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令和4年度 上級管理セミナー

講師 小山  嚴也 氏(関東学院大学学長、経営学部教授)
 
演題 不祥事防止のツボ~当事者の視点で考える組織不祥事~
 
令和4年10月6日(木)開催
 
 
はじめに
ご紹介いただきました小山でございます。本日は「不祥事防止のツボ」というタイトルでお話させていただきます。「当事者の視点で考える」ということを一つのポイントにしております。当事者には当事者なりにそうやってしまう何かがあるのではないか。そういうことを考えながら、本日お話ししたいと思います。
1.組織不祥事の頻発
いろいろな不祥事が起きていますが、不祥事自体は最近起こり始めているわけではありません。
昔は許されていたことが今では許されなくなっている、ということがあります。例えばセクハラやパワハラは20年前、30年前には日常的に起こっていても、それ自体が問題になっていなかったというだけの話なのです。
また、内部告発で表沙汰になるというケースも非常に多い。内部の人でないと知らないことが外部に出ていくのです。
不祥事といっても、悪意あるものと悪意なきものがあります。つまり、意図的に悪いことをやってやろうというケースもあれば、うっかりミスとか本人が全く気付かずにやってしまうケースもあるということです。
問題の種類・性質は様々です。賄賂もあれば、セクハラもあれば、製品の品質不良もある。これらは全部問題の性質が違いますが、世間ではそれが一括りにされて全部が不祥事と言われるのです。
 
 
2.組織不祥事の解釈
(1)一般的な組織不祥事の原因理解
組織の不祥事が起きるとマスコミ等でいろいろ言われますが、一般的に、だいたい以下のように解釈されると私は思っています。
第一は「利益優先で安全性やコンプライアンス・倫理を軽視した」です。
次は「法令に関する知識が足らなかった、あるいは法令を守ろうとする意識がなかった」です。これに類似するものとして「マニュアルに不備があった、マニュアルを守る意識がなかった」もあります。
さらに「問題が発覚した際、社内に隠蔽体質があり、隠蔽しようとした」というのもよく聞かれます。
つまり、一般的な組織不祥事の原因理解は「この組織は倫理観が低い、あるいはコンプライアンス意識が低い、だからこういった問題が起こるのだ」という解釈になるということなのです。
そうなると何が起こるかというと「だからコンプライアンス研修を一生懸命やらないといけない」となる。これが一般的な不祥事の対応策です。
私は、これは「第三者の視点」に立った不祥事防止策だと思っています。でも本当にこの理解でいいのでしょうか。
 
(2)当事者視点に立った不祥事防止策
企業が不祥事を起こすと、マスコミには「利益優先主義だ」とほぼ必ず言われますが、もしそれが正しいとすると、営利企業でない組織は不祥事を起こさないことになります。しかし、実際には非営利組織でも不祥事は起きています。
このように考えると、私は利益優先主義を最初に持ってくるのはあまり適切ではないのではないかと思うのです。
私が本日申し上げたいのは「当事者の視点」に立つということです。「やらかしてしまったその当事者はなぜその時そういうことをしてしまったのか」という見方をしたいのです。
企業の工場に見学に行くと、「新人ではなくてベテラン社員が、回転する機械の中に手を入れて手や指を切断してしまうことが意外にある」という話をよく聞きます。危ないと思って手を突っ込む人は多分いません。何らかの理由でその人は大丈夫だと思ってしまうのです。なぜ安全だと思ったのか、その認識のメカニズムを解き明かさないと、手を突っ込む問題はなくすことはできないと思います。
不祥事もこれと同じことです。その時当事者は「どういう状況に置かれていたのか?」、また、「どういう心理状況だったのか?」を知る必要があるのです。すごく忙しい状況で、納期に間に合わせるのが大変だった、あるいは心理的に焦っていた、イライラした状態だった、そういうことがあるのではないかということです。
また、「どういう思考パターンを持つのか?」も知る必要があります。コロナ前に企業でコンプライアンス研修をやっていた時に感じたのですが、本社事務・管理部門の人と話している時の感覚、営業部門の人と話している時の感覚、工場の現場で話している時の感覚、研究所の研究者と話している時の感覚が全然違うのです。同じ組織といってもその専門分野特有の考え方があるのです。
さらに、「誤解や錯覚はなかったのか?」についても知る必要があります。
こうした点を明らかにして潰さないと、私はその当事者はまたやってしまうだろうと思うのです。大事なのは「当事者はなぜ大丈夫だと考えたのか?」ということです。これが「当事者の視点」に立った不祥事防止策を講じるための基本ではないかと思います。
 
