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還流する地下資金―犯罪・テロ・核開発マネーとの闘い―8 定義なき「テロ」と闘う米国と世界

IMF法務局 上級顧問  野田 恒平

図表.本章の範囲

要旨
■テロ防圧には、その資金源遮断が効果的。マネロン規制の対象となる犯罪収益とテロ資金では、後者が合法な出自のカネも含む等、その性質に差異がある。他方、紛争地域での麻薬収益等、両者の重なりも大きい。
■国際的なテロ規制の取組みは1970年代に始まるが、テロという基礎的定義に対し、国際的な合意が形成できていないことが根本的問題として残る。これは国際情勢、特に中東問題を巡る各国の立場の違いに由来。
■9.11同時多発テロ事件をきっかけに、米国は関連国内法制を急速に整備するとともに、強い推進力を発揮し、自国法制の国際化としてのテロ資金供与防止条約の発効、FATFの役割及び加盟国の拡大を主導した。

新しい世紀に入ってから現在まで、20年超に亘る世界情勢の一断面が、頻発するテロとの闘いであったことは論を俟たない。奇しくもそれは、筆者自身の社会人としての歩みとも重なる。財務省に入省した年、最初の配属先で迎えた秋に、夜の職場のテレビから飛び込んできたツインタワーに激突する2機の旅客機の映像と省内の混乱ぶりは、未だに脳裏に焼き付いている。その数年後、留学先として降り立ったニューヨーク・マンハッタンの事件跡地は、当時まだ更地になったばかりの、文字通りのグラウンド・ゼロであった。更に時は流れ、外交官の立場で赴任したベルギーでは、数日前に自身が利用したばかりの国際空港と、市内中心地を走る地下鉄での同時テロが起きた。
自らの平穏な生活を望む気持ち、そして、無差別に事件に巻き込まれた人々への共感は広く共有されているにも拘らず、世界は、未だ頻発するテロに対して解決の糸口を掴めずにいる。包括的にテロを防圧しようという国際的な取組みは座礁を繰り返してきており、その延長線上にあるテロ資金供与の規制というアプローチも、その有効性は認知されつつも、常に空中分解の危うさを秘めている。かかる困難性の本質は、実は余り共有されていない。なぜなら、その理解のためには「テロリズム」や「テロリスト」、そしてそれに対置される国家という存在等、我々が多くの場合所与として疑義を抱くことのない概念を、敢えて溶融し相対化する作業が必要になるからである。本章においては、地下資金対策の2番目の柱であるテロ資金規制について、その歴史的意義と課題を検証する。

写真:9.11の直後にパキスタン人記者のインタビューに応じる、国際的テロ組織アル・カーイダのウサマ・ビン・ラーディンとアイマン・ザワヒリ。(出典:Hamid Mir, CC BY-SA 3.0)

