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第15回OECD税務長官会議 (於:オーストラリア・シドニー)

 
国税庁 国際業務課 課長補佐 早川  美希
 
 
昨年9月28日(水)~30日(金)に、オーストラリアのシドニーにおいて、第15回OECD税務長官会議(FTA:OECD Forum on Tax Administration)が開催された。会議にはOECD非加盟国・地域を含む46か国・地域*1の税務当局の長官クラスが参加し、税務行政における様々な課題に関する議論が活発に行われた。我が国からは、阪田渉国税庁長官ほかが出席した。本稿ではFTAの概要、今回の会議における主要議題の背景及び議論の結果概要について説明する。なお、本文中の意見は筆者個人の見解を示したものである。
 
1.OECD税務長官会議(FTA)の概要
FTAは、税務行政の幅広い分野における課題について各国の知見・経験の共有や意見交換を行うことを目的として、OECD租税委員会の下に2002年に設置された、税務当局の長官級のフォーラムである。現在はOECD加盟38か国及び非加盟14か国・地域が参加している。当初は約1年半ごとに開催されていたが、税務当局間の協力の重要性が高まったことから、2019年以降は毎年開催されている。新型コロナウイルス感染症の感染拡大を受け、ここ2年間はオンラインで開催されていたが、今回は3年ぶりに対面での開催となった。
今回の会議には、合計46か国・地域の長官クラスが参加したほか、アフリカ税務行政フォーラム(ATAF)、英連邦税務会議(CATA)、国際通貨基金(IMF)及び世界銀行(WB)といった国際機関のリーダーに加え、12の民間企業*2の代表が参加し、幅広い参加者により活発な意見交換が行われた。
写真 シドニー国際会議場内の本会合会場
 
 
2.第15回FTAにおける主要議題の背景
今回のFTA本会合では、(1)国際課税ルールに関する新たな合意の実施に向けた執行上の課題、(2)税務行政のデジタルトランスフォーメーション、(1)税務当局のキャパシティビルディングの3点が主要な議題として取り上げられた。以下では、税務行政に関する国際的な議論の場において、上記3点への関心が特に高まっている背景について簡単に紹介する。
(1)国際課税ルールに関する新たな合意の実施に向けた執行上の課題
世界経済のグローバル化・デジタル化が進み、企業や個人による国境を越えた経済活動が複雑・多様化しているところ、経済実態やビジネス形態の変化を反映した国際課税制度への見直しが求められている。特に、経済のデジタル化に伴う課税上の課題への対応については、近年G20をはじめとする各種国際会議で大きく取り上げられている。2021年10月に約140の国・地域による議論の場であるOECD/G20BEPS包摂的枠組み(Inclusive Framework:IF)において国際的合意(コラム1参照)が成立して以降、OECD租税委員会を中心にその具体化に向けた作業が進められている。このうち、特に第1の柱については、従来の国際課税のルールを大きく変えるものであり、当初設定されたスケジュールの再調整が行われた。二つの柱からなるこの解決策に効果的に対処するためには、一国の取組だけではなく、各国が協調して対処していくことが必要である。
 
(2)税務行政のデジタルトランスフォーメーション
2019年のFTA本会合において、納税者による自主的義務履行と事後調査に過度に依存した税務行政の限界と、経済のデジタル化に即した税務行政の在り方を検討すべきとの認識が共有された。これを踏まえ、2019年以降のFTAの作業計画では、税務行政のデジタルトランスフォーメーション(DX)に向けたプロジェクトである「Tax Administration 3.0」(コラム2参照)が重要課題として位置づけられている。新型コロナウイルス感染症対策により、従来の実地調査が困難になったこと、リモートワークが増えたこと等から、税務行政においてもデジタル化を進めることがより一層重要な課題となった。これまでも税務当局は業務効率の改善と納税者サービス水準の向上の両立という課題に直面しており、FTAにおいても、税務当局による納税者へのサービス提供のあり方や税務行政の効率化に向けた各国の取組について情報共有が行われてきた。DXによって税務当局・納税者双方のコストが削減されることにより、納税者サービスの向上を図ると同時に納税者自身の自発的なコンプライアンス活動にもつながることが期待されている。
 