 
3.雪印乳業の事例:
もったいないのワナ
(1)脱脂粉乳が毒素に汚染される
これからいくつかの事例をお話ししたいと思います。1つ目が雪印乳業の事例です。「もったいないのワナ」が問題になる事例です。
雪印乳業集団食中毒は、2000年6月に発生しました。当時あった大阪工場でつくられていた低脂肪乳などを飲んだ人たち1万3,420人が食中毒になりました。
後で説明しますが、実は大阪工場は食中毒とは無関係だったのです。大阪工場では低脂肪乳などの製品をつくっており、その原材料となる脱脂粉乳は北海道の大樹工場で作られていました。この大樹工場でつくられた脱脂粉乳が毒素に汚染されてしまい、そのことに気付かないまま、大樹工場から大阪工場へ出荷され、大阪工場も脱脂粉乳が汚染されているという認識がないままそれを使って製品をつくり、食中毒を引き起こしてしまったのです。
 
(2)大樹工場で停電発生、工場のライン停止
2000年3月31日のことです。大樹工場の電気室に雪解け水が流れ込み、漏電防止装置が作動するなどにより、約10時間工場が停電となりました。
停電すると工場の製造ラインは全部ストップします。脱脂粉乳のラインも作業が止まってしまい温度管理がうまくいかなくて、黄色ブドウ球菌が増殖しました。
 
(3)雪印乳業の厳しい出荷基準
停電復旧後、作業が再開されます。熱殺菌➡濃縮➡乾燥➡検査したところ、10時間放置されていたので、殺菌しきれずに1グラム当たり9万8千個の一般細菌が脱脂粉乳から検出されました。雪印乳業の脱脂粉乳出荷基準は(1)一般細菌数は1グラム当たり9千9百個以下、(2)大腸菌群が陰性、(3)黄色ブドウ球菌が陰性、というものでした。
雪印乳業は当時トップの乳業メーカーでしたので、国が決めた基準よりも厳しい基準を持っていました。厚労省の基準では(1)一般細菌数は1グラム当たり5万個以下、(2)大腸菌群が陰性、これだけです。当時乳業メーカーで脱脂粉乳の出荷基準において黄色ブドウ球菌の検査を入れたのは雪印乳業だけです。それくらい厳しくしていたのです。
 
(4)不合格の脱脂粉乳を後日再利用
大樹工場での検査の結果、出荷基準を満たしていないことが判明したので、不合格になった脱脂粉乳は出荷しませんでした。しかし、不合格となった脱脂粉乳は廃棄せずに袋に入れたまま保管されていました。後日、保管されていた不合格の脱脂粉乳を水に溶かしたものと生乳とを1:1の割合で混ぜて、改めて脱脂粉乳を製造しました。そして、検査をしたところ、国よりも厳しい雪印乳業の出荷基準をすべて満たしました。ですから、再製造した製品を出荷したのです。でも食中毒が発生しました。
 
(5)毒素はチェックせず
黄色ブドウ球菌自体は食中毒の原因ではありません。黄色ブドウ球菌が増えるときに作り出されるエンテロトキシンという毒素が原因であり、これを体内に摂取すると人間はその毒素で食中毒になります。
雪印乳業は黄色ブドウ球菌についてはチェックしていたのですが、エンテロトキシンのチェックはしていませんでした。もっとも厚労省の基準にもエンテロトキシンはありません。
基準にないため、チェックされず、エンテロトキシンが残っている脱脂粉乳で乳製品が生産されて食中毒が発生したのです。
 
