら執筆した経験があることは政策の企画立案者として極めて重要です。
論文を執筆するにあたっては、研究を行う研修生が学識経験者を指導教官として1対1で指導を受けられる体制を整えています。例年、研修が始まる前年の11月ごろから研究テーマの考案に着手し、財務総研に所属する有識者の指導の下で研究計画書を策定した後、4月から正式に論文の執筆を行います。4月下旬には論文の中間発表等を行うとともに、関係者(財務総研幹部、学識経験者等)を集め、6月中旬に論文の合評会を開催するというスケジュールです。
なお、論文内容が合格基準に達したもののうち、特に優秀な論文については、財務総研のディスカッションペーパーとして刊行さしており、内部研修にとどまらず、社会に対して有用な知見が共有できるような研究論文を世の中に出せるように、指導教官や論研事務局が日々サポートをしています。
 
 
5.論研を受講した職員へのインタビュー
ここからは、受講経験がある職員や、過去の論研の設計担当の職員(各々在職15年程度)へのインタビューを通じて、論研がその後の職務にどのように役立っているのかをご紹介します。
 
当時を振り返って論研の良さとは何か
(日向寺)結論として論研はとても良いものでした。私は法学部出身で、学生時代に経済学を学んだことがなく、数学も苦手で、当時は本当にコンプレックスでした。しかし、論研で英語で書かれた教科書を使って計量経済学や統計学を学ぶことで大きな助けとなり、その後、英国のLondon School of Economics(LSE)に留学させていただく機会があったのですが、論研で学んだ知識を基礎として現地で勉学に励み、より一段深い知識を蓄えて日本に帰ってくることができました。
(佐々木)日向寺さんの回答の通りですが、私も法学部出身だったので、財務省職員として最低限必要とされる経済学の知識を身に付けられたのが非常に良かったです。論研は、最近はやりの「リスキリング/学び直し」の取組とも言えると思いますが、何年も前から実施されているのが素晴らしいですね。同期と一緒に勉強するのも新鮮でした。
(日向寺)座学だけではなく、Stataを用いた実証分析の論文執筆もさせてもらいました。具体的には、論文執筆のための研究計画書を作成して最終的に論文を形にするという一連のプロセスを体験しました。特に、分析結果の頑健性の確認等を懇切丁寧に指導教官にご指導いただけたのがよかったです。
もちろん、論研での経験は留学だけではなく、業務でもとても役立っています。仕事をしていくにあたって、論研で学習する機会があったおかげで、経済論文を読んで理解出来るようになったのですが、このことは仕事をする上で本当に強みになっています。私は主税局に在籍していたことがあるのですが、そこでは外国税制等の調査のために英語の論文をたくさん読まなければならない場面が多々ありました。論研を受けていたからこそ、主税局の幹部に論文の内容や海外の税制について説明できる程度に経済論文を読めるまでなりました。財務省の制度の中でも、かなり良い研修制度だと思っています。
ただ学ぶだけではなく、第一線で活躍するアカデミアと交流ができるのも魅力の一つ
(内藤)なるほど。当時は、もちろん全部対面でやっていたともちろん思いますが、先生方との交流はありましたか? この数年については新型コロナウイルス感染症の影響で、先生方との交流は実はほとんどできてないので。
(日向寺)受講当時は、対面授業はもちろんのこと、合宿形式での集中講義もあり、先生方に来ていただいていました。朝から晩まで刺激的なプログラムだった記憶があります。
(影山)日向寺さんと佐々木さんのお二人が受講した時、合宿で社会保障の集中講義がありませんでしたか? 私が論研の設計を担当していたときに社会保障関係の講座を設けました。当時、社会保障予算を担当していた幹部に講義をお願いしたり、医療経済学の大家にもお越しいただいたりと、様々な講義を設けました。
(日向寺)私たちの頃(平成22年ごろの論研)は、論研を再開させたばかりということもあって、大変気合いが入ったプログラムになっていました。今もそうだと思いますが、講師がとても豪華でした。
(佐々木)今思えば、既に著名な先生に加え、若手の有望株みたいな方々が講義を担当してくださっていて、論研を通じてそのような先生方と知り合えたというのはとても良かったです。
(日向寺)そうそう。先生方は授業前の雑談にも付き合ってくださって、かなり良くしていただきました。
(日向寺)当時は大学を出たばかりの若手の先生方から補講を受けられるという制度もありました。財務総研にいらしているポスドクの先生方が中心に指導して下さったのを覚えています。