(3)税務当局のキャパシティビルディング
上述のとおり、税務当局間の協力がさらに重要となってきていることから、途上国の当局に対するキャパシティビルディングについても重要な課題の一つとなっている。特に、二つの柱の解決策の執行に向けては国際協力が必須であり、その新しい制度の複雑さから、先進国も含めた各国税務当局のキャパシティの向上と実務を担当する職員の能力向上についても課題となっている。
 
(コラム1)経済のデジタル化に伴い生じる
課税上の課題に対応するための二つの柱の解決策
(1) 「第1の柱」
「第1の柱」は、新たな多数国間条約の締結により、グローバル企業グループが物理的拠点(恒久的施設、Permanent Establishment:PE)なしに活動する市場国に対しても新たに課税権を配分する制度である。恒久的施設によって課税権を基礎付け、独立企業原則によって利益の帰属を決定してきた従来の考え方を一部見直し、市場国での収入閾値に基づく課税根拠(ネクサス)と収入の源泉(レベニューソース)ルールにより、グローバル企業グループの一定の利益を市場国へ配分する内容となっている。当初は全世界収入が200億ユーロ超かつ利益率が10%超のグローバル企業グループを対象とし、条約発効の7年後にレビューを行い、円滑な制度実施を条件に、収入閾値を100億ユーロに引き下げることを予定している。令和5年前半までに多数国間条約の署名、令和6年に多数国間条約の発効を目標として引き続き議論が行われている。なお、このルールが実施される際には、一部の国において実施されているデジタルサービス税のようなその国独自の課税措置(一方的措置)は撤廃されることとなっている。
 
(2) 「第2の柱」
「第2の柱」は、各国・地域による法人税の引下げ競争に歯止めをかけること、及び税制面における企業間の公平な競争条件を確保することを目的として、軽課税国において国際的に合意された最低税率(15%)での課税を確保する制度で、軽課税国に所在する子会社等の税負担が最低税率に至るまで、親会社所在地国で課税する制度(所得合算ルール)を基本のルールとしている。グローバル・ミニマム課税(Global Anti-Base Erosion Rule:GloBEルール)と呼ばれており、年間総収入金額が7.5億ユーロ以上の多国籍企業を対象としている。このGloBEルールについては、モデルルール及びコメンタリーが既に公表されており、日本では、令和5年度税制改正の大綱において所得合算ルールに係る法制化が盛り込まれている。
 
(コラム2)FTAにおける税務行政のデジタルトランスフォーメーション(DX)に関する議論の経緯
➢ 2019年3月の第12回FTA本会合(於:チリ)
DXの方向性及び技術的・組織的な礎を定めるための枠組みである「Tax administration 2030」の公表に向け協調することに合意。報告書では、各国・地域によってデジタル化のステージが異なることを踏まえ、システム化された税務行政がどのような姿となりうるか、その中核となる要素を抽出し描写するとした。
➢ 2020年12月の第13回FTA本会合(オンライン)
ディスカッションペーパーとして「Tax Administration 3.0」が公表され、今後の税務行政におけるDXに関するFTAでの作業の優先分野を特定すること及びロードマップ(アクションプラン)を2021年初めに作成することが承認された。現在の税務行政(Tax Administration 2.0)に対して、Tax Administration 3.0では、納税者が日ごろ利用する業務システムとの連携により、負担感なく正確な納税が可能となるといった世界が描かれている。
➢ 2021年8月、アクションプラン公表
デジタル・アイデンティティ、電子インボイスの発行、各国間でのDXに係る知見の共有など、FTAでの今後の検討事項(Action)を七つ*3に整理し、アクションごとに随時検討状況を共有することとされた。
➢ 2021年12月、「DX成熟度モデル」公表
上記アクションプランにおけるAction 1として、税務行政における現在のDX成熟度を確認するため、また他の税務当局との比較によって自国の位置を理解するために、各国が自己評価を行う「DX成熟度モデル」が作成され、2021年12月に匿名形式で結果が公表された。
 