(6)八雲工場食中毒事件
実は雪印乳業は1955年に北海道の八雲工場で製造した脱脂粉乳によって小学校での食中毒事件を引き起こしています。この時は脱脂粉乳の中に黄色ブドウ球菌が殺菌しきれず残ったまま出荷されました。脱脂粉乳の中では黄色ブドウ球菌はいわば「寝ている」状態ですが、給食調理室で調理員が脱脂粉乳にお湯を加えます。黄色ブドウ球菌は適度な水分、適度な温度、適度な栄養分があると増殖します。調理室でまさにその状態になったので、黄色ブドウ球菌が目を覚まして増殖し、毒素を作ったのです。
 
(7)ルール変更の経緯が伝わらない
2000年当時、マスコミは八雲工場食中毒事件を引っ張り出してきて、「雪印乳業は八雲事件から何も学ばずにまた脱脂粉乳で食中毒を引き起こした」と雪印乳業を批判しました。
でも私と共同研究者は「いや、雪印乳業は学んでいる」と思いました。それは、厚労省の基準にない、他の乳業メーカーの基準にもない、黄色ブドウ球菌の基準が雪印乳業の出荷基準にだけあったからです。
2000年代初めに大樹工場で調査した際、工場長や品質課長等に「八雲事件をきっかけに出荷基準に黄色ブドウ球菌が入ったのですよね?」と聞いてみましたが、「誰も知らない、わからない」と回答するのです。そこで雪印側に調査してもらったところ、八雲事件の後に黄色ブドウ球菌のチェック項目が出荷基準に入ったことが判明しました。
ここがポイントです。なぜその基準ができたのかが伝わっていないのです。事件やトラブル、ミスが起きると、ルールや手順が変わります。その時その場にいた人たちはなぜそのルールが新たに導入されたのかが分かります。でも10年、20年経つとルールだけ残って、経緯が伝わらなくなってしまいます。雪印乳業ではそれが生じていたのです。
八雲事件を通じて、雪印乳業は「食中毒防止には徹底的に殺菌して、殺菌できたことを検査することが重要だ」と学んでいたのです。ですが45年経過するうちに「殺菌して検査しておけば絶対安全だ」という「殺菌神話」が生まれたのです。食中毒防止には殺菌と検査が重要、これは論理的に正しいです。しかし「殺菌すれば絶対安全だ」は論理の飛躍です。「昨日作ったカレーだけど、火を通せば大丈夫だ」というのと同じです。
 
(8)もったいない+殺菌すれば大丈夫
雪印乳業の北海道の工場に行きますと、従業員の方々が「白いものを床に流すな、もったいない」と言っているのです。白いものとは生乳です。「酪農家が苦労して絞った貴重な資源だから、一滴たりとも無駄にするな」と徹底しています。無駄にしてはいけない=もったいない、と徹底されているのです。
なぜ出荷基準を満たさない脱脂粉乳を捨てなかったのでしょうか。それは、この「もったいない」と「殺菌神話」が関わっています。つまり、「もったいないから捨てられない」と「殺菌すれば大丈夫」の2つが合わさった時に、再利用しようということが起きたのです。ここに利益優先の発想は全くありません。むしろもったいない、大事に扱いたいという想いの方が強い。現場ではこういうことが起きていたのです。
 
(9)毒素エンテロトキシンを巡る2つの事実
でも、なぜエンテロトキシンをチェックしないのか。実は2000年当時、牛乳中から微量のエンテロトキシンを検出する技術は世界に存在しませんでした。
もう一つの事実は、事件後にエンテロトキシンの数値に関する教科書の記述が変わったということです。「これだけの量のエンテロトキシンを体内に摂取すると食中毒になりますよ」という基準値があります。分かりやすく例えて言うなら、5ミリグラム以上摂取すると食中毒になりますよ、というのが基準だとすると、2000年の雪印乳業の事件ではそれよりはるかに低い0.2ミリグラムで食中毒が発生してしまった、ということなのです。だから検査ができていたとしても、この事件は防げなかったのです。
さらに、実はエンテロトキシンは時間が経過すると毒性が失われます。問題になった脱脂粉乳をあと半年か1年倉庫に寝かしていたら毒性が失われていて、この事件は起きていなかったのです。
 
