このページの本文へ移動

PRI Open Campus~財務総研の研究・交流活動紹介~6

感染症と経済学-“3年目”を迎えて-

財務総合政策研究所総務研究部財政経済計量分析室前研究官
高崎経済大学経済学部講師/財務総合政策研究所客員研究員 高橋 済*1

2019年12月に湖北省武漢市の集団感染に端を発するとされる新型コロナウイルス感染症(以下COVID-19)は、グローバル化が進んだ経済活動を通じて瞬く間に全世界に波及した。日本においても、2020年1月16日に神奈川県で国内第1例目となる感染者が発見されたのを皮切りとして、同年2月には北海道・東京などで集団感染が発生するなど、感染者は2月から3月にかけて漸増していった(岡部,2020)。また、国外における感染の拡大は顕著であり、世界保健機関(WHO)は憂慮すべき拡大水準と深刻さとにより、2020年3月11日にCOVID-19は世界的大流行として特徴づけられるとの見解を提示した(WHO,2020)。
周知のように、2020年1月以降から今日に至るまで、COVID-19は人類の生命を直接脅かすにとどまらす、全世界の社会・経済に深刻な影響を与え、人々の社会・経済行動にすら変化を強い続けている。こうした感染症と経済の関係性は、人々の経済行動を学問の対象とする経済学の主要な分析対象の一つであり、2020年以降の世界的大流行の下では各国の経済学者にとって、最も関心のある、かつ、喫緊の研究課題として取り扱われてきた。
例えば、全米経済研究所(NBER)特設ページにおいては、2022年3月の時点において、COVID-19の世界的大流行を取り扱った530本の論文が抜粋・掲載されている。また、英国の経済政策研究センター(CEPR)は即時性を重視し、査読を簡略化した刊行物“COVID Economics Vetted and Real-Time Papers”を発行しており、2020年4月3日の第1号から最終号である2021年7月2日の第83号に至るまで研究論文が蓄積されていった。日本においても、日本経済学会の特設ページにおいて国内のCOVID-19関連研究がまとめられているが、2022年2月時点で16分野、266本の研究論文が掲載されている。
20世紀の世界的大流行であるスペイン風邪は収束するまでに3年を要した。そして、21世紀の大流行であるCOVID-19は開始から3年目を迎える。ワクチンの接種、治療薬の開発は進展し、各国の感染症・経済データも揃いつつある。この段階において、感染症と経済の関係性について、経済学が何を明らかにしてきたのかを振り返ることには意義があるだろう。本稿においては、上述の問題意識の下に、(1)感染症流行下での経済の動向、(2)COVID-19に関連した経済学上の研究成果を紹介し、大流行期における感染症と経済の関係性を紹介していく。

1.経済の状況
新型コロナウイルスについて
2022年3月4日時点で全世界において、約4億4200万人の累計感染者、約600万人の累計死者をCOVID-19はもたらしている。日本においても、累計感染者は約528万人、累計死者数は約2万4600人に及ぶ。COVID-19の特性として、無症状感染の存在と、再感染とを挙げることができる。無症状感染については、Ma et al. (2021)が約3000万症例を捕捉したサーベイを行っており、検査対象例の0.25%、感染確認例の40.5%が無症状感染であったことが判明している。また、再感染についても研究が蓄積*2されており、Helfand et al. (2022)のまとめた18の研究における再感染のリスクは0-2.2%の範囲にあった。また、野生株とアルファ株について、最近の感染者と未接種・未感染者とを比較すると、症候性感染の80-98%が予防されていた。
変異頻度と変異株の置換、治療・免疫効果の変化、無症状感染・再感染などのSARS-CovV-2の特性により、COVID-19の大流行は長期化している。特に、強い感染力は対面交流を大きく制約しており、感染の長期化は経済に甚大な影響を与えている。
経済の状況
ここでは、国際通貨基金(IMF)が発行する『世界経済見通し』を通じて、COVID-19の世界経済への影響を概観する。(図1 世界経済の状況-1)は、世界の経済活動の約8割を占める地域におけるGDPの四半期毎の成長率と需要面の寄与を図示したものである。COVID-19の大流行を受け、2020年第1四半期は消費と投資、第2四半期においては消費を中心にGDPの下落が見られた後、感染症への経済活動の適応と政策的対応とにより、2020年第3四半期以降は、GDPは予想より大きく改善した。しかし、2021年第2四半期以降、新興市場における感染拡大と供給停止により、回復の勢いは衰えた。需要面では、投資の弱さが下押し要因となっていることが分かる。
