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PRI Open Campus~財務総研の研究・交流活動紹介~12

 
家計の税・社会保険料負担と再分配効果:平成30年間の動向*1
 
財務総合政策研究所 総務研究部 総括主任研究官 大野  太郎
 
 
財務総合政策研究所に所属する研究者は、様々な観点から財政・経済に関する調査や研究を行っています。今月のPRI Open Campusでは、その研究テーマの一つである「家計の税・社会保険料負担の構造と再分配効果」について、「ファイナンス」の読者の方々にも関心を持っていただけるように、どのような問題意識に基づく研究なのか、研究から得られる示唆は何かをわかりやすく紹介します。
 
 
1.はじめに
今日、社会保障制度の維持には家計の税・社会保険料負担の見直しも重要な政策課題となっており、財源としての税や社会保険料(以下、「保険料」と呼ぶ)を人々の間でどのように負担し合うべきかといった視点も欠かせない。『図説日本の税制』は税制の仕組みや意義について簡潔に解説してくれるが、そこでは税制の役割として(1)財源調達機能、(2)所得再分配機能、(3)経済安定化機能を挙げている。また(2)の所得再分配機能の観点からは、所得の多い人からより多くの負担を求めるといった累進構造を通じ、歳出における社会保障給付等とあいまって、所得格差の是正を図る役割が税制には期待されている(藤井・木原2022, p.6)。こうした中、我が国の税制が期待された役割を発揮しているかどうかを捉えるためには、実際に財政負担の構造がどのようになっているかを見てみればよい。ここでは家計の財政負担として税のみならず、社会保障給付の財源である保険料も含めて見ていきたい。本稿では家計関連の個票データ*2を利用し、はじめに所得階層別の負担率を計測して税・保険料負担の構造、具体的には累進構造の形状について確認する*3。また、累進構造と所得再分配の関係を踏まえ、税・保険料負担を通じて所得格差がどの程度是正されるのか、についても考察する。こうした取り組みは「再分配効果」の研究として学術面でも関心が寄せられてきたテーマであり、今回は総務省統計局『全国家計構造調査』(旧『全国消費実態調査』、1989~2019年調査)の個票データ(調査票情報)を使用し、平成30年間の動向を概観する*4。
『全国家計構造調査』は我が国における家計関連の代表的な公的統計であり、5年に一度、世帯ごとの家族構成・収入・消費・資産を調査している。90,000世帯(旧『全国消費実態調査』は55,000世帯)を対象とする大規模調査であり、調査項目も豊富で、収入・消費・資産それぞれで詳細な内訳が把握できるほか、それらを異なる世帯属性間で比較したり、時点間の推移を捉えたり、更には各世帯員の個別の年間収入を把握することができる。同様の公的統計として『家計調査』もあり、毎月調査・公表されるため家計の経済動向をタイムリーに把握する上で有益であるが、サンプルサイズ、調査項目が『全国消費実態調査』よりも小さい。
本稿のテーマである税・保険料について言えば、『全国家計構造調査』の個票データから家計が拠出した税・保険料の負担額も把握することが可能であるが、あいにく調査方法の特徴から、その金額をそのまま使用して集計しても負担の実態を正しく把握するには限界があることも知られている。背景には、第1に調査世帯に偏りがあること(自営業世帯等が含まれないこと)、第2に季節性があること(調査時期が特定の2~3ヶ月に限定されていること)が挙げられる。しかし、これらの問題を乗り越えてサンプルを補完し、季節性問題に対処するため、分析者自らが調査票に記載された世帯の家族構成や年間収入に現実の制度を当てはめて負担額を推計する方法もある。こうした手法を採ることで『全国家計構造調査』の情報量を活かしつつ税・保険料負担の実態把握が可能となり、本稿でもこのアプローチを採用する*5。
以下、本稿の構成を述べる。まず2節では税制の変遷について確認する。3節では使用データおよび税・保険料負担額の推計方法について説明する。これらを踏まえて計測結果を確認し、4節では家計の税・保険料負担の構造について考察したのち、5節では再分配効果およびその変化について考察する。最後に6節で結論を述べる。
 