(10)厚労省の乳等省令
「もったいないということは分かるが、なぜ不合格品を捨てないでもう一回使うのか?」という疑問があるかと思います。実は厚労省の乳等省令では、原料乳の一般細菌の基準は「1ミリリットル当たり400万個以下」とされています。問題となった脱脂粉乳では一般細菌は1グラム当たり9万8千個です。ですから水に溶かしても1ミリリットル当たり400万個に増えるわけはないのです。そのように考えると、厚労省の省令からいっても再度使っていいと考えたのです。
厚労省は「これは再利用を認めるという話ではない。溶かしたものを原料乳とは言わない」と主張していますが、現実にはどのメーカーも脱脂粉乳を溶かして再利用していますので、皆やっていいものだと思っていたのではないかと思います。
「黄色ブドウ球菌が増殖すると、エンテロトキシンという毒素が生まれて、その毒素を摂取すると食中毒になる」ということは現場の人はもちろん知っていました。でも知っていることとそこに毒素があることに気づくことは別の問題です。出荷基準に毒素の項目がないので、毒素があるかもしれないという発想が現場にはない。だから見逃されてしまうわけです。
大樹工場では、受け入れ時に異臭がする生乳は廃棄していました。でも異臭なし、として受け入れた後はパイプライン内で数値管理しか行わないですし、しかもそこにエンテロトキシンの基準がないから、スルーしてしまうのです。
事件後も厚労省の乳等省令にはエンテロトキシンの基準はありません。エンテロトキシンは検査する必要がないのです。なぜないのか? 温度さえ低い冷蔵状態を保っていれば、黄色ブドウ球菌が存在していても増殖はしないのです。増殖しなければ毒素が生まれることもない。だから毒素をチェックする必要がないのです。
 
(11)冷蔵状態という大前提を忘れていた
つまり雪印乳業の脱脂粉乳出荷基準は「全工程で冷蔵状態が保たれていること」という大きな前提の上に乗っかっている基準だったのです。
大樹工場の現場の人たちは出荷基準は守っていました。しかし「冷蔵状態」という前提が崩れているにもかかわらず、崩れていることの上に乗っかっている基準は意味をなさないことに気づいていなかったわけです。
前提が崩れた基準を、その前提を普段全く意識していないので、そのまま適用したために食中毒が起きたのです。
私はこの事実を明らかにしたときに「私もやってしまうな」と思いました。ルールや基準の前提や背景などいちいち考えながら仕事をしないからです。いちいち考えなくてもいいようにルールを作ります。だからルールの前提をほとんどの人が意識しないのです。これがまさにそうです。
 
(12)雪印乳業食中毒事件のまとめ
雪印乳業食中毒事件を整理してみると、以下の通りです。
まず「厚労省より厳しい基準だった」ということです。厳しい基準を持っていることで過信とか甘えが出てくるので、あまり厳しくし過ぎないことがよいかもしれません。
次は「このやり方で問題は起きていなかった」ということです。少なくとも45年間雪印乳業のどこでも問題は起きていませんでした。言い方をかえると、エンテロトキシンは今までも残留していた可能性はあるのですが、時間の経過で不活性化していただけ、たまたま起きていなかっただけかもしれないのです。
次は「黄色ブドウ球菌検査の導入理由を知らなかった」ということです。なぜ検査項目が入っているのか現場は知らなかった。そして八雲事件と検査項目とが実感として結びついていなかったのです。ミスをしたケースから折角学んでいたのに、その背景にある物語が後世に伝わっていなかったのです。
 