 
3.第15回OECD税務長官会議(FTA)の模様
以上の背景を踏まえ、今回のFTA本会合においては、上記三つの議題を中心に、以下のような議論が行われた。なお、上記のほか、パンデミック中の税務当局の対応及びパンデミックを経た変化、納税者の自発的コンプライアンスの向上、今後のFTAでの重点的取組事項についても意見交換が行われた。
(1)パンデミック中及びパンデミック後の税務当局の対応
新型コロナウイルス感染拡大後の各国税務当局の対応について共有されるとともに、パンデミック後の社会において税務行政が直面している課題や今後の課題について意見交換が行われた。コロナ禍では、納税者個々の実情に即した柔軟な対応が各国で行われてきたが、社会がコロナ前の状況に戻りつつある中、税務当局としても納税者のコンプライアンス意識の向上に取り組むべきであるとの意見が多く出された。また、コロナを契機としてリモートワークやデジタル化が進んだ結果、職員の働き方や税務行政の在り方も変化してきていることが確認された。特に、デジタル化や新しいテクノロジーについては、各国とも税務行政に積極的に導入しており、各国での取組例が共有された。多くの国でパンデミックが職員の数や時間、資金といったリソースをデジタル化への取組により投入するきっかけとなり、人材の育成やスキルの改善を図る良い機会となったようである。さらに、社会のデジタル化は急速に進んでおり、税務当局もこの流れに追いつく必要があるという認識を共有し、新しいテクノロジーやデータ収集・分析を引き続き積極的に活用することで税務当局全体としてのスキル向上に努めるべきとの意見に合意した。
参加国が三つのグループに分かれてフリーディスカッションを行うブレイクアウトセッションでは、税務当局の組織、職員または納税者の観点から、パンデミックを経て変化したことについて意見交換が行われた。在宅勤務等により職員の働き方が大きく変わり、ITシステムのアップデートや人材育成方法の見直しが必要となったこと、マネジメントや人材確保が難しくなったことが共有された。中にはパンデミック中は税務当局が給付金の支給を担った国もあり、税務当局に求められる役割についても議論された。パンデミックによって、納税者サービスにおいてはスムーズに多様なサービスを負担感なく利用できること、そして正確性が重要であることが明確になり、より早く、より確実に物事を進めることを期待されるようになったことから、納税者とのコミュニケーションの重要性もさらに高まったと言える。
 
(2)二つの柱の解決策の実施
二つの柱の解決策の実施にあたり、税務当局としての課題を議論した。特に、より議論の進んでいる第2の柱の執行にあたり、税務行政が直面する課題やルールの導入に向けた準備状況について共有・意見交換が行われた。
第2の柱の導入における主な課題としては、多国籍企業グループの親会社に適用される各国の会計基準に対応する必要があることから、税務当局職員の能力向上及び事務負担を軽減するためのITツールのアップデートが挙げられた。第2の柱は単に国内の問題ではなく、実施においては他国の制度を理解する必要があり、各国の会計基準や税制等様々な知識が求められる。このための人材育成が先進国含め各国において課題となっているが、特に途上国では、そもそもの人材が不足している点も大きな問題であることが指摘された。多様な国・人が共に対応することになるため、これまで以上に国際協調・途上国支援が重要となる。そのためにも、各国の取組を共有してお互いから学ぶ場としてFTAを活用すること、さらにICAP*4等の既存のネットワークや枠組みを活用していくことの重要性が確認された。
本件に関しては、企業側出席者からも積極的に発言があった。企業間でも意見の相違はあるものの、最も懸念しているのは制度の不確実性、複雑性、及びデータの3点。企業側は、いつ・どのように新しい制度が導入されるか、企業側が遵守しなければならないことは何か、ということを最も不安視しており、企業が遵守しやすいシンプルな制度にしてほしいという意見が出された。さらに、デジタル化の文脈でも重要であり、他の業務のデジタル化とも最終的に調和して機能する必要があることが指摘された。企業においては国別に子会社情報を収集・調整・集計して税務当局に申告する必要があり、また税務当局においてはその情報を関係各国に共有する必要があることから、セキュリティや膨大な量の情報を交換することへの懸念も共有されたが、デジタル化と自動化がGloBEルールの導入をサポートする可能性、また二つの柱の解決策の実施によってDXを促進させることができる可能性についても確認され、税務当局と納税者双方の負担を最小化することの重要性に合意した。
第1の柱においてはまだ中身の議論が継続しているが、制度の円滑な導入・執行の観点から、税務行政側の考え方・意見を早い段階から議論にインプットしていくことの重要性に合意した。出席者からは、制度設計の担当者のみで話が進んでしまうと、執行の段階になって早期の実施が求められても対応が難しいことや、税務当局は既に多様な業務・課題を抱えており、それに加えて二つの柱を実施することへの不安について多くの発言がなされた。
 