1.世界のテロ組織の現状・資金規制の趣旨
テロ資金供与規制について、まずは教科書的説明から入ろう。大前提として、テロ組織の維持にはカネがかかる。テロ組織が恒常的に支出していると思われる項目としては、(1)テロ行為自体(場所の下見や移動、武器の取得・運搬、身分詐称のための偽装工作、通信費等)、(2)宣伝工作・人員募集(現在ではネットの活用が多いが、大規模な組織では物理的な刊行物も出している)*1、(3)訓練(大規模な施設造営を伴う場合もある)、(4)構成員の給与等(遺族への手当てを含む)、(5)社会的活動(保健衛生・教育等の分野への貢献により、正統政府への間接的な打撃を与えることを目的とする)、といったものが考えられる*2。よって、資金源を効果的に剥奪することができれば、テロ組織には大きな打撃を与えることができる。この目的のため、組織犯罪への対抗を目的に確立されたマネロン規制の手法を、テロ資金の遮断にも応用することが考案された。
とは言え、テロリストがどのように資金を獲得しているかは犯罪組織以上に闇に包まれており、各国のインテリジェンス機関も、包括的かつ詳細な情報までは持ち合わせていない。もっとも、そのおおよその見取り図としては、公安調査庁が収集・公開しているデータを参考とし得る(図表3 代表的なテロ組織の主要資金源等。なお、把握されている情報の粒度等に著しいばらつきがあるため、各組織について、特徴的な資金源および特に具体性のある関連情報のみを抽出した。(出典:公安調査庁(2021)をベースに、筆者作成))。そして、テロ資金規制を理解するに当たっては、マネロンが対象とする犯罪収益とテロ資金、及び両者の規制態様の異同につき、正しく認識しておく必要がある。
第一に、マネロンの対象となる犯罪収益は、その定義上必ず違法・不法なものであるのに対し、テロ資金は「テロという不法行為に使用される資金」であり、資金自体の出自は、合法であるか違法であるかを問わない(図表2 地下資金の還流(概念図・再掲))。社会に潜むシンパが、秘密裡に自分の合法収入から組織を支援したり、また、そもそも善意で寄付された募金を、慈善団体がテロ資金として横流しする例も多く存在する。もっとも図表3の通り、テロ組織は自ら麻薬の密売や誘拐・略奪等の不法行為を手掛け、それを資金源にしている例も多く、このような場合には、マネロンとテロ資金の規制が地下資金の還流という形で大きく重なる*3。特に、アフガニスタン・パキスタン・イランの国境地帯が伝統的にアヘンの栽培地であり、テロ組織の収入源になっていることは、人類の不運な偶然と言えよう(第2章参照)*4。