 
2.税制の変遷
ここでは日本の所得税・住民税制に関する変遷(1989年から2019年まで)についておおまかに確認する。3節で後述する税額計算との関連で、控除については基礎控除、配偶者控除(配偶者特別控除を含む)、扶養控除、社会保険料控除、給与所得控除、公的年金等控除、老年者控除、および定率減税を扱う。表1 税制の変遷は1989年と2019年における所得税・住民税制の内容を示している。なお、所得税と住民税の制度変更は概ね同様の傾向を持つため、以下では主に所得税制の変遷を中心に見ていく。
税制改正の流れを大きく捉えるならば、1990年代はおおむね負担軽減につながる改正が行われてきた。税率構造は5段階から4段階へ移行し、最高税率も37%へ引き下げられた(1999年)。また、各種の控除も適用控除額が拡大し、具体的には給与所得控除のブラケット変更(1995年)、公的年金等控除の最低控除額引き上げ(1990年)、基礎控除の控除額引き上げ(1995年)、配偶者控除の控除額引き上げ(1995年)、扶養控除の控除額引き上げ(1993年、1995年、1998年、1999年)などが挙げられる。また、この期間中は定率減税も実施された。例えば1994年は特別減税として定率減税20%(最高200万円)、1999年は恒久的減税として定率減税20%(最高25万円)が適用された。
2000年代に入ると、改正の流れは変化する。税率構造は4段階から6段階へ(2007年)、さらに7段階へ移行し、最高税率も45%へ引き上げられた(2015年)。なお、この間、地方分権改革の一環として国から地方への税源移譲が行われ、住民税は応益課税を重視する観点から税率構造を比例化し、所得税は税率構造を累進化したことも影響している。また、各種の控除も適用控除額が縮小し、具体的には給与所得控除のブラケット変更や控除額の上限設定(2013年、2016年、2017年)、公的年金等控除のブラケット変更や本人の所得に応じた控除額縮小(2018年)、配偶者特別控除の上乗せ適用廃止(2004年)、扶養控除の控除額引き下げ(2011年。ただし、これは子ども手当の制度変更に伴う措置)、老年者控除の廃止(2005年)などが挙げられる。また、この期間中は定率減税も廃止された(2007年)。
 
 
3.計測方法*6
3.1 使用データ
データは先に述べた通り、『全国家計構造調査』(1989~2019年調査)の個票データを使用する。なお、この調査は5年おきに実施されるため、7時点のデータとなる。この調査では、世帯ごとに各世帯員の属性(続柄、年齢、性別等)や過去1年間の収入を把握することができる。本稿では各世帯員の属性および収入の情報に現実の制度を適用し、世帯ごとに年間ベースの所得税、住民税、公的年金保険料、健康保険料、介護保険料、雇用保険料の負担額を推計する*7。
 
3.2 収入データの扱い
収入データは『全国家計構造調査』の「年収・貯蓄等調査票」にある年間収入を使用する。年間収入には11個の内訳項目があり、さらに各内訳項目で「世帯主」「世帯主の配偶者」「その他の世帯員(65歳未満)」「同(65歳以上)」の収入を調査している。ただし、「その他の世帯員(65歳未満)」「同(65歳以上)」において複数の者がいる世帯では、それぞれの分類に該当する世帯員の収入の合計額しか把握できない。そこで、まず個人の収入が把握できる世帯主と配偶者の収入から、性別・年齢階層別の平均収入を求める。その上で、「その他の世帯員(65歳未満)」「同(65歳以上)」において複数の者がいる場合は、合算されている収入を先の平均収入の比率に従って世帯員ごとに按分する。
 
3.3 税および保険料の推計方法
所得税・住民税額を推計するにあたっては、社会保険料控除で使用する保険料額も推計する必要がある。保険料額の推計では、まず各世帯員がどの社会保険制度に加入しているかを特定する必要がある。ここでは公的年金・健康保険・介護保険・雇用保険の各制度について、世帯員ごとに加入制度を推定したのち、現実の保険料計算式を適用して保険料額を推計する。
所得税・住民税額の推計では、世帯の属性や収入の情報に現実の税制を適用して金額を求める。所得税法では10の所得区分に分類されるが、ここでは『全国家計構造調査』で利用可能である「給与所得」「事業所得」「雑所得」「不動産所得」といった所得を対象として合計所得を計算する。次に、合計所得から各種の所得控除を差し引いて課税所得を計算する。ここで適用する控除は基礎控除、配偶者(特別)控除、扶養控除、老年者控除(2004年まで)、社会保険料控除、給与所得控除、公的年金等控除である。社会保険料控除は先に推計した保険料額を使用する。最後に、課税所得に対して所得税・住民税の限界税率表を適用することで総合課税分の所得税・住民税額を推計する。なお、ここでは定率減税(1994年から2006年まで)、調整控除(2007年から、住民税のみ)、復興特別所得税(2013年から)も考慮する*8。
 
