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バーゼル規制入門 ―自己資本比率規制を中心に―

東京大学 公共政策大学院 服部 孝洋*1


1はじめに
本稿ではバーゼル規制において主軸ともいえる自己資本比率規制について説明することを目的としています。バーゼル規制では、国際的な活動を行う銀行に対して統一的な規制を課します。歴史的には、銀行破綻などの金融危機を契機に、国際的に統一的な規制を課す必要性が認識されました。1980年代後半に最初のバーゼル規制が生まれ、それ以降複数回にわたり規制が改革されています。バーゼル規制は国際金融システムに影響を与える銀行が破綻しないようにする規制(あるいは破綻したとしても秩序ある破綻を可能にする規制)といえますが、国際的に統一的なルールを策定することで、国際的な活動を可能にするための基盤を作っていると解することもできます。
バーゼル規制の歴史は金融危機の歴史ともいえますが、特に2008年の金融危機を受けて、バーゼル規制は複雑化しています。筆者はこれまで様々な金融規制について説明してきましたが、本稿ではバーゼル規制の主軸ともいえる「自己資本比率規制」に焦点をあてます。また、バーゼル規制は非常に大きなテーマであるため、ここから数回にわたり解説していくことを予定しています。なお、国債や債券全般に関する情報については、筆者のウェブサイト*2に掲載しているため、そちらも参照いただければ幸いです。


2自己資本比率規制の考え方
2.1 なぜ銀行業が規制されているか
バーゼル規制の導入については、預金を取り扱う銀行が破綻した場合、国民生活への影響が多大となることから、各国でそれぞれ規制が導入されてきました。国際的に活動する銀行の増加に伴って各国の規制の差が競争条件に与える影響が意識されるようになり、これを揃えるために1988年にスイスのバーゼルで国際的な銀行への規制の合意がなされました*3。
そもそも銀行に規制が課されている理由として、他のサービスに比べて公共性が高いということが挙げられます。池尾(2010)によれば、銀行規制の根拠は2つに分類されます*4。第一に、銀行は預金という商品を取り扱うがゆえ、一国の貨幣制度・決済制度の担い手であり、これらはあらゆる経済活動の基盤となる点が挙げられます*5。例えば、銀行が破綻することにより決済システムが滞ることがあれば経済全体に多大なマイナスの影響を与えることは明らかでしょう。銀行業以外でも、電力など基盤的なサービスを提供している産業は政府による広範な規制を受けていますが、銀行にもその意味で健全な運営をするよう規制を課す必要性が生まれるわけです。これは「銀行業の公共性」とも言える機能です。
第二は、「預金者保護」および「取り付け防止」です。そもそも、預金者は銀行の経営状態を的確に評価する能力に欠ける、あるいは、その努力は割に合わないといえます。人々がある銀行を用いている理由は、その銀行を綿密に分析した結果ではなく、その銀行に対する漠然とした信認に依存していることは読者も実感があるはずです。別の見方をすれば、仮にある銀行の信認が崩壊した場合、取り付けなどを通じて金融危機が起こる可能性を有しているといえます*6(取り付けについては後述します)。そのため、政府は預金者の保護を図るとともに、銀行に対する監視者(モニター)としての役割を果たす必要があるわけです。ちなみに、このような銀行業の公共性の維持や預金者保護を目的とした政策を「プルーデンス政策」ということもあります。

2.2 銀行業が有する「満期変換機能」
銀行取り付けについて言及しましたが、銀行業はそもそも一定の脆弱性を有しているとみることができます。銀行業とは、図表1 銀行のバランス・シートに記載しているとおり、預金という手段で資金調達し、貸出や有価証券の運用で利益を得るビジネスといえます。預金とは読者もご存じのとおり、基本的にはいつでも引き出せるものですから、銀行は短期資金で調達をしているといえます。一方、通常の貸出は中長期間に及びますから、資産サイドの年限は中長期であると解されます。このように銀行は資産と負債サイドで年限のミス・マッチが起きますが、これは満期を変換しているとも解され、これを「満期変換機能(maturity transformation)」といいます。これはファイナンスのテキストなどで銀行が有する本質的な機能の一つと説明されます*7。
もっとも、このようなビジネス構造は本質的な脆弱性を有しています。容易に想像できますが、このような資金調達構造を有すると仮に多くの人が同時に預金を引き出した場合に、この引き出し全てにすぐ対応することができません。このことが特に深刻であるのは、仮に銀行そのものが健全であったとしても、多くの人が何らかの理由で預金を引き出した場合、銀行がその引き出しに対応できず、流動性不足により倒産してしまう可能性がある点です。これを銀行取り付け(Bank run)といいます。
上述のような満期変換機能に付随して、銀行が預金という安全性を保障している商品で資金調達をしている点も重要な特徴です。銀行は預金者から資金を調達しているといえますが、多くの預金者にとって、その元本が棄損するということは想定していないでしょう。しかし、図表1から明らかのように、仮に預金のみで資金調達を行った場合、貸出や運用などで大きな損失をしてしまうと、その損失が預金者の負担につながりかねません。これはほとんどの預金者にとって許容できないことでしょう。

2.3 自己資本比率規制
それでは、銀行が預金で調達するのではなくて、例えば、すべて株式で調達した場合はどうでしょうか。まず、株式には満期がありませんから、取り付けの問題を防ぐことはできます。また、株式の投資家はいわばリスクを取ってもよいと考えている主体ですから、銀行が株式を通じて資金調達しているとすれば、(預金者とは異なり)リスクをとっても良いと考えている主体から資金調達しているとみることができます。しかし、満期変換機能があるからこそ、短期資金を元手に中長期的な貸出を行うことが可能となり、企業等への適切な資金提供がなされる側面も看過できません。
そこで、これらの問題を解決するため、バーゼル規制では、主に自己資本比率規制と流動性規制という2つの規制が課されています*8。前述のとおり、株式の投資家はリスクを取ってもよいと考えている主体ですから、銀行が有する最大損失額*9であるリスク量を見積もったうえで、その同額*10以上を株式で資金調達していれば、そのリスクが顕在化した際、彼らに責任を取ってもらうことができます。この目的を達成するため、自己資本比率規制では銀行がとっているリスク量と紐づくリスク・アセットを算出したうえで、自己資本比率、すなわち、
が8%以上など、一定以上になるような運用が規制当局から求められています。
バーゼル規制では、この自己資本比率規制だけでなく、前述のとおり、流動性規制も存在しています。銀行に流動性資産を一定程度求める規制などから構成されており、上述の取り付けなどの問題を軽減します。もっとも、本稿では紙面の関係から、自己資本比率規制に焦点をあてます*11。服部(2022)では2008年の金融危機時に経験した取り付け問題に加え、流動性規制について説明しているため、関心がある読者は服部(2022)を参照していただければ幸いです。
また、現在のバーゼル規制は3本の柱で構成されており、自己資本比率規制と流動性規制は、第一の柱に位置付けられています。もっとも、第一の柱を補足する第二と第三の柱がある点にも注意が必要です。第二の柱は、「金融機関の自己管理と監督上の検証」とされており、第一の柱で捕捉できないリスクについて規制当局がモニタリングする規制です*12。一方、第三の柱は「市場規律」(情報の開示)であり、銀行に対して開示を求めることで市場規律を働かせることが企図されています。