(図1-2)は、2018年度以降の様々な経済活動の指標を示している。感染拡大により、2020年第2四半期にかけて各種指標は大きな落込みを見せている。2020年第3四半期での回復もGDPと同様であるが、サービス業PMIの回復が遅滞した。回復基調はその後2021年第2四半期にかけて各部門に拡大したが、第3四半期以降はやや減衰している。(図1-3)は、雇用率と労働力率について、大流行直前の2019年第4四半期と2021年第1四半期の平均差分を取ったものである。雇用率の減少は新興国において大きく、若年層や低技能労働者の雇用が低水準にあることが分かる。加えて、女性雇用への悪影響は先進国では改善されているが、新興国で継続していることも指摘できる。また、国際労働機関の報告書(ILO, 2021)には、2021年においても、生産の後退、対面型産業での心理的要因、育児の制約、労働調整や就職摩擦などにより労働時間は回復していないことが記述されている。

2.コロナ・ショックの経済学的解釈
以下においては、経済学の諸研究がCOVID-19の性質や経済への影響をどのように分析しているかを紹介する形で、コロナ・ショックの経済学的解釈を行う。
SIRモデルによる分析
感染症の分析に広く用いられてきたのが、SIRモデルである。このモデルは人口を病状の進行に応じて、過去に感染しておらず、感染する可能性のある個人からなる感受性人口(Susceptible)、現在感染しており、他者に感染症を移す可能性のある個人からなる感染人口(Infected)、感染症のからの回復後に免疫を得ている、または死亡・隔離状態にある個人からなる回復人口(Recovered)に分割することにより、感染症流行を記述する(図2 SIRモデルの概要)。また、感受性人口が感染人口に移動する確率を感染力、感染人口が回復人口へと移動する確率を除去率という。
SIRモデルを用いて表現されるのが閾値現象である。これは、感染した個人が回復・死去するまでに何回の感染を引き起こすのかを示す再生産数と、感受性の無い人口割合に依存して、感染者数の挙動が異なる現象である。再生産数が大きい場合には、特定地域内で急速に感染が拡大する流行(Epidemic)と、国・世界全域で感染が拡大する大流行(Pandemic)が発生する。一方で、再生産数が小さいか感受性人口が少ない場合には、特定地域に継続的に一定の感染者が観測される地域流行(Endemic)の形で感染症が発生する。
感染の初期段階には、このSIRモデルを用いて感染者・死亡者の将来予測を行い、感染抑止策の経済・医療に対する効果を分析した研究が公刊され、経済学を用いた分析においてもこのモデルが導入された。特に、社会的距離拡大戦略の効果を検証したのが、Atkeson(2020)とStock(2020)である。Atkeson(2020)は、感染を抑制するには長期の社会的距離拡大戦略の実施を要すること、感染による人的損害と感染抑止策による経済的損害はトレードオフになること、感染緩和策の早期解除は感染の再拡大をもたらし得ることを指摘した。Stock(2020)は、無症状者の存在とその割合の不確実性により、医療システムと経済への負担のトレードオフの下での感染緩和策の調節が難しくなることをシミュレーションにより明らかにした。
Atkeson(2021)は、SIRモデルを用いた感染者・死者数の予測値と実際のデータを対比する形式でモデルの再評価を行っている。流行初期の米国にSIRモデルを適用した場合、(1)第一波のピーク時に全人口の10~20%が感染する、(2)感染抑制の短期的実施は第一波のピークを遅らせるのみである、(3)パンデミックが収束するまでに全人口の3分の2が感染するなどの結論が得られていた。一方で、現実には、米国では全人口の感染率は2%に満たず、予測に比べ感染規模は少なかった。この乖離の要因としてAtkeson(2021)は、感染を防止する私的努力は感染率に依存して変化しやすいため、社会選択を通じて決定する社会全体の感染対策は感染率に依存して大きく変化するという議論を挙げている。感染対策のこの性質により、感染対策は感染拡大期に強化され、収束期で緩和されるため、行動反応は感染率の安定化装置の役割を担う。ただし、この反応はCOVID-19の再生産数に起因する高い集団免疫水準には影響を与えないため、大流行が地域流行に収束するまでに、COVID-19がもたらす累計の感染者・死者数などの長期的影響に関するモデル予測(予測3)は、おそらく正確であることをAtkeson(2021)は指摘している。
経済モデルによるコロナ・ショック分析
COVID-19の感染拡大は経済にも大きな影響を与えた。『令和2年度年次経済財政報告』(2020, 内閣府)は感染症による経済ショックの影響が総需要と総供給の両方に及ぶことを指摘したが、これら需給両面に対するショックを定式化した経済モデルを通じて、経済的影響や経済政策の効果の解明を図る経済研究が蓄積されている。Faria-e-Castro(2021)は、産業を接触機会の多いサービス業と非サービス業に分類し、大流行によるサービス業での効用の低下や操業停止などのショックが、一般均衡を通じて他の産業に波及するモデルを定式化している。またGuerrieri et al. (2021)も、ショックを特定産業に対する供給ショックと、それにより引き起こされる総需要の後退に分解し、企業退出や雇用破壊が更なる景気後退を招くと結論した。
また、経済モデルにSIRモデルによる感染症動学を直接導入した研究も存在する。この分野の初期の研究としてはEichenbaum et al. (2021a)が挙げられる。かれらは、時点tの新規感染者を、感染経路に応じて3つのカテゴリに分類している。
