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資本保全バッファー(CCB)およびカウンターシクリカル・バッファー(CCyB)入門

 
―バーゼル規制における資本バッファーを通じた「プロシクリカリティ」の緩和について―
東京大学 公共政策大学院 服部 孝洋*1


1.はじめに
「バーゼル規制入門」(服部, 2022a)で議論したとおり、金融危機を経て様々な規制改革がなされています。図表1 金融危機以降のバーゼル規制の全体像は、金融危機以降のバーゼル規制の概要ですが、筆者はこれまで主に「資本水準の引き上げ」(図1左上)や「資本の質の向上」(図1右上)について説明してきました。本稿では図1右下に記載してある「プロシクリカリティの緩和」について取り上げます。
「プロシクリカリティの緩和」とは、バーゼル規制がもたらしうる循環的な効果を解消する試みです。例えば、服部(2022a)で説明したとおり、自己資本比率規制では「自己資本/リスクアセット」という比率に規制が課されています。もっとも、リスクアセットは、信用リスクを反映した値になっているがゆえ、景気が悪化した際、リスクアセットが増加することを通じて、自動的に「自己資本/リスクアセット」が低下します。銀行が仮に「自己資本/リスクアセット」を一定にするというインセンティブを持つとすると、例えば、貸出などを減らすことで「自己資本/リスクアセット」の維持を図る可能性が生まれます。このことは、景気の悪化が、自己資本比率規制を通じてさらなる景気の悪化を引き起こすという循環的な効果(プロシクリカリティ)をもたらします。
バーゼル規制では、金融危機以降の規制改革により、「資本保全バッファー(Capital Conservation Buffer, CCB)」および「カウンターシクリカル・バッファー(Countercyclical capital buffer, CCyB)」を通じて、このような循環的な効果を軽減する措置が取られています*2。詳細は本稿で記載しますが、両者とも「普通株式等Tier1資本」(Common Equity Tier 1, CET1)比率*3を追加的に求めており、これらをまとめて「資本バッファー」と呼ぶこともあります。実務家が記載した既存のバーゼル規制の書籍では比較的簡易的に説明されるところ、本稿では、資本バッファーの考え方を包括的にカバーするとともに、米国における事例やコロナ禍での議論など幅広いトピックを取り上げることを特徴としています。
本稿では「バーゼル規制入門」(服部, 2022a)など筆者が記載してきたバーゼル規制の論文を前提とするため、基礎的な知識の確認が必要な読者は同論文をご一読ください。また、筆者がこれまで執筆してきた一連の債券入門シリーズは、筆者のウェブサイトにまとめて掲載してありますので、そちらもご参照いただければと思います*4。


2.バーゼル規制におけるプロシクリカリティの緩和について
2.1 バーゼル規制における資本バッファー:3階層構造
服部(2022a)では、国際統一基準行に対して最低限求められる、いわゆる最低所要自己資本比率に焦点を当てました。しかし、国際統一基準行については「資本バッファー」と呼ばれるさらなるバッファーが求められています。「資本バッファー」とは、資本保全バッファー、カウンターシクリカル・バッファー、G-SIBs/D-SIBsバッファーの3本柱で構成されています。このイメージは図表2 各種自己資本比率の階層構造に示されています。
資本保全バッファーとは、ストレス時以外の期間に、資本を厚めにするようインセンティブを与えることで、景気悪化時に貸出等を減らさなくてもよくなることが企図されています。資本バッファーは損失などを通じて金融機関の資本が棄損された場合、その棄損に歯止めをかけるため、当該金融機関に対して、段階的に資金の社外流出制限が課されます。資本保全バッファーにおける重要な点は、国際統一基準行すべてに対して一律に追加資本(CET1比率で2.5%)が求められる点です。CET1比率という観点では国際統一基準行は、そもそも4.5%が求められていますから、CET1比率は合計で7%(=4.5%+2.5%)求められていることになります。
一方、カウンターシクリカル・バッファーとは、与信の過熱感などに応じて、政府の判断により、追加的に資本の積み増しを求めることで景気後退時の取崩し余地を確保することを目的としています。このバッファーの最大の特徴は各国の当局の判断で設定できる点であり、図表2に記載しているとおり、我が国では0%に据え置かれています。
なお、図表2の右上に記載してあるとおり、システム上重要な金融機関については、G-SIBs/D-SIBsバッファーと呼ばれる追加的な資本が求められています。バーゼル規制では、金融システムに対して特に影響が大きい金融機関の破綻を防ぐため、一定の方法でシステム上重要な金融機関を特定します。そのうえで、システム上重要な金融機関については、その分、追加的にCET1資本を求めることで、当該金融機関が倒産する可能性を減らす措置がとられています。紙面の関係で、システム上重要な金融機関については次回の論文で説明することを予定しています。

