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講師 星野 佳路 氏(星野リゾート代表)

演題 観光立国への道 令和3年11月5日(金)開催

1.星野リゾートについて
1.運営ビジネスに特化
星野リゾートは1914年に長野県軽井沢で創業し、私で4代目の温泉旅館です。振り返ってみると、私が会社を継いだ1991年はバブル経済の破綻とともに倒産したリゾートが多かった時期ですが、当時はまだそうしたことは見えていませんでした。見えていたのは1987年に制定された総合保養地域整備法(リゾート法)の適用を受けて、日本全体でリゾートホテルや旅館の部屋数の供給量が劇的に増えたということです。
私が旅館を受け継いだ時は、建物が既に創業から47年が経過し老朽化が大きな問題でした。しかし、マーケットは供給過剰でしたので、90室を新しくするために借金を背負うのはとてもリスクがあると感じました。
そこで、私は運営ビジネスに特化するという選択をしました。なぜなら、供給過剰状態であるということは、事業者はしばらく収益が出せない状態ですので、運営のうまい会社に任せてもらえるチャンスが出てくるからです。「私たちに運営させてもらえれば今より収益が上がりますよ」と言える運営ノウハウを持った企業になろう、フィービジネス、サービス業に変わっていこう、これがこれまでの30年間で、最大かついちばん良い決断で、あとは運営を一生懸命やり続けている、それだけです。
軽井沢の旅館以外で運営を任せてもらうようになったのは金融機関の不良債権処理が始まった2001年です。塩漬けになっていたローンを整理し始めるときに、金融機関から運営を担当してみないか、あるいは、このリゾートを引き継げないかと声をかけてもらうようになりました。
人材を育成したり体制を整えたりで時間がかかってしまいましたが、会社を継いでからちょうど10年目の2001年から本格的に運営特化戦略の拠点が増えていきました。
不良債権処理の再生案件が2、3年で利益が出始め、それが業界の中で話題になり、また次の仕事が来る。そしてリーマンショック(2008年)が起こり、また次の仕事が来る。東日本大震災の時もそうでした。
こうした危機においては、オーナーや投資家、所有者は良い運営会社に任せたほうがいいのではないかと考える場合があって、そこが私たちの仕事を伸ばすことができたポイントです。逆に、コロナ禍前の、インバウンドが増えて、誰が運営しても京都、東京、大阪のような都会のホテルが稼働するときには、あまり仕事が入ってきません。まさにこのコロナ禍のような、また、アフターコロナで復活しなきゃいけないときには私たちの運営力を頼ってもらう、そういうビジネスモデルです。

2.安定して伴走してくれるオーナーを求めて
リーマンショックまで、私たちの主な顧客はゴールドマン・サックスやモルガン・スタンレーといった機関投資家でした。機関投資家が日本の地方のリゾートに投資して、運営を私たちに任せるというパターンでしたが、リーマンショックで機関投資家がみんなリゾート投資から手を引いてしまい、とても危機感を感じました。
安定して所有してくれる、長期的に日本の観光に投資してくれる投資家と組んでいかないと、私たちの施設を維持できません。いろいろな模索をしてたどり着いたのがリート(REIT:不動産投資信託)です。
地方にある木造の古い温泉旅館をリートに入れていいのか、という議論もありましたが、収益案件として非常に安定していて、むしろ成長する余地があるということを認めてもらい、日本で初めて地方の温泉旅館の施設を組み入れた観光REITをつくることができました。
これによって一般投資家に入ってもらえるようになり、売ったり買ったりする投資家よりも、安定して長期的に保有し、そのリターンをエンジョイしてもらえるオーナーへの展開ができるようになったことが、私たちのさらなる成長と安定につながっていると思います。
私たちが運営する56施設の中で20施設程度はリートが所有しています。このリートが順調に資産規模を伸ばし、なおかつ、コロナ禍でも星野リゾート・リートの株価だけはホテルリートの中でコロナ禍の前の価格をはるかに超えて推移しています。
先程、所有と開発は諦めて運営に特化するという話をしたところですが、リートで資金調達力がついてきたことによって私たちは自ら開発に携われるようになりました。将来的にチャンスがある案件だと思ったときには、金融機関から資金調達して買い取り、場合によっては改築や改装をします。そうすることによって、資産収益モデル、収益が出る案件に育てて、最終的にはリートのようなオーダーに組み込むというパターンができました。このパターンができると出口が明確になりますから、開発段階でも金融機関が融資に対して非常に積極的に私たちにアプローチしてくれます。ある意味、良い循環ができてきます。
それでも私は、いつも開発と所有から手を放そうと考えています。私たちが良いと思った案件を、投資家がファンドを組成してくれることで、開発段階においても私たちに協力してくれています。改装、改築、開業して、収益が安定した段階でリートのような長期安定保有オーナーに対して売却する。そうすることによって、ファンドの色が非常に分かりやすい時期にエグジットができる。こういう好循環の様々なモデルをつくり上げることができました。
リーマンショックがなければこのような発想にはなりませんでしたが、あの危機をどう乗り越えて、長期的に安定させるかということを模索した結果、ある意味とても良い状態になっていると思います。