2.4 自己資本比率の分子:自己資本を「損失吸収力」という概念で整理
自己資本比率というと会計情報を用いた財務指標の一つと思われるかもしれませんが、素朴に会計上の自己資本と資産の比率をとって自己資本比率規制を課しているわけではありません。例えば、自己資本比率規制を初めて学んだ際、バーゼル規制上の自己資本として「劣後債」が含まれているという点に驚かれた方がいるかもしれません*13。劣後債とは通常の債券に対して、仮にデフォルトした場合、その返済が劣後する債券です。劣後債は、100円で発行されたら、100円で償還される債券であり、会計上はもちろん負債に位置付けられます。アーマー等(2018)は「追加的な資本は、株主資本(あるいはある種の非累積的優先株)である場合もありうるが、注目すべきことだが、劣後債によって供給されることもある。劣後債では、負債証券の発行は資産を会計にもたらすが、銀行の負債を全く同じ額だけ増加させるため、これは原則として意味のないことのように思われる」(p.449)と指摘しています。
このように会計上、負債である劣後債を規制上の自己資本に含めることはおかしいように思われるかもしれません。しかし、たとえば、株主から1000億円調達しており、その銀行が2000億円の損失を計上したとしましょう。その場合、株主以外からの調達が全て預金であれば、自己資本の額を超える1000億円の損失は預金者の負担になりえます*14。しかし、劣後債の投資家から1000億円調達していれば、まずは株主に1000億円の責任をとってもらい、その銀行が破綻した後、債券回収に際して劣後債の投資家に返済しないという形で、預金者は損失を逃れることが可能になります。
上述の観点では、預金者からみれば、劣後債で多くの資金を調達していれば、株式で吸収できない損失を被った場合、劣後債の元本を大幅に削減するなどして、先に吸収してくれることになります。言い換えれば、普通株と劣後債は、会計上、自己資本と負債という違いはあるものの、預金者からみれば、両者ともに「損失吸収力」を有していると解釈することができます(ただし、普通株の場合には銀行を破綻させることなく損失を吸収できるのに対し、劣後債の場合には銀行が破綻しないと損失吸収できないといった違いがあります。この論点は次回の論文で深堀します)。バーゼル規制において会計上と異なる自己資本の定義を用いている背景には、バーゼル規制が銀行の破綻に伴う預金者の保護やシステミック・リスクを防ぐことを企図しているからといえます*15。
なお、バーゼル規制では普通株は基礎的な項目という意味でTier1、劣後債は補完的な項目ということでTier2という表現が用いられます*16(これらの正確な定義は次回の論文で記載します*17)。また、このように規制当局によって課される所要自己資本をレギュラトリー・キャピタルと表現することもあります(これに対して経営者の立場からみた最適な自己資本を「エコノミック・キャピタル」といいます*18)。

2.5 自己資本比率の分母:資産のリスク性を反映したリスク・アセットを算出
バーゼル規制では、自己資本の分母である資産についても、「リスク・アセット」などのように(会計には出てこない)バーゼル規制特有の概念が出てきます。たとえば、銀行が1000億円分の日本国債へ投資した場合、会計上は資産が1000億円計上されることになります*19。しかし、バーゼル規制上ではそのリスクに応じてリスク・アセットが計上されますから、自己資本比率を計算する際分母に計上される金額がただちに1000億円増加するとは限りません。具体的には、銀行が日本国債を投資した場合、バーゼル規制上のリスク・アセットは0という措置が取られています*20。
その背景には、バーゼル規制では大手金融機関の倒産そのものを防ぐことや、仮に倒産した場合でも金融システムへの伝播を防ぐことが企図されていることがあります。同じ1000億円の融資や投資であっても、中小企業へ1000億円融資することと、日本国債へ1000億円投資することでは、そのリスク量について違いがあることは明らかでしょう。そこで、一定の方法を用い、そのリスク量を反映した資産、すなわち、リスク・アセットを推定したうえで、そのリスク・アセットに対して(例えば8%以上など)一定の自己資本を求める形になっているのです。もちろん、その推定は容易でないことから、バーゼル規制ではたびたびリスク・アセットの計算方法について見直しがなされています。
読者の中には、このようにリスク・アセットを推定することで恣意性が生まれると感じる方がいるかもしれませんが、そのような批判は存在します。実際に、1990年代にリスク管理方法が向上する中で、リスク・アセットの計算方法が見直されましたが、銀行にとって裁量が大きくなり、場合によっては、そのリスク量が過少に見積もられた、という批判もあります。一方、バーナンキ(2015)は、「リスクベースの要件を伴わない自己資本比率規制では、いくらリスクの高い資産であっても一番安全な資産と同じだけの資本総額をもてばよいため、銀行がこれまで以上にリスクをとる誘因となる」(p.240)としたうえで、その合理的妥協策として、「自己資本比率規制は安全弁-リスクベースの基準というベルトがずりおちないようにするサスペンダー―として使うことだ」(p.240)という意見を提示しています。

