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コラム 経済トレンド103

日本におけるBNPLの成長性について
 
大臣官房総合政策課 調査員/楠原  雅人/木下  裕也
 
 
本稿では、諸外国で拡大している後払い決済(BNPL)の日本における成長性について考察する。
 
決済サービスの多様化
近年、コード決済の増加で決済手段の多様化が進む中で、日本のキャッシュレス決済比率は増加し続けている(図表1. 日本のキャッシュレス支払額とキャッシュレス決済比率の推移)。
EC市場の拡大により、キャッシュレス決済比率は更に上昇していくことが期待できる。EC市場においても、決済手段としてクレジットカードを利用する人が79.1%と最も高いものの(図表2. 日本のECにおける決済手段(2018年))、世界では、後払い決済サービス(BNPL:Buy Now, Pay Later、以下「BNPL」)という支払手段が広がっていくことが予想されており(図表3. 世界のECにおける決済手段)、日本でも注目を集めている。
BNPLの事業者が小売店の請求を代行し、消費者は後日代金を支払うといったビジネスモデルはクレジットカードと類似するが、与信審査が厳しくなく、利息や手数料が原則かからないといった点は異なる(図表4. BNPLの特徴)。消費者にとって、クレジットカードを所有せずとも同様のサービスを受けられることから、クレジットカードを所有することができない若年層や主婦層を中心に利用されている。
(注)図表1:キャッシュレス決済比率は、キャッシュレス支払額÷民間最終消費支出により算出。
図表2:その他の決済手段は、Yahoo!ウォレット決済、口座振替、電子マネー決済、楽天ペイ(オンライン決済)、Pay-easy(ペイジー)決済、プリペイドカード決済、永久不滅ポイント決済、Apple Pay、LINE Pay、ペイパル、Google Pay、ネットマイル決済、リクルートかんたん支払い、Alipay決済、銀聯カード、その他を指す。
図表3:2025年は予測値。
(出所)内閣府「国民経済計算」、日本クレジット協会「クレジット関連統計」、日本銀行「決済動向」、キャッシュレス推進協議会「コード決済利用動向調査」、SBペイメントサービス株式会社「【調査結果】クレジットカード決済に関する利用者の意識調査と決済手段の選び方」、Worldpay from FIS「THE GLOBAL PAYMENTS REPORT 2022」、日本経済新聞電子版「後払いサービス『BNPL』少額決済、審査を簡便に」(2022年7月23日)
 
海外におけるBNPL
BNPLは、実店舗やECにおいて、事業者が小売店に代金を立替払いし、消費者が原則手数料を負担することなく、後払いや分割払いで事業者に支払う仕組みである(図表5. BNPLの仕組み)。事業者にとっては、加盟店からの手数料受取額と運転資金の調達額との差額が利益となる。近年、欧米諸国を中心に、決済系フィンテック企業が事業を拡大している(図表6. 諸外国の主なBNPLサービス)。
欧米ではBNPLサービスの登場により、クレジットカードへのニーズは減少傾向にあり(図表7. 諸外国のクレジットカード保有率の推移)、BNPLへのシフトが起こっている。クレジットカードの分割払いには基本的に利息や手数料がかかる一方で、BNPLサービスは一般的に4回払いまで利息や手数料がかからない。BNPLはこうしたクレジットカードのペインポイントを解決する手段であることから、急速なニーズ拡大に至っている。
米BNPL大手5社がBNPLのサービスを通じて提供した貸付額は2021年に242億ドルと2019年の10倍以上になっており、BNPLの利用金額が急増していることを示している(図表8. 米BNPL大手5社による貸付額)。一方で、少なくとも1回の遅延損害金を請求された利用者は、2021年に10.5%と、2020年の7.9%から増えており、過剰債務への警戒感も広がっている(図表9. 支払が遅延した者の割合)。
(出所)日本経済新聞電子版「三井住友カード、クレカなし後払い決済導入 GMO系と」(2022年6月6日)、日本総研「拡大するBuy Now, Pay Later(BNPL)市場の動向と今後の展望」(2021年4月5日)、THE WORLD BANK「The Global Findex Database 2021」、CFPB「Buy Now, Pay Later:Market trends and consumer impacts」
 
日本におけるBNPLと国際比較
日本においても、2000年代からBNPLサービスは存在していたが、近年のEC市場拡大に伴い、さまざまなBNPLサービスの市場参入が増加している(図表10. 日本の主なBNPLサービス)。また、欧米諸国同様、BNPLは若年層を中心に利用する者が拡大しており、幅広い世代において一定の利用率を獲得している(図表11. BNPLの年齢階層別の利用率)。
BNPLに関するニーズについて、欧米では分割払いのニーズが存在し、利息や手数料といった費用面でのニーズが大きいのに対し、日本ではEC決済でクレジットカード情報を入力することは不安・煩雑である等、機能面に対するニーズが大きいと考えられ、それぞれBNPLが代替手段として用いられている。
背景として、日本では海外と比べクレジットカードを取得しやすく、多様な決済手段の中から支払方法を選択できることが考えられる。また、日本ではセキュリティ意識が高く、クレジットカードへの利用に慎重な層が一定程度存在すること、クレジットカードの分割払いを利用する割合が低い(図表12. 分割リボ払いの日米比較(利用金額ベース))ことからも、機能面に対するニーズが大きいことが窺える。
(出所)日本経済新聞電子版「クレカ不要の後払い決済『BNPL』、1兆円市場へ」(2021年12月15日)、インフキュリオン「決済動向2022年4月調査」(2022年5月25日)、一般社団法人日本クレジットカード協会「日本のクレジット統計(2021年版)」、THE WHITE HOUSE「2022 Economic Report of the President」
 
BNPLの今後
EC市場の拡大に伴い(図表13. EC市場規模の推移・予測)、BNPL市場は2025年には1.9兆円に達すると予測されている(図表14. BNPL市場規模の推移・予測)。また、大手クレジットカード会社が2023年以降に参入することを発表しており、今後予測以上に市場が成長していく可能性もある。
大手の参入により競争原理が働くことで、一層のBNPLサービスの向上が見込まれる。事業者はクレジットカードを所有できない層だけでなく、利便性ニーズを持つ層へのアプローチや非利用者への周知が今後の課題と言えそうである(図表15. BNPLを利用する理由(非利用者は、どういう理由で使うかを想像して回答))。加盟店は多様な決済手段を提供することで機会損失を減らすことができ、新規顧客の獲得や既存顧客のグリップに繋げられるだろう。
懸念点は、海外でも発生している過剰債務である。日本のBNPL利用可能上限は5~10万円と少額に設定されているものの、事業者が増加することで、複数のBNPLを利用し、結果的に支払不能に陥る消費者が発生するリスクに留意する必要がある。
BNPLには、購入時の決済を簡便にするだけでなく、クレジットカードが有しない審査の簡便性や手数料等が無料であるといったメリットもある。節度ある利用が促進され、UX(顧客体験価値)の高い決済手段として今後広がっていくことを期待したい。
(注)図表13・14:2022年以降は予測値。
(出所)矢野経済研究所「EC決済サービス市場に関する調査(2022年)」(2022年4月15日)、インフキュリオン「BNPL(後払い決済)の最新動向調査 6人に1人が利用経験あり」(2021年7月21日)
 
(注)文中、意見に関る部分は全て筆者の私見である。