第二に、マネロンに比べテロ資金は、地政学的要素への依存が顕著である。無論、組織犯罪を背景とするマネロンに関しても、国によってリスクの高低やその所在は多様である。しかし、テロ資金リスクの、地理的・政治事情的事情に基づく各国間偏差は、それとは比較にならない程大きい。例えば日本について言えば、テロ資金リスクは、東南アジア諸国との比較でも遥かに低い。但し、このことによってFATF相互審査との関係では、テロ資金対策をきちんと行っていることの説明がむしろ難しくなる側面があることは、第4章で説明した。他方、中東地域や国内に独立運動を抱えている国等、テロ組織が活動拠点を持っている国に関しては、自ずとテロ資金リスクも高くなる。
第三に、テロ資金対策には、テロ組織関係者をはじめ特定された制裁対象者への資産凍結等の措置という、マネロン対策にはない要素が加わる。これは、「特定対象金融制裁」(TFS:Targeted Financial Sanctions)と呼ばれるもので、国連憲章上の措置として安全保障理事会の決議を経て行われる、加盟国としての集団行動である。TFSは地下資金対策・3番目の柱である拡散金融に関しても存在するため、この点の詳細な考察は別の章に譲ることとする。もっとも、頭出しの意味で述べると、TFSはそれとして独立した出自と、制度設計・運用に係る独自の論点を多く抱えたシステムである。TFSとそれ以外では、同じテロ資金規制といえども本来全く性質が違うものであり、これらが同じ分野に混在していることが、混乱を招いている側面がある。
なお、ここで明確に認識しておかなければならない事実がある。我々はテロリスト・テロ組織と聞くと、どうしても土埃にまみれた野卑な徒党、という印象を持ってしまいがちであるが、彼らとて、特定の活動目的に従って組織を維持している。そしてそれが可能であるということは、その裏には統制のとれた、資金管理のシステムがあるということである。現に、いくつかのテロ組織の財務文書が明らかになっているが、これらの組織では、高い財務会計や金融の能力を有する専担者が置かれ、日常の経常支出に係る通常の資金管理に加えて、フロント企業を通じた資金の再投資等も行われていることが明らかになっている。米軍が押収した、現在のISILの財務文書からは、組織内での分配を含め、内部での資金管理が、スプレッドシートや標準化された様式に従い、一般企業さながらに秩序だった形で行われている様子が窺われる。そして彼らは強い信念に支えられ、違法な方策も含めあらゆる資金調達手段を躊躇なく動員する。その防圧を図ろうとするのであれば、こちらもそれに対峙するだけの、意識の高さを保つ必要があるのである。
以上が、同時代性の断面に映された、現在のテロ資金供与規制の概括的解説である。しかし、その困難性の本質を理解するためには時代を遡り、資金供与規制以前の、即ち、テロという存在そのものに国際社会がどう向き合ってきたかの経緯を、歴史の縦軸に沿って紐解く必要がある。