 
4.家計の税・保険料負担
4.1 所得水準と所得格差の動向
はじめに、所得水準と所得格差の推移について見ていく。所得の概念には、(1)当初に稼得する「当初所得」、(2)当初所得に社会保障給付(現金給付)を加えた「総所得」、(3)総所得から税・保険料を除いた「可処分所得」があり、これら3つの所得概念を使用する。所得格差の指標にはジニ係数を使用し、3つの所得概念ごとにジニ係数を計算することが可能である。ジニ係数は0から1までの値をとり、この値が大きいほど格差が大きいことを表す。本稿で3つの所得概念を使用するのは、これらを利用することで給付・負担を通じた所得格差の是正度合いを捉えることができるためである。なお、世帯の規模を調整するため、所得や税・保険料などの各水準は等価世帯ベース(各水準を世帯人数の平方根で除したもの)を使用する。
表2 所得水準と所得格差は各調査年における所得水準(全世帯平均、名目値)とジニ係数の大きさを示している。所得水準についてはいずれの所得概念も同様の傾向を持つが、1990年代前半(1989→1994)に増加し、その後(1994年以降)は減少傾向が続くが、2010年代後半(2014→2019)は再び増加に転じた。ジニ係数についてもいずれの所得概念で同様の傾向を持つが、1990年代(1989年以降)から今日にかけておおむね上昇傾向が続いている。また、年齢別に捉えると、特に現役世帯(世帯主年齢65歳未満の世帯)のジニ係数がおおむね上昇傾向にある。
次に、再分配効果の大きさについても確認したい。再分配効果とは、税制・社会保障制度による負担・給付を通じた所得格差の是正度合いに着目するものである。ここでは当初所得から総所得にかけてジニ係数がどの程度低下したかで、それを給付の寄与とみなす。また、総所得から可処分所得にかけてジニ係数がどの程度低下したかで、それを税・保険料の寄与とみなす。表2では各調査年における再分配効果の大きさも示している。例えば、1989年において当初所得で見たジニ係数は0.331であるが、給付によって0.032p(ポイント)低下し、さらに税・保険料によって0.030p低下し、結果として可処分所得で見たジニ係数は0.269である。したがって、1989年時点で給付と税・保険料の再配分への寄与は同程度であったことが分かる。これに対して、2019年において、ジニ係数は給付によって0.063p低下し、税・保険料によって0.034p低下する。給付の寄与自体はこの30年間で拡大し続けており、2019年時点の再分配効果は給付の寄与が税・保険料の寄与を上回る。こうした背景には現金給付の多くが公的年金給付であり、高齢化の進展によって給付の寄与が継続的に高まってきたことが挙げられる。他方、税・保険料の寄与について経年的な変化は小さいものに留まるが、現役世帯における世代内のジニ係数が高まる中で、税を通じた再分配効果の重要性は高まっている。
 