2.6 バーゼル規制が有するパスポート機能
これまで自己資本比率規制の大枠について説明を行いましたが、バーゼル規制の重要な役割として、「パスポート機能」があります。そもそも、海外への投資や海外ビジネスの展開を考えたことがある人は、海外における制度が日本と大きく異なることが少なくないという実感があるはずです。その際、各国ごとに制度が大きく異なるとしたら、その違いを調べるだけで大変です。これは国際的なビジネスをするうえで複雑性を生みますが、金融システムに影響を与えるような大手金融機関の場合、その問題が深刻になりうることは容易に想像できます。
特に問題である点は、ある国で(他国に対して)緩やかな規制を課しているというケースです。この場合、その国に準拠する大手金融機関が破綻した場合、その破綻が自国の金融システムに対して大きなマイナスの影響をもたらしかねません。そこで、国際的に活動する金融機関については、どこかで最低限、守るべき共通のルールを作り、そこで作った最低限のルールを各国で課すことができれば、政府からみれば、「共通ルールに準拠しているのであれば、自国内で他国の銀行がビジネスを展開しても、最低限のルールを順守したうえでビジネスを展開している」という判断ができます。これはビジネスを展開するうえで、「パスポート」のような役割を果たしているといえます。
しばしばバーゼル規制の重要性としてこのようなパスポート機能が指摘されますが、もちろん、バーゼル規制が中立的でないという議論はありえます。導入直後は、日本にとって不利だという議論が展開されました。自己資本比率における8%という水準自体にそもそも根拠が希薄という議論もあります(この点はBOX 1で説明します)。金融ビジネスはどうしても米国や英国が中心的な役割を担っていますから、米国や英国の意見が反映される傾向があるという声も少なくありません。その一方で、金融という国境を超えるビジネスにおいて、各国で共通の土台を有するメリットが大きいことや、国際的な金融センターとして米国と英国のプレゼンスが高い現実を直視する必要もあります。
バーゼル規制についてはバーゼル銀行監督委員会(Basel Committee on Banking Supervision, BCBS)などで国際的なルールが作られ、各国ではそれに整合的なインプリメンテーションがなされています。図表2 規制改革の国際的な検討の枠組みは国際的な規制における検討の枠組みを示していますが、G20の下に、主要国の中央銀行などで構成される金融安定理事会(Financial Stability Board, FSB)があり、その下に、銀行・証券・保険を担当するBCBS、証券監督者国際機構(International Organization of Securities Commissions, IOSCO)、保険監督者国際機構(International Association of Insurance Supervisors, IAIS)があります。各国当局が集まって議論する一方で、そこで合意された国際的なフレームワークと整合的な規制を各国で課すというアプローチが採られています。我が国では金融庁が国際合意と整合的な形で、金融庁告示などに落とし込んでインプリメンテーションしていきます*21。
我が国におけるバーゼル規制については国際合意を国内規制に落とし込むため、業態別の告示で規制が課されています。金融庁告示以外にも告示のQ&Aや監督指針、さらに金融商品取引法などの形で規制が課されています(法的な建て付けについては後述します)。また、国際合意は既に強調したとおり、あくまで各国における最低限の水準ですから*22、各国において追加的な規制を課しているケースも少なくありません。
国際合意と各国の規制が整合的であるかについても、BCBSにより定期的なチェックがなされています。これは「規制の整合性評価プログラム(Regulatory Consistency Assessment Program, RCAP)」と呼ばれており、2012年以降実施されています。具体的には、各国における規制の(表面的な)実施状況を定期的に確認する「モニタリング」、BCBSのスタッフが金融庁の担当者などにヒアリング等をして、国際合意がなされた内容と整合的な規制が我が国で敷かれているか等のチェックがなされる「各国評価」、さらに、テーマを区切ったうえで各銀行段階での銀行のリスク・アセットの計算の整合性にまで踏み込む「テーマ別評価」の三段階があります。図表3 各国におけるバーゼル規制の実施状況は2021年におけるモニタリング結果を示したものですが、このように項目ごとにその進捗が公表されており、我が国については「各国評価」においても国際合意と整合的であるとの評価がなされています。

2.7 バーゼル規制の法律的な建て付け
そもそも、バーゼル規制は国際合意であり、本来、それだけでは法的拘束力はありません*23。氷見野(2005)は、「バーゼル合意は各国当局間の取り決めであり、各国と当局が合意に沿って国内規制を改正して初めて現実の効力を持つ」(p.55)としています。そのうえで、「大蔵省銀行局は、当初、バーゼル合意を行政指導の形で国内規制化し」(p.58)、「92年6月に成立した金融制度改革法によって、銀行法に経営諸比率規制に関する条文が新設され、93年4月から施行された」(p.58)と説明しています。
我が国には銀行法がありますが、その中で銀行に関するプルーデンスについての規定があり(銀行法14条の2)、金融庁告示によってバーゼル規制が課されています(金融庁告示以外にも金融商品取引法や監督指針などで規制されることもあります)。金融庁告示では(例えば銀行や銀行持株会社など)業態毎に告示が定められています。前述のとおり、バーゼル規制については国際的な活動をしている銀行に課す規制ですから、その意味では、国際的な活動をしていない銀行に対してはバーゼル規制を課す必要はないとも解釈できます。我が国では国際的な活動をしていない銀行を「国内基準行」としたうえで、基本的にはバーゼル規制と整合的な規制を課すとともに、自己資本比率を4%以上求めるなど若干緩やかな規制が課されています。
大手の証券会社(投資銀行)についてもバーゼル規制は課されています。我が国では独立系大手証券会社が存在していますが、それらの証券会社については金融商品取引法上の概念である「最終指定親会社*24」としたうえで、最終指定親会社に対してバーゼル規制が課されています。また、我が国の大手証券会社には銀行持株会社の下にぶら下がっているものも少なくなく、このような証券会社には銀行持株会社にバーゼル規制が適用されています(最終指定親会社でない独立系の証券会社には金融商品取引法上で(バーゼル規制と異なる)自己資本比率規制が課されています)。

BOX 1 自己資本比率はなぜ8%か
自己資本比率規制において8%がベースになりますが、バーゼル規制に関わった人は「なぜ8%がベースとされているか」という疑問を一度はもつと思います。1980年代後半にバーゼル規制を導入するうえで、各国における金融機関の実態を調査したうえで、複数の数字が議論された結果、8%という水準が定められたと筆者は理解しています*28。また、当時多くの国において8%は少し高い水準であり、自己資本を厚くする必要があることから8%が求められたとする意見もあります*29。特に重要な文献は氷見野(2005)であり、当時の交渉の経緯について詳細に記載しています。
バーゼル規制が導入された当初は、日本にとって不利であった可能性や、そもそもこの数字に根拠がないなどの議論もありましたが、本稿で説明したとおり、バーゼル規制は各国で守るべき最低限のルールを既定しただけであり、各国監督当局がより一層高い規制を課すことは許容されています。また、今日の自己資本比率規制では8%はそれほど強調されていないとみることもできます。一つには、後述するとおり、現在は資本保全バッファーを含め、CET1比率が7%以上求められています。アーマー等(2020)でも、「バーゼル規制で『8%』が強調されたことは、誤解を招きやすい。これは、銀行の最低所要自己資本にしか関連しないためである。バーゼルIIIでは、多くの追加的な資本バッファーが導入された」(p.450)と注意を促しています。また、バーゼルII以降、最大損失額であるリスク量が計測され、それ以上の額の自己資本を求める(リスク量の12.5倍をリスク・アセットと定義し直し、その8%以上の自己資本を求める)ようにしたため、何故8%なのかという疑問が湧きにくくなっているとみることもできます。