(新規感染者数)t=[パイ]1(感受性人口の消費財総購入量)t(感染人口の消費財総購入量)t+
[パイ]2(感受性人口の総労働時間)t
(感染人口の総労働時間)t+
[パイ]3(感受性人口)t(感染人口)t
この式の右辺第3項は、近隣での人的交流や接触感染などの経済活動に関係のない感染を示す一方、経済活動に伴う感染が第1項と第2項によって表現されている。第1項は感染の可能性がある人と、すでに感染した人が、ともに購買・消費活動を行うことによって、感染者が発生するというメカニズムを示しており、[パイ]1は、購買・消費活動に伴って感染する可能性を示すパラメータである。第2項は、感染の可能性がある人と、すでに感染した人が、ともに職場で働くことによって、感染者が発生するというメカニズムを示しており、[パイ]2は、労働に伴って感染する可能性を示すパラメータである。この式で定義される感染のリスクに応じて、感受性者は労働と消費を控える。また、感染者の労働生産性も大幅に下落するため、社会全体の労働供給と消費水準の両方が減退し、総需要と総供給の収縮を通じて経済が縮小するというのが、この論文のメカニズムである。
SIRモデルと経済モデルを融合した研究においては、感染急拡大と医療資源のひっ迫を回避するにあたって、どのような感染抑制策を実施すればよいかが議論されていることが特色の一つとして挙げられる。Eichenbaum et al. (2021a)も、すべての経済主体が、自らの消費と労働供給を選択することを前提として、社会的最適な状態を実現するためにどのような対応策をとるべきかを検討し、(1)感受性者が労働を抑制する、(2)感染者は全く労働を行わない、(3)回復者は従来以上に労働する、という組み合わせの下で、感染拡大を抑え医療資源を保持すると共に、経済の縮小を最低限に抑えられるものと結論付けている*3。
Alvarez et al. (2021)やAcemoglu et al. (2021)も初期の感染抑制策の最適解を探る研究である。Alvarez et al. (2021)は、感染収束までのコストの総和*4を最小化する社会計画者問題を考えている。このモデルでは、医療での混雑効果によって死亡率が感染者数により決定し、検査により回復者を隔離対象から除外することが出来ると仮定されているため、最適な感染抑制策はこの感染者数と死者数の関係性と検査環境の整備までの期間に依存する。検査を実施する場合は、実施しない場合に比して、最適な都市封鎖期間は長くなる一方で、隔離対象の人口を減らすことが出来るため、社会厚生が上昇することが結論付けられている。また、Acemoglu et al. (2021)は人口を感染リスクの異なる若年者、中年者、高齢者に分割した上で、各グループのSIR動学とグループ間の接触機会を定式化し、年齢別の感染抑制政策の効果を検証している。ここでの社会計画者は、(1)超過死亡数、(2)各グループの隔離と人的損失に由来する経済損失の組み合わせの最小化を考える。結果、年齢を区別しない政策に比して、区別する抑制政策の方が、高齢者を中心に経済厚生・感染の被害を抑制できること、社会距離拡大戦略の実施はグループ内・グループ間の接触機会の抑制を通じて政策効果を更に高めることが明らかにされている。
経済モデルによる中長期的分析
SIRモデルと経済モデルを組み合わせたモデルは、感染の中長期的影響やその対策の分析にも応用されている。Berger et al. (2021)は、感染者を感染性を持たない状態と感染性を持つ状態に分割したSEIRモデルを用い、隔離措置を緩和し経済を再開する際に、ウイルス学的検査と血清検査*5がどのような役割を果たすのかを明らかにした。経済を再開する場合に、無症状感染者を特定するウイルス学的検査の実施は死亡率の上昇を押さえる上でより有効であることがわかった。また、ウイルス学的検査について、PCR検査(高精度)と家庭検査(低精度)を比較した場合、予算制約がある場合は低コストの家庭検査が検査周期を短縮できるため、一定の感染水準下での経済損失を回避できることも明らかになった。
日本においても、Kubota(2021)、Fujii and Nakata(2021)、Masuhara and Hosoya(2022)などにおいて、経済活動の再開の影響が議論されている。Kubota(2021)は2021年1月~3月の緊急事態宣言の影響評価とその事後検証、2021年秋期以降の経済再開の影響評価を行う研究である。ここでの経済再開は逆ロックダウンと呼ばれ、感染の影響を受けた産業への補助金として定義される。分析の結果、ワクチン接種が進んだ2021年9月~10月において、4週間の逆ロックダウンの実施は経済厚生を改善させることが分かった。また、Fujii and Nakata(2021)は、感染と産出の関係を捉えたSIRマクロモデルを用い、産出の減少幅、実行再生産数、感染率と死亡率などの重要変数を導出している。更に、2021年1月時点の予測や各種政策効果、変異株の出現などのシミュレーションも行い、それぞれに政策的示唆を得ている。
