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コラム 経済トレンド94

半導体サプライチェーンと経済安全保障

大臣官房総合政策課 深澤 瑛介/白井 斗京

本稿では、経済安全保障の観点から半導体サプライチェーンについて考察する。

半導体の重要性
半導体は「産業のコメ」とも言われ、パソコンやスマートフォン、自動車等の現代の生活に必須な工業製品材料である。例えば、集積回路や液晶パネルは、数多くの生産部門において重要かつ不可欠な中間投入物となっており、それを使用する生産部門が生み出す粗付加価値額は、「コメ」を含む飼料よりもはるかに多い(図表1 投入係数0.1以上の部門数及び付加価値額)。情報化社会の発展に伴い、半導体の市場規模は今後も継続的な成長が見込まれている(図表2 半導体市場規模予測(2021~2026年にかけての年平均成長率))。
しかし、半導体の生産は特定の企業、国に集中している。自社で生産を行わないファブレス企業を除いた半導体メーカーの売上シェアを見ると、上位3社でトップ50社の約半分を占めている(図表3 企業別シェア(2020年)※除くファブレス)。さらに、半導体は高性能品の生産になるほど莫大かつ迅速な設備投資が必要となるため、より大企業へと生産が集中する傾向がある。2020年時点において、回路幅10nm未満の最先端の半導体生産は韓国のサムスンと台湾のTSMCの寡占状態となっている(図表4 地域別・回路幅別生産シェア(2020年))。
戦略的自律性のための国内半導体生産誘致
特定の企業への生産の集中は、平時においては、研究開発のリソースの集中投下と高い設備稼働率実現の観点から経済合理性が高いとも考えられるが、有事の際に供給が止まれば、川下産業に大きな影響が出る。実際に、新型コロナウイルスの感染拡大による経済活動の抑制やサプライチェーンの混乱と、情報関連財への需要の急拡大は、半導体生産のリードタイムの長さも相俟って、幅広い業界に影響を与えている(図表5 半導体不足の生産への影響)。
こうした中、半導体生産が特定の国や企業に集中することのリスクが改めて見つめ直されている。日米欧中の各国は、半導体生産を自国内で行うための補助金による生産拠点の国内誘致や、先端技術の研究開発への投資に動き出している(図表6 各国の補助金、施策等)。
日本では、「経済安全保障」の文脈で、この取り組みが進んでいる。経済安全保障戦略の重要な考え方として、2020年12月に自民党から出された提言の中では、「戦略的自律性」と「戦略的不可欠性」という二つの概念が提唱され(図表7 戦略的自律性と戦略的不可欠性)、政府の「基本方針2021」において、経済安全保障の戦略的な方向性として、自律性の確保と優位性の獲得の実現が掲げられている。
半導体の生産拠点の国内誘致は、日本の生産活動に不可欠な半導体の供給力を増やし、戦略的自律性の獲得に資する取り組みであると考えられる。

半導体サプライチェーンでの日本の立ち位置
戦略的不可欠性の観点からは、半導体製造に必要な素材と製造装置の分野における日本企業の役割に注目する必要がある。
半導体は高純度のシリコンに回路を刻むことで生産されるが、その過程で生産工程ごとに専用の素材と装置が必要になる。例えば、フォトレジスト塗布の工程(図表8 半導体の製造工程(1))では、露光により化学的に変化するフォトレジストという素材と、それをウエハ上に均一に塗布するための装置が必要とされ、平坦化の工程(図表8(2))では、ウエハ表面を平坦にするためにCMPスラリと呼ばれる薬液と、研磨のためのCMPパッドという部材が使われる。
日本企業は、半導体関連材料(2019年市場規模約329億ドル)の中で、半導体の基板であるシリコンウエハ(同約110億ドル)、回路の露光のためにウエハに塗布するフォトレジスト等の主要素材で高いシェアを持つ(図表9 半導体素材市場の世界シェア)。また、製造装置についても、ウエハ製造装置を筆頭に、全工程に渡って一定のシェアを持っている(図表10 日本製半導体製造装置のシェア)。

素材産業の戦略的不可欠性
こうした日本の半導体素材、製造装置における強さは、一朝一夕に築かれたものではない。日本の半導体メーカーが、1990年代まで世界をリードしていた中で、素材・製造装置メーカーも発展してきた。しかし、近年、日本の半導体メーカーのシェア低下が続いており(図表11 企業国籍別・半導体メーカーシェア推移)、素材・製造装置メーカーは、台頭する海外の半導体メーカーとの間で共同研究等による関係を深めている。それに伴って、素材メーカーは半導体製造工場が多く立地する台湾、米国等での現地生産も進めてきた(図表12 日本の半導体素材企業の工場立地、13 工場所在国別半導体製造シェア(2020年))。
日本の素材、製造装置産業は、国際的な産業構造の中で日本の存在が不可欠であるという戦略的不可欠性の重要な担い手であると考えられるが、その立場を維持するためには、各企業が業界内での競争力を維持し続けることと、国内生産が行われ続けることが重要である。半導体メーカーの国内誘致は、素材、製造装置産業に対する国内の需要拡大を通じて、素材、製造装置産業の国内生産の誘因となり、戦略的不可欠性の維持にも寄与することが期待される。
行き過ぎた支援は市場の効率的な資源分配を歪める可能性があるものの、生産拠点の国内立地が、戦略的自律性の獲得と戦略的不可欠性の強化につながり、かつ合理性を発揮することが期待できる施策を、国として継続的に考えていく必要がある。

(出典)日本経済新聞、自由民主党「提言 「経済安全保障」の策定に向けて」、経済産業省「半導体戦略」、経済産業省「対外経済政策を巡る最近の動向」、経済産業省「経済産業省関係令和3年度補正予算のポイント」、総務省「産業連関表」、IC Insights、財務省「貿易統計」、株式会社富士経済「半導体材料市場の現状と将来展望 2020年」、株式会社富士キメラ総研「先端/注目半導体関連市場の現状と将来展望 2020年」、株式会社産業タイムズ社「半導体工場ハンドブック 2021」、一般社団法人 日本半導体製造装置協会「半導体のできるまで」、産業タイムズ社「半導体計画総覧2021-2022年度版」
(注)文中、意見に関る部分は全て筆者の私見である。