3バーゼル規制の歩み
3.1 バーゼル規制導入の経緯
ここまでバーゼル規制の概要について説明してきましたが、ここから非常に簡潔にバーゼル規制の歩みを確認します。そもそもバーゼル規制は1974年の西ドイツのヘルシュタット銀行とニューヨークのフランクリン・ナショナル銀行の破綻に伴う混乱を発端としています。こうした金融危機に対処するため、1974年に、G10中央銀行総裁会議はG10諸国の中央銀行と銀行監督当局からなる協議の場として「銀行業の規制と監督実務に関する委員会(Committee on Banking Regulation and Supervisory Practices)」を設けることを決定しました*25*26。これが改名されたものが、現在のバーゼル銀行監督委員会(BCBS)になります。
その後、1982年にラテンアメリカで債務危機が起こります。この危機の詳細は国際金融などのテキストに譲りますが、BCBSでは自己資本の充実とともに、国際的に統一的なルールの必要性が共有されました。その後、米国と英国からバーゼル規制のプロトタイプともいえる「米英共同提案」が提示され、それが日本や欧州諸国との議論の中で修正され、1988年にバーゼルで国際的な銀行への規制の合意がなされました*27。
当初の規制は現在のような複雑なものではなく、株主資本による基礎的な項目(Tier1)に加え、劣後債や有価証券含み益で構成される補完的項目(Tier2)の合計がリスク・アセット対比で8%以上になることを求めるというものです。また、前述のリスク・アセットについても、企業向け与信、銀行向け与信、住宅ローン、国債保有額について一定のウェイトを掛けるものであり、現状と比較すると非常にシンプルな形*30でした。
日本における特徴は、国際的に活動する銀行を「国際統一基準行」としたうえで、海外に支店や現地法人を持つ銀行のみに対象を絞った点です。その一方、(前述の通り)我が国で、グローバルにビジネスを展開しない銀行については「国内基準行」としたうえで、国内基準行については従来のままである4%とされました。国内基準行については、1997年の決算からバーゼル規制と整合性な規制が導入される一方で、求められる自己資本比率についてはそれまでの4%が維持されました。

3.2 バーゼルIIに向けた改革
その後、市場リスクに対する規制など一定の修正が加えられますが、大きな変化は2000年代前半から始まった、いわゆるバーゼルIIに向けた改革です。バーゼルIIで強調された点はリスク・アセットの測定を精緻化することです。1990年以降、Value at Risk(VaR)などそれまでにないリスク管理の高度化が進みました。前述のとおり、銀行が有する資産のリスク量を反映したリスク・アセットを算出しますが、当時の手法は非常にシンプルであり、実態を反映していないという問題意識が共有されました。また、バーゼル規制が、銀行のリスク管理手法と大きく異なる手法を用いていると、銀行の意思決定にゆがみを生じさせてしまうというリスクも考えられました*31。
上記を受けて、リスク・アセットの測定方法は大幅に修正されました。現在、リスク・アセットは、信用リスク、市場リスク*32、オペレーショナル・リスクで構成されますが、この3つが揃ったのもこのタイミングです*33。それまではリスク・アセットを計算するうえで、0%や20%などのウェイトを与信額や投資額に掛け合わせることでリスク・アセットを算出していたのですが、銀行にリスク・アセットを測定するうえでモデルを使うことも許容しました*34。厳密にいえば、バーゼル規制におけるモデルの許容は、1996年に導入された市場リスク規制からではありますが、銀行が有するリスクの多くが信用リスク・アセットであることを考えると、信用リスク・アセットに対してモデルの使用を認めた点はそれまでにない非連続的な変化と解釈することができます。また、バーゼルIIでは、信用リスク・アセットの算出にあたり、モデルを使わない場合でも、例えば、適格格付機関による外部格付けの使用などの改正がなされました*35。
現在のバーゼル規制で用いられている3つの柱(pillar)が導入されたのもバーゼルIIからです。第二の柱と第三の柱を通じて、自己資本比率規制に限らないリスクについてのモニタリングが進んだことや、銀行の開示が進んだこともバーゼルIIがもたらした看過できない影響といえます。