Masuhara and Hosoya(2021)は日本におけるCOVID-19の感染者の推移を分析した研究である。ここでは、(1)感染者数の成長率は初期に最も高く、以降は減少する、(2)感染者数の成長率は感染者・回復者の累積人数の小さい初期において大きく、累積人数の増加に応じて減少するという収束仮説*6が検証されている。都道府県単位での推計の結果、PCR陽性件数の成長率と陽性件数の累積数には負の相関があり、上記の収束仮説が成立していることが確認された。
これまでに見てきたように、SIRモデルを組み合わせた経済モデルにより、各種感染緩和策の効果や経済再開にあたっての戦略の研究が国内外で急速に蓄積している。本節で紹介した研究は、(表1 経済モデル・SIRモデルによる経済分析)にまとめている。
トレードオフを考える
SIRモデルを用いた研究の中には、感染拡大期における感染抑制・緩和とその後の経済再開が扱われていた。感染を抑制するためには、感受性人口と感染人口の接触を制限する必要があり、抑制の強度に応じて消費や労働供給も押さえられ、経済活動は後退する。一方で、経済を再開する場合には、消費・労働を押し上げる必要があるため、所定の対策の下での感染水準が悪化する恐れがある。ゆえに、感染抑制・経済再開の分析にあたっては、感染水準を一定に留める場合にどの程度の経済損失を許容できるか、経済再開の際にどの程度の感染を許容できるかといった議論が行われている。このような、資源の希少性の下である成果(抑制策においては感染水準、経済再開では経済損失)を追求した場合、他の成果(抑制策においては経済損失、経済再開では感染水準)が失われる状況を経済学では一般的にトレードオフという。
感染症下でのトレードオフを分析するにあたってAcemoglu et al.(2021)は、社会計画者がSIR方程式を含む種々の制約条件の下で様々な強度の感染抑制政策を実施した場合に実現する経済損失と感染症による死者数の組み合わせを計算した。この計算結果は、横軸に死者数、縦軸に経済損失をとった図によって示されている(図3 COVID-19流行下でのトレードオフ)。こうした、様々な感染抑制政策下での死者数・経済損失の組み合わせの軌跡をAcemoglu et al.(2021)は効率性フロンティアと呼ぶ。年齢別隔離政策が最も有効であるという結論は、さまざまな強度で実施される年齢別隔離政策の下で達成される死者数と経済損失の組み合わせが、同一の強度の他の政策に比して少なくなることから導かれる。
特定強度の政策は、効率性フロンティア上の点に対応する。年齢別隔離政策(図3の点線)の下では、他の政策(図3の線)に比して、特定水準まで死亡数を抑制する場合の経済損失は少なくなっている上、経済水準の産出損失を犠牲にした場合の死亡数も抑えられる。他の政策と比較した場合の年齢別隔離政策のこうした優位性は、(図3)においては、効率性フロンティア上での所定の政策目標(感染水準、または経済損失)と、他の政策目標(経済損失、または感染水準)の組み合わせの改善に対応している。この政策の実施は、他の政策を実施した場合の効率性フロンティア上の組み合わせを起点として、死者数・経済損失をそれぞれ減少させる、すなわち効率性フロンティアを左下にシフトさせると説明できる。以上の議論から、年齢別隔離政策の実施によって、感染による死亡の抑制か経済損失の回避かという、トレードオフを緩和することが出来ることが視覚的にも理解できる。
感染症における“外部性”と“不完全情報”
COVID-19の経済への影響を考える上で重要な概念として、外部性と情報の非対称性が挙げられる。外部性とは、ある経済主体の経済活動が他の経済主体に対して追加的な効果を市場外でもたらす現象を指す。
Eichenbaum et al. (2021a)はSIRモデルに基づき、感染症には2種類の外部性が存在するとしている。これは、(1)人々は自己の感染リスクを考慮して行動するが、行動の社会への影響について考えない、(2)人々は医療資源枯渇による死亡率の上昇の影響を考えないというものである。
また、個人が感染を過度に回避した場合、将来の感受性人口は増大し、感染抑制が遅延することを指摘する研究も存在する。この回避行動は、非感受性人口の増加により集団免疫の獲得が早められる便益を個人が認識しないことにより生じるものである。Kubota(2021)は、感受性人口が人口の大半を占める感染の初期段階では感染の社会的リスクに起因する外部性が集団免疫に関する外部性を上回るものの、その後の感染拡大・ワクチン接種の増加により、非感受性人口が増加してくると、非感受性人口割合に応じて増大した後者の外部性が感受性人口と感染人口の減少に応じて抑制された前者の外部性を上回るようになることを述べている。
また、無症状感染が多く、個人が自ら感染しているかどうかを把握することは困難であることも今回の大流行の特徴である。こうした個人の感染状態が不完全情報である状況下での政策を扱ったものがBerger et al. (2021)であり、ウイルス学的検査が無症状感染者の特定に、血清検査が感受性人口の特定にそれぞれ応用できること、すなわち各種検査が不完全情報を解消し、感染対策・経済活動をより効率的にすることを指摘している。