 
4.東洋ゴム工業の事例:
認知バイアスのワナ
次の事例は東洋ゴム工業の免振装置ゴムの偽装問題です。「認知バイアスのワナ」が問題になります。これは2000年から2012年の間に、子会社を通じて、ビルの下にある免振装置ゴムで技術的根拠のない数値を記載して国土交通大臣の認定を取得し、また2000年から2015年出荷時の性能検査においても数値データを改ざんしていたという事例です。
2013年夏ごろに不正が行われていることが子会社で認識されました。そして2014年夏以降親会社の経営陣にもその情報が何度か上がったのですが、結果的に出荷停止を決めた2015年2月6日までの間、基準に適合しない免振装置ゴムが出荷し続けられたのです。
マスコミからは「データ改ざん、チェック体制不備、事実の隠蔽だ」と批判されました。こういう報道のされ方をすると、他社は「当社はこんなにひどくない、絶対こんなことはない」と思うので、決して学べません。
調査報告書を見ると「技術的見地から更なる調査が必要」という言葉が記されています。「確かにデータが改ざんされた製品が出荷されているけれど、性能検査した時に地震発生時の安全性を担保する性能はちゃんとあるのではないか、それを確認してみよ」ということです。
さらにシミュレーションをやってみたところ、影響は限定的で問題はないことが分かったのです。東日本大震災が起きた際にも、問題となった製品は宮城県、福島県の物件では全く問題ありませんでした。ですから「確かにデータ改ざんしましたが、製品の安全性は問題ないです」ということをいかに証明するかをこの間延々とやっていたのです。
さらに面白いことに、振動を測定する機械には機械毎に固有のクセ、個性があるので、そうした個性を踏まえて、測定値に補正をかけるのですが、「補正しなければ範囲内に収まります」と気づいた人がいたのです。補正しなければ基準を満たしているのです。さらに大臣に認定を求めるときに「この測定機械では何%補正します」ということは届け出なくてよいのです。
ですから「当社の測定機械はもともと補正しなくてもよいものです。だから補正不要な測定値をそのまま使うこととなり、それは基準値に収まります。」と言えば、実際に安全性も問題ないし、セーフだよね、という議論がこの間ずっと行われていました。
私はこういうことはあると思います。何かやらかした時、「どうにかしてこれは大丈夫だと言えないか」ということは皆考えますよね。それが行われていたのです。つまり認知バイアスです。人は自分に都合がよい情報は無批判に受け入れて、都合が悪い情報には批判的・懐疑的になる傾向があると心理学では言われています。
「いい加減でコンプライアンス意識がない」というよりは、認知バイアスに陥って何とかならないかと模索していた、これがこの事例の新たな解釈です。
 
 
5.雪印種苗の事例:
面倒くさいのワナ
(1)品種偽装とは
次は雪印種苗の事例です。「面倒くさいのワナ」が問題となる事例です。
この事件は2018年4月に発覚しました。牧草用、肥料用、植生用の種について長年にわたって品種を偽装していたのです。
品種偽装で何が行われていたかというと、例えば牧草用の種で在庫がない場合あるいは仕入れが困難になった場合に、草の種類が同じで品種が異なる種を、受注した品種名で偽って提供していたのです。種の生産は天候に左右されるので、在庫がない時があります。その時に、例えばチモシーという草の中にはクライマックスという品種とホクエイという品種があるのですが、顧客が「チモシーのホクエイをください」と言ってきたときに、ホクエイがなかった場合、クライマックスにホクエイのラベルを貼って顧客に提供するのです。あるいはホクエイが少し足りないから、クライマックスをブレンドしてホクエイですよ、と言って提供するのです。
 