(3)税務行政のデジタルトランスフォーメーション
各国における税務行政のデジタルトランスフォーメーション(DX)に関する取組の共有が行われた。共有された取組は、ITインフラの整備や申告等各種手続のオンライン化、納税者サービスのデジタル化、非対面方式での税務調査、データ収集及び人工知能や機械学習の活用、電子インボイスの導入等多岐にわたった。税務行政のDXにおいては、銀行や決済サービス業者、デジタルプラットフォーム等多くの関係者との協力が必要であることが確認された。また、職員の技術的スキルの向上も必要であり、変化に迅速に対応できる人材の発掘と育成も重要な課題である。
DXにおいては、税務当局内のみでなく外部の適切な人材や専門家にも参加してもらう必要があるが、リソースには限界があるため、優先的に取り組む分野を特定する必要がある。また、DXにおいて各国当局が目指すべき方向性については共通のビジョンがあり、各国担当者間での議論が有益であること、また最も重要な分野に効果的にリソースを投入できるよう、戦略的枠組が今後重要となることを踏まえ、今回の会合では今後のDXにおける戦略的枠組を作成するためのワーキンググループの設立が提案され、承認された。同ワーキンググループで策定される戦略的枠組については、次回FTA本会合で各国長官の承認を得ることを目指すとされた。
 
(4)キャパシティビルディング
税務当局のキャパシティビルディングにおいては、ニーズが非常に多様であること、各国の状況が異なることを認識した上で、優先的に取り組むべき分野について意見交換が行われた。キャパシティビルディングは多国間で協力する共同プロジェクトとして捉えられ、各国が直面する課題と優先分野を特定して、IMFや世界銀行等他の組織とも連携しつつ実施することの重要性が確認された。また、従来の課税に関するキャパシティビルディングのみでなく、デジタル化や技術面での支援についても考える必要があるとの指摘があった。
今後のリスクとしては、多くの国で二つの柱の実施に向けた検討が十分にできていないことが挙げられた。二つの柱のルールの適用や運用について正しく理解することが税務当局にとって非常に重要であり、これまで行ってきた取組を継続しつつ、二つの柱の実施に向けて直面している様々な課題に対応できるような新たな方法を考える良い機会であるとの認識が示された。特に先進国では、既存のレガシーシステムの存在が足かせになってしまう可能性も指摘された。
途上国からは、多くの場合最も大きな課題は財政面と人的資源であること、また上記二つの柱の解決策を実施するためのキャパシティビルディングのみでなく、例えば情報交換や租税犯罪捜査、複雑な移転価格税制、データの収集と活用方法といったその他重要分野におけるキャパシティビルディングの必要性についても言及があった。複数あるキャパシティビルディング実施機関とも連携しつつ、各国が何を求めているか、何を必要としているかを正確に理解した上で、各国にあった方法で行う必要があることが改めて強調された。
 
(5)税務行政におけるその他の課題
上記のほか、CbCR*5やCRS*6の有用性、情報交換の枠組の活用、実質的支配者情報の把握等、税の透明性向上に向けた議論も行われた。
また、税務行政への信頼をどう高めるかについて、税務行政の透明性の向上や社会規範・文化的影響に焦点を当てて意見交換が行われた。透明性の向上は信頼につながる最も重要な要素の一つであること、透明性確保のためには納税者とのコミュニケーションが重要であること、納税者のコンプライアンスには文化的背景や他の納税者の行動の影響も大きいこと、そして税務当局への信頼においては、よりスムーズで負担感のないシームレスな課税といった納税者サービスの向上が不可欠であることが確認された。特に、社会規範・文化への影響においては、租税教育の有効性に高い関心が示され、学生への教育のみでなく、新社会人等多様なレベルに向けた教育も検討すべきとの意見が出された。
写真 議場で発言する阪田長官
 
(6)今後のFTAでの優先的取組事項
次回本会合までの1年間で優先的に取り組むべき事項について議論が行われた。今回の会合で主要なトピックとなった二つの柱の解決策の実施、税務行政のデジタルトランスフォーメーション及び途上国の当局への更なるキャパシティビルディングの支援を、引き続き優先事項として各作業部会で取り組んでいくことに合意した。これらのプロジェクトの進捗状況については、次回本会合で報告される予定となっている。
 