4.2 家計の税・保険料負担の構造
次に、税・保険料負担の構造について見ていく。図1 家計の税・保険料負担:65歳未満は現役世帯(世帯主年齢65歳未満の世帯)を、図2 家計の税・保険料負担:65歳以上は高齢世帯(世帯主年齢65歳以上の世帯)を対象に、それぞれ所得階層別から見た税・保険料の負担率を示している。負担率は各税・保険料の負担額を総所得で除したもの(平均税率)である。所得階層別は所得10分位を使用している。これは所得水準に応じてサンプル(分析対象世帯)を10等分して区分するもので、第I階層が最低所得階層、第X階層が最高所得階層を表す。また、負担構造については、所得(階層)が高まるにつれて、(1)負担率が上昇する場合を「累進的」、(2)負担率が一定の場合を「比例的」、(3)負担率が低下する場合を「逆進的」であると捉える。
図1のパネル(a)は2019年における現役世帯の税・保険料負担率を示している*9。そこでは所得税・住民税は累進的、公的年金保険料や健康保険料はおおむね比例的、介護保険料は逆進的、税・保険料全体では累進的な負担構造となっている。税・保険料全体で累進的な負担構造となっている点は1989年以降、各調査年で同様であるが、ここでは経年的な変化に着目する。図1のパネル(b)は所得階層別に見た税・保険料負担率について、1989年から2019年にかけての変化分を示している*10。値がプラスのときは負担率が上昇、マイナスのときは負担率が低下したことを意味する。例えば、税・保険料全体の負担率は全世帯平均で5.5%p上昇し、所得階層別に見ると(第I階層を除き)おおむね各所得階層で負担率が同程度に上昇している。ただし、税目別で捉えるとき、所得税の負担率は全世帯平均で1.0%p低下しており、また所得階層が高まるにつれて負担率の低下幅が大きく、所得税の負担構造については累進性が低下している。なお、こうした背景には必ずしも税制の変更による影響ばかりではなく、高齢化を含む所得分布の変化による影響も含まれる。これに対して、保険料の負担率は全世帯平均で5.4%p上昇しており、また所得階層が高まるにつれて負担率の上昇幅が大きい。これは主に公的年金保険料や健康保険料の影響によるものである。
こうした結果は高齢世帯についても共通するところが多い。図2のパネル(a)は2019年における高齢世帯の税・保険料負担率を示しており、税・保険料全体では(第I階層を除き)累進的な負担構造となっている。図2のパネル(b)は所得階層別に見た税・保険料負担率について、1989年から2019年にかけての変化分を示している。例えば、税・保険料全体の負担率は全世帯平均で5.7%p上昇し、所得階層別に見ると第IV階層から第VII階層にかけて負担率が大きく上昇する一方、第VIII階層以降では上昇度合いが小さい。税目別で捉えるとき、所得税は第VII階層以降で所得階層が高まるにつれて負担率の低下幅が大きく、累進性が低下している。また、保険料の負担率は全世帯平均で5.0%p上昇しており、おおむね各所得階層で負担率が同程度に上昇している。
 
 
5.税・保険料の再分配効果
こうした負担構造の経年的変化を踏まえ、税・保険料の再分配効果についても時点間で比較する。表3 再分配効果は税・保険料の再分配効果の大きさについて2つの尺度で示している。1つ目は表2と同様に、税・保険料によるジニ係数の変化分(すなわち、総所得と可処分所得におけるジニ係数の差分)で捉える。2つ目は税・保険料によるジニ係数の変化率(すなわち、ジニ係数の変化分を総所得のジニ係数で除したもの)で捉え、これは「平準化係数」とも呼ばれる。表3の結果から、各時点で税・保険料はジニ係数を0.03p程度低下させており、総所得ベースのジニ係数を1割程度低下させることに寄与している。(なお、各時点のジニ係数の値は表2で示したとおりである。)経年的に見ると、この30年間で税・保険料の再分配効果の大きさはわずかに(0.004p程度)増加している。また、税と保険料それぞれで再分配効果の変化について見てみると、税の再分配効果は0.004p低下する一方、保険料の再分配効果は0.007p上昇しており、こうした結果は4.2節における負担構造の変化とも整合的である*11。
ところで、再分配効果の時点間比較には制度の変更による影響のみならず、所得分布や人口構成などの変化による影響も含まれる。今回はFixed Income Approachという手法を使用して(計測方法に関する説明は省略する)、制度変更が再分配効果の変化に及ぼした真の寄与についても計測した。表4 再分配効果の変化(制度変更の寄与)はその計測結果を示している。例えば、1989年と2019年の比較を行うと、この30年間で制度変更によって税・保険料の再分配効果が0.007p低下しており(表4の1行目)、またこうした結果は主に税制面でもたらされてきた。表4は5年おきの計測結果も示しているが、特に1990年代(1989年→1994年、1994年→1999年)は再分配効果を低下させており、こうした背景には最高税率の引き下げや定率減税の導入、各種控除の拡大などが挙げられる。その後、2000年代以降(1999年以降)は最高税率の引き上げ、定率減税の廃止、各種控除の縮小などが進められてきた。
 