2.入口で躓く対テロ政策~定義問題
国際社会の、テロ防圧の取組みを歴史的に振り返るに当たり、触れない訳にはいかない国がある。イスラエルだ。その建国の経緯から、地域のムスリム社会との軋轢を宿命として抱えるイスラエルは、誕生から今日に至るまで絶えずテロの標的とされてきた。中でも1972年という年は、この国が全世界から注目を集める2つの大きなテロ事件が発生した年である。一つは、ミュンヘン・オリンピックにおけるイスラエル選手団の襲撃事件、もう一つは、テルアビブ・ロッド空港での銃乱射事件だ。後者は、実行犯が岡本公三ら日本赤軍メンバーであったことから、我が国での認知度が特に高い。これらの事件は、それぞれ多くの犠牲者を出す悲惨なものであったために、国際的テロ対策の気運が急速に高まる契機となった。同年に採択された国連決議においては、初めてテロという存在が正面から取り上げられ、そのような行為を非難するとともに、これを受ける形で35か国からなる「国際テロリズムに関する特別委員会」が設置された。
しかし、ここでの議論は入口から躓くことになる。そもそも、何を以ってテロとするのかという根本的な問いに対し、国際社会が合意を得ることができなかったのである。この点は、学術的には「テロリズムの定義問題」として、論者により、また時代とともに様々な定義が提唱されている。もっともこれは、決して観念上の神学論争という訳ではなく、究極的には今の世界において「テロリストとは誰なのか」という、極めて直截かつ現実的な問いである。欧米先進国を中心とした国々が、その動機や根源的原因に拘らず、あらゆる暴力的闘争を認めないとする立場を取るのに対し、アラブ・アフリカ諸国を含む途上国は、植民地主義・人種主義に根差す国家こそがテロ行為を行っているのであり、それに抗する民族解放闘争の担い手達は「自由の戦士(freedom fighters)」である、と主張した。テロリストと聞いて、その概念に揺らぎが生じる事態など想像が難しいようにも思われるが、分かり易い例を挙げれば、2013年に死去したネルソン・マンデラ氏は、2008年まで、形の上では米国政府からテロリストとして監視対象リストに入っていた。同人は言うまでもなく、アパルトヘイトとの闘いを経て南アの大統領となり、後にノーベル平和賞まで受賞した人物である。テロリズムと正義という一見対極的な価値は、時として容易に反転する。そして、1970年代からの論争の背景には、他でもないイスラエルを巡る地政学的な立ち位置の違いが中心にあることは間違いない。その後、国際社会が政治情勢を巡る対立を続ける中、今日に至るまでこの定義問題は何度も再提起されては頓挫してきた。「テロリズム」なるものを正面から規定し、犯罪化する「包括的テロリズム防止条約」は、累次に亘り草案が作られてきものの、未だに最終的に採択には至っていない。よって、本稿においてもおよそテロに関連する用語を用いる時は、全て、いわば「カギ括弧付き」であることをお断りしなければならない。
さてこのような宙吊りの状況において、国際社会は当座、やむを得ず次善の策を取ることとした。つまり、誰によってどのような目的で遂行されたかという核心部分は不問に付し、およそ「テロ的な行為」を客観的な犯罪類型の束として規制するという、いわば外堀からのアプローチを試みたのである。基盤となったのは、1972年当時までに既に署名されていた、民間航空機のハイジャック行為を規制する一連の国際条約である*5。その後、2000年代初頭までにかけて、国家元首や外交官の誘拐・殺害、核物質・爆発物の使用といった、一般的に「テロ的な行為」と認識される類型を対象とした国際条約が相次いで署名・発効し*6、これによって、テロ規制の外縁が画されてきた。これらにおいては、行為者のテロ組織所属や、政治的な意図等の有無は問題とされない。しばしば引用されるのが、「恋敵の犯人」という冗談のような例え話である。つまり、パイロットや外交官の恋敵が、純粋な私怨からであれ、その相手が操縦する飛行機をハイジャックしたり、彼を外交官としての任地で殺害したりすれば、それだけで立派にテロ犯罪としての構成要件該当性が認められる、というものだ。
本稿の対象であるテロ資金供与に対する規制は、そのような枠組みの上に載ったものである。9.11を挟む形で、1999年に採択・2002年に発効したテロ資金供与防止条約*7は、FATF基準のテロ資金規制に関する部分との関係でも、礎石に当たる条約である。この条約では、基本として一連の国際条約に規定された行為類型を付属書に列挙し、それらに対する資金提供を犯罪化することを定めた*8。「テロ」という概念は真正面からは規定されておらず、あくまで規制対象となっているのは、「テロ的な行為」の束に対する資金供与である*9。他の多くの条約と同様、本条約においても第一条で基本概念について定義規定が置かれているが、「資金」の定義規定はあるものの、同様に条約名にまで単語として入っている「テロ」自体の定義はない。これは、法的建付けとしては非常に奇妙である。言うなれば国内の刑法典において、ある犯罪構成要件が規定されていない中で、その幇助を罰する規定が卒然と置かれているようなものだ。この点、地下資金対策の第一の柱である麻薬犯罪について、一連の麻薬関連条約が麻薬関連犯罪を正面から規制の対象とし、それらの収益にかかるマネロン規制もその基盤上に置かれていることとは、対照的である。テロ資金規制は、国際社会の妥協の上に成り立つ、ガラス細工の櫓なのである。