3.サブブランド戦略
マーケティング面では「サブブランド戦略」をとっています。マーケットの中には様々なニーズのセグメントが存在していますので、セグメントに合わせてサブブランドを立ち上げることを行ってきました。
外資の運営会社はオーナーの事情でブランドを増やすという傾向があり、典型的な例としては、一つの都市の中で同じサブブランドを持つことを許容してもらえないことがあります。そのため、世界にはマーケットセグメンテーション以上のホテルブランドが出来すぎてしまい混乱を生んでいます。
星野リゾートはもともとのブランド戦略に忠実に行こうと、新しいマーケットセグメントが無い限りサブブランドを増やさず、オーナーとの契約においても一つの都市の中で同じサブブランドを持つことを許容してもらえないときには契約を結ばないことにしています。マーケティングをしやすいオーナーとの契約の在り方、マーケティングがしやすい=星野リゾートが強くなることであり、それはオーナーにとっても最終的にはプラスに働くということを強調しながら展開しています。
いくつかのサブブランドを紹介しますと、まずは「星のや」です。父から引き継いだ旅館を改築して2005年に星野リゾートのフラグシップブランドとして開業しました。「星のや」は8施設展開しています。
次は「リゾナーレ」で、不良債権処理の再生案件第1号となったのが「リゾナーレ八ヶ岳」です。
そのときに私たちが見出したセグメントが子供連れファミリー、12歳以下の子供を連れた家族旅行です。このマーケットは、それまで海外旅行に行っていたカップルが、結婚して子供ができて、家族旅行に行くときは、途端に国内にシフトします。国内マーケットの4割が、実は12歳以下の子供連れファミリーで、かなり巨大なセグメントです。そこをターゲットにしています。
さらに平日をターゲットにするために、小学校に上がる前の子供を連れた旅のためのサービスに特に力を入れています。おじいちゃん、おばあちゃん、お父さん、お母さん、そして、6歳以下の子供という3世代旅行がかなり流行っており、リゾナーレのメインターゲットとして、ここに特化した展開を行っています。
他にも都市観光に訪れる顧客をターゲットにした「OMO(おも)」といったサブブランドがあります。日本は函館や金沢など地方都市が非常に特別で、さらには東京、大阪、京都もそうですが都市を観光に、という市場はかなり巨大に存在しています。

4.フラットな組織文化
再生がうまくいくポイントは何かとよく聞かれますが、「フラットな組織文化」を持っていることが星野リゾートの競争力の源泉だと思います。これは、職責に関係なくものを言える、正しい議論ができる組織文化のことで、私は「侃々諤々なチーム」と表現しています。組織図でいえば一番下の最前線にいるスタッフ一人一人が顧客と接しますのでその場での判断力・瞬発力がサービスの評価につながりますが、経営側に権限が集まってしまうと俊敏性がなくなってしまいます。
そのため、経営に必要な情報を最前線のスタッフにできるだけ渡して、現地で、自分たちで考えて行動することが非常に大切です。これは米国の組織論の専門家であるケン・ブランチャード教授が「サービスが経済化する経済においては、組織の在り方はフラットにしないといけない」と著書(邦訳は「(新版)1分間エンパワーメント」)の中で語っていることです。これが私たちがいちばん大事にしている教科書で、星野リゾートの競争力を支えていると思っています。