 
4.最終声明
会議の締めくくりにあたり、上記議論を総括した最終声明(コミュニケ)が採択された(コラム3参照)。また、次回会合は2023年10月にシンガポールで開催される予定。
 
(コラム3)2022年FTA本会合コミュニケ(仮訳)
我々、46カ国の税務当局の長官及び代表は、9月28日から30日に、オーストラリアのシドニーで開催された第15回OECD税務長官会議(FTA)本会合に参加した。ホストであるオーストラリア国税庁クリス・ジョーダン長官をはじめ、オーストラリア国税庁の素晴らしいおもてなしとシドニーでの温かい歓迎に感謝したい。
OECD事務総長マティアス・コーマン氏が参加したこの本会合は、2002年のFTA設置から20周年を迎え、FTA参加国の長官が直接顔を合わせるのは2019年3月以来初めてとなった。この機会に、過去20年間のFTAの成果を振り返り、参加国間、及び国際機関や地域の税務組織との協力の深化と強化に焦点が当てられた。こうした幅広い協力体制があったからこそ、パンデミックにおける数多くの課題へ対応して行く上で、我々は迅速かつ効率的に結集し、相互に支援し合うことが可能となった。
我々はまた、国際課税制度の大幅な改革の実施においても緊密に協力し、その潜在的な可能性を十分に実現できるよう、情報共有と協働のための合同国際タスクフォース(JITSIC)の活動を含め、相互に支援を行ってきた。これには、共通報告基準(CRS)の実施と効果的な利用、情報交換のための共通送受信システム(CTS)の共同開発、画期的な国際コンプライアンス確認プログラム(ICAP)などの新しい税の安定性ツールの導入、相互協議*7フォーラムによるレビューを含む税源浸食と利益移転(BEPS)プロジェクトの取組の実施、などが含まれる。
今年の本会合では、経済界の代表とともに、経済の急速なデジタル化から生じるものを含め、将来起こり得る課題と機会についても議論した。また、我々は、現在の作業プログラムにおける三つの主要分野について深く議論を行い、以下を来期の優先事項として継続して行くこととした。
● 経済のデジタル化に伴い生じる課税上の課題に対応するための二つの柱の解決策の執行面での準備、及び適切な税の安定性プロセス。
● よりシームレスな課税モデルを支援するための税務行政のデジタル化の進展。
● 途上国の税務当局を支援するための更なる税のキャパシティビルディング。
〈二つの柱の解決策の実施と税の安定性〉
税務行政の新しいフォーカス・グループを創設し、今年初め、BEPS包摂的枠組み(IF)において対応する組織と合同会議を開催したことに続き、我々は二つの柱の解決策に関する画期的な合意を成功させるべく、ハイレベルな課題について議論した。我々が合意した内容は以下のとおり。
● 標準化された文書化要件など、二つの柱の解決策の実施に関して詳細な実務的及び能力的側面について共に検討を深め、税務当局と企業双方の負担を軽減するため、二つの柱に共通する解決策の提供を支援する新しいテクノロジーツールの利用を検討する。
● 共同調査、多国間の移転価格税制に関する事前確認(APA)、ICAPなど、既存の多国間における税の安定性ツールの適用から得た経験を、新たなルールの適用に関する安定性を提供するための新しい実務的アプローチの開発に活用する。
我々はまた、本会合で公表された「二国間の移転価格税制に関する事前確認マニュアル」に記載のAPAプロセスの改善点を特定するために行われた作業を踏まえ、さらなる研修とキャパシティビルディングの機会を探求することにも合意した。
〈税務行政のデジタルトランスフォーメーション〉
シームレスな税務行政の将来像「Tax Administration 3.0」の公表後、我々は第一段階の作業を終え、第二段階の協力関係を管理するために、以下を含む新しい戦略的枠組みに合意した。
● 全てのFTAメンバーが参加できるシニアレベルの専門家作業部会の新設や、デジタルトランスフォーメーションに関する新たなアドバイザリーグループの設置を通じ、外部の主要な利害関係者とのより密接な協力関係を構築する。
● 国内のデジタルIDの相互認証に支えられた、シェアリング・エコノミー及びギグ・エコノミーのプラットフォームとの国境を越えたリアルタイムでの情報交換のため、可能な試作版の初期スコープを設定する。
● 二つの柱の解決策の実施を支援する新しいテクノロジーツールの活用を模索する。
● 世界の55の税務当局が完了した「デジタルトランスフォーメーション成熟度モデル」の推進や、ウェブベースの新しい「税のテクノロジーイニシアチブ目録」の価値を高める詳細なケーススタディの作成を通じて、デジタルトランスフォーメーションに関する知識共有を継続的に支援する。
〈税のキャパシティビルディング〉
我々はこの数年における税のキャパシティビルディングのための我々の実務的な支援が増加し続けていることを強調した。これには、FTAキャパシティビルディングネットワークの活動、途上国の税務当局のデジタル化支援に関するアフリカ税務行政フォーラム(ATAF)との2021年共同報告書のフォローアップ作業、国連開発計画(UNDP)とのパートナーシップによるデジタル化の課題に焦点を当てた新しい国境なき税務調査官(TIWB)パイロットプログラムの立上げが含まれる。FTA、税に関するOECDグローバル・リレーションズ・プログラム、国際機関、地域のキャパシティビルディングネットワーク及びコミュニティとの間で緊密な連携と協力を確保することの重要性を認識し、我々は、特に以下を通じて、我々が合意した税のキャパシティビルディングの優先事項を支援するためのコミットメントを新たにした。
● 税に関するOECDグローバル・リレーションズ・プログラムと連携し、二つの柱の解決策の実施を含む優先順位の高い研修の開発と提供、及び途上国を支援するための関連するツール、ガイドライン、テンプレートの開発を行う。
● TIWB パイロットを含む他の国際的なパートナーとの緊密な協力を通じ、途上国が将来の税務行政に関する作業に参加することにより利益が得られるよう支援を提供する。
● 税務当局を結びつけ、資料を共有し、研修を開催することで、キャパシティビルディングを支援する重要なツールであることがパンデミックの際にも実証された、税務当局のための知識共有プラットフォームの継続的な利用・開発。
最後に、我々はまもなくOECD税務政策・租税行政センターを去ることになるパスカル・サンタマン氏に心からの感謝を表明した。同氏のリーダーシップは、国際的な租税協力を新たなレベルへと引き上げることに貢献し、国際課税システムの公正さに対する公の信頼を築き、自国の課税ベースを守るための重要で新しい手段を与えてくれた。
我々は、シンガポールとギリシャがそれぞれ2023年と2024年の本会合のホストを申し出てくれたことに非常に感謝しており、これらの会合と国際協力が継続していくことを大変楽しみにしている。
 