写真:1972年のミュンヘン・オリンピックで、イスラエル選手団11名が人質に取られた事件は、警官隊との銃撃戦の末に、犯人が逃走用に乗り込んだヘリを爆破し、同乗させられていた人質全員が死亡するという、最悪の結末を迎えた。(出典:Spielvogel, CC BY-SA 4.0 – cropped by the author)

3.9.11が突き動かしたテロ資金規制
「テロ」という基礎的概念の共有なしに組み立てられた脆弱な条約であるテロ資金供与防止条約は、採択当初は各国の政策的優先順位もそれ程高くなく、国内法整備が進まない状況にあった。しかし、イスラエルに関わる2つのテロ事件から30年の歳月を経て、このような不人気な条約のステータスを押し上げる原動力となる新たなテロが、今度は米国で発生する。2001年の9.11同時多発テロ事件である。事件当時、僅か4か国であった締約国は同年を挟んで急増し、翌年には一気に発効に至った。その陰に、米国の強烈な後押しがあったことは、言うまでもない。
歴史上、ほとんど本土攻撃を受けたことがない米国の、9.11に対する反応は凄まじかった。事件直後から数年間の内に、ブッシュ政権は「対テロ戦争」関連法制を矢継ぎ早に成立させる。アフガニスタン・イラクへの武力攻撃を大統領に授権するもの、私人のプライバシーに立ち入る公安活動、事態に機動的に対応するための大規模な政府組織再編等々、正に有事法制のオンパレードである(図表5 9.11以降の、米国の主なテロ法制(網掛けが資金規制関連)(岡本(2009)をベースに、筆者作成))。後に、アメリカ国家安全保障局(NSA)による広範な情報収集の実態がエドワード・スノーデン氏によって告発され、その内容が、本人出演のドキュメンタリー映画『シチズンフォー:スノーデンの暴露』(原題:Citizenfour)としても発信されたことで、世界に大きな衝撃を与えたが、この事件も、9.11後の米国の「戦時体制化」と呼ぶべき状況の中に位置付けられるものである。
一連の法制は、テロ組織へ打撃を与えるための攻撃という「槍」と、治安維持を目的とした「盾」という二面性を持つとともに、平時と戦時の境界を取り除き、日常の全てをいわば両者の融合状態に置くものと評価される。中でも、アル・カーイダを始めとしたテロリストへの資金遮断は、これらの法制の中核をなすものの一つであり、かつ、その象徴的な存在と言えよう。ブッシュ大統領は、事件発生後直ちに、テロとの闘いの重要な戦略の一つがテロリストの資金遮断である旨、言明した*10。テロ資金関連法制はそれ自体として、金融システムをテロリストの濫用から守るという受動的な盾であると同時に、武力行使と組み合わせ、テロリストを能動的に追い詰めるための槍なのであり、またその運用に当たっては、平時・戦時という峻別自体意味をなさない。
米国政府内でその任務を負ったのは財務省、そして特にその中でも中心となったのは、外国資産管理局と呼ばれる部局である。この部局はその英文名称からOFACと呼称され*11、前身は第二次世界大戦中に、敵である日独伊各国の企業資産等を管理したオフィスである。朝鮮戦争中の1950年代には、北朝鮮側を実質的に支援した中国の資産を管理し、その際に正式に現在の名称となった。その後は、1962年のキューバ危機や1979年の在イラン米国大使館占領事件等、時代の節々において、OFACは「米国の敵」と看做された国への金融制裁を担ってきた。そんなOFACが、9.11後今度はテロリストという新たな敵に対して、全面的な闘いを挑むことになったのである。その経緯については、当時何れも米国財務省の高官であったファン・ザラテ、ジョン・テイラー両氏の回顧録から、詳細に追体験することが可能である*12。これら回顧録のタイトルが表す通り、これは正に米国財務省が闘った、金融面での対テロ戦争であった。第1章で見た通り、米国の、ひいては世界全体の組織犯罪との闘いは、米国財務省がアルカポネを脱税容疑で捕えたところから始まった。この意味で、米国では日本と比較にならない程、財務省のエンフォースメント機関としての色彩が元々から濃いが、それは、彼らとしての「対テロ戦争」を通じ、累次の権限・組織拡大を経て更に強化されていくこととなる。