(2)1回目の内部告発
2014年8月に1回目の内部告発が北海道新聞に届きました。北海道新聞の記者からの照会を受けて、「社内で調査した上で回答する」と返答するとともに、社内で調査委員会が立ち上がりました。結論としては「2002年1月頃まで北海道で偽装があったが、それ以降はない」というものでした。なぜ2002年1月か? これは、グループの雪印食品において2002年1月に牛肉偽装事件が発覚して、それ以降は雪印グループとして偽装はやってはいけない、ということになったからです。実はそれ以降にも偽装はあったのですが、なかったことにしたのです。
社内調査委員会において種苗課長が調査したところ、2002年6月に偽装の事例がありました。でも社内調査委員会は、これはグレードダウン、すなわち高いブランド種を安いブランド種の中に入れて売った、良いものを安く売ったのだから問題ない、という判断をしました。それから2004年以降の「疑わしい事例」も、特に直近では2012年2月にあったのですが、グレーではあっても黒ではない、ということで問題なしとされました。さらに調査委員会の中でいろいろな議論が出てきて、「資料の保存期限は10年だから、2002年6月の事例は12年前のことなので、この資料は廃棄済で、調査してもわからなかった」という説明をすることに決まりました。
この時、調査委員会メンバーのA取締役が「でも実際に私が種苗課長だった時に偽装をやっていた。北海道新聞の記者が私のところに来たら、私は嘘を言うことはできない」と言いました。すると同じ役員をやっていたOさんが将来のエースと目されていたAさんに対して「待て、こんなことでお前を失いたくない。余計なことは言うな。」と言って、Aさんも引き下がりました。Aさんが偽装発覚時の社長なのです。
そして社内調査委員会の結論を北海道新聞に伝えました。北海道新聞も「調査結果がそういう内容なら、記事にできませんね」ということで収まったのですが、「記事にならない、被害者もいない、それなら社告などを出す必要はない」ということになりました。
 
(3)2回目の内部告発
2017年7月に「品質偽装がまだ続いている」という内容の2回目の内部告発がありました。今回は業界団体への情報提供でした。「偽装にかかわったのは歴代の種苗課長で、現在の代表取締役、監査役も含まれている」という中身の濃い内容でした。この告発者は2014年の社内調査報告書をたまたま読み、関係者が嘘ばかり言っていることに愕然として、告発したのです。情報提供された業界団体から「きちんと調査せよ」と指示されて、2回目の社内調査委員会が立ち上がるのですが、2014年の社内調査委員会では問題なしという結論が出ているので、それ以降の不正を調査する」ということにしたのです。そして社内調査委員会は「品種偽装はないものの、種苗法違反や社内規定違反が複数発見された」と報告しました。2回内部告発されて何もありませんでした、ではいかにも嘘っぽいので、「偽装はなかったけれど、別件で少し問題がありました、ごめんなさい」と持っていこうとしたのではないかと思います。この報告書を農水省に提出したところ、農水省が怒って「第三者委員会を設置せよ」と命令し、この第三者委員会で調査したところ、偽装が発覚したのです。
 
(4)廃棄の決裁が面倒くさい
こうして発覚したものの中に、裏ワザを用いた廃棄というものがあります。発芽率を基に種子を廃棄するかどうか決めるのですが、廃棄するときは仕入れ額に応じて本部長決裁、社長決裁、取締役会決裁となります。決裁を取るのは面倒くさいので、ロット統合処理による「口座替え」ということをやるのです。例えば顧客が150kgほしいと言ってきたときに、袋に入っている種子を他の袋の種子と一緒にして一つの袋にして売るのがロット統合なのですが、一つの袋に詰め込むときに10%くらいはこぼれてしまうそうです。だから、やる必要のないロット統合を重ねて10%分が廃棄する量になるよう調整し、帳簿上帳尻が合うような処理をしていました。そうすると廃棄の決裁を取らなくて済むのです。こうしたことが行われていたのです。
 
(5)「面倒くさい」に注意
こうしたことはなぜ行われたのでしょうか?
結局は面倒くさかったのではないか、というのが私の解釈です。品質上は問題ないし、顧客に安定的に種を届けることが最重要課題であって顧客への提供が遅れることは迷惑をかけるし、顧客への説明も面倒くさい。あるいは廃棄の手続が細かくて面倒くさい、そもそもこんなことでAさんというエースの社長候補を失うほどの問題ではない、というのがこの事例ではないか、と思います。
ですから作業者の「面倒くさい」という感覚を意識する必要があるのです。
 