こうした外部性と不完全情報は、政策担当者による正確な感染状況の把握、社会を構成する個人による感染症情報の共有、検査などを通じた個人の疫学的状態の把握など、感染症下での経済運営における様々な考慮要素の存在を浮き彫りにしている。

3.広がる格差
COVID-19の経済ショックの影響とその回復過程は、産業・雇用形態・年齢や性別毎に大きく異なる。前節の各種経済研究は、経済全体に対する感染症の影響を議論しているが、本節では、感染症が社会の異なる層に与える影響を取り扱う各種研究を紹介する。
感染症と経済格差
感染抑制政策や人々のリスク回避行動により、感染初期には接触機会の多い産業の生産・消費が大幅に減退した。Alon et al. (2020)は、深刻な影響を被った飲食業の女性就労者割合の高さと、比較的影響が軽微であった医療・教育部門における割合の低さから、女性就業機会への大流行の影響がより強くなりうることを、当初から指摘していた。
Chetty et al. (2021)は米国の様々な分野での日次データを用いて、感染拡大の経済への影響を時系列的に描写している。結果、2020年3月の感染拡大の後、高感染率の地域において、高賃金労働者の雇用が数週間で回復した一方、低賃金労働者の雇用は数か月の後退を余儀なくされた*7ことがわかった。また、政策効果に関する検証においては、人々の健康面での懸念を払拭することなしには景気刺激策、流動性供給策の効果は限られることを指摘した。
日本においてもこうした格差の拡大は様々な面で観測されている。Kikuchi et al. (2021)は、各種政府統計を用いて、感染拡大後の1か月における雇用・所得に対する影響を考察した研究である。結果、COVID-19の労働市場への影響は異なっており、非正規、若年層、女性などの属性を持つ労働者が、また、通常の産業よりも、対面を要する産業や、遠隔勤務などを導入しづらい産業が深刻なショックに曝されたことが分かった。Kawaguchi and Motegi(2021)は、2019年12月に実施された『全国就業実態パネル調査』から、非定型・非対面の業務を行う職業労働者は、能力給や業績評価目標の設定などにより労務が管理され、成果が定量化されている企業に勤める傾向にあり、定型・対面の業務を行う職業労働者に比して、遠隔勤務を介した就業機会に恵まれるとしている。これにより、非定型・非対面業務を行う高所得労働者の方が遠隔勤務に参加しやすくなるため、感染緩和策による影響は、定型・対面の業務を行う傾向にある低所得労働者においてより大きくなることが予測されている。
-教育-もう一つの格差
UNESCO(2022)によると、2020年4月時点で11億人以上の学生が休校の影響を受け、2021年10月時点でも5500万人が学業に復帰できていない。また、数多くの研究が、COVID-19による教育関連の影響・格差の拡大を指摘している。
Aucejo et al. (2020)は、2020年春学期にオンライン授業を実施したアリゾナ州立大学におけるアンケート調査を分析した研究である。研究の結果は、学生の成績は多くの指標において感染拡大の無かった場合に比べて悪化しており、休学を検討する学生が倍増した他、専攻を変更する学生も多く見られたことを示している。また、学生の両親が非大卒であったり収入が低い場合に、感染症の罹患率や、経済損失を被った学生の割合などが高く、成績がより悪化したことが分かった。
ドイツにおいては、Grewenig et al. (2021)が生徒の活動時間*8に関するアンケートを利用して、初等・中等教育における休校の影響を考察している。開校時の学習時間が7.4時間であるのに対して、成績の良い生徒では3.7時間、成績の悪い生徒にあっては4.1時間の学習時間の減少が見られた。更に、成績の悪い生徒は学習時間を生産的活動ではなく非生産的活動に置換しており、両親による家庭学習の提供時間、学校によるオンライン学習の利用時間も少なく、十分に休校中の学習が補完されていないことも判明した。
休校の代替措置として利用されているオンライン学習においても、学習環境に依存した格差が観測されている。Bacher-Hicks et al. (2021)によると、Google検索に関する高頻度データと地区特性により、感染拡大時の米国におけるオンライン教材へのアクセス頻度が、地区・世帯の特性によってどのような影響を受けるのかを明らかにしている。感染拡大時には、学校の補助教材と家庭学習用教材へのアクセスは従来の2倍になり、家庭学習の形でも学習機会の補完が行われていた。一方で、所得の高く、インターネット接続率の高い地区の検索件数は、そうでない地区に比して大きく、オンライン教材による学習機会の補完は地区の社会特性に依存していることも分かった。
日本における休校の影響を評価した研究には、Takaku and Yokoyama(2021)がある。この研究は、児童の月齢*9を利用して休校の効果を検証している。母親を対象とした調査の結果から、休校は子供の体重を増加させ、育児に関する母親の不安を増幅させたことが分かった。また、日本のオンライン教育については、Ikeda and Yamaguchi(2021)がサービス事業者によるデータを活用した研究を実施している。休校以降、教育サービス事業者の提供する学校以外のサービスにおける生徒の学習時間、生徒と教員のやり取りが以前に比して有意に増加していたが、これらの水準は休校期間の終了と共に元に戻っていたことが明らかになった。また、当初よりオンライン教育にアクセスできた学生、偏差値の高い高校の学生の学習時間が長いことも明らかになった。