5.コロナ禍における対応
(1)優先順位の見直し
コロナ禍において私がやったことは「優先順位の組み換え」です。2020年の4月、5月は売り上げが90%落ちたので、普段大事にしていることを一旦置いて、この状況を短期的に乗り越えるために必要なことに集中しようと優先順位を変えました。顧客満足度を犠牲にするということを社内で明確にしたのは星野リゾートだけだと思います。短期的な現金を重視するなど、毎月普段とは違った対応を模索しました。

(2)雇用調整助成金で損益分岐点が低下
ありがたかったのは、国からの雇用調整助成金の制度です。この助成金を国が人件費の一部を肩代わりするものだと捉えてしまうと、効果を最大限発揮できません。雇用調整助成金が経営に与える影響とは本質的に何なのかを社内できちんと解析することが大事だと思います。経営は固定費と変動費から構成され、売り上げが上がってくると損益分岐点に到達します。雇用調整助成金は正社員の人件費、固定費を変動費に変えてしまう効果があるのです。つまり変動費のカーブが少し変わり、また固定費は下がる。これによって損益分岐点が下がります。コロナ禍で売り上げは落ちますが、赤字にならない新しい損益分岐点にたどり着けばよいことになります。感覚的には、65%程度設備を稼働させないと利益が出ないホテルの場合、45%程度の稼働で損益分岐点に到達することができるようになり、経営に大きなインパクトがありました。

(3)マイクロツーリズムで国内需要取り込み
私は2020年4月に「18ヶ月サバイバルプラン」を考えました。スペイン風邪の時は感染状況が波を打っていたので、今回のコロナでも波を打つだろうと予測しました。売り上げが90%減になっていましたが、18ヶ月間この状態が続くことはないはずだと考え、その間に国内需要を取りにいくことにしました。
日本の観光旅行市場は、インバウンドがなくても実は巨大な市場があります。2019年では22兆円程度、一方インバウンドは4.8兆円しかありません。日本人が国内で支払っている海外旅行代金が1.2兆円あり、海外で直接支払っている海外旅行代金を含めると、感覚的には3兆円、4兆円になるのではないかと思います。
私たちの顧客満足度調査では「国内旅行に久しぶりに行ったら、結構良くなっていたじゃないか。」という声が多くありました。海外旅行に行くはずだった分まで含めると、国内旅行市場は25兆円程度の規模で存在していて、これを、コロナの感染拡大が止まった時には、あるいは東京や大阪が感染拡大していても、地方の青森県や鹿児島県においては、そこそこの旅行需要を作り出せるのではないかと考えました。
2020年6月に市場調査を2万人に対して実施し、この時期に旅行することに対する顧客ニーズを把握して、その結果、大浴場の混雑状況が事前にわかるアプリを準備するなど様々な感染対策を講じました。
最も重要だったのはマイクロツーリズムです。東京や関西圏で感染が拡大していても、地方の盛岡から青森に旅行する、鳥取県米子市から島根県の玉造温泉に旅行する、鹿児島市から霧島温泉に旅行するのは全く問題ありません。そこを捉えにいかない限り新しい損益分岐点に到達できませんので、全国を11のブロックに分け、徹底してやっていきました。それぞれの地域だけに情報が伝達される仕組みを考え、旅行の魅力を変えました。私たちは「遠くの人に来てもらう」という癖がついているので、地元の人に楽しんでもらうための工夫を忘れていました。地元の人たちは地元のよいものを私たちよりもよく知っていますので、料理の内容や魅力のあり方を様々に工夫して、地元の方に喜んでいただける内容に変えていきました。
マイクロツーリズムの取組で、インバウンドが84%だった「星のや東京」はマイクロツーリズムのセグメントが2019年比で約3倍に伸びました。
「星のや京都」は2019年、インバウンドが全くなくなってしまいましたが、2020年はマイクロツーリズム市場を伸ばし稼働が80%近くまでになりました。2021年はこれをさらに上積みして、年後半の予約段階のものまで含めると、2019年比で363%になる予定です。
マイクロツーリズムは温泉旅館に最も効果が出ました。その理由はインバウンド比率があまり高くなかったからです。もともとマイクロツーリズムの市場はありましたが、そこをさらに伸ばすことによって2019年比でプラスになり、2021年もよい数字が出ています。
「18ヶ月サバイバルプラン」を描いたときに、雇用調整助成金で損益分岐点を下げ、マイクロツーリズムに特化して新しい損益分岐点に到達すればよいことが分かっていたわけではありませんが、そこから3か月、4か月でいろいろ工夫して何とかここまで乗り切ってきました。
私は、2020年3月から毎日の予約データをチェックしました。これまでこんなに細かく予約状況をチェックした2年間はありませんが、一生懸命チェックして一喜一憂していました。
はじめは感染が増えると予約が下がり、感染が減ると予約が上がるという非常に分かりやすい状況でしたが、第4波からは感染が拡大してもキャンセルがあまり出なくなりました。マイクロツーリズムというパターンが1年たってかなり出来上がり、大都市圏の感染拡大に左右されずに安定したマーケットを捉えることができているということだと思います。