3.3 金融危機を受けた規制改革:
バーゼルIII
このようにバーゼルIIが2000年後半から導入されましたが、その導入後まもなく、リーマン・ブラザーズの破綻などを含む世界金融危機が起こり、これまでの規制を抜本的に改正する必要性が生まれました。金融危機時には色々な問題点が明らかになったわけですが、本稿で特に強調したい点は、自己資本の損失吸収力が弱いことが明らかになった点です。秀島(2021)は、金融危機時のマーケットにおいて、従来の自己資本比率が信用されず、特に普通株の比率に注目が集まったとしています*36。また、同書は、従来、自己資本の中に含まれていた劣後債は、金融危機時において、損失を吸収するものでなく、むしろ、公的資金を使うことにより、その恩恵を受けたという指摘もしています(事実、ほとんどの劣後債が救済されました*37)。
バーゼルIIIにおける「資本の質の向上」:CET1の導入
このような金融危機の経験を経て、銀行の健全性に対しては損失吸収力が高い資本を求める必要性が認識されました。このことに係る改善をバーゼル規制の用語ではしばしば「資本の質の向上」といいます。すなわち、劣後債のような調達手段ではなく、普通株のように、例えば銀行が損失を計上したら取り分が減少するような調達手段で、より一層資金調達をすることの必要性が認識されたわけです。
具体的には、金融危機をうけたバーゼル規制の改革では、より損失吸収力が高い自己資本を強調するため、「普通株式等Tier1資本」(Common Equity Tier 1)という概念が導入されました。実務家はこれを略してCET1(「セット・ワン」と読みます)」と表現します*38。(後述するような控除項目はあるものの)CET1とは、普通株および内部留保により構成されており、会計上の自己資本に近い概念です*39。図表4 バーゼルIIIにおける自己資本比率規制の強化が国際統一基準行に対して、バーゼルII時に求められていたCET1比率とバーゼルIII以降の比率を比較していますが、CET1比率がかつて2%*40であったところ、バーゼルIII以降では4.5%が求められていることがわかります。さらに、国際統一基準行には資本保全バッファーとしてCET1比率に2.5%上乗せされているため、CET1比率は7%(=4.5%+2.5%)求められており(図表4の右側を参照)、バーゼルIIから比べると、損失吸収力が高い資本が大幅に求められるようになったといえます(資本保全バッファーについては今後の論文で説明します*41)。
CET1の定義に有価証券の含み損益が含まれる点も重要な点です。歴史的には、バーゼル規制が導入された1980年代において日本はバブルであり、自己資本が相対的に少なかったことから、国際交渉の中でバーゼル規制上の自己資本において含み益を含めることが認められました。もっとも、統一的な基準がとられていないなどの問題*42が指摘されていました。そこでバーゼルIIIでは含み益と含み損を両方、CET1に含めるという措置が採られています(含み損益を含めるべきかどうかの議論については秀島(2021)が丁寧に説明しているため、関心がある読者は同書をご参照ください)。
CET1からの控除項目
CET1のイメージは会計上の自己資本に近い概念になりますが、控除項目がある点にも注意が必要です。控除項目は主に、「損失吸収力が乏しい資産」と「金融システム内のリスク伝播防止のための保有が制限される資産」で構成されます。「損失吸収力が乏しい資産」とは、のれんや繰延税金資産などであり、損失吸収力が低いものについてはそれを自己資本から一定程度控除することで自己資本に厚みを持たせる措置と解釈できます*43。何故バランス・シートの左側の資産を右側の資本から控除するのかという疑問を抱くかもしれませんが、資本の重要な定義として、資産と負債の差(あるいは返済義務のある負債をすべて返済した後に残るもの)があり、このようにして残る資産のうち、いざというときに価値を失う可能性がある資産は算出対象から外しておくという措置が採られたと考えられます*44。
一方、「金融システム内のリスク伝播防止のために保有が制限される資産」とはダブル・ギアリングと呼ばれる規制であり、銀行が銀行株などを購入することに一定の制限を与える規制になります。バーゼル規制の趣旨に鑑みると、銀行の損失が金融システムに伝播していくことを防ぐことが企図されています。そのような中、銀行が銀行株などを多く保有していたとしたら、金融危機時に銀行株が低下することで、その損失が多くの銀行に伝播してしまうことになりかねません。また、極端な例ではありますが、例えば、銀行Aが増資して銀行Bに保有してもらう一方で、銀行Bがその銀行株を買うために増資をして、銀行Aに保有してもらうということが可能であれば(すなわち、意図的な持ち合いが可能であれば)、機械的に自己資本を増やすことができてしまいます。そのため、バーゼル規制では、「意図的な持ち合い」はCET1から控除するなど、銀行が金融機関の株式等を購入することについて規制が課されています(ダブル・ギアリング規制は非常にテクニカルなので詳細は別の論文で記載します。また、リスク・ウェイトと自己資本控除の関係についてはBOX 2を参照してください)。

3.4 バーゼルIIIにおける自己資本比率は適正か
前述のとおり、バーゼルIIIでは自己資本の質が向上したといえます。もっとも、現在の自己資本比率規制で求めている水準が低すぎるという意見も少なくありません。アーマー等(2021)では、学者や一部の政策担当者は自己資本比率が低すぎると批判する一方で、銀行などの実務家は自己資本比率のさらなる上昇は金融機関にとってコストが大きく、貸出などに対してマイナスの影響をもたらす点を重視するとしています。
経済学者の中には、アドマティ・ヘルビッヒ(2015)など、50%を超える自己資本比率の水準を提案する学者もいます。もっとも、アーマー等(2020)では、彼らの議論は「モジリアーニ・ミラーの定理(MM定理)」に依拠しており、現実的には株式のコストは負債のコストより高い現実がある点も指摘されています(MM定理についてはBOX 3を参照)。現在のバーゼル規制の是非はあまりに大きなテーマであり、本稿では紙面の関係上、深く立ち入りませんが、現在の自己資本比率の水準に対する批判も存在すること、また、そのロジックについて認識しておくことも大切だと考えています。

3.5 国内基準行の取り扱い:コア資本
本稿では主に国際統一基準行に焦点をあてた説明を行いましたが、最後に、国内基準行に関する自己資本の定義について簡単に整理しておきます。国内基準行についても、金融危機をうけて自己資本の質の向上がなされました。もっとも、国内基準行の多くが地域金融機関であることから、地域経済への配慮等により従来の自己資本比率4%が維持されました。具体的には、バーゼルIII以降、Tier1やTier2という従来の分類を廃止し、「コア資本」という概念が導入され、コア資本/リスク・アセットが4%以上になることが求められています。コア資本は基本的には株式など損失吸収力が高い資本で構成されており、従来、Tier2として認められていた劣後債などを廃したことから*45、国内基準行についても、資本の質が向上したと解釈できます。もっとも、コア資本はCET1に類似した概念である一方、強制転換条項付優先株式*46が含まれる点や、コア資本では有価証券の含み損益*47が含められないなどの違いがある点に注意が必要です。コア資本の詳細な定義やコア資本を導入した背景等を知りたい読者は、北野・緒方・浅井(2014)や金融庁の告示などを参照していただければ幸いです。

BOX 2 リスク・ウェイトと自己資本控除の関係
本稿でダブル・ギアリング規制について言及しましたが、自己資本控除とリスク・ウェイトの関係を整理しておきます。実は自己資本比率規制は「比率」に規制を課しているため、自己資本から控除するか、あるいはリスク・アセットとして計上するかに本質的な違いはないとみることもできます。例えば、自己資本100億円、リスク・アセットが1000億円の銀行があるとします。仮にこの銀行が20億円だけ意図的持ち合いがあり、この20億円が自己資本から控除されたとしましょう。この場合、自己資本は80億円(100-20億円)なので、自己資本比率は80億円/1000億円=8%となります。一方、意図的持ち合いの株式のリスク・ウェイトを1250%とすれば、リスク・アセットは20億円×1250%と計算されるため、リスク・アセットは250億円増えることになります。この場合、自己資本は100億円のままですが、リスク・アセットが1250億円に増えるため、100億円/1250億円=8%であり、やはり8%になります。リスク・ウェイトが1250%になる資産がありますが、これは事実上、自己資本控除と解釈することが可能です(実際のバーゼル規制において意図的な持ち合いは自己資本控除という取り扱いがなされています)。このような観点では、ダブル・ギアリング規制において、金融機関発行の有価証券のリスク・ウェイトに対しどのような取り扱いがなされているかが重要といえますが、ダブル・ギアリング規制は今後の論文で取り扱うことを予定しています。
ちなみに、最低限求められる自己資本(所要自己資本)比率を8%とすれば、所要自己資本/リスク・アセット=8%となりますから、ここから、「リスク・アセット=所要自己資本×1250%」という式が得られ、1250%というリスクウェイトはこの関係から得られると解釈できます。秀島(2021)では、「時折、100%を超えるリスク・ウェイトは『提供した資金以上の自己資本を賦課する』といった説明が聞かれることがあるが、これは誤解であり、供与額を上回る自己資本の手当が必要になるのは1250%を超えるリスク・ウェイトが適用される場合のみである(そうしたリスク・ウェイトが適用される予定はない)」(p.75)と注意を促しています。
なお、厳密な議論としては、当該銀行の自己資本比率が8%より高い場合、自己資本控除の方が1250%のリスク・ウェイトよりも影響が小さいという事実がありますので、その点はご留意いただければ幸いです*48。