この節では経済格差と、教育への影響の観点から格差についての諸研究を紹介した。これらの研究をまとめたものが(表2 経済格差・教育格差に関する研究)である。COVID-19の経済ショックはこれまでとは性質が異なり、接触リスクを増加させるもので、その影響は広範かつ非対称なものとなっている。また、教育への悪影響は今後顕在化する可能性もあり、長期的に注視していく必要がある。

4.おわりに
各種情報リソース
COVID-19に関する正確な情報の把握は、政策決定の上でも個人行動決定の上でも重要であるため、最後にCOVID-19に関する正確な情報の把握に有用なオンライン・リソースを紹介する(表3 COVID-19に関するオンライン・リソース)。日本を含めた世界の感染者数等の把握には、Johns-Hopkins大学によるCOVID-19Dashboardが有用である。一方、日本における詳細な情報は東洋経済新報社の新型コロナウイルス国内感染の状況から得られる。また、英国Oxford大学によるOxford Supertrackerは各国の政策対応の追跡調査をまとめている。医学研究成果については、Washington大学のCOVID-19 Literature Report、日本の国立感染症研究所のReport/Researchのサーベイによって、それぞれまとめられている。
冒頭で述べた経済学研究の進展状況は、米国NBER、英国CEPR、日本経済学会のそれぞれのサイトで分野別にまとめられている。また、経済学者による評論サイトであるVOXEUにおいても、COVID-19に関連する多数の記事が紹介されている。オンライン・リソースを提供している研究も複数存在し、Acemoglu et al. (2021)は効率性フロンティアや政策効果の分析ツールを、Fujii and Nakata(2021)は継続的アップデートの下で、再生産数などの重要変数やモデル分析結果をそれぞれ提供している。

結語
本稿においては、高橋(2020)、森・高橋(2020)、高橋・高橋(2021)に2022年までの経済の動向と直近の研究成果を加える形で、3年目を迎えたCOVID-19の世界的大流行に対峙するための参考となりうる経済情報・経済研究を紹介した。2020年初頭において、大恐慌以来の大打撃を被った世界経済・日本経済は、非医薬的介入の普及やワクチン接種の促進などもあって回復しつつあるものの、SARS-CovV-2の強い感染性と変異性による感染の波は依然として経済に対する大きな懸念となっている。
しかしながら、各国で集積された感染・経済活動・教育活動に関するデータと各国の経済学者による研究成果とは、今後のCOVID-19流行下における経済運営の指標となるだろう。本稿が、経済学と感染症の関係性に関する読者の理解の助けとなり、また、経済学における研究成果・経済学の社会への貢献に注目していただく一つの契機となれば、幸いである。

プロフィール
財務総合政策研究所総務研究部財政経済計量分析室前研究官
高崎経済大学経済学部講師/財務総合政策研究所客員研究員
高橋 済
一橋大学・博士(経済学)。2018年5月より財務総研で研究を行っております。専門は地方財政、経済地理学です。財務総研では、財政に関する研究の他、感染症の関連研究に関する調査も行っております。

*1)本稿は、財務総研リサーチ・ペーパー『感染症と経済学』(20-RP-06)、ファイナンス寄稿文『コロナ・ショックと教育・経済格差についての考察』(2021年1月号)の一部を抜粋の上、感染症と実体経済の動向、新規の学術成果を補完し、必要に応じて修正・加筆を行ったものである。これらのレポートの共同作成者である、森有理元主任研究官、高橋尚吾元主任研究官、および『感染症と経済学』に貴重なご意見を下さった早稲田大学の久保田荘准教授にあらためて感謝を申し上げる。本稿の作成にあたっては、上田淳二氏(財務総合政策研究所総務研究部部長)を始め様々な方より貴重なコメントを頂いた。ここに厚く感謝を申し上げる。なお、本稿の内容は全て執筆者の個人的見解であり、財務省あるいは財務総合政策研究所の公式見解を示すものではない。本稿における誤りはすべて筆者によるものである。
*2)Helfand et al. (2022)の他にも、進化学的に近いウイルスとの比較研究を行ったTownsend et al. (2021)は、地方流行下で再感染の起きる期間は抗体反応のピークより3か月から5.1年の間(中央値16か月)であり、他のウイルスに比して半分以下となっていることを指摘している。
*3)Eichenbaum et al. (2021b)も、Eichenbaum et al. (2021a)と同一の枠組みの下で、検査・隔離や非医薬的介入の効果を検証した研究である。ここでは、検査を通じて人々が自身の状態(感受性者か回復者)を知ることによって、リスクに応じた経済活動を実施できること、社会的距離を確保する・マスクをつけるといった非医薬的介入により、感染の進行速度を遅らせることができ、実施に制約のある検査・隔離の効果を高めることができると述べられている。
