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ファイナンスライブラリー

 
評者 渡部  晶
 
小黒  一正 著
2050 日本再生への25のTODOリスト
講談社 2022年4月 定価 本体1,000円+税
 
 
公共経済学を専門とする小黒一正法政大学経済学部教授が、自身の2020年の労作『日本経済の再構築』(日本経済新聞出版社)を底本に極力平易な表現で図表を活用するかたちで構成したのが本書である。
本書の構成は、はじめに、序章「日本病の正体」、第一章日本を変える「三つの哲学」、第二章「デジタル政府」で何ができるのか、第三章本当に必要な社会保障改革、第四章日本はまだまだ成長できる、第五章「財政の安定化」から逃げてはならない、おわりに、【TODOリスト】まとめ、となっている。
ここで巻末に付されているTODOリスト(最低限これくらいはやらねばならないタスク)にまず触れておきたい。これは、各章での検討を踏まえ、それぞれの章末におかれた25項目からなる「日本再生へのTODOリスト」であり、「対処方針のたたき台」を示している。著者は、これにより「失われた三〇年」を取り戻して次の世代、さらにはその次の世代がこの国を再び活性化させるための建設的な議論を喚起したいとしている。
序章では、コロナ禍での日本の状況を考察し、日本の大きな宿痾(しゅくあ)は「政府内(厚労技官や諮問会議メンバーなどを含め)に解決のためのノウハウがない」「政治的意思決定が、専門家の議論の追認に終始し、リーダーシップを発揮できていない」との問題だとして浮き彫りにする。つまり、「何が正しい答えかわからない」「正しい方向に合意形成ができない」ということだとする。そして、本書はこれ以上先送りできない問題への処方箋となるプランを合意形成に向けて提示したものだという。
第一章は、本書のほぼ三分の一の分量であり、まず、日本の病が「人口減少」、「貧困化」、「低成長」であることを図表を活用して説得的に主張する。その上で場当たりを避けるための「改革の哲学」の重要性を唱え、また、国がやるべきことと、民間・個人がやるべきことの線引きを主張する。
ここで「改革の哲学」は、
(1)まず、リスク分散機能と再分配機能を切り分ける。その上で、真の困窮者に対する再分配を強化し、改革を脱政治化する。
(2)透明かつ簡素なデジタル政府を構築し、確実な給付と、負担の公平性を実現する。
(3)民と官が互いに「公共」をつくる。
である。
第二章では、「デジタル政府」化を主張する。政府のデジタル化には、システムの新規開発がもっと必要であること、IT予算の約8割がシステムの維持管理費に消えているとし、これを政治決断で見直す必要があるとする。日本のIT予算について、評者も最近「ベンダーロックイン」とはこういうものかと心底思い知らされたことがあった。この点を大きく変えられるかどうか、まさに、「デジタル庁」が発足し活動をはじめたいまこそ真剣に追求すべき点であろう。デジタル化の遅れにより、低所得者に厳しい現状があり、また、世界の「所得のリアルタイム把握」の急速な進展を踏まえた源泉徴収制度の改善・拡充、「プッシュ型行政サービス」の実現も提言する。この中で、デジタル化が進むことで、手続きを地方自治体が担当する必要がなくなるとの指摘は目を引いた。コロナ禍での対応の混乱は、単一国家のわりに、船頭が多すぎたことにつきる。この点の是正には期待が持てる。
第三章では、日本の不都合な真実としての「世代間格差」をあらためて明らかにし、社会保障における諸々の考え方の混乱や持続可能性のなさを的確に指摘する。著者が近年様々な実績を上げてきた分野であり、基礎年金と二階建て部分の切り分けと再構築、「医療版マクロ経済スライド」の導入などTODOリストの提言はまさに改革の方向性を示すものと言って過言でないのではないだろうか。
第四章も、これまで著者が各所で提言してきたことを整理して提示している。「地方庁」の創設、「コンパクトシティ」の具体的な提案、「データ」(情報)を活用した「情報銀行」をはじめとする各種の提案、教育格差解消のための新しいローンの提唱などである。
終章は、財政問題を取り上げる。「日本経済の低成長は、財政の深刻な状況と直結している。財政問題と向き合い、過激でわかりやすい論者に惑わされることなく、地道な努力を続ける必要がある」とする。この分野についても著者は何冊もの著作を世に問うているが、それで生じた激しい批判を踏まえ、特に冷静な議論を望んでいる。
評者は、日経ビジネス(電子版)に掲載された「辺境の地になった日本 生き残る道は世界の“古都”」(2022年3月15日付)と題するノンフィクション作家・高野秀行氏のインタビューが頭を離れない。小黒教授が指摘したことを解決できない「帰結」としては、世界の中の「古都」として生きていくしかない、ということになるかもしれない、と。