当時の若手の先生方は年齢が近しいだけにとてもフランクで、学習面だけではなく継続的な関係性を今でも構築できています。仕事で何かご知見を伺う際にも、個人的なつながりがあると聞きやすいですよね。私が主税局に配属された際に、税調や改正の関係で若手教授の方々にご相談を持ち掛ける際には、そのような先生にお声がけをさせていただいたこともありました。論研を通じて構築される人脈というのは、後々の仕事でも生きています。
(影山)運営側にいたので、そういってもらえると嬉しいですね。
(日向寺)普通に生活していたら経済学の先生方と出会うことはないと思うので、本当によい経験でした。
(影山)運営側としては、どの方にどういう内容を教えていただこうかと、長い時間かけて検討していました。また、論文の指導教官に関しては、研修生の希望を踏まえつつではありますが、将来的に政策を立案する際にお知恵をお借りすることができ、幅広い視野を持った若手の研究者の方々にアドバイスをいただけるように、かなり苦心してお願いをしていました。
「統計」の知見は仕事の中でも今でも生きる
(内藤)論研で特にこの科目が、今でも活きているなと思うものは何かありますか?
(佐々木)統計学でしょうか。仕事で論文を扱うようなこともあるかと思いますが、概して統計の議論が含まれており、論研等で学ぶ基本的な知識がないと理解すらできないですよね。
例えば、昨年、生活保護の予算を担当していた際、生活保護の基準額が全国で6区分あるのですが、この区分をいくつにすると有意な差が出てくるのかといった議論をしており、論研が役立ちました。
(日向寺)財務省に入って15年ほど経ち、管理職の色彩が濃くなるにつれて、細かいデータを直接読み解くような仕事とは少し異なる性質の仕事が多くなってきましたが、統計に関する知識は本当に役に立ちました。
(内藤)日向寺さんの場合は、論研で学んだ知識が特に仕事に直結して役立つと思っていたのは、課長補佐と呼ばれる業務の中核を担っていくポジションの最初の5年ぐらいだったということでしょうか。
(日向寺)そうですね。もちろん、マクロ経済モデルを組めるようなスキルを持っている職員もいて、そういった方はまた別かもしれませんが、一般的な職員であれば若手のうちに特に効果があると思います。
たとえば、主税局で海外税制の調査をしていたときに、「海外の事例をまとめて分析する」という指示を上司から受けたことがありました。このとき、論研での経験や知識がなければ、どこから始めてい委のかわからず、意味のある分析を何もできなかったと思います。しかし、論研を受講したことで、Excelなど身近で利用可能なツールを使いつつ、海外の研究論文を読んで意味のある分析ができるようになっているので、業務で実施するハードルが下がりますよね。論研がなければ、分析に当たって海外の研究論文を読もうとは考えなかったように思います。
(影山)論研の設計時に一番主眼に置いていたのは、論文を読む力をつけていただくということです。
(日向寺)厚生労働省年金局に課長補佐として出向していた時、国会の法案審議における質問対応として消費者物価指数と年金額の分析を行う必要がありました。論研を受けていなければ、心理的ハードルが高くて取りかかるのがなかなか大変だったかもしれません。経済データを使った仕事をする際に、論研での経験は本当に役に立ちました。
(影山)私の場合も仕事に直結しているところがあります。政策を企画立案するときに、その方向性が正しいかを確認するには、裏付けとなる論文を国内外から探してくる必要があります。このときに論文を読める力が役立っています。
(日向寺)なるほど。
(内藤)お話を伺って、統計の知見が業務でも大変重要なのだと改めて実感しました。
財務省で働くうえで必要な力は論研で育つか
(内藤)みなさんはこれまで財務省や他省庁、海外など多様なフィールドで勤務してきたと思いますが、財務省ではどのような力が特に求められているとお考えですか?
(影山)これまでの職務経験の中で、2つ大事だと思うことがありました。1つは分野横断的に様々な事象に対して一定の知識を持っていて、議論が成り立つということ。もう1つは、それに対して自分なりの課題を設定して考えを持っているということ。
私は数年間、在フィリピン日本国大使館に勤務していたことがありました。そこでは、フィリピン政府や外交団など様々なカウンターパートと話す機会がありましたが、経済・財政の話に加え、公共事業関係や社会保障関係などの話題についても議論ができるということが一つ強みだったと思います。更に求められていたのは、いわゆる課題設定能力であって、例えばフィリピンの発展において、「今どこにボトルネックがあって、何に着手する必要があるのか」というのを自分なりに考えて議論してみると、それがプロジェクトにつながっていきました。