 
6.おわりに
本稿では『全国家計構造調査』の個票データを使用し、家計の税・保険料負担および再分配効果に関する平成30年間の動向について見てきた。税・保険料全体では累進的な負担構造を持ち、また経年的に捉えると、おおむねどの所得階層でも負担率が上昇している。ただし、その内訳を見てみると、所得税の負担構造は累進性を低める一方、保険料で累進性を高めていることが確認された。こうした変化は再分配効果についても現れており、経年的に見て、税・保険料の再分配効果(ジニ係数の変化分や変化率)はわずかに上昇しているが、このうち税の再分配効果は低下し、保険料の再分配効果は上昇している。また、こうした再分配効果の時点間比較には制度変更による影響のみならず、所得分布や人口構成などの変化による影響も含まれる。そこで制度変更の真の寄与に注目すると、この30年間の比較では制度変更によって税・保険料の再分配効果が低下しており、この結果は主に税制面においてもたらされたことが確認された。
日本ではこの30年間でジニ係数が0.269→0.296と、0.027p上昇している。こうした背景には高齢化の進展に伴い、高齢層・現役層間といった年齢間におけるジニ係数の違いが強く反映されているところもある。他方、現役世帯のみで捉えたジニ係数も上昇傾向にある中、所得税における再分配機能の回復は一つの政策課題と言える。このとき、所得税の累進性は税率構造のみならず所得控除の影響も受けるため(増井2014, p.76)、再分配効果の回復に向けては控除のあり方に関する議論も期待したい。こうした議論はこれまでも無かったわけではない。政府税制調査会が、「所得控除方式は高所得者ほど税負担の軽減額が大きいことを踏まえ、所得再分配機能を回復する観点から、そのあり方について見直しを行う必要がある」(税制調査会2016, p.6)と指摘するように、控除による負担軽減効果やそれに伴う再分配効果への影響について政策的な議論が展開されてきたし、またそれと関連したエビデンスが学術的な成果からも提示されつつある(田近・八塩2006a, b; 金田2014; Ohno et al.2021; 大野ほか2022)。近年、Evidence-Based Policy Making(証拠に基づく政策立案;EBPM)の推進が求められる中、政策立案と学術研究が互いの助けとなる相互協力の関係を高めていくことも重要である。さらに、最近では税務大学校との共同研究における国税庁保有行政記録情報利用、いわゆる税務データを利用した研究の機会についても門戸が開かれたところであるが、こうした取り組みから税制に関する新たなエビデンスが提示され、EBPMの推進に一層寄与することも期待される。
 
 
参考文献
1.Ohno, T., T. Kodama and R. Matsumoto(2018), “Decomposition Approach on Changes in Redistributive Effects of Taxes and Social Insurance Premiums”, Public Policy Review, 14(4), p.777-802
2.Ohno, T., M. Nakazawa, K. Kikuta and M. Yamamoto(2015), “Comparison of Taxes and Social Insurance Premium Burdens in Household Accounts”, Public Policy Review, 11(4), p.547-571
3.Ohno, T., J. Sakamaki, D. Kojima and T. Imahori(2021), “Effects of deductions on the tax burden reduction and the redistribution of the income and resident taxes”, Japan and the World Economy, 60, 101104, Erratum(2022), 61, 101113
4.大野太郎・今堀友嗣・小嶋大造(2022)「所得税・住民税における収入逓増的控除の負担軽減効果と再分配効果」, PRI Discussion Paper Series, No.22A-03
5.金田陸幸(2014)「所得課税における控除の実態:マイクロシミュレーションによる分析」『租税資料館賞受賞論文集』第22回中巻, p.181-223
6.税制調査会(2016)「経済社会の構造変化を踏まえた税制のあり方に関する中間報告」(平成28年11月14日)内閣府ホームページ
7.多田隼士・大野太郎・宇南山卓(2016)「マイクロ・データを用いた社会保険料の推計とその妥当性の検証」, PRI Discussion Paper Series, No.16A-02
8.田近栄治・八塩裕之(2006a)「日本の所得税・住民税負担の実態とその改革について」,貝塚啓明・財務省財務総合政策研究所(編)『経済格差の研究:日本の分配構造を読み解く』, 中央経済社, 第7章
9.田近栄治・八塩裕之(2006b)「税制を通じた所得再分配:所得控除にかわる税額控除の活用」, 小塩隆士・田近栄治・府川哲夫(編)『日本の所得分配:格差拡大と政策の役割』,東京大学出版会, 第4章
10.藤井大輔・木原大策(2022)『令和2-3年度版図説日本の税制』, 財経詳報社
11.増井良啓(2014)『租税法入門』, 有斐閣
 