2.2 資本バッファーがプロシクリカリティに与えるイメージ
図表3.資本バッファーがもたらすCET1比率への影響は、各種バッファーが自己資本比率(CET1比率)に与える影響のイメージを示しています。まず、最低限達成するべきCET1比率が4.5%であり(その他Tier1やTier2も含めれば8%)、これは図表で「(1)最低所要自己資本」とされている部分です。詳細なメカニズムは後述しますが、景気循環によりCET1比率がテクニカルに動く部分があり、規制当局として達成したいレベルは図表3にある「(2)景気に中立的なレベル」といえます。もっとも、景気循環によって自己資本が増減することから、資本保全バッファーにより資本を厚めにするとともに、カウンターシクリカル・バッファーにより与信などの過熱度合いに応じてCET1比率を変化させる措置が取られています。
なお、バーゼル規制におけるプロシクリカリティの緩和は、マクロ・プルーデンス政策という観点で整理することもできます。服部(2022a)では、プルーデンス政策について金融システムの安定性を確保するための政策と説明しましたが、ミクロ・プルーデンス政策とマクロ・プルーデンス政策に分けることができます。ミクロ・プルーデンス政策とは銀行個別の健全性を考える政策である一方、マクロ・プルーデンス政策はマクロで見た金融システムの健全性を考える政策であり、本稿で取り上げる各種資本バッファーは、マクロ・プルーデンス政策と整理することができます。
アーマー等(2020)は、ミクロ・プルーデンス政策とマクロ・プルーデンス政策を区別するうえで、「薬と公的医療制度」の違いを例にあげて整理しています*5。私たちが病気になった場合、薬によりその症状を改善することが可能ですが、これは個々人にフォーカスしているという点でミクロ・プルーデンス政策と解釈できます。一方、公的医療制度のように、住民や国民を対象とする政策も重要です。こういったマクロ的な観点の政策がマクロ・プルーデンス政策に相当するわけです。特に重要な点は、個々人への良い治療が、病気の拡散を防ぐことなどに必ずしもつながらない点であり、それゆえマクロ・プルーデンス政策も必要になると解釈できます。

BOX 1 マクロ・プルーデンス政策とは
本稿ではマクロ・プルーデンス政策について触れましたが、そもそもマクロ・プルーデンス政策は、2008年の金融危機以前、実際の政策というよりも学術論文の中で議論がなされていました。その後、2008年の金融危機の経験を経て、実務的な観点でもマクロ・プルーデンス政策の重要性が認識されます。白川(2018)ではマクロ・プルーデンスという言葉自体は1990年代に日銀で既に存在していたものの、金融危機以降、実際の規制・監督の観点でその関心が高まったとしています*6*7。
白川(2018)では、プルーデンス政策を、(1)個々の金融機関に対する監督、(2)可変的なマクロ・プルーデンス政策手段、(3)構造的なマクロ・プルーデンス政策手段の3つに分類しています*8。(2)の「可変的なマクロ・プルーデンス政策手段」とはマクロ的な金融情勢の変化に反応して、金融機関の行動に直接影響を与えようとする政策であり、カウンターシクリカル・バッファーはこれに相当します。一方、(3)の「構造的なマクロ・プルーデンス政策手段」はマクロの金融システム全体のリスク最小化を目指すものであり、資本保全バッファーは構造的なマクロ・プルーデンス政策手段に相当すると解されます。
本稿ではあくまでバーゼル規制という観点でマクロ・プルーデンス政策に焦点を当てるため、マクロ・プルーデンス政策の是非については取り上げません。しかし、読者にご理解いただきたい点は、マクロ・プルーデンス政策についてはその有効性に批判もある点です*9。マクロ・プルーデンス政策そのものについてはアーマー等(2020)や植田(2021)などで議論されているため、これらを参照していただければ幸いです。


3.資本保全バッファー
3.1 プロシクリカリティの緩和としてみた資本保全バッファー
実務家が記載した既存のバーゼル規制の教科書では、資本保全バッファーを社外流出制限措置として整理することが少なくありませんが、アーマー等(2020)は、前述のマクロ・プルーデンス政策との関係を強調した説明をしています。服部(2022a)で説明したとおり、リスクアセットとは、銀行が有するリスク量を推定したものであり、景気などの要因によって変動します。例えば、信用リスクを推定するうえで、一定の条件を満たした外部格付や銀行自身による内部格付を用いることから、景気が悪いときは、企業の格付けの低下などを通じてリスクアセットが増加し、「自己資本/リスクアセット」が低下するメカニズムが生まれます。また、景気が悪化した際には借り手の信用度が低下しますから、必要となる引当額が増え、分子の自己資本の減少を通じ「自己資本/リスクアセット」が低下する効果が加わる可能性もあります。
アーマー等(2020)は、景気悪化時に、資本の増強ではなく、貸出の抑制など資産サイドの調整によって自己資本比率を維持する可能性を指摘しています。その上で、銀行が自己資本比率を維持しようとする行動が、銀行からの借入を困難にし、そのことが景気循環を悪化させるという議論を紹介しています*10。
資本保全バッファーは、このような循環的な効果を打ち消すことが企図されています。同書が指摘するとおり、ストレス時以外の期間において、CET1資本の積み上げを求めることで、景気悪化時にリスクアセットが拡大したとしても、貸出を減らすなど、リスクアセットを圧縮する必要がなくなるわけです。
しかし、同書では、このように企図した結果が得られるかは疑わしいとも指摘しています*11。前述のとおり、資本保全バッファーは、配当などの社外流出制限と明確に紐づいていますから、金融機関にとってそれを避ける誘因もあるからです。この点については特にコロナ禍で議論がなされたのですが、詳細は後述します。

3.2 社外流出制限措置としたみた資本保全バッファー
前述のとおり、資本保全バッファーには段階的に資金の社外流出を制限する措置が付されています。この政策は、2008年の金融危機時に、公的資本の注入をうけた銀行が巨額の配当等をし続けた反省からも来ています(我が国においてもかつて公的資金の注入を受けた金融機関が配当を支払うことについての批判がありました)。国民の資金である公的資金を用いて資本を厚くしたにも関わらず、配当を行うことで資本を薄くしているとしたら本末転倒といえるでしょう。したがって、仮にCET1比率が4.5%以上であったとしても、それ以上に一定のバッファーを設け、そのバッファーが薄くなっていく中、段階的に社外流出を防ぐ措置が導入されたといえます。
配当の支払いについては会社法で一定の制限が課されています。もっとも、会社法のみの規制に準じるのであれば過去計上した利益からなる利益準備金などからも配当が可能であり、資本が薄くなる中でも配当がなされる可能性があります。そのため、金融庁告示を通じて、国際統一基準行に対してはプルーデンスの観点から、資本保全バッファーの確保および配当などの社外流出制限が求められています。
社外流出制限措置については資本の棄損とともに段階的に制限されると説明しましたが、図表4 CET1比率と社外流出制限の関係のように定められています。CET1比率が7%の場合は、社外流出制限の割合は0%ですが、CET1比率が7%と4.5%の間の区間については四等分し、6.375%以上7%未満になった場合、社外流出制限の度合いが40%になるなど、CET比率が7%を割る度合いに応じて、社外流出の制限度合いが増える形になっています。制限される社外流出については、配当や自社株買い等、CET1の減少を伴う行為とされています*12。社外流出制限措置の詳細やその運用を知りたい読者は、吉良(2016)を参照してください。