テロ事件後の一連の法制とその執行を通じ、米国当局は、国内においては金融分野でもインテリジェンス機能を拡大し、これまで開示されてこなかった金融情報にアクセスすることで、伝統的なマネロン規制の政策ツールをテロ資金に対しても発展させていった。冒頭でも再度強調した通り、テロ組織・テロリストの多くが麻薬等の犯罪収益にその活動維持を依存しているという観点からも、これは合理的な方向性であった。並行して米国は、他国との関係でも、テロ資金規制に協力を求めるデマルシュを強力に行った。こうして、本稿でテーマをまたいで既に何度も登場した米国の「国内政策の国際化」は、テロ資金規制において一層顕著な形で現れることとなる。米国は、テロ発生から僅か一週間余りの9月20日にはG7各国の財務省に働掛けを開始し、その3日後にはアル・カーイダの資産凍結に係る大統領令を発出、28日には国連安保理においてテロリストに対する包括的な金融制裁を定める決議の採択に漕ぎ付けた。更に、10月6日には米国財務省内においてG7の特別会議が開催され、包括的な行動計画が取りまとめられた*13。この中で特に重要な事項は、(1)テロリストの資産凍結を定めた国連安保理制裁決議の実施*14、(2)既に述べたテロ資金供与防止条約の早期批准、そして、(3)FATFが関連特別勧告の発出を始め、テロ資金規制において積極的な役割を果たすことが、強く求められたことである。(3)との関係では、実際、同月の内にワシントンで急遽FATFの特別会合が開催され、テロ資金規制に係る8つの特別勧告が採択された*15。9.11事件の発生からこの間、僅か2か月足らず ― 威信を傷付けられた超大国が、電光石火の立回りでグローバルな議論を牽引する中での、地下資金対策・2番目の柱の誕生である。
現在では、FATF基準の中でテロ資金規制は、マネロン規制とほぼパラレルに扱われている(図表6 地下資金対策の各段階(再掲・筆者作成))。まず、各国はテロ資金供与を国内法の下で犯罪化することが求められる(勧告5)。その上で、官民双方によるリスクの特定・評価、金融機関を始めとした事業者による顧客管理等の水際措置や、疑わしい取引を検知した場合の報告、それらに関連する要素としての実質的支配者(BO)等については、マネロンと共通の勧告・有効性指標が当てられている。それを受けた当局の捜査・訴追等に関しては、マネロンに対する有効性指標7の大枠をトレースした形で、指標9が設けられている。これらに加え、TFSという独自の要素が加わることは、前述の通りである。
同時に、FATF基準の中にテロ資金関係の規則を入れるだけに留まらず、米国はFATFという枠組み自体の加盟国拡大にも積極的に乗り出す。特に力を入れたのは、ロシア・中国という二大国の加盟促進と、テロ資金との関係で特に重要性の高い、中東・北アフリカへの地域的拡大であった。前者については長い交渉の末、ロシアは2003年、中国は2004年にそれぞれ加盟を実現している。ロシアでは、加盟に相前後して国内のマネロン規制を急ピッチで進め、多くの銀行の免許剥奪等を行ったが、旗振り役であった中銀副総裁がその過程で暗殺されるなど、血なまぐさい歴史を伴うものになってしまった。後者に関しては、第3章で触れた、FATFの実質的地域支部であるFATF 型地域体(FSRB:FATF-Style Regional Body)を、中東・北アフリカ地域に設立することが目指された。この努力は、2004年にバーレーンでMENA-FATFという名の機関が設立されたことで、晴れて実を結ぶこととなる。MENAはMiddle East and North Africaの略であり、全体として「メナ・ファトフ」と呼称する。9.11以前、FATFはそのマンデート・地域的カバレッジ双方の意味において、ややもすれば局所的な存在であった。9.11とそれを受けた米国による「国内政策の国際化」の推進力は、そのようなFATFの態様自体にも、大きな変容をもたらしたのである。
写真 9.11以降、金融面での「対テロ戦争」の主翼を担う外国資産管理局(OFAC)が入る、米国財務省別館