*4)(1)労働力で評価した感染抑制コスト、(2)死亡による厚生上の損失、(3)検査・隔離費用の総和。
*5)ウイルス学的検査(Virological Testing)は直接ウイルスを検査し、早期感染者を検出する目的で使用され、PCR検査(RT-PCR検査)を含む。一方、血清検査(Serology Testing)は血清中に誘導された病原体に対する抗体の有無を検査するもので、感染者の早期発見の目的には使用しにくい一方、既感染者の検出に適する。こうした性質上、ウイルス学的検査は隔離対象としての無症状感染者の特定に、血清検査は隔離緩和対象としての非感受性人口の特定にそれぞれ用いられる。
*6)経済成長論のβ収束理論を示す。これは、初期時点において所得が少ない国の所得がその後より高い成長率で成長し、国際間の所得格差が収束してゆくというものである。
*7)これは、当該地域における高所得者層が、対面サービスへの支出を特に削減したことに起因する。これにより、高所得地区における小規模事業者の利潤が極端に減少し、当該地区の低賃金労働者が解雇された。
*8)活動時間は学習時間、運動音楽などの生産的時間、ゲームSNSなどの非生産的時間に分類される。
*9)生後89か月の児童が2020年3月2日以降の休校の影響を受けた一方で、生後88か月の児童は影響を受けなかったことを利用している。


参考文献
1.岡部信彦(2020)「これまでの出来事の総括(Chronology)」,『日本内科学会雑誌』109(11),p.2264-2269.
2.高橋済(2020)「感染症と経済学」財務総研リサーチ・ペーパー,No.20-RP-06
3.高橋済・高橋尚吾(2021)「コロナ・ショックと教育・経済格差についての考察」ファイナンス1月号
4.内閣府(2020)「令和2年度 年次経済財政報告 -コロナ危機:日本経済変革のラストチャンス-」内閣府,https://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je20/index_pdf.html,2022年1月28日閲覧
5.森有理・高橋済(2020)「感染症の歴史~感染拡大要因と社会経済に与える影響」財務総研スタッフレポート,No.20-SR-07
6.Acemoglu, D., Chernozhukov, V., Werning, I., and Whinston M.D. (2021) “Optimal Targeted Lockdowns in a Multigroup SIR Model,” AER:Insights 2021, Vol.3, No.4, p.487-502.
7.Alvarez, F., Argente, D., Lippi, F. (2021) “A Simple Planning Problem for COVID-19 Lockdown, Testing, and Tracing,” AER:Insights 2021, Vol.3, No.3, p.367-382.
8.Alon, T., Doepke, M., Olmstead-Rumsey, J., and Tertilt, M. (2020) “The Impact of COVID-19 on Gender Equality,” COVID Economics, No.4, p.62-85.
9.Atkeson, A. (2020) “What Will Be the Economic Impact of COVID-19 in the US? Rough Estimates of Disease Scenarios, “NBER Working Paper No.26867, National Bureau of Economic Research.
10.Atkeson, A. (2021) “Behavior and the Dynamics of Epidemics,” Brookings Paper on Economic Activity,Spring 2021, p.67-88.
11.Aucejo, E.M., French, J., Araya, M.P.U., and Zafar, B. (2020) “The Impact of COVID-19 on Student Experiences and Expectations:Evidence from Survey,” Journal of Public Economics, Vol.191, p.1-15.
12.Bacher-Hicks, A., Goodman, J., and Mulhern, C. (2021) “Inequality in Household Adaptation to Schooling Shocks:Covid-induced Online Learning Engagement in Real Time,” Journal of Public Economics, Vol.193, p.1-17.
