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ファイナンスライブラリー

評者 渡部 晶

北山 俊哉/稲継 裕昭 編著 テキストブック地方自治 第3版 東洋経済新報社 2021年9月 定価 本体2,800円+税

本年3月8日付読売新聞朝刊は、都道府県や市町村の行財政など地方自治のあり方や課題を審議する、首相の諮問機関である第33次地方制度調査会が議論を始めたことに関連した社説を掲げ、「新型コロナウイルス対応では、国と地方自治体の不協和音が目立った。深刻な危機の際に、緊密に連携できる体制を整えなければならない」と指摘する。
本書のはしがきで、編者(北山俊哉・関西学院大学法学部教授、稲継裕昭・早稲田大学政治経済学術院教授)は、第2版の出版からの10年の時の経過により、「人口減少、縮減社会における自治体の役割の見直し、地方創生に関する一連の動き、東日本大震災以降の数々の大規模災害や新型コロナウィルス感染症拡大に対する自治体の役割の見直し、その過程における人的資源の自治体間の融通、非正規雇用の拡大、マイナンバーカード制度導入による住民把握への新しい展開など」の枚挙にいとまがない状況の変化を指摘する。それを受け、第3版を、編者以外を新しい執筆者、特に実務経験も豊富なメンバーを迎え、自治体職員にとっても有益な教科書になることを目指したという。まさに時宜に適した書物といえよう。
本書の構成は、第1章 私たちの暮らしと地方自治(北山俊哉)、第2章 首長(曽我謙悟)、第3章 自治体の組織(田村秀)、第4章 議会(辻陽)、第5章 住民と自治体(柳至)、第6章 政策形成と決定(竹内直人)、第7章 人事(大谷基道)、第8章 財政(小西砂千夫)、第9章 地方自治の発展(北山俊哉)、第10章 政府間関係(市川喜崇)、第11章 圏域・自治体間連携(砂原庸介)、第12章 公と民の境界線(稲継裕昭)、第13章 情報化(羅芝賢)、第14章 危機管理と災害対応(西村弥)、付論 日本における地方自治研究と理論モデル(村松岐夫)、となっている。編者は、「本書各章では地方自治の自律性のみを理念的に強調するのではなく、現代の地方自治が中央の政治行政と地方の政治行政の間で、多様な相互作用を成している点にも配意しつつ書かれている」と触れているが、これが類書にない生き生きとした解説を可能にした肝心の点だと思う。
評者は、第一次「地方分権改革」の熱気も冷めやらない2001年から2003年にかけて福岡市役所に出向するという貴重な機会があった。それ以来の問題意識を述べると、日本の地方制度は地方交付税制度に支えられた「融合型」(国と地方の機能と責任が複雑に融合)の枠内で、「地方分権改革」は政策実施における地方の意思の比重を上げ、「団体自治」は進展した。ただし、両輪であるはずの「住民自治」は、民主主義において極めて重要なものであるにもかかわらず、遺憾ながらほとんど深化しなかったのではないか、というものだ。
豊富な内容をすべて紹介するのは難しいので、上述の私見から、特に、第5章に注目したい。柳至・立命館大学法学部准教授は、この章で、住民が直接に政策過程に参加する局面(住民参加)について概観する。1990年代後半から自治体や国が盛んに言及する「協働」(Co-production、広義では、政府と住民が政策過程においてともに活動すること)の解説が興味深い。また、協働の主体として、住民以外に「市民社会組織」(政府でもなく、利益を追求する営利団体などの市場でもなく、家族などの親密圏でもない領域に位置する組織)を挙げ、日本において、大規模団体や高度に専門化した団体が非常に少ないこと、また、アドボガシーをしない傾向にあるとの指摘が目を引く。コラム「自治会は持続可能か」も自治会の現状の重要性とその将来の困難について簡潔に解説がなされる。
この文脈の延長線上で、第12章第5節「シビックテックという動き」も注目される。シビックテックは、「行政のデータを用いて民間がテクノロジーの力で行政サービスを提供する新しい取り組み」である。稲継教授は、「現代社会では、自治体と住民の距離は遠くなってしまった」とし、「4年に1度の選挙のとき以外に、仕事を持った市民が市政に関わるには、協働に関わるにはどうすればよいのかのヒントがシビックテックである」という。この章末の文献案内の「未来政府―プラットフォーム民主主義」(ギャビン・ニューサム著 稲継裕昭監訳)は、「シビックテックは行政を市民に取り戻す手段」と主張する興味深い著作だ。
大きな転換点にある、日本の地方制度について信頼できる最新の知見を知るための1冊として是非おすすめしたい。