(4)Go Toトラベルへの提言
Go Toトラベルの重要度は昨年の夏より間違いなく落ちていると思います。それはコロナ禍における経営の在り方をみんなが相当学んだ結果、緊急度が落ちていると思うのです。今後Go Toトラベルをどうするべきかという議論がありますが、私は「盛り上げる」というよりも「下支えする」という考え方が大事だと思いますし、感染拡大につながったと批判されないような制度設計することが大事だと思います。
また前回の経験から、制度をシンプルにして、感染の第6波、第7波が来ても感染拡大とは関係のない、観光の在り方として継続できる制度にすることがとても大事だと思います。
そもそもGo Toトラベルが必要なのかということを自問自答することが結構あります。海外ではEU内でかなり自由に行き来できていますし、米国はカナダとのボーダーを開け、カナダのリゾートが復活してきています。日本はワクチン接種率が75%に達していますので、早くこうした国々との行き来をオープンにすれば、その時点で私はGo Toトラベルではなく事業者の努力に任せていいのではないかと思います。

2.観光立国への道
1.観光立国の定義を思い出すことが大切
2004年から「観光立国」への取り組みが進められ、私も観光立国推進戦略会議のワーキンググループの一員として参加してきました。私がここ3、4年大事にしているのは観光立国の定義です。マスコミ報道の影響もあって、いつの間にか「インバウンドが増える=観光立国」と理解されるようになっていますので「どういう状態を作ることが観光立国なのか」ということをもう一度定義付けする必要があると思います。定義がないと現状を評価できませんので、私は「観光立国の定義をもう一度思い出そう!」とみなさんに呼び掛けています。
私たちは地方の新しい経済基盤になりたいと考えています。地方が観光に期待してくれるのは、工場が移転した後の安定的な新しい雇用主であり、海外に移転しない産業であり、それが新たな雇用を生み、人口減少に歯止めをかけ、投資を呼び込む地域密着型の産業になっていくことです。
私が経営している「星野リゾート トマム」(北海道勇払郡占冠村)は、この10年くらい収益がとても高く、今は投資家が所有して私たちは運営だけを担当していますが、なんと3年連続でこの地域の人口増加率がナンバーワンになりました。「星野リゾート トマム」の業績が好調なので、スタッフやその家族が住むようになり、人口が増えているからです。これはミクロなケースですが、観光が本当に地方の経済にとってプラスになるのだということを示すことができたと思います。
コロナ禍でインバウンドがゼロになり、観光が出直しを図ろうとしているときに、単に従来の状態に戻るのではなくて、観光立国の定義を踏まえ、コロナ禍前にあった問題を解決しながら戻すということを目指した方がいいのではないかと思います。この点をみなさんにも共有していただきたいのです。

2.5つのポイント
(1)急激なインバウンドの背景
5つのポイントがあります。最初のポイントはインバウンドの成長の仕方です。
インバウンドの最後の10年の成長は、私の予想をはるかに超えていましたし、持続可能な成長ではなかったと思います。
その背景のひとつは円安で、もうひとつの背景は日本だけがインバウンドを増やしたのではなく、世界的に外国旅行する人の数がとても増えたということです。その中で円安だったことがとてもプラスになりました。
世界的に国外旅行をする人が増えている中で、増加率が最も大きかったのはアジアで、中でも日本が最も恩恵を受けました。私たちは日本の観光業が競争力を強めているという錯覚に陥りますが、実際には非常に運がよかったことで急速なインバウンドの増加となってしまったということで、持続可能ではないと思います。