3.3 米国におけるストレス資本バッファーとストレステスト
我が国における資本保全バッファーは国際統一基準行に対し2.5%だけCET1比率が上乗せされており、これは国際合意に沿っています。もっとも、服部(2022a)で指摘したとおり、バーゼル規制は各国における最低限のルールを規定するものですから、国際合意以上の規制を課すことは認められています。事実、海外ではもっと厚い資本バッファーが課されているケースもあり、その代表例が米国です。
米国では大手銀行に対し、ストレステストの結果見込まれる損失に加え、4四半期分で見込まれる配当をカバーする金額が資本バッファーとして求められており、これを「ストレス資本バッファー(Stress Capital Buffer, SCB)」といいます。これまで説明してきた資本保全バッファーは、ストレス資本バッファーの下限を2.5%とすることでこの枠組みに統合されています(図表5 ストレス資本バッファーのイメージを参照)。どの程度ストレス資本バッファーが求められるかは、FRBのウェブサイトを通じて開示されています。2022年10月時点では、例えば米国大手投資銀行であるゴールドマンサックスは6.3%、モルガンスタンレーは5.8%の追加資本が求められています(2.5%になっている銀行もあります)*13。

このように米国のストレステストは大手行にとって追加的な資本バッファーと直結しているのですが、米国におけるストレステストを利用した資本政策のレビューは、包括的資本分析およびレビュー(Comprehensive Capital Analysis and Review, CCAR)と呼ばれています。CCAR(実務家は「シーカー」と読みます)において各行は、規制当局が用意したシナリオに加え、独自に作成したシナリオに基づき、資本の充分性に関する検証がなされます。CCARは、連結総資産500億ドル以上の銀行持株会社を対象に、年1回実施されており、各行はその結果をFRBに提出することが求められ、FRBはその結果をFRB自身のストレステストモデルによって検証します(その結果は6月末までに公表されます)。CCARはいわゆるトップダウン型ストレステストであり、各行が提出した結果がそのまま公表されるのではなく、FRB自身がFRBのモデルにより再計算・検証している点が特徴です。
そもそもストレステストとは、2008年の金融危機時と同等のショックが発生した際、どのような損失が発生するかなど、特定のシナリオに基づいて各銀行の損失を算出する方法です。VaRなどのリスク測定手法は一定の確率分布の推定が必要になりますが、一定のシナリオを置けば、各行がどのような損失を計上するかを当局が把握できるため、簡便的と解釈できます。そのため、ストレステストを用いて必要な自己資本を確保するとは、一定のストレス・シナリオが発生したとしても各行の健全性が保たれるよう自己資本を求めていることを意味します。なお、FRBなど当局によるストレステストはマクロストレステストと呼ばれることもあります*15。
ストレステストは金融機関のリスク管理の実務においても広く用いられてます。実際、我が国の金融機関はリスク管理においてストレステストをVaRなどと併用しています。リスク管理のテキストでは、VaRのように一定の確率分布に立脚したリスク指標に対し、ストレステストは、稀なイベントが発生するリスクを捕捉する手法と説明される傾向があります。
一方、ストレステストに一定の限界がある点も確かです。最大の問題は、現実的なストレスシナリオを設定することが困難である点です*16。そもそも金融危機を予測することは困難であり、当局が予測し得ないような状況が金融危機を生んでいるとも考えられますから、当局が設定したシナリオが早期にワーニングを与える機能を有しているとは思えません*17。アーマー等(2020)では「どのような種類の変化が問題を引き起こすかについての規制当局の認識に基づくものであり、芸術(art)であって科学(science)ではない」(p.648)としています。

米国におけるマクロストレステストの歴史
米国ではストレステストを規制に取り入れるという先駆的な試みを実施していますが、当局が実施するマクロストレステストの歴史は、金融危機時に実施されたストレステストまでさかのぼります。当時米国の財務長官であったティモシー・ガイトナー氏は「Stress Test:Reflections on Financial Crises」(邦題は「ガイトナー回顧録」)というタイトルの著書を出しており、金融危機時にストレステストに至った経緯や当時の苦悩などについて詳細に記載しています。同書を読むと、金融危機時は、そもそも、それまでに経験のない危機のさなか、どの銀行が深刻な自己資本不足に陥っているかがわからない状況でした。そこで、ガイトナー氏は、ストレステストを実施することで健全な金融機関を明らかにするとともに、資本不足であり、支援が必要である金融機関を峻別することで、マーケットにおける疑心暗鬼を打ち消そうとしました*18。2009年に実施されたFRBのストレステストはSupervisory Capital Assessment Program(SCAP)*19と呼ばれています。白川(2018)は、「公的当局がきわめて厳しいストレス・シナリオを金融機関に提示し、不足する自己資本の金額を算出して、市場での自己調達の努力を促す。そのうえで不足する金額を当局からの公的資金でまかなうことができるというバックストップが存在することによって、金融機関の存続可能性の不確実性が解消した」(p.275)と整理しています*20。
その後、米国では、本稿で説明したCCARを年1回実施しています*21。2012年からドッド=フランク法が要請するストレステストが開始されました。2020年には本稿で説明したストレス資本バッファーが最終化され、現在、実施されています*22。
富安(2023)によれば、外資系金融機関の経営において配当支払いが重視されるため、配当の支払いを直接規制するストレス資本バッファーの影響は看過できない存在になっているとしています。同書によれば、例えば、資本保全バッファーを50%使用する場合、最大支払額が一定の留保利益の20%になるなど、バッファーの使用率によって最大支払い額*23が制限されるよう規制されています。これは本稿で記載した資本保全バッファーと同じ性質を有しているといえます。同書は、外資系の金融機関はこのバッファーの管理に力を入れているものの、ストレス資本バッファーはストレステストの結果次第で1%程度変動することも多いため、コントロールが難しいとも指摘しています。また、吉藤(2020)は、CCARについて「FRBが使用している評価モデルは、ブラックボックスであるため、金融機関は定量基準をクリアすべく、より厚めの資本を積む傾向にあり、資本効率の悪化につながっている可能性もある(その分、健全性が増しているとみることもできるが)」(p.182)と指摘しています。