 
5.おわりに
今回の本会合はFTA設立20周年の記念すべき会議であった。寄稿にあたり過去のFTA本会合に関する記事を参考にさせていただいたが、税務行政の発展とともにFTAでの議論内容も大きく変化してきていることを改めて実感した。今回のFTAの成果としては、国際課税ルールの大きな変更に向けて執行面の課題を確認し、キャパシティビルディングやデジタルトランスフォーメーションも含めて多国間協調の重要性に合意したことが挙げられる。各国の税務当局は大きな分岐点に差し掛かっていると言えるが、今回のFTAは、税務当局を取り巻く状況や今後の課題について各国長官が認識を共有するとともに、FTAとして更に国際協力を進めていく姿勢を対外的に示す好機となったと考えられる。今後は、FTAの作業部会等で引き続き各国間で議論が行われていくことが期待されるが、各取組の効果的かつ円滑な実施には、税務当局間の信頼関係の構築が必須である。この点においても、各国の長官や担当者が一堂に会するこの会議には重要な意義があると言える。
今回のFTA本会合では、民間企業の参加者から意見を聞く機会もあり、特に二つの柱の執行やデジタルトランスフォーメーションにおいては、経済界との協力の重要性についても議論が行われた。一見、ビジネスと税務行政は相反する立場にあると思われがちだが、税務当局にとって経済界とのコミュニケーションを図り協調していくことは、コンプライアンス水準を維持しながら、納税者・税務当局双方のコストを最小化し円滑に行政を進めていく上では有益であると言える。なお、経済界からも議論に参加してもらうことは、FTAの議長であるカナダの長官及び今回の本会合のホスト国であり副議長でもあるオーストラリアの長官たっての希望だったそうだ。
また、前回のオンライン会合で初めて行われた、参加国をいくつかのグループに分けてフリーディスカッションを行うブレイクアウトセッションは、対面での開催となった今回も実施された。少人数でフリーディスカッションを行うことで、全体の議場では聞けない各国のより詳細な施策・考え方等を共有することができ、大変興味深いセッションであった。個人的には、各国長官の前で国税庁の人材育成についてプレゼンを行うという大変貴重な経験をさせていただいたが、プレゼン後に様々なフィードバックを頂けたこと、いくつかの国の長官と直接意見交換ができたことも大変有意義であった。
FTAは設立初期より各国のベストプラクティスを共有する場を提供してきたが、特にパンデミックにおける対応やデジタル化などにおいてその重要性を再認識した会議であった。長官同士のコミュニケーションはもちろんだが、計150名以上の各国からの参加者と自由にコミュニケーションをとれる場は大変貴重である。会議期間中に親しくなったカウンターパートとは、税務行政における国際協力の更なる促進に貢献できるよう、引き続き良い関係を築いていきたいと思う。
国税庁としては、FTAの議論に引き続き積極的に貢献していくとともに、国際的な場で議論されていることを国内の税務行政にフィードバックしていくことも重要である。特に、我が国と同様の課題に直面している各国税務当局の経験は、我が国にとっても非常に有益である。国際的な議論を国内の税務行政に活かしていくことを意識しながら、引き続き業務に取り組んでいきたい。
写真 カナダのハミルトン長官(FTA議長)と阪田長官
 