13.Berger, D., Herkenhoff, K., Huang, C., and Mongey, S. (2022) “Testing and Reopening in an SEIR model,” Review of Economic Dynamics, No.43, p.1-21.
14.Chetty, R., Friedman, J.N., Hendren, N., Stepner, M., and the Opportunity Insights Team (2020) “The Economic Impacts of COVID-19:Evidence from a New Public Database Built Using Private Sector Data,” “NBER Working Paper No.27431, National Bureau of Economic Research.
15.Eichenbaum, M.S., Rebelo, S., and Trabandt, M. (2021a) “The Macroeconomics of Epidemics,” The Review of Financial Studies, Vol.34, p.5149-5187.
16.Eichenbaum, M. S., Rebelo, S., and Trabandt, M. (2021b) “The Macroeconomics of Testing and Quarantine,” NBER Working Paper, No.27104, National Bureau of Economic Research.
17.Faria-e-Castro, M. (2021) “Fiscal Policy during a Pandemic,” Journal of Economic Dynamics & Control, Vol.125, p.1-31.
18.Fujii, D. and Nakata, T. (2021) “COVID-19 and Output in Japan,” The Japanese Economic Review, Vol.72, p.609-650.
19.Grewenig E., Lergeporer, P., Werner, K., Woessmann. L., and Zierow, L. (2021) “COVID-19 and Educational Inequality:How School Closures Affect Low- and High-Achieving Students,” European Economic Review, Vol.140, p.1-21.
20.Guerrieri, V., Lorenzoni, G., Straub, L., and Wernig, I. (Forthcoming) “Macroeconomic Implications of Covid-19:Can Negative Supply Shocks Cause Demand Shortages?” American Economic Review.
21.Helfand, M., Fiordalisi, C., Wiedrick, J., Ramsey, K.L., Armstrong, C., Gean, E., and Winchell, K. (2022) “Risk for Reinfection After SARS-CoV-2:A Living, Rapid Review for American College of Physicians Practice Points on the Role of the Antibody Response in Conferring Immunity Following SARS-CoV-2 Infection,” Annals of Internal Medicine, Vol.21., No.4245.
22.Ikeda, M. and Yamaguchi, S. (2021) “Online Learning during School Closure due to COVID-19,” The Japanese Economic Review, Vol.72, p.471-507.
23.International Labor Organization(2021)“ILO Monitor; COVID-19 and the World of Work, Seventh Edition, Updated Estimates and Analysis,”International Labor Organization, Geneva.
24.International Monetary Fund (2021) “World Economic Outlook:Recovery during a Pandemic- Health Concerns, Supply Disruptions, Price Pressures,” International Monetary Fund, Washington, DC, October.
25.Kawaguchi, D. and Motegi, H. (2021) “Who Can Work from Home? The Roles of Job Tasks and HRM Practices,” Journal of The Japanese and International Economies, No.62, p.1-19.
26.Kikuchi, S., Kitao, S., and Mikoshiba. M. (2021) “Who Suffers from the COVID-19 Shocks? Labor Market Heterogeneity and Welfare Consequences in Japan,” Journal of the Japanese and International Economics, No.59, p.1-20.
27.Kubota, S. (2021) “The Macroeconomics of COVID-19 Exit Strategy:The Case of Japan,” The Japanese Economic Review,Vol.72, p.661-682.
28.Li, L., Gap, W., Lv, J., and Pang, Y. (2021) “Role of Asymptomatic and Pre-Symptomatic Infections in COVID-19 Pandemic,” BMJ, Vol.375, No.2341, p.1-4.
29.Stock, J.H. (2020) “Data Gaps and the Policy Response to the Novel Coronavirus,” Covid Economics, Issue.3, p.1-11.
30.Takaku, R. and Yokoyama, I. (2021) “What the COVID-19 School Closure Left in its Wake:Evidence from a Regression Discontinuity Analysis in Japan,” Journal of Public Economics, Vol.195, p.1-10.
31.Townsend, J.P., Hassler, H.B., Wang, Z., Miura, S., Singh, Kumar, S., Ruddle, N.H., Galvani, A.P.., Dornburg, A. (2021) “The Durability of Immunity against Reinfection by SARS-Cov-2:A Comparative Evolutionary Study,” The Lancet Microbe, Vol.2, p.e666-e675.
32.UNESCO (2022) “The Impact of the COVID-19 Pandemic on Education- International Evidence from the Responses to Educational Disruption Surveys (REDS),” United Nations Educational, Scientific and Cultural Organization,Paris, France, March, https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000380398,2022年1月28日閲覧
33.World Health Organization (2020) “Listings of WHO’s response to COVID-19,” https://www.who.int/news/item/29-06-2020-covidtimeline,2022年1月26日閲覧.