我が国におけるマクロストレステストの現状
なお、我が国では、米国のような金融規制とリンクしたストレステストは実施されていません。その一方、日銀は、金融システム全体の安定性を分析・評価するという観点から、自らのモデルを用いてマクロストレステストを実施しており、その結果を「金融システムレポート」で公表しています*24。また、金融危機以降、米国を筆頭に国際的にストレステストが重視される中で、日銀と金融庁は、「金融庁・日本銀行連絡会」などを通じて、意見交換をし、共通シナリオに基づく一斉ストレステストを定期的に実施しています。具体的には、日銀と金融庁が大手銀行に共通のシナリオを提示して、その結果の報告を受ける等です(詳細が知りたい読者は、日本銀行・金融庁(2020)を参照してください)。なお、前述のとおり、そもそも民間金融機関は独自のストレステストを実施することでリスク管理をしており、その結果はディスクロージャー誌やインベスター・リレーションズ(IR)の資料などを通じて一定程度開示されています。

3.4 コロナ禍に問題となったバッファーの「利用可能性」
最後にコロナ禍で話題になった議論を紹介します。前述のとおり、損失により資本が棄損され、資本保全バッファーに食い込み始めると、配当の制限などが求められますが、銀行はこれを不名誉(スティグマ)と捉える傾向があります。そのため、銀行は資本保全バッファーを取り崩すのではなく、資本保全バッファーを維持するため、貸出などを抑制する可能性が指摘されています。
このような論点は、バッファーの「利用可能性(Buffer Usability)」とも表現されます。これまでの議論のとおり、資本保全バッファーは、本来、通常時に資本を積み上げておくことで、コロナ禍などストレス時に、貸出低下を抑えることが企図されていました。事実、各国中央銀行・規制当局は、コロナ禍において「バーゼルⅢの資本及び流動性バッファーは、銀行がショックを吸収し、信用力の高い家計や企業への貸出を継続するのに役立つ。現在は、資本及び流動性リソースをこのように用いることが優先されるべきである。GHOSのメンバーは、現在のストレス期において、かつコロナ危機が収束するまでは、これらのバッファーを慎重に取り崩すことが適切であるというバーゼル委による度重なるガイダンスを強く支持する」などとアナウンスしています*25。
その一方、BCBS(2022)では、独自の分析に加え、複数の学術研究*26に立脚しながら、要求資本に対して資本がギリギリである銀行は危機時に貸出を減らす傾向を指摘しています*27。また、BCBS(2022)では、短期的に要求資本を減らすことは、危機時において一定の効果があった点も指摘しています*28。
コロナ禍において、そもそも規制当局により、金融機関の配当停止がなされた国がある点にも注意が必要です。例えば、米国では大手銀行に対しストレステストを実施したうえで、景気悪化等による損失を考慮し、配当総額を過去4四半期の平均利益を超えないよう求めるほか、自社株買いの制限を行っています*29。また、欧州中央銀行(ECB)についてもストレステストに立脚しながら、コロナ禍において配当や自社株買いの停止を求めました*30。これらは資本保全バッファーが企図した社外流出制限を、バーゼル規制とは異なるフレームワークで規制当局が直接求めているとみることができます。なお、筆者の理解では我が国ではこのような措置は実施されていません。

BOX 2 早期是正措置について
本稿ではCET1比率が4.5%から7%になった場合、段階的に社外流出制限が課されることを説明しましたが、自己資本が薄くなった時の段階的な措置として、早期是正措置も重要です*31。池尾(2010)は、早期是正措置を銀行のモラルハザードを防ぐための措置と位置づけています*32。金融機関が債務超過に陥り、失うものがなくなった場合、一か八かの投資を行うなど、リスクテイクを増やす可能性があります。したがって、経営破綻状態に陥った銀行を直ちに閉鎖ないし適切な再組織化の措置をとることは金融システムの健全性に寄与すると考えられます*33。歴史的には、日本では金融機関が破綻しない(破綻させない)ことを前提に金融行政が運営されていましたが、1990年代になり不良債権問題が深刻化する中、破綻処理制度が確立しました*34。早期是正措置は1998年4月に導入されています(金融機関の破綻処理制度については今後の論文で取り上げます)。
早期是正措置については、バーゼルⅢに合わせて見直されており、前述の社外流出制限措置についても、それまで存在していた制度を見直す形で導入されています*35。図表6 国際統一基準行に対する早期是正措置が国際統一基準行における早期是正措置の具体的な区分ですが、自己資本比率が4~8%になるなど、自己資本が薄くなった場合に、経営改善計画の提出や実行が求められます。自己資本比率が0%を下回ると、業務が全部または一部停止になるなど、金融庁によるワーニングも、資本が薄くなるにつれて次第に強くなります。このように、自己資本を当初厚めに求める一方で、資本が薄くなった場合、段階的に社外流出制限がかかり始め、さらに悪化した場合、経営改善計画の提出へ進み、場合によっては業務の停止などの措置が取られることになります。