*1) 46の参加国・地域は以下のとおりである。
・OECD加盟国32か国(豪州、オーストリア、ベルギー、カナダ(議長)、チリ、デンマーク、エストニア、フィンランド、フランス、ドイツ、ギリシャ、ハンガリー、アイルランド、イスラエル、イタリア、日本、韓国、ラトビア、リトアニア、ルクセンブルク、オランダ、ニュージーランド、ノルウェー、ポーランド、ポルトガル、スロバキア、スロベニア、スペイン、スウェーデン、トルコ、英国、米国)
・OECD非加盟14か国・地域(中国、アルゼンチン、ブラジル、フィジー(招待国)、ジョージア、香港、インド、インドネシア、ケニア、マレーシア、パプアニューギニア(招待国)、サウジアラビア、シンガポール、南アフリカ)
*2) 参加企業は以下のとおり。
EY、Deloitte、Shell International Limited、Westpac、KPMG、Netflix、CPA Australia、PwC、SAP、BHP、Corporate Tax Association、Board of Taxation
*3) Action 1:税務行政におけるDX成熟度モデル、Action 2:税務に関する先端技術の共有、Action 3:デジタルアイデンティフィケーション、Action 4:国際的な電子インボイスの普及、Action 5:シェア・ギグエコノミーへの対応、Action 6:途上国のデジタル化支援、Action 7:知見の共有
*4) 国際的コンプライアンス確認プログラム(International Compliance Assurance Programme、ICAP)は、FTA傘下のプロジェクトの一つで、特定の多国籍企業グループについて、複数の税務当局が同時・協調的に移転価格リスクや恒久的施設関連リスクに関する評価を行い、リスクがない又は低いと認める場合には、その旨を確認する取組。
*5) OECDのBEPS(Base Erosion and Profit Shifting:税源浸食と利益移転)プロジェクトの勧告(行動13「多国籍企業情報の文書化」)を踏まえ、平成28年度税制改正により整備された、多国籍企業情報の報告制度(最終親会社等届け出事項、国別報告事項及び事業概況報告事項)のこと。
*6) 外国の金融機関等を利用した国際的な脱税及び租税回避に対処するため、OECDにおいて公表された、非居住者の金融口座情報を税務当局間で自動的に交換するための国際基準である「共通報告基準(CRS:Common Reporting Standard)」のこと。この基準に基づき、各国の税務当局は、自国に所在する金融機関等から非居住者が保有する金融口座情報の報告を受け、租税条約等の情報交換規定に基づき、その非居住者の居住地国の税務当局に対してその情報を提供する。
*7) 相互協議(Mutual Agreement Procedure)とは、納税者が租税条約の規定に適合しない課税を受け、又は受けるに至ると認められる場合において、その条約に適合しない課税を排除するため、条約締結国の税務当局間で解決を図るための協議手続。