このページの本文へ移動

コラム 経済トレンド93

日本の美術館・博物館の発展に向けて

大臣官房総合政策課 川原 竜馬/楠原 雅人
本稿では、日本の美術館・博物館における現状と課題、発展に必要な施策について考察する。
日本の美術館・博物館の現状
・『世界で最も来場者数の多かった展覧会ランキング(2019年)』(図表1 世界で最も来場者数の多かった展覧会ランキング(2019年))を見ると、例年同じように日本の美術展が上位に含まれており、日本人は美術展を好んで訪れる傾向にある。日本の美術展は、海外から作品を借りて展示する企画展が中心であることから、限られた展示期間に来場者が集中することが、その要因となっている。
・一方で、『世界で最も来場者数の多かった美術館・博物館ランキング』(図表2 世界で最も来場者数の多かった美術館・博物館ランキング(2019年))を見ると、日本の美術館・博物館は上位に含まれていない。これは日本の美術館・博物館が、企画展を実施していない期間に来場者を集められていないことを示している。
・『国立美術館収入内訳』(図表3 国立美術館収入内訳(2019年)(上:全収入、下:展示事業等収入))を見ると、国立美術館は全収入のうち、過半となる61%の割合を「公的支援」によって賄っており、入場料収入を含む「展示事業等収入」が占める割合は22%となっている。「展示事業等収入」の内訳を見ると、入場料収入の割合が高く、来場者数が増加すれば、「展示事業等収入」の増加を通じて、収入の増加が期待できることが分かる。

美術館・博物館の来場者数増加に向けて(1)
・企画展を実施していない期間に来場者を集められていないということは、常設展を訪れる人が少ないということを示している。
・日本の美術館・博物館について、『独立行政法人国立美術館法』(図表4 独立行政法人国立美術館法(平成十一年法律第百七十七号))および『博物館法』(図表5 博物館法(昭和二十六年法律第二百八十五号))は、その役割を「資料を収集・保管・展示」すること、「芸術その他の文化の振興・発展に寄与」すること、と掲げているが、これまで見てきた日本の美術館・博物館における現状を鑑みると、日本の美術館・博物館が法律で求められた役割を果たせているとは言い難い。
・こうした状況を改善する方法として、第一に、美術館・博物館が作品の収集活動を強化して、常設作品を充実させることが必要と考える。作品の収集活動は、主に「公的購入」「寄贈」の2つに分けられ、「公的購入」とは、美術館・博物館が作品を所有者から購入することを指し、「寄贈」とは、所有者から作品を譲り受けることを指す。
・「公的購入」については、『公的購入額の推移』(図表6 公的購入額の推移)を見ると、美術館は作品の購入額を増大させていることが分かる。一方で、『所蔵作品展における来場者数の推移』(図表7 所蔵作品展における来場者数の推移)を見ると、来場者数の増減には波があり、継続的な増加傾向ではないことから、現状で「公的購入」の増加が来場者数の増加に結びついているとは言い難い。しかし、購入作品が将来的に注目を集める可能性については否定できない。作品購入に際しては、その価値を慎重に判断する必要があるものの、有望な作品を予算の範囲内で幅広く購入することは続けていくべきである。

美術館・博物館の来場者数増加に向けて(2)
「寄贈」については、コレクターへのアンケート(図表8 保有している「美術品」の課題(n=92、美術品を保有していると回答した企業),9 美術品を購入した後で悩むこと(n=435、購入経験がある個人コレクター))から、促進の余地があることを窺い知ることができる。日本のコレクターは、所有している作品の「保管」について、様々な観点から負担を感じているということが分かる。また、作品の「展示」については、一定のニーズが存在していることが読み取れる。これらの課題は、作品の「保管」「展示」がコレクターによって行われるのではなく、美術館・博物館によって行われることで同時に解消されていく可能性がある。
文化庁主催のシンポジウム〈芸術資産をいかに未来に継承発展させるか〉によると、アメリカでは、故人から美術館への「寄贈」が19世紀以来広がり、メトロポリタン美術館のような大コレクションが形成されたという。メトロポリタン美術館はコレクターとの繋がりを深めるため、定期的にコレクターをパーティーへと招待し、学芸員らと美術や「寄贈」について意見を交わす場を設けている。日本においても、コレクターと美術館・博物館による日常的なコミュニケーションの機会を作り出すことが必要である。
第二に、美術館・博物館が広報活動を強化して、所蔵作品の価値を伝えることが必要と考える。アート東京・芸術と創造が行った調査によると、人々が展覧会を訪問する動機となる項目(図表10 どのような展覧会を訪問したいか(n=7,941))の上位として、「世界的に有名な作家」や「まれにしか公開されない作品」など作品に関する項目に加えて、「チラシ・ポスターが魅力的」という情報発信に関する項目が含まれている。美術館・博物館が、来場者の増加を目指すにあたっては、収集活動を強化することに加えて、広報体制を強化していくことが必要だろう。

日本の美術館・博物館の発展に向けて
以上のように、収集活動と広報活動の強化を行うことによって、常設展に注目を集めることができれば、来場者数が増加し、日本の美術館・博物館は法律で求められる本来の役割を果たせるようになる(図表11 美術館・博物館に求められる行動と関係図)。
また、来場者数の増加により「展示事業等収入」が増加すれば、美術館・博物館はその収入を「公的購入」に回すことができるようになる。来場者としては、美術館・博物館を訪れる度に、新しい作品に触れることができるのであれば、繰り返し美術館・博物館を訪問するきっかけとなり、それがさらに美術館・博物館の収入を増加させるといった好循環を生み出すだろう(図表12 美術館・博物館の収入増加を生み出す好循環)。
さらに、来場者数が増加することで、美術館・博物館の注目度が上昇すれば、日本の美術館・博物館は日本の観光名所として、その役割を拡大させることができるのではないだろうか。『外国人旅行客が訪日旅行に期待すること』(図表13 外国人旅行客が訪日旅行に期待すること(n=6,311、2020年1~3月期))を見ると、「美術館・博物館等」を挙げる割合は一定程度存在することが分かる。このことからも美術館・博物館は、外国人旅行客からインバウンド収入を獲得することに大きく貢献できるコンテンツであると言える。
日本の美術館・博物館が、『世界で最も来場者数の多かった美術館・博物館ランキング』(図表2)の上位に含まれる日が、近い将来訪れることを期待したい。


(注)文中、意見に関る部分は全て筆者の私見である。