BOX 3 ファイナンスの理論からみたバーゼル規制の整理
経済学における企業金融論(コーポレート・ファイナンス)という観点で、バーゼル規制を整理しておきます。前述の通り、バーゼル規制では会計上の概念と異なる自己資本比率で規制が課されていますが、そもそも銀行が他の産業に比べて負債による調達が特に多いという側面も無視できません。自己資本比率規制で規制しているものは、あくまでもバーゼル規制で定義した「自己資本」および「リスク・アセット」ですから、会計上で見た場合の自己資本比率は8%を大きく下回り、その意味で、銀行業が有するレバレッジ比率は非常に高いといえます。この背景には、国債などの資産を銀行が多く保有していることが挙げられます。例えば、日本の銀行の場合、総資産の半数程度が国債などの債券であるということもありえ、この場合、たとえバーゼル規制上の自己資本比率が8%を超えていたとしても、会計上のレバレッジは非常に高いことを意味します(現在、レバレッジそのものに規制を行う「レバレッジ比率規制」も導入されています。レバレッジ比率規制については別の論文で紹介しようと思います)。
学者の中には現在の自己資本比率規制は甘いものであり、銀行はレバレッジを高めるインセンティブを有していると主張する意見もあります。有名な批判の例は、スタンフォード大学のアナト・アドマティ教授らによるものであり、具体的には、自身の著書(アドマティ・ヘルビッヒ, 2015)で、50%を超える自己資本比率の水準を求める提案をしています。アドマティ教授らは、実務家はしばしば自己資本の資本調達コストが高い、という主張をするところ、ファイナンスのテキストで言及される「モジリアーニ・ミラーの定理(MM定理)」のロジックを用いながら、議論を展開しています。MM定理の基本的なアイデアは、企業の価値はどのように資産を使うかによって決まり、どのように調達したかには依存しないというものです。MM定理からすれば、「負債と自己資本の配分を変えて債権者と株主の間でリスクとリターンをどのように分けようとも、それ自体で会社の価値や資本調達コストが影響されることはない」*49わけです。
もちろん、MMの定理には税制などを捨象したり、完全な資本市場を仮定するなど、非現実的な想定があり、コーポレート・ファイナンスのテキストではこれらを考慮した場合、どのように結果が修正されるかについても議論されます。アレン・ヤーゴ(2014)は「現実は、理想の世界とは異なり、企業が資本構成を選択する際、資本市場の不完全さや税金が存在する」(p.43)としたうえで、「『M&M定理』やその他の重要な金融理論の大きな価値は、いつ、なぜ、どのような場合に、資本構成が問題となるかを明らかにしたことにある」(p.43)と指摘しています*50。その一方で、大学のコーポレート・ファイナンスの講義において最適な資本構成についてはまずはMM定理から議論を進めますから、その基本に立ち返ってMM定理の内容とその限界を理解したうえでバーゼル規制を考えることも重要であると感じています。


4おわりに
今回はバーゼル規制の基礎的な内容について説明をしました。次回はその他Tier1資本およびTier2資本を取り上げることを予定しています。

参考文献
[1].池尾和人(2010)「現代の金融入門」ちくま新書
[2].北野淳史・緒方俊亮・浅井太郎(2014)「バーゼルIII 自己資本比率規制 国際統一/国内基準告示の完全解説」きんざい
[3].佐藤隆文(2007)「バーゼル2と銀行監督―新しい自己資本比率規制」東洋経済新報社
[4].千野忠男(1988)「自己資本比率規制の国際的統一と今後の課題」『金融』全国銀行協会連合会
[5].服部孝洋(2021)「銀行勘定の金利リスク(IRRBB)入門―バーゼル規制からみた金利リスクと日本国債について―」『ファイナンス』6月号、60–69.
[6].服部孝洋(2022)「米国MMF(マネー・マーケット・ファンド)入門-ホールセール・ファンディングと金融危機以降の規制改革について-」『ファイナンス』4月号、28-37.
[7].秀島弘高(2021)「バーゼル委員会の舞台裏」金融財政事情研究会
[8].氷見野良三(2005)「検証 BIS規制と日本」金融財政事情研究会
[9].三木麻有子・源間康史(2015)「バーゼルIII対応資本性証券について」日銀レビュー 2015-J-7
[10].横山昭雄(1989)「金融機関のリスク管理と自己資本━1990年代の金融機関経営の原点」有斐閣
[11].渡部訓(2012)「バーゼルプロセス―金融システム安定への挑戦」蒼天社出版
[12].アナト・アドマティ、マルティン・ヘルビッヒ(2014)「銀行は裸の王様である」東洋経済新報社
[13].ジョン・アーマー、ダン・オーレイ、ポール・デイヴィス、ルカ・エンリケス、ジェフリー・ゴードン、コリン・メイヤー、ジェニファー・ペイン(2020)「金融規制の原則」きんざい
[14].フランクリン・アレン(著)、グレン・ヤーゴ(2014)「金融は人類に何をもたらしたか:古代メソポタミア・エジプトから現代・未来まで」東洋経済新報社
[15].ベン・バーナンキ(2015)「危機と決断 前FRB議長ベン・バーナンキ回顧録」角川書店

