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コラム 海外経済の潮流141

 
中国の不動産市場
 
大臣官房総合政策課 渉外政策調整係 時永  和明
 
 
1.はじめに
中国ではこれまで、急速な経済発展、都市部の人口増加、強い持ち家志向、富裕層による不動産投機の過熱などを背景に、住宅価格の上昇が続いてきた。特に都市部の住宅価格は、庶民が簡単に手を出せない水準にまで高騰した。
習近平国家主席はこういった問題に対し、社会格差の是正を目指す「共同富裕」のスローガンを掲げ、様々な政策を打ち出してきた。主なものとしては、2020年8月に発表された、「三道紅線(3つのレッドライン)」と呼ばれる不動産融資規制や、2020年12月に発表された、金融機関の融資総額に対する不動産関連融資の割合の上限を設定する措置があり、そのほか各地方政府においても、中古物件の参考価格の設定、物件の複数購入の制限、企業の運転資金や消費者ローンの住宅購入への転用の監視など、様々な不動産市場の過熱抑制策が導入された。
足元ではこれらの規制策に加え、散発的な新型コロナウイルスの感染拡大に伴う封鎖措置などの影響によって、不動産市場の落ち込みがみられている。
 
 
2.各種規制策の不動産企業への打撃
上述した不動産関連政策などの影響を受け、多くの不動産企業の財務状況は悪化した。
特に昨年の夏頃に財務状況が悪化し話題となった恒大集団は1996年に設立され、不動産ブームに乗じて急成長した大手不動産企業である。借入れに依存した投資や、事業の多角化により2021年6月時点の負債総額は1兆9,665億元(約40兆円)にまで膨らむなど、資金繰りが悪化し経営難となった。同社は外貨建て債務の債権者に対して2022年7月末までに債務再編計画を発表するとしていたが、その後2022年内に発表すると先延ばしている。
その他の不動産企業においても財務状況が悪化し債務不履行が相次いでおり、多くの不動産企業が規制策の打撃を被っている。
 
 
3.「ゼロコロナ政策」の影響
中国では、コロナウイルス感染拡大への対応として、感染者が出た地区は厳格な封鎖措置や徹底したPCR検査の実施など、「ゼロコロナ政策」を継続している。
不動産市場にとって「ゼロコロナ政策」は、建築に要する原材料の生産や物流の停滞といったサプライチェーンの混乱、工事の停止、さらには経済活動の抑制に伴う消費者の需要の低下など、様々な悪影響が考えられる。
 
 
4.住宅市場の落ち込み
こうした要因により、住宅市場は供給、需要の両面から低迷しているとみられ、中国の住宅販売額や住宅価格といった指標はこのところ低下が続いている。
また、中国では完成前の物件を割安で販売し、その代金を建設資金に充てるのが一般的であるが、不動産企業の資金繰り悪化により工事が停滞し、住宅の引き渡しが遅延しているため、7月頃から住宅購入者が住宅ローン返済を拒否する事例も目立ち始めている。
 
 
5.地方財政への影響
中国では土地は公有であり、地方政府が土地使用権を不動産企業に売却して不動産開発が実施されており、地方政府の歳入における土地使用権譲渡収入への依存度は高い。2021年は、日本の一般会計に近い一般公共予算の税収が17.3兆元であるところ、日本の特別会計に近い「政府性基金」での土地使用権譲渡収入は8.7兆元となっており、その大きさが分かる。
不動産市場の低迷によって不動産開発が落ち込めば、土地使用権譲渡収入が減少し、地方政府の財政を悪化させる可能性がある。実際、2022年の1月から8月までの土地使用権譲渡収入の累計は、前年同期比で28.5%減少している。
 
 
6.中国当局の住宅市場支援の動き
住宅市場が低迷する中で、中国当局は様々な政策を打ち出している。
2022年3月の全人代政府活動報告においては、「住宅は住むためのものであり投機の対象ではない」との方針を維持する一方で、「住宅購入者の合理的な需要をより満たすよう支援する」として、実需に基づく不動産の購入は妨げない姿勢を示した。
また、4月の中央政治局会議では、不動産の安定した健全な発展を促進するとし、地方政府による不動産政策の自主性を強化することを示唆した。多くの地方政府において、住宅ローンの頭金比率の引下げや補助金、購入条件の緩和などが導入されている。
中国人民銀行においては、住宅ローンの参照金利とされる5年物LPR(Loan Prime Rate)を、2022年5月に4.60%から4.45%に引き下げ(▲0.15%pt)、8月にも4.30%への引き下げ(▲0.15%pt)を発表した。住宅販売の低迷に対するテコ入れとみられる。
また、中国人民銀行は5月に、一件目の住宅購入におけるローン金利の下限を、LPRからさらに▲0.2%引き下げることを発表している。
さらに不動産企業の財務状況の悪化に伴う建設工事停滞によって住宅が購入者に引き渡されない問題に対して、一部の地域においては、不動産企業への土地使用権売却の際に住宅の竣工後に販売することを条件にしたり、不動産企業支援のための基金を設立したりするなどの動きがある。また、中国人民銀行の指導の下で政策銀行が融資支援を行う方針も打ち出されている。
 
 
7.おわりに
ハーバード大学教授Kenneth S. Rogoffらの試算*1によれば、中国のGDPに占める不動産業の割合は関連産業を含めると29%あり、不動産業の経済活動が20%落ち込むと、GDPは5~10%減少する可能性があるとしている。中国における不動産部門は経済成長の要である。
これまで不動産価格は上がるものという前提で無理をしてでも購入していた人にとっては、住宅市場の低迷によって買い控えのインセンティブが働き、不動産価格の低下に拍車をかける可能性がある。
また、中国では2015年に廃止された「一人っ子政策」などの影響による若年齢層の減少も進んでおり、最初に家を買う人が多いとされる25歳~34歳の人口が減少局面に入っており、不動産市場の低迷は構造的な問題となっているとの指摘もある。
中国当局は、「共同富裕」の方針の下に、社会格差を拡大させるような住宅市場の過熱は望んでいないとみられるものの、低迷する不動産市場を支えていかなければならず、今後も難しい舵取りを迫られるだろう。
(注)文中、意見に係る部分は全て筆者の私見である。
 
 
図表.住宅販売額の伸び率
図表.住宅価格上昇率
図表.土地使用権譲渡収入の伸び率
図表.不動産市場低迷の影響
図表.中国の25歳~34歳の人口の推移
 
 
*1)Kenneth S. Rogoff and Yuanchen Yang(2020)“Peak China Housing.” NBER Working Papers 27697.