 
プロフィール
財務総合政策研究所 総務研究部 
総括主任研究官
大野  太郎
2008年に一橋大学大学院を修了(経済学博士)。その後、尾道市立大学経済情報学部准教授や信州大学経法学部教授を経て、2022年4月より現職。専門は公共経済学、地方財政。財務総研では、個人所得課税などに関する調査・研究を行っています。
 
財務総合政策研究所
POLICY RESEARCH INSTITUTE, Ministry Of Finance, JAPAN
過去の「PRI Open Campus」については、
財務総合政策研究所ホームページに掲載しています。
https://www.mof.go.jp/pri/research/special_report/index.html
 
*1)本稿では総務省統計局『全国家計構造調査』(旧『全国消費実態調査』)の調査票情報を利用している。関係者各位に厚く御礼を申し上げる。なお、本稿の内容は全て筆者の個人的見解であり、財務省および財務総合政策研究所の公式見解を示すものではない。
*2)個票データとは、調査主体(アンケート調査に協力した世帯や個人など)が回答した結果について、匿名性を確保した上で利用する集計前のデータを指す。例えば、家計関連の調査の場合は世帯単位もしくは個人単位のデータを意味し、集計データを利用する場合よりも多様な分析を行うことができる。
*3)家計の財政負担に関する議論では、負担を(1)1時点ベースで捉える視点(例えばある年の1年間)のみならず、(2)生涯ベースで捉える視点もある。例えば社会保障制度(特に社会保険)の特徴を踏まえるとき、若年期に保険料を拠出し、高齢期に給付を受給するため、社会保険料は社会保険給付と一体で捉えるべきとする考え方もあり、この場合は生涯ベース(の純負担)で捉えることが必要となる。こうした分類の下、本稿は1時点ベースで捉えた負担構造について考察する。
*4)本調査の名称について従前は『全国消費実態調査』であったが、2019年調査から『全国家計構造調査』へ変更された。本稿ではこれらをまとめて『全国家計構造調査』と呼ぶことにする。
*5)本稿では、調査票に記載された世帯の所得や属性に現実の制度を当てはめて税額や保険料額を推計する。方法論としては、利用可能な変数から社会的な制度などを世帯ごとに適用して新たな変数を仮想的に構築するマイクロシミュレーションの手法と同じであり、限られた情報から世帯ごとの税・保険料という個別性の高い変数を推計可能であるが、大きな測定誤差を含む可能性もある。しかし、Ohno et al.(2015)および多田ほか(2016)では税額や保険料額に関する推計手法の妥当性を検証し、推計値が高い精度を持つことを確認している。
*6)本稿における収入、社会保険料、所得税・住民税の推計方法はOhno et al.(2018)の手法を採用している。
*7)ここでは税額の推計ができないなどの理由から、(1)年齢・性別が不詳である世帯員がいる世帯、(2)世帯員がいる世帯、(3)転出者がいる世帯をサンプルから除外している。
*8)ここでは調査票から得られない情報による控除(障害者控除、医療費控除、住宅借入金等特別控除など)は考慮していない。
*9)図1のパネル(a)と図2のパネル(a)において、各階層に記載された数字は所得水準の閾(しきい)値を示すが、これらは世帯の規模を調整した「等価世帯ベース」(所得水準を世帯人数の平方根で除したもの)の値であることに留意されたい。なお、所得や税・保険料などの各水準について世帯の規模を調整しない「世帯ベース」の値を使用した場合でも、図1や図2と同様の計測結果を得る。またこのとき、最高所得階層である第X分位の閾値(2019年)は1,056万円であり、世帯所得(総所得)がこの金額以上の世帯が第X分位に該当する。
*10)所得10分位を使用した所得階層は年ごとに作成している。そのため、経年比較において同一階層でも所得水準の閾値が異なることに留意されたい。
*11)税の再分配効果は、課税前所得(総所得)と課税後所得(総所得から税を引いたもの)それぞれのジニ係数を求めたのち、双方の差分をとって計算した。同様に、保険料の再分配効果は、課税前所得(総所得)と課税後所得(総所得から保険料を引いたもの)それぞれのジニ係数を求めたのち、双方の差分をとって計算した。なお、これらの取り組みは寄与度分解ではなく、双方の効果の和が税・保険料の再分配効果に一致するわけではないことに留意されたい。