*1) 本稿の作成にあたって、川名志郎氏、吉良宣哉氏、秀島弘高氏など、様々な方に有益な助言や示唆をいただきました。本稿の意見に係る部分は筆者の個人的見解であり、筆者の所属する組織の見解を表すものではありません。本稿の記述における誤りは全て筆者によるものです。また本稿は、本稿で紹介する論文の正確性について何ら保証するものではありません。
*2) https://sites.google.com/site/hattori0819/
*3) この説明は氷見野(2005)を参照しています。
*4) ここでの記述は表現を含め、池尾(2010)のp.70-76を参照しています。池尾(2010)は前者を外部不経済、後者を情報の非対称性という経済学の観点で、政府介入の正当性を議論しています。詳細な議論は池尾(2010)を参照してください。
*5) ここでは預金者保護を重視した説明を行いましたが、佐藤(2007)でも、第一に「預金者の保護」を挙げています。同書では、それ以外にも、信用秩序の維持(システミック・リスクの顕在化防止)、外部性への対応、預金保険制度の副作用の是正を挙げています。
*6) 取り付けについて経済学では、Diamond–Dybvigモデルなどで説明されます。詳細は銀行論のテキストなどを参照してください。
*7) アーマー等(2020)では、銀行の有する需要な機能として、(1)流動性の変換(liquidity transformation)、(2)満期の変換(maturity transformation)、(3)信用の変換(credit transformation)を指摘しています。
*8) アーマー等(2020)は銀行規制を主にこの2つの軸で説明しており、第14章で自己資本比率規制、第15章で流動性規制を取り扱っています。本稿もそれに沿っています。
*9) ここでの最大損失額はVaR(Value at Risk)で計測された値を想定しています。VaRでは、例えば99%の信頼区間の中での最大損失という意味合いで、最大という表現が用いられます。秀島(2021)は「自己資本規制における最大損失額の計測にあたっては、VaR(Value at Risk)の考え方を用いるのが最も一般的である」(p.76)としています。
*10) リスク量で表現した場合、自己資本規制は「自己資本/リスク量>1」と表せます。この詳細は秀島(2021)の2章を参照してください。
*11) アーマー等(2020)など、スタンダードなテキストでも通常、分けて説明がなされます。
*12) 具体例として銀行勘定の金利リスクに対する規制などがあります。バーゼル規制における金利リスク規制に関心がある読者は服部(2021)を参照してください。
*13) 劣後債などが自己資本に含められることは、事業会社の信用度などを測る「格付け」などで用いられることがあります。そのため、劣後債が自己資本に含められているという措置は、バーゼル規制だけで点にも注意が必要です。
*14) 実際には預金保険がありますが、ここでは簡単化のために預金保険の存在を捨象しています。
*15) 横山(1989)は当初のバーゼル合意において、「自己資本の本質は『銀行を清算に追い込むことなく営業を続けさせながら、発生するかもしれない不特定の損失の補填に充当できる資金』と定義づけた」(p.128)と説明しています。
*16) バーゼルIIではTier3(準補完的項目)もありましたが、バーゼルIII以降では、Tier1をゴーイング・コンサーン・キャピタル、Tier2をゴーン・コンサーン・キャピタルとしての見直しをしました。秀島(2021)では「バーゼルIIIにおいては、Tier1はgoing-concern資本、Tier2はgone-concern資本の位置づけをはっきりさせる方向での見直してあった」(p.107)、三木・源間(2015)は「バーゼルIIIではまず、自己資本のうち Tier1 資本を、事業を継続する中で損失を吸収できる資本(going concern capital)、Tier2 資本を、破綻した段階で損失を吸収する資本(gone concern capital)と再定義している」としています。ゴーイング・コンサーン・キャピタルやゴーン・コンサーン・キャピタルについては次回の論文で説明します。
*17) ちなみに、バーゼル規制において、しばしば実務家は「自己資本」を積む、という表現を使いますが、筆者はこの表現は誤解を生みやすい表現であると感じています。前述のとおり、自己資本の役割として、損失をした場合、株式の投資家に最初に責任をとってもらうことが挙げられます。そのような中、自己資本を「積む」という表現を使うとあたかも資産サイドの概念であるかのような印象をもちますが、自己資本はあくまでもバランスシートの右側の概念である点に注意してください。アドマティ・ヘルビッヒ(2014)は「『キャピタル(自己資本)』という言葉を誤解している人は多い。メディアの報道にも、新たな規制を満たすために、銀行は自己資本を『とっておく』必要がある、という表現が目立つ。『自己資本を蓄えておく』といった表現からは、自己資本規制は銀行に対して、現金を経済の役に立てず、無駄に遊ばせておくよう義務付けるような印象を受ける。(中略)こうした誤解が有害なのは、現実には存在しないコストやトレードオフがあるかのように見せかけ、政策議論をゆがめるからだ」(p.9)と注意を促しています。
*18) ここでの定義は、佐藤(2007)のp.19-20を参照しています。
*19) ここではわかりやすさの観点で、リスク・アセットが0になる日本国債を例に取り上げています。銀行が例えば融資を行った場合、そのリスクに応じてリスク・アセットが変わりえる点に注意してください。
*20) バーゼル規制における標準的手法では、信用リスク・アセットは、「与信相当額×リスク・ウェイト」で算出され、国債の場合、リスク・ウェイトがゼロとされています。「与信相当額」とは、いわばデフォルト時のエクスポージャー(Exposure at Default)であり、国債に1億円投資した場合、1億円になります。
*21) 金融庁の健全性基準室などがその役割を担っています。
*22) 氷見野(2005)では、「88年合意は、8%について、『あくまで最低比率を設定することを目指したものであることを強調しなければならない。各国監督当局がより高い水準を設定する措置をとることは自由である』」(p.50)としています。
*23) 秀島(2021)は「バーゼル委の決定には法的拘束力はない。この点は、上述のバーゼル委憲章(Charter)の第3条にも明記されている。ただし、バーゼル委メンバーは、バーゼル委が策定する基準を国内で実施することにコミットすることになっている」(p.39)としています。
*24) 現時点では、株式会社大和証券グループ本社と野村ホールディングス株式会社の2社が最終指定親会社になります。
*25) この記述は、氷見野(2005)のp.28などを参照としています。
*26) 千野(1988)は、バーゼル合意が成立した背景には、(1)金融をめぐるリスクの増大、(2)金融のグローバライゼーションの伸展、(3)各国銀行間の平等な競争条件(“level playing field”)の確保と整理しています。
*27) ここでの国際交渉について興味がある読者はぜひ氷見野(2005)の3章を参照してください。
*28) ちなみに、国際会議で厳しい議論をした中、会議が終わった後、空を見あげたら8という数字があったという逸話も聞いたことがあります。