本省では国際機関関連の仕事をする機会もありましたが、そこでも同様に、ある国の経済のボトルネックはどこにあって、何をすれば飛躍的にその後の成長につながるか、というアジェンダを提案していくことが大事だったと思います。結局のところ、課題設定ができると、あとはネットワークや同僚の知識にも助けられながら前に進んでいけるのかなと感じています。
そういう点で先ほど言及された論研における合宿での社会保障の講義も、やはり課題設定の仕方を学ぶ良い機会だったと思っています。社会保障等の専門家から、どういうところに問題があるだろうかという意識を持ち、そこに対してどうアクセスして、どう対処していくかという論理的な思考を勉強できたことは、とても良い経験だったと思いました。
(内藤)なるほど。課題設定というか、それこそゴールを決めて走っていくというのは、論文を書くときにも似たところがあると感じています。論文を書く際は、自分で考えて課題を設定して、そして仮説を持って逆算して何を解いていけば良いかということを考えながら進めていくところがあるので。今、私は論研を設計する立場ですが、3年前には受ける側でしたので、皆さんの話を聞いて、論研での論文執筆で培った力はその先の職務に役立つのだと思いました。
実際のところ、データに基づく政策立案は進んでいるのか
(内藤)昨今、データに基づく政策立案が大事だとよく言われています。一方で、実際に、政策の企画立案に当たって、政治的な調整の中で、どこまでデータに基づく政策立案が行われているでしょうか。15年程度勤務してきた中での皆さんの実感はいかがでしょうか。
(佐々木)政策立案において、いわゆるEBPM*1の重要性が高まっていると思いますし、最近では、政府全体でも推進しています。ただ、実感としては、自分の反省も込めて、まだ道半ばかもしれません。
(影山)そうですね。政策の企画立案や実施の可否について検討する際、データがあるかないかで論拠の強さが全然違います。私が今担当している介護は、設立してまだ20年の制度という点と、対面でやる作業が多く、データが蓄積されにくいという点があります。例えば、ある介護サービスが利用者の方の状態の改善につながってるかどうかというのは、これまで定量的なデータが乏しく効果があまり明確でなかったように思います。そのため、どういうことをやったらどういう効果が出たかをデータ化していく作業が始まったところです。これでデータが積み重なってくと、将来的には定量的に介護サービスの効果が見えてくるのではないかと思っています。
政策立案において役に立つ論文というのは定性的なものよりも定量的なものです。介護であれば、利用者の方へのアンケートで得た一次データを使っていたり、実際の動向を定量的に見ているものだったりします。
EBPMについてはまだまだ過渡期ですが、気付いたときに現場の調査を行ったり、まだデータがなくても将来に備えデータの用意をお願いしたり、というのを積み重ねていくことが大事だと思います。
(内藤)詳しくご説明いただいてありがとうございました。ここまでのお三方のお話を聞くにつれて、皆さんには論研で培った経験や発想が完全に定着しきっていて、当たり前のようにデータや理論と向き合いながらお仕事をされているということが良く分かりました。研修が成功している指標にもなると思いますので、今回伺えた話というのは、研修を設計する立場としてはとても嬉しいことです。
インタビューにご協力いただきありがとうございました。
 
写真 〈今回のインタビュー対象職員〉
右:佐々木邦仁 主計局主査(内閣1、復興)
中:日向寺裕芽子 国際局地域協力課地域協力調整室長
左:影山昇 主計局主査(厚生労働2)
 
過去の「PRI Open Campus」については、
財務総合政策研究所ホームページに掲載しています。
https://www.mof.go.jp/pri/research/special_report/index.html
 
〈図表2〉
近年ディスカッションペーパーとして刊行された例
 
*1) エビデンスに基づく政策立案(Evidence-Based Policy Making)のこと。具体的には、(1)政策目的を明確化させ、(2)その目的達成のため本当に効果が上がる政策手段は何かなど、政策手段と目的の論理的なつながりを明確にし、(3)このつながりの裏付けとなるようなデータ等のエビデンス(根拠)を可能な限り求め、「政策の基本的な枠組み」を明確にする取組を指す。