(2)インバウンドの地域偏重
2つ目のポイントは、インバウンドの地域偏重です。
2019年には海外から3千数百万人が日本を訪れましたが、東京、大阪、京都、沖縄、北海道のトップ5の都道府県が全体の65%を占めています。これをトップ10にまで拡大すると、80%を超え、残りの37県との「インバウンド格差」が起こっています。
そもそも、なんのための観光立国か。本来は「地方の新しい経済基盤になろう」ということで観光立国に取り組んでいたはずです。今後は、インバウンド格差、地域偏重を改善していく形でインバウンドを伸ばしていくにはどうしたらよいかという視点が大切です。

(3)日本人の国内旅行需要は減少
3つ目のポイントは、国内旅行需要の維持・拡大策です。
インバウンドの旅行消費額は2019年に4.8億円にまで成長しました。すごい勢いで成長したのは事実ですが、日本の観光産業全体の消費額は実は日本人による日本国内観光で維持されていることを忘れてはいけません。
注目していただきたいのは、2013年から2014年です。このときインバウンドは1.7兆円から2.2兆円へと急激な成長を続けていましたが、日本人の国内観光消費額は23.7兆円から22.4兆円に減りました。これが過去10年間に2度生じています。つまりインバウンドをどんなに増やしても、もっと巨大な、85%もある国内需要が少し落ちるだけで日本全体の観光消費額が落ちてしまいます。
人口が減っている中で、インバウンドだけを観光立国の目標にしてよいのでしょうか。国内市場をどうやって維持するのかということが大切です。特に年齢が高い人たちよりも若い人たちの旅行参加率が落ちることを心配しています。1年間に旅行に参加した人の数、参加している旅行の数が落ちていることに対する対策をしっかりやる必要があります。
私たちが立ち上げた「BEB(ベブ)」というブランドがありますが、これは星野リゾートが初めて20代の若者をセグメンテーションしたブランドです。このセグメントを取り込もうとしている観光事業者は多くありません。なぜかというと、彼らはお金を持っていないし、人数が少ないからです。
でも団塊の世代は2025年以降になると後期高齢者となり、後期高齢者になると旅行参加率が落ちることは統計的に明らかになっています。10年後、20年後の星野リゾートのことを考えると、20代の人たちにファンになってもらうことがとても大事です。
彼らがどこに行っているかというと、台湾やソウルです。北海道に行くには飛行機で2万5千円とか3万円かかりますが、韓国にはLCCを使って1万円で行けるからです。
「インバウンドを増やしていこう」という観光庁の力強い目標がありますが、まだ団塊の世代が国内旅行を支えてくれている間に国全体として20代の旅行参加率を増やす取組を行うことが大切だと思います。