*29) 渡部(2012)では「各国間、個別銀行間の自己資本比率水準が大幅に乖離するにもかかわらず、自己資本比率の所要最低水準8%を達成するという合意が成立したのは、各国銀行監督当局の間に、『1970年代を通じて銀行の自己資本のポジションが悪化し、ここ数年来、バーゼル銀行監督委員会にとっても懸念事項となっている。このため、82年には、G10中央銀行総裁会議において、自己資本のポジションがこれ以上悪化することを防ぐとともに、1980年初の低水準を改善強化することで一致をみた』と記述されていることからも明らかなように、銀行の健全経営確保の観点から自己資本比率を引き上げる必要性については問題意識が共有されていた」(p.120)としています。
*30) 具体的には下記の比率になります。詳細は氷見野(2005)を参照してください。
*31) 例えば、佐藤(2007)によれば、当時FRBの議長であったグリーンスパン氏は、「先進的なリスク測定手法が開発され採用されつつある中で、バーゼルIの画一的なリスク管理計測は、先進的銀行のリスク管理実務にキャッチアップしておらず、銀行ごとのリスク管理技術の優劣を考慮していない。このことは、リスク管理高度化への阻害要因(ディスインセンティブ)にもなりかねない」(p.48)と指摘しています*31。また、氷見野(2005)は、「リスクの実態と規制の乖離は、経営を歪め、質の良い資産を売ってハイリスクの資産をためこむといった、銀行を不健全化する方向の取引をかえって促進しかねない」(p.160)と指摘しています。
*32) 正確には市場リスクについては1996年にバーゼル銀行監督委員会においてバーゼルIに追加することに合意したものです。本稿ではその詳細については記載しませんが、その導入の経緯については氷見野(2005)の第8章を参照してください。バーゼルIIにおいて市場リスク規制は一定の見直しがなされていますが、その詳細は佐藤(2006)の第7章を参照してください。
*33) 佐藤(2006)では、「近年、銀行業務のコンピュ―タ・システムへの依存は各段に高まっており、システム・トラブルによる影響の深刻さは最近の事例でも確認されているところである。また、業務のアウト・ソーシングもオペレーショナル・リスクを高める要因になるし、経営形態のコングロマリット化も予想外のリスク伝播をもたらしうる。これらの実情に対応しようとしたのがオペレーショナル・リスクの算入である」(p.56)としています。
*34) 氷見野(2005)では、1996年に導入された市場リスク規制の特徴について、「第1に、バリュー・アット・リスクの概念が初めて自己資本比率規制に導入されたこと」(p.126)に加え、「第2に、銀行の内部管理手法を規制上活用する、という発想が初めて導入されたこと」(p.127)と指摘しています。
*35) 詳細を知りたい読者は佐藤(2007)の第五章などを参照してください。
*36) 秀島(2021)におけるP.94を参照しています。
*37) 秀島(2021)では、「グローバル金融危機の中では、損失吸収しないで救済されたTier2商品がほとんどであったし、1990年代のわが国の金融危機でもほとんどのTier2商品が救済されていた」(p.100)としています。
*38) CET1が導入される前はCET1に相当する概念として、Core Tier 1などの表現が使われることもありました。
*39) CET1については金融庁告示で厳格に定められています。例えば、銀行に関する連結自己資本比率については、(1)普通株式に係る株主資本の額(社外流出予定額を除く)、(2)その他の包括利益類型額およびその他公表準備金の額、(3)普通株式に係る新株予約券の額、(4)普通株式等Tier1資本に係る調整後少数株主持分の額、で構成されます。普通株式の要件として14つの要件が求められています。北野・緒方・浅井(2014)では「日本国内の銀行が一般に発行している普通株式は、これらの要件をすべて満たす」(p.41)としています。
*40) この図ではバーゼルIIにおいても普通株等Tier1の記載がありますが、これはバーゼルIIIの定義に基づき、バーゼルIIにおける自己資本を再整理していると思われます。北野・緒方・浅井(2014)では1998年のバーゼル銀行監督委員会におけるシドニー合意を経て、Tier1比の半分が通常の株式資本が中心の資本構成になるよう、監督指針が定められたと指摘したうえで、バーゼルIIのTierI比率について「便宜的に、これまでの最低所要普通株式等Tier1比率が2%であったとの説明がなされることもある」(p.40)としています。
*41) システム上重要な金融機関については追加的な資本が求められていますが、資本保全バッファーを含め、今後の論文で説明します。
*42) 例えば、各国において含み損益の取り扱いが違うなどの指摘されていました。
*43) 秀島(2021)は、負債の返済という観点で、これらは損失吸収力が低いことを指摘していますが、詳細は、同書のp.79を参照してください。
*44) バーゼルIIまではのれんや繰延税金資産などはTier1からの控除となっており、これらの資産が本当に償却された場合には債務超過になるような場合でもプラスの自己資本比率となる場合もありまえした。しかし、バーゼルIIIでは厳密にCET1からの控除にした点も大きな改善点です。
*45) 北野・緒方・浅井(2014)では劣後債に依存することがモラルハザードを生む可能性や、国際統一基準行のように実質破綻時損失条項が付されたTier2債を発行することにリスクがあったことなどをTier2が廃止された経緯として説明しています。詳細は同書の第3章を参照してください。
*46) この概念は国際統一基準行における「その他Tier1資本調達手段」に近い概念とされていますが、実質破綻時損失条項は必要とされていないなどの違いがあります。次回の論文で、「その他Tier1資本調達手段」について説明する予定です。
*47) これはリーマン・ショック時に、2008年から国内基準行に導入されましたが、これをバーゼルIIIで恒久化するという措置(いわゆる弾力化措置の恒久化)が採られました。このような措置が採られた背景には景気循環増幅効果(プロシカリティ)への配慮があったとされています。北野・緒方・浅井(2014)は「地域や中小企業に対する重要な金融仲介機能の発揮を求められる国内基準行については、市場混乱が貸し渋り等に直接的につながるプロシカリティを回避することをより重視すべきであるとの結論に至り、評価損益ともに自己資本比率の計算上から除外することとなった」(p.219)と整理しています。
*48) 例えば、自己資本が20億円、リスク・アセットが100億円、自己資本比率20%の銀行があるとします。そのうえで、2億円の資産を自己資本控除するか、1250%のリスク・ウェイトとするかを考えます。自己資本控除の場合、自己資本は18億円であり、自己資本比率は8億円/100億円から18%になります。一方、1250%のリスク・ウェイトを用いる場合、リスク・アセットは「100億円+2億円×1250%」と計算され、125億円になりますから、自己資本比率は10億円/125億円から16%と計算されます。
*49) アドマティ・ヘルビッヒ(2015)のp.149-150より抜粋。
*50) これ以外にも、MM定理を単純に銀行に適用することに疑問を投げかける意見もあります。例えば、アーマー等(2020)のp.459を参照してください。