なお、実際に段階的に社外流出制限が課されるのは、金融機関が徐々に損失をしていくケースに限られる点にも注意が必要です。例えば、金融機関が貸出などで大きな損失をしたり、証券会社のように時価変動の大きい有価証券を在庫として持っているケースなどでは、一気に損失を計上する可能性もあります(実際、証券会社では数千億円の損失を急に計上するというケースも少なくありません)。そのため、場合によっては段階的な流出制限にならず、すべての条件が一気にヒットするということも起こりえる点に注意してください。


4.カウンターシクリカル・バッファー
4.1 カウンターシクリカル・バッファーとは
現在のバーゼル規制では、資本保全バッファーに加え、カウンターシクリカル・バッファーも導入されています。カウンターシクリカル・バッファーの目的は、前述の通り、与信の過熱感などに応じて、政府の判断により、追加的に資本の積み増しを求めることで景気後退時の取崩し余地を確保しておき、その名の通り、金融機関の与信行動に対して半循環的な動きをつくる(与信の行き過ぎを防ぐ)ことを目的としています*36。アーマー等(2020)では、プロシクリカリティに備えるという観点では資本保全バッファーと同じであるものの、カウンターシクリカル・バッファーの場合、景気が良い状況を対象としており、「好況期に銀行の貸出を抑制し、『バブルの崩壊』に備えることを目的としている」(p.453)と説明しています。秀島(2021)では、バーゼル委員会の意図としては、景気過熱の回避より景気後退時の悪影響の削減がカウンターシクリカル・バッファーの主たる目的であり、「バブルの発生を抑止することではなく、バブルが崩壊したときのためのバッファーを積み上げておくことが主目的であり、バブル形成過程の牽制は(あったとしても)副次的な効果」(p.122)と整理しています。
繰り返すようですが、自己資本比率規制は、「自己資本/リスクアセット」という形で規制が課されているため、景気悪化時に、例えば、リスクアセットが増加し、「自己資本/リスクアセット」における分母が増加するなど、自動的に自己資本比率が低下してしまいます*37。このことは資本面での制約を生み、例えば貸出を減らすことにより、景気を一段と悪化させる可能性を有します。そのような中、規制当局の判断で、例えば景気が悪くなったときに必要となるCET1比率を減らすなどの措置ができれば、上述のメカニズムを防ぐことが可能になります。
そもそも資本保全バッファーとカウンターシクリカル・バッファーの導入により緩和しようとしているプロシクリカリティは、直接的には景気に限らない点も重要です。本来的には、金融政策が景気循環に伴う景気の過熱/低迷への政策手段になります。その一方、アーマー等(2020)が指摘しているとおり、金融政策はマクロ経済全体に影響を与える政策手段であり、規制当局は、例えば貸出の過熱感や低迷などについて「より的を絞った政策手段を探してきた」(p.632)側面があります。このような文脈で、資本保全バッファーに加え、カウンターシクリカル・バッファーは、「信用の急拡大を悪化させたバーゼルⅡのリスク・ウエイト型自己資本規制がもつ、景気変動拡大的な側面を中和する必要性から想起されたもの」(p.633)と整理できます。ちなみに、同書ではプルーデンス政策全体において資本保全バッファーとカウンターシクリカル・バッファーを(「部門横断的措置(cross-sectional measures)」に対比して)「随時調整的措置(time-varying measures)」という大枠で整理しているので、関心がある読者は同書の第19章を参照してください。

4.2 我が国におけるカウンターシクリカル・バッファー
カウンターシクリカル・バッファーの非常に重要な特徴は、「規制当局の判断」で、追加的に必要となるCET1比率を0から2.5%まで変化させることができる点です。資本保全バッファーの場合、国際統一基準行に対し一律に2.5%のCET1比率が求められるため、この点は大きな違いといえます。図表7 カウンターシクリカル・バッファーの運用の大枠が我が国でカウンターシクリカル・バッファーを変化させるときの流れになりますが、基本的には日銀と金融庁が景気の状況などを定期的にモニタリングし、四半期ごとの「実務者連絡会」においてカウンターシクリカル・バッファーの必要性や措置の内容について議論し、意思決定を行います。その後、改めて日銀と金融庁が連絡会で認識を共有したうえで、金融庁長官が発動内容を決定するというプロセスになっています。
我が国ではこれまでカウンターシクリカル・バッファーが0%に据え置かれていますが、今後、変化する可能性がありえる点に注意が必要です。ちなみに、日銀は金融システムレポートで、景気の過熱感などについてヒートマップで評価を行っています。