(4)日本の観光産業の低い収益率
4つ目のポイントは、観光産業の収益率の改善です。
産業規模でみると旅行業の規模は23兆円~25兆円で、日本で常に4、5番目くらいの規模を誇っています。2019年はインバンドの影響もあり28兆円でした。日本の観光産業の問題点は、28兆円売り上げがあるのにあまり利益になっていない、生産性が低いということです。
観光産業の生産性が低く、その中でも旅館やホテルが一番低い、その中でも地方の温泉旅館が一番低いということはいろいろなところで言われています。生産性が低いために、国内で3~5番目くらいの産業規模を誇りながら非正規雇用の割合が圧倒的に高くなっています。
つまり、正社員を雇用することができずに非正規社員を雇っているので、平均の時給単価が低く、そのため地方の雇用や人口減少に対応することができる力強い産業になり切れていません。だから28兆円を伸ばすと同時に、収益力を高める、売り上げからきちんと利益を出す、そういう経営体質に変えていく必要があると思います。
もう一つ大事な点は、構造的な問題を解決することです。最も問題なのは「100日の黒字と265日の赤字」です。これは、私が留学を終えて日本に戻ってきた30年前から全く変わりません。100日は誰が運営しても必ず黒字になります。ゴールデンウィークや夏休み、お盆休み、年末年始、こうした時期に満室にならないようならまずい状態です。星野リゾートがこれだけ成長できているのは、この265日の閑散日に向けた工夫を様々やってきたところにあります。
100日の黒字を265日の赤字で食いつぶしてしまっては投資が呼び込めませんし、265日は従業員が要らないため正規雇用が少なくて非正規雇用に頼ることになります。さらに言うと、265日はどうしてもお客様は来ないし、100日は努力しなくてもお客様が来るので市場原理がなかなか働きません。私はゴールデンウィークの時期は3倍に値上げしています。「値段が高いですね」とお客様から言われることがありますが、そのお客様の場合、100日の時しか休みが取れていないためそうなるのです。265日の時に来ていただければ、私たちも安い価格を提示できます。ゴールデンウィークの時期には高速道路は大渋滞で、ヘトヘトになってリゾートに来る。一番高い値段、混雑した観光地、ということでお客様の満足度が落ちる。これが日本全国で生じています。
観光産業には「埋蔵内需」があります。「埋蔵内需」とは何かというと、旅行に行きたいのに混んでいるし値段も高いから旅行に行かない、観光需要が顕在化していないということです。対策は大型連休を地域別に取得することです。例えば大型連休の時期を、A地方は第1週に、B地方は第2週に、C地方は第3週に、という具合です。フランスなど観光先進国ではすでに実施していますので、これを日本に導入するのがいちばん解決になると思い提案していますが、なかなか進んでいないのが現状です。

(5)地方こそSharing Economy
最後のポイントは「地方こそSharing Economy」です。ITイノベーションが観光産業を劇的に変えようとしています。民泊やライドシェア、いわゆる白タクといった分野でITの技術が生かされています。
民泊は世界の観光地に行くと、当たり前、スタンダードになっています。これが日本の観光地にないということはITのパワーを呼び込めていないひとつの理由になっていると思います。
観光の業界団体は宿泊作業が中心の団体ですので、Airbnbのような民泊に反対します。地方の首長さん方は観光業界から話を聞いて民泊に反対だという方も多いのですが、実は民泊をOKした途端に外食産業、地方の観光地のお土産屋さん、水道ガス、ガイドさんなどみんなが潤います。ですから、世界のスタンダードになっているもの、ITテクノロジーが変えていこうとしているものについては、日本も導入していったほうがいいですし、ないとかえって不自然になるので、早く導入を進めていくべきだと思います。
次はライドシェアですが、これは世界で大事なサービスになり始めています。いわゆる白タクです。私が強調したいのは、東京駅や渋谷駅や長野駅などタクシーが待っている大きな駅ではライドシェアを導入する必要はありませんが、ローカル線の駅でタクシーが待っていないところにライドシェアを導入してはどうかということです。
タクシーが待っていないローカル線の駅にこのサービスがあると、駅前の商店街の人たちが副業として、駅からホテルまで車でお客様を連れていき、合法的に謝礼を支払うことができます。これが世界のスタンダードになっていますので、こうした駅に限定してライドシェアを許可していけばよいのではないかと思うのです。日本のローカル線は経営がうまくいっていなところが多くありますが、ライドシェアを導入すれば、ローカル線の駅の利用価値が高まり、東京から来る若者たち、世界からやってくる若者たちにとって利用しやすい観光拠点になります。
ローカル線の無人駅から、地方の活性化のためにシェアリングエコノミーやITテクノロジーのパワーをいち早く呼び込んでいくことができたらいいな、と思います。

講師略歴
星野 佳路(ほしの よしはる)
星野リゾート代表
慶應義塾大学経済学部を卒業後、米国コーネル大学ホテル経営大学院修士課程修了。1991年、星野温泉旅館(現・星野リゾート)代表に就任。自社のリゾート施設を運営するほか、経営が破綻した大型リゾート施設などの再生にも着手。
2003年、国土交通省から第一回観光カリスマに選定される。著書に『星野佳路と考えるファミリービジネスマネジメント』(日経BP)など。