 
6.小林化工の事例:
社会的手抜きのワナ
次は製薬会社である小林化工の事例です。ここでは「社会的手抜きのワナ」が問題となります。
2020年12月、小林化工が製造する水虫薬に睡眠薬が混入してしまい、健康被害が生じていることが判明しました。薬を調合する過程の「後混合工程」で、イトラコナゾールという水虫薬を投入する際に、誤ってリルマザホン塩酸塩水和物が投入されてしまったのです。
夜勤の作業者が保管庫からイトラコナゾールではなく誤ってリルマザホン塩酸塩水和物を持ち出して秤量し、作業を引き継いだ日勤の作業者は原料が誤っているとは思いもよらずに混合し、違う薬ができてしまった、ということなのです。
チェック体制も組まれていたのですが全く機能しなかったですし、現場で勝手に作業手順書を作り、それに沿って作業していたのです。
この事例の一般的解釈は「利益・売上優先、安全性軽視」「法令に関する知識不足、法令遵守意識の欠如」「マニュアル遵守意識の欠如」「従業員急増による力量不足」「恒常的な人員不足(特に品質管理部門)」「組織的な体質(軍隊的な企業風土)」というものですが、この事例に対する新たな解釈は「社会的手抜きのワナ」です。
「前工程がきちんと行われているから大丈夫だろう」と思ったのではないか。あるいは「最終的に品質管理部門がきちっと見るから大丈夫だろう」という感覚があったのではないか。
こういう感覚は我々にもあると思います。この「社会的手抜き」に気を付けないといけないのです。
一般にダブルチェックで安全性を担保しようとしますが、同じものを同じように見てOKとするのはダメだそうです。違う角度から見ることをやらないとミスが多くなる、ということは心理学の実験で示されています。
もしダブルチェック、トリプルチェックをするなら、違う角度からチェックするということを入れないとダメかもしれない、ということになります。
 
 
7.不祥事防止の風土と制度
不祥事を防ぐために日本の組織が何をやっているかというと、「職場環境主導型」でやっています。まず職場の風土を改善していくのです。アメリカは「個人責任強調型」です。法令意識を高める、ルールを徹底的に覚えさせるということをやるのです。
内部の推進者、皆様のような管理職が職場のことを一番よく分かっているから、「あなたたち管理職が中心になってやるのですよ」というやり方を日本の組織は採用するのです。一方アメリカ型では、個人の法令意識を高めるため弁護士など外部の専門家を使って法令について理解させるのです。
研修の方法もアメリカ型ではe-ラーニングですが、日本型では集合研修を実施します。研修終了後の一杯やりながらの会話がコミュニケーションを改善するし、手間をかけてまで集合研修を実施することで、組織としてのコンプライアンス重視のメッセージにもなる、というものです。
また、日頃から個人が尊重され、相互に協力し合って仕事上の問題を解決していくオープンな職場の風土、つまり風通しの良い職場だと、業務パフォーマンスにも倫理行動にも共にプラスになる、という実証研究結果もあります。
 
 
8.まとめ
本日のまとめです。管理職としての自覚と覚悟として、まず「職場の風通し」を意識していますか?「実は気になっていたのだけれど・・・」ではダメなのです。普段から声掛けしたり、部下から言わせるような雰囲気をつくらないとダメです。
また「ありがちな心理・思考様式」を認識していますか? 善良な人でもそういう場面ではやってしまいます。
さらに「常にアップデート」していますか? 常識はどんどん変わります。過去の経験やルールに縛られない柔軟な発想が必要になるのです。
 
ご清聴ありがとうございました。(以上)
 
講師略歴
小山  嚴也(こやま  よしなり)
関東学院大学学長、経営学部教授
神奈川県横浜市出身。
1996年より山梨学院大学で教鞭をとったのち、2001年4月に関東学院大学に着任。関東学院大学では、学生生活部長、副学長、経営学部長などを歴任し、2021年4月に学長に就任。
専門は経営学、CSR論。日本経営学会、組織学会、経営学史学会など所属学会多数。