4.3 カウンターシクリカル・バッファー導入の背景
秀島(2021)は、カウンターシクリカル・バッファーを設定するうえで、各国判断となった背景に、上述のような過大な与信などを防ぐという内容について、「FRBビュー(Fedビュー)」*39と「BISビュー」の対立があることから、合意形成が困難であったことを挙げています。「FRBビュー」とは事後対応を重視する考え方であり、「BISビュー」とは事前対応を重視する考え方です。陣内(2022)はこの両者について、バブルの存在をリアルタイムで検知できるかどうかの認識で、この両者の違いが生まれている点を指摘しています。バブルの存在を検知できるという立場なら、事前対応が望ましいことは明らかですが、検知できないという立場であれば、事後対応するしかないという整理になります。陣内(2022)はFRBでは検知不可能という見方が支配的であった一方、BISでは検知可能という見方が支配的であったとしています。
秀島(2021)によれば、このような意見の対立がある中、カウンターシクリカル・バッファーの導入が可能となった理由として、まず、前述のとおり、各国での裁量とされたことから、合意が容易であった点を挙げています。また、「総信用/GDP」など貸出にかかる変数だけでなく、他の指標も参照した総合的な判断でバッファーの変動を決定するようになった点も各国で合意がしやすくなった点としています。秀島(2021)は、「バーゼル委のカウンターシクリカル・バッファーは、主としてFRBビューに配慮したマクロプルーデンス政策手段でありつつ、BISビューも取り込んだもの、と評価できるかもしれない」(p.122-123)と整理しています。この辺りの詳細を知りたい読者は、秀島(2021)の第2章を参照してください。

4.4 各国におけるカウンターシクリカル・バッファー
我が国では前述のとおり、カウンターシクリカル・バッファーは0%に据え置かれていますが、既にカウンターシクリカル・バッファーを変動させている国も少なくありません*40。図表8 カウンターシクリカル・バッファーの推移はカウンターシクリカル・バッファーの推移をみたものですが、そもそもバッファーを変動させている国が少なくないこと、また、コロナ禍にバッファーを減少させる傾向があることも確認できます。
一方、我が国のように0%に据え置いている国のほうが多数とも言えます。図表8をみると、欧州では導入が始まっているように見えますが、例えば、米国や香港以外のアジアの国では0%に据え置かれています。米国のように景気の過熱感が指摘されている国でも0%に据え置かれていることをみると、必ずしも各国で能動的にカウンターシクリカル・バッファーを用いているとは言えない側面もあります。

4.5 政策ツールとしてみたカウンターシクリカル・バッファー
前述のとおり、プロシクリカリティの問題はコロナ禍において様々な議論がなされました。資本保全バッファーの取り崩しが思ったより進まなかったなど、政策の設計時に企図された効果が得られなかったこともありますが、一方で、カウンターシクリカル・バッファーの有益性が見直されたという側面も指摘できます。図表8にもある通り、カウンターシクリカル・バッファーを正としていた国は、コロナ禍でそのバッファーを低下させています。コロナ禍では我が国でも銀行に対して貸出を促進する政策が様々な形で実施されましたが、例えば、カウンターシクリカル・バッファーが正であった場合、危機時に規制当局がカウンターシクリカル・バッファーを下げることを通じて銀行貸出が抑制されないようメッセージを出すことができます。その意味では、カウンターシクリカル・バッファーを通常時に正にしておくと、危機時に規制当局が取ることができる政策の幅が広がる側面もあります。
現在、カウンターシクリカル・バッファーは最低を0%としていますが、ポジティブ・ニュートラルなカウンターシクリカル・バッファーの有効性に関する議論が進んでいます。英国では、2016年に、金融安定政策委員会(Financial Policy Committee, FPC)がニュートラルであるカウンターシクリカル・バッファーを1%にするとアナウンスし、2019年に2%ヘと増加させています。スウェーデンはニュートラルな比率を2%にするなど、このような動きは複数の国で見られています。バーゼル委員会は、「ストレス時に規制バッファー水準への割込みを躊躇する一部の法域の銀行が、当局によってバッファーが明示的に解放されれば、資本を使用して貸出を下支えすることに対してより前向きになるかもしれないといった考えに対処するうえで有用となり得る」、「バーゼル委は、当局が任意にポジティブ・ニュートラルなCCyB比率を設定できることについての有益性を支持し、認識している」などと指摘しています*41(詳細はBCBS(2022)のAnnex 7などを参照してください)。


5.終わりに
今回は資本保全バッファーとカウンターシクリカル・バッファーについて解説をしました。次回は、システム上重要な金融機関への資本賦課について説明します。

参考文献
[1].池尾和人(2009)「銀行破綻と監督行政」『不良債権と金融危機』慶應義塾大学出版会
[2].池尾和人(2010)「現代の金融入門」ちくま新書
[3].植田健一(2022)「金融システムの経済学」日本評論社
[4].吉良宣哉(2016)「国際統一基準行に対する資本バッファー規制の導入について」『金融財政事情』
[5].佐藤隆文(2007)「バーゼル2と銀行監督―新しい自己資本比率規制」東洋経済新報社
[6].白川方明(2018)「中央銀行:セントラルバンカーの経験した39年」東洋経済新報社
[7].陣内了(2022)「合理的バブルの理論(9)―「FED」と「BIS」の論争―」日本経済新聞『やさしい経済学』32-38.
[8].富安弘毅(2023)「カウンターパーティーリスクマネジメント(第3版)」きんざい
[9].日本銀行・金融庁(2020)「共通シナリオに基づく一斉ストレステスト」『日銀レビュー』2020-J-13.
[10].服部孝洋(2022a)「バーゼル規制入門―自己資本比率規制を中心に―」『ファイナンス』28-39.
[11].服部孝洋(2022b)「AT1債およびバーゼルⅢ適格Tier2債(BⅢT2債)入門―バーゼルⅢ対応資本性証券(ハイブリッド証券)について―」『ファイナンス』14-24.
[12].秀島弘高(2021)「バーゼル委員会の舞台裏」金融財政事情研究会
[13].宮内惇至(2015)「金融危機とバーゼル規制の経済学」勁草書房
[14].みずほ証券バーゼルIII研究会(2019)「詳解 バーゼルIIIによる新国際金融規制〈改訂版〉」中央経済社
[15].吉川健一(2018)「ストレステストに用いるストレスシナリオの定量的評価手法」日本銀行金融研究所ディスカッション・ペーパー・シリーズ
[16].吉藤茂(2020)「図説 金融規制の潮流と銀行ERM―続・金融工学とリスクマネジメント」きんざい
[17].ジョン・アーマー,ダン・オーレイ,ポール・デイヴィス,ルカ・エンリケス,ジェフリー・ゴードン,コリン・メイヤー,ジェニファー・ペイン(2020)「金融規制の原則」きんざい
[18].ティモシー・ガイトナー(2015)「ガイトナー回顧録:金融危機の真相」日経BPマーケティング
[19].Abad, J and A Garcia Pascual (2022)「Usability of bank capital buffers:the role of market expectations」 IMF Working Papers, no 2022/021.
[20].Auer, R., Matyunina, A., Ongena, S. (2022)「The countercyclical capital buffer and the composition of bank lending」Journal of Financial Intermediation 52, 100965.
[21].Basel Committee on Banking Supervision(2022)「Buffer usability and cyclicality in the Basel framework」
[22].Chiarotti, E, A Mathur and A Rajan (2022)「Assessing Basel III:Impact of automatic distribution restrictions on regulatory capital and bank lending」Bank of England, Staff Working Papers.
[23].Favara, G., Ivanov, I., Rezende, M. (2021)「GSIB surcharges and bank lending:Evidence from US corporate loan data」Journal of Financial Economics 142(3), 1426-1443.

