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コラム 経済トレンド100

 
人的資本理論からみたDXの現状と課題
 
大臣官房総合政策課 調査員 岡  昂一郎/木下  裕也
 
 
本稿では、DXの現状と課題を分析し、人的資本の観点からDX推進の方策について考察を行う。
 
 
DXにおける現状把握
近年、業務効率化を目的としたICT投資が進められる一方で、ビジネスモデルの変革を伴い、付加価値を高めるようなデジタル化(デジタルトランスフォーメーション:DX)は広がっていない(図表1.先端技術の活用目的)。情報通信業では多少進捗がみられるが、それ以外の業種では8割以上の企業がDXに取り組めていない(図表2.DXの取組状況)。
DX化が進まない理由として、日本では特に「人材不足」が突出している(図表3.DXを進める際の課題)。諸外国に比べIT人材の割合は低く、米国対比ではDX人材の量と質に対する不足感が非常に高い(図表4.就業者に占めるIT人材の割合、5.DX人材の不足感)。
多くの企業は、不足している人材の確保・育成に向けて、「社内・社外研修の充実」、「デジタル人材の中途採用」といった取組みで対応しようとしているが、諸外国に比べ「デジタル人材の新規採用」への取組みは進んでいない(図表6.DX人材確保に向けた取組)。
(出典)総務省「令和3年版情報通信白書」「デジタル・トランスフォーメーションによる経済へのインパクトに関する調査研究」「就業構造基本調査」、ILO統計、内閣府「令和4年度年次経済財政報告」「日本経済2021-2022」、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)「DX白書2021」、財務省「財務局調査による「先端技術(IoT、AI等)の活用状況」について」
 
 
人的資本からみたDX推進における課題分析
企業にとって、研修費用や研修期間中の従業員の賃金負担などは先行投資となる。その後、人的資本投資をした従業員が以前より高い生産能力を発揮し、費用(研修費や昇給額等)を上回る売上高が創出されれば、収益が得られる。従業員にとっても、研修を通じて自身の人的資本を蓄積し、売上高への貢献により昇給へと繋がる。このように、DXのための教育訓練に取り組むことは、企業と従業員いずれにとってもメリットがある(図表7.人的資本投資のある場合の価値限界生産力と賃金(ベッカーの図式))。
しかし、自主的な情報収集を行う従業員は多くみられる一方、企業側から提供される学び直しの機会を利用する割合は低い(図表8.スキルアップの取組内容)。背景には、企業の研修等再教育制度の効果を実感している者の割合が諸外国比で低いことから、教育訓練の内容がニーズと合致していない可能性が示唆される(図表9.再教育に対する認識)。また、リスキルにより昇給が見込めないことも一因として考えられる。
また、企業側は、人的資本投資をしたとしてもスキルアップした従業員が転職してしまう恐れから、積極的な投資に踏み切れないというジレンマに直面しており、諸外国比で人材投資額は低い(図表10.人材投資(OJT以外)の国際比較(GDP比))。結果として、従業員へ効果的な研修等、十分な成長機会を提供できていないと考えられる。今後も持続的な雇用と成長を果たすには、企業は人的資本の蓄積不足の解消に努め、企業全体が付加価値の創出及び向上へと取り組んでいかなければならない。
(出典)清家篤・風神佐知子「労働経済」東洋経済新報社、内閣府「令和4年度年次経済財政報告」、経済産業省「IT人材に関する各国比較調査 結果報告書」「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書~ 人材版伊藤レポート ~」、OECD「国際成人力調査(PIAAC)」、宮川努「生産性とは何か」筑摩書房
 
 
国際比較からみた人的資本投資・DX推進
国際経営開発研究所(IMD)が公表する2021年デジタル競争力ランキングを参照すると、欧米諸国が上位にランクインする一方で、日本の順位は低位にとどまっている(図表11 デジタル競争力ランキング2021)。上位にランクインしている国は、社員教育・公的支出のいずれかもしくはその両方が旺盛であり、人的資本への投資の差異があらわれている(図表12.粗付加価値に対する人的資本投資の比率(業種別、2011-2012年))。
日米比較をみると、社員のリスキリングにおいて、日本企業では約3割にとどまっているのに対し、米国企業は約8割の社員に学び直しを実施しており(図表13 AI、IoT等に関する社員のリスキル方針)、企業内部における人材育成環境が整っていることが分かる。また、DX人材確保においては、米国企業の方がより外部人材を活用している傾向が強く(図表14 変革を推進するための人材の確保(複数回答))、企業外部からの人材確保にも注力していることが分かる。
また、DXの取組内容とその成果における日米比較をみると、日本はデータのデジタル化や業務効率化などは追随している一方、製品・サービスの高付加価値化等が遅れており、その結果として変革を伴うDX化が進展しないことが見てとれる(図表15 DXの取組内容と成果)。今後、日本は生産性向上や業務効率化で満足することなく、付加価値を創出し企業収益の増加を目指していくことが求められる。
(出典)IMD World Digital Competitiveness Ranking 2021、内閣府「平成30年度年次経済財政報告」、OECD「OECD Science, Technology and Industry Scoreboard」、IPA「DX白書2021」
 
 
人的資本増強によるDX推進の展望
実際に、付加価値の創出を伴うDXの進展度が高い企業ほど売上高増加への寄与が見てとれる(図表16.DXの進展度と売上高の増減)。しかし、DX化がより進展している欧米諸国では、日本よりも売上高増加の効果が顕著にみられる(図表17.各国のDXが進捗している企業の売上高増減)。企業は持続的な成長のために、収益の一部や内部留保を活用する等、人的資本の蓄積を進め、投資収益を回収できるビジネスモデルを再構築すること、そして生み出された収益をDX人材を中心とする従業員へ還元していく好循環を生み出すことが求められる。
高付加価値を生み出すDX人材の獲得や定着には、それに見合った報酬や処遇が必要である。欧米諸国の高額報酬水準の流れを受けて、国内においてもデジタル人材の報酬水準向上の機運が高まりつつある(図表18.デジタル人材の高額報酬の求人例、19 デジタル人材に高額報酬を提示する企業例)。企業は年功序列型の賃金モデルの見直しに取り組み、ある程度処遇差を設けることをしなければならない時代となっている。
日本の職業訓練への公的支出は低水準であるところ(図表20 各国の職業訓練に対する公的支出(GDP比・2019年))、骨太方針2022にて、2024年度までの3年間で4,000億円規模の施策パッケージが打ち出された。DXスキルの習得に前向きであるが、再教育の機会に恵まれない労働者にリスキルの機会を提供するなど、セーフティネットとしての積極労働政策等の実施により、DX推進の下支えとなることが期待される。
(出典)総務省「令和3年版情報通信白書」「デジタル・トランスフォーメーションによる経済へのインパクトに関する調査研究」、経済産業省「我が国におけるIT人材の動向」、株式会社ビズリーチHP、ダイヤモンドオンラインHP、OECD「Public expenditure and participant stocks on LMP」
 
(注)文中、意見に関る部分は全て筆者の私見である。