(出典:AgnosticPreachersKid, CC BY-SA 3.0)

以上の通り、テロ資金規制という櫓は、テロリズム・テロリストという基礎概念に対する合意の不在という、致命的な脆弱性を抱えつつも、9.11というモメンタムを得て、極めて短期間の内に大きく、高く組み上げられてしまった。しかしその矛盾は、「国家によるテロ支援」として顕在化する。それは、テロを防圧すべき側にいるはずの国家が、テロ組織(ないしは、対立する立場からそう看做されるもの)に対して金銭その他の援助を行っているという、皮肉な現実である。次章においては、この点を含め、テロ資金規制が現状において抱える問題点を見ていきたい。
※本稿に記した見解は筆者個人のものであり、所属する機関(財務省及びIMF)を代表するものではありません。

図表.図表1:アル・カーイダ及びISILに関連した、世界の主要テロ組織(出典:平成28年度版警察白書)

*1)Financing of Recruitment for Terrorist Purposes, FATF, January 2018
*2)Emerging Terrorist Financing Risks, FATF, October 2015
*3)Terrorist Financing in West and Central Africa, FATF/GIABA/GABAC, October 2016
Financing of the Terrorist Organisation Islamic State in Iraq and the Levant(ISIL), FATF, February 2015
中川淳司『経済規制の国際的調和:IX国際経済犯罪規制の国際的調和(第23回)』貿易と関税、日本関税協会、2007年11月
Financing of the Terrorist Organisation Islamic State in Iraq and the Levant(ISIL), FATF, February 2015
中川淳司『経済規制の国際的調和:IX国際経済犯罪規制の国際的調和(第23回)』貿易と関税、日本関税協会、2007年11月
*4)進藤雄介『タリバンの復活―火薬庫化するアフガニスタン』花伝社、2008年10月22日、P.124-128
*5)航空機内で行われた犯罪その他ある種の行為に関する条約(通称:東京条約、1963年署名・1969年発効)、航空機の不法な奪取の防止に関する条約(通称:ハーグ条約、1970年署名・1971年発効)、民間航空の安全に対する不法な行為の防止に関する条約(通称:モントリオール条約、1971年署名・1973年発効)
*6)外交官を含む国際的に保護される者に対する犯罪の防止及び処罰に関する法律(1973年採択・1977年発効)、人質をとる行為に関する国際条約(1979年採択・1983年発効)、核物質の防護に関する条約(1980年署名・1987年発効)、1971年9月23日にモントリオールで作成された民間航空の安全に対する不法な行為の防止に関する条約を補足する国際民間航空に使用される空港における不法な暴力行為の防止に関する議定書(通称:モントリオール条約補足議定書、1988年署名・1989年発効)、海洋航行の安全に対する不法な行為の防止に関する条約(1988年署名・1992年発効)、大陸棚に所在する固定プラットフォームの安全に対する不法な行為の防止に関する議定書(1988年署名・1992年発効)、可塑性爆薬の探知のための識別措置に関する条約(通称:プラスチック爆弾探知条約、1991年署名・1998年発効)、テロリストによる爆弾使用の防止に関する国際条約(1997年採択・2001年発効)
*7)正式名称は「テロリズムに対する資金供与の防止に関する国際条約」
*8)安藤貴世『国際テロリズムに対する法的規制の構造:テロリズム防止関連条約における裁判管轄権の検討』国際書院、2020年4月7日、第1章~第5章
金恵京『テロ防止策の研究:国際法の現状及び将来への提言』早稲田大学出版部、2011年7月30日、第1章~第7章
Jae-myong Koh, Supressing Supressing Terrorist Financing and Money Laundering, Springer, 2006, Chapter 1 through 3.
金恵京『テロ防止策の研究:国際法の現状及び将来への提言』早稲田大学出版部、2011年7月30日、第1章~第7章
Jae-myong Koh, Supressing Supressing Terrorist Financing and Money Laundering, Springer, 2006, Chapter 1 through 3.
*9)付属書非列挙類型については、次章にて解説。
*10)“We will direct every resource at our command to win the war against terrorists:every means of diplomacy, every tool of intelligence, every instrument of law enforcement, every financial influence. We will starve the terrorists of funding, turn them against each other, rout them out of their safe hiding places, and bring them to justice.”ブッシュ大統領声明、2001年9月24日
*11)Office of Foreign Assets Control
*12)Juan C. Zarate, Treasury’s War – The Unleashing of a New Era of Financial Warfare, Public Affairs, September 10, 2013
John B Taylor, Global Financial Warriors – The Untold Story of International Finance in the post-9/11 World,W. W. Norton & Company, January 17, 2008(日本語版:中谷和男訳『テロマネーを封鎖せよ―米国国際金融戦略の内幕を描く』日経BP社、2007年11月26日)
John B Taylor, Global Financial Warriors – The Untold Story of International Finance in the post-9/11 World,W. W. Norton & Company, January 17, 2008(日本語版:中谷和男訳『テロマネーを封鎖せよ―米国国際金融戦略の内幕を描く』日経BP社、2007年11月26日)
*13)G7 Action Plan to Combat the Financing of Terrorism, October 6, 2001
*14)United Nations Security Council Resolution(UNSCR)1373, September 28, 2001
*15)FATF Special Recommendations on Terrorist Financing, October 30, 2001