*1)本稿の作成にあたって、川名志郎氏、吉良宣哉氏、富安弘毅氏、秀島弘高氏など、様々な方に有益な助言や示唆をいただきました。本稿の意見に係る部分は筆者の個人的見解であり、筆者の所属する組織の見解を表すものではありません。本稿の記述における誤りは全て筆者によるものです。また本稿は、本稿で紹介する論文の正確性について何ら保証するものではありません。
*2)「Countercyclical capital buffer」という名称であることから、カウンターシクリカル資本バッファーという表現が使われることもありますが、本稿では日本語でよく使われる「カウンターシクリカル・バッファー」という表現を用いています。
*3)CET1の定義については筆者が記載した「バーゼル規制入門」を参照してください。
*4)下記をご参照ください。
   https://sites.google.com/site/hattori0819/
*5)ここでの説明はアーマー等(2020)を参照としています。
*6)白川(2018)のp.514を参照。
*7)マクロ・プルーデンスの正確な起源について議論がありますが、その一つとして、1998年のUK FSAの設立によるBOEから銀行監督権限を移管したことからはじまるFinancial Stability Reviewの公表などの取組みにあるという指摘もあります。
*8)ここの段落は、白川(2018)のp.514-p.516を参照としています。詳細は同書をご参照ください。
*9)宮内(2015)は批判的な観点でマクロ・プルーデンスを議論しています。
*10)アーマー等(2020)のp.451を参照しています
*11)アーマー等(2020)は、「理論的には、CCBが一時的に高い水準の損失を吸収することによって、銀行は景気後退期の貸出水準を維持することができる。実際には、CCBがこのように簡単に機能するかどうかは疑わしい。配当が制限されていることを考えると、経営陣も株主も、できるだけ早くバッファーを回復させることを望むだろうから、困難な時期には当然にバッファーを下回るという運営は避けるだろう」(p.451)としています。こうした見方からすると、資本保全バッファーの導入は最低所要水準の引上げと同様の効果しかないということになります。
*12)社外流出制限の対象は、府省令1条15項で定められています。詳細は吉良(2016)などを参照してください。
*13)詳細は下記をご覧ください。
   https://www.federalreserve.gov/publications/files/large-bank-capital-requirements-20220804.pdf
*14)https://www.federalreserve.gov/newsevents/pressreleases/files/bcreg20200304a1.pdf
*15)宮内(2015)では、「『マクロストレステスト』は、当局の統一シナリオによるストレステストという意味のほかに、各金融機関がマクロシナリオに基づいたストレステストを行うことを指すこともある」(p.90)としています。
*16)宮内(2015)では欧米で実施されているストレステストを批判的に議論しています。
*17)アーマー等(2020)では「ストレステストは、システミック・リスクが現出した場合に、(その関連媒介変数はわかっているので)、それを緩和する方法について、規制当局者に対して指針を提供するのに最も有用と期待されうるが、まだ予期していない脆弱性についての早期警戒を与えるものではない」(p.648)としています。
*18)同書を読むと、金融危機である中、様々な新しい施策をとるものの、公的資金の注入を受けた金融機関が配当やボーナスの支払いを継続するなど、その苦悩について赤裸々に記載されています。ストレス資本バッファーが配当制限とセットになっている背景には、このような事情があることを理解することも重要です。
*19)SCAPでは、2008年末に資産規模が1000億ドルを超える大手金融機関19社を対象に実施されました。みずほ証券バーゼルIII研究会(2019)では「資本基盤が不十分とされた場合は、民間から資本調達や資本支援プログラム(Capital Assistance Program)に基づく強制転換優先株による公的資金の注入等による自己資本基盤の増強が求められたことから、『不合格』となった10行のうち9行は普通株式の発行や優先株から普通株への転換、資産売却によるリスクアセット削減等で自主的に対応したが、唯一大手自動車メーカーのゼネラルモーターズ系のGMACのみが公的支援の追加支援を受けた。一方で、十分な資本基盤があるとしてSCAPに『合格』した9行ではむしろ公的資金の返済が認められた」(p.278)と整理しています。
*20)白川(2018)は、我が国ではかつて金融機関の資本が不足していたにもかかわらず、その不足額がわからないという期間が長く続いたことを指摘しています。また、同書は、米国において銀行の国有化という選択をしなかったことも評価しています。
*21)この節の記述は、吉川(2019)を参照しています。
*22)https://www.federalreserve.gov/newsevents/pressreleases/bcreg20200810a.htm
*23)「最大支払額」は「capital distribution (配当+自社株買い等)+ discretionary bonus payments」になります。詳細は下記の定義を参照してください。
   「The Capital Plan Rule sets forth certain restrictions on capital distributions. Under the rule, a capital distribution means “a redemption or repurchase of any debt equity capital instrument, a payment of common or preferred stock dividends, a payment that may be temporarily or permanently suspended by the issuer on any instrument that is eligible for inclusion in the numerator of any minimum regulatory capital ratio, and any similar transaction that the Federal Reserve determines to be in substance a distribution of capital.”」
   https://www.federalreserve.gov/publications/comprehensive-capital-analysis-and-review-questions-and-anwers.htm
   「Maximum payout ratio. The maximum payout ratio is the percentage of eligible retained income that a Board-regulated institution can pay out in the form of distributions and discretionary bonus payments during the current calendar quarter. For a Board-regulated institution that is not subject to 12 CFR 225.8 or 238.170, the maximum payout ratio is determined by the Board-regulated institution's capital conservation buffer, calculated as of the last day of the previous calendar quarter, as set forth in Table 1 to paragraph (a)(4)(iv) of this section. For a Board-regulated institution that is subject to 12 CFR 225.8 or 238.170, the maximum payout ratio is determined under paragraph (c)(1)(ii) of this section.」
   https://www.ecfr.gov/current/title-12/chapter-II/subchapter-A/part-217/subpart-B/section-217.11
*24)ここでの記載は、日本銀行・金融庁(2020)に基づいています。詳細は同論文をご覧ください。
*25)詳細は下記のリンクを参照してください。
   https://www.fsa.go.jp/inter/bis/20201201/20201204.pdf
*26)Abad and García Pascual (2022)やChiarotti et al(2022)などを参照してください。
*27)BCBS(2022)では「A number of academic studies within the EU, the United Kingdom and the United States, and the July 2021 BCBS report have found that, during the pandemic period, lending growth was weaker at banks that were closer to crossing their capital buffer thresholds than at banks with greater capital headroom. New empirical work, using the Committee’s global panel data set over an extended time period, although with less frequent and granular data than other studies, finds some indications of a positive relationship between capital headroom and lending.」としています。
*28)BCBS(2022)は「New empirical analysis suggests that reductions in overall capital requirements helped banks sustain lending during the pandemic, echoing earlier findings in the July 2021 BCBS report. That said, the evidence that reductions in CCyB requirements can support lending is weaker than for other capital releases, perhaps reflecting the more limited use of the CCyB across jurisdictions. Academic studies also tend to find that capital releases support lending.」としています。
*29)日本経済新聞「米銀、貸倒損失最大74兆円、FRB、コロナ影響試算、配当・自社株買いを制限」(2020/6/27)を参照。
*30)例えば、Hardy (2021)では下記のようなコメントをしております。詳細は同論文を参照してください。
   「With the widespread impact of Covid-19 in March 2020, supervisors in some jurisdictions began imposing restrictions on banks’ capital distributions, such as through dividends, share repurchases and bonuses (ESRB (2020); Svoronos and Vrbaski (2020)). By the end of April, 45 jurisdictions had implemented dividend restrictions, while 39 restricted share buybacks, with differing degrees of intensity. As these restrictions were announced and implemented, analysts’ forecasts of 12-month-ahead dividends of large banks fell.」
*31)なお、早期是正措置を捕捉する制度として、「早期警戒措置」が存在しています。早期警戒措置とは、金融機関の収益力など複数の指標に基づき、事前に金融機関にワーニングを発する措置になります。歴史的には、2002年に制定された金融再生プログラムの中で、早期是正措置の厳格化とともに、早期警戒措置が導入されました。服部(2022a)で説明したとおり、バーゼル規制は3つの柱で構成されていますが、「早期警戒措置」は第二の柱として位置づけられています。詳細は佐藤(2007)などを参照してください。
*32)池尾(2010)では、現代における望ましいプルーデンス政策の第一の柱は、銀行の自己資本充実度と内部統制(リスク管理)体制に関する公的当局による監視活動とする一方、第二の柱は、事後的な対応の面での早期是正措置としています。詳細は同書の第7章を参照してください。
*33)池尾(2009)では「金融機関は、自らの資産の健全性について自己査定すること(その妥当性に関しては、外部監査による承認が必要とされる)が求められるようになり、その結果算出された自己資本比率が一定値を下回った場合には、監督当局への業務改善計画の提出その他必要な是正措置の命令を受けることになる。それでも改善が実現されなかった場合には、破綻処理に移行することになる」(p.97)としています。
*34)ここの記述は池尾(2009)を参照しています。
*35)日本経済新聞「大手行、早期に改善命令、金融庁、自己資本7%で新基準」(2015/3/6)などを参照。
*36)ここでの表現は白川(2018)を参照しています。
*37)ここではアーマー等(2020)等を参照しています。
*38)https://www.fsa.go.jp/news/28/ginkou/20170331-1/02.pdf
*39)英語であればFed Viewと通常記載され、FRBビューは和製英語といわれることもあります。例えば、陣内(2022)ではFedビューと記載しておりますが、ここでは白川(2018)や秀島(2021)など、日本語でよく用いられるFRBビューという表現を用いています。
*40)カウンターシクリカル・バッファーの効果については一定の学術研究がなされています。例えば、Auer et al. (2022)ではスイスにおいてカウンターシクリカル・バッファーが変化したことを用いて、銀行の貸出への影響を分析しています。
*41)詳細は下記をご参照ください。
   https://www.bis.org/publ/bcbs_nl30.htm
   https://www.fsa.go.jp/inter/bis/20221006/20221006.pdf